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恐竜くらいでないと父親の復権なんかできない・映画「オークストリートの異変」
2026-09-04 15:52

恐竜くらいでないと父親の復権なんかできない・映画「オークストリートの異変」

映画「オークストリートの異変」をみて思ったことを話しています。

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今回のポッドキャストでは、ここ最近見た映画「オークストリートの異変」について、思ったことをいろいろと話をしていこうと思います。
具体的には、こちらの映画、恐竜映画のように見せかけた家族の映画だったりするので、その家族の映画について、父親を現職としてやっている身として思ったことを中心に話をしていこうと思っております。
ネタバレみたいなものは町山智博さんくらいにはあるかなと思っているんですけれども、別に映画を見ても見ていなくても話は通じるかなと思っております。
具体的には父親の不甲斐なさみたいな部分と、あとは、そうだな、こんな恐竜が出るみたいな非現実的なものでもない限り、父親の復権ってなかなかできないんだなって思ったような話をちょっとしていこうと思うので、よろしかったらお付き合いをいただけると嬉しいです。
今回ちょっと話をするこのオークストリートの異変、英語タイトルだとエンドオブオークストリートというふうなタイトルになっている映画となっております。
主演になっているのが、プラダを着た悪魔とかでおなじみのアン・ハサウェイと、あとはスターウォーズでオビワン・ケノミーをやっていたことでおなじみのイワン・マクレガーが夫婦役として出てくるというふうな、そんなような映画に恐竜が出てくるというふうな、そんなような映画だったりしております。
舞台になりますのは、1980年代のアメリカの郊外が舞台になっております。
当時はいろんなお家とかそういうふうなのを持っていれるようなご家庭が多く、スマートフォンとかそういうふうなものも特になく、イワン・マクレガーとアン・ハサウェイの夫婦、40代ぐらいの夫婦に子供たち、
大体小学校、高学年ぐらいの男の子と中学生ぐらいの女の子が4人家族で暮らしているというふうな、そんなようなところからお話はスタートしていきます。
当時のアメリカがどんなふうな雰囲気だったのかというのはわからないんだけれども、なんとなくすごくこういうようなファミリームービー的な映画が昔いっぱいあったなっていう、
なんとなくお父さんとお母さんはそれなりに仲良くさそうにしていて、子供たち2人でっていうふうなので、子供たちが冒険に出るような、言ってしまうとストレンジャーシングスみたいな、家族を中心とした不可思議な話みたいな始まり方をするような映画だったりしております。
ただ、映画の冒頭からすっごく不安な感じで映画が始まるのは、どうもこの家のお父さんっていうふうなのは、仕事が決まったよっていうふうな話を奥さんにはしてるんだけれども、
でも、ピザを配達するアルバイトを仕事をしながらやっているっていうふうなのがある。
どうもお父さんは、本当は新しく就いたはずの仕事をクビになっていて、ピザ屋のアルバイトをしながら何とか収入を稼いでいるような状態であるっていう。
一家の大黒柱、というか働き手がお父さんしかいないような状態なので、お父さんはそのことについて家族に言い出せず、いろいろと反問を抱えながら転職活動を続けているというふうな、そんなような立場だったりしております。
それと同時に、お母さんの方のアン・ハサウェイは、近所に住んでいる小説家の奥さん。
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この小説家の奥さんっていうふうなのは、全く小説家の旦那さんの方には評価も何もされないで、ただひたすら家庭内にいる編集者というふうな役割。
要は、後世とかそういうふうなものを家族として担わされて、ほぼタダでこき使われてきたような、そんなような奥さんが日本のところに自分で書いた詩小説的な話を持って行って、
それが小説として物になるかどうかっていうふうなアドバイスをもらいに行ってるっていうふうな描写が所々挟まってきます。
このお母さんが書いている小説っていうふうなのは、とある主婦が家庭を帰り見ないで、自分で文章とかそういうふうなものを書いて、
それで家族から離れていきたいみたいなようなことを書いている。そんなようなお話っていうふうなのをひたすら書いている。
なので、夫婦間の中っていうふうなのは、すっごく悪くはないんだけれども、水面下でいろいろと亀裂が入っていくなっていうふうなのが察せるような状態で始まっていく。
子供たちの方は、子供たちの方で何かしらいろいろある。
例えば、当時のアメリカの暴力沙汰というか、その辺の部分がすごいなっていうふうに思うのは、
子供たち同士の喧嘩で、かなり骨が折れるとかそういうふうなものをやらかすような喧嘩っていうふうなのを男の子の方はやっちゃっているし、
女の子の方は女の子の方で、ものそろそろ大人の仲間入りするような年齢にもなってきていて、
思春期で好きな男の子ができたり、違う街に行ったりするかもしれないなみたいな不安感を抱えているというふうな。
そんなような、四者四様でそれぞれの悩みを抱えているというふうなところからお話がスタートしていきます。
特徴的なのがこの映画、スプリット・ディオプターという映像手法みたいなものを使っているところです。
これは、ブライアン・デ・パルマ監督っていう、殺しのナイフとか、タイトルが出てこないニコラス・ケイジが出ていて、
あっちゃこっちゃ言ったりするような見せりものとか、そういうふうなものを解く。監督がやられていた、よくやっていた手法だったりするんですけども、
行ってしまうと、登場人物の顔がドアップで映されて、その背景に関係のあるようなものがピントがあって映されるという。
人間の目だと、基本的にどこか一箇所にピントがあると、外側の方がぼやけたりするみたいなことが多いんだけど、
映画だと、この辺は両方にピントがあって見るっていうふうなことができるようになっていって、
ヌーベルバーグとか、そういうふうなところとかでも、技法としてどんどん昔からあって発達していって、
ブライアン・デパルマ監督がしょっちゅう使ってたよっていうふうな、そんなような手法だったりしております。
今回のオークストリートの異変の監督は、ロバートなんとかミッチェルさんとかっていうふうな監督さん。
It Followsっていうふうなホラー映画でデビューしているような人なんですけども、
この人が、ブライアン・デパルマ監督のこの手法がすごく気に入っていて、これをすっごく多用するような、そんなような映画だったりしております。
この効果っていうふうなのがどういうふうなものがあるかというと、
まず、顔がドアップになって背景に関係があるものが映るっていうふうな感じになっていくと、
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同時に心理描写みたいなものっていうふうなのを1枚の絵でやらかすってくれるっていうか、やってくれるっていうふうなところを描いてたりするんです。
例えば、アン・ハサウェイとユアン・マクレーガーが恐竜が出た後で、これからどうやって生き延びていこうかっていうふうなことを話をしているときに、
例えばお父さんの方が顔を背けた上で、外が恐竜だらけになっているようなところが背景がピントがあったり、
お母さんの方は顔がはっきりと前に向いた状態で、背景の方は家の中を映っているっていうふうなのが映ってたりすると。
それぞれの興味とか関心とかっていうふうなのが、どこの方に向かっているのかっていうのが画面から読み取れるようになっているっていう。
こういうような形で進んでいくので、恐竜が出てきてからも同じような使われ方をするんですね。
例えば、背景の方で何かかさこそ動いたなっていうふうに見てみると、そこに恐竜がいるっていう。
そういうふうな使われ方をするので、特徴的なところといえばこの辺の部分かなと思っております。
あと同時に、私はこのスプリット・ディオプターという手法自体というふうなのって、
ブライアン・デパルマ監督の映画よりもどっちかというと、ヌーベルバーグの映画の手法としてよく使われてた印象があって、
フランス映画とか文芸映画っぺえなっていうふうな印象をずっと持っている技法でした。
実際にこの映画を見たときは、このことについてあんまり知らなかったので、ひたすら見ているときに、すっげえ文芸っぺえなっていうふうな感じの印象を受けてたりしておりました。
それだけ、登場人物の顔をアップにして背景が合わせてというふうなところが、すごく何か意味とかそういうふうなものを読み取れるような作りになっていて、
それだけで、なんかそういうふうな雰囲気になるなというふうに思っています。
笑っちゃうのは、恐竜に対しても内面があるかのように見せるようなショットがいくつかあるというふうなところが、私はすごく面白いかなと思っております。
で、そんなような感じで、文芸っぺえなような話の始まり方をしてたりするおかげで、
この映画、冒頭の方では、こういった4者4様の悩みを抱えているような状況となっておりまして、
言ってしまうとソフトストーリーみたいな、だから家族の不安とかそういうふうなものを描いていて、それが壊されるのか直されるのかみたいな、
普通の映画館にかかっていたら、まず自分で見に行くことがないなっていうふうな類の映画になってたろうなっていうふうな話にですね、
そこに原始の時代にタイムスリップして、その中で恐竜たちがバッコしているような世界に行ってしまったがために恐竜たちに襲われるという。
だからお父さんが失職して悩んでいるというふうなところも、お母さんが家族を捨てて小説家として身を立てたいとするような悩みも、そんなものは恐竜の前には無力という、そういうようなお話が展開されていくんです。
それで恐竜が出始めてからは、この前段のいろんなことで悩んでたけどっていうふうなところが、ほぼ一瞬でどれもこれも解決していくんですよね。
だから私はその辺の部分がですね、すっごく面白い。
例えば家族の中で頼りないような形で、奥さんからは疲れてたお父さんなんだけども、いざ恐竜が出てくると恐竜に立ち向かうためにいろんな活躍をしたりして、
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そこでお母さんからの再評価というふうなのを恐竜が出たことによって発揮していくし、
あとお母さんも原始の時代に戻った際にですね、いろいろとあって原稿を全て失ってしまうんですね。
その失った後で恐竜と対峙しながら家族と一緒に生きていかなければならないというふうな状況になって、家族の大切さみたいなのに気づいていくっていう。
子供たちは子供たちで、今まで例えば近所のいじめっ子にいじめられるんじゃないかみたいな恐怖も抱えてたりもしてたのが、恐竜の方が怖いというふうになって解決していったりするし。
あとは女の子の方は女の子の方で新しい恋人みたいというか、好きになりそうな相手っていうふうなのを、この事件をきっかけに見つけていくしっていうふうなのがあって、
本当にタイムスリップしたことによって家族の問題がどうでもよくなって、結果的に解決してしまって、代々に向かっていくというふうな、そんなような映画になっています。
私は、話がどう転ぶのかっていうところも面白かったし、なんか見ていて面白かったんですよ。
それで、本当だったら、たぶん2時間とか3時間とかグダグダで悩むような問題っていうふうなのを、恐竜を出すことによってあっという間に解決していってっていうふうな話になってきて。
後半、ちょっとなんかそれは都合が良すぎねえかっていうふうな展開とかも挟まりはするんだけど、それにしても、私はやっぱりこのぐらいの温度感の映画は見ていて面白かったなっていうふうに思いながら見ていたところです。
で、冒頭話をしていた部分で私が思っていることっていうふうなのはですね、この現実に恐竜とか現れねえかなとかっていうふうなことをちょっと考えちゃうような、お父さんの復権ぶりだったなというふうに思っております。
本作のユアン・マクレが演じるお父さんというふうなのは、失職していることを家族に隠しているっていう、そんなようなお父さんだったりするので、本当にどうやって生きていったらいいかっていうふうなのを悩みつつ、それなりに家族のイベントはなんとかこなし。
で、こなせない…まあそうそう、こなしてはいるんだけど、こなせないって言いなくて、そのことを妻からなじられてたりするんだよね。
だから家族との時間を取るっつったじゃん、なんであんたピザの配達なんかしてんのよ、みたいなことを日常的に言われるっていう。でも稼がなきゃならねえじゃんとかっていうふうなのがあってね、お父さんなんか世知辛いなーっていうふうなのを見ていて思ったんですよ。
で、そしてピザの配達のアルバイトをしていることをご近所に知られたくない奥さんから、ピザの配達用に使っているクルズマの飾りは都度外すようにって言われてるあたりも、かわいそうになーっていうふうに思っていたところなんですよ。
で、そんなような状況になっちゃってるんだけども、いざ恐竜が出ると、やっぱり出だしの頃は反目し合ったりするんだけども、実際に恐竜と対峙して、恐竜と戦って、夫婦2人で家族なんとかしていきましょうねっていうふうにやっていくと、なんかあっという間に仲良くなっていくんですよね。
で、こういうふうな、なんか相手を見直す瞬間みたいなものっていうふうなのが、本当に恐竜が出るとか、まあそういうふうなことぐらいしかあっという間に出てこねえんだなーなんていうふうなのをちょっと見ながら思っていたところです。
で、実際私はこの映画を見て、まあちょっと別見で妻から言われて、その時は流したけどまあまあ傷ついていたことっていうふうなのがあったんだなーっていうふうなのを思い出してたんです。
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これは、近所の公園でクマが出たーっていうふうな話になって、で、私はここ最近、歩くのが趣味で、ハイキングに子供たちと一緒に行こうかーっていうふうな話をしたんですよ。
で、その際に妻から、クマが出たら子供を置いて逃げそうだよね、あんたっていうふうに言われたんですね。
この辺の部分で、私はそのまま受け流しをして、で、例えば東アップ、南アルプスで起きたことっていう、あの、なだれが起きた時に家族を置いて逃げちゃったお父さんの話を、家族が追求する話っていう、まあ地獄みたいな映画があるんですけども、それの話をすることによって逃げたんですけども、でも妻からそんなふうに思われているっていうふうなのを、私は何かしらそのことについてずっと引っかかりがあったんですよ。
で、あの子供たちには、ちゃんとお父さんは靴紐をしっかり結んでいる娘を置いて逃げられるかもしれないね、みたいな冗談をめかして話をしてたんですけども、でも、たぶんいざという時にそういうふうにするかもしれないねっていうふうに言われたことについて、傷ついてもいるし、同時に妻がそういうふうに言うだけの何かが、私に、まあ思い返すとあったりするのかもなーなんてのはちょっと思ったりはするんです。
で、そういうようなことっていうふうなのを挽回する機会が欲しいっていうふうに思ってはいても、基本的に日常生活ではそういうふうなのって起こらないんですよね。
なんか、まあ私はだいたい妻をはじめとしていろんな女性と付き合いをしてきてて思ったんですけども、最終的に別れることになるのって、要は私に対する厳密の行き地がある一定を超えてしまっているというふうな状態になると、別れることになってるんですよ。
まあ、妻と私は結婚っていう契約関係みたいなものがあったりするので、それもあって、たぶん一緒に入れてくれてるんだろうなーとかね、この辺のところを追求し始めると地獄の始まりになったりするので、愛を試してはいけないというふうなところで忘れていきたいなと思うんですけども。
でも、そういうふうになっちゃってるっていうふうなところで、まあ普通のカップル関係だったら、たぶんこういうふうな状態になったら終わりだなと思ってるんですけどね。
結婚していくと、その辺があるなーっていうふうなことをわかっていながら続けていかなくちゃならないというふうなのが、しんどいところだなって思っています。
で、私はたぶんこのオークストリートの異変を見ていて思ったのは、恐竜が出るような何かがあったらいいのになって思うんですけども。でも、そういうふうな状況になって、いざとなって何があるかっていうふうに言われると、恐竜に食べられたりとか、家族を置いて恐竜に差し出して自分だけ逃げるみたいな状況になったりするんじゃないだろうかとか、そんなことをちょっといろいろ考えちゃったりはするんだけどね。
まあでも、都合よく何かを挽回する手段が私にも欲しいなーなんていうふうなことを、たぶんこの映画を見ながら思っていたところですね。
実際にこの映画の中でどんなふうになるのかっていうふうなのは、ぜひとも映画をご覧になっていただきたいなとは思うんですけどね。
本当に、いろいろとご都合主義な部分もあって、家族で見てもそれなりに楽しめるくらい面白かったなというふうに思っております。
だいたい味付けはジュラシックパークと同じ味です。
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ただ、最新の恐竜の発想っていうのが入っているので、恐竜は全部ウモウ恐竜として出てくるし、
あと、みんなの恐竜たちも生き物っぽい、だから生き物っぽい狡猾さ、生き物っぽい暴力性を出してくるのと同時に、生き物っぽいバカバカしさも出してたりするので、
私はそのところとかがすごくバランス良くて好きだなというふうに思っておりました。
あと注意点としてはですね、犬と猫が無事ではありません。
過去、近年バレに見るくらい犬と猫がわりと酷い目にあいます。
だから犬と猫が大丈夫じゃないと困るというふうな人はですね、あんまりお勧めはできないかなと思っておりますね。
はい、というわけで、こんな感じで日記程度の内容というふうなのをこれからちめちめ話していきますので、
よろしかったら今後ともご非議にしていただければありがたいです。
では、また次回。
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