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料理に調味料を入れすぎちゃうんですよね。 いろんな種類の入れちゃうんですよ。
なんか、醤油とみりんと酒だけとかさ、そういうのがなんか不安なんよね。 なんか、え、ほんまにそれだけで大丈夫?みたいな。
おー、それプラス何入れんの? まぁ、ちょっとこう、白ごま振ったりとか、まぁちょっと味の素で旨味ブーストしとくか、みたいなのが。
うーん。 そう、まぁそれぐらいやったらまだいいねんけどさ、一回中華料理作ってる時に、
ウーシャンフェンっていう5つスパイスが混ざってる調味料があるんですけど、それをちょっと麻婆豆腐作ってる時に入れて、
なんかちょっと味の情報量多くなりすぎて、めちゃくちゃこのイメージが抽象的な麻婆豆腐になっちゃったんですよね。
うん。哲学っぽい言い方やな。
麻婆豆腐って例えばこの生姜とニンニクのこの香りとかさ、唐辛子とか、そういうのがバッて出てきて、山椒とかね。
そういうのがこう全面に出てきて美味しいなって思えるはずやんのに、いろんな香りが順々に来るから、この料理は何を楽しめばいいの?みたいな。
なるほどね。僕とかほんまにちょっと下のレベルが低いから、もうその辺何が入ってるとかもわかれへんねんけど、たまにこの料理のレシピとか見るけど、俺は思ってる以上にめっちゃいろいろ入ってんなって毎回思うんだよね。
逆に?
うん。めっちゃ入ってんな、いろんなもんみたいな。だいたい醤油と砂糖と酒ぐらいでなんとかなると思ってた。
いやでも、確かに過去シャークさんとね、話したりした中で、シャークさんがフルーツタルト好きじゃないなみたいな言ったことがあって、焼き菓子の感じとフルーツのみずみずしい感じが合わさってんのが我慢ならんみたいな話されるとき。
我慢ならんっていうか、処理ができへんんだよね。
いやそう、情報がやっぱ多いのをシャークさんってちょっとやっぱ嫌いじゃないですか、苦手。
苦手だね。たぶんね、それフルーツに限ってんだけどね。クリーム自体は好き、パイ生地は好きなんやけど、だから究極言うとショートケーキでもイチゴいらへんねん。
めちゃめちゃ尖ってるやん。シフォンケーキでいい。
イチゴはイチゴでいいんやけど、別でいいっていう。みんな結構当たり前に果物とデザート、クリーム系の何か生地とかそういったものと合わせることを受け入れてるけど、僕はなんかそういう、そこの戒律がまだ守られてて、
いや、一緒におるよくないんじゃおっかみたいな。それぞれ別の方がお互いいいと思うよっていう。果物とデザートの出会いっていうのにめちゃめちゃ厳しいっていう、すごい変な戒律をしてるんやけど。
ショートケーキイチゴ別皿でみたいなのがほうがいいんやじゃあ。
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のほうがいいなー。
あー、たまにラーメン屋とか行くとトッピング別皿でっていう人おるけど、同じような気持ちなんやろうなたぶん。
うん、とかなんかあと飲み物で流し込むとか、例えば何か食べながらこの味を保ったままビールで流し込むとかがうまいみたいなこと言う人いるやんか。
ありますね。
もうそれもなんか俺の中ではめちゃめちゃ気持ち悪くて無理やねんな。
そうですよね。いやそういう人やっぱ僕の身の回りシャークさん以外にも結構聞くんですけど。
あ、ほんと。
でもなんかこの料理を作るときにこの情報量多くしてしまうみたいな、僕の中にある癖って。
いろいろたぶん理由があると思うんですけど、なんか一個はたぶんシンプルにいろいろ混ぜる行為がおもろいっていうのがあるんですよ。
これ混ぜたらどんな味するんやろみたいなワクワク感もあるねんけど、やっぱ僕の中でずっとこの情報量多くしてしまうっていうことによる失敗をね、結構これまでしてきてるから。
今回はちょっとこのあたりについて、なんでこういう悪癖が生まれてしまったのかっていうのを考えてみたいなっていう回でございます。
うんうん。
この番組心のすなじは様々な文化や日常の築きをヒントに考え続けることで、言葉の記憶装置を目指す教養バラエティ番組です。
私寺田です。
シャークンです。よろしくお願いします。
ということで本日も始まります。心のすなじ。
だからほんま見た瞬間俺ランディ・サブエイジみたいになってますね。
あんまおらんけどね。派手さの引き出しにランディ・サブエイジしてますね。
ランディ・サブエイジみたいな。
でやっぱ天竜とランディ・サブエイジの試合も見るよね。流れると。
心のすなじ。シャークン。
はい。ということでまあちょっとオープニングでは料理の話をしたんですけど、
同じくこの作るっていう行為で、僕が結構昔からやってることとして、曲を作るっていうのを僕中学生ぐらいからやっているんですけど、
中学の頃はバンドオープン出たんで、主にその中学生同士のこのバンドメンバーに書いてきた曲を聞かせるみたいな機会があって、
まずはこのギター1本と僕のボーカルで聴いてもらってどうみたいな瞬間があるんですけど、
なんかその時に結構覚えてるのが、一回このドラムをやってたね、友達と、
おこうね。
2人きりで、補足ありがとうございますと、まあおこうですよ。
おこうっていう友達とね、2人でいた時にその弾き語りで曲を聴かして、
それバンドでやろうよってなって、残りのメンバーが2,3人ほど来て、同じ曲を弾いたんですよ、弾き語りで。
そしたら、ちょっとイメージわかんなあみたいなことを言われて、
なんかどういう風に作ればいいかわからんなあっていうすごく微妙な反応をやったんですよ。
おこうがどうそれにドラムを叩いたらいいかわからへんっていうことやな?
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多分、僕の頭の中では、ここにはこういうギターのリフが入ってるとか、ここでドラムのフィルインが入ってっていう音が僕の頭の中で保管されてるんですよ、弾き語りしながら。
やけど、それが当然他の人には聞こえてないから、ちょっとイメージわかんなあみたいななってて、
それに僕、気づいた瞬間があったんですよ。
あ、自分の作ってるものって想像以上に人に伝わらんのやな。
多分これ創作映画君にしろ、何かものを作ったことある経験の人だったら大成り章なりあると思うんですけど、
自分がこううまく作れたなっていう感覚のものとかが人にこう見てもらったりしたときに、
あ、うまいち伝わらんなっていうことがあって、
じゃあどうしようかなって思って、
あ、じゃあもう、例えばもう僕がギターとボーカルやってるやつに打ち込んで、
ドラムノートも入れちゃおう。
僕の頭の中に入ってるものを全部鳴らしちゃおうって思ったんですよ、そのときに。
なるほどね。
あともうここはドラムこうやってとか、ここはもうベースここはもうなしでとか、
全部指定したりとか、もう言葉を尽くしてじゃあもう説明しましょうっていう。
じゃあ、まずはこういう風にベース弾いてくれって言って、
もう作ったやつを弾いてもらうっていう。
みたいなね。
そうそう。
だからそうしたら、まあいいやんっていう風に思ったんですけど、
なんかね、そういう風にしてると、前半にも言いましたけど、
その情報量が結局めっちゃ多くなって、ごちゃごちゃしちゃうんですよね。
うーん。
結局、曲のまとまりがなくなっちゃうというか。
うーん。
で、これ良くないことなんですけど、
音がいっぱい鳴ってると、個々の下手さってちょっとわかりにくくなるんですよね。
まあ音多いからね。
ガチャガチャしてるから、何やってるかわからんようには聞こえるよね。
何やってるかわからんようになるし、
でも中学校の頃ってそんなにちゃんと音楽を知らんから、
なんかなんとなくそれっぽくなってるように聞こえるっていうので、
どんどん音入れていこうみたいになっちゃうっていう経験があって、
結局なんかこの曲作るの難しいなーってなってた時があって。
なるほどなー。
情報量をいっぱい入れる方が華やかな感じがしてしまってて、
特に2000年代、かなりざっくりしたイメージになっちゃいますけど、
あんまりこのビートだけでシンプルでかっこいいみたいなものって、
今ほどはなかったなっていう印象なんですよ。
難しいな。2000年代ざっくりだとちょっと大まかすぎるかなと思うけど、
でもガレージロックリバイバル系はそういう、
いわゆるデジタルになっていく打ち込みの反対って感じ?
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それこそストロークスファーストとかめちゃめちゃスカスカじゃない?
そうですね。
日本のロックバンド?
あー、わかるわかる。
で、ナンバーガール以降でまた変わっちゃうんだよな。
ロック的なもんだと。
ナンバーガールがやったことをより過剰にやっていこうみたいなのが、
2000年代後半に増えていくんだよね。
そうですね。
オープンコードで不協和音に近いのでジャキジャキ鳴らすとか、
そういうものだったりとか。
あと、僕が一番2000年代の映画だなって思うのが、
中村雄介の映画なんですよね。
これがこの情報量の多さ、書き込みの多さみたいなのが、
めちゃくちゃ2000年代に流行ったなっていう。
アジカンだよね。
そうね、アジカン。
あと四畳半の神話、四畳半神話体系の表紙とかも書いてますけど、
やっぱそのアジカンのジャケットの印象が一番強いかな。
ガチャガチャガチャっとしてるもんね。
そこに女の子がいるみたいな。
これはものすごく2000年代っぽいし、
ジャキジャキ鳴らすと僕ピクシーブでめちゃくちゃ見たし。
こういうのがかっこいいっていう印象が無意識のうちに僕の中でやっぱあったんですよね。
だから音がいっぱい鳴ってることも全然気にしてなくて、
むしろかっこいい、ごちゃついてるほうがぐらいの価値観になっちゃってたんですけど。
確かにアニメーションでもシャフトとかね。
ああ、そうやな。
あの感じだよね。
2000年代だから。
後半の話だよね。
2000年代後半の話だよね。
後半から10年代前半ぐらいテンポするものがめちゃくちゃ流行って。
もうちょっとブラックミュージックとかの要素が流行りだしてからは、
シンプルにビートがかっこいいみたいな。
シンプルになってきたかなって感覚はあるけど。
そうだね、2014ぐらいまでいくんちゃう?その感じは。
イエローのオブスキャライド、星野源のイエローダンサー。
ここでやっぱり時代変わったよね。J-POPでいうと。
ちょっとギリギリではあったけどな。
2010年代前半ぐらいまでいくか。
それこそ、ロックバンドだと凛としてしグレート級ミリパーラムヨラムバレットと。
残響系がガーッと出た時期ね。
そういうのばっかり世間に流行ってた時期だったんですけど、
ある時そのラジオからゾンビーズっていうバンドがいるんですけど、
60年代後半の。
このゾンビーズっていうバンドのタイム・オブ・ザ・シーズンっていう曲がラジオからたまたまかかって、
それ聴いた時にめちゃくちゃかっこいいなって。
CMかなんかで使われてたよな。
めちゃくちゃ有名な曲なんで、多分聴いたらこの曲かってなる人多いと思うんですけど。
これが前半のAメロとかドラムとベースとちょっとオルガンの音入ってるぐらいなんですけど、
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コーラスワークとかもあってめちゃくちゃ広がりがあって、
今自分のやってることと真逆すぎて、
こんなに音数少なくてシンプルでかっこいい曲あるんですか?みたいな衝撃を受けて。
そっからシンプルなものの方がかっこいいやんってすごい思ってるんですけど、
自分はなかなか変われないまま、ただ愛好するだけの状態が続いたんですけど。
でもあったかもな。
10年代入りぐらいってやっぱそれこそカクバリズムであり、
あっちの人ら結構アコギっぽい感じであったっていうのも結構そういうところのアンチ定制だったかもな。
確かにね。
それこそその辺りでもう一回細野春を見細野ハウス最高みたいな感じあったよね。
ハッピーエンドやっぱいいなーみたいなさ、そういうのって。
本当に音像的にはさ、ハッピーエンドの。
風町と同じぐらいやん、ゾンビーズのオデッセイ&オラクルって。
1年2年ぐらいしか変われへん。
あの辺の感じいいってさ、俺らの世代があの時になったってすごいよくわかるかな。
せやなー確かに。
確かにカクバリズムで言うと、星野源も確かに初期はアコギ一本みたいな。
そうそうそうそう。
曲ばっかりやったしね。
あとなんかガチャガチャしてた人が急にアコギ一本でツアー回るとか、アコギ一本でアルバム作るとかいう傾向って、
どんなバンドでもあるよね。
あるある。
これもいろんな人はあるけどね。
それこそダイナソーのさ、Jマスキスとかもさ、マーティン&ミィっていうさ、
マーティンと俺っていうさ、アルバム出してるとかさ、なんかそういうあるよね。
あとはロックバンドのフロントマンの人がさ、アコギでツアー回るとか。
急にアコギ一人になるやつな、あるよな。
バンドじゃないんかいみたいな。
それこそバンプオブチキンが車輪の歌とかでやりたかったこととかもそういうことだろうね。
あーそうね。
前半で言った僕はやっぱ情報量多くしちゃうみたいなのって、
情報量多いものを作っちゃうけどでもシンプルなものを切って憧れるっていう体制やったけど、
あれちょっと待てよと思って、よくよく考えたら、
僕ってちっちゃい頃はシンプルなものの方が圧倒的に好きやったぞっていうことを思い出して、
小学生くらいの頃ってマジでめんどくさい子供で、
上白って下黒しか着なかったんですよ。
あー、でもおるな、そういう子。
俺もね、襟付きの服が嫌やって、絶対着い品とか。
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色も買ってきたやつが嫌で、これは嫌やって言ったりみたいなのすごいあったな、小学生の時とか。
やっぱごちゃ過ぎたものがめちゃくちゃ苦手意識があったから、上はもうほんまに色んな白の服があった。
それってやっぱりこの柄本とかがすごく嫌やったんですよね。
シンプルがいいっていう。
あと僕が結構苦手意識があったのが、日本の漫画読まなかったんですよ、その頃。
これはまあ母親から制限されてたっていうのは当然あるんですけど、
日本の漫画ってごちゃごちゃしてるなって思ってた時期があった。
日本の漫画の週刊誌の表紙のごちゃごちゃ感というか、コロコロコミックとかもそうやけど、
ああいうものがちょっと嫌やなって思っちゃってた節があって、今は全然そんなことないんですけど、
当時やっぱこのスムーピーとかムーミンとか、そういうシンプルな線で書かれた海外のコミックばっかり読んでて、
だからそういうものばっかり読んでたから、中学校の頃とかにはまったのがオノナツメだったんですよ、日本の漫画。
ああ、そうなの?なんか一期コミックスを買ってたんやもんな、お兄ちゃんかデラダか。
もうなかなかよな。
え、それってさ、ジャンプとかそういうものを母に制限されてたみたいな感じなの?
いや、これはね、かなり特殊な思想だと思うんですけど、
母親がむちゃくちゃ漫画が好きで、漫画コーナーになる目指してたぐらい好きだったんですけど、
その漫画が好きすぎるっていうのは、たぶん息子にも遺伝してるやろうなと思ったから、漫画にハマりすぎて人生を踏み外さないように制限してたらしい。
おー、なるほどね。カゴの中の乙女みたいな家族で育ってるから。
いや、そうですね。
だから、少年漫画の中に出てくる思想とか暴力性みたいなのを嫌ってたわけでは一切なかった。
なんだろう、僕の母親はハガレンとかめちゃめちゃ好きでしたからね。
ハガレンは少女漫画ですからね。
そういった感じではなかったけど、偶然にもそういうシンプルな線の海外の漫画ばっかり読んだりしてて、
だから昔はシンプルなものが好きなはずだったのに、
バンドで曲聴かせた時とかにもあった感覚なんですけど、
自分の作ったものとか考え方が伝わらなかったり誤解されたりすることとか、
そういったことが僕めちゃくちゃストレスなんやなっていうことを考えてて気づいたんですよね。
伝わらなかったらどうしようっていうのは実際不安でもあるし、
会社で働いてたりしても、例えばお客さんに説明しに行く時とかに、
めっちゃ資料とかいっぱい持って行っちゃうんですよね、僕は。
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こんなことまで聞かれへんやろみたいなこととかも調べて、めっちゃ準備して行くんですよ。
それはお客さんから聞かれたりした時とか、自分が説明したことが伝わらなかった時の空気が僕めちゃくちゃ苦手で、
例えば質問されて、あ、それ調べてなかったってなった時の、
すいません、帰って回答しますね、みたいなことを言えば別に全く問題はないんだけど、
その一瞬の気まずさみたいなのがものすごく怖いんですよね。
それの怖さを味わうぐらいやったら、全然結果として使わなかった資料とか持って荷物が重くなるストレスの方がマシなんですよ、僕の中で。
なるほどな。
だから結局、基本ないよりは絶対ある方がいいし、やらんよりはやる方がいいって思い込んでる節がある。
やらないって後悔するよりは、やる方が絶対にいいし、むしろやって後悔することってある?って思ってもらうような。
確かにないからね。やった方が絶対いいよね。
あらゆることって備えることに越したことはないというか。
この備えって言い方すると確かにそうなんですけど、ただこれが言葉とか情報になった時に、
例えばメールに書く文章とかになった時に、情報量が多いと何が言いたいかわからないんですよね。
わかるわかる。
さっき言ったバンドの話もそうやけど、音数多すぎたら何が主題なんか全然わからん。ぼやけるのも一緒で。
結局それってマイナスな方向に働いちゃってるんですよね。
っていうのもわかってるんですけど、やっちゃうっていうのがあって。
あとこれは働き始めてから特に痛感したとこなんですけど、
このメールとかで情報を入れることって、すごくビジネスにおいて予防性になるんですよね。
うーん、そうだねー。
この時に私言ってますよねって後から言えるんです。
これ聞いてないんですけどとか、後からそこがあった時に、
いや私この日にこれ言ってますよねっていうよくない責任逃れができてしまうから、
だから後から何か言われるくらいだったら全部情報を入れとけってなるっていう。
ちゃんと伝えておくっていうのは大事だからね。
回答記録を残してるよっていうのを伝えるのはすごい大事なんだけど、
確かにパッといろいろ争点とか回答があると見にくいし、どうだったかしらって抜けやすくはなるよね。
情報量が多いとね。
そうそうそう。
これ多分僕らも過去言ってることですけど、やっぱりこれはこれみたいなさ、
シンプルな論の方がわかりやすいし伸びやすい。
うーん、そうだねー。
本当はこういろんな補足とかがあって説明すべきことなんやけど、
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これはこれって言い切っちゃった方がわかりやすいしスマートに見えるから、
うーん。
まあなんかそっちの方がいいような気もするけど、でもなんかそれは不誠実な気もするっていう。
うーん。
なんかその葛藤の結果、「あーもうじゃあ全部乗っけちゃえ!」みたいなさ、
うーん。
考え方になっちゃってるなっていうことに気づいたんですよ。
あー、でもそれはやっぱなんか人を捉えるとか、まあそれこそビジネスのところだとあるよなー。
僕そうか、前そういう食品メーカーで働いてたんやけど、
うん。
あんまりその大手のメーカーじゃなかったから、そこに比べたらプレゼンの時間が極端に短いんだよね。
大きいところだと1時間とか30分あるところが、僕がいたメーカーでは15分とか下手しい10分とかしかないみたいな。
あー。
でも例えばそういう新商品だとか、その時に伝えたいことは同じぐらいあるんやんか。
うん、そうね。
でもやっぱ大手のやり方してたらもう無理やから、全部言われへんし。
だからなんか絞らなあかんみたいなのがずっとあって。
うん。
でも最後の方はやっぱ僕ほんま1個しか言わへんかったし、そっちの方がやっぱ成果として出てたんよなー。
あー。1個しか言わんかったら、その1個さえ覚えてくれてたらやっぱ印象に残るしね。
やったらオッケーみたいな。
そう。
うん。
で、なんかでもそれも虚しいところもあったな。そういう誠実に全部伝えてるけど上手くいかんっていう人を見てた、見てて、
いいこと言ってるし俺より上手いこと言ってるのに出へんのになーみたいな。
俺とかはまあ最終的にこうサンプルみたいな並べて、よろしくお願いしますとか言って帰ったりとかしてて。
あー。
それしか言わんかったやつみたいな。
あーはいはいはい。
そうそう。それでなんやなんやってなったら、
印象に残るしね。
あいつおもろいなみたいな感じで終わって、で逆にそれでほんとに数字出したりとかしてたから。
いやーでもなんかそういうことって確かにビジネスでこう勝ちに進むルートではあると思うんだけど、それをやり続けるとやっぱりどうしても本当に言葉を尽くさないといけない時に出なくなっちゃいそうで怖いっていう。
あーなるほどねー。なんだろうなー。
なんか多分僕の中ではそっちの恐怖感が強いからもう逆に振り切れてて、なんか全部言おうとしてんねんけど。
でもなんかその全部言う、全部やっちゃうっていうスタンスって、本当にどれが必要でどれは不必要で切っていいんかっていうことを判断するエネルギーを多分節約してるんですよね。
サボってるんですよこれって考えることを。
ベタノリ全部しちゃうってことやもんな。
そうそうそう。だから本当はこの限られた中でこれとこれは伝えないといけないとか、そういうことを考えて優先順位をつけていかないといけないけど、もう怖いからもう全部言っちゃいますっていう。
それは思考放棄ですよねある種の。
なるほどなー、わかるなー。
僕も心の砂地で2年ぐらい少女漫画を定期的に評論してたんだけど、途中ぐらいからやっぱこう調べる量も多いし、自分も読み方がわかるようになってるから伝えたいことがめっちゃ多くなってんな。
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あー、力ついてくると。
特に誰も言ってないことを言おうっていう風な立場で言ってるから、だからここで俺が言っとかな、ここ言ってないやんけってなるから全部言いたいと思ってたの。
だからだんだん長くなって、40分で進めたのが60分になり、90分になり、50分50分になりみたいな、すごい分けるっていうことで整理するとかそういう方法はできたんだけど。
前半後半でね、やってたもんね後半は。
そうそう。全部言いたかった、その時は。
そうやな。
でもね、全部言ってるやつはね、聞いててもね、それこそ多いから何言いたいのかわからへん。
いやー、そうよな。なんかさ、いろんなことを考えた末でめちゃくちゃいい結論にたどり着いたとして、その結論を相手に伝えるときって自分が踏んだ思考と同じことを踏ませないとわかんないじゃないですか。
うーん。
だから結局全部説明しないと伝わんないんですよね、そこって。
で、全部言ってもわかれへんね。
うーん。
で、そのわかってほしいっていう気持ちが結構傲慢やったなぁと思ってて。
あー。
うん。だから、なんか昔はそれこそ結論先に言っちゃうとか、いやなんかそれはなしだろって思ってたけど、
それはそれで、一つこうやり切って、自分なりにやり切って、今回出すのはここっていうふうに絞り切ったら、そういう覚悟がある方法論としてはありだなと思ってて。
あー。
だから最近は、もうだからこう、そういうふうにしてる。いっぱいその、ギルガメッシュみたいにめちゃめちゃたくさんの刀みたいなのを持って、さあどれから脱ぎましょうかみたいな感じやったけど。
うん。
もう一本でいいっていう。どれにするかめっちゃ、ギリギリまでめっちゃ悩むけど、もうこれだっていうようにしてやったほうが効きやすいし、よく伝わってるなっていう感覚もするから、最近は評論もやっぱそういうふうにしてる。僕の中で。
あー、まあそうよなー。
うん。
確かに。なんかそこを切り捨てる勇気とかいっぱいいるよなー。でもなんかその一本を選び取る感も多分全部の刀を持ってるからこそ生まれるものやと思う。
そうそう。そこまでやらな無理。絶対。
だからやっぱりその最初から、じゃあもう結論だけでやります。一本でやります。みたいなのってやっぱ上手くいかんから、なんか僕は今こう、刀をいっぱい集めて試してる時期なのかもしれへんな。もしかしたら。
でもなんかね、僕も10代の時はほんとそうだったし、全部やりたかったし、それこそ音楽でもほんとそうだった。全部、ベーシストやけども、弾きたくて弾きたくてしゃーなかったけど。
うんうん。
でもどんな先輩も、いらんでって言うの。そんな音いらんでって言うんで、なんでやねんと思ってたけど、でもそれはやっぱ分かるようになってくんだよね。
27:02
あー。
ある先輩が、なんか一言だけ、「もっとな、ベースっては立体的に弾くんや。」って言ってたんよ。全く意味が分からへんかったけど、でも分かるようになってきた。後半は。
あーそう。
多くなりすぎると、すごい平面的に届いちゃうなーみたいなさ。会場全体が慣れへんの。でもやっぱりそぎ落としているところだけ行くってなると、全体を揺らす、立体的に音を鳴らすっていうことが分かって。
なんかでもそういう体験も20代のうちにしてたから、でもこうやって評論するっていう全然違う立場になったら、同じくやっぱすげー情報量多いみたいなことが起きて、今ちょっと減らせてきたかなーみたいな感じだから。やっぱ1回はいるんだと思うんだよね、どんなもんでも。
そうやなー。なんかでも今の話聞いてたらさ、結構今これ料理、ビジネス、音楽とかさ、いろんなジャンルの話をとびとびでしてきたけど、これ一個一個でやっていかなあかんな、たぶん今の話だと。
うん、そやね。
一個が解決したら全部できるってノウハウでは全然ないな、たぶん。
ないなー。
順番にやっていかなあかん、これは。
うーん。
はー。なんかでも今日話したことによってすごい精進しよう気分になったな。
あー。
いやでも結局はマジで一個一個やっていくしかないし、インプットとしては絶対に量いるの。
あーまあな。
うん。なんか今ってそれこそもの少ないのがかっこいい的な、まあそれこそ削ぎ落とすのがかっこいいっていう価値観結構洒落てるみたいな感じあると思うのね。
うん。
世の中全体として。
そうやな。
うん。でもやっぱね、1回ね、インプットは絶対にいると思う。絶対に量はいると思ってる俺は。
あー、確かにそうかも。
そう、量以外のものは絶対に何も生み出さないし、量がなければ絶対に質は生まれへんのよ。
あー、確かにそうやわ。
うん。
なんかこの、例えばさ、部屋に1個だけ家具置きますっていう時もさ、その1個置く、例えば椅子もさ、いろんな椅子を知っとかないとやっぱベストな椅子は選ばれへんやん、たぶん。
うん、とは思う。
うん。シンプルに生きるためには情報を1回多くしたのを経験せなあかんやん。
うん、絶対に1回死ぬほど増やすっていうのは絶対大事だと思ったの俺は。
なるほど。
うん。で俺は20代、全部死ぬほど増やすぞって思ってやってたから。
あー、なるほど。
うん。
まあじゃあこう、30代入って。
まだ増えてます。
まだ増えてるのか。
折り返ししてどっかで見るのか。
まだ増えてんのよね。まだまだインプットせなあかんから。
それこそ量が食べれんくなったら終わりやと思ってるからまだ。
あー、そうやね。なんか体力持たなくなっていくとかあるしな。
まだ体力あるうちに量を食っとかんと、なんでもあかんやろなと思ってるから。
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せやな。
だからその、多量をできる限りシンプルな方がいいなとも思ってるけど、大量に伝える努力っていうのもやっぱ大事かなと思ってて。
アウトプットのその筒の大きさみたいなんて多分若いうちとか、そういうパワーあるときにしか広がらへんのやろうなと思ってて。
あー、それはそうだな。
出口の大きさを広くしたいっていうか。
そこをもうちょっとまだ頑張りたいから、まだ俺は多量に入れて多量に出すっていう努力もある程度はしたいなと思ってる。
なんかよく言えば、いろんなものを見聞するっていうのは一生やりたいけどな。難しくなってくるんかな。
でも持続する限りはやっぱ僕も。
そう考えると今の自分悪くない気がしてきたな。
それは別に悪いことではないからな。
多いっていうだけで本当に。ぼやけてるっていうだけやん。
何かわからんってぼやけてるっていうだけやねん。
それが良い悪いではほんまないねん。
なるほど。
そうやな、ちょっと今ぼやける時期なんかもしれん。
エネルギーがあるうちにいろんなことを全部やっちゃうっていうスタンスでちょっと頑張ってみようかなと。
僕が前半で思ってたのと真逆の結論になって面白い感じになりましたけども。
なんかすげえノイズの人とかがさ、めちゃめちゃポップなアルバム作ったりするやん。
山本聖一さんとかさ。
うん、そうね。
ボアーダムズってすごく良いノイズだった人がさ、めちゃめちゃ良い歌メロ作るやん。
あれ、あれだよね。
ノイズもいろんな音が鳴ってるわけですからね。
たくさんの音を知ってる人やろうから。
大事やなそういうのは確かに。
真ん中ここやなってわかるんやと思うんだよな。
どう外すかってずっとやりまくってたら、ストライクゾーンここやなってちゃんと見える。
なるほど、外す場所知ってるもんね。
そうそうそうそう。
的の位置をわかってないと的は外せないっていうことか。
と思ってる。
なんで山本聖一さんの歌物を聞きましょう。
すごい結論で終わりましたけども。
はい、心の砂地は引き続きお便りをお待ちしております。
すべてのあたたきは、kokornosuna.gmail.com、心の砂.gmail.comまでよろしくお願いします。
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また、本編で出てきた固有名詞などは、ノートに応募集がありますので、そちらもご覧ください。
ノートのURLも各配信サービスのエピソードの詳細にございます。
あと大友さんだね。大友さんもあるよね。
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あー。
ノイズグラウンドゼロだからね。
今はね、映画とかアマちゃん以降、激反の人みたいな感じだと思うけどさ。
ノイズ聞こうかな。
ノイズ聞いたほうがいいやっぱ。
うーん。
それでは皆様、ごきげんよう。