始まりました。normalize.fmの今日は第63回になります。
だんだん回数も増えてきて、毎回もう63回かなんて思っちゃうんですけど、
今日も元気に撮っていきたいと思います。
今日のゲストはですね、
ウェブの開発だったりあるいはウェブデザインみたいな文脈で活動されている皆さんだったらね、
多分知っている方なんじゃないかなと思うんですけれども、
今日はウェブのフロントエンドで活動されているかまぼこさんに来ていただきました。
かまぼこさん、今日はよろしくお願いします。
かまぼこさんはい、よろしくお願いします。
だいぶね、今日は年の差もあるし、
あんまり実は名識もそんなにあるわけじゃないしっていう感じの方で、
正直俺ね、受けてもらえないかなと思いながら、
恐る恐るDMを送ったんですけど。
そんな、むしろ耳余る恐縮というか。
そうですか。
そんな感じなんでね、
今日はちょっと最初2人とも緊張している感じで始まっちゃうかなと思うんですけども、
いろいろね、お話聞いていけたらと思っておりますので、
今日も早速始めていきたいと思います。
じゃあかまぼこさんちょっと、まずは簡単にでいいので、
自己紹介をお願いできますでしょうか。
はい、かまぼこという名前でTwitterをやっています。
先ほどご紹介いただいた通り、
お仕事はウェブサイトを作ることをやったりしていて、
そうですね、
ドクサスさんとの関わりで言うと、
2022年ぐらいでしたっけ、
FGLスクールに他の出演者さん同様、
私も例に漏れずというか、
ちゃんと参加させていただいて、
ただ本当にそれぐらいかなと思っているので、
今日本当になんでこんな場に呼んでいただけたのか、
すごいびっくりしているんですけど。
そうですよね、わかります。
全然接点らしい接点もないし、
オフラインでしゃべったこととかも全然ないんで、
かまぼこさんがそういうふうにおっしゃられるのは、
本当にそうだなと思いますけどね。
接点がというのもそうですし、
他の出演者さんみたいに、
すごい製作会社にいて、
すごい実績を上げられていて、
自分は特にないので、
その辺も、
いや、自分今日何を求められているんだろう、
そうですよね。
身構えておりますね。
いやいや、わかります。
ちょっとその話せっかくだから、
そこから話していければなと思うんですけど、
確かにかまぼこさん目線だったら、
なんでってなるのは確かにちょっとわかる気はするんですけど、
一方で私の目線では、
学生さんの時に製作されたものとかが、
ツイッター上でバズった瞬間が確かあって、
結構その時から知ってはいるというか、
ずっと存在を認識してはいるんですよ、ずっと前から。
そうなんですか?
そうなんですよ。
その上で、
こんな人いるんだなって思ってた上で、
どうやらこれスクールに参加してるっぽいなっていうのもあったんで、
スクールやってる最中に、
やりとりがあったかっていうと別にないし、
会って喋ったりとかも全然したことないんですけど、
私の中ではずっとそのウェブの製作の現場にいる人っていう認識はあったんで、
かけながら見てはいたんですよね。
多分なんですけど、
ウェブジェル総本山とかでも事例を紹介したりしたこともあるし、
ツイッター上、X上で言ってることとかも、
別にすごい頑味してる、
すごいストーカーみたいに見てるわけじゃないんだけど、
こういうことを思ってんだなみたいなのを遠まきに見てはいたんで、
多分鎌本さんからしたら、
なんで?ってなったと思うんですけど、
俺の中では、
いつかちょっとお話ししてみたいうちの一人にはずっと入ってましたね、私の中では。
そうなんですか。
そうなんですよ。
嬉しいんですけど、
自分はウェブのフロントとかやってるので、
当然独卒さんは前々からウォッチ、
主にツイッターですけどウォッチはしていて、
結構最近、
今年に入って、
突然フォローが返ってきたんですよね。
すごいびっくりして、
多分そのびっくりした、
何の文脈もないびっくりしたツイートみたいなのも、
ちゃんと捕捉された記憶があるんですけど、
前々からやっぱりこのノーマライズFM、
自分もその一リスナーとしてすごい興味はあって、
一つウェブの制作の現場で働く人間として、
何年後になるかわかんないんですけど、
何かしらの形で出演できることもあるんだろうか、
みたいなことをちょっと考えたりはしてたんですけど、
なぜかフォローが返ってきたタイミングで、
これはもしかして、
フォローが返ってきて、
フォローが返ってきて、
フォローが返ってきたタイミングで、
これはもしや、
なるほど。
いやでもそれは確かにあったかもしれない。
やっぱり私の中でも、
気になる人ってたくさんいるんだけど、
タイムラインの整理をしないとフォローをするしないって、
できないタイプなんですよ、私。
これ本当に今フォローできてない人もいっぱいいるし、
フォローできてる人とできてない人の間に、
なんかよしよしみたいなのって別に差はなくって、
自分のタイムラインの流れが一定速度以上になっちゃうと、
すごい苦しくなっちゃうから、
定期的に外したりしちゃうんですね。
なるほど。
その中で、
かまぼこさんぐらいの発信量はちょうどいいんですよ。
ちょうどいいの。
本人にすごい悪気はなくても、
めっちゃガツガツ発信してくれるタイプの人もいるじゃないですか。
それは何の悪気もなしに、
ご自身の自然な振る舞いとしてアウトプットがすごい多いし、
言葉も多い人ってたぶんいると思うんですけど、
そういう人はね、
やっぱ刺激になる反面、
すごい自分の方が圧を食らってしまう感じになる時があって、
すってフォロー外しちゃったりすることがあるんですよね。
例えばアンシフトの長谷川君とかは、
何回もやりとりもしてるし、
めっちゃ仲もいいと自分では思ってるんですけど、
上手くフォローできなくなっちゃったりとかする時があって、
別に長谷川さんが悪いとかじゃなくて、
俺の方でちょっと今外しとこうって話したりすることがあって、
そこは自分の中でも上手く説明ができないんですけど、
そんな感じで、
川本さんとか、
こういう温度感、今は俺は気持ちいいんだなと思って、
フォローしたっていうのはありましたね。
でもその時はまだ別にノーマライズFM呼ぶからとか、
っていうふうに考えてたわけではなかったですね。
そうなんですね。
もしかしたら今後全然外される可能性は、
もちろんあって、
でもその時にあんまり落ち込む必要は、
落ち込む必要ないです。全然ないです。
だから仲の良さの基準とかじゃないですよね。
あんまりそういう基準でフォローしたりしなかったりっていう感じじゃない。
そうなんですね。
それゆえにちょっとこのまま背中を追い続けるだけでいいんだろうかみたいな悩みもちょっと実はあったり。
確かにね。
そのうちどこかでちゃんと自分のならではというか、
ちゃんとアイデンティティというかスタイルを確立させていかなきゃいけないんですけど、
っていうことを結構ずっと考えながら来てますね。
そっか、なるほどね。
でも何かちょっと今鎌本さんが言ってくれたことに対する返答として、
ちょっとマット外れなこと言っちゃうかもしれないんですけど、
そもそも何かその桐田山田すごいなってなったきっかけとかはあるんですか?
結構もう彼の活動を普通にそのX状とかで見ていて、
いいなーって感じたみたいな感じなんですか?
そうですね。
きっかけで言うとちょっともう正直あんまり明確に覚えてないのが申し訳ないんですけど、
そうですね。
確か山田桐田さんもウェブをやり始める前のルーツというか、
プロセッシングでジェネラティブアートをやっててみたいな始まりか分かるんですけど、
そういう経歴があったと思うんですけど、
自分は多分それぐらいのタイミングから認知していて、
もうだんだんウェブデザイナーより前の
ジェネラティブアーティスト的な文脈で知った記憶があるんですよね。
それと、すごいバズってたノートがあると思うんですけど、
UIの自己帰属感の話のノートがあったと思うんですけど、
それを読んでからなのか、それを読むちょうど直前ぐらいのタイミングなのかちょっと覚えてないんですけど、
ノートの中でも引用されていた解けるデザインっていう、
デジタルのインターフェースに対して手触りを感じるとか、
そういう話にハマっている時にそれを読んだのか、それを読んでハマったのか、
ちょっとごめんなさい、前後関係が曖昧なんですけど、
そういう本当にやってることが自分の趣味というか性癖というか、
ど真ん中だったのが、ずっと追っかけてる要因なんだと思います。
なるほど、なるほど。
そうか、じゃあ結構あれだね、
古のファンというか、
多分かなり初期の段階から見てたみたいな感じなのかもしれないね、そうすると。
かもしれないですね。
多分けいたくんは、確かに最初はP5JSとかで、
ウェブ上での表現だけじゃなくて色々やってたようなイメージは私もあるけど、
ある時期から急に自分でもデザインやってみるようになったりとか、
すごい新しいことにどんどんチャレンジしていく感じは、
すごいエネルギー持ってていいなって思ったりもするけど、
そういうのも刺激をもらってきて、今に至ってるっていう感じなんですね。
そうですね、すごい影響は受けてると思います。
そっか。
かつそれが本人にすごい伝わってしまっていると思います。
そうだね、それはそうかもしれんわ。
先日公開されたティザーサイトを見たら、
同じDNAが流れていることが多分ダダ漏れになってるから。
本当ですか?
なんか俺にはそういう風に見えたから。
けいたくんから見てもいいなって思うサイトだったんじゃないかな。
多分それこそ本当に性癖が似ているっていうか、
いいと感じるものが多分同じシルエットをしてるんだと思うから。
そう、だから改めて俺、かまぼこさんと話す、収録するなと思って、
改めてポードフォリオをもう一回拝見したりとかしてたんですけど、
そのティザーサイトも見てて、すごい一つ思っちゃったことがあって。
っていうのは、山田けいたくんの作るサイトのグリッチ、エフェクトって、
もうそれだけ見たら、あ、けいた山田だなってわかるんですよ。
少なくとも俺は。
すごいですね。
それはなぜかっていうと、本物のグリッチじゃないんですよ、見た目が。
多分けいたくんって、もしかしたら意図的にそういう風にしてるのかもしれないんですけど、
いわゆるブラウン管テレビとかがガチでグリッチしてるやつとかをあんま見て育ってないんですよ、多分。
俺とかはギリギリVHSっていうビデオテープの時代とか、
ブラウン管テレビとか普通に見てたし、
線がちょっと緩んだらグリッチかかっちゃう。
ガチモンのグリッチとか、普通に幼少期から見て育ってきてるんですよね。
そういう目を持ってる状態でけいたくんの書けるグリッチ見ると、
全然本物のグリッチと全然違うんですよ。
実際はそんなグリッチの仕方しねえよっていうグリッチの仕方をするのね。
だからすぐに、あ、けいた山田だなって俺はわかるんですけど、
でもこれなんかその、悪い意味で全然違うよっていうことが別に言いたいわけじゃなくて、
かまぼこさんが作ってるやつに、あ、けいた山田グリッチだっていうのを感じてしまったよ、俺。
その時に思ったのが、
なんかもう本物かどうかなんて別に関係ねえんだなって思ったんですよ。
いいと思って、自分が気持ちいいと思うエフェクトをかける。
あるいはお客さんだったりクライアントだったり、
あればクリエイターさんのサイトを作るにあたって、
自分の何かに例えばマッチするからとか、
雰囲気がたぶん揃うからとか、
いろんなデザイン的あるいは表現的背景があって、
そういうグリッチをかけてるんだなっていうのを考えた時に、
確かに別に本物のブラウン管テレビのグリッチとかビデオテープのグリッチと一緒である必要ないもんなって思ったし、
それがこうやってDNAとして受け継がれて勝手に増えていくんだと思って、
すごい俺はなんか感慨深い気持ちになった。
なるほど。
えー、なんか、どうしようね、ケイタさんは分かんないですけど、
自分の場合は単純にそれは実力不足と言っていいと思う。
いや、そんなことないと思うけどな。
あの、自分では結構その、なんて言うんですかね、
えーと、まあ結構WebGLとかGLSLゲーみたいなのの、
こう、東流門的なとこあるじゃないですか、
グリッチ、RGBシフトみたいなのって、
まあなんでその、WebGL、GLSLのサンプルもまあ調べればすごいたくさん出てきますし、
あとはなんかその、映像作品ですとか、
まあゲームのそういうエフェクトを見たりとかして、
あの、自分の中ではそういうものをいろいろ見ながらやってるつもりではあったんですけど、
まあその単純にその自分のシェーダーコーディング能力が低くてそう見えてしまっているか、
もしくはその自分が参考にした、参考元がすでにもうその現実に即したグリッチじゃない可能性とか、
なんかまあいろいろあると思うんですけど、
そうですね、なんかあの、すごい、
独作さんはお優しいんで悪いとは思ってないっておっしゃってくださってるんですけど、
まあちょっと、自分はちょっとそうですね、
なるほど、足りてねぇなこれはって思いました。
いやでもね、いや俺、その、なんかどうしても本物と違うよっていう言い方をしちゃうと、
悪く聞こえちゃうと思うんだけど、
あの、それは全然俺いいと思うんだよな。
その例えば、ちょっとごめんね急に俺の話をしちゃうんだけど、
例えば俺が写真を撮ってさ、
それってデジタル写真なわけじゃん、デジタルのデジカメで撮ったデジタルな画像なわけだよね。
でそれって多分写真の人からしたらそれって本物じゃないですよって話だと思うんですよ、それって。
その、古のフィルムカメラしかなかった時代の極まったクリエイター、写真家みたいな人からしたら、
なんでそんなおもちゃみたいなもんで写真を言い張るの君はみたいな話は絶対思うと思うんですよ、その当時の人は。
それと一緒でなんかそのグリッチが、いわゆるその本当に実在したブラウン管テレビの、
ね、あのなんか意味嫌われもしたけど一方で表現としてエモいっていうそのブラウン管のグリッチが、
じゃあうまく再現できてない、でその再現しようとしてできてないんだとしたらそれは確かに実力不足なのかもしれないけど、
そうじゃなくて自分なりの表現を突き詰めていった結果こういう形のグリッチをかけることが自分の中では正解だったんですよねっていうのが多分ケイタ・ヤマダだと思うから。
そういう意味ではケイタ君のグリッチのかけ方を非難する意図は全くないんですよ。
ただ俺は毎回見るたんびにグリッチ、なんか本当にケイタ君のグリッチはなんか個性があんなって俺は毎回見てて思ってたから、
だからノイズだけ、ノイズっていうかそのグリッチだけ見れば今回もケイタ・ヤマダっぽく仕上がってるなって俺は思っちゃうんだけど、
それ本人がね、良しとするかどうかはちょっと本人に聞いてみないとわかんないけど、
我々みたいな人間が一から作るメリットって何だろうみたいなことも結構最近考えさせられるんですけど、
いかに熱意を伝えるかというか。
なるほど。
でも今のところまだ一人だけっていうか、今まさにやり始めたばっかりって感じですもんね。
はい、そうです。
今後の計画というか、どれぐらいの感じで仕上げていければいいなみたいなのはもう頭の中にぼんやりはあるんですか、スケジュール的なものは。
ティザーとして出したその後の。
その先のプランみたいなのは。
そうですね、なんとなくありつつ、結構あんまり仕事っぽい感じではなくて、
ゆるくやらせてもらうことを承諾いただいてる感じなので、
もちろんちゃんとある程度後ろを決めないと永遠に終わらないフォートホリオあるあるだと思うんですけど、
そういうことにはなりかねないというかので、ある程度これぐらいには出そうかなみたいなことは考えてはいますね。
なんかそのあたりの進行とかすごい難しそうですよね。
たぶんなんかモデルケースがないっていうか、それこそ慶太くんぐらいしかいないから、
何をどう進行するのが誰にとってもウィンウィンな進み方なのかっていうのがたぶん正解がないし、モデルケースがないから難しそうですよね。
素人なりに想像した感じは、やっぱお互いに仕事仕事すぎない。
クリエイターさん側からしても、いつまでにやってくんなきゃ困りますよみたいな風にもならず、
作ってる側もそんな休み削って精神すり減らして作るっていうものでもなく、
お互いに楽しみながらやれるときにやっていくみたいな進め方がたぶん正解かなって想像はするけど、
それって結構難しいというか、簡単ではなさそうな感じもするから。
なんかコミュニケーションがやっぱ大事そうな感じはしますけどね。
そうですね。たぶんあんまり仕事っぽいお客さんみたいな感じにするんではなくて、
できれば一緒に作っていくみたいな、一緒にいいものにしていく。
でも別に仕事も結構同じこと言える感じがする。
まあまあそうだね。
なので、あんまり上下関係みたいなのはなく、
本当に対等に、対等にってのも変ですね。
僕はクリエイターさんに圧倒的リスペクトをおいてるんで、
ごめんなさい、ちょっと言ったり来たりしたんですけど、
できればゆったりラフに進められるのが理想ではありますね。
それを許していただく代わりに、お金は全然いらないのでみたいな、
そういうやりとりをしていたりするので、
そうですね。
そういう仕事っぽいストレスみたいなのは全然なくやらせていただいてます。
すごい良いと思うわ。
ケイタ君が言ってたのは、
俺は俺でクリエイターであることに必死なんですよっていう言い方をしてたけど、
お互いにリスペクトを持ちながら、
相手のことをすごいリスペクトはしながらも、
立場的に対等っていうよりかは、お互いに良いものを作りたいっていう気持ちで駆動してるというか、
そういう関係性が多分大事なんでしょうね。
だからケイタ君とか見てると、もうお前はケイタ山田になっちゃってるから、
気をつけないと相手が何も言ってくれなくなるよみたいな話を、
たしかノーマレーズFMで来てくれた時も話したと思うんですけど、
でもやっぱりお互いに相手のことを尊敬できていて、
気兼ねなくお互いに言い合える関係の方が多分良いものになったりするんでしょうね。
そうだと思います。
多分ウェブデザインのことって俺とかでもよくわかんないなって思うからさ、
多分クリエイターさんとかも、どこまで言っていいんだか、言っちゃいけないんだかって判断すごい難しいと思うんだよね。
善意で作ってくれるとかっていうことだったとしても、
どこまで自分の方から要望していいのかなとかって、
多分相手の立場から考えたら結構難しそうな感じがするし、
多分ちゃんとしっかり、言い方はすごい安っぽいけど、仲良く楽しくできないとダメなんだろうなっていう気がするわ。
そうですね。
今おっしゃるように、クリエイターさん側は自分は何もウェブの知識がないので、
もうお任せしますよみたいなことを言ってくださったりするんですよね。
なので一緒に進めていくとはいつつ、
さすがに自分が専門にやっている領域の話ではあるので、
当然自分がある程度リードしていくことにはなるんですけど、
そうですね。
よくウェブのことをちゃんと分かっていないデザイナーが
すごいエンジニアに無茶ぶりするみたいな話とかって、
そういう話題ってつきないと思うんですけど、
そうですね。
自分がすごい尊敬しているクリエイターさんからとかであれば、
普通に使える状態の最低限のまま揃ってるから、
そうですね。
そこから何を足していくのかなっていうのが、
俺はすごく今気になってるんですけど。
そうですね、ティザーと言いつつ、
ティザーっていう言い方は僕が勝手にしてるだけなんですけど、
ティザーっていうと本当に画面の真ん中に
カミングスーンって書いてあるだけとか、
そういうのをイメージすると思うんですよね。
ティザーっていう言い方がもしかしたら変なのかもしれないんですけど、
本番サイトを作るまでの、
もうちょっと小さめの箱というか、
とはいえ本番を作り切るまでには結構時間かかるだろうなと思うので、
ある程度機能はしててほしいっていう意図で作ってますね。
なるほどね。
結構楽しみにしてる。
だからあえて俺はティザーの状態でそう本山はいかねえぞと思って、
紹介しなかったんだけど。
そうですね、差し替わることが分かってるものを取り上げちゃうと、
それはそれで…。
差し替わったときにまた紹介すりゃいいんだけども、
そこは別にダメではないと思うんだけども、紹介したところでね。
でももうちょっと仕上がってから紹介したほうが多分いいだろうなと思って、
あえて紹介はしなかったんですけど。
そっか、なるほどね。
でも結構俺面白いなと思ったけどな。
本当ですか?
多分ケイタ君はそういうやり方あんましてこなかったから、
そういう意味では結構面白いなと思ったけどな、俺は。
やってることは同じなんだけどアプローチはやっぱりちょっと違ってくるんだなっていうのが。
もちろん相手のクリエイターさんの意向とかもあると思うんで、
一人で決めて作っていくことではないと思うんですけど、
なんか似てるけどやっぱり全然違うんだなっていうのは。
同じマインドを感じる部分もありつつ、
でもちょっとやっぱり違うところもあったりして、
面白いな、なんでそういうふうにしてるのかなと思ったけど、
まあ確かにね。
下手したら1年以上とか2年とかかかる可能性もあるから、
小出しにしていくっていうのは全然ありな気がするわ。
この活動においてそのティザーで出すっていうのは、
全然いい気がするな。
今確かにお話聞いてて、
もちろん今回のそういうリリースの形って相手からの要望ではあったんですけど、
仕事ではないところでいいものを作るために、
結局それなりの時間をかけたいと思ったら、
一旦見せられる小さい箱を用意してから、
大きい箱を裏で着々と進めるみたいなのって、
確かに一つスタイルとしてあるなって思いましたね。
全然ありだと思うな。
全然ありだと思うわ。
ウェブ特有かもしれないけどね。
いわゆる普通のアートとかクリエーションの場合って、
家庭も含めて見せるアートっていうのはあると思うけど、
それに近いマインドを感じるというか、
ウェブサイトも日々成長していったり変わったりしていったっていいわけじゃん。
普通のウェブって考えると、
機能追加でリニューアルで新しくなってみたいな意味でのウェブの変化って、
どんなサイトでもありがちな気がするけど、
でも表現寄りのクリエイターさんのウェブサイトだったら、
むしろその時と場合に応じて日々変わっていく、
それ自体さえ面白いみたいなの全然ありな気がするな。
クリエイターさん自身の作品も増えていくわけじゃん、どんどん。
だからどういうふうに展開するかはその時の画家反応次第ですみたいなの。
すごい面白い気がするな。
確かに。
コンテンツ以外にも後からいろいろ更新できるみたいなところって、
ウェブの特徴というか強みというか、
一方でちゃんとメンテしないとみたいな側面があったりすると思うんですけど、
確かにそれを利用した制作のスタイルというか、
確かにありそうだなって思いました。
全然なんかありな気がするな。
慶太くんはそこを、それこそ真似してじゃないけども、
慶太くんもそういうやり方でやったらやったで、
それはそれで多分面白いものが見れるんじゃねえかなとも思うし、
なんかやり方としてすごいいいなって思ったな。
今後の参考に。
そうですね。
俺が言ったことが何ってわけじゃないんですけど。
そうか、なるほどね。
でも結構どうなんですか、今回のティザーを、
クリエイターさんのウェブサイトを作るぞっていうところは、
実装もデザインも自分でやってるって感じだと思うんですけど、
もともとはどういうその技術スタックというか、
自分の中での認識としてはフロントの実装とデザインと、
やっぱり両方やっていくのが自分っていう感じなんですか、そこって。
そうですね。
ちょっとなんかせっかくなんで、
もうちょっとちゃんと自分の話もついでにしようと思うんですけど。
もともと新卒で入社したウェブ製作会社では、
ウェブサイトのフロントエンドを実装する職をやっていたんですよね。
なので本当に独卒さんに認知していただいた当時も、
一応その実装者としての側面がというか、実装者だったんですよ。
ただ自分の中では学生時代からゆくゆくは両方やる人間になりたいと思っていたというか、
ちょっとこういう言い方をするとあれですけど、
自分は本当にフロントの実装までがデザインだと思っているぐらいなんで、
ちょっと怒られちゃうかもしれないですけど。
でも思想としてね。
本当に個人の思想としてですけど。
ゆくゆくは上からフロントの実装までみたいなスキルセットを持ちたいとは思っていたんですよね。
ただ結構言われてると思うんですけど、
あんまり最初からどっちもやろうとすると両方中途半端になっちゃうよみたいな話ってあると思うんですけど、
本当にそれはその通りだと思うので。
なんでどっちから始めるのっていう話で、
自分はどっちかというとコードを書いたりすることの方が、
とりあえず新卒で採用してもらう可能性は高いだろうなというところで、
一旦そっちに寄せていった感じになりますね。
その後一回転職をして今の会社にいるわけなんですけども、
ウェブ製作を結構高いレベルでデザインから実装までやるって、
限られた才能というか、
効率はどうしても悪いことは分かりきってるんですよ。
案件の拘束時間が長くなるので、デザインやったと自分でそれを実装するみたいなので、
あまりどっちもやりたいっていう願望はありつつ、
業務レベルでは無理だろうなみたいなこともなんとなく思ってしまっていたところがあるんですけど、
そんな時に今の会社の今のチームの方から紹介してもらう形で、
誘ってもらう感じで今の会社にいるんですけど、
結構自分の実装まで含めてデザインでしょうみたいな考え方とかもすごい、
共感っていうとちょっとつきなみですけど、
すごい分かってくれるし、
しかも実際にそういう働き方をさせてくれるみたいな環境が今の会社で、
実装としてのスキルの方があるにはあるので、そっちに軸足を置きつつ、
案件によってはもうデザインからやらせてもらったりをしているんですよね。
新しい今の会社での肩書きも一応そのデザイナー、ウェブデザイナーにはなるんですよ。
ただそのツイッターみたいなソーシャルオープンな場で、
自分はウェブデザイナーですっていうにはちょっと気が引けるというか、
そんな名乗れるほどではないよなぁみたいなことを思って、
自分のツイッターのプロフィールはウェブデザイナーじゃなくてウェブデザインにわざとしてたり、
そういうところがあるんですよ。
なんとなく察していただいてると思うんですけど、
名乗れるほどじゃないなとか、そういうところがあるので。
いや、わかりますよ。わかります、その気持ちは。
ある意味、したたかさもあるっていうか、
まず自分の職業的な見え方だったらまずは実装者かなみたいなところで、
どっちのほうが見栄えがいいっていうか、ちゃんと実績として見えやすいかみたいなところとかはちゃんと考えて、
実装者としてスタートはしたけども、
でも結構自分の中のマインドというか、やりたいことって何だろうっていうのを改めて考えてみると、やっぱデザインを、
どちらかというと軸に考えたほうがしっくりくるみたいな、たぶん感じなんでしょうね。
いや、わかる気がするわ。
いやだから、けいたくんも言ってたけどさ、たぶんグラデーションなんだよね。
その世の中の職業に当てはめようとしちゃうと、その2つ分かれた別々の職業になっちゃうけど、
たぶん俺がやりたいのってその中間なんだよな、てか両方なんだよなみたいな感じなんでしょうね、たぶんね。
そうですね、本当にそうなんですよ。グラデーションだと思っているのもあって、
業務不老上仕方ないとは思いつつ、どうしてもデザインカンプを作る人とそれを実装する人が分かれているのが何で?って思うんですよね。
実装する人がデザインの糸をもう1回読み取らなきゃいけないみたいな。
いや、本当そうだよね。そうだと思うわ。
そうなんですよね。デザインを作るけど、実際に物に起こすところまではやらないのかみたいなところとか、いろいろ思うところがあって。
そうですね、自分は両方やりたいなって思ってしまっている感じです。
いや、でも理想的にはその方がいいよなってことはたぶんうすうすみんな分かってんじゃない?たぶん。
ただそれができない、現実的にはできないからたぶん分かれてるけど。
はい。
たとえばガーデンエイトさんとかはもう結構混ざってるっていうか、一応肩書きはデザイナーだけど実装もやるみたいなことってたぶん割とあんのかなって見てて思うし。
はい。
やっぱ肩書きはフロントエンドのデベロッパーですって言ってても、やってることデザインまでやっちゃってるなっていう人もいるじゃないですか、一方で。逆もあるなと思うし。
そうですね。
普通は共存させるの結構難しい。割合的には難しいのかもしれないけど、でも共存させた方がしっくりくる人ってのはたぶんやっぱ一定数はいると思うし。
ケイタ、ヤマダも含めて川本さんもその輪の中に入ってるのかもしれないですよね。
入っていきたいですね。
分かる。自信持ってデザイナーだって言えないみたいな気持ちも分かる。
分かるな。なんか俺もだって写真家とか絶対言えないなと思うし、自分がどんなに写真好きで撮ってても、自分が写真家とは言えないなと思うから。
写真のコンペ的なやつとかを、作品を出すぞってなるときに自分のプロフィール書いてくださいフォームみたいなのがだいたいあるんですよ。
そこにやっぱり写真家とは欠けないもんね。だから本職はプログラマーっていつも書きますけどそこに。
めちゃくちゃかっこいいと思いますけどね。あんまりいなくないですか?
いないかもしれないけど、少ないかもしれないけどなんか俺はそこがやっぱり地続きになっちゃってるから、それに近いんだろうなとは思うんですよね。
プログラムを書く実装者としての自分と、ウェブというフィールドでデザインを起こしたり表現したりみたいなことをやる自分。
ウェブのデザインと言いつつも、単純なデザインとまた表現としてのクリエイションだったり、アート的な表現みたいなのもぐちゃまぜになってるじゃん。
ただデザインだけをしますっていうよりは、クリエイターさんのいいところも引き立てたいし、でも自分としてもクリエイションはやりたいしみたいなのがいろいろ混ざってるじゃないですか、その中にも。
多分俺にとってのウェブGLとかプログラミングっていうものと写真っていうものが一見全然違うものだし、職業としても全く別のものだけど、
俺の中では共存しちゃってるし、それをうまく説明できないもんな、自分でも。
そういう共存というか、そういう2つの側面があるとした時に、それぞれがいい感じに作用できると、その人のオリジナリティというか、人間みたいなのが見えてくるというか。
ドクサスさんも写真に撮った写真に対してバチバチのシェーダーエフェクトをかけるという風ですとか、
そういう中、写真を撮る人っていう側面とプログラマーとしての側面がすごいいい感じに融合してるというか、そういう感じ、すっごい憧れるんですよ。
そうかな。そうですかね。
ほんとに。
俺、あんまそういう目線で考えたことなかったな。
でもデザインと実装両方できる人、ほんと半端ねえなみたいなのはやっぱり日々感じるし。
でもあんまりプログラミングも写真も両方できてすごいなは他人に対してはあんまり感じたことないかもな。
なんかそこが混ざってる人あんまいないんですよね、たぶん。
写真は写真として趣味で撮ってます。本職はプログラマーですっていう人はたぶんいっぱいいて、
たぶんそれは俺もずっと見てきた、いろんな人を見てきたし、
あんまりなんかそこがこう混ざって曖昧になっちゃってる、
こじらせてるとかっていう意味も含めて混ざっちゃってる人、あんまそういう人見たことない。
俺結構こじらせてると思うんだよな、自分に対して。
写真なんか好きになっちゃって、もともとシェーダーなんていう芸を持ってるから、
その芸をどう組み合わせるかみたいなことを考え始めちゃうって結構こじらせてるなって思っちゃうけど。
本当ですか。絶対やっていった方がいいと自分は思うんですけどね。
たぶん自分もスタート地点は趣味みたいなところだと思うんですけど、
自分にとってそういう新しい手札みたいなのができた時って混ぜたくないですか?
いや混ぜない混ぜない。
あんまりそれぞれ別々にしておく、きっとその良さもあると思うんですけどね。
写真を撮っている時は本職のことを忘れたいとか、
別々にしておく良さもきっとあると思うんですけど、
でもやっぱりそこの科学反応みたいなところを期待しちゃいますよね。
そうですね。難しいけどね。
何だろうな、写真撮っているプログラマーとか写真撮っているデザイナーさんとかって多分結構いて、
写真の話しているアカウントが実は本職はプログラマーですみたいなのも含めて結構たくさんいるとは思うんですけど、
俺は別に最初からそこを目指してたっていう感じではないし、
自然と自分の中で写真やり始めたことによって、
自発的な作用として見える世界が変わっていくことが楽しくなっちゃったみたいなところがあるし、
そうすると調べるじゃないですか、気になることが増えるから、
写真の世界ってどんな表現している人いるのかなとか気になって写真集買ってみるとか、写真店行ってみるとかするんですけど、
そうすると、なんか俺が知らないだけでこんなにすごい世界が広がっていたなんてみたいな、
すごい発見できた喜びみたいなのがあったりするんですよ。
ついこの間も、ジャパンフォトアワードっていうやつに出品というか応募を出して、
仮作的なものをもらったみたいなことがあったんですけど、
過去の開催のやつを、アーカイブを見てたら、
その中に一見写真として作品が並んでて受賞者だったんで、
10枚ぐらい写真が並んでるページがあって、そこを見ると一見なんか、
すごい霧の深い中国の山岳地帯かなんかを撮ったのかなって思うような、
謎のふわふわした画像が10枚ぐらい並んでる受賞者さんがいたんですよ。
で、それ何を撮ってるのかわかんないですね。
なんか白っぽくて、ぼやーっとしてて、
なんか濃い霧の中で木かなんかを撮ったのかなって思って、
大切文読んでみたら、プログラミングで全部作った映像で、
これは自分なりの写真の拡張であり、レンズを通す以外の写真表現ですって書いてあって、
やべえと思って、もはや撮ってすらいねえんだ今の写真業界と思って。
でもそれが写真として、
プログラムによって生成された謎のもやもやが、
写真として評価されてるんだっていうことに気づいてしまって、
なんか、すごいと思って本当に。
そんなこと思いもしないっていうか、
自分ずっとプログラム書いてきたし、真面目にやってきたつもりだけど、
そんなこと一ミリも考えたことねえと思って。
本当にびっくりしたんすよ。
それはびっくりしますよ。
ねえ、それびっくりするよね。
撮ってすらいないんだよ。
全部ジェネラティブに作った。
ジェネラティブアートなんですよ、要するにそれって。
それを写真と言い張ってるっていう、そこに俺はすごい感銘を受けてしまって。
だからなんか自分がやってること中途半端だなって思ってるもん、俺は。
なんかさ、UV伸び伸びマシンみたいなの作って、UVびょーんって伸ばして、
で、RGBずらしてとかやってる自分のやってることって、
中途半端だなって思ってる、自分では。
ちょっとその、なんかその例がかなり特殊というか、
なんか写真の定義がよくわかんなくなる作品みたいなのを企画してしまうと、
確かに言ってしまうと撮ったものの画像処理みたいな感じにはなると思うんで、
でもどうなんですかね、なんかレギュレーションとかは大丈夫なんですかみたいなことも。
いやまあでも、たぶんそれは、そう、たぶんジャパンフォトアワードっていうアワード自体が、
その写真表現とは、みたいな問いかけも含めて認めてくれるタイプのアワードなんですよね。
で、たぶんガチガチの本当に風景写真とかのコンテストみたいなとこにそういうの出しても、
たぶん何を言っとるんだって話になると思うんすけど、
やっぱその、現代の写真とはどうあるべきかみたいなことをちゃんとこう考える、
そこにちゃんと向き合うっていうコンセプトのアワードとかだったりすると、
やっぱ海外でも国内でもそういうアワードってやっぱあるし、
それはなんかね、歴代の受賞者とか見ればすぐわかるんですよ。
なんかもう、あ、こういう感じねっていうのがすぐわかるし。
そういうのを狙って、俺も伸び伸びマシンで伸ばしたやつを出していくんですけど。
なるほど。
そう、だからやっぱ、でもやっぱ俺は掘り下げ方が足んないな。
なんかその、ただ伸ばして楽しいなみたいな感じの浅い感じでやってるからやっぱダメなんだろうなって思っちゃうけど。
いやー、なんかそうですよね。
そういうなんか衝撃的な何か作品を目の当たりにして、
自分のやってることの浅さが隣になっちゃう瞬間みたいなのってこうありますよね。
あるんだよねー、そうなんですよ。
だから俺はなんかそういう意味ですごい写真に出会えてよかったなって思ってるし、
なんか一般的にはね、もう40過ぎるとさ、いろんなことがおぼつかなくなってきてみんなこう暗い話ばっかりしてるイメージあるし、
自分も40実際超えてみて、あ、確かに体ぶっ壊れてくるなーとか思うわけよ、実際にその体感としてね。
でもやっぱりそれは言い訳っていうか、そういうこと言ってる人はそういう人間にどんどんなっていくっていうことなんだなってシンプルに思うし。
なんかそうなりたくないとまでは言わないけど、やっぱ俺は自分の好きなこととか興味のあることに常に熱を燃やしていたいなみたいな気持ちはあるな。
いやーめちゃくちゃ素敵だと思います。
そう、だから多分なんかクリエイターさんのウェブサイト作るのとかも多分そういう活動の一種なのかなって思うけど、
なんかやってみてやっぱどうですか?自分なりにこういろいろやってみたり、
まあまだ過程だと思うんだけどやり始めてみて、なんかやっぱちょっと変わってみるとかいろんな新しい感じ方を見つけるとかってことはありましたか?
あーそうですね、まあちょっとまだその何かこう見えてくるほどにやれてないだろうなーみたいなところはありつつ、
そうですね、なんかイラストレーターとかそういう映像作家さんのそういう界隈に好まれるデザインのスタイルとかって
結構そのウェブデザインにそのまま落とし込もうとすると結構難しかったりすると思うんですよ。
まあなんかその辺すごい上手いことやられてる方も知ってはいるんですけど。
そうですね、やっぱりこう実際いざ作るってなるとそっちのウェブ以外のイラストとかそういうデザインのリファレンスとしてよりよく見ることになるんですけど、
やっぱりなんかそれによってこう自分のデザイン感とかっていうとすごいなんか大層なことをおっしゃってる感じがあるんですけど、
やっぱ独卒さんのその写真を撮り始めて日常の風景を見る目が変わったみたいなことってあると思うんですけど、
やっぱりそういうありますね、今までこう自分があんまりそういう意識では見てなかったものがちょっとこう見え方が変わってくるとかそういうのはあるなぁとは思いますね。
そうだよね、やっぱやってみようと思ったら気になるし、見るもんね自然とね。
確かになぁ、そうっすね。
なんかどうなんですかね、やっぱウェブに落とし込むのって結構やっぱり難しい場合が多いんかなぁ。
なんか俺は全然自分がやっぱデザインわかんないから、どう具体的に難しいのかとか想像するのがなかなか自分にとっては難易度高いけど。
そうですね、なんかそのグラフィックデザインとウェブデザインの関係みたいなのと似てるとは思うんですけど、
一枚の絵じゃないですか、グラフィックポスターとかイラストレーションとかって、ただウェブは画面に対してスクロールっていう行為があって、
要はその見えてないところまでどんどん続いていくものだったり、あとは当たり前ですけどいろんな画面の幅で見られることを想定したりとか、
一枚の絵として見るものなのか流動的に見るものなのかっていうのが結構違いポイントなのかもしれません。
確かにそうだね。インタラクティブ性がやっぱり絶対に生まれてしまうし、インタラクティブ性がなかったらウェブにならないっていうか、
ただの制御になっちゃうから、そこ絶対変わってきますもんね。
そうですね。
まあそうだね。たぶん現代写真の世界もさ、写真撮っておしまいじゃなくて結構インスタレーション化してたり、
映像化してたりする傾向あるような気がする。私はずっと昔から写真見てきたわけじゃないから、今最近のトレンドみたいなものを見てそういうふうに思う。
例えば写真のそれこそ日本で言う小説の世界のナオキ賞みたいなレベルのすごい権威のある写真賞に木村伊兵衛賞っていうのがあるんですけど、
木村伊兵衛賞とかも、もはや受賞したのは写真じゃなくて動画ですみたいな世界になってきてて、
その写真賞って一体何なんだ。つまり写真の定義がもはやオーセンティックな昔ながらの、
いわゆる静止画としてのフィルムに焼き付けた写真ではもうもはやなくなってきていて、写真とは何かみたいなことをやっぱりその権威のある人たちも考え始めている。
それが今の現代写真なんですけど。
なんかそれこそウェブのインタラクティブ性みたいなものも写真の世界に今後入ってくるのかもしれないなとかなんか聞いてて思っちゃったって。
確かにウェブってね、なんか動きももちろんあるし、
ユーザーが何か操作したことに対するインタラクティブ性もあるし、それこそアスペクト比もめちゃくちゃになる可能性があるしとか、
あとはマウスがあるのかないのか、ポインターは出てるのか出てないのか、
いろんな要素がウェブというものの中に一つの中に入ってるから、確かに考えなきゃいけないこと多いし難しいなって思うけど、
なんか写真もそういう世界に入っていっちゃうのかと思って、ちょっとなんか聞いてて思っちゃった。
全然関係ない話しちゃってごめんねなんだけど。
なんかそういう現代写真みたいな分野って何ですかね。
やっぱり写真ってもうみんな普通に撮れるスマホでもみんな好きに撮れるもんなんで、
普通の写真に飽きちゃってそういうのが始まっていく感じなんですかね。
多分飽きちゃってっていうのもあるし、
もうもはや誰にとっても当たり前に撮れるものになってしまったことによって、
やっぱ写真というもののあり方そのものが違うステージに行っちゃったよねみたいなことをやっぱり、
ちゃんと写真を表現とか芸術として考えてる人たちは多分そういうことを考えてるんだろうなって思うけど、
なんかそれこそインスタグラムがすごい流行り始めたぐらいの時に、
写真の作品ですって出てきたやつで、
1日何億枚っていう写真がインスタにアップロードされますっていう話を皮肉って、
写真に埋め尽くされてる風景を撮った写真とかが出てくるわけよ、作品として。
皮肉している段階はもう十何年前とかに終わっていて、
もうさらにその先の世界に行っちゃってる感じですよね。
だから現代の写真表現ってマジで素人がパッと見ても何言いたいんだか全然わかんないような世界になっちゃってて、
それはそれでどうなんだっていうのもあるのかもしれないけど。
なんかでも今すごいお話聞いてて、
もちろん写真をアートの文脈で捉えたときの話にはなると思うんですけど、
そういう皮肉ったりとか、これも写真なのかみたいな定義の再解釈というか。
ただウェブサイトを作るっていう行為においても、
いわゆるノーコードツールですとか、
最近だとそれがAIやら何やらによってより強くなってきていますし、
クリエイターさんにウェブサイト作るみたいな話も別にSNS運用するのと、
何がSNS運用すること以上のメリットというか、
何のために作るんだっけみたいなのってずっとつきまとう問題だとは思うんですよね。
要はさっきのノーコードツールみたいなものがあれば、
全然誰でもウェブサイトなんて簡単に作れる時代、
もう既になってるとは思うんですけど、
かつSNSみたいなコミュニケーションの方が主流ですってなった時に、
ウェブサイトのあり方みたいなのも、
さっきの写真がすごい変化を遂げていったというか、
そういう側面がウェブサイトに対してもありそうというか、
きっと考えていかなきゃいけないだろうなみたいな。
それ、絶対本当にマジでそうだと思うわ。
本当にそうだと思う。
ウェブを、今のウェブがどうあれべきかみたいなことを考える人がいないまま、
今のまんまずっといったらウェブはもうダメになっちゃうんだろうね、たぶん。
今川本さんが言ったみたいな、
じゃあAIが何でも勝手に作ってくれる時代に、
俺たちはウェブに何を見出してウェブで何をするのかみたいなことを
ちゃんと考えていかないと一人一人が、
そうですね、なんか表現みたいなのは本当になくないでほしいというか、
あんまりその便利さだけとかわかりの良さだけを求めていったらなんか面白くないですもんね。
そうだよねー、だからなんかやっぱこういう話ってすごいフワフワしちゃうっていうか抽象的な話になってくるし、
議論するのも結構難しいというか相手を選ぶところがあるじゃん。
そうですね。
こういう話しても全然響かない人っていうのも絶対いるはずだし、
でも一方で多分誰かがこういう話をしないといけないし、
多分そのいろんなところのバーの隅っことかでさ、
なんか関係者同士がこういう話とか多分してる瞬間っていっぱいあると思うんだよ、たぶん。
あると思います、出演者とか。
そうそうそう、そういうところでみんなさ、話は知ってるとは思うんだけど、
そう、なんかだからこの間もさ、あのバクさんのブログ見た?
あのバクさん書いたやつ。
あー、もう見ました。
あれとかもさ、なんかさ、いや本当なんかいろいろ考えちゃうよね。
なんか本当にそのすごい、誰かも言ってたんですけど、
大丈夫ですか?なんかこういう場でそういう話しても。
あの本当に最初はこうすごく技術的にためになるTipsと思って読み進めていったんですが、
多分あのみんなそうだと思うんですけど。
そうだね。
すごいなんか途中からこうなんか心に内側からダメージが与えられるような。
ぐさぐさと。
なんかまあ、で、そのあれを読んで、その喰らってる自分みたいなのもなんか、
いや、なんて言うんですかね、そんなこと言ったって、
自分そもそもそんなことを考えるレベルにも到達してないでしょうみたいなことも同時に思ったりしつつ。
結構その、なんて言うんですかね、Webっていう業界そのものに対しても結構言及されてたと思うんですけど、
すごいいろいろ考えさせられるところはありますよね。
いや、考えさせられるとこあるよね。
だからなんか、俺はすごいあれ見てて、
あのなんかノーマライズFMで2人で喋ってたときをすごい思い出しちゃったんだけど。
毎日読みながら。
結構そうですね、内容がその似通ってるような、
これノーマライズFMでも話題に入ってたなみたいな。
言ってたやつだなみたいなのはあったけど。
あったりしますよね。
でもやっぱなんかね、思ったのは、
やっぱアウトプットして残さないとダメなんだろうなっていうのはちょっと思ったな。
だからなんか、ワクスさんのブログのその記事に限らず、
なんかやっぱりアウトプットして出して誰かが残すってことをやっぱりしていかないとダメなんだろうなって。
だからなんか、例えばケイタ君とかもさ、
あれ多分本人の承認欲求でもあると思うんだけど、
理由はどうあれ出してくるじゃん。
結構残していくじゃん、いろんなそのブログ記事とかも含めてさ。
で多分その鎌本さんはそれこそなんかノートの記事を見て触発されてみたいな話も最初の方にありましたけど、
やっぱなんかそれきっかけで何かが起こってるんだなってすごい思うんですよ。
多分バクさんがああいうのを書いたことによってまたいろんなことがいろんなところで起こってるし、
多分ノーマライズFMをやってたことによってそれを聞いたことにより何かが起こった人たちってそれなりにいるような気がするし、
自分で言うとちょっと恥ずかしいんですけどね。
言葉でもいるなって思うから、言葉にしてとか見える形にして残していく、見せていくっていうことが大事なんだろうなって思うな。
残すことにもいろいろ目的というか役割があると思うんですけど、
おっしゃるように後の世代に継ぐとか業界をもっと盛り上げていくみたいな目的で残すことを考える場合に、
でも本当にドクサスさんはアーカイブして業界を盛り上げていくことの第一人者というか、
まさにドクサスさんのことだと自分は思うんですけどね。
そういう話を多分バクさんからもされていたと思うんですけど。
でも例えばかまぼこさんは今自分を中心の話をしてないと思うんだけど、
なんか俺が思うに、例えばだけどクリエイターさんのウェブサイトを作る活動って、
それ自体に王道のやり方みたいなのはなくて、
それこそケータ君とかかまぼこさんとかが、今は細々と個人のレベルでやっているっていうものだと思うんだけど、
でも二人がそれをどういうふうにやったかとか、どういう背景があってそれをしているかとかっていうことを一切発信しなかったら、
多分誰もついてこないっていうか、奇跡的に同じことを考えて同じ衝動に駆られる人が奇跡的に同じタイミングで出てこない限り、
知れ渡らないっていうか、誰にも伝わらないからわかんないわけじゃん。
だからたぶんかまぼこさんとかケータ君が、もしちょろっと簡単なものでもブログにしたとか、
それこそこんなのやってるよって一言付け加えてXに何かポストしたとか、
例えばそういうレベルのちっちゃいアウトプットであったとしても、やっぱりそういうことをやる人がいないとダメなんだと思うんだよね、たぶん。
それを見て、俺もやってみたいなとかって、本当にそれこそ軽い気持ちで最初はギアがカチッて入った人がすごい大物になっていくかもしれないわけじゃん。
そこの科学反応ってどういうことが起こるかわかんないから、
自分なりに記事にするか別として、こういうことがあったなとかって振り返ってメモっといたりしたものが後々出てきたらすごい誰かの役に立ったりするのかもなって思ったりはした。
だからみんながそうなってくれとは思わないけど、俺がやってることってそういうことなのかなって思うけどね。
いやー、すごいですよね。
残してみんなのために、後に続いてくる人のために残しておこうとか、そういうモチベーションって何なんでしょうね。
ある一定のラインを超えると自然と湧いてくるものなんですかね。
いやでもね、俺は別に残しとかなきゃって思ってやってはいないよ、前提として。
いわゆるバクさんが言うようなアーカイブしていくということも含めてすごく大事ですよね。
ダメなものはダメなものとして後で振り返れることに意味がありますよねみたいなのは理屈としてはわかるけど、そこを目指してやってはいないからな、俺自身は。
瞬間瞬間はやっぱり目の前のことしか考えてない。
まあまあそうですね。
バクさんとかは本当に残ってなさすぎることをやゆしてというか、残すっていうすごい明確な言い方をしてると思うんですけど、
たぶん勝手に残っていくのが理想ではあるんですよね。
別に残すために作ってるわけじゃないっていうのは本当にそうだと思うんで、
それが消えちゃっていくことがあまりにも多すぎるので、残すことを意識しないとっていう言い方になると思うんですけど。
まあでもやっぱ誰かがやんないといけないんだろうね。
もしくは自分がやんないにしても問題を提起するという係をやらなきゃいけないと思うし、
たぶんバクさんはあえて言葉にしてるのはそういうことだと勝手に俺は思ってるけど、
自分ができるかどうかは別として表明するべきだって思ってるから言葉にしてるんだろうなって思ってるけど。
でも本当にwebはね、振り返れないっていうのは本当にその通りだとは思う。
単純に細かい話は抜きにして、振り返れないよねっていうのは事実だと思うから。
そういう仕組みは本当にあったらいいなとは思うけどね。
せめて個人ブログで昔こういうサイトがあったんだよっていうことだけでも、
残ってないよりかは残ってたほうがいいのかなと思うけど。
なんかそれで言うと若干それるんですけど、それって何か面白いんです。
僕、いろんな人が言うフラッシュ全盛期はみたいな話が全然わかんないのがすごい聞くたびに、
あーって思うんですよね。
通ってないというか、
一ユーザーとして多分学生の頃に親のパソコンとかでよくわかんないブラウザーゲームみたいなのをやった記憶があって、
多分今思うとあれがフラッシュで作られた何かだったんだろうみたいなことは思うんですけど、
開発者として触っていないとか、そういうなんか界隈の盛り上がりみたいなのを全然わかんない人間なので、
すごい羨ましいなって思うんですよ。
悔しい感情あるよね。
それ俺もあるわ。
やっぱり俺はその動いているフラッシュのサイト確かに俺も見たことはあるし、
どう思えばフラッシュだったんだろうなって想像はできるけど、自分が作り手として業界にいたことはないから多分同じだと思うんですけど、
それが本当にね、振り返ることもできないし、また劇するとあの頃は良かった、あの頃はすごかったみたいな伝説を聞く感じになるじゃん。
伝説になっちゃってるじゃん。
それはやっぱ、その時に本当に考えなきゃいけないのは、フラッシュのやつが伝説としてしか残ってないことを嘆くんじゃなくて、
下手したら今のウェブもそうなるぞっていうことを多分考えなきゃいけないと思うんだよね。
あの頃はウェブジェイルとか使ってみんなわちゃわちゃしてたよねって10年後に言ってる可能性あるからさ、
そうならないようにやっぱしないといけないだろうね多分。
自分がなんか悔しい、その伝説聞かされて悔しい気持ちになるって自分が思うんだったら、
自分が今やってることを伝説にしちゃいけないんだろうなって考えないといけないんでしょうね多分。
確かに、そういうモチベーションはありそうですね。
自分が悔しい思いした構成に同じことを繰り返させないみたいな。
いやでも、なんか俺は本当にウェブに入ってきたのすごい遅いから、
30代とかになってから恐る恐るウェブジェイルというものを細い糸を手繰って手繰って業界の人たちと接点を持って、
初めて飲み会みたいな席とかで、
ドクサスさんってウェブジェイルでいろいろすごいですよね、昔のフラッシュみたいですよねみたいな、そういうとこでフラッシュの話を聞くわけよ。
あの頃は本当はあれだったよねとかって、同じ業界人同士で懐かしい話が始まるわけよ。
それを俺を聞いてて、ああそうなんだ、あの頃は良かったってみんな言うんだなみたいに思うけど、今となっては体験もできないし、
動いてるのもそもそも見れないじゃん。だから、運が良ければ動画が残ってるかもしんないけどみたいな感じだし。
なんかね、ウェブジェイルとかもさ、多分見れなくなっちゃうよね、普通に考えると。
そもそもキャンペーンサイトとかは閉鎖されちゃうじゃん。
そうですね、なんかドメインが執行するとか、普通にそのサイトがクローズするみたいな。
見れなくなっちゃうからね。
なんかアクティブセオリーみたいなとこがさ、本当にもう何これって、もう頭おかしいんじゃないって思うようなやつとかいっぱい作ってもさ、
見れなくなっちゃったら多分俺たち10年後に、いやアクティブセオリーってすごい奴がいてさって多分言うじゃん。
そしたらその当時の若者たちは、いやなんかそんな懐かし話されてもっていう感じになるし、
もしそういう懐かし話するおじさんがいっぱい言い過ぎたらさ、
多分今の鎌木さんとか俺みたいにさ、聞くたびに悔しくなるんだよなって多分言うことになるよね。
だからなんだろうね、やっぱ自分なりにちょっとでも残していく意識を持った方がいいのか。
誰がそのツケを払えばいいのかちょっと難しいけどさ。
何ができるんでしょうね。
何ができるんだろうね、本当に。
本当にさ、なんかこんなとこで2人で頑張って考えても何も変わらないのかもしれないんだけど、
でも多分これもつながってるとは思うんですよ。
なんかこのノーマライゾー性も聞いた人の心を少し動かすかもしれなくて。
多分そういうことの連鎖というかさ、積み重ねの中で多分何かが変わっていくのかなと思うけど。
確かに。
いやでも本当にさ、さっきも言ったけど、こういう話をできる場とかできる相手っていうのがそもそもレアキャラじゃんけど。
そうですね。
だから俺はすごい良いと思うけどね。
いや、自分もすごい楽しいなって思います。
ここに本当だったらケイトやまだ召喚したいもんだよ。
お前ちょっと来いって言って。
ちょっと一緒に話そうって言って。
やりたいぐらいだけどね。
なんかそれあったんですよね、実際その第50回の後にケイタさん呼んで、なんか3人でバクさんと。
そうそうそうそう。あれは何だったっけな。
あれ多分ケイタ君がバクさんがもっとこういう話とかしたいなみたいなことバクさんが言ったときにケイタ君が勇気を出して一歩踏み出して多分声をかけたんだと思うんですよ。
やりましょうよって言って。
いやなんかあれすごいそのノーマライズFM番外編みたいな感じですごい公開してくれるのかなとかってすごい密かに期待してたんですけど。
いや何もそういう機材持って行ってません。
そうですよね、なんかクローズドな感じだったかっていうちょっと。
いやでも多分バクさんはね、呼んだら来ると思いますけどね。
もしくは行っていいですかって言ったら、あ、いいですよーっつって。
みんななんか、俺も含めてさ、やっぱ声かけて大丈夫かなっていう気持ちになっちゃうけど、バクさんは結構なんか本当にオープンな感じだと思います。
SNS上とかで見えてるよりもっともっと。
なんかきっとその、いいですよーって言ってくださるんだろうなっていうイメージはありつつ、
実際こう、同じ目線でそもそも対話が可能なのかみたいな。
いやそうそうそうそう、わかるわかる。
俺それでもうずっとバクさんをゲストに呼べないで何年か過ごしちゃったからね。
同じ視点で言ってること全然わかんなかったらどうしようみたいに思っちゃうもんね。
そうですよね、そうですよね。
いやわかるよ、わかる気がします。
でも話してみたら、本当にすごいなってやっぱわかる。
あの時も、ケイタ君とバクさんと3人で話した回の時も、バクさんのどっちかっていうとホームの場所に俺らが行くっていう感じだったから、
その回が終わった後に、俺とケイタ君2人で駅まで歩くっていう感じだったんだけど、
もうその帰り道に2人で、いやバクさんってやっぱバクさんだねっつって2人で喋って。
あのたとえとかはあれ、とっさに出てくるって頭おかしくない?みたいな感じのことを2人で話してて、
いやエグいっすわ、すごすぎるっすわやっぱり、みたいなことで2人で喋りながら帰ったけどね。
すごいですよね、頭が切れるというか、しかもそれもリアルタイムの口頭のコミュニケーションでもとっさにそれが発揮されるというか、
即時性のあるみたいな、今自分のいる会社にもそういうえげつない先輩みたいな人がいるんですけど、
あの回を聞き終わった後の脳が疲労してる感じというか、ちょっと似たような感覚を覚えるところがありましたね。
そういう人っているよね、なんかすごいよね。
なんか本当に同じ人間なのでしょうかって。
うん、わかる。
いろんな人に対して思うんですけど、あなた本当に1日24時間でやってますかって、
なんか1人だけ精神と時の部屋にいないですかっていろんな人に思いますけど、
自分はああはなれないなって、本当に尊敬しつつ、違う生き物だと思って見ちゃうところはあります。
いや、わかるよ。その気持ちはわかる。
多分なんか、俺は結構それはかまぼこさんに対してそういうタイプじゃないなって俺は思ってるし、
それはいいところでもあると思うけどね、
自分に置き換えるとやっぱ憧れちゃうとかすごいなって思う気持ちは確かにあるし、
そういう人みたいだったらよかったのになっていうふうに感じることももちろんゼロではないんだけども、
でもそうじゃない生き方も全然俺はいいなとも思うし、
かまぼこさんみたいな、なんて言ったらいいのかな、
これ本当に悪影響を与えない、悪影響にならずに住んでほしいなって思いながら言うんだけど、
日常のなんでもないことをぼやいてる感じが俺は好きなわけよ。
意味のあることを特に言ってない、ぼやいてるじゃん、結構割といつもさ。
サファリは高校だなとか思ったことをつい出てしまうような言葉を書いてあるじゃん。
それが俺好きなわけ、今はね少なくとも。
例えば俺とかだったらあんまりサファリをボコボコにするようなことを言うべきじゃないなってブレーキかかっちゃう自分もいるわけよ。
いや、えらいと思う。
でもそういう垂れ流しちゃう感じがやっぱり俺は見てて好きだなって思うから。
あれでも本当に一回書いては消してみたいなことをめちゃくちゃやってのあれなところはあるんですけど、
自分がそういう人間というか癖みたいな感じでツイッターの運用の仕方というか使い方をしてるんですけど、
本当に淡々と作ったものだけを載せていく人も一方でいらっしゃるじゃないですか。
そういう人の方がすごいかっこいいなって思うんですけど、自分はどうしても自我が出るというか欲が出るというか、
気づいたらツイートする画面を開いてしまっているんですね。
いいじゃん。俺好きだよ、そういう感じが。
結構そういうところで、なんとなくそういうふうに思っていただいてるんじゃないかなみたいなところは、
ある種、期待のような感じで独卒さんに対して思っていたところもあって、
本当に僕今日の収録、すごい緊張はしてたんですけど、
同時にこういう取り留めのない話ができるのをすごい嬉しく思ってたんですよ。
わかんないですけど、きっとそれなりにお話合うんじゃないかなみたいなことを心のどこかで感じてはいて、
あとはもう一つの方でやってる裏番組とか、
ああいう空気感を結構いいなとかわかるなみたいなふうに思って、
そういう人間的な面で僕はすごい独卒さんのファンをやってます。
そうですか。
すみません、突然の告白みたいで。
あんまりこういうこと本当は言うべきじゃないかもしれないけどさ、
活動とかやってることすごいリスペクトだけど、
あんまり友達としては近くにいなくてもいいかなみたいなことってやっぱあるし、
たぶん逆もあると思うんだよね。
別にすごい肩書き持ってるわけでもないし、意義深い社会的な活動してるとかでもないけど、
一緒にいて楽しい人とかってやっぱいるわけじゃないですか。
なんかその温度感が合う人ってたぶんそんなに多くはないから、
なんか俺、それこそ今日の収録の前にかまぼこさんがそのショーノートに、
なんで自分を誘ってくれたのか気になりますって書いてくれて、
で、俺それ読んだ時にそういやそうだなと思って、
なんで俺誘ったんだろうなって思って、
すごい改めて考えたんですけど、
それやっぱなんか話したいなっていうだけなんですよね、よく考えてみると。
実績についてすごい交渉の話がしたいとか、
なんかそういうんじゃなくて、
どんな感じなんかなって単純に話してみたいなっていう感覚がやっぱ、
たぶん一番大きかったし、
でもそれだけで出てくれって言うと相手に対してもやっぱ失礼になっちゃうから、
なんか自分なりにこういうことが聞いてみたいですみたいなことを過剰書きにしてみたりはするんですけど、
でもなんかこう、
そう波長みたいな感じですよね、なんか。
まあ普通に雑談して楽しいんじゃないかなこの人みたいな感じの。
いやーすごい嬉しいですね、それは。
僕はその勝手にいずれウェブクリエイターとしてこう醸成した後に、
なんかワンちゃんがあったら呼んでもらえないかなみたいなことをすごい妄想してたんですけど、
なんかいやでも今お話聞いてなんかそういう、
なんとなく呼んじゃったみたいなのすごい嬉しいなと思って。
なんかさっきそのなんですかね、
すごい作ってるものがすごいけどなんか人間的には合わなさそうだなみたいな人と、
別に能力で言うとそんなだけどすごい気が合いそうな二通りの人間がいるとしてみたいな話。
多分その社会に出てからつながるのが難しいのって多分後者だと思うんですけど、
僕はすごいなんか本当にそれを感じてというか、
新しい友達できなさすぎみたいなことを思ったりするんですけど、
まあでもそれってまあ当たり前と言っちゃ当たり前で、
その前者に関しては普通にSNS見てたらなんとなくこう見えてくるのがあると思うんですけど、
なかなかその後者のなんとなくいいとか、
その空気感みたいなのってなかなか伝える伝わるのが難しいところではあると思いますし、
なんかそれでそのなんとなく作者として声かけるのもすごいハードルだと思うんで、
少なくとも自分からは絶対に行けないですし、
なんとなくわかると思うんですけど。
なんかやっぱ鎌本さんもそうだし、
あと前だったらなんか並川くんとか大学生の子とかに突然声かけてみたりとか、
あとレナードさんとかも学生さんで、
シェーダーはすげーバキバキのシェーダー書くけど実はただの学生ですみたいな感じの人とか、
そういう人とただ喋るだけっていう回を定期的にやりたいんですよね。
なんかそれはもう俺のわがままっていうか、
俺がやっぱ主催者としてそこは外せないなって思ってるから、
なんか本当そういうゲストをたまに呼びたくなっちゃうんですよね。
自分も一リスナーとしてそういう回が欲しいなとは思うんですよね。
すごい人たちのすごい話を聞くのって、本当にそれはすごいことなんですけど、
自分と同世代ぐらいのまだ何者にもなっていないというか、
けど何かになろうとしている人間みたいな、
そういう人たちの話を聞く場が欲しいなとは常々思っていて、
なんでまさか自分が第一号みたいな感じになってしまうとは思ってなかったんですけど。
でもちょっと俺の計画ではしばらくその路線で何人か話聞こうかなっていう気はしてるんですけど。
楽しみですね。
本当そうなのよ。
なんか多分みんな気になってるじゃん、絶対。
同世代のみんなのこととかさ。
これからのウェブ業界どうなっていっちゃうのかなとか、
俺たちこれから何を糧に生きていけばいいのかなとか。
なんかそういう話ただ、
バクさんの回じゃないけど、ビデオ通話で喋ってるのただ収録しましたみたいなの、
たまにあっても全然いいよなって思いますよね。
そうですね。
なんかそういう2つの側面というか、
めちゃくちゃ専門的でためになる回と、
なんかよくわかんないけどちょっと聞いてみたくなる回みたいな。
そういう温度差があっていいなって。
両方あるのがノーマライズFMのいいとこですよね。
本当に思います、それは。
本当そうだわ。
だって今村さんの回とかバキバキに仕上がってんじゃん。
全ての話がためになるなっていう話ばっかりでさ。
本当にもう光り輝いてこう、
まるで何かお釈迦様が何かのように今村さんがもう光り輝いてて、
それはそれでやっぱさ、
それはそれで面白いんだけども、
毎回そればっかりじゃやっぱダメなんだよなって俺は思うから。
本当に今日みたいな感じで撮れるっていうのが俺は嬉しいですね。
自分も嬉しいです。
ありがとうございます。
はい、じゃあ今日もちょっと長時間にわたって話してきて、
今2人で雑談してたら2時間経っちゃったねみたいな話をしてたんですけども、
なんか今日は本当にちょっとこう、
いつもと違う感じで普通に喋れて、
すげえ良かったなって思ってますけど、
多分なんかね、
俺の息子と同じぐらいの世代なんですよ、多分。
だから自分からすると、
自分の子供ぐらいの世代の人とこんな風に普通に雑談できて、
めっちゃ嬉しいなって思いました。
いや本当なんか、
本当良かったと思うわ。
なんかwebの将来みたいな大きい旗掲げるわけじゃないけどもさ、
なんかこう、
なんか思ってはいるけど別に誰に話すわけでもないけど、
なんかモヤモヤしてるなみたいなのがこうやっぱあるじゃないですか。
でそれをなんかこう素直にね話せたから。
はい。
そうですね。
なんかこう、
SNSみたいなオープンなところで、
こうちょっと議論するにはちょっとこうなんか、
なんていうんですかね、
身が重いというか、
いや言っても自分そんな、
そうね。
橋のただのなんか、
そうですね、
人間なんで、
こういう場で、
なんかそう本当に、
気の合いそうな人となんか、
なんか喋ってるみたいな機会が本当にありがたいなって思いました。
いや本当に、
私も同じ感想ですね。
やっぱこういうことを話せる人って、
いるようでなかなかいなかったりもするんで、
それこそねこんだけ年も離れてて、
全然なんかキャリアも違うのにこうやって話してもらえて、
すごいありがたいなって俺は思いましたね。
いや、そちらこそ本当にありがとうございます。
はい、いや本当に、
なんか長時間ね収録になっちゃったんで、
ちょっと長い間拘束しちゃって申し訳なかったですけど、
いえいえとんでもないです、本当に。
いやもう今日は本当にいろいろお話聞かせていただいて、
ありがとうございました。
はい、そちらこそありがとうございました。
またなんかちょっと機会があったら、
けいだやまだとかちょっと呼びつけて、
呼びつけてってのはおかしいですね。
ちょっと召喚して、
召喚魔法をちょっと唱えれば、
たぶん召喚されてくると思うんで。
ありがとうございます。
そうですね、どっかでちょっとお挨拶できたらいいなと思ってるんですけど、
もしそういう機会があったら、
呼んでくれれば俺も行くんで、
ぜひなんかそういう時があったら。
そうですね、後半でも行きたいです。
そうだね。
散歩でもいいですね。
そうだね、散歩でもいいよね。
散歩でもいいと思います。
ちょっとその話引っ張ってもあれなんだけど、
こないだゲストで出てくれた市山さんと朝歩いたんですけど、
すげえいいなと思ったんで、
散歩でもいいですね。
そうですね。
ちょっとどっかでまた機会があったらぜひ。
はい。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。