1. リブラの 精神科のバックヤード
  2. 「診断」は真実じゃない!? ..
2025-02-21 24:44

「診断」は真実じゃない!? PTSD診断の落とし穴

僕のロイロイコメントを超褒めてくれたMasaeさんの配信
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サマリー

このエピソードでは、精神科の診断書における主観と客観の関係について、特にPTSDや自閉症スペクトラムの診断の難しさが議論されています。医者の診断に対する懸念や、患者と医者の主観的な感情がどのように影響するかが探求されています。PTSD診断の落とし穴について語られ、精神科の診断の主観性や裁判における真実認識の難しさについて考察されています。特に、患者の体験が診断にどのように影響し、加害者イメージを構築する可能性があるのかが議論されています。PTSD診断の信憑性とその危険性が浮き彫りにされ、診断書の主観性から異なる見解が生じる可能性が強調されています。また、精神科医による診断が患者の利益や意向によって影響を受ける危険性についても指摘されています。

診断書と主観の問題
おはようございます。バスエの精神科リブラでございます。
さてさて、今日もやって参りましょうね。
昨日は何に上げたかな?
昨日何に上げたかは分かりませんけどね。
はっきり覚えてませんけど。
昨日はあれですね。夜は何かコメントを、また長文コメントを
マッサージさんのところに入れたら、それが何かヒットして
何かいいコメントだって言って
わざわざマッサージさんが配信を上げて下さいましたね。
本当にですね。
何て言うかな。
三連答みたいな投稿を時々マッサージさんがやるよね。
そうマッサージさんが三連答をして
二投目の確かところにコメントを書いて
それが褒められたんだけど。
僕いくつかコメントをしてたんで
それで、いいコメントですみたいな。
忘れちゃったけど、そんなようなコメントを返されたんだけど
僕のコメント褒められたんですけど
そのコメントね、ちょうど褒められた上に入れた最後のコメントが
僕が褒められたんだと思って
良かったと思って受けたぜと思ったんだけど
僕が何か打ったらなるほどですって書いてくれて
マッサージさんが、なるほどね、なるほどね、なるほどなるほど
藤原の原西さんレベルのなるほどねですというコメントが入ったんで
僕にそれに返して
らいらいらいらいらいらいらいって書いたんですよ。
その後にいいコメントでしたって書いてあったんで
決まったと。
この文字でスカンクさん見たかと文字で
文字でロイロイを伝えることができたぞと。
らいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらい
皆さんご存知ですか?ロイロイ。
僕の世代はみんなもう当時はロイロイですね。
あと救急車が来たぞ。
救急車大丈夫かな?僕はどっちによければいいのかな?
ロイロイロロイロイロイロイ
来るのかな?来ないか。
まあいいや、来なかった。来なかったですね。
というふうなことがありましたね。
いやーいいねやっぱね。
ロイロイロロイロイロイロイロイロイ
これでも実はね、実はね、マッサージさんのところに書いたやつね
よく誰もそんなに注目してみてないと思うんですけど
実はね、僕間違えたんだよね。
本当はね、ロイロイロロイロイロイロイロイロイと書かないといけない。
ロイロイロロイロイロイロイロイロイロイロロイ
それがね既にね、ロイロイロロイロイロイロイ
ロイロイロロイロいロイロイロ
本当は、ロイロイロロイロイロイロイロイ
まぁいいや、ロイロイ調べておいてくださいね。
一生懸命youtube見てね、このロイロイを
これをロイロイロロイロイロイロロイなのかなみたいな色々調べたんだけど
なかなかYouTubeにあんまり上がってなくて
だから調べてそれをちょっとゆっくり再生して書いたんだけどそれでも間違えて
後であー違うと思ったけども
ロイロイロロイのロイの数がちょっと違うっていうことで消すのもどうかなと思って
下にマサヤさんコメント入っちゃったんでもう諦めましたけど
なので2行目以降僕のところと別のところに書いてあるロイロイは多分合ってるんですけど
最初のロイロイ間違えてるんであんまり気がつかないと思いますけどね
もう一回言いますけど
ロイロイロロイロイロイロイロイロイロイロイロイロイロイが合ってるんで多分ね
まあいいや
ということで
さよなり
いやもうちょっと何か言いますか
今日はねさっき思ったことを言おうと思ってですね
医者の診断書のことをちょっと思ったんだよね
なんでそんなことを思ったのかな
なんで思ったかわかんないけど
なんですかね
このやっぱあれかなこの
そのマサヤさんの絵の書いたコメント関係かな
やっぱなんか医者が決めつける問題みたいなのですかね
ちょっとどうしてそれを思ったかは忘れちゃいましたけど
じゃあこのロイロイ問題について
診断書問題について
ちょっと話しましょう
診断書じゃない診断書というか診断副
診断の問題かな
診断書というか決めることの問題というかね
があるんですよね
もちろんその月間内科の診断書みたいなものももちろん意味はあるんだけど
僕が特に問題だと思うのは精神科なんですけど
自閉症スペクトラムの診断
精神科の診断って
客観的データがないんですよね
医者の主観がめちゃくちゃ前面に出るんだよね
例えばうつ病じゃないけど死にたいって言ってる人も死にたいと
うつ病で死にたいと言ってる本気の死にたいと
これが本気かどうかなんてどうやって判別するんですか
主観なんだよね
なのでね正直言うとですね
自閉症っぽい人多いんですけど
自閉症スペクトラムの人はあまり感情を読むのが得意じゃないので
主観と主観がただぶつかるだけですけど
僕からするとそんなわけないじゃんっていうのを
起死年齢と捉えてるわけでいっぱいあります
この間言ったようなちょっと変わった自閉症の先生いるでしょ
その前は自分の診断書行ってこいの
間違えた紹介状の情報行ってこいの話しましたよね
ちょっと覚えてる人は思い出してもらえればと思いますけど
自閉症度が高い自閉症スペクトラムの変異が
めちゃくちゃに強い精神患者っていうのがかなりいると
時々いるとかなりではね
ということでそういう人はさ
評価が難しいよね人の感情の
なので例えばね
死にたいじゃん死にたいですよね
って言ってるのも
生きていても
死んでみせまいたいかな
いや死にたいというか
死ぬのは嫌ですけど
消えてなくなれるなら消えてなくなりたいですね
いうような低いテンションのやつも
死にたいと言えば死にたえろいろいろいろいろいろいって言っても
この人はロイロイ言ってるけど死にたいと言ってるからうつ病みたいな
そういう診断を書く先生もいるんだよね
そういう風に
もう違うけど書いちゃうっていう先生もいれば診断書
例えば本当にそう思う先生もいるということで
いや先生これうつ病じゃないよっていう風に
僕らがその先生の診断を
ひっくり返すのが非常に難しい
それは論理で説明できないから
これは感情と主観の話だから
えだってこの人死にたいって言ってるじゃないですか先生って言われたら
そうだけどこんなの死にたくないじゃんどう見ても
どう見てもどう見てもって何ですか
僕見たら死にたく見えますよみたいな
だってさっきからロイロイ死にたいって言って
ライライラライライライ 死にたいライライラライライ
死にたいって言ってるじゃないですか
前後にロイロイがあったら死にたくなくなるんですか
ロイロイロイロイって死にたくないっていう意味ですか?
そうじゃないけどそんなロイロイロイロイ
ロイロイロロイ
まぁわかんないけどさ
それはロイロイロロイで死にだしてもさ
まぁいるかもわかんないけどさ
いやんま
いや違うんじゃない?みたいな
これ普通に考えて
みたいなこと
普通に考えてしか言いようがないじゃないですか
特に
特に精神科の診断というものは
客観的データから引っ張ってくるのが非常に難しいので
その客観的データというのが
患者さんの主観的な訴えを
僕らが客観と捉えるしかなかったりするので
あとは患者さんの様子
患者さんの様子という
様子を捉えるのが人それぞれで
しかも捉えてる医者自体が自閉症スペクトラムだから
これは非常に
まちまちになるんだよね診断が
僕らは
とはいえ
患者さんの側に立って
患者さんの利益を考えて行動するように
相当に
訓練されているので
患者さんに寄り添ったような
対応をしがちです
精神科における判断の難しさ
患者さんが
例えば精神科の
だと
例えば精神科の
判断だと
これは親子の問題で
これはこの子にも問題があるなと思っても
それは親が良くないよね
というようなことをとりあえずしておいたり
とりあえずその場では
この二人の空間では
誰かが会社でいじめられたみたいな
話があってね
会社にも問題はあるけど
この人の態度にも問題はあるわなと思っても
そんなこと言ったってしょうがないとかあるでしょ
いつものようにね
言ったってしょうがない場合があるじゃない
言ったってしょうがない場合はあえて言う必要もないから
言わなかったりね
僕らは警察でもなければ
親でもないし
患者さんの状態が
良くなるのが目的で
責任手がないし
法的にはどうとかもないので
僕らは
どこまでも医療だので
僕らは何かをジャッジする立場には基本的にはないんですよね
なので患者さんの側に寄り添うわけ
なので
一つ一個思うのは
病院の診断書とかカルテ情報を
裁判所が開示しろと言ってきて
それを開示しろと言ってくることもあるんだけど
情報提供してくださいと
お願いしてくることがある
僕はだいたい断りますけど
命令があったら出すけど
依頼だったら断ります
なんでかというと
病院のカルテ特に精神科のカルテを
事実認定の参考にしようとしてるわけでしょ
その裁判所は
ここに書いてあるのは
診断の主観性
僕と患者さんの間の妄想みたいなもんだから
誰が悪いっていうのが
ここの話は別の話で書いてあったりするから
ちゃんと丁寧に書いてるつもりだけども
本当はこっちじゃないみたいな
それさえも
正直する立場じゃないんだからさ
関係ないわけよね
事実じゃないから事実ってのは
事実だけど
この事実と世間的な事実は別の事実だから
それを
裁判っていうのは
世間的な共有の真実を
見つける仕事でしょ
決める仕事でしょ
そんなやつにさ
誰かの妄想を採用すんなよ
って思うんで
裁判官とか弁護士とか
あるいは精神科医も分かってないと思うんですけど
一部はね
精神科のカルテっていうものが
客観的事実とは別の事実だってことが
よく分かってねえ奴らがいっぱいいて
精神科医でもたまにいますけど
特に法律科の人ってあんまり分かってなくて
なんでカルテに書いてるから真実じゃないみたいな
聞かれたら嘘書いてるんですかと
カルテに嘘書いていいんですかみたいな
ちげえやバカと思って
お前バカだなあ
っていう
そういう
バカって言ってんのか
本当に言ってんのかみたいな
弁護士とかね
いっぱいいるわけですよ
僕からすると
裁判官が
鈍感の壁の向こうにいる
裁判官から見て
僕はバカの壁の向こうにいる
バカに見えてると思うんだけど
こいつわかんねえなバカだな
鈍感バカに見えてる
弁護士からね
理屈バカに見えてる
わかんねえなバカだなって
見えているんでしょうけど
ここに書いてあるのは
真実じゃねえとか意味わかんねえわ
真実書きやバカ
真実カルテに書いてなかったら
逮捕だからなこの野郎みたいな
よくわかんねえな
こういうズレがね
時間がないもう終わりだな
まずいまずい
せっかく話し始めたのに
話途中なのに
そういうことが起こるでしょうね
ということで
精神科の
診断っていうのは
かなり主観に
よるし
カルテ情報というものが
逆感的事実ではないし
PTSDの問題点
ことが多いし
もともとそういうミスリードを起こす
存在なので気をつけないといけないんだけど
僕ら精神科医というのは
多分に
患者さんの立場に
立つように訓練されているので
そうすると例えば
それはいいんだけどそういう診断書が
出がちなんですよ
患者さんの利益になるように
そっち側に診断書も
若干寄るわね
それは
いいと思うんですけど問題は
最近流行りのPTSD
PTSDって本来はね
死にたい目に
死を意識するほどの状態になった時に
人間っておかしくなるよね
みたいな
本当にそうなるかどうかというか
はっきり言ってブームの問題で
アメリカですぐすごいブームが
これもねバカとムチに載ってますけど
PTSDブームが起こったっていうね
PTSDはブームが起こるんだよね
そういう時に一応そういうことにしましょうかと
決めた病名なんだけど
それがねやっぱり
日本で対応され始めてるんだよね
例えば
解釈を広げて上司から
怒られたやつも
本人の主観としては死にたいぐらい
辛いみたいな
上司が怒ってもPTSDみたいな
そういう診断書が
出ることがあります
でもこれははっきり言って
おかしなことだし
定義から言ってもおかしいんですけど
実際出てる例を見るし
自分の病院でも別の先生が書いちゃってるのが
あって
PTSDじゃねえじゃないかっていう
じゃんじゃんPTSDと出す先生が
自分で働いてるところもあって
これはちょっと問題だなと思ったこともあるんですけど
でも訂正することもできんしね人の診断も
ということであるんですけど
このPTSDの問題っていうのはですね
PTSDっていうのは患者さんの側に
出してるつもりだと思うんだけど
精神科医は
PTSDっていうのは基本的には
殺されるほどの
体験ということで
例えば自然災害ならいいんですよ
その
地震とか
で死にそうになって
死にそうになったから
これはPTSDだっていうなら
いいと思うんですけど
体がいいPTSDっていうのは
その
僕が問題だと思うPTSDの診断っていうのは
体がいいじゃなくて
僕が問題だと思うPTSDの診断に書いてあるのは
上司に叱られたとか
嫌な目にあったとか
そういうような
類のことなんだよね
そうするとPTSDっていうのは
人に
災害とか人とかに
殺されかけて
死ぬ恐怖を得て
ためになるという
定義上の
定義になってるわけだから
そうすると理屈的に
その人にPTSDを
負わせた加害者側が
いるわけで
それは地震だったらいいけど
相手がこの人を加害したと
そういう風に断罪する
効果があるわけよね
その診断の
診断された人に寄り添ったつもりなの
僕の
うちの病院でやってた先生の
態度を見ると
患者さんに寄り添うつもりで書いている
それは確かに寄り添ってるんだけど
患者さんの向こう側には
交通事故だったら忘れたけども
あったんだけど
全然
客観的に見たら
何の怪我もしてないの
なんかたぶん
コツッと当たっただけ
車がへこんでもないの
車もへこみもしない
誰も怪我もしないんだけど
そこでコント動いたもんだから
びっくりしたの前の人が
びっくりする人もいるでしょ
コツンとびっくりしてPTSDみたいになっちゃった
事故によって
事故から調子が悪いから
そうなんだけどさ
もう終わりです
そうなるとさ
PTSDという診断は
加害者を作ってしまうんです
医療の視点と社会の理解
だけどさ
どうですか皆さん
普段生きててさ
前の車にさ
ほんの少し狭いところで
コンと
車に傷もつかないような
コツンとぶつかって
前の人はトンと動いて
動きもしない
びっくりしてそれでPTSDだと言われて
あなた加害者になるんですよ
こんなバカなことありますか
終わったらちょっと後で
後でやりましょう
だいぶ時間が経ってしまって
続きをやりますけど
今仕事中なので
そんなにしっかりできませんけど
休憩時間でございますが病院の中にいますが
何を言ってるかというと
結局PTSDという診断は
そのPTSDを
追わせた人というのが
必ず定義に存在するわけで
ということは
加害者を断罪してしまうんですよね
精神医学という
医療というものは基本的には患者さん
医療の中の話でしかないので
僕らは
弁護士でも裁判所でもないので
事実認定をしてないのね
なんだけど
どうしてもこの診断書という形になって
出た時にこれを事実認定だという
社会としては通るわけよね
なので
僕らがPTSDと書いてしまったがために
加害者になってしまう人が存在するんですよ
必ず
自信とかじゃない限りね
天才じゃない限りはね
こういうリスクを僕らは負っている
そういうことを
社会の人は本当は考えてもらいたいですね
病院の診断書というのは
医療としてのある程度の意見でしかないので
それは
両方の話を聞いて
つけてないので
本人がそう言ったら
僕らは公共の医者ですから
正直に言われるけど
介護医の先生なんかはさ
人気商売でしょ
患者さんが気に入らない診断書を書くのは
めちゃくちゃ難しくないですか
嘘は書けないけどさ
偏った診断書にはなりがちですよね
僕なんかは
公共というか
かなり公益性のあるような
公共的な仕事なんですよ
総合病院で大きな
町の総合病院なんで
割と僕らが
患者さんに言われたから診断書を書くとかは
あまりない
そういう立場なので
僕らは
そんなん違うと言ってバーンとはねつけても
僕らは痛まない場所にいるので
だから逆に言うと
信頼感も
信用もされていて
小さい病院の診断書じゃ通らないけど
うちの病院の診断書なら通るみたいなことあるんですよ
病院の先生が休むときとかね
警察官が休むときは
病院の先生の診断書じゃ休ませてもらえなくて
僕が書いた診断書だと休ませてもらえないみたいな
そういうなんかちょっと変な話だけど
そういうのは実際あって
僕らはそういう目的で
病院の先生からうちで休むって書いてるんで
診断書の主観性と影響
僕の診断書じゃだめみたいなので
先生も一つよろしくみたいなやつを
言われて書いたりすることも
実はあるわけですけども
というふうに
ことからもわかるように
病院の先生なんかはね
開病院の先生なんかは人気商売ですからね
やっぱりそれは患者さんの
胃に沿わない診断書は非常に書きにくいと
となるとですね
PTSDという診断がやっぱりね
出がちなんでしょうね
だけどこれは非常に危ない診断で
加害者というのを
断罪する診断書なんで
僕ら精神科医は本当に
厳に
本当に注意して
発行しないといけないと思うんだけど
だからやっぱり自分のことがみんな可愛いので
パッと書いちゃう
患者さんも喜ぶし
自分としても利益にもなるんだったら
つい書いちゃうと
ただそれには向こう側に傷つけてる人がいるよ
非常にひどい傷を負う人だっているんだぞ
ってことは本当は
もっともっと考えないといけないなと
僕なんかはいつも考えておりますけど
診断の信憑性と誤解
というように診断書っていうのはですね
非常に主観的なもの
なんだよね
非常に主観なんで
裁判の道具とかにされるのは本当に嫌ですけど
何の話だったかな
さっきだいぶ時間経っちゃったからね
何の話をしてたか覚えてないんだよね
はっきり言って
何の話をしてたか分かるんだけど
僕最後にゴールがあったはずなんですよ
何かが言いたかったんだよ
ちょっと一旦お待ちしよう
結果ちゃんと思い出せませんでした
思い出せませんでしたけど
頭に今浮かんだことを話しましょう
そういうふうに診断書というのは
かなり立法的なんだけどさ
例えば老妻みたいなものとかね
例えば
なんだろうな
ちょっと違うな
とにかく
どっちが悪いみたいな診断書を書くときに
精神科の診断書ってのは
主観で患者さんの側から書くんだよね
だけど
さすがにこっちが悪いでしょって思う人もいたり
こっちは悪くないでしょって思う人もいたり
いろいろするじゃないですか
例えばね
人間だからさいろんなふうに思う人がいるしね
さっきも発達障害の話もしましたけど
そうするとさ
1000人人がいれば
1人ぐらいは左側だと思うよね
他の人は全
999人は右側だと思うよねってことだって
あるでしょ世の中には
そうするとさ投票したら絶対右側になるでしょ
999対1000だもん
99999対
第1
999対1だったらさ
990のほうが一般的
999のほうが正しくて1のほうが間違い
だけど診断書っていうのは
精神科医が1人で書くんですよ
1人の判断で
ということは例えばお金があってチャンスがある人だったら
例えば会社が悪いという診断書を
書いてほしければ
例えばそれはどう考えても999人が
1000人が聞いたら999人が
会社は悪くない
あるいはAとBがあってね
AがBを殴ってね
それがPTSDだってBの人が言っててね
Bの人がねAによってね
殴られてPTSDだったと
PTSDだったってどんな風?
小指の先でつんどつんついたみたいなね
でも俺はそれで死ぬ気がしたと
死ぬかと思ったからPTSDだと
例えばBさんが訴えて
いやちょっと待ってと小指の先でつついたんでPTSDはなかろうと
いうようなことでね例えば病院に行ってね
1000人行ってね
お腹痛くなってきた
ちょっとトイレ行こうかな
ちょっと頑張りましょうね
999
999人がですね
こんなのPTSDじゃないと言ってもね
1000人目のね
1000人目の人はねPTSDだとね
言うか
言うかもしれない
でしょ
だって
1万
1万
1万
1回目かも
知れない
だよね
999回さだめでもさ
1000人目はさ
PTSDって言ってくれるかもしれないじゃん
そうするとねこの人はね
Aの小指つついた
攻撃によってBの人はねPTSDになったっていう診断書
この人はもらえるんですよだから
チャンスと確率だから1000回に
普通だったら1000人
1つぐらいしかないようなこともね
1000人の医者にかかればね
1人は出す可能性があるわけだからね
いやこれはそうでしょうね発達応援の医者いっぱいいるわけですからね
てなことでさ
診断書ってのはね結局
1人が書いてるだけですからね
それをね
なんていうかな
その診断書みたいなものをね
事実認定に使ったらね
そんなものお金がある人が勝つよね
あるいはチャンスが多い人がね
1000回やったら1人ぐらいはPTSDやって言ってくれるじゃん
相手が悪いって言うよ
それはだから相手が悪いって意味じゃないのよそんなものは
精神科の診断書なんてものを
事実認定に使っちゃだめっていうのは
今思った
でも朝の段階でこれを録音してる段階で
言いたかったことはそんなことじゃないんだぜ
言いたかったのはもう忘れてしまったんだぜ
ということで
とりあえずここで一回あげましょう
また何か思い出したらやります
もう今日はね
ちょっと今ここは休憩中なので
あんまり大きな声ではしゃべりません
歌も歌えません
終わります
さよなりだ
なのかも
知れない
24:44

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