1%の情熱ものがたり 海外に住んでいる日本人は日本人総数のわずかに1%
この番組では海外出身や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者 また各業界のプロフェッショナルな方々へ対談形式でインタビューをしていきます
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学とそこに燃える情熱に迫ります
こんにちは こんにちは ああごめんミツです
春です 1%の情熱物語414回です みなさんお元気でしょうか
お元気でしょうか
ちょっとミツさんに報告したいというか共有したいことがありまして それは何ですかグッドニュースバッドニュース
絶対大した話じゃないです
私が新しいあのなんか若者で流行ってるアプリを私も始めたよっていう なぬ興味深いですねそれは
なんかセットログっていうアプリがあるんですけど知ってますか 知ってるけどそれアメリカでも流行ってきてるんだね
そう私は日本の友達から紹介あの一緒にやろうって言われて始めたんですけど なんか聞いてみたら海外とやってる人は結構多いみたいです
どこだっけ韓国だっけ 韓国初のアプリ
vlog アプリみたいな 感じなんですけど
そう 始めまだ私は若者だと思ってちょっと嬉しくなって
ちょっとじゃあ説明し軽くしてください知らない人のために セットログっていうのはまあ韓国初のその
vlog 1日の vlog を自動で作成できるアプリなんですけど1時間に1回しかアップできないんですよね動画を
それを自分で作った コミュニティの中でだけ発信していくっていう
感じなんで例えば この友達と学校の友達となんかバイトの友達は見れないみたいなだけで私はどっち
にも発信できるみたいなイメージそれぞれに部屋があるっていうイメージなんですけど
うーん ソーシャルメディアだけどまあクローズドーンなコミュニティを作れる
そうですそうです まあインスタグラムとかでもそうだそういう機能がついてますけどね友達しか見れ
ないとかね そうですねあとまあ1時間に1回しか上げれないっていうところ
あって割とこう日常的ななんかご飯何食べてるとか今ジム行ってるとかそのぐらいの なんかこう
軽い報告もなんかアップしているような メディアだかなと思います
なんかあれだっけルックス的には何時に何やってますみたいなのが横長で 4つぐらい出てくるんだっけ
なんかそうですね私は6人でやってるので縦に6つ分かれてて そうだよねなんかスマホで見た時に人の顔が4つ
まあ6つ そうですそうです
順番ならまとうとうとトータルテンボスじゃねえなんだっけあれ 何だろう全然読みねえじゃねえけど
トーテムポール なんですかそれ
トーテムポールだったっけ あれの
なんだそれ 顔があのなんだあれは
トーテムポールってなんだあれ わかりましたはいトーテムポール
あれ民族のやつですよね木彫りの柱 そうそうそうそうそう
あれって顔が並んでるんじゃなかったっけ 顔が縦に並んでるんだけどまあああいう
ようなルックスになるんだよねきっとだから 考えたことなく そういう感じでそういうことです顔が入るとそういう縦にガンガンガンって並んでるって
いうのであれから同じ何時間帯で私はこれ 飯食ってましたよ私は
なんかそれぞれ走ってましたよみたいなのが 見れそうです
同じ時間帯なので私はがみんなが通勤するよっていうところに今から寝ますとか 今から夜の
朝食ってきますみたいなそういう時差があるっていう それ面白いよね
そうです海外に住んでる人とやるとね なんか結構それで知らない人だけど海外の人とつながって
こう部屋を作るっていうことかもいるみたいです ああなるほどね
そっか それでも今結構トレンドなのかねぇどれぐらい流行ってんだろう
どうですかねでも私6月ぐらいに始めて 今2ヶ月ぐらい結構みんなずっと毎日上げてますけど
ちょっと俺仕事の関連でその存在は知ってましたけど 多分普段のプライベート生活だったら全く知らなかったと思います
まあ そうですか流行ってるんだね
BDRよりBDRはわかりますか 通知がランダムに来てその瞬間に撮らなきゃいけないってやつだよね
あそうですそれはちょっと厳しいじゃないですか生活的に まあそれが面白かったところなんだけどね
まあそうかもしれない 予想的な顔じゃない瞬間を撮る 見せるっていうのがね
なんかそれよりは時間が制限されてないっていうのがなんか社会人とかでもやりやすいのかなって思いました
あとVlogにちょっとやっぱり憧れるっていうか自分もVlogやってみたいみたいな気持ちをうまく捉えてるなとは思うよね
確かに ログを残しとって他の人と比べてみるみたいなね
確かになんかみんな何やってるんだろうって気になるもんね
なんかキラキラしてない部分を見たいんだと思います まあそれもある そこはBDRと近い部分もあるよね
素の自分を 見せるというか
なるほどなんかちょっとそうなんだと 勉強になりました
はい私もデビューしました まあでもちょっとまた教えてくださいそういう話ちょっと聞きたいわ
はいなんか新しいのやり始めたら 共有します はいお願いします
それでは本編いきましょう 毎回一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしています
1%の情熱物語 今回は中医師の小泉彩乃さんにお話を伺っています
今回は2回目のエピソードです
はい先週までがね中医師とは何ぞやみたいな話とか 台湾でのその生活ぶり仕事ぶりみたいなね聞いてたりしたんですけど
今回が老いたちから なんで台湾におるんじゃという話を聞いております
おるんじゃと言って おるんじゃというのも変な言い方しましたがすいません
はいお願いします それではお楽しみください
はいじゃあちょっと今から過去の話を伺っていきたいんですが まず愛知県出身僕もね実は愛知県豊田市出身なんですけど
彩乃さんはどちらの? 私は名古屋よりもうちょっと西側にある津島市とか
昔で言う天群とか その辺でした
あーどんな子供でしたか
結構本が好きで 本を読むのが好きで
じゃあ子供の頃からですね先週もね本を読むのが趣味みたいな話があったけど
なんか母から聞いたエピソードなんですけど近所に本屋さんがあって まだ文字が読めない時期だった
何歳か分からないんですけどぐらいだったんですけど 本屋さんの床隅に座り込んで寝てしまったらしくって本を抱えて
夜になって娘がいないっていうふうに騒ぎになって そしたらなんか本屋さんの中から もう閉まっている本屋さんの中から泣き声が聞こえてきた
あんた何やってたの?みたいな騒動があったらしいです
迷子になっちゃったな本を抱えたまんま 寝ちゃったんだ
忘れて帰っちゃったのかねお母さんがね
本当にお隣とか一軒隣ぐらいのところだったらしいので もしかしたら勝手に行っちゃったのかもしれないです
まあそのご近所同士で顔見知りっていうのもあって
じゃあそれぐらい本が好きなんだ なんか素敵なエピソードだな
ちなみに小学校とかどういう本を読んでたんですか?
結構いろいろ読んでましたね
なんか変な意地があって
図書カードっていう小さいカードに その日に借りた本の名前とか日付とか書いていくっていう
小学校の時はそうやって本を貸し出すシステムだったんですけど
図書館のカードね
それを私は毎日埋めようっていう目標があって
だから本当に毎日行って何か借りて返してっていうのを続けて
そのカードを何枚貯めたっていうのを誇りにしてましたね
実際に読んではいたんですけど その分そんなに長編のものは読んでなくて
エッセイとか短編?
なんだろう昔話とかが多かった気がします
昔話とか童話とか
いましたよねそういう子
一人か二人ずっととにかく本読んでる
いつ何時も
そういう子でした
僕らは放課になるとすぐにサッカーボールだか
どっちボールだかやりに外に駆け出すんですけど
その間もずっと本読んでる子が一人か二人はいましたね
そういうタイプですか
そういうタイプでしたね
でも友達と遊んだりもちゃんとしてたので
むちゃくちゃ大人しいタイプでもなかったんで
その時は夢みたいなのは何になりたいってありましたか
中学生でも
中学生ぐらいだと本当に生意気なんですけど
医者か弁護士になりたいみたいなことを言ってました
すごい
かなってるじゃないですか
なんとか
自分が読むのも好きだったので自分で書く
小説家になりたいだとか文章を使って何か仕事をしたいとか
っていうふうに思ってたこともあります
書かれたことはないですか
小説書いてみようかなみたいな
ありますね
中学生の時ぐらいに
友達同士で小説書いて交換しあってとかっていうのはしてましたし
楽しそうですね
途中まで物語を書いてその続きを友達が書いて
また戻ってきてみたいなってことですか
それはあんまりなかったですね
私が多分一方的に書いて押し付けてることの方が多かったんじゃないかなと思います
そんな感じですね
どういう内容か覚えてますかその時書いたの
恋愛系ですかそれとも
中学校の時は確か恋愛小説が流行ってて
これぐらいなら書けるわって思って
本当にごめんなさいなんですけど
って書いたっていう感じのあります
ちょっと違う時には
それって残ってないのかな
さすがにそれは残ってないですね
それ以外の時は動画っぽいものとか
結構ファンタジーが好きなので
動物が喋ったりとか
そういう風な感じのお話を書いたりしてましたね
空想好きな子供だったわけですね
ご兄弟は
弟が一人います
なんとなく空想好きだと一人っ子なのかなと思っちゃったんですけど
弟さんいらっしゃるんですね
弟いるんですよね
弟いるのとあといとこが結構男の子が多くて
なので私の身の回りの小さい頃に
あったものって
超合金のロボットだとか
ウルトラマンのビニールの人形みたいなやつ
フィギュアかな
本当に男の子のものが多かったんですよ
弟とよく喧嘩したりいとこと遊んだりしたので
そういう意味ではそこそこ活発だったかなとは
なるほどね
そういうことですね
でも医師か弁護士
ということは結構勉強も頑張られて
高校に入ったのかな
いわゆる
いわゆるその頃までは地元の神道みたいな感じでした
えーすご
そこまでではないから
神道なんだ
そこまで言われたから勝手に私がやってます
結構トップクラスですか学校の
いや中学校までは
えーすご
高校に入って凡人に落ちましたね
そこまではずっと名古屋というか天国にいらっしゃったんですか
大学までですか
住んでるのは今でも地元もずっとそうです
実家はそこにあって
高校から名古屋市内の高校大学と名古屋市内に通ってました
なるほど家から通ってたんですか
はいはいはい
そっかそっか
でじゃあ博学部ですよね
博学部を卒業されて
大学院にそのまま行かれた
はいそうです
これも博学部ですね
はい博学部です
どんな研究をされてらっしゃったか聞いてもいいですか
今の博学部って6年生なんですけど
当時まだ4年生で
えそうなの
そうなんですよ
当時まだ4年生で
結構うちの大学は卒業研究
国家試験より卒業研究に力を入れるタイプの学校だったんです当時
4年生になったら全員がこの何らかの研究室に配属して
卒業論文をまとめなさいっていう感じで
その時に私が選択したのが小薬学っていう研究室でした
でまあ小薬
小薬学
生の薬って書くんですけど
要は漢方薬の材料になるような
草というか植物だったりとか
薬草とか
鉱物だったりとか
あと西洋のハーブだったりとか
その日本の昔からある薬草
の ための学問ですただまぁ研究室はそんな
そんななんだろうな一つ一つの細かいことを研究する なんていうんだろう
8 小薬学全体を勉強するはあの研究するわけじゃなくってとあるテーマを決めて
研究していくじゃないですか そこの小薬の研究室っていうのが結構漢方薬の薬理解析に重きを置くような
研究をしてまして
当時の先生があったとか私たちも行ったんですけど研究内容としては 抗がん作用だとかアトピー性皮膚炎とか
あとは私自身はその 心血管疾患というか動脈効果に対する効果がある漢方薬の研究とその薬理解析
みたいな ことをやってました
ん
まあ研究手段としては動物だとか細胞を培養した ものに薬を与えて
まず効果があるかどうかで効果があったならどこの なんだろうな
どこの部分で dna の部分なのかタンパク質の部分なのか どこのどういったメカニズムでその
病気の発症を抑えるあるいは改善するっていう効果があったのか っていう名のを突き止める研究をしてました
難しそう
まあでも研究って言ったらまあ こうなんつーんだ地道に
はい地道です本当に地道ですやらないといけないですもんね これはダメだったあれはダメだった
こうしたらどうなのかってずっとやってるわけですよねひたすらずっとそうですね ひたすらやってますね
パンってなるでしょその時に頭パーンってあんなにそうになっちゃったんだねそうなんですよ 本当に毎日毎日
なんか話し相手は済みだけみたいな 生活を送ってたら
まあもちろん同級生ラボの仲間とか先生とかとディスカッションはするんです けど
でも学生の頃ってそんなになんつーのこの ねえ切羽詰まった状況になるのかなどうなんですかね
プレッシャー
その時確かだどっちだったかな 大学院生でやっぱり論文を書いてそれなりにあの
評価を得ていかないとその後の就職先だとかに困っていくじゃないですか だし今いろいろ研究費かけてもらって
あの 実験をさせて学生とまあこっちが
学生なので授業料を払ってるんですけどいろんな研究費を稼いでいるのは教授だったり 指導医の先生方です
でまぁお金をかけて研究させてもらっているのに成果が出ないのは申し訳ないなあっていう のもさすがに
うーん まあじゃあ論文書かれてその後
抗がん剤 抗がん剤というか効果作用のあるものの
論文を書かれたと私は8動脈効果です あごめんなさい
いいいい 出しましたそうかそうか
動脈効果でだから血が固まるやつですか 効果って要は血管の中に余分な脂肪がたまって
血管がこう塞いでしまって 血流が悪くなるとかとかひどい病院は完全に塞がって血流が流れなくって
あの 心筋心臓の筋肉が
餌してしまうっていうような あああああああ
これどれぐらいのこんなか研究結果というのは ちょっと今
話せる範囲だと
2種類ぐらい2種類から薬使ったんですけど
まあそのうちの一つに関してはネズミ にその薬を与えてあとまあ
ネズミ普通だとそんな脂肪がたまぎような生活しないのでネズミは 無理やりコレステロールの高い餌を与えて病気にさせるんですけど
かつそれに薬を与えて効果があるかっていうふうな実験方法なんですけど
まあそのネズミの段階でその動脈効果の発症をある程度抑えるというか最終的に 血管を取り出して
スライスしてその経営の中の脂肪が溜まっている割合を 全部面積を出して
何パーセントを抑えたかみたいな 脂肪で埋まってるみたいな
データを出すんですけどそれに関してはまあ効果があるっていうふうに なりました
じゃあそれ薬になったりしているんですか あのもともとの薬なんですよ漢方薬を飲ませているので日本で今普通に使われている
漢方薬を飲ませています 実験で使っています
じゃあ製品化するための材料というか データにはなっているってことなんですかね
はいはい そうです日本でその漢方薬って使われてるんですけど普通に今でも
今でもというかまあ使われてるんですけど結構データが なんで効くかわかんないっていうものが多くて
百草菅とかも何かそうですよね何だかよくわかんないけど 昔からみんなが飲んでいるみたいな
西洋薬であれば本当に厳しい臨床検査 害はないかとかちゃんと本当に効いたのか今までの既存の薬と比べてどれくらいの
そういうしっかりしたデータが知見を繰り出して出てくるんですけど 漢方薬って昔から使われてるからっていうので
今でも使っているっていうところが多くて じゃあどういうメカニズムでっていうのがわかってないものが多いんですよ
私の当時の学生時代と今とはちょっとまだ それから何年も経っているので解明されているもの多いとは思うんですが
当時は本当にわかってないものが多くて よくわかんない薬を出すのは嫌だっていう日本のドクターって
やっぱりいらっしゃいますので じゃあこうしたバーンとデータを見せてやるぜっていうような意気込みで研究してました
なるほどですねそれは素晴らしい後ろ盾というか ねぇなりますもんね
いやー尊いお仕事お仕事というか まあでも研究員になるのかなその後
博士を取られて
博士を取ってとりあえずというか
研究員だいたい2年とか3年とか5年とかの契約制になるんですけど
とあるそういう研究所の研究員になりました
そこで台湾に赴任になるんですか
違います一旦そこで2年ちょっとぐらい過ごして その後に
あの
そのとある大学から声がかかってそこの教員になって そこから台湾に派遣されたっていう感じです
あーなるほど それは何
歳ぐらいの頃か聞いてもいいですか
20代中盤か30になった頃かぐらいかな と思います
どうでしたその時の気持ちっていうか 台湾に行ってくださいって言われたんですよね
はい
自ら望んで行ったわけじゃないですよね
望んで行ったわけじゃないんですよね
これ言うと台湾好きの人に怒られそうなんですけど
いやいや全然
そうポスドクというか研究員ってさっき言ったように
契約年数が決まってるじゃないですか 決まってるんですよ
そろそろ切れるな次の仕事探さなきゃなって思ってた時に
大学院時代の恩師から電話がありまして
その方も定年されて別の大学に行った方なんですけど
軽く先生お久しぶりですどうしたんですか みたいな挨拶の後に
台湾行かない?みたいな答えが出て
旅行誘ってんの?とかちょっと変な色々考えたんですけど
詳しく話を聞いてみるとその先生が行かれた
新設の私立大学があって当時まだできて3年ぐらいだったのかな
新設の大学なのでいろんな活動を活発にして
アピールしていかなきゃいけない面もあって
台湾の大学と姉妹校提携みたいな業務提携を結んだらしいんですよ
そういう名目だけじゃなくて実際に共同研究を進めたり
学生や先生の交換留学みたいなことをして
交流を活発にしていこうっていう風なプランがあったそうなんです
ただそこ新設の私立大学なので
集めた教員や教授陣が
大体国公立の大学を定年していらした
温帯ばかりなんですね
なのでそんな人たちに台湾行ってこいなんて言えないじゃないですか
そこで比較的若くて融通が効くような
そこそこ海外一人でほっぽり出しても
耐えられそうなメンタルというか
体力メンタルを持った人いないかなって
探した時に私思いが立ったらしくて
いいのか悪いのか
それで声をかけて
白羽の矢が立ったと
台湾に行くだけじゃなくて
言語は問題なかったんですか
言語は全くできませんでした
英語はそこそこでもないか
日常会話ぐらいはできるんですけど
中国語はゼロですね
ちょっとびっくりですね
すみません今何か言いかけたところ
ちょっと塞いじゃったけど
台湾に行って終わりではなくて
最終的に日本の大学の教員として採用されて
そのままなんていうんだろうな
私たちの言い方ですと
パーマネントの就職先ができたっていう
表現をするんですけど
今までの研究員の契約年数ではなく
一応そこで安定した職を得られるっていう風な
感じになるので
条件としてはいいかなと思って
何年間か台湾にいて
あとは日本に戻って
就職みたいな感じの話だったんですね
教員として大学の先生として
授業したり研究したりっていうのは
進められることになりました
それで台湾に行って
また日本に戻られたってことですか
台湾に行くプロジェクトが
一旦3年ぐらいが目処だったので
台湾に来て3年過ごして戻って
普通に授業したりとか
研究したりとかしてたんですけど
その後にまた台湾で中医学を
勉強し直したいなと思って
大学をやめてしまって
台湾に日本に来たって感じです
じゃあ脱サラじゃないけど
就職してたような感じだったのをやめて
学生に戻って台湾に行ったと
そうです
それなかなかの決断じゃないですか
そうですね
ほぼほぼみんなに反対されました
もったいないって
大丈夫だなって心配する人も
いそうだけど
それぐらいでもやりたくなっちゃったんですね
そうなんですよね
やりたくなったところを
積極的な理由もあれば
何から来たんだろう
積極的な理由もあるんですけど
大きいのは
日本で漢方薬系の授業をしてたんですけど
学生さんの
私の担当する講義の内容としては
漢方薬の臨床応用みたいなやつかな
なんですけど
薬学部でそれを教えてて
薬剤師なので
自分で処方する権利はまずないんですよね
なので
こういう病気の人にこういう薬ですみたいな
簡単に言うと授業をするんですけど
それをやっても
将来薬剤師になるこの子たちが
それを応用する機会はあんまりないなっていう
ちょっと矛盾を感じてたりとか
実践よりかは理論上の話ばっかりしてるなっていう感じですか
あと国家試験で
漢方薬の問題が出る問題数なんか本当に少なくて
なので真剣に勉強する学生さんもそんなにいなかったりだとか
興味がある子はやっぱりするんですけど
そういう意味での学生さんの熱がお互いにかみ合わなかったり
あと反対に熱心な学生さんが質問に来てくれて
例えば自分がアトピー性皮膚炎があって
こういう風な症状なんですけど
先生こういう場合はどういう風に診察するんですかとか
どういう薬が合ってますかみたいに
相談というか質問というかされることは結構ありまして
でも私自身も薬学部で研究員やって台湾に行ったぐらいなので
当時まだそんなに理解が深くないんですよ
漢方薬とか
実際の患者さんに処方したわけでもないしということですか
本の中での知識はあるけれども
だから教えられるんですけど
実際に診察をした経験もないですし
薬心をどうするのって言われても
やったことがないので分かんないとか
感じたことがないので分かんないみたいな感じじゃないですか
なので答えることができなかったりだとか
自信がないとなってしまって
ちょっとちゃんと勉強しなきゃなというふうに思い立って
そこで大学辞めちゃうのはおかしいよとは結構言われたんですけど
でも中医学の本場というか
日本ではそこまで深くは学べないってことなんですよね
おそらく台湾まで行くってことは
そうですね
勉強しようと思ったら
先ほど話に出てた国際中医師かな
あれが通信教育みたいな感じなんですけど
ああいうので勉強する手段はあったりはするんですけど
それでもやっぱり実際に患者さんを見ることはないので
同じことですもんね
なるほどね
すごい
コラッツの自分を磨くためにリスクを取ったというか
そういうタイミングなんですね
ちなみに僕皆さんに
何か衝撃を受けた出来事や
人生の転換期となったエピソードがあればって聞いてるんですけど
それは何か挙げるとしたら
いろいろあるようなそれほどでもないような
どうだろうな
でも昨日思いついた