1. 奏でる細胞 MUSIC & SCIENCE PODCAST
  2. 3-10. チリでの出産と育児 ゲ..
2024-08-14 33:02

3-10. チリでの出産と育児 ゲスト リサさん ヤホーで調べた角田夏実さん #科学系ポッドキャストの日 #角田夏実  #オリンピック #国際結婚 #留学 #CA 

3-10.チリでの出産と育児 ゲスト リサさん 元CAの巴投げ  #角田夏実 #金メダル #オリンピック #国際結婚 #留学 #CA  #科学系ポッドキャスト 1)ヤホーで調べた角田夏実さん 2)敗者復活から日本一になった芸人 3)カロリーゼロ理論での減量 4)スペイン語圏での生活 5)チリの人々は妊婦や子連れにとても優しい!! 6)素敵な世界観 お手伝いさんや家政婦さん 7)アメリカでの生活は全然違かった 8)小学校の先生との面談との向き合い方 9)国を捨てるわけにはいかない 10)翼が欲しい 11)突然の親族へのメッセージ 12)心から学んだこと 13)小野寺さんへの感謝 Spotify 奏でる細胞 By タツ(細胞学)ゆりか(リベラルアーツ講師)⁠⁠https://open.spotify.com/show/0xUhOqvpo69YiT7pmYdech⁠⁠ アメリカから配信する科学番組 「心を開いて相手の話を聞くことで自分の人生に役立てていく」 学びあり、笑いあり、出会いあり、科学教室の先生が様々なゲストと語り合います。 細胞の中にある音楽やリズムの研究に夢中になっているタツさんがリベラルアーツ講師のゆりかさんと細胞、老化、物理学、など様々な分野の専門家、ポッドキャスター同士のコラボ、留学や海外生活などについてポッドキャストを通して楽しく学ぶ番組です。 リスナーからの感想お待ちしています!

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00:01
私は英語が上手です。
私も日本語が上手です。
ひらくのサービス学習をしているからです。
世界があなたのstudy buddy。
日本語も英語ももっともっと話したくなる。
ひらくのスポンサードでお送りします。
お送りします。
うまい。
みんな、よろしくね。僕は幸せだよ。
奏でる細胞
奏でる細胞は、サイエンスと音楽を愛する2人が、
アメリカ、インディアナから楽しく奏でるようにおしゃべりする番組です。
こんにちは。ゆりかです。
こんにちは。47歳、身長175センチ、体重71.6キロのタトゥです。
公表しちゃうの?
はい。オリンピック選手はですね、年齢も身長も体重も全部ですね、
さらけ出して活躍しているのに、それを語る僕たちが自分のものを隠してたら不公平かなと思って公表しました。
おめでとうございます。
ということで、ゆりかさん、またヤホーで調べたのをお話しさせてもらってもいいですか?
ヤホーね。
柔道日本代表の金メダリストの角田夏実さんという方がいるんですよ。
この夏実選手について調べてきたんですけど、
ヤホーでね。
千葉県八千代市出身ということですね。
さすがにそこは本当でしょ。
本当みたいなんですけど、高校時代は仙台商業でラグビーに打ち込んでいたみたいなんですよね。
で、そこから吉本工業に入って、
その後グレープカンパニーじゃない?もしかしたら。
サンドイッチマンというコンビを組みます。
行っちゃったじゃない。もう。
でも売れないんですよ。なかなかなかなか売れなくて。
吉本工業で柔道を頑張るんですけれども、
有名なですね、安倍宇田選手。
金メダリストの。
本物っぽい。
何回も戦ったことがあって、勝ったり、すごいいい試合もしてるんですけど、
なかなかオリンピックに行けなかったんですね。
そうですか。
もう売れなくて、売れなくて。
売れない?
なんで売れないんだって、名言を残してます。
代表落ちましたって言われた時でしょうね、きっとね。
ちょっと何言ってるかわからないって言ってますね。
それは富澤さんじゃない?
はい。そんな角田夏実選手なんですけど、天気が訪れます。
まさかの日本一決定戦をですね、敗者復活戦から優勝しますね。
M1チャンピオンになるわけですね。これで人生が変わります。
そのきっかけをもとにですね、体重をですね、52キロ級から48キロ級に階級を変更するんです。
そこは本当の情報だ。
これも連戦連勝で。
この体重を絞る時に編み出したのがカロリーゼロ理論。
あ、そうだったの。
そう。油物は油の熱でカロリーが溶けるからカロリーはゼロ。
03:03
せんべいは日本の古くから食べられている食べ物なので、カロリーはゼロということで。
減量はいつもカロリーゼロ理論で大成功させたおかげですね。
世界選手権3連覇、そして今回パリで金メダルを取得したということで、
得意技はコントが入った漫才ということになっております。
おめでとうございます。
たつさんはね、おめでとうございます。
楽しんでいただけました?
52キロから48キロに落とすだなんてそんなギャグは言えないと思うよ。
いや、すごいよね。
アスリートが落とすのよ。
たつさんが71.6キロ級から60代目指すのとちょっと違うと思います。
いや、だって52キロの人が48キロに絞るっていうのと、71.6キロの人が4キロ落とすのって話が違うよ。
倍ぐらいだよね。8キロ落としたらなきゃいけないってことだよね、俺にしたらね。
そう、しかも鍛えての52キロを48キロに落とすって言ったらちょっととんでもない。
鍛えての僕じゃなくて、まず一回鍛えて筋トレとかして締めてからそこからまた4キロ落とせってことでしょ?
そうよ。
それでやっと8キロか。そこから8キロ落としたら同じぐらいの減量が体験できるってことでしょ?
いや、絶対オススメできないけどね。
絶対できないね。できませんけど、すごいことですよね。カロリーゼロ理論じゃ無理だよ。
ちょっと待ってよ。怒られるよ、りささんに。
いやいや、大丈夫です。こういう番組なので、過去の昔のやつから聞いていただくと今回だけふざけてるわけじゃないんで。
確かにね。
許していただけるんじゃないかなと思うんですけど。
犯罪の練習いっぱいしてたもんね、カルロスとね。
そうなんですよ。ということで、今回はりささんゲストなんですけど、海外での子育てとか家事、育児のお話が中心になるような後輩になっていますので、最後まで聞いていただければと思います。
カナデル細胞
じゃあ海外での子育てについて聞きたいんですけど、海外で子育てするっていうことに対して不安はありました?
そうですね、でもあんまり不安というよりはやってみたことがないので、全然不安というよりも想像があんまりできなくて、子どもを持つ前に。
ただなんか子どもいるママとか家族を見て幸せそうだなーっていうイメージしかなかったです。
でも実際に子どもを持ってやっぱ違いましたね。イメージだけとは。
幸せそうだというイメージとは違かった。
やっぱりそう、私は子ども2人チリで産んだんですけど、出産するところから子育て、毎日の子育て、チリとアメリカでやって、どっちも違う意味で大変なので、海外ってね自分が生まれたとことか育ったところではないので、やっぱそういう孤独とかもあったし、言語とか文化とかもね、やっぱ日本とは違うので、
06:21
そういった意味ではやっぱ大変なんですかね、海外の子育て。
そうだよね。
たとえば僕らの場合だと、文化になれるってことと、仕組みになれるってことと、あとネットワーク、仲間、パパ友達とかいないから。
そうなんですよね。
そういうのを作っていくところからだったと思うんですけど、最初ぶつかった壁のお話。
そうですね、最初ぶつかった壁は、まずチリで出産して、そこから子育てがスタートしたので、チリの話がいいですかね。
チリって言葉何でしたっけ。
スペイン語です。
そうか、そこからか。
そう。
スペイン語喋れてたんですか、その時は。
スペイン語は喋れます。
でも英語よりも下手なので。
それはもう学生時代に。
学生時代にもちょっと勉強しました。
でもやっぱり学生時代の勉強した分ってそんなに大したことじゃないので、あっちに行ってから、市から勉強し直しました、スペイン語。
なるほど。
それは子供生まれる前ですね、ちょっと1年ぐらい時間があったので、結構大学とか行って勉強しました。
すごい、もともと日本語英語で、アブダビでは。
アブダビはアラビア語もあるんですけど、共通言語が英語なので、英語でしたね、基本的に。
じゃあアラビア語は喋れなくても大丈夫ですか。
うん、全然大丈夫でした。
でもやっぱりチリはタクシーの人とか英語とか全然できないし、英語できる人少ないのでかなり。
かなりのインテリストじゃないと。
なので、やっぱりスペイン語は必須でしたね、生きていくために。
そうか。
だからそれの、やっぱりスペイン語っていう壁が一番かもしれないですね。
文化としてはどうですか。
文化はね、すごく子供が大好きなんですよね。
子供が大好き?
うん、子供が大好きで、子供を育てやすいと思います。
妊婦さんにもすごい優しいし、子供いるママにすごい優しいし。
なので、文化的にはむしろアメリカや日本よりも育てやすいと思います。
それはもう男女とか、子世代とかもあんまり関係なくみんなが温かいって感じ?
うん、みんながやっぱり温かいです。
妊婦2回研究員したんですけど、チリで。
もうどっちとももう私VIPでしたね。
もう本当に電車とか乗っても、私が妊婦だって知ったら、
もうみんなでもう5人以上の方が一気に、
あなた妊婦なので席どうぞって言って、
もうすごい勢いでもう席譲ってくれるし、
アイスクリーム屋さんとかに並んでても、
あなた妊婦だから並ばなくていいよ、席どうぞって言って、
09:01
本当にVIPですね。
温かい。
もう妊婦だから、そう、何にも並ばなくてよくて。
あとカーパーキングとかも妊婦専用のカーパーキングもあって、
だからもうVIPですね。
ちょっとすごく温かい国なんですね、チリで。
温かいですね、すごいですね。
優しいみんな。
溶け込んだんですか?
そう、本当に妊婦と子供に優しいんですよね。
すごいな。
うん。
何なんですかね?
なんかそのラテン文化って子供をすごく大事にする。
ここは宝だみたいな。
ところがやっぱり日本とかアメリカよりもあるんじゃないかなって感じましたね。
よかった、聞けて。
全然知らないんだ。
そうですよね。
だから、子育てはすごくしやすいと思います。
ただスペイン語なので、私たち日本人にとっては難しいじゃないですか、スペイン語って。
なので、そういった壁はありましたけど。
チャットさんの助けはどうでした?チリでの。
チャットはやっぱ仕事をしてるので、助けてはくれるけど、
基本的に私がメインなので。
チャットさんの仕事環境って、チリだけど日本との契約ですよね。
そうですね。
だから、日本のような仕事環境っていう感じで思っていいですか?
それよりもかなりフレキシブルに働いてはいたので、家に早く帰ってくるし。
そうか。
そういった意味では、日本よりもチリのほうが環境良かったですね。
あと、チリ一番良かったのはお手伝いさん。
お手伝いさんいた?
いたんですよ、そう。
しかも。
どのくらい手伝ってくれるんですか?
何してくれるんですか?
全部です。
月曜日から金曜日まで、朝から夕方まで来ててくれて、
子供の世話からご飯作り、洗濯、掃除、全部やってくれるので。
それがやっぱり一番ですね。
子育てするときにはやっぱ手が欲しいじゃないですか。
いいですね。
良かったですね。
その生活がアメリカに来て結構変わりましたね。
もうカルチャーショックでしたね。
カルチャーショックというか、もう全てゼロからで、
そういうお手伝いさんなどもいなくて、
しかもチリのときは妊婦生活プラス子供一人だったんですけど、
下が5ヶ月くらいでアメリカに引っ越してきたので、
アメリカに来てからは3歳児と0歳児いて、
お手伝いしてくれる人もいなくて、
夫も仕事でさらに忙しくて。
さらに忙しい?
やっぱりチリのときのほうが時間ありましたね。
アメリカのほうが忙しいですね。
子供って大きな原動力になってくるかな、もしかしたら。
特に今から義務教育が始まっていくから、
もうガッチリ抑え込み。
12:02
アメリカを抑え込む。
自分の子供のためにシステムを動けっていう気持ちになっていくのよ。
アメリカのシステムに子供をはめ込んでいくわけだから、
やっぱり私たちは外国人だから、除外される対象の一つになってるわけよりね。
除外はされないけどね。
アメリカだから除外はないけれども、
突然あるとき、ここまでよっていう線が来るんじゃないかって、
どっかで怯えてるときがあるわけ。
特に研究者してたときは、グリーンカードまでダメですよ、国籍ないとダメですよとか、
今の職場もよ、国籍ある人から順番にリボードがあるっていうのがやっぱりあるから。
それは国づくりとして当たり前でしょ。
日本だってそうだし、アメリカだってそうだし、
そういうとこにはまっていくんだけど、ここで子供を育てるっていうのは、
そこのシステムにちゃんと乗せてあげるっていうふうに思うわけ、私は。
りささん、今からはまるわけだから、
子供がよりよく過ごすために、お膳立てしたりの励ましたりのしていくわけでしょ。
そうだよね。子供はここの人だからね。
ここの人だからって思ったときのスイッチってすごい大きいと思う。
変えるスイッチよりかは、ここで頑張れよスイッチに変わっていくわけよ。
私は老いといてでも、子供だけでも、ここでうまくやってってって気持ちに。
ちょうど今ターニングポイントじゃない?まさに8月目前に。
そうですね、8月ね、新学期も始まるし。
だから一生懸命先生に選挙レーター書いたりするわけよ、私は。
どの先生ですか?
ターニーの先生とかに、自分の上司には書かない選挙レーターを学校の先生に選挙レーター書いたり。
それは終わったときに始まるときに?
終わるときかな。クリスマスのときとか。
でもゆるかさんのそこでいうと、僕が見ててすごいなと思ったところは、
学校の先生と三者面談みたいなのがあるんですよ。
それで三者面談みたいなのをしていくときに、
学校の先生が若干だけど、僕とゆるかさん最初のほうは、
僕のほうが少し英語できてたのね。
今はもう超えてるかもしれないくらいなんだけど、
そのときにより僕に喋ってくるわけ。
で、その構図が、例えばアメリカ人の旦那さんがいて、
日本人の奥さんのときにも、先生がより旦那さんに向かって喋るみたいなときがあるわけよ。
長かったときだって、2歳できた子供の三者面談ずっとやってるわけじゃない?毎年1回か2回。
小学2年生くらいまで伝えられなくて、
あとよくシステムがわかんないから、学校自体が。
何を求めてるかって学校のシステムがわかんないし、
この先生はこう言ってるけど、本当はこう言ってるんだっていう、それもわかんないから、
日本語ならさ、いくらでも理解できることがわかんなくて、
ついついたずさんに話しちゃうね。
で、そこで先生が奥さんにあんまり喋らないっていうか、自信失うよね。
15:05
子育てしてるのはこの2人なわけだし、
気持ちとしては私のほうがよく見てるっていう気持ちがあるはずなのに、
先生が僕に向かって喋ってたりしたら、やっぱりダメでしょ。
だからそれも何か質問されたことに対して、
こういうふうに答えていい?っていうふうにゆりかさんに振るようにしてた。
できるだけゆりかさんがディシジョンを持ってんだよっていうのを形として見せるためにね。
でもそんなの必要がないぐらい、学年を越えるたびに、
私の教育方針はこれですっていうのを先生にどんどん言うようになってて、
学校のテストの仕組みとか評価の仕組みとか、すごく理解するように努めた。
アメリカの学校っていうものの理解をシステムね、
私の勝手なシステム論があったしもなくてね、
日本のシステムはね、コンプリートしたね、私。
博士課程まで進むことになって、
あと教宿があるから、学校のシステム、たとえば文科省があって、
学校の先生がいてっていうシステムをコンプリートしたわけ、日本っていうものは。
アメリカはやっぱりゼロだったから、手がかりがなくて、
すごい時間かかった、アメリカのシステムを理解するのは。
とうとう子供が義務教育を得ることによって、
今、フルコンプリートされたかなってある程度ね。
でもそれを今、もう1回下の子供たちで確かめたり、
ちょっとチャットさんに聞いたりとか、アメリカ人に聞くんだけど、
年々理解するようになってきて、
自分が組み込まれるポジションを見つけようとしたのね。
それ、楽しくない?とか言って。
楽しい、でもすごい努力したんだなって。
した、した。
もうね、冒頭でするスピーチみたいなのができた。
提携文みたいな、ユリカスピーチみたいなのができた。
私の家では、私は国を捨てるわけにはいかないから、
子供たちには家では日本語も教えるし、日本文化も教えていると。
で、もちろんあなたたちの教育、アメリカでやっている先生のあなたの教育が素晴らしいから、
本当に心から信頼していると。
だから、この2つのバックグラウンドを持つことが大事なんだみたいなスピーチをするわけ、最初に。
すごい、それはもう最初から用意しておいて、それを言う。
というか、もう一回やったら、それが毎年のようになっていくから。
で、最後に先生、質問ある?質問ある?っていう風になった時に、
もう大体同じように、うちらはこういう風に教えている、こういう風にしている、
それ大丈夫か?みたいな話を最後にすると、向こうがいいよっていう風に言うような形ができてくるね。
うちらは、アメリカの学校の先生も最初に会った時に、
私はこういう風に考えて、こういう教育をしているんですよって、しっかり言ってくれるもんね。
先生のプレゼンの、あれがテンプレートなんだ。
先生が言うから、いや、先生の言っていること正しいよってほぼリピートする感じなんだけど、
私もこう思うって少し足したくらいにすると、
18:00
先生とちゃんと対等に話したいんだよってことをアピールするの。一生懸命。
すごい先生いるね。
プロゴルフのツアーを私は回っていたっていうプレゼンから始まる。
1、2分なんだけど、先生たちが自分の人隣をわって、一対一の時に話してくれて、
私は今、あなたの息子を教えることができて本当に幸せで、
それが人生の喜びだというような、
なぜ私がこういう先生を教えるのかっていうストーリーから、
皆さんの子供をこういう風に教えたいと思っている、
皆さんと協力していきたいと思っているみたいなスピーチをするわけ。
かっこいいね、アメリカの先生って。
それを受け売ったというか、そのスタイルを使ってやっているわけ。
三者面談の最初にポンってやるわけだね。
それいいね。うちも用意しようかな。
こうしたら同じことまで返すっていう。
そうすると対等になって。
でもわかんないな、チャットさんがもう18番持ってるかもしれない。
自分のお箱のスピーチを。
持ってるかも。
その時もう分け合って。
私もみたいな感じ。
楽しいよね。
そうやってアメリカの暮らしが楽しくなってきたっていうのもあって、
もすもす楽しくなるよね、りささんみたいな。
これからね、子供が楽しみですね。
すっごい楽しみ。
りささんCAに戻りたいとかはない?
ちょうどそれを今話してたところで、
やっぱり翼がまた欲しいというか、自由が欲しいというか、
日本に帰りたい時に帰れないのが、
ちょっと最近不満になってきて、
CAとかやってた時は帰りたいと思ったら週末パパってチケットをゲットして、
帰れたわけですよ、お金とかも気にせず。
でもなんか最近そういうのもできなくて、
またやってもいいかなってちょっと思い始めてます。
実際ね、子供がちっちゃいし、もうちょっと大きくなってからだけど、
それもありかなって。
やっぱりそれはCAがいい。
っていうか、ベネフィットかもしれない。
CAだとそういうチケットとか、簡単に日本に帰れるとか、
自分が欲しい生活、ライフスタイルがついてくる。
そうか、やっぱり動きたいっていう。
そうかもしれない。
ちょっと同じとこにいるの苦手かもしれない。
面白い、すごい面白い。
わかんない、でもこんな生活好きなんですけどね。
でもちょっと、もうちょっと刺激があってもいいのかなっていう。
ちょうど話したところで、チャットと。
面白い。どうなっちゃうんだろうね。
21:02
俺としては、そこで聞きたいのは実は、
なっちゃんのね、なつみさんの今回の回帰が、
自分の人生にくれるメッセージみたいなのがあるかなって思ったんです。
やっぱすごく努力を続けてるんですよね。
本当にゴールドメダルを取れるレベルになる人って。
だから、そう、やっぱり頑張ってる姿って素敵だと思うし、
輝いてるじゃないですか。
めっちゃ輝いてる。
人に感動を与えられるし。
で、やっぱりそういうのっていいなって思うので、
私ももうちょっと頑張りたいなっていうのが感じますね。
角田なつみ選手、そして、角田なつみ選手のご親族の皆様、
はじめまして。
かなでる細胞というポッドキャストをやっております。
辰と申します。
この度はですね、素晴らしい金メダル、そして団体宣言の金メダル、おめでとうございます。
たまたまですね、私たちのうちの近所にですね、
角田なつみさんの鳩子であるりささんが住んでいたことでですね、
角田なつみ選手のことを教えていただきまして、
この1ヶ月、パリオリンピックまでの1ヶ月をですね、
一緒にですね、応援させていただきました。
そしてその様子をですね、私たちのポッドキャストの中で、
りささんに来ていただいて、一緒に語り合うということになり、
このような形になりました。
忙しくてですね、音声の方の親族チェック、そして本人チェックができなかったということなんですけれども、
この音声がですね、ずっと残りますので、
いつか、もしかしたらですね、聞かれることがあると思い、
ここで音声を残しておきます。
まずね、りささん、そしてチャットさんのご夫妻に、
僕たちのポッドキャストゲストとして出ていただいたんですが、
本当にありがとうございました。
2人の人柄ももちろんなんですけれども、
その角田夏実選手をですね、応援する姿勢、また親族みんなでですね、
情報をやりとりして、その勝利を喜び、
一戦一戦にですね、全力で応援する姿勢を見せてもらってですね、
僕たちもですね、一緒に応援する中で、
まるで自分たちも親族なんじゃないかなと思うほど、
臨場感のある状況で、今回パリオリンピックを応援させていただきました。
角田夏実選手の勝利のために、その戦いのためにですね、応援する姿、
そして勝利の際にはですね、涙を流して喜ぶ姿に寄り添ってですね、
僕たちも本当に心の震えることが多いオリンピックでですね、
これまで何度も何度も見てきたオリンピックの中でも、
特別な思いの残る、心に残ったオリンピックになりました。
24:04
そのね、記念すべきこの素晴らしい勝利、
そしてこの大会をですね、
共に過ごせたことを音声に残すとということで、
このように残させていただきました。
途中、漫才などをやるというポッドキャストなので、
少しふざけたところもあったと思うんですが、
先に謝っておきます。すみませんでした。
でもね、もちろんすべての勝利、
そして戦う姿、一緒に応援する姿、
多くのものを共感できたことにね、本当に感謝申し上げます。
本当にこの度は素晴らしい成績、そして金メダルおめでとうございました。
りささんやチャットさんとは近所なので、
過ごす機会も多いんですけれども、
その人柄、そして親戚の皆さんとの関係などのお話を聞いてでもですね、
とても心温まることが多くてね、
素敵なご家族、素敵な親戚の皆さんにと過ごされているなという風に、
僕たちは感じております。
そんなりささんがね、近所にいるということで、
僕たちのアメリカ生活というのも一層ですね、
明るくて素敵なものになっております。
そういった意味でも、それをね、このポッドキャストに残せたということが、
僕たちにとってはとても大きなことでした。
改めまして、今回話題にさせていただいたこと、
そしてりささん、チャットさんとのお出会いに感謝を申し上げたいと思います。
ということで、本当にね、僕たちこのポッドキャストの中で、
こういったお話ができたことに本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。
はい、聞いていただきました。いかがだったでしょうか。
チリでの子育てはずいぶん楽しかったようですね。
そうですね。周りの人たちがすごく助けてくれるっていうお話でしたね。
アメリカは大変に感じているのであれば、
私も少しお手伝いに行きたいなと思いました。
そうね。なんかすごく印象に残ったのが、
チリでチャットさんがね、お手伝いさんを用意してくれたっていう話があったでしょ。
あれはすごくいい判断だったというか、さすがだなと思いました。
っていうのも、僕とゆりかさんが一緒に働いてたときに、
仙台で僕がポス独、ゆりかさんが博士家庭の最終学年で子供が1歳ぐらいだったときに、
小野寺さんっていうね、すごく素敵な人に週に1回か2回かな。
お掃除をお願いしたのよね。
料理までは、私は料理ができなくてごめんなさいねとか言ってたけれども、
それでも子供を見ながら掃除をしてもらったので、
僕もゆりかさんも研究で大事な時期だったからね。
ああいう方に来てもらえたっていうのはものすごく大きくて。
あとね、やっぱり研究も大変だったんだけど、
子供とともに暮らすっていうその方法を知らなかったのね。
27:01
例えば、掃除とか、お家の物の管理だとか、
ライフテクっていうのかな、テクニックっていうのかな、
そういうのが今思うと全くストラテジーがなかったなと思ってます。
多分だけど、子供が生まれたらある程度生活にいろんなものを変化させなきゃいけない時に、
お互い忙しすぎてその変化みたいなものの準備ができなかったというか、
生活がそのまま流れてたっていう感じかな。
子供と一緒に暮らすっていうのと、博士になっていくっていうのと一緒に流れてたから、
そういった意味で言うと、あの時僕ね、小野寺さんって、
その片付けしに来て子供を見に来ただけじゃなくて、
僕たちのことをものすごく励ましてくれてた。
すごく励ましていただいたの。
しかもさ、なんか、
なんかね、申し訳ないぐらい、なんか私はもう頭がいっぱいいっぱいで、
家もごちゃごちゃだし、頭も整理されてない状況に小野寺さんがいらっしゃるのね。
そして、
大丈夫、大丈夫って言って。
淡々と、あっという間に、
お家を整えてくださるのよ。
それを見て、
そかと一つ一つの家事をするときはそれだけに集中すればいいんだよなって、
後からね、
例えばアメリカに来てから、
そかって余計なものをまず持たないこととか、
あとは、
ある程度諦めること。
例えば、変な話、同じTシャツを全部揃えるとかね、
同じ大きさで揃えるだとか、
なんかいろんなテクニックはその後から、
私は人に習ったり聞いたりして、
忙しいなりの家事を効率化するってことに関しては、
ちょっと頑張ったかな、その後。
小野寺さんのその姿を見て、
すごくね、その後ちょっと整えようってすごく思った。
博士終わったら整えようと思って、
で、怒涛のアメリカ暮らしが始まって、
それまた整わなかったんだけども、
でもやっぱり小野寺さんが入ってくださったことでの参考になることはいっぱいあったな。
暮らしを学んだっていうことかな。
日本にいたからって言って、
うちら親に頼れる状況でもなかったから、
もちろん助けてもらったんだけれども、
日常のこまごましたことっていうのは。
距離がでもあったから、
それができなくて、
僕らはやっぱりそれで、
いろいろ話してね、
もうこれはそういう人手伝いを見つけるしかないって言って、
もう雇おうって言って、
雇わなきゃ無理だよってなって。
でもね、結構家の近所から来てくださったの。
それで、嬉しかったな。
やっぱりありとあらゆる手を使うしかなかったから。
日本でも私立の保育園も使ったし、
公立の保育園も使ったし、
その間、小野寺さんのようなお手伝いしてくださる方も、
そういうサービスも使ったし、
今度アメリカに来てからも保育園、
ベビーシッター、出張のときのベビーシッター、
30:03
あとはデイケアをおうちで運営してる方のヘルプとかも使ったよね。
今もアフターケア使ってるしね、
アフターデイケアって小学生を預かるところとかで。
でもそういう人たちの中にさ、
すごく子育てを支援する気持ちにあふれてる人がいてさ、
日本の小野寺さんもそうだったし、
ベビーシッターのジェネルとか、
すごいそういうのに会って救われるよね、
そういう方がいるとね。
だからそういうところがいいなと僕は思います。
ということで、今後なんですけれども、
奏でる細胞の方では、
今後はですね、まず大統領選挙がすごいことになってますので、
そう、ちょっと盛り上がっちゃってるよね。
ユリカさんから大統領選挙にまたね、
もう早いよ、プロレス。
大輔さんに届けたいコーナーということでやりたいなと思ってます。
そしてこの間述べたユリカさんが言ったですね、
奏でる健康ランド。
奏でる健康ランドですね。
え、なんだっけ?忘れちゃった。
え、忘れたの?
うん、なんだっけ?
奏でる健康ランドということで、
僕の方から糖尿病と健康情報について最新の研究内容をですね、
少しアップデートして皆さんに生活情報を出したいなと考えてますので。
ようやく科学っぽいんじゃない、達さん。
そういうところをやっていくんです。
いやいやいや、コミュニケーションなんですよ。
これは科学のコミュニケーションであり、言葉のコミュニケーションであるので。
どこからどこまで科学とかなんてないもんよね。
そうですね、あとひらくの方もポッドキャストが動き始めたのがありますので、
新しいポッドキャストを一つ、二つ、三つぐらいもしかしたらできるかもしれないので。
皆さんお待ちくださいって感じね。
はい、ということで今後とも楽しく聞いていただければと思います。
以上お相手は科学教室の先生達と、
ユリカでした。
バイバイ。
バイバイセコ。
バイバイセコ。
33:02

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