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こんにちは。このチャンネルでは、ズボラミニマリスとかいほが、ご機嫌に暮らすためのちょっとした知恵や、30代の生き方や悩み、家事、育児のこと、美容のこと、ゆるゆるお話しするチャンネルです。どうぞよろしくお願いします。
今日は、帝王切開の傷についてお話ししてみようと思います。よかったら聞いていってください。
私は子供を2人産んでいるんですけれども、2人とも帝王切開で出産をしました。
1人目の時は、帝王切開というのは、緊急帝王切開ということで、
えーと、破碎から始まって、なかなかね、上の子が下に降りてきてくれなくって、そこからね、破碎から始まったんですけど、どんどんどんどんね、こう、中の容水が少なくなってしまって、そこが多分ね、へその方が多分挟まったんだろうということで、
少しね、苦しそうなサインが出てますというので、まあ、完全に緊急帝王切開ってことではないんですけど、まあ念のため帝王切開の方が安全だろうということで、あの、帝王切開で産むことになりました。
で、分娩に至るまでね、妊娠経過としてはとても順調だったんですよね。つわりはあったけれど、それ以外にね、私、あの、病気もしたことがなかったし、すごく体力にも自信があったし、
もう全然自分は普通に埋めるんだと思ってたんですけど、緊急にね、その帝王切開をすることになって、もうその時にもう頭が真っ白になって、まさか自分が帝王切開する、これから手術になるなって思ってもみなかったから、もう経質分娩の、なんだろう、しおりみしか見てなかったし、帝王切開になった場合っていうことをね、全然想定してなかったんですよ。
で、緊急に帝王切開したままって、おそらくそういうママさんたくさんいると思います。私もね、同じだったんです。なんで自分が帝王切開?嘘でしょ、下から埋めると思ってたのに、みたいな感じでね、とてもショックだったんですよ。
で、その時はね、自分も一応ね、病院薬剤師ですから、医療の知識は多少ありましたよ。帝王切開が、あの、全然ね、ちゃんとしたお産じゃないなんて、今の時代ね、全然そんなことは思っていない。
し、帝王切開でも無事赤ちゃんが生まれるなら、それがベストだって頭ではわかってます。それでもね、やっぱり緊急帝王切開ってなった時に、とってもとってもショックだったんですよね。
で、生まれた後も、生まれた赤ちゃんは可愛いけれど、なんで普通に下から産んであげられなかったんだろうっていうふうに考えるだけで涙が出たし、あの時のあの行動が良くなかったんじゃないかとかね。
撥水してから病院に来るまでが遅かったから行けなかったんだとか、あとはもっとね、あの、臨月の時に一生懸命動いていれば赤ちゃんが下に降りてきていたんじゃないかとか、もうそんなことばっかり産後ね、ずっとそんなことを考えて赤ちゃんの世話でたくさんね、あの大変なことはあったけれど、頭の中に一番あったのは帝王切開への後悔だったんですよね。
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それが、知識ではわかっている、帝王切開でも大丈夫だよってわかっているけれど、気持ちがついていかなかったんですよね。それちょっと帝王切開ままでもし、わかるっていう方ももしかしたらいるかもしれないですね。
で、一人目の時に帝王切開でそんな状況で産まれたから、二人目をね、まだ妊娠する前からVバックっていう風に、知ってますか?Vバックっていうのは一人目を帝王切開で産んだ後っていうのは基本的には子宮内膜が薄くなってしまうので、二人目も帝王切開で産むっていうことが標準的な選択肢になるんですけれども、
二人目を帝王切開ではなく、下から産む、形実分娩するっていうのを目指すっていうのがVバックなんですよね。もうそれをずっと調べていて、一人目では腎痛も少し腎痛はあったけれど、もうなんか本当に産むときに痛いっていうのがね、どういうことかは自分は知らないままね、一人目を産んだっていうのはね、なんか経験してみたかったんですよね。下から産むっていうこと。
なのでちょっとVバックにね、どうしてもチャレンジしたくって、二人目を授かる前から調べて、授かった後もその実際Vバックをやっている病院を調べて、そこにね、ちょっと紹介状を書いて受診することにしたんですね。
で、ちょっといろんな経緯があってというのは、そこのVバックができる病院に行ったときに、そこで当たったね、産婦塾の先生の対応が、なんだかとてもね、妊婦だからメンタルが少し不安定っていうのもあるんですけど、とてもとてもなんかきつい言葉をそこでかけられて、そこの病院で産みたくないなと思ったので、やはりVバックは諦めて、二人目も帝王切開で産むことに決めました。
で、その時に後悔があったかというと、実は全然なくて、そのVバックをやりたい、下から産んでみたいっていうのを考えていたときは、もう一人目の帝王切開の後悔っていうことがもう自分の中で数年間ずっと頭の中にあって、それがもう傷として残っているので、傷自体が嫌なんではなくて、何かそれを下から産めなかった自分への後悔みたいな感じで、どうしてもね、帝王切開の傷を好きになれなかったんですね。
で、それがなんかVバックまで調べて、さらにそこのVバックができる病院まで受診をして、なんかそこまで行動したっていうふうにしたら、なんかね、目標をそこで達成した、自分は行動できたんだ、それをチャレンジできたんだというふうに思ったら、そこからね、やはりVバックはやめますと、帝王切開に。もう二人目は予定の帝王切開しますということで、向かうときにとてもね、清々しい気持ちになれたんですよ。
で、二人目はもう予定帝王切開というふうに言って、腎痛が来る前にもう入院をして、予定的にね、この日にお腹を切りましょうというので、二人目もお腹を切ることになりました。
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で、その産んだときも全然ね、後悔はなくって、とてもね、いいお産だったなって自分でも思っています。
で、今子供が3歳、下の子が3歳になったばかりで、今自分のお腹の傷を見てどうかって思うと、全然ね、好きになれたんですよ、その傷が。
5歳の娘を産んだときは、あんなにね、傷を見ては、とても後悔していた。下から産んであげられなかった。腎痛の痛みってどんな痛みだったんだろうとか、なんか、経験してみたかったなって、すごい思っていたことが、今はね、
あの、その傷を見ても、自分はこの産み方だったっていうのは、なんだ、誇らしく思えて、その傷もね、誇らしく思えて、銭湯に行っても温泉に行っても、それをね、あの、歩くことは全然恥ずかしくないし、もちろん傷は残ってますよ。
それをね、見せて子供にもね、説明するんですよ。ママはここから産んだんだよっていうのをね、子供にね、説明するのにも、子供はね、見えてるから、とてもね、イメージがしやすいみたいで。
娘はね、おままごとというか、ごっこ遊びでね、よく妊婦さんみたいな感じでね、妊婦ごっこみたいにするんですよ。赤ちゃんに興味があるのでね。
その時にも、ちょっと、あの、子供産んでくる、赤ちゃん産んでくるね、とか言って、下の子が予定定養せっかいで産まれたから、腎痛と文弁みたいな感じじゃなくて、赤ちゃん産みに行ってきますって予定定養せっかいっていう、なんだろう、産み方が娘の中ではスタンダードみたいになっててね。
そのおままごとを見ていても、自分の文弁の方法はこれだったけれど、娘は健康に育っているし、下の子も元気にしているし、もうこれこそ自分の目指していた文弁だから、
今は自分の体も好きになれたし、子供たちも元気でいるっていうことを認めてあげ、その時の自分も、傷ついていた自分も、なんかよしよししてあげたいなっていう気持ちと、今は好きになれた、そんな自分が今はいるんだよっていうのをね、過去の自分に教えてあげたいなっていうふうに思うんですね。
もしかして定養せっかいでね、産んだこととか、あとはこれからね、予定定養せっかいに向かう方とか、それであとは傷が嫌いで、なんだろう、どうにも定養せっかいを受け入れられないっていうことも、ママもね、いると思うんですけど、本当にね、時間が解決しますよっていうことと、いつかはね、その傷が好きになれる日が来るかもしれないから、
今ね、そうやって悩んでいる時間も大切にしてほしいし、傷もいつかは好きになるよっていうのをね、伝えたいと思って、ちょっとお話ししてみました。
定養せっかいの傷だけじゃなくても、いろんなね、心の傷もあるし、体の傷もあるしっていうふうにしてね、大人になってくるといろんな傷ってあるじゃないですか。
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それのね、一つ一つが時間をかけて、だんだんね、好きになって、なんだろう、大人として成熟していけたらなっていうふうに思っているわけです。
本当に妊娠・出産って、奇跡の積み重ねでできるからこそ、どのね、妊娠期間も、どのママも、どの子供も、みんなね、愛しいし、みんな頑張ってるし、
認めてあげたいし、自分のことをね、認めてあげてほしいなっていうふうに、今はね、思えるようになりました。
皆さんはどうでしょうか。素敵な一日をお過ごしください。
ご清聴ありがとうございました。