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スピーカー 1
満州で一番軽いものは人の命だ。始まりました。大人の近代史、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。今日はまさかの満州ですか。そうですね。満州がちょっと関わってくるので、この言葉にしたんですけど、これ知ってる?
いや、知らない。これあの、満州アヘンスクワットっていう、あの漫画知らないかな。
あー、なんか名前は知ってる。そうそう、そのね、出てきた言葉。
なんか自分、全部じゃないんだけど、読んで、それで、これ関東軍の兵士の青年がさ、満州に行ったんだけど、そこでアヘンの製造に手を染めていくっていうような、
なんかもう本当に絶望しかない漫画なんだけども、そうそう、すごい漫画があってさ、それをちょっと読んでて、あの、
そのアヘンとか、その日本が麻薬に関わってるっていうところを興味を持って、
そう、だから前回、アヘン戦争、そっからちょっとやり始めて、今回はね、日本とアヘンっていうような、麻薬全般かもしれないけど、そういうタイトルでいこうかなと思ってます。
おー、いいね。アヘン戦争もなかなかいいね、反響いいからね。いや、そんなことはない。
スピーカー 2
えー、もうやばいじゃん、アヘン戦争来てたからね。来てないわ。まあ、今日もちょっと楽しみですね。
スピーカー 1
だれ? じゃあ、まあ、このさ、日本とアヘンとか麻薬とかのその資料とかを繰り返るとさ、
日本ってその第二次世界大戦の敗戦時に、そういった資料とか大量に処分しちゃってるんだよね。
そうそう、だから、これ公的資料が本当に少なくて、個人の記録とか証言だったりとか、またあの他国の資料とか、そういうのが資料のもとになったりするから、
すべてがこう、自分が話すものがその通りだっていうわけじゃないかもしれないけど、ただ全体的に大枠はそうだろうっていう体でちょっと話すので、
よろしくお願いします。 じゃあ、まずちょっと日本とアヘンとの関わりを遡っていきたいんだけども、
室町時代にはね、インドから津軽地方、青森県あたりのところにそのアヘンが入ってきたっていう伝承があるんだよね。
そのため、日本ではさ、アヘンのことを昔から津軽っていう呼び方してたんだよね。
このアヘンはさ、日本では医療用として使われて、江戸時代の中期から大阪など一部でアヘンのもととなるケシを栽培してたんだよね。
その後明治維新が起こって明治政府が誕生する。中国で起こったアヘン戦争もあって、アヘンの使用とか販売するものを
日本は重罪にして厳しく取り締まるようにしたんだよね。ただまあ、それでも外国からの密輸とかが目立つようになってきて、
03:09
スピーカー 1
日本は1879年に通称アヘン選売法っていうのを施行する。これは明治政府がアヘンを独占的に買い取って、
医療用とのみの販売とするものだったんだよね。この選売制は政府に大きな利益をもたらしていくってことになるんだけれども、
その後1894年に日清戦争が起こるよね。この戦争で日本は勝利したことによって台湾を領有するんだけども、
この台湾ではさ、昔からアヘンを摂取するっていう習慣があったんだよね。それに対し、日本は選売制にして全禁政策っていうのを取った。
これ全禁政策って、いきなり全てアヘンを禁止せずに中毒者に対して徐々にアヘンの摂取量を減らしていくっていうような対策なんだけれども、
これは実際に成果を出したんだよね。たださ、この目的はそれだけじゃないっていうことは今回伝えたいし、話したいし、歌いたい。
いいよ、歌ってくれよ。
せんだーむー、もういいよ、そこ。
スピーカー 2
だいぶ懐かしいな。
スピーカー 1
アヘンによる収入を国の財源として確保するっていうことが目的にあるんだよね。
まずさ、日本政府はさ、台湾でアヘンの栽培を禁止していくんだけども、そのためさ、アヘンをインドとかトルコ、ペルシアなどから輸入をしていくんだよね。
それをさ、包外な価格で台湾のアヘン中毒者に売るんだよね。
ただ、アヘンを外国から買ってると、その分のお金が国外へ流出していっちゃうから、そのために日本は自国で栽培をするその国産化に力を入れ始めるんだよね。
で、日本では大阪府だったり和歌山県を中心にケシ栽培が盛んに行われたんだよね。
これね、1928年のデータだと、この2つの場所だけで日本のケシ栽培の98%を占めたんだよね。
で、例えばさ、和歌山ではさ、ケシの実から取れるアヘン汁の採取に子どもも多くが手伝ったんで、その時期には学校休業にするケシ休みって呼ばれるものがあったんだよね。
で、最盛期はね、1937年で全国で約1万2千戸の農家がケシを植えたって言われてる。
で、こうしてね、日本本土で作ったアヘンを台湾のアヘン中毒者に売って、これはね、大きな利益を生んだんだよね。
で、その後さ、日露戦争が起こって、その結果日本はさ、咀嚼した関東州にも同様に戦敗制を仕組んだよね。
06:04
スピーカー 1
で、それで大きな利益を上げてるんだよね。
で、ちょっとね、ここでさっきからアヘンとか色々言ってるんだけど、このケシの実から取れるアヘンを含む麻薬の種類について、ちょっと1回説明したいと思って、
このケシはさ、直径10センチほどの花を咲かせるんだよね。
で、その花がしぼんだ後に楕円状の硬い果実ができて、その果実から取れる汁を乾燥させたものが小アヘンって言われるものなんだよね。
これを加工して吸煙できるようにしたのがアヘン煙口と呼ばれるもので、これをパイプに詰めて燃焼させて発生する、煙を吸う。
これがいわゆる一般的に知られてるアヘンの吸煙なんだよね。
で、これがね、19世紀末ぐらいから小アヘンから工業的に作られるモルヒネとかヘロインが広まっていくんだよね。
これはさ、煙で吸うのではなくて、注射を体に直接打つっていうものなんだよね。
これはさ、アヘンと基本的には効能は一緒で、糖水感とか鎮痛作用もあったり、呼吸の抑制、依存性といった作用がアヘンより強く出るんだよね。
で、アヘンの吸煙ってさ、煙で吸うからさ、アヘン煙口にもともと含まれるモルヒネ成分の6分の1ぐらいしか体内に摂取してないって言われてるんだよね。
そう、まあそういったのも理由でモルヒネとかヘロインの方がより強いんだよね。
さらにさ、モルヒネから化学的に合成して作られたのがヘロインで、モルヒネよりさ、幸福感が強く得られたりするんだけども、依存性とか禁断症状が強く出るんだよね。
そう、だから作用が強い順に言うと、ヘロイン、モルヒネ、アヘン煙口っていうような順番に大まかなくなるんだよね。
そうそう、なんでこんな説明をしたかっていうと、結構そのケシの実から作られる麻薬が、アヘンって一食単になって認識されがちだし、自分もちょっとごっちゃんになってたりするんで、
調べてて自分もね、これモルヒネのこと言ってんのかな、アヘン煙口のこと言ってんのかなっていうのがわかんないところもあって、特定できない場合とかはアヘン類とか麻薬って言い方今日はするんで、
スピーカー 2
その場合、これがアヘン煙口、モルヒネ、ヘロインのことを大まかに指してるんだなっていうのを、ちょっと共通認識で今回進めていければ、私自身も幸福感は高まるかなって思います。
アヘンだけに? そうですね。
スピーカー 1
なんでそれ? このアヘン類の中で特にモルヒネの需要が上がっていくんだよね。
それはね、戦争の必需品となっていったんだよね。 兵士が負傷した場合にモルヒネを注射して応急処置に使われてたりするんだよね。
09:05
スピーカー 1
二次対戦で言えば、アメリカ軍は各兵士にモルヒネを持たせたんだけども、日本軍は衛星兵がモルヒネをまとめて持っていたんだよね。
だから、日本は衛星兵がすぐに駆けつけられない時とかだと、兵士は痛みに苦しんで無駄に体力を消耗するっていったような、そういう差もあったんだよね。
あとモルヒネは医療用にも使われていて、その医療の現場で痛みを和らげる鎮痛剤として、現在でも末期がんの患者の痛み止めとか、そういったものにも使われている。
医療用としてすごい優れた側面もあるんだよね。 三つ目は麻薬なんだけども、これは満足感とか幸福感が一時的に得られるとして、麻薬として売られているっていう側面がある。
これはヘロインも同様、むしろヘロインはそっちの方がすごく強いんだけど、こういった三つの要素があるんだよね。
話はちょっと朝鮮に移りたいんだけど、日本は1910年に韓国併合って言われる朝鮮半島を併合したんだよね。
中国大陸とか台湾と違って、朝鮮はアヘン救援の習慣がもともとなくて、中毒者もほぼいなかったんだよね。
それから第一次世界大戦が起こって、モルヒネの需要が世界的に急増していく。
そこで日本は朝鮮でのケシ栽培を強化していって、結果日本本土より2倍の面積のケシ栽培が行われたって言われている。
ただ戦争が終わって、多くの在庫を抱えることになったので、朝鮮の法規制を緩和させて、朝鮮の人に大量にモルヒネとかそういうのを売るっていうことをしたんだよね。
これは法規制ではアヘンの密売や救援は重罪なんだけども、同じ効果のモルヒネの販売や摂取は無罪っていう風にしたんだよね。
結果、この10万人規模でその朝鮮人がモルヒネ中毒者に新たになったって言われている。
次に中国大陸に目を向けると、秦の時代のアヘン戦争後にちょっと話を戻すと、イギリスからアヘンの流入が続いていて深刻な問題になってたんだよね。
これに対処するために同行っていうのは決断をするんだけども、これが自国でケシの栽培を解禁したんだよね。
こうすることによってイギリスより安価な国産のアヘンを流通させることに成功して、これによってイギリスからアヘンの流入は激減をしたんだよね。
ただその反面、中国大陸にアヘンが一層拡大をするってことにもなった。
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スピーカー 1
こういった時期に国際社会もアヘンの問題について注目をし始めたんだよね。
アメリカが主導的な役割で国際社会がアヘン類の薬物規制へと向かうんだよね。
1912年にハーグアヘン条約っていうのが調印されて、アヘンだったりモルヒネヘロインっていうのは医学用途に制限するなどこういう取り決めをしていくんだよね。
こういった背景があってイギリスは1917年にインド産アヘンを中国へ輸入することを公的にやめてるんだよね。
一方日本は国際条約を調印して批准しながらも中国にモルヒネなんかのその麻薬を密輸したんだよね。
これは麻薬の販売による利益がやっぱり大きくて国際条約よりもそっちを優先させたっていう背景があるんだよね。
こんなこともアメリカとかイギリスとの協調路線から徐々に離れていく要因になったんじゃないかっていうふうにも言われてるんだよね。
日本はどのように中国に密売をしたかっていうと、中国ではアヘン類の密売をするものは死刑なんかの従罪だったんだよね。
ただ日本はさ中国において領事裁判権が認められていたからこれを利用して密輸業者の在留日本人は中国の方で裁かれずに日本の方で裁かれることになってたんだよね。
だからあのたとえ捕まってもさ処罰は軽くて一番重い処罰でも退去処分ぐらいの処罰だったんだよね。
だからあの密売のこの抑止にもならなくて公然と日本人の売人が販売をしていたっていう実態があった。
例えばこんなエピソードがあるんだけどアヘンを販売している日本人が日の丸の国旗を掲げて販売をよくしてたらしくて、
それを見たさ現地の中国人が日の丸をアヘン類の商標だっていうふうに勘違いしてたぐらいそういったエピソードがあるんだよね。
この密売はさ中国では禁製品だからさ逆に高値で売れて利益も大きいんだよね。
中でもさアヘン救援に使われるアヘン煙草はさあのモルヒネとかヘロインより作用が弱いんだけど価格は高価だったんだよね。
これはさあの前回アヘン戦争でもちょっと言ったんだけどイギリスがそのアヘンの価値を高めたっていうこともあるし、
中国ではさ禁製品だから国内の流通は中国のこう闇組織って言われるそのチンパンとかそういったものが牛耳ってたんだよね。
でアヘンをさ吸う専用のアヘン靴って言われる場所があってさ、そこに豪華な美術品が並べられて優雅にこう鑑賞しながらアヘンを救援するっていうような、
そういったまあ金持ちの増落としてさ人気があるようなのがアヘンの救援で、だからこそその価格も高価なものになっていったんだよね。
15:05
スピーカー 1
逆にねこの時所得の低い人っていうのはアヘンからより安価なモルヒネに変えたっていう背景もある。
ここでねちょっと満州に目を向けたいんだけども1931年に関東軍がその満州事変を起こして中国の東北部に位置する
東山省って言われる場所を武力で制圧して満州国を建国するんだよね。その後にさ日本はさ熱火省っていう場所も満州の一部だって主張して制圧をしていくんだよね。
これは何でだろうっていうとちょっと推測にもなるけど東山省っていうのはケシがあまり取れなくてさ
熱火省はさケシ栽培が逆に元々有名なところでそのケシから取れるアヘンが甘みがあって香りもいいっていうのが人気があって価値も高かったんだよね。
だからあのその場所を制圧したんじゃないかっていう見方もあるんだよね。
満州国でも日本はここでアヘン専売制を取り入れるんだよね。熱火省なんかでそのケシを栽培して収穫したアヘン類を全量買い上げてそれを満州国の国内の中毒者に包外な値段で売ったんだよね。
そうそうでこれがちょっと恐ろしいなと思ったのはさ満州って日本列島の約3,4倍もの広い土地だからそれを利用してさ
一方ではアヘン類を生産する側と一方では消費する側の土地に分けて莫大な利益を得てるんだよね。
まるでゴルゴンの奇面的な側面があるよねっていうところなんだよね。
スピーカー 2
どういうこと?
スピーカー 1
いやいや早速使ってみたんだけど。
スピーカー 2
多分ね使い方間違えてるね。
スピーカー 1
でアヘン類っていうのは人間の欲求である性欲と強く結びつくんだよね。
アヘン乗用者の性好時間を調査したものがあって最高でね17時間も糖水間に浸りながらセックスをしたっていうものがあって
その結果ね男性は性力を使い果たして女性のお腹の上で死んでるっていう例も多くあったんだよね。
スピーカー 1
まあこんな風にさ娯楽のない満州の貧しい庶民にとってはこういったことが起こるとねその地域総出で祝福のお祭りをしたぐらいなんだって。
こんなエピソードがあるくらい満州にはアヘン類が広まっていったんだよね。
でここでねアヘン政策を担当してた満州国船売総局っていうのがあるんだけど
そこの記録によるとね1937年の時点でアヘン中毒者っていうのは約90万人いたって言われてる。
で麻薬の中毒者はね約21万っていう記録があってちょっとこの麻薬っていうのはどこまでを指すのかわかんないんだけど
まあ合計だから111万人ほどの中毒者がいたんだよね。
18:04
スピーカー 1
でこの中毒者のさ治療っていうのは当時でも十分可能だったんだけども実際は放置されていたんだよね。
でこれはねなぜかっていうと中毒者が治療によって中毒から離脱してしまうともう麻薬を買ってくれないっていうことが起こるんだよね。
なんで日本側は中毒者に麻薬が切れた時の禁断症状の辛さを強調したりとか医療によっても治療できないっていうような指導の仕方をしたんだよね。
1937年から日中戦争に入っていくんだけどもこの戦争はさ長期化をしてそうするとさ多くのお金がかかって同時に労働力が不足していったんだよね。
でこういった中日本はようやく治療に力を入れ始めるんだよね。ちょっと理由は後で説明するんだけど、ただしさこれ全員が対象じゃなかったんだよね。
老人とかさ女性は治療の対象から外されたんだよね。女性はね戦争末期の1944年から対象にはなったんだけども初期の段階では外されている。
これね治療の対象者はその厚生院っていう施設に30から50日間収容されるんだけれども、このね厚生院っていうのがね1941年だと189箇所もあったんだよね。
でこの治療はねもう単純に麻薬を取り上げることっていうのが重要で、たださ中毒者薬が切れると50から70時間後に禁断症状が現れるんだよね。
これはさ興奮したり暴れ回ったりとか中には失神とか心臓が衰弱したりとか虚脱状態になったりとかするんだよね。
でこの禁断症状はね5から10日ほど続くんだけどもその後はしばらく不眠状態が続いたり麻薬を欲したりっていう期間がしばらくある。
で心身ともに完全に麻薬から抜け切るには5年をかかるって言われてるんだよね。
たださまず初期の段階で肝心なのはこの麻薬からたった数十時間後に訪れる強い禁断症状をいかに乗り越えるかっていうところなんだよね。
で日本がさやった具体的な治療はこれ書かれてなかったんだけど途中からね日本はね糖抗剤っていう特効薬を発明して治療したっていう記載があったんだよね。
これねあの糖抗剤を飲むと禁断症状も起こらずに4日間程度で中毒から離脱してその後も麻薬を欲しようともしないっていうような説明があったんだよね。
でここからねもう完全に推測になるんだけど実際にさそんな有名のような薬ってなかったんじゃないかっていう見方があるんだよね。
なぜだったらさ医学が発展した今でもそんな薬っていうのは存在してないんだよね。
21:01
スピーカー 1
当時のさ日本の資料も具体的な成分なんかの記載もないしだからさその今まで治療しなかった期間の言い訳として糖抗剤ができたんでこの治療を始めるようになったっていうのを言い訳として使ったんじゃないかなっていう見方があるんだよね。
当時もねアヘン類の中毒者に対しての治療法はあったんだよね。これはねあの一つ目にモルヒネの摂取量を徐々に減らしていくっていうやり方。
これは時間はかかるけども苦痛を少なくして中毒から離脱することができたんだよね。
2つ目はさ禁断症状の期間に強い睡眠剤を使うことでその禁断症状の苦しさを軽減させるっていう方法なんだよね。
3つ目はさ麻薬だけ取り上げてもう隔離しちゃうっていう。これはさ禁断症状に苦しむんだけども他の合併症でもない限り死ぬことっていうのはほとんどないんだよね。
実際にね戦争末期にはその軍隊にモルヒネが優先されたことで一般の麻薬中毒者には手に入らなくなったことで自然とね中毒から多くの人が復帰したっていう事実もあるんだよね。
日本はねこのいずれかの治療に似たようなことをしたんじゃないかっていうふうに言われているんだよね。
治療したさ中毒者っていうのはどうなったかというと家庭には帰さずに集団的にねまず職場で働かしたんだよね。
これはね職場では監視の目があるから麻薬にこう手を出さないっていうようなメリットもあるんだけどもこれさ職場って言っても炭鉱とかさ工事現場なんかのその重労働が多かったんだよね。
つい最近まで中毒症状で体が弱っている状態なのにこういうその重労働させるっていうしかも就労期間2ヶ月間もあって結構な大変な作業なんだよね。
なんでこういったちょっと今事実から推論すると明らかにさ日本はさ麻薬の中毒者を根絶するのが目的じゃなくて中毒者のさこの数十万人ぐらいいた満州の人たちを労働力として利用しようとしたんじゃないかなっていうの見方がなんか自分はすんなり来たんだよね。
その一方でさアヘン類の中毒者から得る収入も必要だったから治療の対象が全員ではなかったっていうことが言えるのかなと思って。
で日本はねこのようにね結構その麻薬に対して積極的に関わっていて1935年の国際連盟のこれ統計によると日本のねモルヒネの生産額は世界第4位だったんだよね。
ヘロインはね第1位でこれはねもう全世界の生産額の4割弱を占めてたって言われてる。
で今回ちょっと説明はしなかったんだけどコカの葉から作られるコカインっていうのもあってこれもね第1位だったんだよね生産額が。
24:02
スピーカー 1
これだけねまぁ生産しているにも関わらずさ日本本土でさ麻薬の国内消費とか中毒者っていうのはわずかしかいなかったんだよね。
このことからもさ日本本土とは別の場所へこの麻薬っていうのは輸出されてるっていうのは間違いないんだよね。
各国はさこの当時日本が国際条約に反して隣国の中国だったりそういったところに密輸してるっていうのを疑って厳しく実際に避難をしたんだよね。
そうそうでこういった日本の麻薬政策には密売する現地の人だったりその大量に生産する日本国内の製薬会社とかその裏にはさ軍部とか政府といった国家組織で取り組んでいる実態があったんだよね。
最後にちょっとまとめるとさ日本が近代化を推し進める中でさ台湾とか関東州とか朝鮮満州にしてもアヘンのその先輩性を敷いていったんだよね。
その実際の中身ってなんだろうと思うと中毒者を保護するっていうよりも財政を確保しようとするそのなんか日本の思惑を自分は感じたんだよね。
で満州にしてもさ当時の内閣の不拡大方針に反してさ関東軍って強引に満州国を設立していってさらにそのケシ栽培の産地であるネッカへ進行してるしその後さらにネッカの西隣のチャハルとかスイエンっていう地区にも進行してるんだよね。
これはさ中国最大のケシの栽培地区としても知られているところでそれからさ日中戦争太平洋戦争へと突入するってことを思うとさこの戦争と麻薬って色々となんか根が深いっていうような気がして得体の知れないその不吉な塊が終始私の心を抑えつけているようでならないです。
スピーカー 2
なんであえてレモンと結びつけるとするの。そんなにそこはねみんな望んでないと思うよ。
スピーカー 1
いやもう大ヒット作だから。
スピーカー 2
いやいやちょっとこけてるのがちょっとね残念だけどまあそれはしょうがない。
スピーカー 1
ということでいかがでしたでしょうか。
スピーカー 2
ああまあそうだねアヘンに関してはさ日本はさ結構栽培しててその戦前ね栽培しててっていうのはさまあそこそこ有名な話だからねあれなんだけどさ俺の中で言うと日本はもうババを引いたかなって思っててこれに関しては。
スピーカー 1
ああそうなんだ。
スピーカー 2
うん列強がみんなやってたことを日本が最後にやって最後まで残っちゃったっていうのがすごい強いなと思ってるこれに関しては。
スピーカー 1
ああまあそうだねそれまでやったしね。
スピーカー 2
あれだよこの日本なんて悪いやつだっていうもう完全にそういうなんかもうシナリオになってたっていうかさ。
スピーカー 1
ああはいはい。
スピーカー 2
うんなんかあれなんだよねだから難しい話だけどさ先にやった人が悪いのか最後までやってた人が悪いのかつったらさ別にそこのあれはないわけじゃん。
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
そうだから日本がなんか悪く言われるのはじゃあお前ら全員一緒だよねっていうのが俺の筋論というか俺はそう思ってる。まあ別に日本が正しいとも思ってないけど。
27:08
スピーカー 1
うんうん。
スピーカー 2
まあそんな感じかなアヘンに関して言えば。
スピーカー 1
はいはいこれ思うとさまあ日本が統治してたところで現地の人っていうのは多くの中毒者が出たわけじゃん。
うん。
そこはさなかなか表に出てない部分だけどさなんかアヘンが例えば身近にあってこうまあすんなりじゃあ摂取するかっていうとそこにはやっぱ葛藤とかなんか苦しみが実際絶対あっただろうなっていうのが思うとさ。
なんかもし自分がそこにいる現地の人だとしたら同じようになんかアヘンとかモルヒネに手を出さざるを得ないような環境とかそういうなんだろう風潮があったのかなと思うと恐ろしいなと思って。
スピーカー 2
うんそうだね。
スピーカー 1
うんなんか隣の家ではさ長丸がその長時間の営みの末女性のお腹の上で果ててたとしてもさなんか自分は周りの人と一緒に長丸を祝ってなんかお祭りに参加したんじゃないかなって思うとちょっと恐ろしいよね。
スピーカー 2
まあどっちかというと小ヶ太郎の話だけどね。
スピーカー 1
小ヶ太郎は多分そういう薬いらずなんだろうけどさ。
やめろよ。
スピーカー 2
えなんか俺はそう聞いてるからさ。
スピーカー 1
聞いてないよ。
どういうことなんだよ。
ということで今回は日本とアヘンとの関わりについてでした。
もしよかったらこの番組をフォローしていただけるとまたね来週配信した時に表示が出たりするのでよかったらぜひフォローお願いします。
スピーカー 2
はいもうフォローしていただけると2人ともすごい喜びます。
スピーカー 1
そうですねありがたいんですそれは。
スピーカー 2
ということで最後まで聞いていただいてありがとうございました。
スピーカー 1
ありがとうございました。