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2021-05-11 36:42

【GMV 373】仕事に集中するほうがたやすい

集中が途切れてもまたすぐ集中し直せる
00:04
おはようございます、グッドモーニングバイブスです。
いくつかお知らせをしますが、
ブログのテキストのブログとかと違って、
あの、告知を打ちながら、告知URLはこれ打てないんじゃないですか。
今、一生懸命頑張っているYouTubeの方は、登録者数が1000を超えるとそういうことができるようになるけど、
今の段階ではすぐすぐそれはできないということもありますが、
これに至っては登録者数が万を超えようとそういうことはできないわけですよね。画面がないから。
で、えっと、
だから、
やるお知らせをいくつか喋るというだけなんですけれども、
まず土曜日にですね、J松崎さんの
株式会社なのかな、J松崎のところでやります。
やるというのは、習慣化するため、タスク集とクラウドを習慣化するためのオンライン講座とかかな。
とにかくそういうものがシリーズで行われていて、私、第2回のゲスト講師として喋ることになっています。
ま、あの、これで、この、
えっと、
ポドキャストで喋っているような内容なんですが、スライドを使えと言われておりますのでね。
基本スライドは最近使ったり使わなかったりなんですけど、この回では必ず使うことになると思います。
まだ用意してませんけどね。
で、習慣化なのでテーマは、習慣化というのは今の私にとっては非常にアンビバレントなものでして、
というのはその、全く同じことは繰り返さないということがあるじゃないですか。
で、これは自明だと思うんですよ。全く同じことがこの世で1回でも繰り返されたことはきっとない。
ということはですね、習慣化って何なんだろうってことがあるんですけれども、
ま、そういったことを含めつつ、しかしタスクシュートに絡めなければならないというね、ことがあります。
そんなことを話そうと思っています。
これだとそんなことってどんなことだよって感じがしますが、まぁそんなことです。
えっと、で、その翌日に書き上げ塾というところで、ま、これはあの現在まだ応募かけてませんが、現在は第、
現在第5回になるんですね、今期の。で、6回までなんですよ。
だから間もなく新しい、えっと、次の期が始まろうとしていますので、これはですね、ぜひご検討いただければと思っております。
あの、特にですね、稲葉隆一さんという方の国会のルールっていう本、
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伝書籍ですけどね、これは良い本だと思います。これ読んどけばですね、今なぜコロナの時、ああいうやりとりになってしまうのかどうかが、結構手に取るようにわかるんですよ。
あの、一断面一断面しか私たちニュースで見ませんけれども、あれはトータルでやっていることに意味があって、
そういう意味でやらないでほしいと思う方もいらっしゃるでしょうけれども、そうはいってもそういうルールになっているってところがあるんですね。
野球と同じなんですよ。できないこととできることがあるってことですよね。
ということがわかるのと、もう一つは、今一番新しくこの書き上げ塾から出ている、書き上げ塾の塾生が書いた
Hello, I'm Jap! ってやつ、この2つを読んでいただくとですね、 えーっと、きっとこう入りたくなるんじゃないかと、私なんかだったら入りたくなる気がするんですよ。
あの、 プロの作家じゃなくてもこうやって書けるようになるんだと、
いうことをお伝えできればと思っています。
で、それ、書き上げ塾が日曜日ですね。 で、その次の日曜日に、
だと思ったら、これも一般で公募してませんけど、SHオンラインというのをやります。
これは大橋哲夫さんという方と一緒にやっているオンライン講座でSH研というのがあるんですけど、
スピード博研究会というのをですね、これも下田の方で探していただくとわかります。
あの、こうして見ると結構いろいろやってるなと思うんですが、 えーっと、なんかですね、この、
やってる感って別にそんなになかったりもするんですよね。 われながら不思議なんですけども、こうして見ると結構いろいろやっておりますね。
あのー、でも、なんかこう、別に何をしているっていう感じを強く抱いているわけではないと。
まあ、一つにはやっぱりですね、えーっと、
最近になって、
その時その時の、
やっていることは、その時その時に意識を最大化するようにしてるからなんですよね。
えっと、今日、今、何をしているというのと、その時にやることは、もう別の人間がやっているというのまで言ったら言い過ぎですけれども、
そんな感じすらあるので、 あんまり、
まあ、今月はこれとこれとこれをやるからっていう感じを持っていないんですよ。 これは、あのー、
タスクを、タスク? 仕事を、
抱え、たくさん抱えている時ほど大事なことかなと思いますね。 最近は、特に。
こうするようにしてから、忙しいとか暇だという感じに苛まれることはなくなってきたんですね。
あのー、今日はその話しますが、 いろんなものをやってはいるんですけれども、
ぜひチェックしていただきたいんですが、 あのー、だからといって、ものすごく立て込めば多分、
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毎日毎日オンラインセミナーですってことになってくればですね、 非常にきつい感じを抱くことはあると思うんですが、
そうではないので、 忙しいなみたいな感じを、忙しいっていうのは結局こう、
一定の時間の中でどのくらいのことをやっているかっていう感じを抱いて初めて持つもので、 私はその感覚がやっぱ薄れてきているんだと思うんです。
ゼロじゃないですけどね、私は。 そういうことがあるかなと思いますね。
で、えーっと、まあそんな感じでいろいろやっているんで、 まあちょこちょこ確認して、
ご参加いただけると嬉しいかなと。 で、その、あのー、
なんて言うんですかね。 今ここの話なんですけれども、
集中力が途切れるみたいな、 まあ最近編集さんからもそういうお問い合わせをいただいたんですね。
依頼にすぐ対応するのはいいけれど、そうすると集中せっかく集中できるようになったのが途切れるんじゃないですかっていうような、
その現行に対する一つのこう、なんていうんですかね、 問題提起があったんですけど、
この、どうしてもこう説得する形になるんじゃないですか、ビジネス書みたいなのは。
集中力を途切れるというのはイリュージョンなので恐れずに依頼に即対応しましょうって、説得長じゃないですか。
で、納得できませんと言われた場合、ストロークがそこにはないので、本ですから、
読者の疑問を抱き納得できなければそれまでなんで、 どうしてもそこを畳みかけるようになってしまうんですけれども、
これ、別にですね、説得したいという気持ちが説得しなければいけないと思ってるんだけど、
だからといってこう、絶対にそうしなければいかんだろうっていうようなこととも違う感じがするんですね。
そんなことを私が思ってたところで、本を読んだ人が絶対そうするとは、読んだ人全てが絶対そうするなんてとんでもないですし、
説得長にはなるけれども、集中力を途切れさせたくないというお気持ちにもなるだろうなとは思います。
その辺ちょっとどう書くかだから塩梅なんですけれども、もちろん編集さんもそう思ってでどう書かせるかも塩梅なんですけれどもね。
で、集中力が途切れるという不安ですよね。
この話をきっと今週の土曜日に自衛松崎さんのところでもすることになるでしょうね、当然。
今ここに集中するって話をすれば必ず、いやでも集中できないんだよとか、そんなに依頼されて、
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もうちょっと昔、昔というか私がずっと言ってた言葉を使えば割り込まれて、
そっちに対応していたら集中できなくなるでしょうっていう、集中が途切れる。せっかく集中しかけているのに途切れる。
次また戻ってきて集中し直すのはすごい大変なんだという話をですね、
されると思うんですよね。で、佐々木さんはいいでしょうけれどって言われると思うし、
まして蔵園さんはできるんでしょうって言われると思うんですけど、
えっとですね、
再現性っていう問題だと思うんですね、これは。
で、ライフハックなので、まあ私が主に
いた、暮らしたがライフハックなので、再現性にこだわられるというのはとてもよくわかるんですが、
再現性にこだわるということはですね、
ある意味ではですね、 不可能なことをやろうとしているとも言えるわけです。
同じことは二度と再現しませんからね。
で、集中力が途切れるというのを恐れるということは、
集中できる方法を知りたいという形になりやすいんですよ。
で、集中できる方法というのは当然再現性がなきゃいけないということになってるじゃないですか。
で、この再現性っていうのはですね、二つあると思うんですよ。
一つはいつでも自分は集中できる、再集中できる、だから再現性なんですよね。
集中した状態を再度達成できるという意味での再現性。
もう一つは誰にでもこの方法を使えば誰でも集中できるという意味での再現性ですよね。
不変性みたいな言い方もできますよね。
だからつまり集中するための方法というものは、
それを知ればいつでも集中でき、かつそれを知れば誰でも集中できるという意味で再現性がなきゃいけないということになるわけですよね、きっと。
そこでエビデンスっていう表現が出てくるんでしょうね。
で、とはいえですね、まず二度と同じことは起きないわけですよ。
だから再現性というのはその言葉からしてすでに何かがおかしい面もあるわけですね。
全く同じことを再現させようというのってそもそも無理なので、
原理的にこの世ではそういうことは起こらないので、
そうすると集中する方法というものが謳われていたとして、
それをもう一回使えば同じ状態が再現するのかというとしないですね。
で、ここでこういう話をして煙に撒くわけではないんですよ、私は。
私としてはそういうことがしたいわけではないんですよ。
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この逆を、でも僕らはやっているっていう方法を見たいんですね。
つまり、再現性があるように集中しないようにしていると思うんですよ。
こっちの問題を何とかするっていうアプローチが良いと思うんですね、現実的に。
集中することを誰でもいつでもっていうことよりも、
集中しないように誰もがいつでもやっているという事実を指摘したいんですよ。
これはグッドワイブス的に指摘してもいいと思うんですよ。
明らかにそうなってしまってるんで。
つまり今ここにいないようにしてるんですよ。
一つには脳内シミュレーションですが、
多分僕は多分一番多いんじゃないかと思ってますけど、
まあ一番多くなくたっていいですよね。
少なくとも3分の1を占めてはいると思うんですね。
脳内シミュレーションをしちゃうと。
脳内シミュレーションの何がいけないのかと。
例えば、この用事を頼まれて割り込みをされたと。
急な依頼を受けてそっちに行ってしまったら、
集中が途切れ、この用事を、依頼をこなした後で戻ってきてももう集中できないんじゃないかという脳内シミュレーション。
これをやるから集中しないという状態を再現しちゃうわけですよね。
集中しないというのはつまり、今ここに集中しないってことですから。
今ここで仕事をすることを避けるということは必ず一つには、
未来の過程を頭に叩き込んで、そっちに意識を向かわせるってことになるんで。
これをやったら今ここには集中しないですよね。
これを繰り返しやり続けている限り、今ここに集中しないという状態は何度でも再現できるんですよ。
こういうアプローチなんだと思うんですね。
これに関して言えば、Good Vibesだけじゃなくて、タスク管理はみんな言ってますよね。
GTDだって同じことを言うじゃないですか。
他の今やっていることじゃないことに気を回すから集中できなくなるんだ。
それをやめるためにあれは気になることを全部書き出しておいて、書き出されたんだからもう頭で気にすんなよってことじゃないですか。
同じじゃないですかこれは。
つまり書き出されたことについて意識を回さないようにしましょうと言ってるだけであって、
書き出すことによって意識を回さないようにすれば直ちに集中できますとまでは多分僕は言い切れてないと思うんですよ。
ただ脳内シミュレーションやめなさいとは言ってると思うんですよね。
なぜならそれをやると集中しないことを再現しちゃうからだと思うんですよ。
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いつでも誰でも。
つまり今ここじゃない方向に目をそらすことは再現性があるんですよね。
どうやら未来のことを想定して心配すると。
これをやれば間違いなく今現在やるべきことから気をそらすことに成功しちゃうわけです。
これをやめれば集中に一歩近づけるんじゃないですかというアプローチなんだと思います。
脳内シミュレーション。
もう一つが違うところに頭を飛ばしちゃうというやつですね。
私さっきゴミ収集場のネットを片付けてきたんですよ。
なんで片付けてきたかというと、あのネットが出しっぱなしになっていると、
うちが今回今週当番なんで、当番っての間なんですよ。
で、この当番をやっている人は8時半より前には片付けなきゃならなくて、
片付けておかないと誰かが片付けてしまう恐れがあるわけですよ。
で、そっちが気になってこのグッドマイブスに集中できないという状態を下げたかったわけですね。
つまり空間的に違うところに頭を持っていっちゃったらいけないわけですよ。
これが今ここ。つまり今ここの中のここですよね。
ここじゃないところに気を飛ばすと。これも再現性があるじゃないですか。
ここじゃないところに意識を飛ばす。
上で寝ている奥さんの目を覚ますんじゃないかとか、空間的に違うところに頭を飛ばしますよね。
再現性があるんですよ。これをやると集中できなくなる。
つまり集中できなくなるやり方については再現性があって、脳内シミュレーションがさっき言ったやつで、
空間の、これも結局空間のシミュレーションですね。
それをやると今ここのここから心が居なくなってしまう。
そういう再現性がありますね。
で、これをやめればやっぱりもう一つ集中に近づけるんじゃないかと。
これをやめるためにもやっぱりタスク管理では多く書いておくわけですよね。
ネットを片付けるとか。あるいは2分で終わることなら先にやっちゃうとかって言うわけじゃないですか。
同じことですよね。先にやってしまえば。
さっき私がネット片付けたのがまさにそういうやり方なんですけど。
2分じゃ終わんないんですけどね。
先にやってしまえば、それについて意識を飛ばす必要ないわけですよ。
現に私は今、ゴミ収集場の方に意識を飛ばす気には全くならないわけですね。
そうする理由が一切ないから。
つまりそうする理由が一切なくなればですね、心はそっちに飛んでいかないんですよね。
これが2つ目のアプローチですね。
3つ目が、実は脳内シミュレーションよりやってる人が多くて、
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しかも厄介なのかもしれないと思うように最近なってきたんですけど、
悔しいってやつですね。
これはドイ・タケオさんが甘えの構造で書いていることです。
で、もうちょっと先へ行くと悔やむっていう心理になるんですけど、
要するに過去の何かに囚われるっていうやつね。
一番いつでもツイッター界隈を除けば賑わしているのが、
タワハラ上司とかですね、に言われたことが気になって仕事に集中できないとか、
奥さんにああいう乱暴なことを言われて、
それがムカついて仕事に集中できないとか、
過去に起こったことに意識を飛ばしてしまうやつ。
これはですね、脳内シミュレーションは私は全く意味がないことだとは思うようになりましたけれども、
まだしもね、脳内シミュレーションはこれから起こるかもしれない、
おそらく不幸を未然に防ぐシミュレートをしようとしている点で、
少しマシな気がするんですよ。
何かもしかすると有効な手立てを考えつくということがあり得ないわけじゃないですよね。
あり得ないですけどね。
ただ、過去に起こったことについて悔しい思いを抱くということに関しては、
たぶんあのように上司に言っておけばギャフンと言わせられたとか、
どんなに考えてもあんまり意味はない気がするんですよね。
そのような事態を過去において防ぎ直すことはもうできないので、
ただ、ホックの場合ですね、この悔しさというやつは、
グッドバイブスでクラウドさんが時々リベンジという言葉を使いますけど、
それを意味していて、過去に起こったことを再現しないようにしたいというニュアンスが強いんですよ。
過去に起きたことをああいう目には二度と会いたくないから、
過去に起きたことをシミュレーションするというか、記憶想起するんですよね。
これをやめれば、これをやめる、脳内シミュレーションをやめる、
空間的に意識をどっかに飛ばしちゃうのをやめれば、今ここに集中できると思うんですよ。
これが集中するためのアプローチなのかなと。
再現性の話について言うと、再現しないのは多分どれかをやめないからなんですよね。
脳内シミュレーションをやめないか、記憶想起をやめないか、どっかに意識を飛ばすのをやめないか。
この3つは全部やっぱり同一の方向を目指していて、つまりは未来における嫌なことが起こりそうであり、
それを避けたいという思いなんだと思うんです。
この話は何度もしていますが、それを避けたいとは思うじゃないですか。
しかも避けられるとすればそれにはメリットがあるから、
ただ私は脳内シミュレーションをしても記憶想起をしても避けることはできないと思うので、
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それでは意味がないような気がすると言っているだけなんですね。
1つには、非常にGood Vibesというところの基礎中の基礎に戻るんですが、
意味付け。これが大きいと思いますね。
例えばネット片付けは嫌だ。すっごい思いますよね。
私もここに引っ越してきた頃からだから、5年くらい前は嫌でしたね。
ものすごく嫌でした。
意味付けるんですよ、でも。嫌だということはですね。意味付けている。
意味付けやめれば別に嫌じゃなくなるんですよ。
ここが多分信じてもらえないんだと思うんですね。
何で意味付けがあると嫌になるかというと、
例えば手が汚れるって思うじゃないですか。
で、汚れるのが嫌だというのは1つの意味付けですね。
汚れるということは、昔の汚れたってのを思い出してるんですよ。
こういう説明の仕方をするとですね。
でもGood Vibesはこういう説明の仕方が効くんですが、
それでもこういう説明の仕方をしてみると、納得される気がいまいちしないんですよね。
ただ、さっきの再現性なんですよ。
まったく何かと、何かかつて、何か泥を触って汚れましたというのと、
まったく同じように汚れることは絶対起こらないじゃないですか。
少しは絶対違いますよね。
網触って汚れるのと、泥触って汚れるのと。
汚れるっていうことを言って嫌がっているときには、
必ずそれにまつわる記憶が思い出されています。
そして、それは嫌だったという気持ちともセットになっています。
で、その嫌だったというのは、これ連合学習って言うんですけど心理学では、
必ず作り出されたものです。
例えば泥だらけにして、その時泥だらけにするのが嫌だったとは思っていない時代がありました。
2歳とか1歳とかの時ね。
しかしその時母親に強烈に怒られて、こうして汚れることは嫌になったんですよ。
これ簡単に作り出せます。
これを作り出すための心理実験は山のように行われていて、
悪名高い実験があります。
アルバート坊やの実験って言うんですけど、白いものを恐れさせるという実験をしたんですね。
なんで白いものかというと、ナースは白い服着ているからです。
ナース見て泣く赤ちゃんが多いと。
それは注射とナースが結びついている体ということを、
ジョンビーワトソンという人が証明するために、
白いウサギを見るために、けたたましい不快な音を鳴らすと。
今こういう実験は許されないです。
非常に人権に抵触するやり方ですよね。
赤ちゃんに対してですから、白いウサギを見るためにものすごい音を鳴らす。
白い髪を見せるためにものすごい音を鳴らす。
この赤ちゃんは白恐怖症になる。
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それを証明すれば、なぜナースを見て泣くのかということが証明できますね。
証明できたんですよ。
だけどそのアルバート坊やどうなったんだって話あるじゃないですか。
ワトソンは消去という概念をここで成立させるんですね。
白いのを見て今度はいい音を鳴らすと。
頭混乱しそうですけどね。
でもこれを繰り返しているうちに白が怖くなくなる。
でもこのやり方である程度恐怖症緩和できるということはあるので、
全く無意味な実験だったというわけでは全くないんですが、
非常にやり方に問題があったというのは言えると思うんですよね。
実際今では動物でしています。
動物ならいいのかって話もなくはないんですけどね。
この連合学習なんです。
私たちの意味付けというのは全部。
多分汚れているということが嫌だと思うことはない集団にとってはないと思いますね。
泥だの網だの触った程度の汚れでは。
どっちかというと清潔にうるさい人っているじゃないですか。
テレビとか見てて、昔Amazonの奥地で住む人たちみたいなのを見ていて、
こういうのを食べちゃうんだっていうのを見るわけですよ。
結構可愛らしい女の子がこれを食べると。
それを見るだけでも自分はうってきたりすることがあるわけです。
これが連合学習ですよね。
こういうものを我々は食べない。
食べられないものっていうふうに学習しているので、
人が食べているのを見るだけでも気分が良くないわけですよ。
こういうのが多分差別とかに結びつくんだろうなって思うんですけど、
そこまで話を広げないとして、網片付けるのが嫌だっていうのはそういうことなんですよ。
まつがるいろんな記憶を全部引っ張り出すから、
これってつまりパワハラの上司に言われたことを思い出して、
その上司に近づくと嫌な気持ちになるっていうのと全く同じやつですね。
だから忌み付けっていうのはどんな小さなものでも取ったほうがいいんです。
だってパワハラ上司にされた嫌なことをいちいち毎度も何度も思い出すということ自体は、
多分片目から見ると合理的な行動ではないと思うんですよ。
なぜこれをやるのかというと、
泥をつけてお母さんが怒るのと同じ理由ですよね。
そうやって二度と汚さないようにお母さんがして欲しいから怒るわけじゃないですか。
同じですよね。パワハラ上司に嫌なことを言われて、
それが嫌になるということはそこに近づかないようにするための学習なんですけれども、
毎日絶対近づかなければならない間に、
この学習を自分に叩き込むことには意味がないわけですよね。
ナースを見るたびに泣くというのは子供の頃の現象であって、
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そのうち普通の人は泣かなくなるじゃないですか。
つまり近づかなければいけないものをものすごく嫌がるということを
自分に学習するメリットはおそらくないわけです。
そうは言っても学習してしまうということはあると思うんですけれども、
だから今ここなわけですよ。
この話は実は意味づけを振り払っていけば、
今ここにいられるはずだという展開なんですよ。
連合学習してしまいますね、私たちは。
ただそれはかなり不適切なものがそこに含まれている。
私が個人セッションした方の中で何人かの方が風呂に入れないという方がいらっしゃる。
風呂恐怖症とかじゃないですよ。ただもうめんどくさい。
完全に意味づけなんですね。
これ風呂についての意味づけを一つ一つ思考で取っ払っていくだけでも
入れるようになったりします。
連合学習というのは多分動物にとってはですね、
チーズを食べるとビリッとくるとかとんでもない実験がいろいろありますけど、
人間の場合、頭の中でやるだけでも一定の効果があるみたいなんですよ。
これは何でもないんだと。
繰り返し思っていれば何でもなくなるという部分があるみたいなんですね。
考えてみるとそうであるならば、
思い出すたびに嫌な思いをするというのはわざわざ自分に
悪い意味づけの連合学習を繰り返させているようなものであって、
これをやりますよね、やる方は。
何度も何度も何年にもあたって。
そうするとですね、ものすごく嫌なものになると思うんです。
網を片付けるのはもうほとんど、
日々の巣に手を突っ込むぐらいな感じを抱きちゃうということがあると思うんです。
現にそういうふうになってしまうという方、いらっしゃいますよね。
お仏に関する脅迫症ですけれども、いらっしゃるわけですね。
これを連合学習という観点で見ると、
脳内で何度も何度も悪いシミュレーションをするということは、
意外にやっぱり危険なことだなという感じがするんです。
そこまでいかなくても、集中が途切れるということは起こりますよね。
いちいち意識を未来に飛ばすか、違う場所に飛ばすか、過去に飛ばすと。
しかも常に悪い感情とともに、悪い感じとともにそれらを思い出す。
未来でこういうことをやって集中できなくなるんだよなとか、
すごく嫌なことを言われたなとか、これから汚いものを触りに行かなくちゃいけないとかですね。
全部、嫌なものと今ここじゃないものが結びついているわけですよ。
しかもそうすることはメリットがあると思って、これを繰り返してしまうわけです。
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これから集中できないという状態が何度も何度も再現されてしまうんだと思うんですよね。
結局、未来に嫌なことが起こる。
しかしそれを未然に防ぐためにこういうことを想定しているということを繰り返し自分に強いていればですね、
これをやらないと必ず自分はもっとひどい目に遭うわけだから、
現在、今ここでモコモコとしている場合じゃないって考えるじゃないですか。
多分僕はこれを人は時間の節約と呼んだりしてるんでしょうけれども、
全体的に見てみるとですね、つまりずっと現在というものは、
嫌な未来を未然に防ぐために、あえて自分に嫌なことをし続けることだってことになってるんだと思うんですよ。
これを、タスク神であれライフハックであれグッドバイオスで言うまでもないですけど、
やめましょうってことなんですよ。
これ、ただ今ここにいないだけではないですよね。
明らかにものすごく今ここを嫌なものにしてます。
しかもそうすることによって自分はベターなライフを送ることを守っているっていう、
そういう図式になってます。
図式というのかな。
そういう考え方になってるわけですよね。
これをやめるということは愚かな人間のやることだっていうものまでくっついてきてるんですよ。
そういうふうに言われたことはないですけど、
それに近いニュアンスってずっと私はいろんな人から、ライフハックの人が多いんでね、
だから要するに脳内シミュレーションをやめられないっていうことと、
脳内シミュレーションのメリットを捨てるわけにはいかないっていう主張を浴びてるんだと思うんですね。
しょうがないですよね、それは。
その主張を最初に言った通り徹底的に説得しきるというところまで僕が持っていきたいかどうかはちょっと別の問題なんですよ。
ただ、これを浴びてすぐに解けるようにはなりたいと思うんですよ、今では。
これはもう僕の観点ですね。
気がつけば脳内シミュレーションをやるぐらいのことは僕はまだ残ってるんですね。
過去を悔やむことはもうやめてます。
これは相当真剣にやめるようにしましたから。
意味がないだけでなく厳しいんですよ、これは。
悪いことしか思い出しませんからね、今の構造から考えても。
だから思い出して悔やむとか悔しいっていうのはもう基本的には抜点で、
あと残るは脳内シミュレーションだなと。
もうこれはですね、やっぱり浴び続けたわけですよね、脳内に。
シミュレーションせよとしないでいると人生はどんどん暗くなっていくという、
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その恐怖感があるからそういう主張が繰り返されてるんだと思うし、
自分もそれに負けそうになっちゃうわけですよね。
今ここというのも、今ここで思考が止められると確かに大変気分はいいんですけれども、
何点ですかね、今ここそのものは地味なんですよ。
未来のシミュレーションだって地味ですけどね、網片付ける程度ですから。
網をより上手に片付けるとか、網片付けライフハックみたいなのを考え出すと、
ベターになるというか、考え出しておかないと人生がどす黒くなっていくという恐怖感が背後にはあると僕は思うんですね。
僕自身にあったから。
これを、これはイリュージョンなんですよ、100%ね。
これが100%イリュージョンだと信じられるようになると、
それがつまりかなりの部分でですね、今ここに集中できているという状況なのかなと思います。
私最近一つ発見したことがありまして、
今の言ったような形で脳内シミュレーションをやめるというのも、
4勝6敗か、よくて5勝5敗ぐらいなんですけど、できるようにだいぶなってきた。
昔はもう1勝99敗ぐらいになってたまーにできたら万歳みたいなところがあったんで、
すごく進んだんですけどね、これが進んで体の病気が良くなるっていうのが驚きですよね。
実の言い方をすれば、脳内シミュレーションをするってことは健康を害するってことですから、
本当にそのことをイメージできればやめられると思うんですけど、
ただ一つ発見したというのはですね、仕事に集中する方が簡単だなってことなんです。
何にもしてないときに今ここにいようとして、脳内シミュレーションを止めようとしても結構僕にはまだ難しい。
ただ仕事に集中するってことは、その目の前で仕事があればですね、
これはそう難しくはなくなりました。
だから私は逆だと思ってたんですよ。仕事の方がきついから。
何にもしてないときに今ここにまず瞑想っぽくね、いられるようにして、
これを仕事でもできるようにしようって思ったんですけど、仕事が先に達成できましたね。
仕事をしているときには今ここにいられる。
そしてそのときは当然脳内シミュレーションは止まる。
だからその編集さんの提案っていうのは実は僕からするとすごく筋的にはずれていて、すごく正しい提案なんですよ。
一般的には絶対そういう指摘が飛ぶだろうと思うんですけれども、実際には依頼にすぐ答えるのは実に簡単なんです。
何でかっていうと仕事に戻ってくればすぐ集中できるから。
むしろ仕事がないときの方が脳内シミュレーションを平気でやっちゃいやすい。
仕事に戻ってくればすぐに集中できる。
つまり集中が途切れるなどというのは何のコストでもないんですね。
仕事への集中が途切れるなど。
いくら途切れたってすぐ再生できます。
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これを再生とは本当は言わないんですけどね。
つまり仕事が前にあるのに脳内シミュレーションなんぞしないんですよ。
それほど価値を見出してないんですよ、脳内シミュレーションなんてものに。
脳内シミュレーションは暇なときにするんです。
例えばシャワーとか浴びているときは難しいんですよね。
シャワーに集中するのは難しく、脳内シミュレーションすることの方が簡単です。
ついつい知恵松崎さんのセミナー中、こういう質問が飛んだらどう答えるかとかを考え出しちゃうんですよね。
いいじゃんって思われるかもしれませんが、今の言ったような事情を全部からしてよくはないんですよ。
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