1. リブラの 精神科のバックヤード
  2. 一打席のホームランが “正しい..
2025-02-04 19:20

一打席のホームランが “正しい打ち方” とは限らない

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00:01
はい、おはようございまーす。おはようございまーす。
さぁ、おはようございまーす。
えー、抜粋の精神科、リブラでございます。
もう、そうですね。
もはや抜粋ではないぐらい言おうかと思ったけど、
抜粋かどうかは僕の問題じゃないからな。
もはやとかはないよな。
あー、抜粋。まあ、抜粋なのかな、僕の。
僕の精神科は抜粋なのかな、どうなんでしょうね。
まあ、どうかな。
あんまり、立派な、何て言うかな、雰囲気のところでやったりしてるから、
抜粋感はないんですけどね。
でも精神科の中心は、精神科の病院なんだよな。
まあ、そういう意味では抜粋なのかな。
ねえ、まあ、どうなんでしょうね。
まあまあ、まあ、いいじゃないかということで、
まあ、抜粋と名乗らせていただいておりますが、
えー、まあ、そのところでやっておりますね、私ね。
えー、ねえ、精神科の抜粋でやっておりますね。
抜粋をお怪我しております、精神科医のリブラでございますが、
えー、ねえ、えーと、そうですね、
昨日じゃないね、昨日かな、一昨日かな、
いつに何の話をしたかがあんまり覚えがないんだけど、
昨日は、昨日っていうか、自動車学校の配信を入れましたね。
えーと、自動車学校に行って免許を書き換えたようでしたね。
そして、免許を書き換えた話と、
塾はうちの子があんまりやってないよーっていうね、
バイオリンとピアノをやってますよだったね。
で、えー、なんだ、やる気が、スイッチが入らないとダメですよねっていう話をしましたね。
その前の日かな、
えーと、藤野くんが、藤野先生が、
ツイッターで、じゃなくて、Xでポストしてらっしゃったね。
うーんと、うつ病なりの精神疾患にかかったことがある人が専門家のような顔をして、
えー、何か、発信するのに対するこう、何ていうかな、警告というかな、
みたいなね、炎上覚悟みたいな、ポストをしててね。
その後、それがどうなったか知りませんけどね、ちゃんと見てないんですけど。
というのに、瓶状してね、専門とは何かみたいな話をちょっとしましたね。
で、そこからまた例のごとく、チャージグループのヒット、チカラさんと、
少しコメントでやりとりをしている中で、
僕は思うことがあったので、それをちょっと言いたいなと思ってね、
の、ちょっと膨らましてね、僕が思うところを膨らまして話そうと思いますけど、
で、まあね、その一例、要は、うつ病にかかった人が、
僕、うつ病に詳しいですっていうのはおかしいだろうっていう話なわけですけども、
うーんと、うつ病にかかったことがある人が、
うつ病の苦しさをわかるっていうのは、まあわからんではないんだけど、
03:03
ただね、それもおかしいと思うんですよね。
まあ、おかしいっていうのかな。
えーとね、何を言ってるかというと、
それはね、単なる一例なんですよ。
うつ病が全部同じですか?っていう話なんですよね。
うつ病があるいは精神科の疾患って全部同じだっけ?っていう話なのね。
えーとね、自分は一例しか経験してないわけですよね。
で、それで何か、その後何かの専門家になったっていうならあれなんだけども、
経験しただけだよね。
ちょっと本読んだだけですよね。
ということで、ちょっと本読んだだけですよね。
それってまあほぼ一例経験しただけですよね。
主体として経験することにいかほどの価値があるかないか問題ってのは、
まあちょっと難しい話なんですよね。
チキリンさんなんかもどっかで言ってましたけど、
自分が経験してなければ物を言えないとすると、
これはなかなかどうなんでしょう?っていう話なんですけど、
そうするとうつ病の患者しかうつ病のことを語れなくなりますけども、
経験がどこまで大事か問題はあるところですが、
まあ僕のポジションから物を言わせてもらうと、
僕はうつ病になったことはないけどうつ病の治療をしているし、
例えば統合視聴症の治療をしている精神科医のほとんどは
統合視聴症にはなったことはないですね。
認知症の治療をしているほとんどの医者は認知症にはなってないですね。
どうですか?
皆さんもし統合視聴症になった時に、
統合視聴症になっている医者が見た方がいいかな?
どうですかね?
発症した時に認知症の先生に見てもらう方がいいでしょうかね?
ということで、それはちょっと大げさな例かもわかりませんが、
例えばうつ病は感慨しますが、
統合視聴症も感慨するけど、
認知症は感慨しないとかその辺の感慨するかどうか問題ね。
精神科では治癒という言葉はあまり使わないですね。
治るという言葉はあまり使わないですね。
治るというのがよくわからないからね。
なので感慨と言いますね。
精神科の場合は、完全に良くなった場合は
治癒とは言わずに完全感慨と言いますね。
すごく良い感じになったという意味ですね。
治ったとは言わないんでね。
そもそも治ったと治ったの境目がむちゃくちゃ難しいので、
うつ病が治ったという言い方はしないんですよね。
うつ病が完全感慨したという言い方はしますけども。
さてね、つまり一例経験したに過ぎないんだよね。
そうすると何が問題かというとですね、
自分が経験したうつ病の一例というものの
経験のどこまでが個人の個別の
自分特有の出来事
つまり何々がお父さんと旦那さんと和解したら
お父さんと和解したらうつ病が良くなった
みたいなね、例えばことがあったとして
そういう個別のね、みんなお父さんとの問題が
ありますかということなのかね
そんなことないでしょ。
みんながみんなお父さんとの問題があって
うつ病になるわけじゃないってなんとなくわかるでしょ。
06:01
そういう個別の問題なのか
あるいはどこからが共有のね
汎用性のある話なのか
つまり例えばアルコール依存の人は
共依存の問題があるとか
これは割と汎用性があるんですよね。
そうじゃないと僕なんかは
え、それってアル中だっけ
アルコール依存だっけって
ちょっと思っちゃうぐらい
共依存の問題はもう必発で起こってますし
例えば接触障害のボディイメージの問題だとかね
でいう表面的な問題だとか
接触障害の、例えば母子の
何らかの葛藤みたいなものが
ほぼほぼ必ずありますよね。
それがない場合は
接触障害といえど
ちょっと病態が違うのかなって
思っちゃったりするとかね。
統合主張症という病名がついてる人たちは
本人及び家族に
自閉症スペクトラム的な変異が
必ずありますよね。
ない場合は何か別の問題があるのかなって
思いますよね。
双極性障害のほとんどには
遺伝の問題がありますよね。
遺伝歴がない双極性障害は
違うかなって思ったんですよ。
これ言い過ぎかな?
これ言い過ぎかもわかりませんが
逆に遺伝歴があると
双極性障害の可能性が
グッと上がりますね。
一気に上がりますね。
家族に自殺歴があると
一気に問題が色濃く
僕らはそれが単極のシンプルな
うつ病に見えても
かなりの注意をしなければ
こういううつ薬を出して
それで人の命が
というようなことも
考えないといけないので
一気に緊張感が変わりますけど
みたいなことがね
今みたいなことが背景にあるから
色々ね
ちょっとあまり言わんとこうか
というようなことですけど
そういう汎用性のある
一般的な事象として
語っていい問題なのか
自身の個別の問題なのか
例えば
接触障害の
それ本人は分からないと思いますよ
例えば接触障害の
居職の人
タイプの人が
自分がなんやかんやの理由で
短大に行っていて
そこの短大の専門は
実は管理栄養士をとるところで
やったみたいな
これ管理栄養士なのかなって思ったら
個別のね
自分が思った
個別の事象に思うでしょ
例えば
パティシエになろうかな
と思って
接触障害の患者さんが
パティシエになろうかなって思って
専門学校に行きましたという話があったとして
これは自分の感情だからさ
個別の事に思うでしょ
思うじゃないですか
たださ
これ100%じゃないですけど
そのパティシエになろうと思った人は
過食応答のタイプでしょうね
管理栄養士になろうと思った人は
過食のタイプだろうな
あまり入ってないでしょ
応答してませんよね
こういった
09:00
共通点
理由は完全に分からないけど
そこで僕らは理由を色々考えますけど
これはもう
想像ですからね
物語付けをしますけども
例えば今の言ったみたいに
個別の事と思ったけど
個別の事じゃないこともあったりとか
一般的な事象に
思ってるからみんな
うつ病の話を経験しただけで言うんでしょうけど
それは一般的な事象ではないですよ
うつ病ってそもそも一つの病気ではないですからね
おそらくね
ということを知らずに
堂々と
語ってしまうことによる
それを信じてしまった人が
みたいなことを
思うわけですよね
それはね
例えばどういうことかというと
例えばね
色々考えていいでないかなと思ったんだけど
僕はよく野球に例えますけど
それはね
患者さんというのは
野球でいうと1打席だけ立つという感じなんですよね
1打席しか立たないわけ
自分の人生1回だから
うつ病何回もなる人だと
何打席か立つ可能性ありますけど
1打席か
多くて3、4打席みたいなね
人によりますけどね
打席に立つ
という風に考えた時に
僕らは
自分が打席に立つわけじゃないので
その傾向とか対策とかを
たくさんのバッターを見ていて
しかもそれがね
野球みたいに
1シーズン何打席も回ってくるバッターじゃなくて
人生に1回か2回みたいな
チャンスでしか
バッティングをしないという
そういう状況で
僕らは精神科医というのは
打席を出ている人たちを見て
対策をする役割ですよね
うつ病
野球でいうとね
カーブが来たら
踏み込んで右の方に
当てていく方がいいですよ
とかね
こっちに来たら強く引っ張りましょう
次のピッチはこっちに投げようとしている
様子が見えるから
ストレートでカーブ狙いなさい
みたいなことを僕らが言うのが
僕らの仕事ですよね
次はバンとしてください
みたいなことを言うのが
僕の仕事だとすると
うつ病を1回経験して語ってしまう人は
自分の打席で
人生で1回だけの打席で
とにかく
精神科医が何を言おうが
自分はとにかく
1・2の3で思いっきり振ると
決めて
打席に立って
僕らアドバイスは聞いても聞かずも色々あって
とにかく
1・2の3で思いっきり振ったら
ホームラン打ったと
この経験をもとに
色々な人に
実は野球というのは
野球経験者で打ったことがあるので知っているのですが
野球というのは
1・2の3で思いっきり振れば
真ん中を狙って
ボールはものすごく遠く飛んで
僕の場合はホームランですと
12:00
皆さんの場合はホームランかどうかは分からないけど
とにかく1・2の3で思いっきり振りなさいと
堂々と言っている人がいると
知っています
それは
ど真ん中にストレートが来ればそうだよ
ストレートピッチャーの時はそうかもしれないし
だから僕らからするとピッチャーも違うし
ピッチャーの投球術も違うし
今何回の表何回の裏
違うし
場面によってカーブが来るかフォークが来るかも違うし
ピッチャーによっても違うし
速いのか遅いのか
ランナーの出方によっても違うんで
1・2の3で全部振っちゃダメよ
というようなことを
思ったりするわけだけど本人は嫌
僕は経験者ですから
1・2の3で振ったらものすごい飛びました
それはあんたの時は
そういう状況で真ん中に来る感じだったから
ピッチャー
精神科の先生が真ん中に来たら振りなさいと
言ってあんたはその通り振って
打ってたのかもしれんけど
それはあんたの時だからね
真ん中にストレートが来た時な
135キロの緩いストレートが来た時の話なっていう
バッティング
そのバッターの特性にもよるしね
えー
バッティングの特性を主治医の先生が
うまく見極めて思いっきり振れと
言ったんであってただ振れない選手もいるし
怪我してる選手もいるし
ピッチャー球早いのもいるし
遅いのもいるし
カーブもあればシュートもあってフォークもあるし
1階の表と9階の裏では
状況違うし
ケースバイケースだから
いやあんな勝手なこと
言いなさるなと
そういうような感じですね
いやいや何言ってんの
バッターボックス立ったこともないくせに
僕は立ったことがある
現任僕はホームランを打っている
いやそれは一例じゃん
一例だってね
僕は一例しか経験してないけど
一例が大成功してますから
これは僕にとっては前例です
いやあ
ちょいちょいちょいちょい
はあってね
そんなことはね
考えればわかりそうなもんですよね
考えれば理屈で考えれば
わかりそうなもんですが
しかしその力さんとの
やりとりでも書いたんだが
僕らはねそういう風に思うかもしれないし
力さんもそう思うかもしれないけども
いつもの話で我々チャージグループは
理屈で考えて感情が読めませんけども
一般的には
もうちょっと感情が読めて
理屈がわからない人が多いんですよね
なのでこの一例の話を
やっぱりねこの一例の話は
単に一例の話だから
どこまでが個別の問題で
どこまでが共有の問題か
この一例を語っている人にはわからないはずだから
この人の話は話半分というか
一つの
そういう場合もあるという感じで聞いておこう
と思って聞いておいて
たくさん見ている専門の先生の方に
聞きに行こうというのが
僕からすると正しい姿勢だと思うんですけども
そういう風に理屈ではわからなくて
いやこの人が本当に良くなったと言っているので
現に見た私はね
あの人前うつだったね
今見たらすごい元気だった
話せーという感じでね
この感情で理解をする人は
15:00
たくさんいるだろうなと
思うわけです
ということでそれの話を
しようと思ったのはチカラさんとのやりとりと
理屈で考える感情で
理解するみたいなロボになりたい
人と人になりたいロボみたいなことを
またチャージグループの
三宅園さんが配信してましたので
それを聞いてちょっと思ったことを
一昨日の話
今日再度もう一回練り直して
例を挙げてね
話してみました
まとめますと
藤野先生の
Xのポストからヒントを得て
一昨日配信しました
内容は
うつ病を経験した
人がうつ病を語ったりする
けどもそれは危険である
というような内容のポストだった
うつ病を経験したことと
うつ病の治療に詳しいことは別のことじゃないかと
いやいやだけどね
一例かもしれないが
経験しているものの話は
強いという風でね
一時情報であるという風な意見は
分かりますとただそれはね
野球で言うところの一打席しか立ったことがなくて
たまたま一打席で一球で
真ん中のストレートを仕留めたことある人が
全員にとにかく一二三で
バットを強く振れと指導しているのと同じく
そんなことしたらフォークボールの
ピッチだったらクルンクルン回って
大空振り大三振しますよと
いうようなね
ピッチャーの都合もあるし
バッターの都合もあるし
1階の表2階の表9階の裏
いろいろ状況にもよるし
チーム事情にもよるし
シーズンの頭とお尻も違うし
ピッチャーも違えばバッターも違う
振ったら飛ばせるバッターもあれば
振れないバッターもある足が速くて
コツンと当てて走ったらヒットになるという
選手もいるそういうのを見極めて
こちらはアドバイスをしているわけ
薬を使ったりあるいは
会社との交渉をしたり
就労移行支援センターを紹介したり
いろいろやっているわけ
全員が1-2-3でバッターを振れば
ボールが遠くに飛んでホームランになるわけ
じゃねえわけ
それはあなたの例ということで
その一例だけど
それを最もだと思って
しまう人も多くて
一例の経験というものは
一例の特殊な
個別の事象の場合と
一般的な
汎用性のある
話であるという部分に関して
一例しか経験していない人は
それを分かりようがないから
自分の一例だけだから
そこは分からないはずなんだけど
一般的には
話を聞いたらこれは一例ですよねということで
そういうこともあるんだと
1-2-3で振ればボールが飛ぶということはあるんだろうなと
現にあの人元気になっているから
そういう治療法はあるんだろうなと
そういう理解をしておけばいいものを
それは間違いないという気持ちになっちゃう
それは
一例に限界があるということを
理屈で考えれば分かるんだけども
人々は意外と理屈では考えなくて
僕らチャージグループは
理屈寄りなので理屈で考えますが
そう考えない人たちもたくさんいますので
18:00
やっぱりそういうのは
ケンジちゃうというか
騙されちゃうというかね
本人とか感情の人たちは
自分が騙しているつもりもありませんから
みんなに教えてあげようと思って
善意で
別に騙そうと思っているんじゃなくて
善意でやっている場合もあると思いますので
善意を否定すると
ホワイト社会厳しいことになるかも分からないけど
僕は専門家として
藤野君の意見に賛同しておりますということで
うつ病の経験をした人がうつ病を語るというのは
経験を語るのはいいと思うんだけど
その聞く人は
これは一例であるということを
本当にかみしめないと
大きなミスをするといけないなというふうには
若干思います
若干じゃないむちゃくちゃ思いますということで
今日はやめておきましょうかね
そういうポジションから
僕は精神科医というポジションから
物を発しております
というわけで
今週も
違うか
今日は火曜日だ
今日から大寒波が来ているということですので
皆さんお体に
お気をつけください
体温が下がると風邪ひきますよということで
宇多谷さんでも
風邪ひかないようにお気をつけください
それでは皆さん
さようなり
さようなり
さようなり
ガリガリ君
19:20

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