00:06
おはようございます。このチャンネルは福島県郡山市在住の特撮アニメ漫画大好き親父のピョン吉が響きになったことをだらだらと話をしていくという番組です。
そんな親父の一人ごとにお聞きになりまして、もしもあなたの心に何かが残ってしまったら、ごめんなさい。悪気がなかったんです。
ここにもこの番組に興味を持ってしまったら、ぜひ今後もご協力のほどよろしくお願いいたします。
そんなわけで、だらだらと行かせていただきます。
改めましておはようございます。このチャンネルのナビゲーターのピョン吉です。
本日の放送は2022年の3月23日、水曜日。本日は第24回目のお話となります。
昨日、萩尾本さんのお話をしましたが、福島県内の出身者で、萩尾本さんに愉快のある方がいらっしゃるので、今回はその方をご紹介したいと思います。
塚川出身の有賀すずなさんです。現在は埼玉県埼玉市に住んでいらっしゃる漫画家・イラストレーターの方です。
この方ですが、萩尾本さんのアシスタントをしていたことがあるんですよ。
塚川市の市民交流センターでイラストとかも出ていますので、塚川市民の人は知っているかもしれません。
あと、ウルトラFMも出たことがありますからね。
有賀さんにお会いした時に、いつ頃アシスタントされていたんですかと聞いたんですが、
メッシュの頃にアシスタントしていたという話でしたので、1980年代の後半でしょうかね。
その頃の思い出とか聞いたんですが、非常に絵が綺麗だったという話ですね。
萩尾本さんは、元様と言ってくる人があまり好きじゃなかったみたいで、
有賀さんはそういう人ではなかったので、かなり好かれていたようなんですよね。
有賀さんは2018年に、「土地を取るのは素敵なこと」というコミックエッセイの本を出したんですね。
その時に、萩尾本さんから、コシマキという本の下の方に髪切れがついているやつがありますよね。
コシマキというんですが、そこのところに、萩尾本先生ご推薦というジャックをいただいております。
03:04
可愛く楽しいおばあちゃんになろうねって書いてありましたね。
そういうわけで、現在も萩尾本さんと親しくされているんだなというのがわかります。
あれが、すずなさんが気づいたのは、多分2017年頃でしょうかね。
ホームページの方で、塚川出身の作家の水野千子さんについての漫画にしていたんですよ。
それを見つけたのが初めてのきっかけです。
水野千子さんって、実は私知らなかったんですね。
明治時代に活躍された小説の書いている方です。
富山家体の内弟子になったり、また女性運動の先駆けとなった平塚雷長さんの生徒に、作品を発表されたりしていた方です。
残念ながら、若くして亡くなっているので、作品数はそんなに多くないです。
あれがさんは、それを漫画化してホームページに載せているんですね。
同じく自分、塚川出身ということで、自分の好きな作家さん、地元の作家さんを応援するという、その姿勢に非常に尊敬しております。
地元の作家の人を大事にしなきゃなと。
あれがさんは、1988年に大学在学中に、小学館の新人漫画賞で笠子を受賞して、チャオデラックスに掲載されたらしいんですね。
そのようなデビュー作となります。
そして、水仙堂という水野仙子さんを漫画化するホームページを作っております。
数年前から、塚川市で水野仙子さんのイラスト展を開催して、水野仙子さんの活躍をみんなに知らせるような活動をしていたんですね。
そちらのほうのお茶会みたいなところに、私も何とか参加させていただいております。
もしかして、年代近いもので、高校時代に同人誌とか作っているのかなと思ったんですが、残念ながらそういったのは触れていなかったみたいですね。
というわけで、大学時代になってから漫画のほうに深く関係するようになったんでしょうかね。
ここ数年は、水野仙子さん以外にもいろいろ活動されています。
後藤新平という政治家さんがいらっしゃいます。
岩手県奥州市、水沢市ですね、昔の。
そちらの出身の方で、政治家になった後で有名な政治家になるんですが、
というと福島県の塚川医学校、そちらの方の出身なんですね。
06:02
というわけで、その方についても最近は調べていらっしゃいまして、
そして、新平と塚川という本を作ったんですね。
ところがですね、残念なことにこの本なんですが、教材。
地元の塚川市の子供たち用に作ったものなんで、一般には販売されていないんですよ。
そのため、手に入らないんですね。
どうにか手に入れたいなと思っているんです。
実は、後藤新平さんについてはですね、自分も前から気になっていましたね。
原稿的にはですね、学生時代福島市に住んでいたことなんですよ。
ところが、医学校は塚川市にあった。
ということは、どうやって鉄道の時代を通っていたんだろうと思っていたんですね。
実際、岩手県の後藤新平の研究会に聞いたこともあるんですね。
ところが、その人たちも分からないと。
これは有川さんに聞いたらですね、多分寄宿舎みたいなのがあったんじゃないかなという話でして、
ああ、そうかと。
だとしたら、後藤新平は塚川市に住んでいたってことだから、
福島県の若い人にとっては励みになるんじゃないかなと思っています。
すごく有名な政治家の人がね、福島県の塚川市で勉強したってことですからね。
もしもですね、コロナが落ち着いたら有川さん、塚川市でまたイラスト展を再開するでしょうからね。
興味のある方はぜひ参加されてはどうでしょうか。
そのうちにまた有川すずなさんについて新しい動きだとかね、
また思い出した話だとかありましたら、ご紹介したいと思っております。
それではまた次回、よろしければピョン吉のつまらないオタクの話にお付き合いください。
今日も一日頑張りましょう。