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2022-10-03 02:36

#58【青空文庫】岩野泡鳴氏

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芥川龍之介「岩野泡鳴氏」

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Akutagawa Ryunosuke title:Mr.Iwano houmei

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岩野泡鳴氏 芥川龍之介
何でも秋の夜更けだった。 僕は岩野泡鳴氏と一緒に須賀も行きの電車に乗っていた。
泡鳴氏は光然と洋傘の絵にマントの肘をかけて、例のごとくこわだかに西洋の草花の栽培法だの、
詩が自読の経緯法だのをいろいろ僕に話してくれた。 そのうちにどういう拍子だったか、話題が当時評判だったある小説の売れ行きに落ちた。
すると泡鳴氏は傍若無人に、 しかし君、心身作家とかなんとか言ったって、そんなに本は売れやしないだろう。
僕の本は大抵、 部売れるが、君なんぞは一体何部くらい売れる、
と言った。 僕はいささか恐縮しながら、やむを得ず傀儡氏の売れ高を答えた。
みなそんなものかね。 泡鳴氏はさらに追求した。
僕よりも著書の売れ高の多い心身作家は大勢ある。 僕は2、3小説を挙げて、僕の側文する売れ高を答えた。
それらは不幸にも、詩の著書より多数は売れ行きがいいに違いなかった。
そうかね。 存外よく売れるなぁ。
泡鳴氏は一瞬間不審そうに顔を曇らせた。 がそれは文字通り、
一瞬間に過ぎなかった。 僕がまだ何とも答えないうちに、詩の目にはたちまち前のような
はつらつたる光が帰ってきた。 と同時に、泡鳴氏はあたかも天下を憐れむが如く、
悠然とこう言い放った。 もっとも僕の小説は難しいからな。
詩人、小説家、 議局家、評論家、
それらの資格は余人が決めるがいい。
少なくとも僕の目に映じた我、岩野泡鳴氏は、 ほとんど荘厳な気がするくらい、愛すべき楽天主義者だった。
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