1. エンジニアストーリー by Qiita
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2023-05-26 25:04

#021 30代実務未経験からゆめみに転職するまでの話〜Qiitaでのアウトプットとつながり〜

株式会社ゆめみの無職やめ太郎(本名)さんがゲスト。やめ太郎さんと番組ホストの清野隼史が 「30代実務未経験からゆめみに転職するまでの話」をテーマにお話しします。


<トークテーマ>

・やめ太郎さんの20代

・C言語とプログラミングへの憧れ

・プログラミングを始めたきっかけ

・JavaScriptとの出会い

・50社応募とお祈りメール

・アルバイトからのスタートと正社員登用

・Qiita転職作戦

・クリスマスのツイートとカジュアル面談

・Qiitaの記事がポートフォリオに


<無職やめ太郎(本名)さんのQiitaページ>

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#エンジニアストーリー

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00:01
日本最大級のエンジニアコミュニティ、Qiitaプロダクトマネージャーの清野俊文です。
この番組では、日本で活躍するエンジニアをゲストに迎え、キャリアやモチベーションの話を深掘りしながら、エンジニアの皆さんに役立つヒントを発信していきます。
今回のテーマは、30代実務未経験からゆめみに転職するまでの話〜Qiitaでのアウトプットとつながり〜、です。
今日はゆめみさんにゆかりのある方にゲストに来ていただいているので、とてもお話しするのが楽しみだなと思っています。
ということで、本日のゲストをご紹介します。株式会社ゆめみの無職やめ太郎かっこ本名さんです。
みなさん、こんにちは。僕、無職やめ太郎だよ。
株式会社ゆめみでフロントエンドエンジニアをやっております。無職やめ太郎かっこ本名です。よろしくお願いします。
最初からありがとうございます。すごい長い言いました。すみません。
ちなみに、無職やめ太郎かっこ本名さんって今回お呼びしたんですけど、本名は無職やめ太郎さんなんですか?
そうですね。こちらが日本で珍しいと言われる無職生の家族に生まれ、本当はトコモトという名前です。
ありがとうございます。今日はやめ太郎さんと呼ばせていただければなと思います。
やめ太郎さん、32歳でエンジニアになられたと思うんですけど、
32歳でエンジニアになられる方ってキャリア的にも正直珍しい方かなって思っています。
なので、そこまでのキャリアみたいなところをぜひ今日伺えてきたらなって思っています。
正直、普段も聞いた中でしかやめ太郎さんのことをあんまり知らないので、いろいろお話を伺わせてください。
最初になんですけど、32歳でエンジニアになられたということで、それより前は違うことをやってたと思うんですけど、
20代の時とかってどういうことをやってらっしゃったんですか?
そうですね。僕は高卒で大学にも行ってないので、18歳で高校卒業してフリーターやりながらバンドマンとかやってたんですけど、
結局バンドマン、ギタリストになるぞって言って高校卒業した後は大学行かなかったんですけど、
結局バンド活動もそんなせずに引きこもりみたいなことをやってたんですけど、
実家が愛知県だったんですけど、実家が神奈川に引っ越したんで、それを機に23歳から関東、神奈川に住んでるんですけど、
仕事しなきゃなっていうことで、20代はずっとその時に始めたコールセンターでの仕事をしてました。
ありがとうございます。そうなんですね。じゃあ、その頃までは本当にプログラミングとかとは全く関わりがないというか。
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でも、もともとプログラマーってかっこよさそうだなみたいなのは、22歳ぐらいの頃から思ってて、
プリーターだった時代に元プログラマーのお兄さんがいて、プログラミングに興味があるんならC言語とか勉強してみたらいいんじゃないって言われて、
C言語の本を買ってきて、1週間ぐらい勉強したことはあったので、もともと憧れみたいなのはずっとありましたね。
そうだったんですね。じゃあ、半分趣味というか、もともとプログラミングみたいなところにちょっと興味があって触っていたっていうような感じなんですかね。
でも、C言語の本を買ってきて、1週間ぐらいやってみたら、コマンドプロンプト上で動く足し算プログラムみたいなのは作れたんですけど、
ずっと黒い画面の中で足し算したりとか、こんにちはって入れたらこんにちはって帰ってくるだけの黒い画面ばっかりで、あれ、もっと簡単にGUIみたいな、
普段自分が使っているWindowsのアプリみたいなのを作れるんじゃないんだ、いつになったら画面作れるねみたいなのって、1週間でやめちゃったので、
結局30歳になるまで、合計しても1ヶ月ぐらいはプログラミングやったことあるかなっていうぐらいでしたね。
そうなんですね。最初の挫折のところはすごいあるあるだなと思っていて、僕ももともと大学でC言語を始めたんですけど、
まさにC言語を書いて文字列を入力して文字列出てきて、何が面白いんだろうみたいな。そこから僕ももっといろいろやりたいなと思っていろんなこと始めたので、そこはすごい共感しました。ありがとうございます。
そこから、IT系のコールセンターのところやってらっしゃったのかなと思うんですけど、エンジニアへの、エンジニアの方向のキャリアに変わった転機というか、きっかけとかタイミングってどういうところなんですか?
そうですね。僕は20代の頃、ミュージシャンにギタリストになりたいなと思ってたので、エレキギターを弾くのが趣味だったんですけど、
30歳ぐらいの時に、ジャズマスターっていう、フェンダーっていうメーカーが出してる、ジャズマスターっていうエレキギターを買って、
このエレキギターなんか変わった音がするなーって、面白いなと思って、ネットでそのジャズマスターのことをいろいろネットで見るのが好きだったんですけど、文字で説明されてるサイトが多くて、
このエレキギターはシャープな音がしますとか、ソリッドな音がしますみたいなのが説明されてるサイトが多くて、
なんか、もっと直感的にエレキギターの楽しさを紹介するサイトみたいなのがあったらいいのにと思って、自分で、自分でっていうか作れないんで、奥さんにそれを作ってもらったのがきっかけでした。
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奥さんはプログラミングができるんですか?
できないんですけど、職業訓練校に通って、HTMLとCSSとちょっとJavaScriptとかPHPを勉強したことがあったので、僕がやるよりは早いかなっていうことで、奥さんに紙になんか、
ジャズマスターJPとか言ってサイト名書いて、紙でデザインしたものを奥さんに入稿して、コーディングしてもらうみたいなことをやってましたね、最初は。
そうなんですね。じゃあ、最初はなんか、物作りの方に最初関心はあったというか、サイト作りとかの方に関心があって、っていうのがきっかけなんですかね。
そうですね。
そうなんですか。
はい。
ちなみに、そこから自分自身がプログラミングを始めたって、なんかどういう流れなんですか?
それはですね、エレキギターの画像をそのウェブサイト上に載せて、エレキギターの弦の音を拾うマイクがあるんですけど、ピックアップっていう部品があるんですけど、
その画像上のマイクをクリックすると、そこのマイクの音が出るみたいな。
エレキギターってそのピックアップを切り替えることで、色とが変わったり、エフェクターっていうのをオンにしたりオフにしたりすると音色が変わるみたいな楽器なんで、
それを画面上でエフェクターのところをクリックしたら、そのエフェクターの機械のランプがついて、もう一回クリックしたらそのランプが消えて、音もギターの音も変わってみたいなのを作りたいなと思って、その奥さんに。
一生懸命説明したら、それならFlash使って簡単にできるわって言ってたんで、じゃあやってもらおうと思って。
最初はプログラミング勉強する気もなかったんですけど、マテドもマテドも物が上がってこないんですよね。
直感的にエレキギターを試し弾きできるようなウェブサイトが出来上がってくると思ってたんですけど、
マテドもマテドも来ないので、どうなってんの?って聞いたら、できるんやけどね、みたいな。
これ多分できないっぽいなと思って、仕方なく自分でJavaScriptを勉強して作ってみました。そこが最初ですね。
そうなんですね。自分でそのJavaScriptもやらざるを得ないというか、自分作りたいものは自分で勉強してやるしかなかったからやったみたいな感じですね。
ちなみにその時ってどういう勉強をしてたんですかね。
もう何にも分からなかったんで、JavaScriptを書くの自体もメモ帳とかで書いてましたし、奥さんが持ってたAdobeのDreamweaverとかもちょっと使って、
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勉強方法としてはもうやりたいことを日本語で調べるだけ、Googleで調べるっていう感じでしたね。
画像をクリック、音が出るみたいな感じで検索して、コピペしてみたいな感じで何とか作ってましたね。
最初は何とか色々調べつつやってらっしゃったんですね。
そうですね。
それをきっかけに演じ合いになりたいなみたいなことを思い始めたんですかね。
そうですね。
そうなんですね。
これは面白いと思って、今までになかったようなウェブサイトを作りたいなと思った、面白いな作りたいなと思ったものが具現化できる。
これはもう自分に向いてると思って、コードも俺は調べれば全然書けてると思って、これは僕のためにある職業だと思って。
その時もそうやって仕事辞めちゃったんですよね、コールセンターの仕事を。
そうなんですね。
もうプログラマーになろうと思って。
で、辞めて勉強すればなれるだろうみたいな感じで、もう辞めちゃったので、なるしかなかったみたいな感じですね。
そうなんですね。でも最初に仕事を辞めてから、プログラミングの勉強を本格的にやりだしたって感じですね。
そうですね。
大変じゃなかったですか、実際プログラミングの勉強を始めてから。
そうですね。でも、僕本当にやりたくないことはずっと後回しにしちゃうタイプで、コールセンターで20代働いてた頃も、正社員じゃなかったので、正社員の転職しなきゃなと思いつつもずっと転職サイトすら開かないみたいな感じで後回しにしてたタイプだったんですけど、
ジャバスクリプトにはまり始めてからは、もう仕事で疲れてるのに毎日帰ってきてからドットインストールっていうサイトで、
ジャバスクリプトとかCSSの動画の授業を見たりっていうのを毎日2時間とか、もうこんなに毎日勉強するなんていうことは人生で初めてだなっていうぐらい、もうモチベーションが無限に湧いてきてたので、そこは全然平気でしたね。
そうなんですね。やっぱりとにかくプログラミングが面白いし魅力的だからこそ続けられたってことなんですね。
はい。
なるほど。ありがとうございます。
12:02
何かここまで結構プログラミング始めたきっかけとプログラミングを勉強したところのお話伺ったと思うんですけど、次そこから実際キャリアを変えてらっしゃると思うんですよね、エンジニアになるっていうところをやってらっしゃると思ってて、その時ってどういう転職活動というかどうやってエンジニアになっていったんですか。
そうですね。転職サイトで、もうとにかくHTMLのコーダーとかなんか、ウェブのコーダー、ウェブデザイナーみたいなのにもうひたすら、とにかくもう応募しまくってましたね。
最初1件応募して、お祈りメールが来て、3件応募しても全部お祈りが来て、なんか面接の日程がかぶっちゃったらまずいから、あんまり応募しすぎないようにしとこうみたいな思ってたんですけど、もうお祈りメールしか返ってこないんで、もう途中からは10件ぐらい一気に応募するようにしてましたね。
はい。
でも、30歳なんで、その時は多分もう31歳になってましたね。31歳で、学歴もないっていうか高卒ですし、で、プログラミングも実務は未経験者なので、もうとにかく50社ぐらいに応募して、ようやく3つぐらい面接してもらえるっていう感じだったんですけど、
結局その3件受けた面接も、やめ太郎様の就職活動が成功することをお祈りしていますっていう結果だったんで、もう祈られすぎて、祈りに祈られすぎて、だから自分はもしかして神なのかなっていう、こんなに祈られるっていうことは、自分は神なんじゃないかっていうぐらいちょっとノリローゼ気味だったかもしれないですね。
そうなんですね。結局その面接受けてもそこも通らなかったっていうことなんですね。
そうですね。なので、正社員にはなれなかったですね。
そうなんですね。
はい。で、いやーもう僕、奥さんもいるし、で、その時に奥さんが妊娠したんですよね。その無職でエンジニアになるぞって言ってるときに、これから子供も産まれるし奥さんもいるのに、正社員になれなかったみたいな感じで、仕方ないからもうアルバイトでもいいからっていうことで、アルバイトも含めてその転職サイトで検索して、
面接受けに行って、なんとかその時給1000円のHTMLコーダーのアルバイトで雇ってもらえて、一応エンジニアデビューできたっていう感じですね。
そうなんですね。じゃあ最初のエンジニアのファーストキャリアはアルバイトから始まってらっしゃるんですね。
そこからアルバイトはどんぐらいやってらっしゃったんですかね。正社員にはならなかったんですかね。
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確かアルバイトで働き始めてから1年以内ぐらいには正社員投与してもらいました。
そうなんですね。なかなか今お話聞いてて、やっぱり30代からの転職活動ってやっぱりすごい大変なんだなって思ったと同時に、そこをここまでやり続けられるというか、諦めずに活動をやってらっしゃったっていうのはもう本当にすごい、やっぱりプログラミングとかがすごい好きだったのかなっていうの。
そうですね。あとは僕うまくいかないときはもう基本的に世の中のせいにするっていう考え方をしてたので、30代で何の実績もないのに、自分は大丈夫だみたいな。なんで僕の伸びしろを見てくれよみたいな。
30代になって何の実績もないのに自分の伸びしろを売りにしてるみたいな。結構やばいやつでしたね。
そうだったんですね。結構自分自身の可能性も感じてたし、最初にプログラミングされたときの自分のポテンシャルというか、そこを信じ出しちゃったって感じですね。
そうですね。当時はまだ周りに知り合いのプログラマーとかもいなかったので、今になるともう周り頭いい人ばっかりで、自分そこまで向いてなかったんだなって気づいちゃいましたけど、当時はプログラミングは俺に向いてるみたいな。
世の中が俺の実力に気づいてないぞみたいに、もう無理やり世の中のせいにして頑張ってましたね。
そうなんですね。ありがとうございます。なんかすごい、やっぱりそこの思いとか自分信じることができるっていうのはすごい素晴らしいことだなって。ありがとうございます。
今は夢見さんで働いてらっしゃるじゃないですか、そこの最初のアルバイトからのファーストキャリアから夢見さんに就職するまでの流れってどういうような感じだったんですかね。
そうですね。最初にアルバイトで入った会社で、実務でのプログラミングみたいなのを2年半ぐらいやって、結構JavaScriptとかも一生懸命勉強してたので、まあまあできるようになってきてて、
でもちょっとその会社の社長さんと折りが合わなくて、よく喧嘩したりしてて、辞めてしまって、その後に一社また別のシステム開発の会社に入ったんですけど、そこもちょっと残業とか多くて、土曜出勤とかもあってきついなっていうのと、
もうどんどんどんどん僕以外のプログラマーさんが辞めていってしまって、僕と一人ぐらいしかいなくて、で、なんか自分がやっぱプログラマーがどんどん減っていくことで自分への負荷が上がっていったので、僕も8ヶ月ぐらいで辞めさせてもらって、で、無職になっちゃったので、そこからまた転職活動を始めたっていう感じですね。
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そうなんですね。2回じゃあ無職の期間があるというか。
そうですね。
そうなんですね。
はい。
無職やめ太郎さん。
はい。
で、今は無職やめ太郎さんじゃないですか。
はい。
無職だった時代があるんですね。
そうですね。なので、ユメミ社に入社する前の、もともとは会社やめ太郎っていう名前が流行ってたんですけど、
確かにそうでしたね。
はい。なんていうか、キータに記事を書き始めたのその頃で、なんか最初にエンジニアになろうとした時に、応募しても応募しても面接してもらえなかったっていうトラウマがあったので、
普通になんか履歴書を書いて面接を受けても会っても、なんかそんなんでは自分の良さは伝わらないみたいなことを思って、
で、その頃に調べ物をしてたりすると、キータのサイトが出てきてたので、
このサイトになんか面白くてわかりやすい記事を書き続けて、で、バズって有名になって、そしたらもういろんな会社さんが、おもろいやつおるでって言って、
この子ヘッドハンティングやーって、ヘッドハンティングっていうかただの無職なんで、どこのヘッドでもないんですけど、ハンティングしてくれるんじゃないかなっていう甘い考えでしたね。
そこらへんがきっかけでキータのアウトプット活動も始めて、なるほどありがとうございます。
実は当時からヤメタロウさんのアウトプットが始まったタイミングから僕ヤメタロウさんの記事ずっと読んでて、
当時からやっぱりそのいわゆる関西型言語というか、すごいインパクトのある記事書いてらっしゃる方いるなと思ってて、
本当に2、3記事とかでいいねとかもすごいついて、キータでも一気に話題になってた印象があるので、やっぱりまさにそのもともと目的にしてた、
キータでアウトプットして注目を集めてハンティングしてもらおうみたいなところがうまくやれてる方なんだなって。
最初はやっぱり何記事かは全然いいねがつかなくて、
そうでしたっけ。
結構、でも4記事目ぐらいではもういっぱいいいねついてたかもしれないですけど、
最初はもう1記事目で僕はもうドカンといくみたいな、すぐにバツって。
そんぐらい自信があったんですね。
そうですね。書いたこともないのになぜか自信はあって、
ひろきだいちさんも伊藤純一さんもスインさんもラナックアールさんも、
もう全員ぶち抜いて、1年後には僕が1位になってるって思ってましたけど、
いまだにぶち抜いてないですね。
ありがとうございます。いやでもなんかもう本当に直近だとここまでの勢いで、
本当にヤメタロウさん、今もトップコントリビューターのところで表彰をさせていただいていると思うんですけど、
すごい本当にみんなにとって価値もあると思いますし、
やっぱとにかく読んでて面白い記事を書いてらっしゃるなってところで、
1キータ運営としてもすごい感謝してます。
21:01
ありがとうございます。
そうですね。今アウトプット始めたきっかけみたいなところとか、
キータでの活動のお話を伺ったかなと思うんですけど、
そこから最終的にユメミさんに転職してらっしゃると思います。
そこってどういう流れでユメミさんに転職することになったんですか。
そうですね。当初の予定では、面白くて分かりやすい技術記事を書き続けていればバズって、
いろんな会社さんからヒクテンをまたになって転職成功っていう予定だったんですけど、
結局いいねたくさんもらえる記事は何本も書けたんですけど、
なぜかどこの会社さんからもスカウトみたいなのは来ず、
キータ転職作戦失敗かと思ってたんですけど、
なんとかこのキータ絡みで転職したいなっていうこだわりがあって、
ここはちょっと幸せの青い鳥作戦やということで、
青い鳥のサイトにクリスマスイブにですね、
ツイッターに誰か仕事くれへんかワイニークリスマスプレゼントで食をプレゼントしてくれやってクリスマスイブにつぶやいてみたら、
株式会社ユメミのカリポリ君っていう子が、確か当時23歳ぐらいの若者が連絡くれて、
もともとそのカリポリ君とはお互いキータの記事を読んで面白いなって思い合ってる中で、
聞いたきっかけでツイッターで相互フォローになってたので、
一応キータ転職作戦成功かなっていうような感じで、
初めてカリポリ君っていう子と今録音してる渋谷の街で待ち合わせして、
カジュアル面談って感じで焼き鳥屋さんに行って一緒にお酒飲んで、
応募してみなよって言ってもらえたんで、ユメミに正式応募して、面接受けてなんとか就職できたっていう感じですね。
ちなみになんですけど、ユメミさんに就職できたと思う理由というか要因って何かありますか?
でもユメミの一時面接を受けに行った時に、
その面接官の方が開講一番キータの記事読んでますよ、面白いですねって言ってくれてたので、
やっぱりプログラミングについてなんか面白くわかりやすく言語化する能力みたいなのを証明するじゃないですけど、
そういうすごくいいポートフォリオにキータの記事が最高のポートフォリオになってたんだなっていうふうに感じました。
じゃあやっぱりそのキータの中でのアウトプット活動ってところがある意味で自分の履歴書というか、
最初ちょっとモック的にしてたところはある程度そこで実現できたっていう感じなんですかね。
そうですね。
遠いかもしれないですけど、きっかけはやっぱりキータのところでつながりがあって、
24:03
そこからイメミ社に入社できたっていう感じなんですね。
そうですね。キータでお互い、カリコポリ君も僕も記事を書いてなかったら出会ってなかったと思うんで、
本当にキータ様々で、キータのおかげでイメミ社に入れたと思ってます。
本当に運営妙理に尽きます。ありがとうございます。
ありがとうございます。
ヤメタロウさん、今日はありがとうございました。
まだまだお話足りないので、次回もヤメタロウさんとお送りします。
今日はヤメタロウさんと30代未経験からエンジニアに転職、キャリアを変えていくっていうところについていろいろお話を伺ってきました。
やっぱりいろいろ話を聞いていく中で大変な面ありつつ、自分が好きなものとかをちゃんと熱意を持ってやり続けるっていうのがすごい大事なことなんだなって今回お話を聞いて感じました。
僕も頑張っていこうかなと思います。
さて、この番組では感想や質問、リクエストなどお待ちしております。
番組詳細欄にあるリンクよりお気軽にご投稿ください。
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お相手はKiitaプロダクトマネージャーの清野俊文でした。
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