実際にイエスが悟りの境地に至っていた、という資料はほとんどないようです。
イスラム教にはほとんど悟りという概念はないみたいなんですが、イスラム教の神秘主義とも呼ばれるスーフィー、
こちらの方は、神との合一を目指していて、そのプロセスは悟りへの道に近そうです。
他にも、いろいろな宗教や思想の中で悟りについての概念、見解がありますが、興味のある人は自分で調べてみてくださいね。
私は子供の頃から目に見えない世界のことに興味があり、霊的な感覚、スピリチュアル的な感覚をほんのりと持ちながら大人になりました。
突然頭の中にドバーっと映像が出てきたりとか、現実の目に見えるところにフィルムがかかったように何やら見えてしまったり、声が聞こえたり、
自分の脳内では言葉にするのが追いつかないような情報が入ってきたりする経験を何度もしています。
なんですが、そういったことを自分の中でなかったことにしたり、気のせいだと片付けてしまったり、無視したり、知らんぷりすることが、本当にここ最近までほとんど多かったですね。
本当の意味で自分のそういった感覚を受け入れたのは気候を始めてからなので、本当に最近のことです。
そして気候のトレーニングをしているときに覚醒体験、悟りと言ってもいいのかなというものも経験いたしました。
そしてそれ以前にワンネス体験というものも体験しています。
そういう体験が先にあって、今回ポッドキャストで仏教の話を聞くと、私が体験したことなどがちゃんと言葉で説明されているんだなぁと面白かったですし、
そしてまたそこに書かれていることと、私自身の体験を通じての解釈との違いがあると感じるようなこととかもあり、面白いと思いました。
私にとって覚醒とか悟りというものは遠いものではなく、すべての人がほんの紙一重のところにあるものだと思っています。
それを求めてしまうがゆえに、それが遠のいてしまう。そんな感じです。
悟りや覚醒に至りたい人に私が伝えたいことは、知識は知識でいいけれども、まずはそれを置いておいて、感じることを大切にしてくださいということです。
悟りや覚醒というものは、自分が何者であるかに気がつくこと、自分が何者であるかを思い出すことです。
仏教のもとにもなり、お釈迦様も学んだであろう、インドに伝わる聖典、ヴェーダというものがあります。
ヴェーダは人の願いを叶えるための方法を教えてくれていると言われていて、サンスクリット語で書かれています。
ヴェーダの一つには、満足とは何かというものが書かれています。
満足とは自分の内にあることだという事実。
外側ではなく、自分の内側にあることだということです。
満たされるということは、本来の自分に深くくつろぐこと。
本当の満足は外ではなく、自分の内にある確かな存在を知ることであると教えています。
そして、それらのヴェーダの最後に記されている、完全な満足に人を導く教え、
ウパニシャットというものがあります。
ウパニシャットとは、それぞれのヴェーダの最後の最後に記された奥義書で、中でも舞台前に成立したウパニシャットをコウパニシャットと呼び、
聖典の最終章という意味のヴェーダアンタとも呼ばれ、約数十点あります。
その中の中心的な教えになるのが、ボンが一如です。
ボンは宇宙、ガは自分、本質的に私たちは宇宙と一体であるという教えです。
このウパニシャットの教えは、私が学んでいる古式マスター洋画のベースにある考え方で、
その教えは私が体験したワンレス体験とも一致しています。
ワンレス体験というのは不思議なもので、正直いつどうやって起こったのかよく覚えていません。
でも物理的に実際そうなっているわけではないと頭では分かりつつ、
例えば人と話していると次第に私がその人になり、その人が私になっているような感覚に陥り、
なんというか、お互いが解き合っていることに気がついたりするんですね。
人とだけではなく自然を含めたすべてのものとの深いつながりを感じたりすることが結構あり、
私と他のものには究極的には実は差がないことだとはっきりとわかる、そんな感じです。
あ、そうだったって気づくような感じなんです。
わからなかったことがパーッとわかって、なんだそうだったんだという体験でした。
覚醒体験もそんな感じでね、あったんですけれども、
覚醒したからといって特に何が変わるわけではありません。
例えばヨガなどでくんだりに上昇というエネルギーが微底骨から頭頂に向けて駆け上がり、
ものすごい至福の体験をするというものがあります。
私も何度か経験がありますが、それはなんていうか、神秘体験というか凝縮したエネルギーが一気に駆け上がる状態の体感なので、
覚醒とはまた別なのかなと思います。
私は気候の練習をしている時に、U帯離脱をしたような感じで、自分が宇宙に浮かんでいることに気がつきました。
そして自分が宇宙に浮かんでいることに気がついた時に、揺らぎの全くない湖の表面を指先で触って波紋が広がっていくような感じで、
脳にポツッと針の先で触られたと同時に、一気に情報が入ってきて全てを汲み取るのは難しいんですけれども、そういうことだったんだねという感じで、
感覚で、ああ全ていいんだということが腹落ちしてわかったという体験でした。
とにかく呼び方は、宇宙だったとしても神様だったとしても、存在の根源でも何でもいいんですけれども、
もともと私たちは源と一つであって、そこから分離をして地球という星の中で物理的な体を持って様々な経験をして、
究極を置いてしまうと、この世界に起こる全てのものは起こるべき死で起こっていて、まるっと全てそれでいいというのがはっきりとわかりました。
ただこれを言うとね、では子供たちが戦争で命を落とすことはいいんですか?とか、
犯罪に巻き込まれて大変な思いをしたとしてもいいんですか?とか、
事故で子供を亡くした親にそんなこと言えますか?など、極端な抵抗に遭うことも承知しています。
もちろん私は全てがいいとは思っていません。
ですが宇宙的に見ると、全ては起こるべき死で起こっていて、宇宙と私は同一なので、私たちは様々な苦しい悲しい経験をしたとしても、
それは宇宙の体験であり、良しなんですね。
その中で私たちは自分の意識を使って、自分自身の現実を想像して、
世界により調和の取れたエネルギーを自分から放っていくことで、世界を変えていけることができると私は考えていますし、
そういうものを宇宙から見せられています。
まずは全ての答えは自分の内側にあります。
そして内側に入っていくと、いつの間にか宇宙にワープしたような感じになりますし、
外に意識を放っていき、どんどん遠くに宇宙にどんどん意識を飛ばしていくと、不思議なことに自分の中に戻ってきていることにも気がつきます。
この地球に住んでいる誰もが特別な力を持っています。
ですがその力があることを覚えていることで、様々な経験ができなくなってしまうんですね。
この地球は経験を積むことのできる美しい星です。
私たちは宇宙に浮かぶこの星からエネルギーを得て生きています。
なのでただ思い出すだけでいい。
そして思い出すために身体の声を聞くことがとっても大切です。
なぜなら体はとても正直ですから、本当に気づき、覚醒、悟り、もうすぐそこにあります。
言葉には制限がたくさんあり、私の感覚を伝えきれないのがとても残念なんですが、
でも誰もがこの感覚を鍛えることができます。
気候がその手段の一つになりますね。
今回も最後までお聞きいただきありがとうございました。
今回の放送はね、かなりスピリチュアルなお話になってしまって、
全く何を言っているのかわからないっていう方もいらっしゃったかもしれませんね。
私にとっての真実が、あなたにとっての真実であるとは限りません。
私が体験したことは自分でも本当かどうかわからない部分もあります。
自分で自分が統合失調症ではないと言い切ることもできないんですね。
だけどこういったよくわからないスピリチュアルのお話も、本当かどうかはわからないけれど、