もううちの研究室がそれを進めててもう本当に面白いな。
そうか。面白いねその発想ね。
すごい哲学的だね。
だってその物って思ってることすら普通の人は何も思ってないものよ。
だって分子っていうものに対して意識して暮らすなんてなかなかないから。
まずその私がただのものと思ってるものにまず唯一郎君みたいな人が注目してどうなってんのかな。
自然が与えしその分子っていうのかな原子っていうのかな。
それを注目してその特性を見極めてそれを材料になるまでにはどういう風に持っていくのかなっていう風な思いをしているわけでしょ。
多分私は最初に唯一郎君に質問された時に材料を組み合わせて物になるって実は言ったのね。
逆なことを言っちゃったのね。唯一郎君が思ったことね。
つまりそれだけ物と材料っていう区別をなく暮らしてたんだなって今はっきり分かったのよ。
区別あんのか分かんないですけどね。
面白いね。物材料材料が組み合わさってまた新しいものができる。
その新しいものは材料にも戻ることができて。
サイクルね。ちょっと言葉遊びみたいになってるかもしれないんですけど。
なんかそんなことを考えて研究し、話し長くなっちゃった。
去年の映画とか見ました。なんかエアーっていうマイケル・ジョーダンの靴の実はナイキがエアー・ジョーダンの靴を作ったって映画があって。
僕その中から結構インスパイアされたんですけど。
靴の研究者が靴を一生懸命作ってるんですよ。
でもナイキって全然売れないスニーカーの会社でその当時。
エンジニアの人が
誰かが履くまでこれはただの靴でしかないんだ。
誰かが履かないとバスケットボールシューズっていうものにならないんだって話を厚く議論してるとこがあって。
そこって今のさっき言ってたマターがマテリアルになるとことつながるなと思ってて。
ちょうどこの前も大学院の授業でもちょっと紹介したんですけど。
それでマイケル・ジョーダンが履くっていうシューズを作るっていうところにつながっていきなり付加価値がめちゃめちゃ生まれて。
これは靴の話ですけど。
じゃあ材料だって同じことあるんじゃないかな。
いいですね。文章を並べて価値を生みそこに夢を継ぎ込むって感じですね。
面白い。だからこういう話を聞きたいのよ。
私は毎日普通に暮らす。
普通は何かわからないけど。
毎日暮らすっていうことが学びとか勉強することによってドラマチックに変わるじゃない。
見方が。
そういうのをやっぱり結城君は私にいつも教えてくれてるなと思って。
何教えますか。また遊びに行きたいですよ。
そうだね、大変な時もあったよね。
本当にお世話になりました。
本当に時間過ぎちゃってちょっと延長戦みたいになってるんですけど、
好きな音楽だけ、ミュージック&サイエンスポートキャストなんで、科学者を支えてる音楽ってどんなのがあるのかっていうのをちょっと教えてください。
そうなんですね。音楽か。
僕、吹奏楽部だったんで、って言いたいんですけど、ロックのオアシスというバンドが大好きです。
オアシス、もう解散しちゃったけど。
実は去年日本に来日して見てきました、ライブ。
オアシスの、日本でも有名なの、Whateverって曲とかすごい好きですね。
あとは、一番初期のシングルのスーパーソニックって曲があって、歌詞自体は結構むちゃくちゃなんですけど、
一番最初に出てくるフレーズが好きで、
I need to be myself. I can't be no one else.
自分は自分自身でいなきゃいけない。他の誰にもなりやしないんだからっていうのがあって、
2番目に入るとそれが、お前はお前自身でいなきゃいけないっていう風に歌詞が変わるんですけど、
なんか元気なくなったらそれ聞くみたいな。
そんな感じですかね。
いいお話。
いいね。
それどういうきっかけで好きになったんですか?
初めて海外に行ったのがカナダなんですけど、
カナダのバンクーバーから北に行ったウィスラーってところに、
ウィスラー、うんうん行って行った。
スキーリゾート。
そうそう、3週間くらい高校の寮に入って暮らすっていうのを小学校の時にする経験があって、
ホームステージじゃないですけど、そんな感じで。
で、その時のルームメイトがベネゼラ人たちだったんですけど、
そこで聞いたのがオアシスで、彼らはバンドを組んでて、
で、オアシスの曲を教えてもらって、そこに日本人も何人かいたんですけど、
そこがきっかけで、なんか知らないけどオアシスっていうイギリスのバンドがあるっていうのを聞いて帰ってきて、
その頃はアバとかそういうのも流れてて、むちゃむちゃいろんな音楽そこで教えてもらって、
そこがでもきっかけです、オアシス。
なんかもういい教育を受けてるよね、小さい時から。さすが。
いやもう本当、お父さんお母さんには感謝しかない。
なんか外国行きたい、外国行きたいってずっと言ってたのを覚えててくれて、
本当に行きたいんだったらそういうプログラムとかあるのかなみたいな話してて、
2年後とかになって本当に行きたいみたいな話してて、行ってみたいって言ってカナダ行って、
全く英語が通じないってことが分かって帰ってきて、
その次の年はミクロネシアに2週間くらい行くみたいな、
なんかその頃文科省かなんかがプログラム出してて、中学校に行って、
そこら辺で英語は喋れないんだけど海外の人とコミュニケーション取れるって楽しいなみたいなのがなんとなくあって、
そこで多分外向きの姿勢みたいなのが養われて、
喋れないけどボディランゲージでなんとかするみたいな、そんな感じでした。
だからあんまり外国に行くのとか抵抗はなくって、えいやと言っちゃえみたいなところはありますね。
その話知らなかったな、コミュニケーション能力が著しく高い人だなっていうのが最初の印象で、
これ必ず前置きで紹介の時に言うスタイルがあるから黙ってるけど、
いやもうね、ものすごくとんでもなく勘違いが良い人が来たなって思ったの私、
初めて会った時に、もう直接言わなきゃね、これ大事なことは。
とんでもないオーラと明るさと、人の心にギュッて入ってくるっていう、
どんな育ちの言い方なんだろうってまず思ったの。
お父さんお母さんが大事に育ってたんだろうなってことも見えるし、
その期待に応えるべくね、肉体も精神もたくましく育った方なんだなってことを思って、
まるで違うオーラを持ってくるっていうのかな。
嬉しい。
どうしたの?実は会った時に。
そんなこと言われたら、今日嬉しくて寝れなくなっちゃいますよ。
よくやった達さん。
いや違う、繋いでもらえたっていうか、いろんな縁がね、本当にあってね、繋がってこれて。
ゆうちろうさんと会えて良かったって思うのは、やっぱりインディー・トゥモローとか研究者の会とか、
最初は大変な時もあったけど、やっぱり作っておいたことがこういう風に繋がってくるっていうのは良かったなと思うし、
これであれだけ多くの研究者の方々と交流されたね、
ゆうちろうさんがまた日本の若者というか、サイエンスの世界で学生さんとかね、多くの研究者の方々と交流して、
いろんなものを繋いでいくっていうか、本当に職場のような役割を果たしていってもらえると嬉しいなと思います。
本当よ。私は達さんとゆうちろう君が出会ったことの、その出会いのおこぼれをもらってるわけ。
私の子供たちもね。
みんな一緒。
おこぼれでこんなに幸せな気持ちになるってことは、ゆうちろう君が教えた学生、その学生のお父さん、お母さん、兄弟、どんどん広がっていくから、
そのことが意識されると、ゆうちろう君の存在って、どんどんいろんな波紋を広げていく。
波紋を広げて言葉は悪いけど、出会いと出会いをね、どんどんカップリングしていくから、
それが価値がある教育っていう場所に戻られて、私はとっても嬉しく思ってます。
もう達さん、ゆうかさんで、あえて僕も幸せでしかないっていうか。
本当で。
その一言につきますよね。
ボイラーアップだね。
パーテル大学の決め言葉。
ポッドキャストの収録だってこと忘れて普通に喋っちゃったって言ってたんですよ。
そのくらい心を開いて話してくれたのですごくよかったなと思うし
そういう空気感というか非常に近い関係っていうのが出てて
編集しながらとてもいい会になったなと思ってました。
よくパデューから来るたんびにこういうお話してたけれども
それでも聞かないお話が出てきて
ちょっと改まって聞くっていうのもいいことかなって思ったの。
例えばだってこうお家に来たときに好きな音楽何ですかとかって聞かないでしょ。
だから初めて聞いたことだったから面白いなと思って。
なるほどね。オアシスは聞いてたね。
聞いてたの?
オアシスが好きっていうのは聞いてて
何聞くのかとか
うちらスピーカーにこだわってる時とかあったでしょ。
あれでみんなで好きな曲流してみたりとか
ああそういうことねみたいな。物理学者はこれが好きだよね。化け学の人はこれが好きだよねみたいな話をしてて
スピーカーのコンテストで自作のスピーカーを送り込む人がいて
その人のスピーカー作ってもらったら家にあるからあれで聞いたりとか
直接お宅にお邪魔してすごいでっかいスピーカーでみんなで聞いたりとかしたときに
そうだったね楽しかったね。
聞かれるから。お前の一番好きな音楽を俺のスピーカーで聞いてくれって言われて
そこに入力するから。あれでやってたから。
その方ねアメリカの方なんだけど徳永秀明が大好きなんだよね。
徳永秀明に語る会がもうすぐ来ますんで徳永好きの皆さんはぜひ楽しみにしてください。
私もちょっと手を挙げます。
ということでゆういちろうさん本当に来てくださってありがとうございました。
ありがとうございました。
ゆういちろうさんまたおかわり出演がありそうな感じでしたね。
そうね。
僕らも来てほしいし。ゆういちろうさんもまた喋りたいことがあるみたいなことなんで。
ゆういちろうとロジック系ともう1回語る会が欲しいな。
それでそうしましょう。
今一度パリュー大学についてとかさ。
なんかそういうのあったらいいな。
あ、いいね。
ゆうくん、けいくんのCan't Stop Loving Peruみたいな。
ボイラーアップ、ハンマーダウンみたいな。
いいんじゃないですか。
ちょっと新コーナーについてのお話に移りたいんですけど。
はい。
このYou Have To Tell To…
Thisの部分?
This何について語りたいのかっていう部分ね。
そう。情報の正確さという面ではどうなんですか。
情報は正確なんです。情報は正確なんですが、
その1つの情報をどんな人たちがどう受け止めてるのかっていうことをお伝えできる面白い企画なんじゃないかなって思うんです。
例えば中西部から、中西部はトランプファンが多いところで有名なんですけども、
そこでの対抗馬たちはどのような活動をしてるのかとか、
あとは中西部といえば陰謀論を信じる人も多いところなんですけども、
その陰謀論がどのように広まり、どのようにそれを塞いでるのかっていう情報だとか、
そういうところかな。
大介さんが来た時に話してくれた、こういった情報も大事だよねって。
情報っていうのは一方向から見れないとか、現地に行く大切さとか、
そういうのが出てきたじゃん。大介さんと話してる間にね、うちらの中から。
だから意外とこういう情報が大事なんじゃないかというか。
あと私は高校生大学生を見てるんだけれども、それと同時に日本の高校生大学生も時々知り合うことがあって、
その若い子たちがどういう形でアメリカが好きになっていくのかっていうプロセスも見ることができてるのね。
で、ちょっと新しい視点で面白いなと思って見てるんです。
そんなアメリカラブな企画だね。
うちらだから入ってくる情報みたいなものがあって、それを自然のままにというかそのままにお伝えしたら、
アメリカの生活してる僕たちの周りの空気感みたいなのがお届けできるんじゃないかなと思って。
ミニコーナーみたいにしようね。会の終わりぐらいにしゃべる。
実はそれ私の開くの精神にも通じるところがあって、私の作ってる教科書の、
普通に暮らす人たちがその国やニュースや日々の状況をどう受け止めてるかっていうことを知るっていうのが、
とても面白いことだなって思ってるのね。
で、それを英会話や日本語会話で知っていくってこと?
つまり一人の友達を通してその友達の国を知るってことっていうのが、
実はすごく面白いことなのよ。想像できる?
いや、わかるよ。すごいわかるよ。
だからニュースを通して知る、こういう国があるなっていうふうに思ってることもあるけど、
友達の声を通して語られる、出すといきなりイキイキしてくるわけ。その国っていうものが。
そういうのを味わえるコーナーができたら開くにも通じるかなと思ってて。
いや、俺海外旅行してても気づくんだけど、海外旅行の先で友達に会い、その友達がその国に住んでる人に会って、
僕から見てこの国ってこういう国なんだよみたいな話を聞くときに、すごいその人の半年とか1ヶ月の経験をもらえたよな。
私だって初めて、初めて行った海外旅行じゃないか、
イタリアに行ったときに、イタリアでとある小さな町で沢山の友達が待っててくれたでしょ?
で、奥さんと待っててくれたんだけど、実は奥さんじゃなかったと。
ガールフレンドだったと。え、どうして結婚しないの?って気楽に聞いたら、
イタリアのキリスト教とイタリアの若者たちの感覚の違いっていうものが浮き彫りになる話をされて、
その後から見たイタリアの宗教的な、
教会が強すぎるって言ってたね。
そう、教会の姿や、あとは教会の宗教がだとかっていうものが、まるで違うものに見え始めたわけ。
キレイキレイって見てたのに、なんか、あ、重いんだって思って。
そうそう、私たちはね、それを見にイタリアに行ってるんだけども、
そっか、まだ生きてる、そりゃ生きてるよな、みたいな気持ちになって、
彼と彼の彼女がいなかったら、全く見えない世界が広がってたわけ。
結婚は幸せだし、家族も幸せだし、だけど教会の力が強すぎて、うーんって言ってたね。
そして、迎えに来たとき、日本車で迎えに来たでしょ?
嬉しそうに。
それも、日本車をすごく自慢されてね、
あ、そっか、日本の車って、こういうところで話になるんだって思って。
障子と襖をさ、家の中にさ、一角作って、すごい喜んでたよね。
そう、そういうのとかさ、こう、おもしろかったな。
友達を通して知るっていうのは、その国を知るっていうのは、
彼らなりの伝統への反発みたいなのも見えたよね。
だから、日本が好きっていうのが、こう、強くなってるところとかもあるのかなと思ったりしたけど。
それがね、アメリカ人の中にも見えるし、
多分、アメリカ人が私たちに見てるっていうのもそういうことなのかな、なんて思って。
そうね、だから、僕たちがアメリカの人たちと触れ合ったことをきちんと代弁していこうという、
そういう取り組みになりますので。
そう思うと、そうやって、私は開くの発想を手に入れてきたのかもしれないね。
そうだよね。つまり、日本にいたときに、自分が思ってたイメージと、
こっちに来て、生の人たちに会ったときに、得た感覚の違いみたいなものがあって、
これ、最初からなかなか伝えることって難しいな、どうやったら伝わるんだろう、みたいな気持ちで、
すごい一つの発見じゃないけど、ゆりかさんが作った本っていうのは、そういうのを可能にするわけですよ。
そう、やっぱり最初は混乱の数年があって、次にシステムの理解の時代があって、
そしてやっと開くに向かっていったっていうのがあるから、
とても面白い企画だと思いますよ、たつさん。
はい、やってみましょう。
ということで、今回はね、ゆいちろうさんのお話と、
あと、新しい新コーナーを立ち上げますというお話をさせてもらいました。
すごいね、楽しい回だったと思います。
最後までね、聞いていただいてありがとうございました。
ゆりかさんもありがとうございました。
お相手は、科学教室の先生、たつと、
ゆりかでした。
バイバイ。
バイバイ。