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2024-12-11 09:30

絵のない絵本 第九夜

朗読、青空文庫より

00:01
絵のない絵本
第九夜、空気はまた澄み渡りました。
幾晩か経っていました。月は上限になっていました。
私は再びスケッチをしようという考えを起こしました。月の話してくれたことをお聞きください。
私はグリーンランドの東海岸まで、北極町と
泳いでいるクジラの跡を追っていきました。 氷と雲とに覆われた
裸の岩山が 谷を取り巻いていました。
柳と苔ももがそきそろい、 良い香りのする仙王は
甘い匂いを広げていました。 私の光は弱く、
私の丸い顔も 茎からもぎ取られて何週間も
水の上を漂っている スイレンの葉のように
青ざめていました。 北極光の冠が
燃え盛っていました。 その光の輪は広くて、
光の線は渦巻く火柱のように 大空全体に広がって
緑と紅とに ひらめいていました。
この地方に住んでいる人たちが 踊りと娯楽のために
集まっていましたが、 この美しさを見ても
普段見慣れているために 誰一人
驚くものはありませんでした。 この人たちは
死人の魂は 精打ちの頭と一緒に
踊らせておけばいい という
この人たちなりの 信仰に従って考えていたのです。
03:02
心も 目も
歌と踊りにばかり 向けられていました。
輪になった 真ん中に
手太鼓を持った 一人のグリーンランド人が
毛皮も着ないで立っていて アザラシ鳥の
歌の音頭をとっていました。 すると
合唱隊は エイヤー
エイヤー アー
と それに応じました。
そうして 白い毛皮を着て
丸い輪を作って 跳ね回りました。
その有様は まるで
北極熊の 舞踏会のようでした。
目と頭が 思い切り
激しく動いていました。 そのうちに
裁判と判決が始まりました。
仲互いをしている人たちが 前にすっさゆみ出て
まず恥ずかしめを受けた者が 相手の悪いことを
即興の歌にして 大胆にあざけって
言い立てました。 こうしたことはみんな
太鼓に合わせて踊っている最中に
行われるのです。 訴えられた方の者も
同じように ずる賢く
それに答えます。 すると
集まっている人たちが 笑いさためきながら
二人の間に 判決を下すのでした。
岩山は轟き 氷塊が
崩れ落ちました。 落下する大きな塊が
途中で こなごなに砕け散りました。
それはグリーンランドらしい 美しい
夏の夜でした。 そこから100歩ばかり離れたところに
入り口の開いた 川のテントがあって
06:05
その中に一人の病人が寝ていました。 その温かい血の中には
まだ生命が流れていました。 でも
もうこの男は 死ななければなりませんでした。
自分でもそう思っていましたし 周りの者も
みんなそう 思っていたのです。
ですから その男の妻は
後になって 死人の河原に触らないでもいいように
夫の体の周りに 革の衣をしっかりと縫い付けて
尋ねました。 あんたは
あの岩の上の固い雪の中に 埋めてもらいたいの?
それなら私は そこをあんたのかやくと
あんたの矢で飾ってあげるよ。 アンゲコックが
その上を踊ってくれるだろうよ。 それとも
海の中へ沈めてもらいたい? 海の中へ。
と 男は囁いて
悲しげな微笑を浮かべながら うなずきました。
あそこは 気持ちのいい夏のテントだからね。
と 妻は言いました。
あそこなら アザラシも何千となく飛び跳ねているし
足元には 精打ちが眠っているんだもの。
寮は確かで 面白いに
違いないわ。 それから
子供たちは 泣き悲しみながら
窓に張ってあった川を 引きちぎりました。
こうして瀕死の病人を海へ 大波のうねっている海へ
連れ出そうというのです。 その海こそは
生きている間は この男に食べ物を与え
今は 死んでから後の
安息を与えるのです。
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母標となるのは 夜となく
昼となく絶えず変化しながら
漂っている 氷山です。
その氷塊の上では 精打ちがまどろみ
ウミツバメは その上を飛び越えて
行くのです。
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