忘れ物と人間関係
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、忘れてたというテーマで話をしていきます。
忘れてた、ですね。
私が何かを忘れてたというようなことではなくて、
あなたにもですね、何か忘れてたというようなことがある。
人間ですからね、忘れ物がないなんてことはないと思います。
どれだけきちんとしっかりした人であっても、忘れていることはあると。
それで、そうした忘れていることを自分で気づくというような時もあるかと思うんですけれども、
人から指摘を受けた時、あれ、何か忘れてないですか?と。
そうした時にですね、どのように反応するかによって、相手の印象も変わってきますよね。
忘れてたことを素直に認めるのか、とぼけるのか、それとも本当に覚えてないのか、
いろいろ反応のパターンはあるかと思います。
あなたはどうでしょうか?
それでですね、この忘れていたということが発生した時に、
何をどう忘れているとか、そういうことはあまり関係ないです。
中身ですね。
些細なことから大きなことまで、いろいろあると思いますが、あまり関係ないですね。
そこにどう反応するのかというようなこと。
物事の事態が大きければ大きいほど、人間性が垣間見えるというような機会が増えるかと思うんですけれども、
特にですね、中身は関係ないんですね。
物事を忘れていることを人から指摘を受けた時に、どう反応するのかということですから、大きな括りで捉えてください。
それでですね、この忘れていたことの反応、ここに対するベストアンサーは一つです。
それは発作を起こせばいいというようなことです。
反応の重要性
どういうことでしょうか。
発作。忘れていたことを指摘されたら発作を起こす。
なんのこっちゃとなりますよね。
いわゆる慌てるというようなこと。
そのようなことを表現をするということです。
それを端的に表すと発作というようなことなんですけれども、
なぜこのような反応をするのかというと、
まず逆を考えてみてほしいんですけど、
あなたが誰かと約束をしていたとして、
何でもいいですけれども、その相手が忘れていたとして、
あなたは覚えているわけです。
あれなんか忘れてないですかと聞いた時に、
相手の反応が、
例えば、うーんというように、
何かこう、ものを考えているような、
思い出そうとしているような間をとっていると。
もしくは、そういう約束をしましたっけというように、
逆に聞き返してきたりとか。
これら真実がどうあれ間をとるような行動をしたりすると、
何か言い訳を考えているんじゃないかというようなことを
思うこともありますよね。
この人、本当に忘れているのか、
それとも忘れているということを隠そうとしているのか、
何なんだろうなと。
やけに落ち着いて反応をする人もいますよね、中には。
これはあなたが受けた時にどう感じるかということですね。
なんだこの人、自分との約束を忘れているのに、
なんでこんな反応なんだというように思うこともあれば、
忘れていることをなんとも思わないような人なんだなと
いうように思ったりとかすると思います。
そこで、この発作を起こせばいいに戻りますが、
仮に誰かに指摘を、あなたがした時に、
相手が、え、そうでしたっけ、あれ、すいません、なんか、
え、忘れてた、あれ、いや、あれ、あー、というような感じで、
なんていうんですか、動きも速くなるし、
喋る言葉のスピードも速くなるし、
なんか慌ててるなあっていう感じ。
これを見せられたら、
忘れてるっていうのもそうなんですけれども、
焦ってるなあみたいな、
何か言い訳云々というよりかは、
すごい慌ててるぞ、この人と。
さらには、その発作を起こした後に、
忘れていたというようなことを認めて謝罪をすると、
あ、すいませんでしたと、忘れてましたというように言うということですね。
ここに対して、そういう約束してましたっけとか、
あれ、忘れてましたっけとか、
いや違ったんじゃないかなとか、
反論を試みるような人も中にはいるんですけれども、
そもそも相手からこの指摘を受けた時点で、
もう選択肢は一つしかないんですよ。
忘れてたと言われた時点で何かを覚えてようとも、
本当に忘れていいようとも、真実か何であれ、
本来忘れるべきでなかった物事が過ぎた後に、
相手からそのように言われているわけですから、
そこには素直に認めて謝るということ以外選択肢がないわけです。
何か反論をしたとしても、
いい印象はないですから、
ほっさを起こして、慌てふためいて、
その後に認めて謝るということですね。
つまり何が言いたいのかというと、
忘れてた。
これは何か忘れるべきでなかったことを忘れていたり、
本当は覚えているけど、あえて忘れたふりをして、
相手が忘れてくれないかなと願っていたり、
いくつかの形態があると思うんですけれども、
この忘れてたということを相手から指摘を受けた場合に、
あなたがとる行動は一つです。
素直さの価値
それはほっさを起こす。
加えていうのであれば、その後に認めて謝るということですね。
この慌てふためくというような、ほっさを起こす以外の行動をすると、
忘れてたことをないことにして、
何か言い訳を考えているんじゃないかとか、
何か反論をしようとしているんじゃないかとか、
その指摘を受けた相手との人間関係を取り持つ意味での、
その事態が起こってしまった後にとる別途な行動は、
ほっさを起こして、認めて謝るということですね。
あなたの特性によっては、いきなりこれをやれと言われても、
ちょっと難しいなというように思う場合もあるかと思いますので、
いくつかのステップを踏んで、
この動作にたどり着くというようなこともあります。
ですから、できるようであれば、
この忘れてたということを指摘を受けたら、
ほっさを起こして、言い訳を考えるようなこともせず、
素直に認めて謝ると。
実際、何の約束をしてなかったとしても、
相手の勘違いで忘れていたというようなことを言われたとしても、
まず一旦受け入れるというようなことが重要になってきます。
最初から反論の戦いの姿勢を示すと、相手もそういう姿勢できますから、
まずこちらが認める。
そうすると、相手は自分で気づいてくれますから、
ちょっと勘違いだったかもしれない、ごめんねというようになるかもしれない。
そうなったら、あなたは正直な人だなと、素直な人だなと、
評判も上がるわけです。
カマをかけて聞くというような場面であったならば、
この限りではないかもしれないです。
本来、そんな事態を発生させないように、
普段から活動、生活をしていくのがいいんですけれども、
そういっても、カマをかけられるような、
容疑を疑われるようなことをしているというようなことも、
時にはあると思いますので、
そんな場合でも、
この発作を起こして認めて謝るというような、
忘れていたというような指摘を受けた際の、
ベストなことですから、
どんな場面であっても、これを使っていただくといいですね。
ということで、以上となります。
ありがとうございました。