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毎度、ごりです。
今日は、ちょっと昔の思い出話みたいなね、ことをしてみたいと思います。よろしくお願いします。
えーとですね、僕は新旧市としてね、社会人生活を始めたんですけれども、新旧市というのはね、
職人ですよね。針石、旧市というのは職人技なんですよね。
単純にね、石骨院とか、新旧石骨院とか、そういうところに新旧院とかもね、就職して、そこで先輩から技術を学ぶというね、
そういう世界があるわけですけども、もっと言うとね、師匠と弟子というね、そういう関係がある場合もあるわけですね。
で、僕の場合も師匠はいるわけですけれども、自分の中でね、この人が師匠っていう、得る人っていうのが何人かいるっていうちょっと特殊な感じなんですけども、
僕はすごくね、浮気症というか、いいなと思ったらパッと飛びついてしまうような部分がありますので、トリガーポイントであったり、軽落治療であったり、危険治療であったり、いろいろな治療があるわけですけれども、
その時々でいいなと思った、自分のその時の感覚に合っているものにパッと入っていくんですけども、その前の先生との関係が切れてるわけではないので、ずっとこう連続性を持ったね、関係の中での学びというね、
師匠と弟子というのはね、学びの関係ですからね、いろんな、それでもね、同じ先生、同じ師匠と弟子でも、同じ先生なのに弟子の関係がずいぶんズレが生じるっていうこともあるわけですよ。
非常に厳しくね、先生が厳しく指導している弟子もいるわけですし、そうかと思えば先生も全然、好きにしたらいいじゃんっていうような雰囲気で放置というかね、放任というかね、そういう感じの弟子もいるんですよね。
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まあここらへんは何が違うのか、わからない。その先生のね、その時の感情というのは全くわかる、100%わかるわけではないんですけれども、自分もね、これだけ長いこと治療師をやっていると、弟子というか、教え子のような人はいるわけですよね。
ちょっとした、本当に小手先の技術を教えた場合もありますし、治療師としての心構えとか、そういうところも教えた方もいます。
まあそれがどうなったかというのは、それはもうその人次第なのでね、何とも言いませんけれども、やはり教えている時にですね、できる人、やっぱりもうね、10教えて10わかるみたいな方はね、
あんまり教える、あんまり細かく教えることもないわけなので、まあそれなりにね、方向性を示してあげて、基礎的なところをね、教えて、あとはもう方向を示してあげると、自分で船を漕いでいくような、そういう方もいらっしゃいました。
とっても楽ですよね。最初の漕ぎ出しが大変だった人もいますけれども、漕ぎ出しが大変でも、何かね、ふとした拍子にコツをつかむと、もうその後スーッと進んでいくっていうパターンですよね。
そういう方もいらっしゃれば、もう本当に手取り足取りマイクロマネジメントしなきゃいけないような、本当に嫌なんですよ。本当に嫌。1から10まで指導するって本当に手間なので、本当に嫌なんですけれども、言葉遣いだったり気持ちの持ちようだったり、
本当にありとあらゆることに対して、指示しなければいけない。指示したことをそのまま100%やってくれればいいんですけれども、自信のなさからなのか、指示したことができないという方もいらっしゃいますね。本当にね、イラッとはしてしまいますよね。
人間っていろんなものを比較する動物なんだと思うんですけれども、その以前指導したことのある方と、その後で指導した方とで、後の方がね、より飲み込みが悪いというかね、出来が悪いという、言い方は悪いですけど、出来が悪い方だった場合、
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やっぱりイラッとはしてしまいますよね。でもね、年齢とかね、キャリアとか関係ないんだと思うんですよね。針とかマッサージとかというのは、親指を置いた瞬間にもうその人のセンスが出てきますので、
もうね、いい人はもう親指を押した瞬間に、はい合格!みたいなね、そういう人もいれば、どうこねてもダメな人はダメ。もうこういう人もね、もちろん何人もいるんですけども、指導してて苦労してしまう部分ではありましたね。
まあでも、とにかく諦めずにね、こちらは指導するつもりでやるんですけども、どちらが先に諦めてしまうかというとね、教えられている、指導を受けている側、師匠と弟子で言えば弟子の側がもう我慢ができなくなってやめてしまうというね、
教え方が下手だと思われているのかもしれませんし、自分にその技術が合わない、考え方が合わないということでね、やめていってしまう方もいるんだと思うんですけども、
まあ、ここら辺はね、物の捉え方、解釈の仕方というのはもうそれぞれありますので仕方がないんだろうなというふうに思っています。
みんながね、みんな自分と同じような技術ができれば、少なくともね、最低限の治療師にはなれるのかなと思うんですけども、まあ、なかなかそうもいかないのが現実ですね。
どうしていいのか、自分が悪いのか、受け手が悪いのか、本当にね、もっと長い時間をね、共有することができれば自分の気持ちやら何やらが伝わったんだと思うんですけども、そこが伝えきれずに終わってしまった人がいるっていうのは本当に自分の中では悔しいですしね、反省するポイントだなと改めて思っております。
師匠と弟子というところで、まあ、ちなみにね、自分の師匠と弟子という関係でいくとね、先生と生徒というかね、そういう感覚なんですけども、何人かね、いるっていうふうに最初の方に言ったと思うんですけども、
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自分の師匠の一人と思っている先生は非常に仲がいいというかね、そういう言い方したら本当失礼なんでしょうけども、馬が合うというか話をしていて楽しいというかね、いろいろなことを教わることができた先生でしたね。
本当に楽しくいい感じで教えてくれている先生なんですけども、ある時ね、僕が大阪のとある繁華街に行った時に、その先生が向こうから歩いてくるんですね。
先生って声かけようと思ったらね、その先生の横には奥様じゃない女性がいらっしゃるわけですよ。奥様のこともね、僕は知ってましたので、奥様じゃない人とすごい親密に歩いてるなぁ先生って思いながら、ちょっと目が合っちゃったんですよね、先生とね。
これはもうね、知らんぷりしなきゃいけないなと思って無視したんです。無視っていうかね、知らんぷりです。
でね、次の日、また先生と顔を合わす機会があったんですけども、先生が、これちょっといいかみたいな感じで言ってきたんでね。
お、はい、なんですかってね、こっちもほんとにすっとぼけた感じで言ったんですけども、そしたらね、昨日本当にありがとうねと、上手に無視してくれてね、ありがとう、本当に助かったよっていうね、そんなことを言われた記憶があります。
別にね、その先生のことを脅すとかね、その先生の家庭を悪くするなんていう気持ちはさらさらないのでね、その先生がその先生の中でやってることですから、それがどうであれ、自分教わってる自分は関係ないわけですから、
勝手にしてくれよって思いながら、ありがとうねみたいな感じで言われても、いやいや、まあまあまあぐらいな感じで終わったんですけどもね、本当にそれ以外の先生でも、一人の先生はね、そばアレルギーの先生だったんですね。
そばアレルギー、結構致命傷になりうる疾患ですよね。
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その先生が、何十人とお弟子さんがいますから、そのお弟子さんの中でもそばアレルギーを知らない、その先生がそばアレルギーだって知らない弟子はいないわけですけども、
まあね、温泉まんじゅう買ってきたんですね。温泉まんじゅう買ってきたんですけども、別にその温泉まんじゅうにはそば粉は入ってないわけですよ。
なんで、別に先生もチラッとね、その裏ですね、下材料みたいなのをパッと見て、そばじゃないっていうことを確認してね、その温泉まんじゅうをパクパクと2,3個食べたんですよね。食べてお茶飲んで。
で、その後仕事も終わったんで出かけるっていうね、そういう準備をしていたらね、先生がすごいもう顔真っ赤くなってね、突然苦しみ始めたんですよね。
あれどうしたのかなって思ってね、見たらね、もう顔ほんとにだんだんだんだん紫色になってきて、あれこれやばいやつ。で、チアノゼ起きてるイコールもうやばいやつっていうね、そんな感じでしたのでね。
これはもう絶対アレルギー、アナフィラキシーが出たんだっていう感じでね。
で、知り合いのドクターですよね、そこに電話を急遽ですけど入れたらもうすぐに行くよっていうことで、その先生が、ドクターが飛んできてくれてね、
でもうほんとにエピネフリンか何かですかね、エピペンみたいなんでブスッと太ももに注射をして、で、まあ事なきを得たんですけども、その後ね、もちろん一旦急犯されて、
で、一泊して次の日帰ってきたんですけども、まあまあほんとに一瞬死にかけた気がしたんですけどもね、そんな時にまあやっぱ後からね、すぐに気づいてくれてありがとうっていう話があって、まあでもその場にいれば誰でもやりますよね。
まあ助かったって言われましたけども、その場にいれば誰でもやりましたよっていうこと言うんですけども、未だにね、顔を合わせるとああ、あの時なあ、一瞬死にかけたよ、なんていうことをね、言われることもあるわけですけども、
まあ師匠と弟子というね、関係の中でまあ一人、思い出深い先生としたら、まあね、ほんとに有名な先生なんですけども、とってもお酒の好きな先生でね、でまあ僕がこう、その先生のところで、
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まあ修行、修行、まあね、修行ですよね、してた時に、まあこう仕事が終わる、まあ8時にはね、治療院が閉まりますので、まあ先生もね、8時にはもうすっかり治療が終わった状態で準備をしてるんですけども、何の準備をしているかというとね、お酒が大好きということで、まあ飲みに行く準備ですよね。
もうあの、白衣も脱いで、すっかり普通の私服に着替えた状態でね、裏のバックヤードでのんびりタバコ吸って晴るんですけども、その時にね、まあ僕もまあ仕事が終わったんで、まあ着替えるためにロッカールームに行くと、もう僕のロッカールームのロッカーの中にね、先生の財布がドーンって入ってるんですよ。
先生の財布が入ってるって何を意味するかというと、もう今日、俺は今から飲みに行くからお前ついてこいよっていう、お前が財布を持ってついてこいっていうことになるわけですね。
いやまあ、僕もね、お酒は好きな方なので行くんですけども、まあ先生とね、一緒に行って、でまあその先生がね、お酒も好きですけど、お姉さんも大好きでいらっしゃってね。
で、まあこう、ね、飲み屋のお姉さま方にこう、で自分が心急死、まあもうそこ何回も行ってるお店なのでね、あのお店の方もよくわかってらっしゃるんですけども、まあ心急死だよというね、ところで肩が凝ってるよとかね、腰が痛いよとか言うと、まあちょっと俺はね、その筋じゃ有名だから揉んでやるよなんつってね。
ちょっと肩揉んだりね、腰をこうサワサワしたりとか、まああの、抜刀な感じで触れることができるわけですね。
うん。
まあ下水ですけどね。
もうその人いないんで、あのこの世にいないんで平気で言っちゃいますけど下水ですけど、あの、でもね、いいと思うんですよ。
本当にそんな感じで。
で、でもね、あの、まあこれはね、治療師の差がなんですけど、最初はね、下水気持ちで体を触っていたとしても、実際にこう、ちょっとこれはちゃんと治療しておかないと、後に残りそうだな、響きそうだなみたいなものを見つけてしまうとね、あの、ちょっと目の色が変わってしまうんですね。
お酒が入っていてもね、結構その瞬間だけシュッと真面目になりますのでね。
で、あの、これちょっと針持ってるかって言われて、いや持ってるわけないじゃないですかって言ってね、あの、そんな、酒のピーク時に針なんか持ってくわけないですから。
で、そしたら、あの、フルーツの盛り合わせについてるようなピックとかね、あと普通の爪楊枝、なんかをこう寄せ集めて、フォークとかスプーンとかね、そういうものも、あとお箸とかね、竹串とかいろんなものを、先っぽがこうとんがってるとか丸いとかいろんなものを、こうなん取りそろえてね、用意して、で、その女性のお姉さんのね、肩とか。
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背中とか腰とか、お腹でもね、いろんなとこですけども。
まあ、その時々で合わせた、もう、旧姓のね、まあ、針合わせの針で、ささっと刺激をして、症状をとるというね、そういうことをやると、またね、女の子たちもね、すごい先生かっこいい、こんなことできてすごいですよね、なんてね。
また先生もね、ニヤニヤしちゃってね、うそかーなんて言ってね、すごい満月だったってことを思い出しますけども。
まあね、本当にその先生なんか、飲むのが好きで、自分の治療が終わって、僕ら、まあ、弟子というかね、そういう連中が着替える頃に、今日のついてくる人間というのをね、狙いを定めて、そいつのロッカーに財布を突っ込むというね、逃げられませんからね、そのことをしたらね。
まあでも、そうやってその先生と一緒に飲みに行って、最後ね、タクシーに、もうぐでんぐでんですけども、タクシーに乗せて、お家まで連れて帰って、家の玄関にはもうね、奥様もよくわかってらっしゃいますよ、家の玄関にね、毛布とか置いてあるんですよ。
そこにね、先生置いて、ちゃんと毛布かけてね、くるんで、風邪ひかないように、靴もちゃんと脱がせてね、出かけるときにもね、ジャケット着てたりとかネクタイ締めてたりしますので、それもしっかり緩めて、ベルトも外して、楽な格好にして、お休みいただいてね。
まあ先生が僕のね、ロッカーに財布置いてっていうのがありましたけど、まあ飲み代とは別にね、もう飲んでますから、家帰るのに、まあそんな夜中あるね、運転、飲酒運転ですか、できるわけないですからね、タクシーに乗って帰るわけですけども、まあタクシー代として、まあちょっとね、もらって帰ると。
まあここらへんは自己判断で、どれくらいその日迷惑をこむったかっていうことでね、車代と迷惑かけられるよということでね、自分がそのつもりで持っていく。
まあここはね、先輩に言われたんですよ。聞いたというかね、言われて、ゴリね、お前よく飲みに連れて行かれてるけどね、ちゃんと先生の財布からちゃんと抜いてるかって言われて、タクシー代は出してますよって。
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いやそうじゃないよ、タクシー代だけじゃなくて、お前迷惑こむってんだからね、それ以上抜いていいから、適当に抜いてやっても先生言わないから、ちゃんともらっとけって言われて、あ、そうっすかって言って、それからはね、自分のタクシー代以上のお札をね、ちょっと抜く。
なんでそういうふうになるかっていうとね、師匠と弟子みたいな感じだとね、給料みたいなのあんまもらえないんですよね、対してね。
給料もらえてないのに飲みに連れて行かれて午前さま、次の日も電車とかバスとかタクシーとかで治療院まで来て帰りバイクで乗って帰るみたいなね、そういうことしなきゃいけないですから、コストはすごいかかるわけですよ。
その割に給料なんかほぼほぼ出ないですからね、その代わり治療中に着る白衣だとありとかね、あとお昼ご飯と晩ご飯も、朝ご飯も用意されてますんでね、朝昼晩と食事に困ることはないわけですよ。
ガソリン代とガソリン代くらいが出ればなんとか別に、あとは家賃が稼げれば生活できるわけですね、家賃とか高熱費が稼げれば生活できちゃうわけですけども、それ以上にちゃんと持って帰るよっていうふうに先輩に言われてね、
で、いいのかなと思いつつ、ちょっと大目に持って帰っても先生もちろん次の日財布見るわけですけどね、何一つ文句言われたことないです。何も咎められたことはないですけどもね、結構ありがたかったですね。
いい先生でしたよ。酒癖も悪いって僕らに対して当たるわけじゃないのでね、ご用気になってニコニコしてお姉ちゃんの手を触るとね、それが大好きな先生でしたね。
もう今世の中にこの世にいないのでね、今喋りながら懐かしいなーなんて思っていますけども、本当にそういういろんな先生からね、僕も技術や知識や精神治療をするにあたっての気持ちなんかも学ぶことができたなーっていうことをね、ちょっと思い出したそんなお話です。
今日はこれで終わりますね。またよろしくお願いします。失礼します。