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2021-11-22 04:50

#12【青空文庫】かちかち山

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芥川龍之介「かちかち山」

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Akutagawa Ryunosuke title:Mt.Kachikachi

00:01
かちかち山
芥川龍之介
童話時代の薄明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、下霧雀のかすかな羽音を聞きながら、静かに老人の妻の死を嘆いている。
遠くに物うい響きを立てているのは、鬼ヶ島へ通う夢の海の、永遠に崩れることのない波であろう。
老人の妻の死骸を埋めた土の上には、花のない桜の木が、細い青銅の枝を細かく空に伸ばしている。
その木の上の空には、明け方の半透明な光が漂って、吐息ほどの風さえない。
妻うさぎは老人をいたわりながら、前足をあげて、海辺につないでいる二艘の船をさした。
船の一つは白く、一つは墨をなすったように黒い。老人は涙に濡れた顔をあげてうなずいた。
童話時代の薄明かりの中に、一人の老人と一頭のうさぎとは、花のない桜の木の下に、互いに互いを慰めながら、力なく別れを告げた。
老人はうずくまったまま泣いている。うさぎは何度も後を振り向きながら、船の方へ歩いて行く。
その空には、舌切り雀のかすかな羽音がして、明け方の半透明な光もいつか少しずつ広がってきた。
黒い船の上には、さっきから一頭の狸がじっと波の音を聞いている。
これは竜宮の灯火の油を盗むつもりであろうか。あるいはまた、水の中に棲む赤目の鯉をねたんででもいるのであろうか。
うさぎは狸の傍に近づいた。
そうして彼らは、おもむろに遠い昔の話をし始めた。
彼らが火の燃える山と砂の流れる川との間にいて、おごそかに獣の命を守っていた、昔々の話である。
童話時代の薄明かりの中に、一頭のうさぎと一頭の狸とは、それぞれ白い船と黒い船とに乗って、静かに夢の海へ漕いで出た。
03:05
永遠に崩れることのない波は、善悪の船をめぐって、物うい子守唄をうたっている。
花のない桜の木の下にいた老人は、この時ようやく頭をあげて、海の上へ目をやった。
曇りながら白く光っている海の上には、二頭の獣が最後の争いを続けている。
おもむろに沈んでいく黒い船には、狸が乗っているのではなかろうか。
そうしてその近くに浮かんでいる白い船には、うさぎが乗っているのではなかろうか。
老人は涙にぬれた眼を輝かせて、海の上のうさぎを助けるように、高く両の手を差し上げた。
みよ、それとともに、花のない桜の木には貝殻のような花が咲いた。
明け方の半透明な光にあふれた空にも、青ざめた金色の日輪がさしのぼった。
童話時代の明け方に、獣声の獣声を滅ぼす争いに、歓喜する人間を象徴しようとするのであろう日輪は。
そうしてその下に咲く象眼のような桜の花は。
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