やっぱり、今でも先生のね、カレンダーを持っている方ではある程度イメージが湧くと思いますけど、
先生の字、素晴らしいんですけど、味があって。
やっぱりそこに絵がついて、今まで色のない絵はあったと思いますけど、
絵が、色がつくと、また本当に次のステージに行った感じがありますね。
どっちがいいか、白黒だけでもすごくいいなと。
どっちもいいですよね。
いいんですけど、絵をついて、今度はちょっとだけその話を2、3分させていただくと、
はい。
日本の東京タワーと、タワーで登山靴を履いてもらって。
はい、東京タワーがね。
遊んでいるうちに、ファンのエッフェル塔と仲良くなって、
エッフェル塔も歩きたいとか言うので、長靴しかないから長靴を履かせて、
エッフェル塔が長靴で、東京タワーが登山靴で、
自由に虹をつかみに行ったり、空でブランコしたり、
そんなことをしながら、いろんな土地を巡っていって、
最後には、ある場所に、作能の罪の場所と言いますかね、
これは作能のなせる罪の場所で、人間の作能の罪の場所である、
アウディカのバーナーで、ちょっとショックを受けるというところの、
物語・絵本を、今、頭の中に書いて作ろう。
出版したいな、出版社まで全然決まってないですからね。
先にアイディアが、ガーナって言葉が出てきましたけど、
これ聞いてる方、やっぱりなぜあれガーナなんだろうって、
今の東京タワー、エッフェル塔もそうですけど、どういう経緯で、
今日まさにそういう話かなと思うんですけど。
大抵の方は知っていると思うんですけど、
アウディカの場所によっては、すべての古着が集まって捨てられている場所とか、
すべてのプラスチックが捨てられる場所とか、
世界中のですね、中国や日本やヨーロッパの、そういうものが捨てられて、
ゴミ処理ではなくて、ゴミ捨て場になっているところが、
アウディカが何かあるみたいで、
その中で、作能的なものの集合地と言いますか、
罪を思わせる電気機器の、
電子廃棄物ですね。
そうそう、電気機器廃棄物の広大な捨て場があるっていう、
そこで焼かずれないし、火がついてるから、
1日中、臭いビニールが燃える匂い、
電子機器の燃える匂いが、何十年続いていると言いますかね、
作能の行き着くところ、作能のゴミ捨て場、
作能の罪と言いますかね、
人間の罪というよりも作能の罪のような、
その裏で我々が免慮、今も私と、
早川君が教授しているパソコンですか、
これも捨てられると思うんですけど、
これをよく見ると、プラスチックと電子機器と配線と、
いろんな路線が作られているから、
これを処理するのは大変みたいですね。
結局、焼くしかないというか、
その作能の行き着き場がガーナにあるというのを、
告発している人にちょっとショックを受けてですね、
ちょっと私の物語を作って、
この方、長坂孫さんという方ですか、
あそこにガーナに活動していますね、
ゴミ処理場を自分で作るんだとか言って、
彼の言っている言葉がなかなかいいんですよね、
そういう人を救いたいという覚悟をすると、
才能が湧き出てくるというようなことを言っているんですよね。
覚悟をすると才能が湧き出る。
救いたいと思いが、
本当に湧き上がってきたとき、
それは才能を生み出すみたいなことを体験したと言われているんですけど、
まあその通りで、
弾劇もそうなんですけど、私自身もそうなんですけど、
人を救いたいと思ったら、神が才能をくれるんですよね。
不思議な才能をくれますね。
それは人を救うし、自分もそれで生きていけるという、
それを彼が見つけた。
それをそして活かして、ガーナに、
ガーナ人が経営するゴミ処理場を、
ゴミ処理機とゴミ処理工場を作りたいというか、
世界の罪を消そうとしているというか、
お金で消そうとするよりも、
実際にそういうものを自分たちでガーナに作るんだって、
それがすごいなあと思ってですね。
このことを広めたり応援したいなあと思って、
私の作品もそれを応援する一部になるように、
私自身もキックしたと言いますかね。
よっしゃ、私も家を売って、
この人の人助けをしよう。
文化を一部にもならないと思うんですけど、
彼の方が大きくて、
私の圧迫、
そういう援助金なんて与えたことないけども、
私自身も気づかせてもらったことに感謝して、
ガーナの処理工場、人類の罪じゃないかなと思うんですね。
いやあ、そうですね。
なんでいろんな企業がやらないのかとか、
最近はヨーロッパでも、
電気機器の処理のまでは、
みやみやたらに、
捨ててはいけないという法律ができたとか、
ありましたね。
きちんと、
先まで否定しないと、
電気機器は作ってはいけないか、または処理してはいけない、
やたらに、
アフリカに押し付けてはいけないというような、
法律ができたのを見て、
少しずつ進んできたんだなと思いますけども、
必ず抜け穴があるからですね。
そうですね。
話を聞いていると、
作能の行き着く先っていうのは、
一見こういうコンピューター電子機器って、
いやあ、すごいなって思うけど、
最後ね、やっぱり神の、
よく北川先生が、
甘いものには罠があるって、
甘い食べ物も肉もそうかもしれないけど、
最後が意外と処理が難しいというか、
爪返しがやっぱり来るなって今の話を聞いていて、
これもね、結局、
長坂孫さんとガーナ電子廃棄物で調べると、
いろんな記事が出てきますけど、
実際彼がね、
ガーナの首都アクラの近郊にいる、
アグボグブロシーと呼ばれる地区で、
世界最大級の電子廃棄物の不法投棄場でありますけど、
そこではいわゆるその廃棄物を、
処理したり金属を取り出す際に出る煙がめちゃくちゃ有毒で、
それでね、がんになったり子供が死んだりっていう、
だからやっぱり、
茶能ってなんか一見、
ちょっとステレオタイプな言い方かもしれないですけど、
効率的ですごく便利に感じるけど、
最後はものすごく不便というか、
行き着きすぎると。
食事と一緒ですね。
食べる時はみんな、
お菓子もケーキもお刺身もご飯も綺麗に盛り付けたり、
美味しそうに見せたり、
お肉もそうだと思うんですけども、
肉の臭いを、
血の臭いを感じさせない、
お魚もお刺身だし、
それからフランス菓子とかケーキとか、
いろんなそういうものも綺麗に美しく見せて、
美しく見えますね。
それが入り口だと思うんですよね。
でもやっぱり処理するのは、
人間の廃棄物という形になって、
決して前の原型を求めていなくて、
やっぱり汚くて臭いがするし、
だから気味がいっぱいいますよね。
それと同じで、
すべてのものは利用されたら必ず、
処理と言いますか、
ゴミになると言いますかね、
廃棄物になってしまうというところに、
目を向けないのがやっぱり悪いなと思うんですね。
そこまで目を向けないと、
結局は放っておくと、
世界中が美しいものを手にするけれども、
汚いものは手にしないから、
世界中がゴミだらけになってしまうというのもありますね。
食事を言う人も、
トイレのない食堂はあり得ないですよね。