2024-06-29 34:47

#52 今の自分を意味づける

人間は絶えず自分を「意味づけて」生きている、という田中さん。それは、今を起点として過去を意味づけることだ、そして、新たな意味づけを発見すると元気になる、という話。

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仕事でコミュニケーションを扱う 3 人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何か?を一緒に考えていくポッドキャストです。

出演者🎙️

田中 愼一 (Blog)

高木 恵子 (Facebook / LinkedIn)

中川 浩孝(twitter / Facebook / LinkedIn / note)

ご意見・ご感想、3 人に話してほしいトピック、3 人へのご質問などありましたら、以下のフォームからお送りください。https://forms.gle/ZGKtUCBn3m25Nr6J6

サマリー

コミュニケーションを極めることによって、今の自分を意味付けることが重要だと言われています。過去の経験や事実をアップデートし、意味付けすることで人間は元気になり、苦しみを超越する能力を持つことができるようです。実際、実在性はないという考え方があります。そう考えてスタートしているという話です。また、IT会社のリーダー層の評価軸やコミュニケーション力について話がされており、日本の企業と欧米の企業の違いが明らかになります。外資系企業で育ったリーダーが日本企業のトップになる例が増えてきています。

コミュニケーションから見えてくる意味付け
中川 浩孝
コミュニケーション力を究める、ゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポートキャストです。
田中 愼一
みなさん、こんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる、世界が見えてくる。 コミュニケーションの世界に携わって40年以上、
コミュニケーション命。 シン・田中こと田中愼一です。よろしくお願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界にはや転職して四半世紀以上、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住中川浩孝です。
はい。
中川 浩孝
1年越えの1回目です。はい。
高木 恵子
そうですね。
田中 愼一
ほんと1年迎えたって感じでしたっけ?
高木 恵子
そうです。
田中 愼一
ほんとおめでたいことで、あと半世紀ぐらい続くんですかね。
高木 恵子
続けたいですね。
中川 浩孝
半世紀はすごいですね。
高木 恵子
そのうち3人のアバター、AIでやってるかもしれません。
田中 愼一
AIアバター。
高木 恵子
やってるかもしれない。
田中 愼一
そうですね。ぜひ頑張りましょう。
志は高く持ったほうがいいですかね。
高木 恵子
そうですね。
田中 愼一
昨日、最近年のせいなんだと思いますけどね、
今の自分を意味付けることに非常に興味を持ち始めてきたっていう感じがあるんですね。
40年以上もコミュニケーションやってるからいろいろあるんだけども、
いったいこの40年間何やってきたんだと。
今の自分は何者なんだっていうのを、何か考えるようになるんですね。
それはやっぱりだんだん年取って、追い先が短くなってくるような感覚の中で、
自分は一体どういう意味があったのかっていうのを、
これは誰でも考えることなんだと思いますね。
それがいつ頃から始まるのかは人それぞれなんだけど、
いずれにしてもみなさんそれを考えるようになってくる。
別にこの年になってからそういうことを考えるっていうことでもなく、
振り返ってみると、基本的には人間って絶えず自分を意味付けて生きてる動物なんで。
これが若いときだろうが、あるいは中年になって等々のときでも、
やっぱり絶えず、無意識かもしれないけど、自分を一生懸命意味付けてるんじゃないかと思うんですね。
意味付けるからこそ人間って実は生きていけて、
自分が意味がないと思った瞬間に、生存が危ぶまれるっていう世界なんじゃないかなと。
だから、案外自分を絶えず意味付けていくっていうのは、
人間が生きていく上では非常に重要なポイントなのかと思うんですね。
そういうこともあって、絶えず自分は意味付けるんですけど、
何をするかというと、過去のことを思い出すんですね。
いろいろあった。過去の40年もあるといろいろありますからね。
そんなのを見ながら、思い巡らしながら考えてるんだけども、
ふと気がついたのが、単に思い出してるっていうだけじゃなくて、
それぞれの経験というか事実というか、事実が起こってるわけですけど、過去ですから。
そこに対して、自分の今の起点に立って意味付けてるっていう行為であるって、
最近ちょっと気がつき始めましてですね。
つまり、なんで昔のことをよく思い出し始めるんだろうと思うと、
やっぱり過去に起こった、自分に起こったいろいろな事象が、
今の自分に対してどう意味付けられるのか。
あのことがあったから僕は今日に立ってるんだとか、
あのことがあったからこういうふうになっちゃったんだとか、
いろいろ人はそれぞれ自分の過去が今の自分にどう関連してるかっていうのは考える動物だと思うんですけどね。
そういうのがですね、頻繁に最近出てきてる。
考え始めると、なんか面白いのは、自分の過去が新たな意味付けを発見するんですね。
新たな意味付けを発見すると、結構人間って元気になるもので、
そうか、あのことってのはまさにあの人のおかげだったんだなーって思うようになると、
人間なんか発見したような気持ちになって、自分の人生の中での発見ですよ、ある意味で言うと。
普通にあれは単なるこういうことがあったなって思ってるだけじゃなくて、
過去の経験に対する意味付けの変化
田中 愼一
あれがあったことによって今の自分があるなっていうのは、かなり大きな発見で、
そうするとこっちも元気になってくるんですね、今の自分が。
やっぱり過去から元気をもらうっていうのかもしれないんですが、
自分の過去を変えることはできないんだけども、自分の過去の、今の起点に立った意味付けって言うんですか。
今の自分にとっての意味って言うんですか、過去。
っていうのが意味付けられると、うまく意味付けられるとですね、非常に人間は元気になるかなと。
ただこれ、実はそのマイナスの面もあって、意味の付け方がネガティブだと、
今の自分に対して元気を失ってっちゃう。
中川 浩孝
ああ、そうかもしれないですね。
田中 愼一
だから、諸刃の刃って言うんでしたっけ。
そこは気をつけないと、やはり必ずチャンスにはピンチもあるわけで、
チャンスの陰にリスクありで、
やはり自分の過去っていうものを大事に意味付けていく。
それによって自分を元気にしていくっていうことを、やっぱりしっかりとやっていかないと、
そこがいい加減だと逆の効果として、
いわゆる全ての過去の意味付けがネガティブになると、
今生きるっていうこと自身に対して大きな影響を与えると思うんですよね。
結構そういう意味で、過去をどう意味付けるかっていうのは、
人間が今生きていくためにすごく重要なんだろうなと。
昨日だったかな、報道ステーションかなんかで。
いいんですか報道ステーションって実名は。
中川 浩孝
いいんじゃないでしょうか。
高木 恵子
田中さんが見たニュースですもんね。
田中 愼一
ブレイキンっていうダンス競技がありますよね。
ダンスって言ったら怒られちゃうのかもしれない。
中川 浩孝
昔はブレイクダンスって言ってたやつですよね
高木 恵子
オリンピック競技ですよ、今年。
中川 浩孝
そうなんですよね。
田中 愼一
あれでいわゆる1対1で対決するわけですよね、相手のプレイヤーと。
その中で自分の表現力っていうのを発揮し、それで競うケースなんですが、
僕知らなかったんですけど、
日本の女子のブレイキンっていうのは非常に強くて、世界的にも。
世界チャンピオンがいるんですね。
その方がもう40歳くらいの女性の方なんですけど、いわゆる草分け的な日本で。
みなさんもっと若いんだけど、40にして世界ナンバーワンを獲得してるっていうことで、
取材されていて、そのとき彼女が言ったのが、
よく人はね、自分は経験が多いからこれだけ豊富な表現力があるんだろうって言うんですけど、
って彼女が言うんですね。
でもそうじゃなくて、実は私はいつも自分の経験をアップデートしてるんですって表現を使う。
面白い表現だなと思って、自分の経験をアップデートするってどういうことだろうと。
経験って過去のもんじゃないですか。
だからアップデートのしようがねえじゃんかっていうふうに一瞬思ったんだけど、
よく考えてみれば、さっき僕が言ったように、
今を起点として過去を意味付けるっていうのは確かにある意味アップデートなんだろうなと。
あの人が言ったのは、自分をアップデートすることによって、
今の自分の表現力を出し切ってるんだっていう感じで使ってたと思うんですが、
やっぱり人間にとって今ってのが一番大事なんで。
ただ、分かってきたのはどうも過去の経験っていうものをアップデートしたり、
あるいは僕が言ったように意味付けたり、今の起点からね。
意味付けると人間っていうのは今を生きる元気が出てくるんだろうな。
あるいは今を頑張る元気が出てくるんだろうなっていうのは、ちょっと今考えてますね。
どうですかねみなさん。
みなさん、過去をアップデートするっていうか、過去を意味付けるっていうことを案外無意識でみんなやられてるんじゃないかと思うんですけど。
高木 恵子
やってると思います。
中川 浩孝
そうかもしれないですね。
なんか私、ピタッとくる例かわからないんですけど、
私、昔、その本人が聞いてる可能性がなくはないので嫌なんですけど、
昔、当時気に入らない上司がいて、すごいイライラしてたんですね。
なぜイライラしたかっていうと、私に対して細かい指示とか、こういうふうにやってほしいとか、
そういうディレクションがあんまり降りてこないっていうことがあって、
その人に対して私は、なんでこの人は何も私に言ってくれないのかなと思って、
まだ私が結構経験の浅い頃だったので、
もうちょっと言ってほしいなっていうのが多分あったんですよね。
で、その時は私もまだ結構血気盛んだったので、
その上司に、上司の上司に文句を言って、
うちの上司が何もやってくれないみたいなことを言って、相当怒ったと。
そうするとその人は、中川くんね、今後社会人人生長くやっていく中で、
上司が必ずしも素晴らしい人が上司になるとは限らないんだよって言われて、
それはその通りだなと思って、その時にすごい、
その時はそれにそうだなって思って納得させられて、
その時はそれでただ落ち着いて終わったんですけれども、
でも今30年くらい経って考えてみると、
その人ってめちゃめちゃ私に対して信頼感があったんだなっていうことを感じるわけですよ。
何も言わないでも私がやってることに対して別にそれでいいよっていう風にやっていてくれたっていう意味で考えると、
すごい心が広いなと思って、
当時はイラッとした、その後そういうこともあるかもしれないねっていう感じで悟されて、
時間を置いてみて10年20年って経ってきてみると、
なんて心の広い上司だったんだろうって、全然見方が全く逆転して。
田中 愼一
それはよく進化はどうやって進化させられるのか。
高木 恵子
その解釈が。
田中 愼一
解釈がなんでそこまで変わっちゃったのか。
中川 浩孝
でもそれはやっぱり自分がマネージする側に立ってみたりとかすると、
いかに細かいことを言ってしまおうとしてしまおうとするかっていう自分の性格というか心の中を考えたときに、
あの時になんであんなに細かいことは言わない心が広い上司だったんだろうって思えたっていう、
やっぱり自分がその立場に立ってみると、
あの態度ってすごいなって思って
それこそ本当に雷が落ちるような結構衝撃で、
あれはすごかったんだっていうことに気づいて、
意味付けによる人間の能力
中川 浩孝
本当に180度全く真逆ですよね。
その時はイラッとしたんだけど、今考えるとすごいことをしてたんだ、あの上司っていうふうに思えて、
それはなんか、
後から考えたら本当に全然違った、見方が全く変わったっていうことのいい例かなと思って、
一つ私の強烈な体験としてあるんですけど。
田中 愼一
なるほど。
でもそれは要するに意味付けが変わったって表現してる。
中川 浩孝
本当にそうですよね。
田中 愼一
なるほど。
ちょっと考えちゃうんですけど、
いろいろ今コミュニケーションの世界をやってるとどんどん付き合ってくると、
よく僕の言葉で皆さんに言うんだけども、
所詮思い込みの世界。
要は、実在性と思い込みの関係って言うんですか。
だから例えばですね、その上司の方っていうのが、
今の現時点で、ヒロさんにとっては最高の上司ですよね、っていうふうになってるわけですよね。
でも事実、その人が本当に最高の上司なのかどうかっていうのはわかんないですよね。
中川 浩孝
それはわかんないです、確かに。
田中 愼一
でも、結構人間の世界に重要なことは、事実が何であろうと、
こちらがそこをどう意味付けるかによって、人間は幸せになれるんですよ。
中川 浩孝
その通り。だって事実は全く変わっていなくて、やっていたこともそうだし、
でも私の感じ方が完全に変わっただけの話なので、そうなんですよね。
田中 愼一
そうするとですね、何が見えてくるかというと、いわゆるどう思い込むかが全てを決める。
中川 浩孝
本当にそうですよね。
田中 愼一
そうすると、人間はもしかしたら、苦しみを全て超越できる能力を実は持ってると。
何かを思い込めばいいんだと。
実在性の問題
田中 愼一
その究極モデルがまあ宗教なんだろうけども。
そうですね、確かに。
でもその実在という事実というものと、思い込みっていうね、
つまり対象をどう認識するかっていう、それによって変わってきちゃう。
もう少し踏み込んでいくと、いつも僕が疑問に思うのが、
事実って何かって話なんですよ。
いろんな人が一つの事実をみんな見てるわけでしょ。
いろんな人がそれぞれ違う思い込みでその事実を理解して意味付けてるわけでしょ。
だって人間はどうせ意味付けないとだめなんだから。
存在してるって認識した段階でも意味付けしてるわけですよ。
みんな違う意味付けをしてるわけですね。
この人いい上司、この人悪い上司、この人細かい上司って。
事実はどこに行っちゃったの?っていうね。
人間の社会にある限り。
高木 恵子
でも事実は自分で作るんですよね。
私はそう思います。
田中 愼一
そこは達観した発想ですね。
達観した発想。
要するに、それは仏教の基本理念ですよ。
高木 恵子
またそうなんですか。
事実と意味づけ
田中 愼一
要するに、実在性はないって言うんですよ、全てのものに。
そういう発想でスタートしてるんですよね。
高木 恵子
すごい分かりやすい、もっと何か分かりやすい、
多分みんなが経験してることだと思うんですけど、
例えば、すごい高いものとかを買いたいっていう時に人って迷うじゃないですか。
田中 愼一
それですよ。
高木 恵子
で、すごい迷って迷って買わない人もいるし、
でも買う人もいる。
そこの、例えば買う時の、
私もそうだし、いろんな人の話を聞いてると、
大体の人が、
その意味付けをする時に、
これは何かをした自分に対するご褒美って自分に納得させるじゃないですか。
大体の人が。
田中 愼一
そうすると。
高木 恵子
だからそうすると、
そうか、これは高いけど、
例えばあの時これを頑張ったからとか、
今年の誕生日プレゼントとか、
自分に対する誕生日プレゼントとかして、
自分が納得したら、
もう迷わないで、
すごい高いものもスッと買えるじゃないですか。
中川 浩孝
確かに確かに。
高木 恵子
あれですよね。
このロジックですよね。
中川 浩孝
それは確かにそうですね。
高木 恵子
で、結局そういう事実を自分が作ってるわけじゃないですか。
そうだこれは。
中川 浩孝
それは面白い。
まさにちょっと最近私そういうことをしてしまったので、
私の場合は、
これはアートだっていう理由で買ったんですけど。
田中 愼一
アート。
中川 浩孝
これはアートであるっていう。
価値があるものであるっていう。
最終的にはもしかしたら売れるかもしれないっていう、
その価値もあるっていう。
田中 愼一
そこはどういう根拠で、
どういう根拠でこれはアートだと思ってたんですか。
中川 浩孝
いやいや美しい本当にアート、
アーティスティックなものだなと思ったので。
それなりにもちろん根の張るものだったんですけど、
これは単純にちょっとかっこいいものとか、
そういうものではなくて、
アートであるっていう風に考えて、
それにお金を払うのは当然、
アーティストの方にお金を払うのは当然だなっていう風に
自分で意味付けて買いました。
田中 愼一
そうなんですよ。
高木 恵子
そこですよね。
田中 愼一
人間ってよく、
これは教えてるっていうか、
トレーニングの中で取り入れてる発想なんだけど、
まず人間を動かすためには、
最終的にですね、
例えばある行動を起こすっていうことを決めるときに、
二人の相手にその行動を取るときの正当性を考える。
一つは何かっていうと、
二人いるんですね。
その正当性を訴えなきゃいけない。
まず一人は自分。
それからもう二人目は周り。
つまり一つのことをやろうと決心するときに、
自分を正当化しなきゃいけないんですね。
こういうことで自分は、これはやることが正しいんだ、だから俺はやるぞっていうのを、
自分に正当化するわけです。
だから今はね、皆さんね、
正当性と認識
田中 愼一
自分はここまで頑張ったんだとか、
これはアートだからっていうことで買うわけですね。
で、今度その行動を決めたら、実際行動するわけですね。
そうすると周りに見えちゃうわけですよ。
そうすると周りに対して、今度自分の行動を正当化するための理屈が必要になるわけです。
人間というのは、意識を変えて行動を変えるときは、
必ず二人の相手を説得しなきゃいけない。
で、一人は自分。
もう一つは自分が行動を変えれば周りが目撃しますから、
その周りに対して説明していかなきゃいけない。
こういう要素が、人を動かすときの重要な要素ですから。
あるならば、そういう要素も初めからメッセージに入れ込んで相手に伝えればいい。
だから相手も、これをもらった、そうかこれで自分の正当化ができる。
周りに対しての正当化もできるっていう素材をこっちから先に提供しちゃって、
メッセージの中に埋め込んでおけばいいっていうのを教えるんですよね。
だから人間っていうのは、何をするにしても自分に対して正当化っていうか、測る。
そこをうまくやると人を動かすってことができる。
本当にね、そういう意味で言うと、
我々も日々自分たちの生きている今日の正当化?
なんで俺は生きてるんだとか、なんで俺はこういう仕事をしてるのかとか、
その正当化っていうのを絶えずやっぱり自分の心の中でやってるんでしょうね。
高木 恵子
そうですよね。それがまた自分の経験になるから、
あんなつらいこと、あんなすごいことがあったけど、
そうだ自分は乗り越えたんだってまたそれをね、
こう思うとそれがすごい成功体験になるから、そうかじゃあ、
って思ってまた何か、今こうトラブルとかなんか大変なことに直面しても、
いやいや昔こうだったから今こうあって、
自分ができてるじゃんって思うとまた乗り越えられるみたいな、
なんかその繰り返しですよね。
田中 愼一
繰り返しですね。
あとはその逆の負のチェーンに入らないことですね。
悪く悪く意味付けていっちゃうっていう。
これ気をつけないとね、本当地獄に落ちますね。
中川 浩孝
でもそのまた逆もあって、
よくするっていうか、よく捉えてしまうことによって
本当の苦しみから出られないっていう人もいますよね。
例えば
ブラック、さっきこそブラックカンパニーみたいなところで働いてしまっている人が、
これは自分が辞めてしまうとこの会社回らなくなってしまうみたいな理由で、
私はすごい頑張っている。
そういうふうに思ってしまう人もいるじゃないですか。
そこって難しいですよね、だからね。
田中 愼一
そこがだから、なんて言うんですかね、
受信じゃないんだけど、受信発想発信っていう
3つのコミュニケーションプロセスの中で、
やっぱり受信が非常に重要で、
何を正しく認識するかっていうね。
だから間違ったことを認識しちゃうと本当に、
自分は元気なんだけど、
間違って意味付けして、
それによって自分は今は元気なんだけど、
実は回っていくとどんどん悪循環に入っていくような、
っていうのもあるから、やっぱり正しく認識するってことが、
やっぱり一番重要なんですよ。
所詮は思い込みの世界なんだけども、
思い込みを循環で持っていくためには、
正しく物事を認識するっていう目がないと、
やばいんでしょうね。
だからやっぱり周りに起こってることをどう正しく認識するか。
じゃあ正しくってどういうことなのかというと、
いろいろな選択肢があるんでしょうけども、
正しく認識することを努力しないとやばいかもしれないですね。
中川 浩孝
そうですね。本当だから正しくをどう認識。
人によって認識が違うのに正しいっていうのは、
これが本当の真実一個っていうわけではなくて、
少し幅があるんでしょうから、そこが難しい。
そういう意味では、やっぱり自分以外の人と話す機会とか、
意見を交換する機会とか、そういうので調整していくっていうか、
他と自分とのずれっていうか、ちょっと違いを見ていくとかそういうことなんですよね。
田中 愼一
やっぱり外との正当性。
例えば逆に言うとさっき言いましたよね、
人間って必ず二人の相手に正当性を訴える。
一つは自分ともう一つは周りっていう。
まさにこのプロセスが実は重要で、
自分だけに正当性をやって、自分だけを説得してるだけじゃダメで、
当然ながら自分が考えたことっていうのを外に対しても触れさせて、
いわゆる外もある程度納得してもらう。
ともかくこれ納得できないって外が言ったら、そこはやっぱりどっか問題があるんですよ。
中川 浩孝
そうなんでしょうね。
田中 愼一
だからやっぱり外との接点っていうのは人間は絶対必要なんですよ。
中川 浩孝
そうですよね。
田中 愼一
やっぱり社会的動物の、ある意味宿命なんでしょうね。
人間っていうのは社会的動物だから、
絶えず自分と接すると同時に相手とも接しないといけない。
そういう意味では、自分との対話、相手との対話っていうコミュニケーションのフレームワークが、
うまくはまる感じはしますね。
この両方をやらないと人間はダメになる。
自分との対話だけでもダメだし、相手との対話だけでもダメだし。
なるほど。面白いな。
深い話にだんだん入ってる。
中川 浩孝
だからあれですよね、DVとかの被害に遭う人って、他の人との接触を絶たれるみたいな。
それでまさに他の相手との対話を奪うってことですもんね。
田中 愼一
逆に今みたいにオンラインがどんどん進んでいくと、
物理的な環境にある程度調整できますよね。
人と話すっていう。
オンラインで顔を見ながら、もちろん非言語はある程度制約されるとはいえ、
より物理的な環境を乗り越えて人とつながっていく。
つながるっていうのが重要なんでしょうね。
極端に言うと、自分との対話、相手との対話っていうのは、
自分とのつながり、相手とのつながりっていう発想を持っていくんでしょうね。
だから人間はつながりがないと生きていけないんでしょうね、いずれにしても。
自分とのつながりもなければダメだし、相手とのつながりもないとダメだっていう。
中川 浩孝
ただ仲良い人ともちろん遊ぶのは楽しいし、話すのも楽しいんですけれど、
やっぱりちょっと似てる人とかになりがちだったりはするので、
そこは自分の場合、例えば今までの会社で仕事を一緒にした仲間と、
また大学時代の友達とか高校時代の友達みたいな感じで、
やっぱりちょっと違ったクラスターというか、
ちょっと違った考え方を持った人たちの集まりっていうふうに考え、
別にそれをバランスさせようと思ってるわけではないんですけれど、
たまにやっぱり違う人と会いたいなって思うことはありますね。
バランスさせようとしてるのかもしれませんね、自分の中で。
田中 愼一
それは確かにコミュニケーションの仕事、ビジネスやってると、
実は人と会うのが仕事になっちゃうんで。
高木 恵子
そうなんですよ。
田中 愼一
とにかくとてつもない数の人間と会うことになる。
高木 恵子
そこでお腹いっぱいになりますよね。
いろんな人に会うからお腹いっぱいになっちゃう。
田中 愼一
その中にはジャーナリストっていう非常に得意な人たちもいて、
そういう意味では確かにコミュニケーションのビジネスっていうのは、
人と会うという面では恵まれてます。
中川 浩孝
普段からいろんな種類の人たちと会うことができるという環境にあるってことですね。
それは面白いですね。
田中 愼一
これは非常に重要で、
僕、先週だったかな、
あるIT業界で、それなりに有名な方で、
IT会社のリーダー評価とコミュニケーション力
田中 愼一
もともと外資系のIT会社におられて長年ね。
その後、他のITの会社の社長とか、いろんなところを歴任された方で、
ちょっと話をね、先週かな、いろいろ話をしたんですけども、
非常に面白いのが、
もともと僕もそうだろうなとは思ってたんですけども、
実際にそれをやってきた人から聞いたことなんですが、
やっぱり欧米の会社なんですけどね、IT会社っていうのは、
やっぱり基本的にはリーダー層、リーダーに対する評価軸っていうのはすごく明確にあって、
ビジネスだけじゃだめで、
基本的にはですね、ある程度役員候補というか、日本でいうと役員クラスというか、
海外でいうとシニア・バイス・プレジデントとか、それ以上上の人たちを選任するときに、
ある程度時間をかけて選任していく。
まずは候補リストを集めて、
定期的にトレーニングということで、
セッションをやるそうなんですね、全員で。
やっている中で、さまざまなコミュニケーション上のトレーニングケースというものを、
年に1回、結構時間かけて10日ぐらいかけて徹底的にやるそうなんですよ、グローバルから集めて。
その中で、このリーダーはコミュニケーション力が十分あるのかないのかっていう見極めをし、
それが基本的には、いわゆるSVP以上になるクライテリアになるっていう話をされてたんですね。
基本的には間違いなく全てのリーダーがビジネスを語るっていうことは当然のこと。
でももう一つはビジネスだけ語ってもダメと。
いわゆるしっかりとしてナラティブを語れるかどうか、ストーリーをしっかりと話せるかどうかっていう、
しかもそこでしっかりと対話ができるかどうかっていうのを基準点に選んでいくっていうね。
こういう発想って日本の企業にはないですよ、はっきり言うと。
つまりビジネスができるかできないかでトップマネジメントに昇格するけど、
対話力がある、メッセージ性があるからっていうのは評価軸に入ってないですよね。
中川 浩孝
なるほどねー。
田中 愼一
これはね、すごく大きな、
たぶん皆さん、日本の企業がまだ気が付いてない競争力格差を生みますよ。
中川 浩孝
すごい格差になっちゃいますよね、それでも本当に。
田中 愼一
本当にね、僕が愕然としたんですよ、その話聞いたとき。
僕が思っている以上に、
アメリカの企業はですね、いわゆるリーダーに対して求めるクライテリア、クオリフィケーションっていうのが、
中にも明らかにコミュニケーションっていうことがビルトインされてるっていう。
中川 浩孝
いやでもリーダーシップは、人間性っていう発想は日本にはあんまりじゃないんですかね、
語れるっていうか、人間としての魅力があるかどうかっていう。
田中 愼一
魅力っていうのは、コミュニケーション力と魅力ってちょっと違ってて。
外資系で育ったリーダーが日本企業のトップに
中川 浩孝
またちょっと確かに微妙に違いますね。
田中 愼一
日本の場合は俗人的なんですよ。
しかも、俗人的だからこそ、変に言うとコミュニケーションの原則に則ってない部分が結構ある。
高木 恵子
年功序列ですもんね、やっぱり。
田中 愼一
年功序列で。
高木 恵子
会社にいてくれた、長年いてくれた人が一番すごい良しという文化だったから、やっぱりそこがね。
田中 愼一
だから、やっぱりだいぶそういう意味では、したたかさがないって言ったほうがいい、ビジネス的な視点で言うと。
要するに、情に流される人が多すぎる。
組織的なトレーニングをもう完全に欠落してる。
だからそこの会社のトレーニングを聞いたときにびっくりこけて、
その人が言うには、僕もね、今教えてるんで、
実は重要なのは言語コミュニケーションだけじゃなくて非言語なんですよって話をしたら、通過でわかって、
言語ってのは65%非言語、35%言語って言ったら、
最近僕は、これはもうね、非言語は90%ぐらい言ってますねって言ったら、その人がですね、その通りだよと。
そこの外資系企業では90%が非言語だってその当時から言われてたっていうぐらいに、
非常にコミュニケーション・リテラーシーの高い方だったんですね。
その人もパスしたわけですよ。だから上のほうのランキングで言ったんですけども。
だからなんていうのかな、非常にね、そこに一種の危機感。日本の企業に対する危機感。
競争力格差が本当に出てくるけど、そこが競争力格差になるっていう認識はほとんどの日本のマネジメントにはない。
これは非常に由々しき問題だというふうに僕は思いますけどね。
中川 浩孝
それは由々しき問題ですね、本当に。
なんで気づかないんだろう、ちょっとそれは私にもなんか、面白いですね。
高木 恵子
そういうそこがわからない上がまた次の上を選んだりしてるから、結局この。
中川 浩孝
再生産されちゃうんですね。
高木 恵子
同じことを。
田中 愼一
そうするとね、何がここ最近ちょこっと起きてるのは、もっと大々的に送りゃいいと思うんだけど、
ちょこっと起きてるのは、外資系で育った人が日本の典型的な企業のトップになるって話なんですよ。
外資系でトップを務めた人っていうのは、さすがにそこあたりのコミュニケーション力っていうのは優れたものがあって、
だからそういうところにも求めざるを得ない。
内側からいないんですよ、そういう人が。
中川 浩孝
またそういうのが外圧なんですね、じゃあ。
田中 愼一
ある意味もそうでしょうね。
本当にね、多いですよね。増えてますよね。
名前は言いませんけども、とにかく外資系でしばらくずっとトップを張って、日本で。
そのあと日本の大手企業に入ってトップをやるって人が徐々に出てきて、
昔なんて30年ぐらい前なんてそんなの考えられなかったですよね。
そうですね。
34:47

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