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どうも、丸山です。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、
関心を寄せる、というテーマで話をしていきます。
関心を寄せる、ということですね。
これも、繰り返し話をしている方は思いますが、
あなたも含めて、ほとんどの人が忘れていることだと思うので、
というよりかは、こういう音声の配信はね、
ながら劇がほとんどだと思います。何かをしながら。
ですから、何度もね、特に考え方、思考という部分に関しては、
何度話をしても、足りるということはないと思いますので、
今回もですね、多分に漏れず、そうした関心を寄せるというような、
考え方の部分の話になります。
それで、結論から言うとですね、
無関心というようなものはあったとしても、
無関係ということはないですよ、というようなことです。
であれば、あなたが認知をしたいと思ったことに関しては、
関心を寄せておいて損はない。
あなたと完全に無関係だというようなことは、
仮に関心・無関心というようなことがあったとしても、
それはないから、というようなことですね。
それは人との付き合い方というところであっても、
自分がですね、関心を寄せる必要がないと、
ある種の切り捨てですね。
自分と相手とは一切関係がないから、
切り捨てて自分とは関心がない無関係であろうと。
仮にこのような考え方を持って活動をしていると、
当然その相手に対しては、
無関心である態度を取る。
話しかけられたとしても、
場合によっては聞こえないフリをしたり、
あそぼうな言動を返したり、
すれ違っても何も顔も合わせないと。
相手を気にかける必要があるのかないのか、
それを判断できるのは当然あなただけですから、
それが気にかける価値がないと判断しても、
するしないはあなたの自由ですから、
お好きにしたらいいんですけれども、
世の中はよく言うのは、
何があるかわからないと言うじゃないですか。
ですから今の人間関係というところ、
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あなたが関心を寄せていない相手であったとしても、
無関心であったとしても、
何かのきっかけで、
どこかであなたと関係ができるというようなこともあるわけです。
それが1ヶ月後なのか、1年後なのか、10年後なのか、
わかりませんけれども、
思いもよらぬ点で、
あなたの人生とつながってくるようなことも、
もしかしたらあるかもしれないと。
で、あるならば、
あなたが気にかける価値があるなしと判断した人に対して、
関心を寄せていないと、
この人は私とは無関係だから、
関わっても時間の無駄だから、
無関心であろうと、
そのあからさまな態度をとると、
その場、その瞬間においては、
あなたはそれでいい気持ちになるかもしれないです。
優位に立っているというような感覚も味わうこともあるかもしれないです。
ただ、その関係性というものは、
もしかすると一時的なものであって、
あなたがたとえ今いる場所と全く違う場所にいたとしても、
長い年月を経て、
再びその人と相まみえる時が来るといった場合には、
人と人との関係性というものは、
一番色濃く残るのは、
年月が経てば経つほど、
最後の場面が残るわけですよ。
どうやってこの人と最後に接したかというようなところ。
これが、仮にあなたがですね、
関心を寄せていない相手と、
何年かして、何十年後かになって、
再び会うというようなことになった時に、
その最後の関係性から、また再び関係が
築かれていくというようなことになると。
ですから、無関係ということはですね、
ないと思う、常に思うこと。
無関心というのはその場であったとしても、
いつかどこかで再びまみえることがあるかもしれない、
つまり無関係ということはないということを
肝にイメージしておくと。
転じて、関心を寄せるというようなことになっていくわけです。
時折見かけるのは、特定の人がですね、
特定の人に対してひどい仕打ちをする。
それは今現在の関係性を利用したものであったり、
あと先を考えずに、今はそうだからそう、
当人はそんなようなこともおそらく思ってはいないと思うんですけれども、
こうした人には関心を寄せた方がいいよねということが
分かっているのであればね、
そのようなことをすることもないので、
人と人との関係性というものは、
いつどこで離れて、いつどこで再会するのかと、
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もしくは再会しないのかと、
このようなことはですね、誰にも分からない。
未来が読める人はいませんから、
分からないわけです。
だれば常日頃から、
彼に無関係だなと思っていたとしても、
あなたが認知をした事柄に関しては、
あなたが関心を寄せて接していくと。
もしかすると、思いもよらぬ形で
それが生きてくることがあるかもしれない
ですよというようなことですね。
つまり何が言いたいのかというと、
関心を寄せる。
これは、無関心ということがあったとしても、
無関係ということはないというようなこともそうですし、
仮に関心を寄せていない相手に対して取る態度というもの。
それは人によって様々ではあるかと思いますが、
あからさまにそのような態度を取ると、
私はあなたに関心を寄せていませんよと、
気にもかけていませんよと、
それがあなたの価値ですよという風にですね、
あなたが相手に対して関心を寄せていない態度を取って、
そうして仮にその人とたもとが別れたと、
ただそれは今後何年後なのか何十年後なのか、
もしくは根性では合わないのか分かりませんけれども、
どこかで再び相まみえた時に、
その最後の瞬間というもの、
最終的に我々はどのような関係でしたねということが
生きてくるというようなことになります。
それが何が起こるか分かりませんから、人生というものは。
今行っていることが幸となすか不幸となすか、
それは今の行いによって変わってくると。
であれならば、いつどこで何が起こるか分からない。
であればあなたが認知をした相手、事柄、
そうしたことにですね、関心を寄せていった方が、
結果としてあなたのためになるのではないのでしょうか、
というようなことですね。
今回も話しててね、分かるんですけど、
ふんわりとした話でしたね。
なんていうんですか、ふんわりした話と、
抽象的な話をしている時がですね、
楽しいという感情のかなり上位にくるんですよ。
なんでなんですかね。
ここはまだ私の中で自分のことが解明されていない部分でもあります。
何か具体的なことを話すというのは、もちろんそれも楽しいんですけど、
よりふんわりとした、抽象的な、
何を言っているのか自分でも途中からよく分からないというようなね、
まとまりのない話をしていると楽しいと感じるんですよ。
なんなんでしょうね、これは。
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はい。ということで今回は以上となります。
最後まで聞いていただいてありがとうございました。