1. パリで学んだ「ブレない自分の作り方」
  2. Vol.41「自分がかけたエネルギ..
2017-01-05 44:46

Vol.41「自分がかけたエネルギーは嘘つかない」

Sunnyさんの波乱万丈人生のインタビュー(1回目)。エアロビクスのインストラクターになり、24歳でシングルマザーとなり、コミュニティを作り、英会話の先生をし、スピリチュアルの世界に入り、心理学の世界に入り、ヨガをし、海外に行き・・・自分の人生を「書き換えする実験」を始めた彼女が行き着いた先とは・・・。

オープニングでは、2017年をどうしたいか、について話しています。


00:15
こんにちは、あきです。今日もパリで学んだ、「ブレない自分の作り方」の時間がやってまいりました。
今日もさゆみさん、どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
今年も2017年がスタートしました。
いよいよね、スタートしましたね。
おめでとうございます。
はい、おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
こちらこそ、よろしくお願いします。
2016年も前回振り返ったと思うんですけども、
2017年は、さゆみさんにとってどんな年にしたいなと思ってます?
そうですね、皆さん、信じてる方とか、信じてない方もいらっしゃると思いますけど、
先世術とか、三明学とか、ゼロ学とか、いっぱいありますよね。
いっぱいありますよね。
私は多少そのあたりは、一応統計学として、多少参考にするようにはしてるんですけど、
どうやら去年、2016年から大作家に入ったんですよ。
2017年は、それの2年目でピークに達する年で、
一番ピークに入るんですね。
一番ちょっとこうね、大変な年にどうやらなりそうな感じなんです。
実際、2016年も体調がいまいちだったり、息子がちょっと病気したりとか、
そういった兆候はね、あったので、これは気をつけろということかなと感じるんですよ。
なので、やはり2017年の目標というか、一番大事なこととして、まずは現状維持。
今の幸せを、これ以上高望みをすることをちょっと抑えて、
これ以上悪くならないように、一生懸命ちょっとね、精進して、
特に健康に気をつけるということを目標にしていきたいなと思ってます。
具体的には現状維持っていうと、健康面もあるし、日常生活全部そんな感じでいきたいという感じですか?
今の現状維持自体もすごく大変。実は大変だったりもするんですよね。
これをちゃんとうまく回していくっていうことを、滞りなくできるようにするというのが目標ですね。
2017年の目標ってことで。
秋田はどうですか?
私はですね、2017年はそんなにまだちょっと考えてないんですけど、ちょっとやっぱり外に出たいなとちょっと思ってて、
03:12
外に出るっていうのは、もう例えばフランスと日本以外、あんま行ってないんですよ、どこも。
せいぜいベルギーとかスペインとか、ヨーロッパの近くだったので、ちょっと今年はもうちょっと遠くに行ってみたいというか、
今まではもう本当に子どもが行ける場所とか、どうせ帰るんだったら日本でしょうみたいな感じだったんだけど、
ちょっと違うところに行ってみたいなという野望がありまして、それをちょっと1回くらい叶えたいなと思ってます。
そうですよね、だってもう子さんもだいぶねちょっと大きく、まだ小さいですけど、でもそれでもまた違うステージに入ってくるし、
でも実は今年の夏のバカンスはフランスは決定なんで、コルシカ島決定なんだけれども、
だけどちょっとそれ以外で、家族と一緒じゃなくても1人で狙っていけたらいいなっていうことと、
あとそうだな、なんかもうちょっとね、自分に余裕を持っていきたい。
なんかわかるような気がする、とっても。
ね、バタバタバタとか忙しいって言いたくないんだけど、
言いたくないんだけど、結局はそうなっちゃってるみたいな。
客観的に見てもちょっとかなりね、忙しいですよね。
だから定期的に時間をきちんと作って、余裕のある生活をする。
ちょっと自分に、もうちょっとリラックスというか、やりたいことはもちろんやるんだけど、
ちょっと余裕による自信っていうのが、ちょっと目指したいところかな、感じですよね。
いいですね。
追ってどんな感じになるか、ね。
現状一と余裕とちょっと海外とみたいなところをできたらいいなと思います。
それでは本編スタートです。
今年1回目の本編はインタビューなんですけども、
今回は山下さんに千穂さんっていう方をインタビューさせていただきました。
彼女は京都の方なんですけれども、
初めて会ったのが実は去年、おととし。
ちょっと覚えてない。おととしだな。おととしだとは思うんですけども、
彼女がパリに来たときに、お子さん2人と一緒にパリを見せたいときにお会いしたのが初めてで、
06:03
それからいろんな形でご一緒させていただく機会があり、
もう彼女の人生も結構波乱万丈なので、いつかちょっとじっくり聞いてみたいなっていうことで、
今回、去年ですかね、11月にいらっしゃったときにインタビューをさせていただきました。
彼女の波乱万丈は本編のインタビューを聞けばわかると思うんですけども、
いろんなことをとにかくやってる人。
だから何をしてる人なんですかっていうと、
一つには答えられないみたいな感じで、いろんなことやってますみたいな感じで、
一人でお子さん2人を育てたパワフルなシングルマザーでもあるっていうところで、
まず1回目をお聞きください。
こんにちは、あきです。
今日も素敵なゲストをお迎えしています。
山下サニー千穂さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
サニーってミドルネームなんですか?
よく聞かれるんですけど、みんなサニーさんって呼んでますよね。
仕事もね、サニーさんのなんちゃらっていろんな企画を今まで組んできてるんですけれども、
実はこのサニーっていうのはニックネームみたいなものなんですよね。
私はシングルマザーで、子供を1人で育ててきてるんですけど、
自分が子供が小さい時に毎日すごい必死で、余裕がなかったんですよね、とにかく。
でもある時にふっと気が付いた時に、私、お日様みたいになりたいわって思ったことがあったんですよ。
それは、本当に宮崎生まれ、宮崎育ち、南国なんですけど、
お日様の光がね、本当に強いところで育ったせいか、
太陽の光を当てると、それだけで元気になっちゃうっていうか、
高校生みたいな感じで、超テンション上がっちゃうみたいなね。
そんなことをふと思い出した時に、お日様って動かないじゃないですか。
ただそこにいて、自ら光を見せて、そうすると周りは元気になったりとかね、
あと植物が育ったりとか、いろんなことがあってもお日様はただそこにいて、
自分からエネルギーを放ってるだけみたいな。
私、そういう存在になりたい。
なるほどね。
そういうお母さんになりたいって思って、
じゃあ、私がサニーになればいいのかなって。
そんなところから、サニーって名前で自分のことを、
ちょうどその時に子供たちに一回教えてたので、
サニーさんのカラー教室とか、
なるほどね。
いう形で、仕事のスタートの時に、自分で作ったニックネーム。
地方って名前は基本あんま使ってない?
最近ね、使ってないですね。
自分の名前を間違えそうになるみたいな。
09:01
山下さんって言われても、誰?みたいなこともあるぐらいしっくり。
来る言葉なのね。
じゃあ、私もサニーさんと呼ばせていただきます。
ありがとうございます。
今回は、パリは人生を変える旅inパリスっていう企画を日本でされて、
その企画に参加された方々と一緒に日本からパリにいらっしゃったっていう、
そういう流れでパリにいらっしゃってるってことなんですけども、
この企画ってきっかけは何だったんですか?
きっかけはね、2007年なんですけども、
私、ずっと24歳の子供で、10年ぐらいも子育てに没頭してたんですよね。
生きるのが精一杯。
ただ、15歳の時に初めてアメリカでホームステージを経験して、
その時に宮崎の田舎から、突然映画のセットのような、私からすれば生活を2週間ほどした時に、
私海外に行きたいって、いつかそういう世界で生きていきたいっていう、
ものすごく大きな夢があったんですよ。
すごい窮屈だったので、田舎での生活というのが、
アメリカが本当に自由の国に見えちゃってて、
10年ぐらい子育てしてる間に、あれ?私何がしたかったんだっけ?って思い出したんですよね。
私、海外で生活したかったんだ。旅してみたかったんだってことを思い出して、
その時にふっときっかけがあった、ある一冊の本を手に取って、
その本を書いた方がニューヨークにいらっしゃったので、
じゃあニューヨークにとりあえず、この人に会いに行ってみようみたいな感じで。
それがいくつの時だったんですか?
2007年だから、32、3の時ですかね。
32、3で、お子さんはいくつぐらい?
子供がね、小学校に入ったばっかりの頃ですね。
そこで初めて親に、子供を見てくださいって言ってお願いして、
子供たちを宮崎に預けに行って、友達と一緒にニューヨークに行ったんです。
そのニューヨークで、人生が変わっちゃったんですね、自分の。
世界観がものすごく変わったっていうか。
それっていうのは、15で行ってから、久しぶりの会話だったんですか?
そうです、そうなんですよ。
まずは、私決めたらできるんだっていう、その体感?
だって子供が預けられないとか、お金がないからとか、いろんな言い訳をしてきたのに、
行きたいと思って本当に決めたら、親にも協力してくださいっていうのを素直にお願いができて、
いろんな準備ができて、こんな経験できるんだって。
で、人生が変わっちゃったんですよね、そこからまた大きく。
で、私を変えてくれたニューヨークに行きたいなって、すごく思ってて。
で、その後にもう一回その行くチャンスを作ったんですけど、
あ、じゃあ私が行きたいんだから、行きたい人はいっぱいいるだろう。
12:04
じゃあ行ってみよう。
一人で行くより、行きたい人に伝わって行った方がいいんじゃない?
ところで、人生を変えるたび、in ニューヨークを企画してみようかなって本当に思いつきだったんです。
それは何年のとき?
それは2011年ですね。
11年。
思いついて、じゃあ視察がいるじゃん。
で、またそれを理由に2011年にニューヨークに行ったんで。
で、ニューヨークでちょっといろんな、そこは現地集合、現地解散型なので、
人生を変えるきっかけを作るためのいろんな企画をそこで考えながらやって、
で、2012年に始めて、ニューヨークで。
そして2015年にもニューヨークで。
で、今回も2016年にパリが3回目という形で、
現地集合、現地解散型の体感型ワークショップをしてたってことですね。
その旅の目的というかゴールってどういうところにあるんですか?体感して。
やっぱり、私ハートで感じる心理学という心理学講座を自分で開催しているんですが、
人生を変えたいと思っている人ってこんなにいるんだなって日々、
すごいたくさん自分の人生と向き合って何かを変えなきゃと思っている人たちを出会うんですね。
でも、今ほら日本ではいっぱいそういう系の本とかワークショップってあるじゃないですか。
こうやったら人生変わるよとか、こうやって気に入っていくんだよみたいな。
でも結局みんな頭でっかちになっちゃって、
本当の意味でこんな風に変わっていくんだっていう体感を求めている人たちが、
なんか知識だけ増やしてもあかんのじゃろうかなみたいな。
なるほどね。
やっぱり体験してこそだなと思った時に、
例えば今回だったらパリに行きますと。
行くよ。じゃあ行ってみたいって思ったところからその人は変わり始めてる。
そうですよね。
行くって決めて、パスポート取りますって人もいるし、
じゃあ仕事辞めますって人もいるし、
じゃあ子供をどうにかしますって。
決めた瞬間からそれぞれの中で考えることとかやることが大きく変わり始めてるんですよね。
実際、この現地に来るまでに半分以上旅は完成してると思うんだ。
なるほど。
あとは実感。実感することによってみんな自信が生まれるっていうか、
私ここまで来れた。
自分でできたみたいな。
そう。こんなことができる。
プラス新しい望みが生まれてくる。
ここまで来たんだからじゃあ明日こうやってみようかなとか、
じゃあこういう風なことを探してみようかなとか、
なんかその実感することによって得られる何かってやっぱりあると思うんで。
非日常を味わうっていうのは、やっぱ海外っていうのは大きいですね。
例えばパリの場所はまだ終わってないのであれですけど、
15:02
ニューヨーク、過去のアメリカで実際に帰ってきてから、
行く前でも既に達成されちゃってる部分はあると思うんですけど、
それが後に変わってきたっていうケースっていえば例ありますか?
たくさんありますね。
例えば今まで一人旅行をしたことがなかった人が、
じゃあ現地集合ってことはそこまで一人で来ないといけない。
そういうことですよね。
ってことを体感したことによって、
どんどん一人でいろんな国に行くようになったりとか、
あとは夢があった人がね、
当然自分は無理だと思ったところをニューヨークに来たことで、
自分の夢をもう一回叶えよう。
自分でニューヨークに人脈を作って、
そこで得た情報を持って日本で新しいことをまた始めたりとか、
本当に人それぞれなんですけど、
人生が変わったって言ってくださる方が、
みんなそれぞれのステージの中でいろんな経験をされてってるっていうのがありますね。
ドラマがあるわけですね。
ありますね。本当にびっくりするようなドラマが。
パリも多分この後。
もう始まってるんですね。
すでにね。
すでに大きく変わると思います。
楽しみですよね。
楽しみです。
サニーさんも多分さっき15歳からっていう話もしたと思うんですけど、
24歳でシングルマザーになるっていうその辺のあたりをまず聞きたいんですけど。
そうですね。
私15歳でアメリカに憧れてから、
ずっと海外で仕事がしたいと思ってたので、
外国語系の学校に行ったんですね。
ところが入った初日に思ったのは、
この学校に行ってても英語は喋れへん。
無理?
え?みたいな。
大学ってそうじゃないですか。
アカデミックな感じで。
そうそう。やっぱり語学だけに集中してるわけじゃないので、
一般教育があったりとか、
さまざまなレベルの人たちが集まってくるところだから、
理想が崩れちゃったんですよ。
初日に。
初日に。
初日に見たエアロビクス部のショーね。
体育会系の。
こんなことをやったんですよ。
学校内の?
学校内の体育会にあったんだけど、
それがすっごい素敵で、
私はこれだ!みたいな。
で、エアロビクス部に入って、
そこからエアロビクスに入っちゃったんですよ。
体育会系の?
体育会系の。
ああ、そうだった。
そんなのがあって。
で、エアロビクスをやり始めて、
でも学生の間に養成コースに行って、
インストラクターになったんですけど。
すでに?
はい。
卒業するときには、
たまたまそういうお仕事の方からお話があって、
私はインストラクターになりましょうということで、
海外に行くっていう気持ちはどこへやらないということでね、
インストラクターになったんですけど、
始めたときに、
思うわけですよ。
これでいいのかしらって。
最初は楽しかったんですけど、
これ楽しいし、
時間が経ってくるとね、
私がやりたかったのってこんなことだったのか。
ふと振り返って、
いや、私は海外に行きたかったんですよ。
18:01
ということを思い出して、
探したのがジャズバーのバイトだったんですよね。
それは海外との接点を持ちたかったっていう。
っていうのもあるんですね。
そこに、
数人外国から来てる外国人のミュージシャンの毎晩、
そこで音楽をやってたっていうのと、
あとはホールのバイトだったんで、
ちょっとお金を稼ごうかなっていうことで、
社会勉強もできるしと思ってそこに行ったんですけど、
楽しすぎたんですね、それがね。
また忘れちゃうんですよ。
その時はちょっとエアロビックスのほうは、
ちょっと減らして、
楽しいわ、この世界っていう感じで、
いろんな日々大人たちと出会って、
いろんな話を聞けて、
音楽も大好きだったので、
気がついたら、
そのうちの一人とお付き合いをすることになって、
妊娠・出産に。
ということがコロコロコロ。
それが24の時。
自分の中では結婚はしなかったってことなんですよね。
そうなんですよ。
今思えばっていう感じなんですけど、
基本的に私自分一人で住んでて、
その当時お付き合いしてた子供の父親は、
別宅に別々に住んでたんですけど、
昼より楽天の生活だったんですよ。
彼はミュージシャンだったので、
白くじ中音楽とテレビと、
タバコと生活空間に一緒に住めないことがあって、
ただ外で会うのには良かったということもあったのと、
あと不思議なんですけど、
見えてたんですよね。
自分の中では最初からその絵があったというか、
私と彼は二十歳、歳が違ってたので、
私が例えば成長していって、
こんな風に進みたいって言った時に、
彼はきっと、僕はそっちには行けないって言って、
別の道を歩むことになるだろうという絵が見えてた。
それは出会った時、子供関係なく?
そうですね。
お付き合いしていく中で、
きっといつかそういう風になるだろうっていうのが、
漠然と思ってたんですよ。
なのに、子供が欲しかったんです。
妊娠が分かった時に、
この子は私、産まないと。
結局、見込んで子供を産むという結果になったんですけど、
お二人産んで、結局、彼とは関係なく、
自分で子供を一人で育てていくっていうのを、
最初から決めてましたね。
自分で育てていくんだっていう気持ちは、
すごく強かったですね。
そこからどうやって、
大変な時期もあったんじゃないかなと思うので、
一人で働きながら子育ても。
本当に大変でしたね。
今思えば、どうやって乗り切ったか分からない。
覚えてない?
覚えてないぐらい。
本当に必死。
朝、子供を保育園に連れて行って、
その当時はエアロビクスのインストラクションしかやってなかったりしたら、
子供を保育園に送って行って、
21:01
スポーツジムに行って、
トレーナーの仕事をしながら合間にレッスンをして、
夕方迎えに来て。
土日は自分で見ないといけないので、
公園連れて行って、
図書館連れて行って、
雨の日はお家でクッキー焼いて。
本当にお母さんしながら働いて。
その時の、終わってしまって、
振り返ってから言うんですけど、
自分の中でシングルマザーとして子育てしながら働くというところで、
大変だったと思うんですけど、
サニーさんのこだわりっていうか、
自分なりのポリシーとかありました?
とにかく、
自分で選んだ人生じゃないですか。
大変だって言っても、
子供たちといることが一番の自分にとって喜びだっていうことがすごく大きかったので、
今しか言えないから、
今できるだけ一緒にこの子たちといよう。
だから自分でご飯作って、
預けるところも当然なかったんですけど、
いろんなところにツイートできる範囲ですよ。
でもいろんな世界を見れるように、
ちょうどインターネットをやり始めたばっかりだったので、
それで国際結婚しているお母さんたちを探してサークルを作ってみたりとか、
私のママ友達と集まってお家でホームパーティーやってみたりとか、
とにかく子供たちにいろんな世界を見せたいなっていうところから、
コミュニティをそれなりの範囲で作っていったっていうのはありましたね。
じゃあコミュニティは自分で作ったほうなんだ。
自分で作りましたね。
声かけて、うちこないみたいな。
それはもう、そういうのが好きなの?
そう、好きだったんですよ。
うち田舎がすごい小さいコミュニティの田舎なので、
しょっちゅう家に人が来てたんですよ。
ちょっとお茶飲みにおいでとか、ご飯食べにおいでとか、
それを田舎に育った私の中に潜在できるというか、
当たり前のように人と一緒に過ごすとか、
お友達と楽しい時間を作るとかっていうのがあった気がしますね。
ご飯食べるとか。
それを仕事もしながらコミュニティも作り。
それが唯一息抜きっていうか、
自分が一人じゃないってことを体感できる場だったんですよね。
やっぱり一人で子育てしてると、
ご飯作って、子供を世話して、仕事を言ってて、
全部自分でやらなきゃいけないみたいな、
そういう世界だったところが、
みんなとご飯を食べると、
文字寄りで一緒にご飯を作ろうねとか、
一緒にお片付けしようねとか、
自分だけじゃないっていうのを体感できた場だったかもしれないですね。
実際そういうお母さんたちも多いんじゃないかな?
多いですよね。
特に今、家族だから行くところがないとか、
親はいるけど頼れないとか、
24:00
そういう風にやっぱり悩んでるお母さんもたくさんいるし、
あと国際結婚っていうことで言えば、
今はね、オリンピック選手でもたくさん国際結婚のね、
家庭で育ったお子さんたちとか、
キャスターとかモデルさんとか、
珍しくないけど、
でもやっぱり少なかったんで、
子育てをする上での国際結婚とか、
ハーフならではの悩みとか、
そういうものもやっぱり言えるところがすごく少なかったので、
子供たち同士も多分親には言えないことがそれぞれ出てくるだろうと、
だったら子供たちのために、
日本にいる親戚じゃないけど、
同じような境遇の子供たちが、
集えるようなコミュニティを作ってやりたいっていうのがすごくあったので、
それをじゃあ京都でずっと?
そうですね、京都と大阪で、
結構100家族以上ですかね。
いろんな国の家族やファミリー。
そういうのがつてでいろいろ広がっていって、
ちょうどミクシーとかが始まった時期なんですよ。
そこでたった4人でコミュニティ作って、
そこにどんどん人が集まってきて、
ハロウィンとかバーベキューとか、
キャンプとかね、
そういうことをやったりもしてましたね。
じゃあそういうところで仲間を作って、
自分一人じゃないんだみたいなところを。
それがじゃあ20代から30代?
30代前半ですね。
そこから今の自分っていうのを築いていったきっかけだって、
今までは、言い方変ですけど、
エアロビッツのインストラクターをしながら、
合間で週末は子どもたちと一緒に寝て、
夜も一緒に寝てっていう生活だから、
だってインストラクターだけじゃないでしょ。
いろんなことやってませんよ。
その時にも英会話を教えてあげるとかね。
それは誰?個人で?
子どもたちですね。
ちょうど上の子が小学校に上がった時に、
預けるところがなくなっちゃったんですよ。
保育園って結構夕方6時まで預かってくるので、
土日も有効に使えるような感じなんだけど、
小学校って終わるの早いし、
夏休みとか長いしとかもあるから、
どうしようって思った時に、
子どもが帰ってくるまでにできるような仕事とか、
お家でできる仕事とか考えて、
英会話だったら教えれるかなっていう感じで、
それで近所のお母さんの声かけて、
お家を借りて、ホームティーチャーみたいな。
子どもが帰ってくる時間にはお家に帰ってくるみたいな。
そういう感じで、うまく時間を利用しながら。
その時にはエアロビクスはやってたんですか?
やってましたね。
エアロビクスもやって、英会話の先生もやって、
あとジムのバイトもしてました。スポーツジムのインストラクターも。
でもやっぱり日中しか働かないっていうところは決めてましたね。
やっぱり2人でお届けないっていうのもあったし、
あとはやっぱり今できることって言った時に、
今しかできないじゃん、子どもとこんなに過ごすのが。
27:01
だからそこはすごく自分の中で、
だから全部ご飯も手作り。
スポーツも手作りっていう。
こだまってましたね。
それはもう本当にポリシーっていうか、
スポーツは手作り。
お惣菜買わない。
マヨネーズも作る。
本当にこだわってましたね。
睡眠時間が減ろうが何しようが。
そこは大中心。今でもだからご飯って大中心なんですよ。
掃除・洗濯はたまっても、ご飯だけちゃんとやってたら大丈夫みたいな。
なんか変なこだわりがあったもんね。
お腹が満たされてたら大丈夫。
私が安心みたいな。
すごくありましたね。
その後どんなことをされたんですか?
その後は10年ぐらい経った時にまた思うわけです。
私これでよかったんだろうかって。
何したかったんだっけ?
やっぱり海外って言葉がちらつくわけですよ。
その間一応考えてはいたの?
忘れてたわけじゃないけど、
でもどっかには常にあった。
常にはある。
でも日頃忙しいから。
人に対してじっくりじゃどうしようとか、
改めて意識することは少なかったですね。
だから子供がちょっとずつ大きくなって、
手が離れだしてから、
なんか私このままでいいのかなって思い出したのが30代前半かな。
やっぱりその時に、
私の前世って何だったんだろうとか、
なんで私こういう運命なんだろうとか考えだしちゃって、
スピリチャルに結構どっこりはまっちゃったんですよ。
30代前半。
やりだしたのがヒーリング・霊気だったりとか、
カードリーディングだったりとか、
結構スピリチャルのことを仕事にしましたね。
やってたんですね。
やってたんですね。
霊気マスターになってヒーリングしたりとか、
いろんなことをやりだしたんですけど、
それでまた気づくんですよ。
周りを見たときに、
スピリチャルゲームだったよね。
入って、始まってますよね。
江原さんとか、
三羽さんとかがテレビでやってたりとかして、
結構みんな興味持ってるんだみたいな。
でもふっとそういう癒しフェアとか、
いろんな斎藤院だったり、
どうも幸せそうな人が少ないよね。
こんなことも語弊があるとは思うんですけど。
誰が幸せそうじゃないですか?
やってる方が。
カウンセラーっていう名前が付く人だったり、
ヒーリングして待ってる人が病んでませんか?
なんか。
私もなんかすごいことが起きてる体感はあるんだけど、
ふと実生活で見ると、
パートナーともその時ほとんど別れる感じになって、
上手くいってないし、
親とも全然上手くいってないし、
お金はないし、時間もないし、
何か豊かになるためにやってんのに、
何か全然違うんだけどって、
疑問が湧き出してますね。
なるほど。
よくあるパターンですよね。
宇宙がとか、愛がとか。
言ってんだけど。
言ってんだけど、
実生活全然潤ってません。
30:00
何か。
おかしいぞ、これは。
思い出した時に見つけたのが心理学だったんですよね。
これもある出会いがあった時に、
私に今必要なのは、もっと地に足をつけて、
自分の人生を見つめることなんだ。
そう思って一旦スピリチャンを置こうと思って、
そこから心理学を学び始めました。
で、謎が解けていったんですよね。
なるほどねって。
例えばどういうことですか?
例えば、思った通りになってないと思ってないけど、
思った通りになってるじゃんってな。
よく引き寄せ引き寄せって言うでしょ。
言いますよ。
こんなこと引き寄せたとかね、
いいこと引き寄せたとかね、
チャンス引き寄せたとか。
でも実は、思った通りになってないこと自体が思った通りになってた。
人生は大変だと思ってたから大変になってたし、
壁は乗り越えてこそ価値があると思ってたからこそ、
壁がどんどんなってきてたし、
お金がないと思ってるからお金がないんだってことに気づいたり、
自分の世界を作ってるのが自分だったんだっていうことが
ものすごく面白かった。
で、人生脚本っていうのがあるんですけど、
心理学を学んだ中で、
自分の人生を振り返るきっかけがそこだったんですけど、
小さい時からの自分の家庭の中でのいろんな起こった出来事とか、
自分の人生との環境を見たときに、
私、これじゃない。これじゃない。
これ意識でこの人生脚本を生きてるんだったら、
意識的に新しい脚本を作ればいいのか、
それができるんだってことだった。
で、実験を始めたんですよ。
自分で、自分の人生で、いろんな。
私、実は自分のハートで感じる心理学の中で、
存在意識。よく今、いろんなところで聞くと思うんですけど、
それをジニーちゃんと言う。
ジニーね。
アラジンと名乗った。
何でも叶えるって言うんだから、
じゃあジニーと仲良くなれば、
ジニー使ったら何でも手に入るんじゃないのかな。
じゃあ、実験開始みたいな感じで、
1個ずつやってたんです。
自分のことでやってきたことね。
自分の人生で、
じゃあ、無意識を書き換えればいいなと。
じゃあ、意識して無意識を書き換えればいい。
じゃあ、無意識を意識化しよう。
それはどういう風にして、
自分の中でやってくる、一人で実験してくるってこと?
私の場合は、学んだ先生がものすごく感情とか、
感覚とか、体の、
っていうことでフォーカスをする心理学をやってる方だったんですよ。
だから、頭でたくさん知識を入れても、
人生は変わらないことはないけども、
それだけじゃ何か足りないなってことが、
体感で分かってたんですね。
33:00
だから、もっと感情とか感覚にフォーカスをしよう。
無意識に感じている不安とか、
無意識に選んでいる考え方とか。
これ、私、これが当然だと思って選んでたんだな、
意識するところから。
それを感情と感覚からのメッセージとして受け取るみたいな。
なるほどね。
1個ずつ書いて、
あ、私今こんなこと感じている。
書き出したりとかしながら。
書き出して、あ、私今こんなことで不安になっているんだとか。
じゃあ不安ってどんな感じなんだろう。
前に進めない感じがするの?
じゃあ前に進めないじゃん。
っていうところを意識しながら、
選び替えていった。
それにはいろんなテクニックを使ったんですけど、
心理学的なテクニックとか。
で、やっていくうちに現象化し始めたんですよ。
現実が変わってきたってこと?
変わってきたんですよ。
ありえないと思うような出来事とか、
それこそ本当の引き寄せ、
人脈とかチャンスとか、
勃発し始めたんですよね。
その時間ってどれくらいの、
実験スタートからどれくらいのタイミング?
割かし早かったんですけど、
最初は浄化じゃないけど、
パートナーとうまくいってなかった。
そういう部分が物起き出しになっちゃった。
最初はそこを整理しなきゃいけなかった。
望みは何ですかっていうところよりも、
今起きてる現状にフォーカスして、
じゃあ今どうなったらいいのか、
今何を感じたい。
今、今、今のところにフォーカスする
ということをやり始めて、
今こんな気持ちになりたい。
今こんなふうに毎日を過ごしたい。
やっぱり3年くらいかかりましたね、最初はね。
自分の中でやっと、
自分の思う方向にことが動き出してるぞっていう実感が
湧き出したのはその辺りですかね。
そこから今の現象化が目に見えて。
ものすごいスピードになっていきます。
だから考えられなかったことが
あまりにも頻繁に起きるようになってきて、
ある意味その体感がたくさんあるのも、
人が見てくれてたんですよ。
自分だけじゃなくて、
周りってことですね。
その人は変わったよねって、
そんなことになってんの?
なんでそんなことになってんの?
なんでそんな人と出会ってんの?
周りにもそれが分かるようになっていく。
その心理学を学んで、
それを自分で実践して、
その後はどういう風に?
実践していく中で、
出会う人もすごく変わったし、
やっていくこともすごく変わっていったんですよ。
だからエアロビクスと英会話の先生っていう肩書き、
この3つが私の仕事だと思ってたんですけど、
その後にいろんなことがあって、
例えば海外のような仕事も出てきたし、
それも講師として呼ばれてたんですけど、
あとヨガの通訳を始めたりとかですね、
あとはイベント企画、
それも結構大きな、
美術館借りてやったりとか、
36:01
映画館借りてやったりとかするような、
大きなイベントを手掛けたりとか、
やることがどんどん変わっていったんですよね。
世界につながりたいっていう話を
ずっとしてたじゃないですか、
それをいつもきっかけになるタイミングって、
私って何がしたいって、
いつもそこに出たじゃないですか。
これで良かったのかな、みたいな。
だからこれで良いと思って、
まず一生懸命やってみるんですよ、とことん。
そこを手抜きしないというか、
かけたエネルギーを嘘をつかないと思ってるから、
今これがやりたいと思ったことを一生懸命やると、
ふとやりきっちゃうとね。
これで良かったのかしらって。
やりきっちゃって後に気づくわけね、色々また考えると。
これが中途半端だと気づかないよね。
そう、やりきったからこそ。
でも一生懸命やって、
もうやりきってるなっていうあたりになると、
ふとね、地味に教えてくれる。
これでいいの?って。
あっ、面白くない。
何だったんだっけ。
海外行きとか行ったんだ。
そこに戻るんだ。
そこに戻る。
で、私は世界中を旅して生きるっていう未来を
とにかくまず決めて、
あとは未来からやってくる色んなお知らせに
敏感にアンテナを立てて、
それ一個ずつキャッチしたいんだなって。
そういう実験を始めてたんですけど、
それがたまたま海外を旅しながら
ヨガの養成講座をやってる先生たちの通訳だった。
なるほど。
そうすると、思うと世界中を旅しながら
好きなとこで好きなことをやって仕事をしてるんだ。
で、出会って通訳の仕事が終わった後に、
どうやってそういう仕事をするようになったの?とか
何があなたの夢なの?とか
インタビューを始めたわけですよ。
実際にやってる人たちに。
そうです。
で、そうやってやっていくのか。
じゃあ真似してみよう。
っていう感じで、どっちかというと本からじゃなくて、
その出会って実践してる人から学んでやってみる。
自分なりにやってみる。
っていうことを始めていたんです。
で、世界中を旅しながら
来てる人たちと仕事をし始めたときに気がついたのは
旅がしたいんじゃなかった。
おお、意外なとこに落ち着きましたね。
そうだったんです。
あんなに海外、海外って言ってたのに。
そう、言ってたのに。
世界中を旅したいんじゃなかったんだ私。
はい、サニーさんのインタビュー1回目でした。
はい。
もともと海外に興味があって、海外に行こうとしてたけれども
大学行って英語をやりつつ、その後エアロビに行き、
その後シングルマザーになり、みたいな
人生20代前半でかなり濃い人生を送ってたなと思ったんですけど。
そうですね。
サニーさんの印象は?
大学に入って、語学系大学っておっしゃってましたよね。
そこでいきなりエアロビに目覚めるっていうところもすごいよね。
すごいなと思うんです。
結局それが職業になっちゃった。
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インストラクターまでなってしまったってことですよね。
で、またそこからジャズ?
そう、ジャズの方のお店で働き始めて、そっちにもむちゃむちゃハマってしまって。
ついにシングルマザーになった。
子供を24で産み、シングルマザーになってしまったと。
でもそこで絶対に産もうということで、
どんな状況であっても育ててるっていう感じがすごいなと。
すごいですよね。パワフルな。
びっくりしました。私にこれができるだろうかと。
一人で二人育てながら仕事をして。
気が動転しそうだけど。
シングルマザーの方はみんな同じだと思うんだけど、
必死でやったっておっしゃってたけど、
でもその中での彼女のこだわりっていうのがすごい面白いなと思ったんですけども、
やっぱり子供と一緒にいることをすごい大事にしてて、
だから働かなきゃいけないんだけれども、
手作りクッキーを作ったりとか、
子供たちが楽しめるようにコミュニティを作って、
親も子供も楽しめるようにしたりとか、
やっぱり親も子供も楽しめる環境をすごい作ることにこだわって、
それが仕事的に大変だったとしても、
その中でできることを精一杯やるっていう。
お惣菜なんかも買わなくて、ちゃんと作るっておっしゃってたので、
もう私なんかも疲れ果てて出来合いのピザ買ってきたりとかしちゃいます。
すごいなと思いますよ。
だからやっぱりここは本当に彼女の教育としてのポリシーだったんですよね。
だからなんていうのかな、話聞いてと思ったのは、
やっぱり高校の時に多分ホームステイに行って海外に目覚めて、
でも結局海外とそんなに縁がないまま子供を産み、
気づいたら結構時間経ってたんだけど、
またやっぱり私海外に行きたいなっていうとこから、
また海外の道を開いていったっていうことで、
だから昔の夢が一回途切れてても、
時々何かのタイミングで出てきてるみたいですね。
だからそれを大事にしてる。
だからといって子供を置いてまでとかっていう感じじゃなくて、
子供がいる時はそこに集中し、
一個一個すごい集中力がある人だなと思ったんですよね。
だから若い時にタイミングが合わずにできなかったとしても、
そのタイミングは多分後からでもいつでも来るんじゃないかなと思ったんですよね。
お子さんを産んだのが20代の時前半ですよ。
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私なんて自分のことしか考えてなかったですよ、その頃。
とても多分20代で子供を産んだら、私は育ってられなかったんじゃないかなと。
一人ですからね、それでね。
すごいやっぱりね、強い方だなと思いますね。
見習いたい。
だからやっぱりこういう彼女の生き方っていうのは、
同じ立場の人とか、あるいはやりたくてもなかなかできない環境にある人にとっては、
すごく勇気づけられるというか、
励みになるというかね、参考になりますよね。
じゃあ自分でもできるかもって思いますよね。
だから結局、子供が落ち着いてからまた海外の方に行き始めて、
結局旅っていうかヨガの通訳で外に出始めて、
でも旅がしたいんじゃなかったっていうところに行き着いたみたいな。
彼女は体験していろいろ気づくタイプだなっていうのをすごく、
まさに体験型ワークショップをやってるだけあって、
人生を変える旅、ニューヨークとかパリとかっていうのも、
彼女が企画してるだけあって、自分が体験してきたことを体感してみんなで感じてほしい
っていうとこからスタートしてる企画なので、
やっぱ彼女の思いっていうのがそのまま出てる企画じゃないかなと思いました。
2回目は、旅がしたいんじゃなかったっていうサニーさんが、
どういう風にまた変わってったかっていうところを、
ぜひ聞いていただきたいなと思います。
それでは楽しみにしていてください。
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さゆみさん、ありがとうございました。
ありがとうございました。
秋でした。
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