夫婦におけるアサーション権とは
あなたは、自分のパートナーに対して自分の気持ちを伝えても良い権利があると思いますか?
家事・育児・キャリア・性の問題、夫婦になることによる様々な葛藤をどうすれば僕らは乗り換えられるのか?
アツの夫婦関係学ラジオでは、そのためのヒントをお送りします。
今回は、夫婦におけるアサーション権について話をしようと思います。
4つぐらい前に多分、アサーションについてはずっと話をしてきたんですけど、今回ちょっと飛んだんですが、また再び話をしていこうと思います。
この夫婦におけるアサーション権、何なのかというと、本書の中では、
夫婦カップルのためのアサーション権という本をもどいてまた話をするんですけど、8つ紹介されているんですね。結構多い。
結構多いので、今日はそのうちの1つについて掘り下げて話をしようと思います。
それはですね、誰でもパートナーに自分の気持ちや考えや欲求を表現しても良いという権利のことなんですね。
誰もが人間として尊重されて自己表現しても良いと、そういう権利を僕らは持っているんだということですね。
何を当たり前のことを言っているんだと思うと思うんですけど、
自分の気持ちを素直に表現しても良い、その権利が自分にはあるんだということになかなか気がつかない。
もしくは、自分のパートナーはその権利を持っているんだということに気がついていないというケースが多いんですね。
それが原因で夫婦関係に水が生まれているということが結構多いんです。
詳しく話をしていきますね。
誰もが人間として尊重されて自己表現しても良いというのは当たり前の話ですよね。
それはもちろんそうだろうと、それが理想だよねと。
だけど、なかなかそうはいかないじゃないですか。
自分のことを思い返してもらいたいんですけど、自分の夫に対して、自分の妻に対して、
自分が思っている素直な気持ちや考えや要求を伝えられた経験ってそんなにたくさん今までなかったんじゃないかなと思うんですよ。
もしかしたら今はそれができるようになっているかもしれない。
だけど過去をうまく話せないと、何か伝えられない、何かが自分の中で邪魔をして伝えられないという経験って結構あったと思うんですね。
非主張的なタイプの人におけるアサーション権
なぜ自己表現がなかなかできないのか。
これは二つに分けて話をしますね。
一つは非主張的なタイプの人ですね。
風邪がまだ治ってなくて、ちょっと咳が出るかもしれません。
非主張的なタイプの人っていうのは、自分の気持ちをなかなか妻に伝えられない、夫に伝えられない。
何とか指して欲しいなって、俺の気持ち指して欲しいな、私の気持ち指して欲しいなってなかなか言えないっていうタイプの人。
こういう人は自分に自己表現していい権利があることを自覚していないっていうのは結構多いんですね。
そんな権利があることを認識していないっていうことですね。
そしてパートナーに対して劣等感や罪悪感というものを感じている。
自分には何も言う権利がないと思っている。
パートナーや親から否定的な言葉をかけられ続けてきた。
そのようにして自分から権利を放棄しているっていうことが多いんですね。
ここで自分が相手に自分の気持ちを伝えてもいいんだ、自分にはその権利があるんだ、それは何も悪いことじゃないんだっていうことに気がついていない女性がすごいたくさんいたんですよ。
いろんな夫婦関係の相談を聞く中でそれが結構多かったんですけど、言ってもいいんだっていうことに至っていない、気がついていないっていうケースですね。
夫に対していろんな不満がたくさんあるんだけど、どこもそうよね、こんなこと言っちゃダメよねと自分の気持ちに蓋をして、自分の素直な気持ちを伝えてもいいんだっていうことに気がついていない。
それが夫婦関係の溝が生まれるスタートになってるっていうケースがすごく多いんですね。
1回や2回だったら我慢できると思うんですよ、嫌なことがあっても。
だけど相手は同じ人なんで、自分の夫が他の人にチェンジすることないわけなので、また同じことが起こるんですよ。
また同じ嫌な経験がどんどんどんどん起こってくるんですよ。
どんどん嫌になってくるんです、相手に対して。
いつか爆発したりとか、親戚を嫌いになって触れてほしくないって思うようになってくるんですね。
そのスタートにあるのが、自分は素直な気持ちを夫に伝えちゃいけないとか、
伝えちゃいけないんだ、言っちゃいけないんだっていう、変に意地になってるっていうケースがすごく多いんですね。
うちの妻の場合もあったんですよ。
言っちゃいけない、私は頑張らなきゃ、ママだから頑張らなきゃ、妻だから頑張らなきゃっていう、変な呪いにかかってるんですよ。
そういう女性たくさんいると思うんですけど。
だから僕、妻が大変な時期、例えば僕は帰りが遅い時とか、僕は出張に行く時とかに妻に対して、
頑張らないでねって言うんですよ。
無理しないでね、頑張らないでね、あれもこれもやろうとしないでねって。
帰ってきたら俺がやるからさって。
頑張らないで、無理しないでって何度も言うんですよ。
言わないと妻は無理しちゃうんですよ。
私が母親だからやらないととか、妻だからやらないと、そんなことする必要ないって何度も何度も僕は言ってるんだけど、
だけどその呪いにかかってるんですよ。なかなかまだこれ抜けないんですよね。
だから何度も何度も言うんですよ。
そういうことが結構起こってるんです。他の夫婦でも結構起こってるんです。
あと劣等感とか罪悪感とかね、私働いてないから、
稼ぎが少ないから、だから自分の気持ちを言えないのっていうケースがすごく多い。
でもそんなことに劣等感を感じる必要ないんですよ。
パートナーなんですから、夫婦をやっている対等な立場なんですから、
家族を経営している対等な立場なんですから夫と妻っていうのは。
イコールなんですよ、同じ立場なんですよ。
何も引け目を感じる必要なんかないんですよ。
言ってもいいんですよ。自分の素直な気持ちを伝える権利があなたにはあるんですよ。
言ってもいいんですよ。
そこに気が付けると夫婦関係改善のスタートが切れるんじゃないかなって僕は思ってます。
攻撃的自己表現の人におけるアサーション権
もう一つは攻撃的自己表現の人ですね。すぐ怒る人とか、
怒りの感情で相手をコントロールしようとする人とかね。
こういうタイプの人はアサーション権については強く確信してるんですよ。
自分で分かってるんですよ。
俺は自分の気持ち伝えてもいいよね。その権利が俺にはあるよね。
だから俺は言うよ。私は言うよっていうタイプの人結構いますよね。
周りにもそういう人いると思うんですけど。
だけどこういう人っていうのは自分の妻、自分の夫が同じその権利を持ってるというふうに思ってないんですよ。
その権利があるのは俺だけ、私だけと思ってる。
相手のことをちょっと下に見てるんですよね。
女だからとか、男らしくないからとか、働いてないから、稼ぎは少ないから。
口に出してそんなこと言わないんだけど、心のどっかでそういうのを思ってるんですよ。
思っているからこそパートナーにその権利がないと思ってるんです。
素直な気持ちを言う権利がないと思ってる。
そしてその感情の流れがパートナーに伝わって、
そのパートナーが劣等感とか罪悪感というのを感じやすくなる仕組みが整ってるんですよ。
攻撃的な自己表現の人がパートナーの人っていうのは。
ついになっていることが多いんですよ。
攻撃的な自己表現の人が強気でバーって出て、
自分の妻とか夫のことをギャフンと言わせて、
なかなか主張させなくするっていう、必勝的なタイプにしちゃうっていうケースがすごく多い。
罪悪感とかを感じさせてね。
これが厄介なのが、あえてやってないケースが多いんですよ。
無意識にやってるケースが多いんですよ。
分かんないんですよ。
無意識でやってるもんだから、
妻が別れたいとかって言うときまで気がつかないんですよ。
無意識なんですよ。
やられてる方も呪いにかかってるから言えないんですよ、自分の気持ちを。
っていうケースがすごく多かった。
そういった人たち、必勝的な人も、攻撃的な自己表現の人も、
誰もがパートナーに自分の気持ちや考えや欲求を表現してもよい。
そういう権利を誰もが持ってるんだ。
私はその権利を持ってるんだ。
私の夫は、私の妻はその権利を持ってるんだ。
っていうことが自覚できると、やっとそこで話し合いがスタートできると思うんですよね。
同じ立場でもって、物事を見やすくなるんじゃないかなと思います。
あと一個伝えたいのは、僕も含めてなんですけど、
妻は何も不満がないって思ってる男性はすごく多いんですよ。
うちの妻は何も不満がないと思ってました。
だけど別れたいと言われてるんです。
だけど他に好きな人がいると言うんです。
っていうケースがすごく多かったんですね。
これは自分のパートナーがその権利がないと思ってるのとはちょっと別なのかもしれないんだけど、
何も主張したいことがあると。
妻が主張したいことがあるというふうに思ってないっていうケースが結構あるんですよ、男性には。
これはあまりにも強く主張しないとか、自分の気持ちを言わない。
主張的だからなかなか言ってくれないとかっていうのもあると思うんだけど、
誰もが何かしら心の中にあるんですよね。
感じてる部分があるんですよ。
小さなサインが多分出てると思うんですよ。
心の中にグーッとあって、
なかなか言えない、言わないっていうのがすごく起こってるんだっていうことを認識して、
その上で誰もが自分の素直な気持ちや考えや欲求を表現してもいいんだ。
そして自分のパートナーがそれを表現したときには、
ちゃんと真剣にその話を聞くんだっていうこと。
それをちゃんと認識しておくと、自覚しておくと、
ネガティブサイクルに陥らないし、
妻には何も主張することがない、主張したいと思ってることがないなんて、
相手をまるで人形みたいに見る、
そういった習性から抜け出すことができるんじゃないかなって僕は思っています。
アフタートークで話したいなと思ったことが、
以前書いた記事でコメントいただいてまして、
ノートの記事なんですけど、ちょっと読み上げたいと思うんですよ。
これは結構面白くて考えさせられたんですよね。
何の記事かというと、
2023年10月4日の記事で、
夫婦関係と婚外恋愛
なぜあなたの妻は婚外恋愛を求めるのかという記事を書いたんですね。
この中で僕が書いたのが、
婚外恋愛をしたいという女性たちがよく言うセリフが、
ロマンティックラブイデオロギーというセリフがよく出てくるんですよ。
恋愛、結婚、出産をすべて一組の夫婦に押し込める概念を、
ロマンティックラブイデオロギーって言うんですけど、
これが現代にマッチしてないと。
だから恋愛は他でします。
っていう理屈で、
婚外恋愛を夫に認めてほしいという女性が多いんだけど、
そもそもロマンティックラブイデオロギーは、
理論的に破綻してると僕は思ってるんですね。
なぜならば、恋愛、結婚、出産とあるけど、
恋愛感情って夫婦に存在しないって僕は思ってるんですよ。
夫婦に存在するのは愛だと思うんですね。
愛情の愛だと思うんですよ。
多くの人はロマンスとラブを同じ括りで見てるんだけど、
全然違うんですよ。
恋愛感情っていうのは性衝動、
性衝動を引き起こすためのトリガーでしかないと僕は思ってて、
ドーパミンとかテストステロンとか、
そういったホルモンによって突き動かされる感情、
そして子供を作るための感情だと思うんですよ。
だけど愛っていうのは違うんですよ。
結婚して子供が生まれたらその夫婦って何の用もないじゃないですか。
別に別れればいい。
生物的には目的を達成したわけですよ。
婚外恋愛を求める理由
子供を残す、子孫を残すという目的を。
じゃあ何で一緒にいるのかっていうと、
いくつもの苦労を共に乗り越えていく中で、
お互いに対する愛着が生まれてくるんですよ。
アタッチメントって言うんですけど、それが生まれてくるんですよ。
その時にオキストシンというホルモンがお互いにプリンプリンしあって、
お互いをとても大切な存在として受け止め合うようになっていくんですね。
これが僕は愛だと思うんですよ。
夫婦にあるのは愛であって恋愛感情ではないんですよ。
だからロマンティックラブイデオロギーという概念自体が破綻していると僕は思うんですね。
っていうことを記事に書いたんです。
4つほどコメントいただきまして、
4人の方からいただきましてちょっと読み上げたいなと思います。
お名前を読んでいいかちょっと分からないので、
お名前は読まずにコメント内容だけ読んでいきますね。
アツさんこんにちは。
以前、夫婦関係の相談を聞いていただいたものです。
その際はありがとうございました。
私も婚外恋愛4人派です。
私の感覚が女性みんなに共通するものであるとは思えませんが、
一つの考え方としてお話しすると、
私にとって女として枯れるとは、
ただ、男性から相手にされる時期を過ぎるということではありません。
誰かを愛しいと思うこと、そして愛しい相手と触れ合い、
そのぬくもりに幸せを感じること、
そういう気持ちが自分の中にあるだけで体が潤い、
心が活力に満ちていきます。
逆にそういう気持ちを感じないまま長い年月を過ごしていると、
いずれ自分の心や体がそういう感覚自体を
全く求めたくなる時が来ると思っています。
そうして異性を愛するという感覚をすっかり忘れ、
そんなものは人生において全く不要だと思うようになった時、
自分は女として枯れたなど実感するのだと思います。
誰かを愛したいと思える元気、気力があるうちに
愛する対象を見つけたい、そういう感覚に近いのかもしれません。
ということでいただきました。ありがとうございます。
これですね、僕は面白いなと思ったのが、
誰かを愛しいと思うこと、愛しい相手と触れ合い、
その温もりに幸せを感じること、これが欲していることなんだ、
ということなんですよね。
夫がそれを提供してくれない、
だから他でするという理屈になってくると思うんですけど、
他ですることに対する話は置いておいて、
女性が求めているものはこれなんだよということを
僕ら男性は知っておいたほうがいいと思うんですよ。
愛しいと思うこと、その愛しい相手と触れ合い、
その温もりに幸せを感じること、それを妻に対して提供できないと、
こういったことが起こるんだよということだと思うんですよね。
婚外恋愛の難しさと努力の必要性
どうすればそれができるのかというと、
僕は妻へのケア、お互いに対するケアだと思うんですよね。
男性は、このいただいたコメントから学べるものとしては、
妻のことを大事にしなければダメだよという単純ですけど、
本当にそうだなと思いました。
他のところに行っちゃうよという話ですよね。
あと、女として勝てるという感覚が僕にはよくわからなかったので、
それについていろいろ補足いただきました。
ありがとうございます。
やっぱりそうなんですよね。
愛し愛されたい、愛し愛されるという感情を感じたいということだと思うんですよね。
それが、そんなものいらないよ、人生でなくて不要だよ、邪魔だよ、いらないよ、
私は一人で生きていくんだからね、というふうになってしまうのが怖い恐怖心を感じる。
そのときに枯れたなって思うということだと思うんですけど、
愛し愛されるという感情をお互いに感じることがとても大事なんだなって改めて思いました。
2つ目のコメントは、
初めまして。とても興味深く拝読しました。
互いに大切な存在だと思い、尊重しながら家族でいられたら心が満たされ、
今後恋愛にベクトルを向けなくてもいいのかもしれませんね。
女性からすると、一人の女性として大切な存在に大切に扱ってもらいたいという願いは、
いくつになっても変わらない。
しかし求めるだけではなく、女性側もその努力が必要だと感じます。
夫婦の安心感、難しさも日々感じながら。そうなんですよ。難しいんですよ。
難しいんだけど、お互いに努力が必要なんですよね。そう、まさにそうなんですよ。
僕が言いたいことを言ってくれたらありがとうございます。
くれくれだけじゃダメなんですよ。くれくれだけじゃどうにもならなくて、
それを引き出すための努力も必要で、
相手も自分たちの関係性の危機感を感じて、
お互いに対して、相手に対してケアをしようという気持ち、精神的なケアをしようという気持ち、
お互いに大切にし合おうという感情、
それって、それができないことって自然じゃないよねっていう人が多いんだけど、
夫婦においては努力しないと愛は手に入らないと思うんですよ。
セックスの問題とか、愛して愛されているという感情の問題とか、
そのすべてはお互いに対する努力だと思うんですよ。
愛するための努力が必要だなって僕も思っています。
だからこそ難しいし、だからこそ具深いんじゃないかなって思っています。
ありがとうございます。
3つ目は、掘り下げるとその大半は言い訳のようなものです。
業権証です。
役割を区分して必要ならば別の人で代替する。
反ノマチックの思想自体はありだと思います。
しかしその前提条件として相互が完結していることは重要だと思います。
例えば、男性の経済的優遇を受けておきながら恋愛だけはよそでする。
ただのおいしい立場を維持しながら、もっとおいしい何かを手に入れようとしているようなわがままに思います。
簡単に言えば、ラーメンを注文して残しているのに、
何か違ってから他の料理を注文するみたいな話です。
せめて食べ終わってからだろう的な。
役割は全うした上で、足りないならば他もわかるのですが、
最初から補完はただの努力の欠如、わがまま。
無責任につながり欠裂になるのは自然だと思います。
言い換えるならば、夫との恋愛関係や性的関係を少なからず構築しているが、
もう少し足りないから、自分のトッピングとして追加で婚外恋愛をするならば成立すると思います。
しかし、多分夫は男として見れないとか何とかで、
夫はゼロで外に100求める行動をする。
それは夫がゼロで満足している場合のみにしか成立しない幻だと思います。
ということをいただきました。ありがとうございます。
夫婦関係と、女性の方で婚外恋愛をしているという女性は、
夫に対して何もしていないというケースはあまりなくて、
言っているケースが多いんですよね。
ちゃんと私のことを見て欲しいとか、愛して欲しいとか、
セックスやその問題も何とかして欲しいというのを伝えているんだけど、
夫はなかなか本気にならない、危機感を感じないというケースがすごく多いなと思っています。
それはもしかしたら、妻からのヘルプが弱すぎるのか、
夫が鈍感すぎるのか、いろんな要因があると思うんですけど、
夫がもっと危機感を感じた方がいいと思うんですよね。
離婚届を投げつけるぐらいの勢いで、
離婚覚悟で夫に向き合った方がいいんじゃないかなって僕は思っています。
なぜならば、ほとんどの男性は危機感を感じないんですよ。
本当に鈍感な人ばっかりなんですよ。鈍感な奴ばっかりなんですよ。
僕も含めてだけど、鈍感な奴ばっかりなので、
ドカーンとかバチンとかいかない限りは、なかなか気がつけないんじゃないかなって思いますね。
後半でいただいた話なんですけど、
婚外恋愛がうまくいっているケースって聞いたことがなくて、
うまくやってます。夫も妻も子供もみんな幸せですという家庭がいたらぜひ教えてほしいです。
お話を聞きたいです。ぜひ。
妻が婚外恋愛をしていて、夫に対して認めてほしいと思っているケースとか、
夫に黙ってしているとかっていうケースがすごく多くて、
お互いに納得してますっていうケースが本当にあるのかなって僕は思うんですよね。
成立しない幻だと思いますけど、僕もそうだなって思っています。
ありがとうございます。
最後いただいたのが、初めてコメントします。
誰かの女性として大切にされず、求められずに年老いていくことへの恐怖のところが気になったのでコメントにきました。
女性としてとか男性としてとか男女区別いるのかなと感じまして、
好きな人に大切にされたいという欲求は男女共にあると思います。
夫婦関係の重要性
人として愛する人から愛されたら嬉しいですもの。
大切にされることってふわっとしてますよね。
物を買ってもらうことイコール大切にされることとか、
立場や育ちによって違うと思いますので、
大切にされていると感じる行為が年月を重ねる上で夫婦でずれてしまったのかなと。
それこそ婚外恋愛という言葉を一つ取っても背景は様々でしょうし、
夫婦は契約ですが何をしても何をされても一生あなただけを愛する契約ではないので、
自分の行いで信頼関係を築けてかどうかなのかなと思いました。
初コメントの間に長くなってすみません。
読んでいただきありがとうございましたということでいただきました。ありがとうございます。
そうですよね。男女区別ないとは思います。
好きな人に大切にされたいという欲求は男もあります。
で、妻とのセックスレスに悩んでいる男性から話を聞く機会が以前すごいたくさんあったんですけど、
何度も何度も話をしていく中で出てきた答えというのは、
妻とセックスがしたかったわけじゃない。
妻から愛されているという実感を感じたかったんだ。
愛し愛されているという実感を自分は感じたかった。
というところに行き着く方がすごいたくさん多かったんですよ。
僕もこれ意外だったんですけど、ただしたいしたいだけじゃない。
何でしたいのかというところを掘り下げていくと、それが自分にとって愛を感じる行為だったんですよね。
これ結構前の話でもしましたけど、
男性が愛情を感じる行為というのって、
セックスでしか感じられないと思い込んでいるケースがめっちゃ多いんですよね。
なぜなら普段の会話の中で心を通わせる会話ってあんまりないんですよ。
女性だと結構あるじゃないですか。
大丈夫?今日疲れてない?元気?大丈夫?みたいな話とか、
あれどうなったの?あれはこうなったの?本当によかった。
何かあったり言ってない?みたいなそういう会話ってあるじゃないですか。
これが子供生まれてからママさん達とよくするようになって、すっごい心が落ち着くんですよ。
だけど男とはできないんですよ。なぜか分からないけど男性とはできなくて、
これができる男性はいるんでしょうけど、
本当にないんですよね。こういう会話ができる男性って。
だから自分が幸せを感じる瞬間とか愛情を感じる瞬間というのが、
セックスだけになっちゃう。それしかないと思い込んでるケースが多いのかなと思う。
だけど掘り下げていくと本当に欲しかったのは愛情、愛されているという実感。
誰かから大切にされているという実感、それが欲しかったんだという話が
すごいたくさん多かったですね。
愛される実感の欲求
ということでノートの記事でもコメントいただけるととても嬉しいので、
ぜひよろしくお願いします。
ということで今回も最後までありがとうございました。
あつの夫婦関係学ラジオは毎週月曜日だけの配信に変わりましたので、
毎週月曜朝5時配信です。
最後のお願いが3つありまして、
1つは番組のフォローもぜひよろしくお願いします。
Apple Podcasts、Spotifyなど各プラットフォームで配信をしています。
僕Spotifyメインで配信してますので、
よろしかったらSpotifyのほうでも聞いていただけると、
フォローしていただけるととても嬉しいです。
2つ目のお願いと被るんですけど、
Spotifyのほうだけアンケート機能をつけてるんですよ。
そのときの放送内容に応じて、内容に合わせた投票というかアンケートがつけてますので、
そちらもぜひやっていただけるととても嬉しいです。
コミュニケーションみたいな感じで考えてもらえるといいかなと思います。
最後はお便りを募集しています。
番組のお便りを募集しています。
自分はこう思った、こう感じた、どんな意見でも結構ですので、ぜひよろしくお願いします。
Spotifyのコメント欄でも結構ですし、
概要欄にリンクが貼ってあります。
あすの夫婦関係学ラジオお便りご感想フォーム、お悩み相談フォームでも結構です。
こちらぜひお送りください。
お悩み相談もこちらで受けてますので、
そちらで書いていただけたら番組の中でお答えさせていただきます。
ということで、また次回お会いしましょう。
さようなら。