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2021-05-12 27:41

【GMV 374】習慣化には報酬が必須だが

好きなのに続かない、というのは不思議ではありません
00:04
おはようございます、グッドモーニングバイブスです。
いつもいつも
短くまとめようと思っているんですけどね、あの20分とか最初言ってたんですけど
もはや何か倍ぐらいになっちゃっています。
まあ、あの
CMしたりお知らせしたり、いろいろしているからなんですが
とはいえですね、今私もほぼノートも書いていないし
告知とかをするとなると、ここを使わないとなるとですね
自分のところはないという感じになっちゃうんですね。あとツイッターしかないみたいな感じになって
それはそれであれだから、やっぱりこうあれなんですよ
あの、あれが多いですけど出版社さんとかからも本の告知はどんな時でもしましょうとかって言う
こともあの伝えられていたりしているわけです
ので、あの、でも本の告知とかもほとんどした記憶がないような気もするんですが、まあ
ので、あの、告知とかは
思い出せたらするよ、するぞっていう感じでおります。
そういうこと言ってるうちに1分とか使うんですけれども
で、今日はですね、でも
9時から、9時から、9時には奥さんが起きたいと言っているので
20分ぐらいで行こうと
思うんですけどね。あの
好きというものが繰り返せないと、好きなことなのに続かないという
あのご質問を
最近ちょっとこう
今週の土曜日にやる
セミナーのゲスト講師に呼ばれているセミナーでの
事前のご質問に多かったので、ちょっとそれについてまず考えていることを
えーと、喋っておきたいなと思いました。土曜日の方も
こちら、多分980円とかでご参加いただけると思うので
J松崎っていうとこ
検索ワードで引っかかるかなと思っておりますので、よろしくお願いします。
で、そうですね、好きなことなのに続かない。これですね、誤解があると思うんですね。
私たちが続くこと、えーと、これはあれですよ
行動を科学的に言うとですね
あの、ネズミのレバー倒しもそうですし、あの、もっと古典的にパブロフの犬のヨダレか、あれは
えーと
散歩に行くとなると
えーと、しっぽ振るっていうのをやつでもそうですけれども
あの、ステッキを掴むとしっぽ振ると、これは合図になるからですね
こういうものはすべてですね
好きだから繰り返しているわけじゃないんですよ
報酬のあることを繰り返すんですね。ここを間違えちゃいけないと思うんです
どうしても、こう、好きという、好きなことをするということ自体が多少報酬系を刺激するはずだから
好きを完全に排除はできませんけれども、好きと報酬はニアリーイコールだったり
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あるいはもうほとんど無関係だったりする
こともあります
報酬があるから好きとは限らない
でも私たちは好きなことを繰り返すのではなく、報酬のあることを繰り返すんです
会社に行くじゃないですか。大抵の人は繰り返しですね
なぜ会社に行くか。会社が好きだからではないと思うんですよ
ほとんどの人はね
でも会社は報酬をくれます。これが理由ですよ。繰り返す
繰り返し何かをやるのは報酬があるからであって、好きだからではない
好きも報酬の中に含まれるでしょうけれども
好きなことをやってみても何の報酬も得られないということはよくあることですよね
で、その場合は
その行為は繰り返されないはずです。なぜならば報酬がないから
私たちは生物であるということを忘れてはいけないんですね
好きなことをずっと続けていて死んじゃいましたではダメなんですよ
だから報酬のあることを繰り返していくんですね。そうした方が生存戦略として有益だからです
ということが理由で
好きなことが続かないというのは全然不思議なことではないんですよ。大体
クラソノケゾーさんのグッドバイブスの本にも書いてありましたけど
好きだからと言って楽しいだけにないですよ
好きだから報酬があるなんてことは全然ないですし、このことでみんな悩むからこそですね
例のベンズが出てくるわけじゃないですか
私はすごくインチキ臭いといつも思うんですけれどもね、あれを見て
なぜこう納得されるのかが理解に苦しむんですが、あの好きというものと
好きで稼げるというやつですよね
好きなことが全部稼げるわけではないからああいうベンズがあるわけで
必ず重なることになってるんですけど、すごい微妙だと思うんですよね
全然重ならない人だっているはずだと思うし
ただ好きだということの中に報酬があることが含まれうるという話には逆に
好きだということの大半は報酬が得られないということを意味しています
よね、あのベンズであれば
ということは好きなことは続かないわけですよ、報酬がないわけですから
これはだからそのあえて説明することも本当はないんですよ
好きなことをやってみたが
楽ではない
愉快でもない
報酬もない、それはあり得ることです
そうするとそのようなことが続く理由がないんですよ、報酬がないわけですからね
好きなことはやってみたが辛かったと
苦しく
ちょっと不愉快でもあり、金にもならなかった
好きなはずなのにどうして続かないんだろうって、これは
別に驚くような事柄ではないです
ここにグッドバイブスが続かないという
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グッドバイブスを続けるっていうのも続けましょうって
話を蔵野さんの口から聞いた記憶はあまりないんですけれども
私もあんまり言った記憶はないんですけれども
グッドバイブスが続きませんという話も
そういうふうに感じられる方にとっては
同じ理由があると思うんですよね、報酬がないんだと思うんです
グッドバイブスをしても金が儲かるわけではないんですよ
これはもう私の経験的に見て
現段階ではですね
グッドバイブスをブログとかでいっぱい告知すれば
笑いが止まらないほど儲かりますって話はないですよね
だから報酬があるというのは
少なくとも金じゃない
ところに見出さないとグッドバイブスの場合はなかなか難しいと思うんですね
グッドバイブスをやるのは楽かというと
結構めんどくさい面があるわけじゃないですか
意味付けに気づくとか
イリュージョンを手放すとか
正しさを手放すとかいうことがありますからね、多くの場合
正しさほど手放しがたいものはないと思われていますよね
これもイリュージョン
このイリュージョンって話もそうですがイリュージョンであることはわかっているんですがという
イリュージョンがあるわけですよ、イリュージョンがあるという段階ですでに
わかっているとは言い難いしイリュージョンであることがわかっているという言い方も
今自分は夢を見ていることを知ってますという話であって
名責務みたいになってしまうんですよね
夢を見ているということに気づいていないから夢を深刻に受け止めるわけですよね
パワハラを受けましたとか心の傷が癒えませんというのも
もしそれが夢だとするならば
多分人はそんなにこだわらないですよね目が覚めてみて
あああの上司に言われたのは夢だったのかっていうことになったらですね
なおそれでも心が傷ついたと
思う人もいるかもしれませんけど少なくともその上司の気持ちを忖度はしないですよね
だって夢の中の上司がどう思っているかとか知ったことではないというか
そもそもそんなものはないですよねでも
実はグッドファイオスで言うイリュージョンというのはそれと同じですという話をしているわけです
実際には上司の心を忖度するという時にやっていることは
私たちが夢の中でですね
上司に怒られてあの上司にどう思われているんだろうと夢の中で悩んでいるのと
何にも変わらないと
その上司の名前が例えばゴジラとかだった場合は夢の中では
不思議だと思わないじゃないですか
ゴジラの心を忖度するとかするじゃないですか
でも夢から覚めると多分一瞬で忘れてどうでもよくなると思うんですよ
本当はイリュージョンであるということが
イリュージョンだということがわかってますねこういうことじゃなきゃいけないんですよね
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心のゴジラの心があると思ってたんだけど実はゴジラはいませんでしたと
だからそれを忖度することで気をもむ必要もなくなりましたとなった途端に
くよくよしなくなり多分心の傷と思ってたものが飛んでっちゃうと思うんですよね
消滅しちゃうと思いますそれがイリュージョンだということですよね
えっとこの体験をすれば
報酬になります
このように気づいたということが
自分で明らかになって現実の世界でですよ夢の中ではなくて
で現実に何かされたと思ったことも
実はそれは夢を見ているのと何も変わらないと
いうことがわかればですね
えっとあれですよミーティングですっぽかされて30分が無駄になったとかそういうのも夢の中だったら
気にならないじゃないですかでも実は夢の中と同じなんですよ現実にそれが起こったとしてもですね
というか現実にそれは起こったとは言い難いということなんですけれども
30分だと夢の中で思った時間はないわけじゃないですか
でも実は現実の時間もないわけですから30分だと現実に思っている時間というのはないわけですよ
っていうようなことがわかるとですねえっとパッと心がいきなり晴れる
えっと時間をかけてじわじわが晴れるとかグッドバイブストレーニングを連日しているから晴れるとかではなくて
一瞬で
えっとその場でパッと晴れるこれが報酬として働いた人にとっては
グッドバイブスは続くんですよなぜならそこに報酬があったからですけれども
えっとこんな話をいくら聞いてもイリュージョンだと何度も言われても
えっとイリュージョンだと頭ではわかっているんだけれども
いつまでもこうこの苦しみにはモヤモヤが続いているという人にとってこれ報酬にならないですよね
だから続かないということになるんだと思うんですよね
これはつまり報酬というものがですね
えっとこれは人間だけかネズミにもなのかわかりませんが多分でも人間だけではないと思いますが
報酬というものが
リアルに何かを手に入れるということとは違うということですよね
報酬が働くというのは脳内で言うと報酬系が活性化するという話なんですね
報酬系が活性化するというのは
えっとそれは物飲み方を変えたに過ぎないじゃないかというあの表現なんですよ
物飲み方を変えることがうまくいった場合は報酬系が回っていくことがあるわけです
で同じ出来事が起きているだけなんですけれども
例えばこうデートの時間をすっぽかされたというのは同じことが起きているだけなんですが
それにくよくよするのがイリュージョンだというふうに頭が回転した場合と
そうは回転しなかった場合とでは報酬になるか苦しみのままであるかの違いが生まれるわけですね
その時に
視点を変えるということを習慣化する
きっかけを得られるか得られないかの分岐点がそこにあるということです
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ですからあの
報酬が脳内で報酬だというものが得られない行為はですね
好きだからといって続くわけではないんですね
厳密に言うと好きだと自分が思っているけれども
やってみたら報酬は得られませんでしたということはあり得るということです
現にいくらでもそれはあり得ますよね
私は例えば物を書くのは好きだと思っていますが
物を書くのが楽だと思ったことはないですし
楽しいかどうかも楽しい部分もありますけれども
楽しいからやるっていう感じとも
楽しいからやるならあつ森やります
であるいはですね
それが快適かというとそれは別に快適とかではないですよね
不快感は当然あると思います肩凝るとかもありますしね
あと今はあんまり凝らないですけれども
あと爽快とかいうものではないですね気分が爽快になるとかそういうことはないですよね
つまり爽快にもならない楽でもない楽しいとも言い切れない他に楽しいことはある
お金になるかというとならないものの方が多いですよね本はさすがになりますが
本だって
あの期間をかけてあの金額を得るということだけであればですね
多分違うことをやった方が賢明だとは思いますつまり報酬刑としては
世の中で考えられている報酬刑としてはものを書くというのは大変続きにくそうな行為なんですよ
でも私は
20年
実質留学時代とかにやたらレポートを書いていたり
誰も読みもしないようなものまで書いていたり
その前に小説書いていたのとかまで入れてしまえばですが
30年はものを書き続けている感じなんですねもっとかもしれないですね
40年近い可能性があります
これは続いているというしかないじゃないですか繰り返していると言ってもいいですよね
でこれは何でかというと報酬があるんですよ
つまりお金とか楽しいとか楽とか爽快とか愉快とか
気持ちがいいということとは一切関係なくても報酬ではあり得るということですね
私にとってのウッドバイブスも極めてこれによく似ています
ウッドバイブスが私が続いてこんなことまで
こんな番組まで続いているのはここに報酬があるからなんですよ
それは報酬っていうのは金じゃないってことですよね
まず一つにはこのポッドキャスター1円にもなってませんから本当に
文字通り1円にもなってないので
これで360回も続くと70回かということは報酬があるんですけれども
好きだけでやってるわけじゃないってことなんですが
その報酬があるということとお金になるということは関係ないわけですよ
でいやいや告知とかしてるからと言われるかもしれませんが
多くて500回の再生とかですから
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多分ここから告知でによって
私の実績のビジネスに結びついていると
そういうような意味合いでやってるんだとすると
これやめたほうがいいと思うんですよね
まだNOと書いてるほうがだいぶ違う有効だと思います
そういう意味ではこの報酬はどう考えてもビジネス的な報酬ではないと
楽かというと大変だと思うことはないですけれども
楽をしていたいならば
ユリースにでも座ってますねこの時間だったら
別に仕事しなきゃならないような時間帯だとは
私の中ではなってないので
この時間に無理やり収録しなくてもいいわけですよ
楽しいかな?楽しいですね
楽しさはあります
これは不思議とはあります
一人でただただ庭に向かって喋ってるだけなんですが
楽しいという感じはあります
だから楽しさでやってるっていう面はあるんだけど
だからさっきも言ったんですが
楽しいだけならあつ森でも楽しいんですよね
この時間にあつ森やっててもいいわけですよ
あと大谷翔平の大リーグの試合
これは楽しいですよ見てればね
これを見ずにこっちに向かってるというのは
やっぱり楽しいということが全部じゃないって感じがしますね
気分が爽快かというと
それは全然別に爽快とかそういう感じではないですね
シャワーとか浴びてるほうが爽快な気がします
つまり報酬があるということは
よく言われているような感覚がそこにあるということとは違うんですね
習慣化されてるから楽だとか言うじゃないですか
全然そんなことはないですよ
これポッドキャスト習慣化してるから楽になってる部分なんて何にもないです
iPhone持って喋ってるだけなんで
これをこれ以上楽にやる方法とか別に考えたいとは思わないです
そういうのが好きな方は考えるんだと思うんですけど
私はこれはもうこれ以上楽をしたいと
楽をしたいんだったら何もしないですよね明らかに
これは楽だからやってるわけでは全然ないですよねそういう意味でも
やっぱり報酬系が働くんですよ
好きなだけではこれは続かないと思います
報酬があるから続くだけどどんな報酬か正直全然わからないです
不思議だなぁといつもやりながら思っていたりします
やっぱりこれはでもグッドバイブスの一環の感じなんです
私の中ではですねグッドモーニングバイブスというぐらいですから
でこういう報酬があって初めてグッドバイブスというものも続くわけです
好きだからやるという意味では
考案されたクラスの系統さんはお好きかもしれない
考案するぐらいですからタスクシュートもそうですよね
考案した大橋裕三さんはお好きかもしれない
でも僕は好きでタスクシュートをやってる
嫌いだとはもちろん全く言えませんけれども
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好きでタスクシュートをやってるのかと言われると非常に微妙なところがあります
儲かるからやってるのかというと
それはもう僕の中ではかなりナンセンスな領域に達しつつあります
儲かるという理由であればコンビニでバイトする方が
確実に儲かるんじゃないんだろうかという感じがしなくはないですね
少なくともその儲けるためにタスクシュートをやるという
日々のやってる時間を考えれば1日24時間ですからね
そんなにやらないじゃないですか
コンビニのバイト1日24時間とか僕は絶対無理だと思います
タスクシュートは楽かと言われると論外ですよね
めんどくさいという感じがする人の方が多いと思います
私はめんどくさいというのはイリュージョンだと思いますけど
タスクシュートに関して言えば
楽しくもないですよね
報酬があるというのはこういうことなんだと思うんですよね
報酬はありますよ
嫌いではないから好きと言ってもいいと思います
楽しいというのは全然全く違います
楽ということも
だって何もしない方が楽じゃないですか
全ての行動記録を残すということについて言えば
何もしない方が楽ですよね
それを楽という意味では
だから大変だと思ったことは全く今はないですけれども
今は大変だとは全く思いませんが
楽というのとは違いますよね
けれども報酬系は活性化する
つまり報酬系というのは甘いものを飲んだり
衛生的に興奮したりするということとは
全く別のところでちゃんと働くということですね
多分ですが今もちろんビジネスとしてもやっている部分はありますが
儲かる儲からないということとはまたちょっと違ってですね
整形を立てる上で必要だという面はありますが
おそらく全くビジネスをしなくても
タスクシュートは続く気がします
それはやっぱりお金になるという報酬とは
違うところで報酬系は働いていると
私のこのタスクシュートに関しては
もろんお金になるからやることもありますよ
ただ僕の仕事ではそれはすごい少ないとは思います
とはいえ私だって派遣社員だった時代はあるわけで
それはまさにお金になるから行ってたわけです
あれお金くれなかったら行ってないと思います
それがこのポッドキャストのグッドモーニングバイブスとは
全く違う部分ですね
タスクシュートとも全く違う部分です
現に私は派遣社員辞めましたが
あれは派遣社員法に基づいて辞めたんですけれども
基づいてというのは3年までっていうのがあったから
辞めたんですけれども
あれはお金があったから続いていたわけです
でもこれが続くってことですよ
その派遣社員先の会社が大好きだったからとか
そういうことではないですね
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楽だったとか全然楽じゃなかったし
満員電車だけでも楽じゃなかったですしね
だから好きだからといった好きなことが続きません
好きなのに続きませんというのは
その気持ちが本気かどうかとかいうことではないと思います
報酬がないんだと思うんですね
やってみて本当に続かないということであれば
ただ好きだから何かしらが満たされるはずじゃないですか
それをかなりしっかりつかまないと
好きというだけの理由で続けるっていうのは非常に難しい
好きなことをやった時にどんな満足が得られるのかは
多分イメージしてないと思うんですよ
楽しそうなこと自分が大好きなことだということには
一種の期待感によるイメージみたいなのがあるじゃないですか
例えばこうそうですね
大好きな異性とクリスマスイブにディズニーランドに行くとか
めちゃくちゃこう良さそうな感じが
私なんかそれができれば死んでもいいぐらいに
思ってた時代がありましたが
現実にそれをやってみる
やったことないですけど
やってみると結構楽しいことばっかりじゃないような気がします
そう思いません
現実にそれをやるということは
だってすっごい混んでるでしょうし
私例えばディズニーランドそのものが好きかというと
好きではないですからね
はっきり言ってしまえばどっちかというと
長所を嫌いです
ああいう空間は
あのちょっと気持ち悪いなっていうのはなくはないんですよ
つまりそこにはあるなんて言うんですかね
すごいこうあると思うんですね
こういうイメージって
南国のリゾートの写真とかってそうじゃないですか
写真に行けるわけじゃないじゃないですか
言ってることの感じがちょっと伝わりにくいかもしれませんが
モルジブとかに行くとこういう感じがします
っていう写真とか見せられますが
私あれ結構写真は好きで気づけば好きですが
動画とか好きじゃないですよね
なんかリアルになればなるほど
そこにまつわる必ずしも良くはない面というものに
触れていかなければならないような気がして
ハワイに行くとかもそうなんですよ
楽しそうだということと
楽しめるということは違うという気がします
で私はハワイとか結構それは
あそこは好きなんですけどねとはいえ
つまりですね
だから同じじゃないんですよね結局
例えば私は多分モルジブとかでは
楽しめるかどうか大変疑わしい気がします
ハワイは好きなんですよ
あるんですよね結局そういうことって
で何がどうなのかというのは
行ってみなきゃ分かんない上に
行ってみてもよく分かんなかったりするじゃないですか
本当にこう私も好きに騙されるというか
その素晴らしそうなイメージというものには
大いに騙されてきた記憶がたくさんあります
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そのイメージそのものを体験できるわけではないので
やっぱり報酬があってこそなんですよね
続ける続けないということは
で最後にですね
私はこれだからといって
報酬だけで続けるのはナンセンスだなと
最近は本当思います
私たちは報酬そのものが好きなわけじゃないんですよ
好きと報酬ってのはやっぱり
ニアリーイコールなんですよね
好きだから続くわけじゃない
そして続くのは報酬があるからだなんですが
だからといって報酬によって
習慣化なんでもすればいいかというと
それは全然いいと思わなくなりました
報酬によってずっと続けるっていうのは
つまり莫大な報酬があるから
会社に毎日どんなに苦しくても
どんなに嫌でも
満員電車がどんなに非人間的でも
続けるって話になってしまいますよね
現にそういうことは昔たくさんあったと思うんですよね
昭和の中期の満員電車とか
本当に非人道的でしたよ
あれはそして仕事でやってるということもですね
本当に全然こう何もそこになんかこう
そこにはいろいろあったと思うんですけどね
近づいて現実に実行すればですね
ただ実際にそれがじゃあ好きということとか
楽しいということと言えるようなことが
全くないケースもあったんじゃないだろうかと思いますね
だから報酬で続けるというのは本当に
割と楽しくないし幸せでもない
なぜならば報酬というのは生存のためのものであって
生存生存を伸ばすこと自体が目的であれば
それでいいんでしょうけど
例えばあの目高いますが
目高は私が餌を出す時には私に寄ってくるけど
今のところ私自身が近づいたという理由では
近寄ってこないんですよ
むしろ遠のく当たり前ですよね
巨大ですからね
目高から見ればつまり私のこと
そんなに今のところ好きじゃないわけですよ
ただ餌はくれるからその時は寄りますよね
これが報酬系による習慣化ですよね
好きじゃないものに近づくわけじゃないですか
会社とかもそういうケースはあると思います
好きだからやってるとは言えないことを
報酬によってやります私たちはですね
ただそれはだからそれが幸せだとか
いうことではないと思うんですよね
だから繰り返しますよね
食事もそうですし睡眠もそうです
報酬によって繰り返します
それは好きになれた方がいいと思います
繰り返すんだから
ただ報酬によって繰り返してさえいれば
それによって幸せになれる
というわけではないのに
なんかこうですね
報酬によって習慣化しようって話が
ものすごくこうなんて言うんでしょう
こう今の時代というのかな
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強調されますよね人間社会においては
でもそれは何か一歩間違うとですけど
好きでもないことをずっと繰り返すための
手段みたいになっているのはずなのに
つまり好きでもないことを
ずっと繰り返す手段が
目的化するって
なんかこうナセンスな感じがするじゃないですか
最近そういうふうに思うようになりました
だから報酬によって続けるというのは
続ける上では必須事項ですけれども
いいことかどうかまた別だということですね
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