SCP-CN-590 ファイル6まで読んでいきました。通信記録ファイルセットを読んでいきます。
ホイ5の最後です。
暗号かずみ、通信01バックアップ。複製体059様。マザーの方の059ですね。
大変お世話になっております。
あなたの要求に応じて059-チャイルドの命令により、こちらに転任することになった機動部隊隊長のあぜくらです。
もう1年ほどこちらで勤務していましたが、直接お目にかかることはなく、この1年間あなたの命令を遂行しただけで、あなたの人柄について、それが私の知る先生と同じかどうかについて全く知りませんでした。
しかし今ではあなたのことは十分に理解しているつもりです。
ただその理解の手段が少々手荒だったことをお許しください。
このすべてを知る前は、丸め込まれたまま059-チャイルドの命令を何も知らずに従ってきたものですから。
でもおそらく彼が招待下した最も失敗だった命令にして、私が生涯受けた最も幸運だった命令はあなたの配下になることでしょう。
私はようやく正しい道を見つけた気がします。
最初は機動部隊の総係で059-チャイルドの命令通りにあなたの不在を狙い、あなたの端末に侵入して、その中にある暗号化された機密資料をいくつか複合化しました。
しかしそれを読み、マザーの事件について理解を深めていくうちに、私が信じていたすべてが次々と破られていきました。
実は、インシデントCN590-Bの収束後に、
ウージューが隠蔽しきれなかったあなたが書いた財団宛の公開書を読んだ時から、何かがおかしいと思ったものです。
けれど事実はまさかこんなにも、とても耐えられません。
でも絶望に耐えきれず自ら命を絶ったマザーの私より、私は幸運です。
なぜならば、命の恩人だった全人類のために全てを捧げる英雄と歌われるO5-9の本性がわかったことで不信感に打ちひしがれる私は、
複生体の私のように発砲塞がりの状態にいるわけではないのですから。
私は未来の彼を、O5としての信念を取り戻し、再び全人類の精神と命運のために戦ってくれる彼を見つけたのです。
そのO5-9と呼ばれる方に、私がチャイルドのO5-9に捧げてきた全ての忠誠を捧げる価値があります。
かつて私が希望を持って財団に入り、O5-9の部下になったのは、
彼が私とウージューの命の恩人で私たちをここまで育ててくれたからだけではありません。
まだ権力臨界症に囚われていなかった彼に、
人類の未来への理想と信念を守るために身を投げ出すべし、ということを教わったからです。
チャイルドの彼に夢を望めない今、再び夢を与えてくれるあなたこそ、私がついていくべきお方です。
ウージューがなぜまだ彼についていくことを選んだのか、
なぜメールで彼にまるで赤の他人同然に媚びへつらうのか、
私はずっと疑問に思っていましたが、今ならわかります。
ウージューは理想より恩返しを選んだのです。
あの人がどんな状態にいるのか、どんな境地に至ったのか、ウージューはきちんとわかっているはずです。
記憶の中の先生のために、ウージューはまるで赤の他人同然に媚びへつらうことで、
権力臨界症でまるで赤の他人同然になってしまった先生を救おうと、
先生に永遠に忠実に仕えるという誓いを果たそうとしたのです。
その行為は理解できますが、賛同するつもりはありません。
私は私が欲する理想を、全人類のための奮闘を選びます。
なので、度が過ぎたお願いなのは重々承知していますが、
私及び志を同じくする機動部隊隊員らは、
チャイルドでの計画の実行者になること、マザーの計画へ参加すること、
人類共同体の未来の開放のために戦うことを希望いたします。
本当の事実を見せてくれた、真の理想の方角と奮闘の道を指し示してくれた命令と
偶然に感謝いたします。
最後に、あなたのことをかつてのように先生と呼ぶことをお許しください。
先生、私、アゼクラは、元信者の偉大なる事業に参加することを希望いたします。
その証明に、私及び機動部隊の全員は、トリガー式ミーム抹殺エージェントの接種をお受けいたします。
アゼクラ 2016年2月6日
アゼクラ君、おそらく他の者は、これがただの偶然にして最良の結果だと断じるだろう。
私が実行してきた計画の中でも、今回のは特にリスキーな部類に入る。
だが案の定、私は運がいい。
ようやく君を迎え入れる日が来た。もうこの日が永遠に来ないとも思った。
正式の場ではないが、ようこそ我々の輪の中へ。
ここで宣言する。今よりアゼクラはデアトリス計画に参加し、人類精神の救い手となることを。
願わくば、君がまだかつてのように理想に献身できることを。
O5-9 チャイルド 2016年2月7日
チャイルドっていうのは年号の方に書いているので、このO5-9はおそらくマザーの方ですね。
続きを読んでいきます。
暗号かずみ、通信57バックアップ。
O5-9様、先生、前回に続いてもう一つ質問があります。
歴史分岐器が完全に作用していた時期に、チャイルドとマザーとの間には、移転不可のアノマリー以外にまだ別の際があったようです。
私が思うに、おそらく最大の違いは天命教でしょう。
当時の侵入で入手した資料に対する分析によると、天命教に対応する宗教がチャイルドに存在します。
ただ、その名前が異なります。先生ならばその原因がわかるかもしれません。
しかしその前に、まずこちらの資料をご覧いただきたく思います。
暗号かずみ、添付ファイル。
道教神話体系、道家思想借議、道家歴史騒乱、道の家、道教関連アノマリー。
最後の資料ですが、これもぜひご覧いただきたいと思います。
計画で言及されたアノマリーの移転は、歴史が同一であることを前提としています。
なので、歴史が既定の軌道を逸脱すると関連するアノマリーは多大な影響を受けるかもしれません。
あぜくら、2016年3月10日
あぜくらくん、資料が多すぎる。申し訳ないが、この2日間で消化しきれなかった。
だが、君の質問に対しては答えることができる。
その原因については私もわからない。私にも全く想像できなかったのだ。
すでに読んだ部分だけでも、歴史分岐器が許容する偏差値を遥かに逸脱している。
この道教と呼ばれる宗教は、天明教に相似する部分は神話体系だけだ。
それを除くと、その創設者や歴史などについては全く別物だ。
しかも天明教に比べて、この道教はあまりにも奥が深すぎる。
マザーの天明教は、同時期の他の神学体系よりも遅れをとっていたのだ。
まるで古代文明の多神教のようだったそれが、マザーであんなにも長く存続できたのが不思議だった。
それに改造される前に、ごく稀に道教に似た思想の欠片が生まれることもあるが、まとまった思想体系がなかったとも言える。
このように全く違う宗教の影響を受けて、この宗教以外の文化がほぼマザーと同一な中華文明ができるなんて奇跡にほかならない。
歴史分岐器の効果だったとこじつけたい気分だ。
しかし、もっと恐ろしい。
そう、恐ろしいのは、そのアノマリーのリストだ。
ほとんどのアノマリーは察して問題ない。
歴史が道教と関連づけられたこと以外、その性質、名称はほぼマザーの天明教関連アノマリーと大差ないのだ。
だが一つだけ不安に思うものがある。
SCP-CN-059のことだ。
マザーではもっと未来に現れるはずだった人間が、このアノマリー関連ですでにチャイルドに現れている。
しかも、マザーの同じナンバリングの報告書に比べて情報量の差が大きすぎる。
マザーのSCP-CN-059はただ、神の元気の原、草、神元草と呼ばれる植物で、食べれば使用者に他人の寿命を吸収する能力を与えるというものだけだ。
寿命の交易どころか、それを基礎に文明が出来上がるなんてことはなかった。
保身の策としてあれを使っていたから、私はよく知っている。
詰まるところ、この件は確かに不思議だ。
何かが隠されているに違いないが、私には見当もつかない。
これだけでなく、あと一つ不安に思うのは道教の印だ。
君が送った資料で、それは大局と呼ばれているが、どこかで見たことがある気がしてならない。
それも非常に重要な場で。
最近の精神状態はあまり良くない。健忘症もひどくなっているのだ。
それを考えるたびに、頭の中に刺されたような痛みが走る。
まあともあれ、この件はいずれ時間を割いて対処する。ただ、今はしばらく放置だ。
059様、人類の未来のためにこのアゼクラ確かに受けたまわりました。
人類精神のために。アゼクラ、2016年4月17日。
以上で保育をかっこ非表示を終えます。
これ3つ目の文章を読むときに複生体の方ですねって言いましたが、
マザーがオリジナルなんですよね、確かね。
なのでチャイルド目線での複生体ってことですね。私が言ったのは。
で、私が自殺をしたのはマザー側なんだな。
オリジナルの方の私が何かに絶望して死んでしまった。
で、チャイルド側がマザー側の本心、本当の計画、本当の成り行き、
諸々を知って、自分が本来使えるべき059はもう堕落してしまった。
権力臨界症に溺れてしまったので、っていうことですね。
だから裏切ったというか、表だったっていう感じですかね。
では、非表示がついていない保育を残り時間いっぱいまでやっていこうと思います。
保育。
ウージューと0513の面会記録、どちらもかけ括弧がついているので複生体、マザーの方ですね。
テキスト転写。
前期。
この面会は2024年2月3日に行われた。
近年、SCP-CN-590内に発生した唯一の重要イベントである。
マザーのウージューは何らかの瞬間移動手段で地球に転送されたと思われる。
注目すべき点として、ウージューが0513の執務室前に突如現れた時、髪型と身だし並みは共に乱れており、その場で書類を片手に数十分立ち尽くしていた。
その間、もう片方の手は強く握りしめたり、十数分間、拳銃を取り出して執務室に向かって構えたりしていたが、やがて銃をしまった。
もうしばらく立ち尽くした後、ウージューは身だし並みを整え、執務室に入る。
記録開始。
ウージューが0513の執務室へ入室。
13。
スーツに気にしながら呟く。
またきつくなったか。
はぁ、これが最後の一着なのに。
破れるとマザーから仕入れるのは大変だぞ。
クソが。
顔を上げ。
誰だ?
ウー。
眉を潜める。
リーランの前任者は誰だ?
ウージューは13の質問に答えず、そのまま机の前へ来る。
ウージュー。汗で濡れた書類を両手でゆっくりと渡す。
超試験。
だったかな。
右手は机につけ、動きに力が入っていないように見える。
今の職はあなたに任されたものなので、礼儀だけは尽くします。
声を震わせながら。
0513様、
ご、ご親恩、ご親恩代理人の儀式中の助手から渡された権限書類によると、
私は再三に確認しましたが、
その助手は確かにマザーの任意個体に対する生命の支配を行使する権限があります。
制限は32人以内。
その、その命令により、あなたを通じて、
051、052、053、054、056、057、058、
間をとって目を閉じる。
05、059、0510、0511に自災命令を言い渡す。復活は不可です。
数秒の沈黙。
辞任届を出します。礼儀は尽くしました。
権力輪回転での生活がさぞ愉快なものになるでしょう。
先生に何かがあれば、目を大きく開いて0513を見つめる。
あなたは後悔することになります。
宇宙はその場を離れようとする。
13、目を見張り、口を大きく開いて数秒の間を置くと、
困惑の様子で周囲を見、やがて去ろうとする宇宙に視線を向け顔を上げる。
神よ、若干声を枯らしながら、
ついにやったぞ、はっはっは、ついにやったぞ、
大敵は去った、大敵は去った、はっはっは。
宇宙は足を止める。
13、笑いをこらえる様子で、
君、君たちがまさか本気で私が権力輪回転にかかっていると思い込んでいるなんて、
はっ、口を押さえて笑いを止める。
そんなこと誰が言ったのさ。
本当に、本当におかしくてどうにもならない、
はっはっは、君たちが内通者を炙り出そうとあれこれをやる度に笑いがこみ上げてくるものだよ。
私がO5だからって、人類を愛する高尚な品格を持っているからって、私を対象者から外しただろう。
これっぽっちも私のことを疑っていなかったなんてな。
私だってそんな品格を持ちたいがな。
残念ながら、この命は神に拾われたものだ。
宇宙は突如左手を来客用椅子につけ、体を支え、右手で眼鏡をかけ直すも斜めにしてしまう。
その後、右手を震わせながら腰につける。
13
ようやくだ、ようやく、ずいぶんと長い間待たされたものだ。
はっはっは、9の老戒がようやく引っかかってくれたのだ。
宇宙君を恨むなら私を恨むなよ。
9と7の連中が悪いのだ。
チャイルドの財団から情報が入った。
チャイルドの宇宙君や財団の公式報告書から、正真正銘、決定的な証拠をな。
いわく、9と7が保守派に潜入したO5と結託して、議会の政権を武力で奪取しようと企んでいる、と。
しかも、マザーの全天命教徒と四星協会組織も全て粛清しようとしていると。
内部分裂を目論むばかりか、神に抗おうとするなんて、この死にたがりが。
宇宙は右手で銃を取り出そうとするが、左手でそれを抑える。
13、魔王をいて、手でペンをいじりながら。
だが、これほどの朗報が入ってくるとは、さすがの私も困惑してしまうものだ。
軽くため息。
9が自ら死の道を選んだ以上、私はもう包み隠す必要がない。
ああ、この数百年間ずっとどういう思いをしてきたのかわかるか?
退屈だ。
本当に、本当に退屈だ。
退屈だけじゃない。
ペンを置く。
他に何があると思う?
吐き気さ。
吐き気がするだけでなく、戦線強強としていたのさ。
戦線強強と。
ホログラムプロジェクターを思いっきり叩く。
君もわかるだろう?
9は権力に執着していないように見えるが、思えば全てを取り戻せることをな。
心音台。
それの言ったことは冗談とでも思っているのか?
ウージュ君、君がよく知っているという彼が、失墜したと思う彼が、一体まだ何を掌握しているかわかるか?
君には黙っているかもしれないが、彼自身がよくわかっているに違いない。
今、マザーにおいて一切の権力の源は、我が神の何者にも、ほぼ何者にも打ち負けない力によって維持されているのだ。
つまり、それに認められた者だけが、真にチャイルドを統治する権力を有するということだ。
それが誰なのかさすがにわかってきているだろう?
彼はただこの全てを手放しているだけだ。
彼が欲しいとさえ思うと、権力の構造なんて彼の思うがままじゃないか。
身出し並みを整え、立ち上がり、窓越しに遠くの意識復活装置を眺める。
本当にもう我慢ならない。
さっきの言葉もかねてより言いたかったことだ。
そして今、ついにはばかることなくそれを愚痴にすることができる。
振り返り。
我が神のおかげさ、天明教教徒の暴動で非人道的な扱いを受けていなければ、
無惨な死に方をしていなければ、神によって復活されていなければ、
まだおかしい正義を振りかざしてくだらない原則を堅持して、
意味もないO5の職務を全うしていたところだ。
真に役に立つことが何かも知らずに。
思い切り机を三回叩く。
私が無惨な死を遂げたあの時、ナインはどうしていたのさ。
南極の表面へ何分間か土下座して、何ことか喋って、
それで何かされることもなく、また世界の大統領だと。
いいだろう。権力輪回転にかかった彼が、
我々が生涯をかけて守ってきた世界を無茶苦茶にしたことはもういい。
競り上がって我々を名ばかりの参謀部とやらに追い込んだことももういい。
あの時の私も甘かったものだ。
疾患者だから彼のせいではないとも思った。
戦後は生かしてくれて、いい職をくれるから、まあまあ良かったじゃないかと思ったよ。
それが何だ。
クソだったのさ。
私が無言らしく死んだのは誰のせいだ。
彼のせいじゃない。別の誰かのせいでもない。
私のせいなのさ。
私が何にでも順応しようとしたせいなのさ。
このクソみたいな世界を守って、クソみたいな人類を生かして、何になる。
鉄の拳より有用なのか。
人類の精神やらO5の名誉やらが何になる。
生きることよりも重要なのか。
結局、君たちに権力輪回転の罹患者と呼ばわりされる。
たわけが、悪行の限りを尽くしたナインがツヤホヤされるなんてことあってたまるか。
ウージュの右腕は垂れ、若干中腰になりながら、左手は椅子の背もたれを押さえている。
右手でウージュに指さす。
教えてやろう。神に復活させてもらったおかげで、自分の生き方を見直す機会があったのだ。
覚えておけ。手に力がある時だけ、頼れる力がある時にだけ、心配せずに人間みたいに生きることができるのだ。
大層いい生活をしているようだが、君には無知で叩かれる感覚を知るはずもなかろう。
ましてや火炙り、皮剥ぎ、肉を切り落とされる感覚を。
私は、私は自分の右腕を、あの狂った天命教教徒どもに焼かれる情景をただ眺めて、
アノマリーで命を流らえた副作用で気絶することもできなかった。
口を塞がれ、絶叫をあげることもできなかった。
ただ、ただ眺めて、眺めて、命を?精神?復活させられた時から私は分かってしまったのだ。
そんなものより、苛まれずに生きる方が大事だと。
しかも、息継ぎ。
しかも、今日という日まで、この数百年も待ったことが起こる日まで、私はずっと戦線恐々としていたのだ。
数百年間の努力が水の泡にならないように、吐き気をこらえて権力輪回転を偽装してナインの注意を逸らしてきた。
それで彼に気づかれないうちに議会の絶対多数を保守派議員にし、正々堂々とマザーの権力機関にも手を出すことができたのだ。
そのおかげで、ナインが自ら死の道を行かなくても、一線を交えるための駒は揃えてある。
称賛はほぼないが、少なくとも彼に言いなりだった頃のようなゼロではない。
はっ、笑いが込み上げてきただろう。
数百年も気持ち悪いキャラを演じて、ただ注意を逸らすだけなんて馬鹿の所業だっただろう。
はっ、確かに笑える。
だが力不足の私にとってはこれが機会になるのだ。
数百年も我慢したものだ。
我心小短と言ってもいい。
それは何のためだ。
今日のためなのさ。
それに認めてもらい、合法的に統治権を、マザーの全てを首中に収め、生きるための今日にたどり着くためさ。
数秒間を置いて席に戻る。
失礼。
だが私の努力は無駄に終わることはなかった。
退屈な数百年間、吐き気がする数百年間を乗り越えて、ようやくこの時が来たのだ。
ああ、全くだ。
ここで月光しても意味がないというのに。
私の欲しい全てがようやく手に入れられるのだ。
月光して何になる。
しかし本当に腹が立つものだ。
身を乗り出してしげしげと顔色の悪い憂愁を見定める。
この様子だとカマじゃなく本当のようだな。
ほっとしたよ。
しかし君を見ていると過去の悪い記憶ばかり思い出すな。
他人からすれば私は絶大な権力を持ち、誰でもひとひねりで潰せるように見えていた。
だが知っているか?
目撃者の処理のような難易が気軽にできることでさえ、私は注意深くやらなければならなかった。
あの件は知らないかもしれないが、あれは本当に窮屈だった。
チャイルドのウージュ君を君と間違えた時、意識復活装置がある限り復活だってできるとわかっているのに、歴史変差のことがばれないように、
毒と記憶処理剤入りのお茶を飲ませるのも、ナインの報復を恐れてずいぶんと躊躇したものだ。
だが、この全てが過去になる。
ナインが重厚に向かって死に、それで私が解放される情景を想像すると、笑いが耐えられない。
全てがこんなに完璧になるとは。
ああ、そうだ。チョコレートを食べるかい?
心配無用だ。毒なんて入ってないぞ。今さら君をはめるなんて必要ないからな。
乱暴に机に置いたチョコレートの箱を持ち上げ、強引に開けようとする。
力の入りすぎか、スーツの脇が破れる。
はっ。
枯れたような笑いを発し、その後、口を開けたまま沈黙した。
粗い呼吸を抑え込もうとする様子を示した。
ようやく破れてくれたか。窮屈だったものよ。
破れた方の袖を引きちぎり、スーツを脱いで、適当に地面に投げる。
その後、包装紙を剥いて、チョコレートを食べ始めた。
部屋、隅の監視カメラからの映像によると、O5-13が話をする間に、
ウージュはずっと地面に俯いたままの姿勢を保っている。
ただ、話の後半で、動向が惨大していた。
13
チョコレートというものは、甘みの中に苦みがある。
私の境遇とまさしく同じではないか。
もう芝居を討つ必要もなく、全てを奨学し、生きるための力を手に入れたが、苦みは味わえなくなるものだ。
勝利が早くも訪れてくれたおかげで、数十年も入念に仕込み、
完遂するまで何百何千年を要する計画も、結局途中までしかやらずじまいだ。
人が生きるためには楽しみが必要さ。
特にこの、何をやっても数十数百年かかるところではなぁ。
権力輪回転を偽装したのは確かに退屈で吐き気がするが、演じることの楽しみは多少なりともある。
長期化するばかりの計画も、実行していると楽しく思えてくる。
史上の楽しみが訪れる今、あんな小さな小さな苦い楽しみが、今後はもう味わえないのは実に残念だ。
計画のことは誰にも伝えていない。レーニン君にも、トーノ君にもな。
信頼できるものは自分しかいない。だが今、もうどうでもいいことだ。
ナインは死に、計画を喋ったところでどうってことはない。
是非、君にもその残念さを知ってもらいたいものだ。
演じることの一番の楽しみが何かわかるか?
微笑み、宇宙を見る。
稚拙な演技をわざと披露することだ。
演技が稚拙なほど、権力に夢中になっているように見えるほど、ナインは私のことを軽視する。
何も知らない彼を見ていると、ますます楽しくなってくるのだ。
旧神派を追放したことに随分と余裕のようだったが、どうせ無くしたらいつでも取り戻せると思っていただろう。
残念だが、独裁慣れした彼は知らない。
配下を人間として、兄弟として扱ってこそ、その恩恵を受けるものだ。
消耗品として扱えば、いずれ足を救われることになる。
権力輪回転を演じきっていると、他の者にもわかってもらえなくなったのが実に遺憾だが、今日のことを見れば理解してくれるだろう。
計画が続行された場合、君以外の全員が彼を裏切れば、ゆっくりと仕掛けて、偶然を装って決定的な偽証を作ってやるつもりだ。
そうすれば、時間こそかかるが、今日のように彼は終わる。
まあ、私にとって時間は大して問題ではないがな。
私は生きるための力を手に入れる。我が神自ら認定する合法的な統治者に。
まったく運命はいたずらなものだ。
チャイルドの干渉が計画の邪魔になると思って、難民に巻き返される危険を犯してまで計画を繰り上げて、会議で彼を求神派ごと追放した。
と思いきや、チャイルドの干渉がまさか幸運をもたらしてくれるとは。
チャイルドの財団がかっこたる証拠を提示してくれたおかげだ。武力で我が神に反抗するだと。
これがナインの真意だったとは、私が彼をはめた時に使った法術よりもバカバカしいじゃないか。
やはり、この死に損ないは当初我々を落とし入れた時のように、王兵で傲慢極まりない。
善能なる神の力を目の前にまだ妄想などしているとは。
しかしどうだ、まさかこの私に計画がばれるなんて思わなかっただろう。
ははは、恨むなら私ではなくチャイルドの財団を恨むことだな。
ウージュは目を閉じ、つらそうに立ち直ろうとする。
まあ君が信じなくてもいいさ。私のつてで入手した情報は嘘をつかない。
チャイルドの財団、ウージュ君と059の新ペンにつけた監視装置は嘘をつかない。
チャイルドのウージュ君がトウノ君にインタビューした時に落としたメモリの中の資料は嘘をつかない。
私が動くまでもなく、焦って計画を動かそうとするなんて、
チャイルドの財団のデータベースに侵入した甲斐があったのだ。
ははは、まったく運命はなんと予測不可能なものか。
歴史はなんと気まぐれなものか。
暇すぎて研究員時代の情報技術能力を思い出すついでに、
チャイルドの財団の情報やら入手して計画の修正を図ろうとしただけだったが、
まさかあの脳なしの集まりを激怒させてしまい、何やら探ってくることになるとは。
探ってきたと思いきや、まさかナインの造犯の証拠を掴んだとは、
如実に報告するしかないだろう。
はははは、ナインが何の細工をしたのか、
手配しておいたはずのチャイルドの四聖子教えに連絡がつかないが、
この際はもうどうでもいいことだ。
全ての罪は彼にある。私を落とし入れた報いだ。
ついでに、神の御恩にも報いることができた。
ほら、私を恨む理由はどこにもないだろう。
後悔することになる、などとふざけたことを言ってないで、
全てが終わったのだ。
そうだ、ついでに教えてやろう。
私の計画、その名前が何て言うかわかるか?
神聖と名付けたのだ。神聖計画。
私の神聖がな。
ふん、もともとは神聖を書いたダンテの愛するベアトリーチにちなんで、
ベアトリス計画と名付けるつもりだったが、
まわりくどい表現はやめだ。まわりくどいことは嫌いさ。
O5を務めた時でも、人類を守った時でもな。
計略をめぐらすことも、やむを得ない場合でもない限りやらない主義だ。
だが、他の道は存在しなかった。
O5としての職務を全うして悪いか?
当初の理想に従って悪いか?
残念ながらもう手遅れだ。すべてが終わったのだ。
9が悪事に働かなければ、私もやむを得ない状況に追い込まれていなかったし、
彼も死ぬことはなかった。彼の自業自得だ。
O10はよろめきながらドアの前へ行き、そこで立ち止まった。顔が真っ青になっている。
O10、13に背を向け、呆然と自分の両手を見つめ、精算に笑いながらつぶやく。
終わった。すべてが終わった。人類がこの瞬間で終わった。
13に顔を向け、
あなた、すべてを、チャイルドの徹底好戦を白状したでしょう。
13の笑顔が消え、チョコレートの外箱の紙くずをいじっていた右手も動きを止める。
数分ほど沈黙。
数分かかって、O10は足を引きずりながら退出。
ドアを閉めようとしたが、閉め切ることができなかった。
その後、廊下の手すりにつかまって、数歩前へ出る。
O10がもう退出しているにもかかわらず、13は視線をドアからそらそうとした。
その後、立ち上がり、ドアに背を向け、物を探す素振りをしたが、動きがぴったりと止まる。
13、数秒後、長いため息をし、ドアの方向に向かってまっすぐ立ち、通常の声量で、
私は、やっていない。
返事が聞こえたのか、O10は振り返ってドアの方向を数秒間中止し、また視線を戻す。
O10、廊下で、執務室のドアに背を向け、弱々しい声で、
あなたは信じないかもしれませんが、先生はこんなことをしていません。
O10は苦痛そうに行政解禁令とおぼしけ青い棒状物体を取り出し、数秒後に消失。
13、O10の声が聞こえなかったのか、依然としてドアの方向を中止し、つぶやく。
私は、まだ、人間だからな。
記録終了。終了報告書。