Vol.414|大学教員のポストを捨て、ゼロから台湾で学び直した理由|中医師・小泉文乃(2/4)
2026-09-12 1:14:44

Vol.414|大学教員のポストを捨て、ゼロから台湾で学び直した理由|中医師・小泉文乃(2/4)

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世界のあちこちで起こってる自然災害や戦争や暗いニュースばかりが目につくかもしれないけど、その裏側で一人一人が希望を持って努力してる姿がきっとある。「そこにスポットライトを!」と思う金曜の板倉です、こんにちは。

「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、104人目のインタビュー。
愛知県海部郡出身。本屋で夢中になって寝過ごし騒ぎになるほどの読書好き。図書カードを毎日埋めていた少女時代は神童と呼ばれることもあったそう。高校時代のアメリカ留学でホストファーザーの発作に居合わせた経験から医療の道を志し、薬学部を経て大学院で薬学博士号を取得。大学教員として生薬や漢方の研究・教育に携わるエリート街道を歩む。その後、恩師の誘いで訪れた台湾で「中医師」という存在に出会い、それが転機となる。「漢方を教えていながら実践や臨床経験がない」というジレンマを抱え、周囲の反対を押し切って大学教員のポストを辞職。単身台湾へ渡り、ゼロから中医学を学び直す道へ。5年で台湾の中医師国家資格を取得。現在は台北や基隆のクリニックで、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添い、妊活や体質改善のサポートに奔走する日々。仕事哲学は「柔軟性・学びを止めない」。語り口と生き方にしなやかな強さを持ち、探究心と好奇心を原動力に前進し続けるかっこいい女性。そんな文乃さんの知的で芯のある情熱ものがたり。

生粋の読書好き、そして「神童」と呼ばれるほどに勉強ができたのってやっぱり物事を深く知りたいという欲=好奇心が子供の頃からあったんですね。好奇心ってやっぱ何よりも大事!って改めて思ったエピソードでした。

それでは、お楽しみください!

Vol.414 1%の情熱ものがたり:小泉文乃(中医師)

▼Show Notes : Vol.414

・愛知県海部郡出身 ・読書が好きな子供だった ・小さい頃、本屋で寝過ごして騒ぎになった話 ・図書カードを毎日埋める ・昔話や童話が多かった ・医者か弁護士が夢だった ・小説家や文章を使う仕事も考えた ・中学生の頃小説を書いたりして遊んだ ・弟が一人、従兄弟も男子が多かった ・そういう意味で活発でもあった ・地元の神童のような存在だった ・高校、大学と名古屋市内で通った ・薬学部を卒業後、大学院で博士を取得 ・卒業研究に力を入れるタイプの学校 ・生薬学(漢方薬の材料になるものの学問) ・漢方薬の薬理解析 ・抗がん作用、アトピー性皮膚炎 ・動脈硬化に効果がある漢方薬の研究 ・どんなメカニズムかを解析する ・学生なりに意外とプレッシャーもある ・マウスで実験、効果があると証明出来た ・研究員として2年、その後教授となる ・恩師からの突然の誘いで台湾へ ・その時、中国語はゼロだった ・3年過ごしてから日本へ ・大学教授を辞め、中医師の勉強のため単独台湾へ ・ほぼほぼ周りのみんなには反対された ・漢方薬の授業をしてたが実践をしたことがなかった ・実際の診察経験もなく熱心な生徒に応えられないジレンマ ・自分を磨くためにリスクを取った ・高校生の頃ジョージア州に1年間ホームステイ留学 ・ホストファーザーが発作を起こしたエピソード ・怖い経験をして医者になりたいと思った ・5年間で台湾の中医師国家資格取得 ・ホームシックなどはとくになかった ・片道切符で飛ぶ時にふと不安にはなった ・日本語も英語も通じない環境だった ・最初は日本に帰るつもりだった ・臨床経験を積んでるうちにコロナ禍に ・台湾に残ることに、5年経って永住権を得た ・外国人はクリニック開業ができない

収録場所:ロサンゼルス⇄台湾 @ZOOM & Cleanfeed

リアルアメリカ情報 / アメスポ / 世界の駐妻 (〜)
・カレッジフットボール(大学アメフト)のお話

*1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。
(アメリカ時間で毎週金曜)

▼Interviewee Profile

小泉文乃 / Ayano Koizumi 中医師 Instagram@tcmd_phd_k

愛知県出身。日本で薬学部を卒業後、大学院で博士(薬学)を取得。大学教員として研究・教育に携わる中、共同研究のため台湾へ赴任し、そこで中医師という職業に出会う。この経験を機に大学を退職し、台湾の大学で中医学を学び直して中医師資格を取得。現在は台北市と基隆市のクリニックで診療を行い、妊活や体重管理を中心に、婦人科疾患、皮膚疾患、急性疾患、慢性疾患など幅広い症例に対応している。また、台北には多くの日本人が暮らしていることから、日本語で診療を受けられる中医師として、日本人患者の診療にも力を入れている。薬学研究者としての経験を生かし、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添った医療を提供をしている。

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サマリー

本エピソードでは、大学教員の職を辞し、ゼロから台湾で中医学を学び直した中医師の小泉文乃さんが、その決断に至るまでの経緯を語ります。愛知県出身で幼少期から読書好き、神童とも呼ばれた小泉さんは、薬学部で博士号を取得後、大学教員として生薬学や漢方薬の研究に携わっていました。しかし、台湾での共同研究を機に「中医師」という存在に出会い、自身の研究と臨床経験の乖離にジレンマを感じ、周囲の反対を押し切って大学教員のポストを辞職。単身台湾へ渡り、5年かけて中医師国家資格を取得しました。この決断の背景には、高校時代の米国留学中にホストファーザーが発作を起こした際の無力感から「医者になりたい」と強く思った経験や、自身の研究に対する探求心がありました。現在は台北や基隆のクリニックで、西洋医学と中医学の両面から患者に寄り添う医療を提供しています。

オープニングと近況報告
1%の情熱ものがたり 海外に住んでいる日本人は日本人総数のわずかに1%
この番組では海外出身や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者 また各業界のプロフェッショナルな方々へ対談形式でインタビューをしていきます
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学とそこに燃える情熱に迫ります
こんにちは こんにちは ああごめんミツです
春です 1%の情熱物語414回です みなさんお元気でしょうか
お元気でしょうか
ちょっとミツさんに報告したいというか共有したいことがありまして それは何ですかグッドニュースバッドニュース
絶対大した話じゃないです
私が新しいあのなんか若者で流行ってるアプリを私も始めたよっていう なぬ興味深いですねそれは
なんかセットログっていうアプリがあるんですけど知ってますか 知ってるけどそれアメリカでも流行ってきてるんだね
そう私は日本の友達から紹介あの一緒にやろうって言われて始めたんですけど なんか聞いてみたら海外とやってる人は結構多いみたいです
どこだっけ韓国だっけ 韓国初のアプリ
vlog アプリみたいな 感じなんですけど
そう 始めまだ私は若者だと思ってちょっと嬉しくなって
ちょっとじゃあ説明し軽くしてください知らない人のために セットログっていうのはまあ韓国初のその
vlog 1日の vlog を自動で作成できるアプリなんですけど1時間に1回しかアップできないんですよね動画を
それを自分で作った コミュニティの中でだけ発信していくっていう
感じなんで例えば この友達と学校の友達となんかバイトの友達は見れないみたいなだけで私はどっち
にも発信できるみたいなイメージそれぞれに部屋があるっていうイメージなんですけど
うーん ソーシャルメディアだけどまあクローズドーンなコミュニティを作れる
そうですそうです まあインスタグラムとかでもそうだそういう機能がついてますけどね友達しか見れ
ないとかね そうですねあとまあ1時間に1回しか上げれないっていうところ
あって割とこう日常的ななんかご飯何食べてるとか今ジム行ってるとかそのぐらいの なんかこう
軽い報告もなんかアップしているような メディアだかなと思います
なんかあれだっけルックス的には何時に何やってますみたいなのが横長で 4つぐらい出てくるんだっけ
なんかそうですね私は6人でやってるので縦に6つ分かれてて そうだよねなんかスマホで見た時に人の顔が4つ
まあ6つ そうですそうです
順番ならまとうとうとトータルテンボスじゃねえなんだっけあれ 何だろう全然読みねえじゃねえけど
トーテムポール なんですかそれ
トーテムポールだったっけ あれの
なんだそれ 顔があのなんだあれは
トーテムポールってなんだあれ わかりましたはいトーテムポール
あれ民族のやつですよね木彫りの柱 そうそうそうそうそう
あれって顔が並んでるんじゃなかったっけ 顔が縦に並んでるんだけどまあああいう
ようなルックスになるんだよねきっとだから 考えたことなく そういう感じでそういうことです顔が入るとそういう縦にガンガンガンって並んでるって
いうのであれから同じ何時間帯で私はこれ 飯食ってましたよ私は
なんかそれぞれ走ってましたよみたいなのが 見れそうです
同じ時間帯なので私はがみんなが通勤するよっていうところに今から寝ますとか 今から夜の
朝食ってきますみたいなそういう時差があるっていう それ面白いよね
そうです海外に住んでる人とやるとね なんか結構それで知らない人だけど海外の人とつながって
こう部屋を作るっていうことかもいるみたいです ああなるほどね
そっか それでも今結構トレンドなのかねぇどれぐらい流行ってんだろう
どうですかねでも私6月ぐらいに始めて 今2ヶ月ぐらい結構みんなずっと毎日上げてますけど
ちょっと俺仕事の関連でその存在は知ってましたけど 多分普段のプライベート生活だったら全く知らなかったと思います
まあ そうですか流行ってるんだね
BDRよりBDRはわかりますか 通知がランダムに来てその瞬間に撮らなきゃいけないってやつだよね
あそうですそれはちょっと厳しいじゃないですか生活的に まあそれが面白かったところなんだけどね
まあそうかもしれない 予想的な顔じゃない瞬間を撮る 見せるっていうのがね
なんかそれよりは時間が制限されてないっていうのがなんか社会人とかでもやりやすいのかなって思いました
あとVlogにちょっとやっぱり憧れるっていうか自分もVlogやってみたいみたいな気持ちをうまく捉えてるなとは思うよね
確かに ログを残しとって他の人と比べてみるみたいなね
確かになんかみんな何やってるんだろうって気になるもんね
なんかキラキラしてない部分を見たいんだと思います まあそれもある そこはBDRと近い部分もあるよね
素の自分を 見せるというか
なるほどなんかちょっとそうなんだと 勉強になりました
はい私もデビューしました まあでもちょっとまた教えてくださいそういう話ちょっと聞きたいわ
はいなんか新しいのやり始めたら 共有します はいお願いします
小泉文乃さんの幼少期と学生時代
それでは本編いきましょう 毎回一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしています
1%の情熱物語 今回は中医師の小泉彩乃さんにお話を伺っています
今回は2回目のエピソードです
はい先週までがね中医師とは何ぞやみたいな話とか 台湾でのその生活ぶり仕事ぶりみたいなね聞いてたりしたんですけど
今回が老いたちから なんで台湾におるんじゃという話を聞いております
おるんじゃと言って おるんじゃというのも変な言い方しましたがすいません
はいお願いします それではお楽しみください
はいじゃあちょっと今から過去の話を伺っていきたいんですが まず愛知県出身僕もね実は愛知県豊田市出身なんですけど
彩乃さんはどちらの? 私は名古屋よりもうちょっと西側にある津島市とか
昔で言う天群とか その辺でした
あーどんな子供でしたか
結構本が好きで 本を読むのが好きで
じゃあ子供の頃からですね先週もね本を読むのが趣味みたいな話があったけど
なんか母から聞いたエピソードなんですけど近所に本屋さんがあって まだ文字が読めない時期だった
何歳か分からないんですけどぐらいだったんですけど 本屋さんの床隅に座り込んで寝てしまったらしくって本を抱えて
夜になって娘がいないっていうふうに騒ぎになって そしたらなんか本屋さんの中から もう閉まっている本屋さんの中から泣き声が聞こえてきた
あんた何やってたの?みたいな騒動があったらしいです
迷子になっちゃったな本を抱えたまんま 寝ちゃったんだ
忘れて帰っちゃったのかねお母さんがね
本当にお隣とか一軒隣ぐらいのところだったらしいので もしかしたら勝手に行っちゃったのかもしれないです
まあそのご近所同士で顔見知りっていうのもあって
じゃあそれぐらい本が好きなんだ なんか素敵なエピソードだな
ちなみに小学校とかどういう本を読んでたんですか?
結構いろいろ読んでましたね
なんか変な意地があって
図書カードっていう小さいカードに その日に借りた本の名前とか日付とか書いていくっていう
小学校の時はそうやって本を貸し出すシステムだったんですけど
図書館のカードね
それを私は毎日埋めようっていう目標があって
だから本当に毎日行って何か借りて返してっていうのを続けて
そのカードを何枚貯めたっていうのを誇りにしてましたね
実際に読んではいたんですけど その分そんなに長編のものは読んでなくて
エッセイとか短編?
なんだろう昔話とかが多かった気がします
昔話とか童話とか
いましたよねそういう子
一人か二人ずっととにかく本読んでる
いつ何時も
そういう子でした
僕らは放課になるとすぐにサッカーボールだか
どっちボールだかやりに外に駆け出すんですけど
その間もずっと本読んでる子が一人か二人はいましたね
そういうタイプですか
そういうタイプでしたね
でも友達と遊んだりもちゃんとしてたので
むちゃくちゃ大人しいタイプでもなかったんで
その時は夢みたいなのは何になりたいってありましたか
中学生でも
中学生ぐらいだと本当に生意気なんですけど
医者か弁護士になりたいみたいなことを言ってました
すごい
かなってるじゃないですか
なんとか
自分が読むのも好きだったので自分で書く
小説家になりたいだとか文章を使って何か仕事をしたいとか
っていうふうに思ってたこともあります
書かれたことはないですか
小説書いてみようかなみたいな
ありますね
中学生の時ぐらいに
友達同士で小説書いて交換しあってとかっていうのはしてましたし
楽しそうですね
途中まで物語を書いてその続きを友達が書いて
また戻ってきてみたいなってことですか
それはあんまりなかったですね
私が多分一方的に書いて押し付けてることの方が多かったんじゃないかなと思います
そんな感じですね
どういう内容か覚えてますかその時書いたの
恋愛系ですかそれとも
中学校の時は確か恋愛小説が流行ってて
これぐらいなら書けるわって思って
本当にごめんなさいなんですけど
って書いたっていう感じのあります
ちょっと違う時には
それって残ってないのかな
さすがにそれは残ってないですね
それ以外の時は動画っぽいものとか
結構ファンタジーが好きなので
動物が喋ったりとか
そういう風な感じのお話を書いたりしてましたね
空想好きな子供だったわけですね
ご兄弟は
弟が一人います
なんとなく空想好きだと一人っ子なのかなと思っちゃったんですけど
弟さんいらっしゃるんですね
弟いるんですよね
弟いるのとあといとこが結構男の子が多くて
なので私の身の回りの小さい頃に
あったものって
超合金のロボットだとか
ウルトラマンのビニールの人形みたいなやつ
フィギュアかな
本当に男の子のものが多かったんですよ
弟とよく喧嘩したりいとこと遊んだりしたので
そういう意味ではそこそこ活発だったかなとは
なるほどね
そういうことですね
でも医師か弁護士
ということは結構勉強も頑張られて
高校に入ったのかな
いわゆる
いわゆるその頃までは地元の神道みたいな感じでした
えーすご
そこまでではないから
神道なんだ
そこまで言われたから勝手に私がやってます
結構トップクラスですか学校の
いや中学校までは
えーすご
高校に入って凡人に落ちましたね
そこまではずっと名古屋というか天国にいらっしゃったんですか
大学までですか
住んでるのは今でも地元もずっとそうです
実家はそこにあって
高校から名古屋市内の高校大学と名古屋市内に通ってました
なるほど家から通ってたんですか
はいはいはい
そっかそっか
でじゃあ博学部ですよね
博学部を卒業されて
大学院にそのまま行かれた
はいそうです
これも博学部ですね
はい博学部です
どんな研究をされてらっしゃったか聞いてもいいですか
今の博学部って6年生なんですけど
当時まだ4年生で
えそうなの
そうなんですよ
当時まだ4年生で
結構うちの大学は卒業研究
国家試験より卒業研究に力を入れるタイプの学校だったんです当時
4年生になったら全員がこの何らかの研究室に配属して
卒業論文をまとめなさいっていう感じで
その時に私が選択したのが小薬学っていう研究室でした
でまあ小薬
小薬学
生の薬って書くんですけど
要は漢方薬の材料になるような
草というか植物だったりとか
薬草とか
鉱物だったりとか
あと西洋のハーブだったりとか
その日本の昔からある薬草
の ための学問ですただまぁ研究室はそんな
そんななんだろうな一つ一つの細かいことを研究する なんていうんだろう
8 小薬学全体を勉強するはあの研究するわけじゃなくってとあるテーマを決めて
研究していくじゃないですか そこの小薬の研究室っていうのが結構漢方薬の薬理解析に重きを置くような
研究をしてまして
当時の先生があったとか私たちも行ったんですけど研究内容としては 抗がん作用だとかアトピー性皮膚炎とか
あとは私自身はその 心血管疾患というか動脈効果に対する効果がある漢方薬の研究とその薬理解析
みたいな ことをやってました
まあ研究手段としては動物だとか細胞を培養した ものに薬を与えて
まず効果があるかどうかで効果があったならどこの なんだろうな
どこの部分で dna の部分なのかタンパク質の部分なのか どこのどういったメカニズムでその
病気の発症を抑えるあるいは改善するっていう効果があったのか っていう名のを突き止める研究をしてました
難しそう
まあでも研究って言ったらまあ こうなんつーんだ地道に
はい地道です本当に地道ですやらないといけないですもんね これはダメだったあれはダメだった
こうしたらどうなのかってずっとやってるわけですよねひたすらずっとそうですね ひたすらやってますね
パンってなるでしょその時に頭パーンってあんなにそうになっちゃったんだねそうなんですよ 本当に毎日毎日
なんか話し相手は済みだけみたいな 生活を送ってたら
まあもちろん同級生ラボの仲間とか先生とかとディスカッションはするんです けど
でも学生の頃ってそんなになんつーのこの ねえ切羽詰まった状況になるのかなどうなんですかね
プレッシャー
その時確かだどっちだったかな 大学院生でやっぱり論文を書いてそれなりにあの
評価を得ていかないとその後の就職先だとかに困っていくじゃないですか だし今いろいろ研究費かけてもらって
あの 実験をさせて学生とまあこっちが
学生なので授業料を払ってるんですけどいろんな研究費を稼いでいるのは教授だったり 指導医の先生方です
でまぁお金をかけて研究させてもらっているのに成果が出ないのは申し訳ないなあっていう のもさすがに
うーん まあじゃあ論文書かれてその後
抗がん剤 抗がん剤というか効果作用のあるものの
論文を書かれたと私は8動脈効果です あごめんなさい
いいいい 出しましたそうかそうか
動脈効果でだから血が固まるやつですか 効果って要は血管の中に余分な脂肪がたまって
血管がこう塞いでしまって 血流が悪くなるとかとかひどい病院は完全に塞がって血流が流れなくって
あの 心筋心臓の筋肉が
餌してしまうっていうような あああああああ
これどれぐらいのこんなか研究結果というのは ちょっと今
話せる範囲だと
2種類ぐらい2種類から薬使ったんですけど
まあそのうちの一つに関してはネズミ にその薬を与えてあとまあ
ネズミ普通だとそんな脂肪がたまぎような生活しないのでネズミは 無理やりコレステロールの高い餌を与えて病気にさせるんですけど
かつそれに薬を与えて効果があるかっていうふうな実験方法なんですけど
まあそのネズミの段階でその動脈効果の発症をある程度抑えるというか最終的に 血管を取り出して
スライスしてその経営の中の脂肪が溜まっている割合を 全部面積を出して
何パーセントを抑えたかみたいな 脂肪で埋まってるみたいな
データを出すんですけどそれに関してはまあ効果があるっていうふうに なりました
じゃあそれ薬になったりしているんですか あのもともとの薬なんですよ漢方薬を飲ませているので日本で今普通に使われている
漢方薬を飲ませています 実験で使っています
じゃあ製品化するための材料というか データにはなっているってことなんですかね
はいはい そうです日本でその漢方薬って使われてるんですけど普通に今でも
今でもというかまあ使われてるんですけど結構データが なんで効くかわかんないっていうものが多くて
百草菅とかも何かそうですよね何だかよくわかんないけど 昔からみんなが飲んでいるみたいな
西洋薬であれば本当に厳しい臨床検査 害はないかとかちゃんと本当に効いたのか今までの既存の薬と比べてどれくらいの
そういうしっかりしたデータが知見を繰り出して出てくるんですけど 漢方薬って昔から使われてるからっていうので
今でも使っているっていうところが多くて じゃあどういうメカニズムでっていうのがわかってないものが多いんですよ
私の当時の学生時代と今とはちょっとまだ それから何年も経っているので解明されているもの多いとは思うんですが
当時は本当にわかってないものが多くて よくわかんない薬を出すのは嫌だっていう日本のドクターって
やっぱりいらっしゃいますので じゃあこうしたバーンとデータを見せてやるぜっていうような意気込みで研究してました
なるほどですねそれは素晴らしい後ろ盾というか ねぇなりますもんね
いやー尊いお仕事お仕事というか まあでも研究員になるのかなその後
博士を取られて
博士を取ってとりあえずというか
研究員だいたい2年とか3年とか5年とかの契約制になるんですけど
とあるそういう研究所の研究員になりました
台湾への転機と大学教員辞職
そこで台湾に赴任になるんですか
違います一旦そこで2年ちょっとぐらい過ごして その後に
あの
そのとある大学から声がかかってそこの教員になって そこから台湾に派遣されたっていう感じです
あーなるほど それは何
歳ぐらいの頃か聞いてもいいですか
20代中盤か30になった頃かぐらいかな と思います
どうでしたその時の気持ちっていうか 台湾に行ってくださいって言われたんですよね
はい
自ら望んで行ったわけじゃないですよね
望んで行ったわけじゃないんですよね
これ言うと台湾好きの人に怒られそうなんですけど
いやいや全然
そうポスドクというか研究員ってさっき言ったように
契約年数が決まってるじゃないですか 決まってるんですよ
そろそろ切れるな次の仕事探さなきゃなって思ってた時に
大学院時代の恩師から電話がありまして
その方も定年されて別の大学に行った方なんですけど
軽く先生お久しぶりですどうしたんですか みたいな挨拶の後に
台湾行かない?みたいな答えが出て
旅行誘ってんの?とかちょっと変な色々考えたんですけど
詳しく話を聞いてみるとその先生が行かれた
新設の私立大学があって当時まだできて3年ぐらいだったのかな
新設の大学なのでいろんな活動を活発にして
アピールしていかなきゃいけない面もあって
台湾の大学と姉妹校提携みたいな業務提携を結んだらしいんですよ
そういう名目だけじゃなくて実際に共同研究を進めたり
学生や先生の交換留学みたいなことをして
交流を活発にしていこうっていう風なプランがあったそうなんです
ただそこ新設の私立大学なので
集めた教員や教授陣が
大体国公立の大学を定年していらした
温帯ばかりなんですね
なのでそんな人たちに台湾行ってこいなんて言えないじゃないですか
そこで比較的若くて融通が効くような
そこそこ海外一人でほっぽり出しても
耐えられそうなメンタルというか
体力メンタルを持った人いないかなって
探した時に私思いが立ったらしくて
いいのか悪いのか
それで声をかけて
白羽の矢が立ったと
台湾に行くだけじゃなくて
言語は問題なかったんですか
言語は全くできませんでした
英語はそこそこでもないか
日常会話ぐらいはできるんですけど
中国語はゼロですね
ちょっとびっくりですね
すみません今何か言いかけたところ
ちょっと塞いじゃったけど
台湾に行って終わりではなくて
最終的に日本の大学の教員として採用されて
そのままなんていうんだろうな
私たちの言い方ですと
パーマネントの就職先ができたっていう
表現をするんですけど
今までの研究員の契約年数ではなく
一応そこで安定した職を得られるっていう風な
感じになるので
条件としてはいいかなと思って
何年間か台湾にいて
あとは日本に戻って
就職みたいな感じの話だったんですね
教員として大学の先生として
授業したり研究したりっていうのは
進められることになりました
それで台湾に行って
また日本に戻られたってことですか
台湾に行くプロジェクトが
一旦3年ぐらいが目処だったので
台湾に来て3年過ごして戻って
普通に授業したりとか
研究したりとかしてたんですけど
その後にまた台湾で中医学を
勉強し直したいなと思って
大学をやめてしまって
台湾に日本に来たって感じです
じゃあ脱サラじゃないけど
就職してたような感じだったのをやめて
学生に戻って台湾に行ったと
そうです
それなかなかの決断じゃないですか
そうですね
ほぼほぼみんなに反対されました
もったいないって
大丈夫だなって心配する人も
いそうだけど
それぐらいでもやりたくなっちゃったんですね
そうなんですよね
やりたくなったところを
積極的な理由もあれば
何から来たんだろう
積極的な理由もあるんですけど
大きいのは
日本で漢方薬系の授業をしてたんですけど
学生さんの
私の担当する講義の内容としては
漢方薬の臨床応用みたいなやつかな
なんですけど
薬学部でそれを教えてて
薬剤師なので
自分で処方する権利はまずないんですよね
なので
こういう病気の人にこういう薬ですみたいな
簡単に言うと授業をするんですけど
それをやっても
将来薬剤師になるこの子たちが
それを応用する機会はあんまりないなっていう
ちょっと矛盾を感じてたりとか
実践よりかは理論上の話ばっかりしてるなっていう感じですか
あと国家試験で
漢方薬の問題が出る問題数なんか本当に少なくて
なので真剣に勉強する学生さんもそんなにいなかったりだとか
興味がある子はやっぱりするんですけど
そういう意味での学生さんの熱がお互いにかみ合わなかったり
あと反対に熱心な学生さんが質問に来てくれて
例えば自分がアトピー性皮膚炎があって
こういう風な症状なんですけど
先生こういう場合はどういう風に診察するんですかとか
どういう薬が合ってますかみたいに
相談というか質問というかされることは結構ありまして
でも私自身も薬学部で研究員やって台湾に行ったぐらいなので
当時まだそんなに理解が深くないんですよ
漢方薬とか
実際の患者さんに処方したわけでもないしということですか
本の中での知識はあるけれども
だから教えられるんですけど
実際に診察をした経験もないですし
薬心をどうするのって言われても
やったことがないので分かんないとか
感じたことがないので分かんないみたいな感じじゃないですか
なので答えることができなかったりだとか
自信がないとなってしまって
ちょっとちゃんと勉強しなきゃなというふうに思い立って
そこで大学辞めちゃうのはおかしいよとは結構言われたんですけど
でも中医学の本場というか
日本ではそこまで深くは学べないってことなんですよね
おそらく台湾まで行くってことは
そうですね
勉強しようと思ったら
先ほど話に出てた国際中医師かな
あれが通信教育みたいな感じなんですけど
ああいうので勉強する手段はあったりはするんですけど
それでもやっぱり実際に患者さんを見ることはないので
同じことですもんね
なるほどね
すごい
コラッツの自分を磨くためにリスクを取ったというか
そういうタイミングなんですね
ちなみに僕皆さんに
何か衝撃を受けた出来事や
人生の転換期となったエピソードがあればって聞いてるんですけど
それは何か挙げるとしたら
いろいろあるようなそれほどでもないような
どうだろうな
でも昨日思いついた
人生の転換点となったアメリカ留学
思い出したというか
思い出した出来事といえば
私は高校2年生の時に交換留学で
アメリカに1年10ヶ月くらいかな
1年満たないくらいなんですけど
高校生の時
アメリカどこですか
アメリカのジョージア州です
結構南部の方の
民間のボランティアのご家庭にホームステイして
地元の公立の学校に通うっていうような
ホームステイで留学でした
その時のご家庭が結構複雑で
仲はいいんですけど
まずお母さんが40代くらいで
お父さんご主人が70歳くらいで
娘さんが私と同じ年くらい
14歳5歳くらいだったのかな
っていう感じでした
もちろんステップファミリーというか
お父さんは違う方なんですけど
その辺はとりあえず置いといて
お父さんが結構高齢で
心臓の持病があったんですよ
なので薬を常に持ち歩いていまして
結構お父さんが私のことを気にかけてくれて
いろいろドライブ連れてってくれたり
買い物行ったりとかしてたんですけど
とある時に2人で車に乗って
どっか買い物をしている時に
車に戻った時に急に苦しみだして
強心症の発作を起こしてしまったらしくて
すぐに薬を飲んで
ニトロなんですけど落ち着いたんですけど
その時の私の
何もできない無力感というか
ドキドキしますよね
ここで倒れて私
まだそんなに言葉も流暢ではないですし
知ってる人もいないし
当時スマホとかもないですし
どうしたらいいのって思って
怖いわ
怖い経験をして
して以来
医者になりたいなっていうのを
それ以来は強く思いましたし
それまでは本当に医者か弁護士みたいな感じだったのを
医者になりたい
緊急事態に何か役に立つのは
医術だみたいなことを思って
わかりやすいけど
それすごいですね
その時にそれが結構
強いエピソードかなと思います
よかったですね
亡くならなくて
亡くなってたら
トラウマになりそうだな
そっかそっか
それはファミリーとはまだ
連絡取ったりするんですか
さすがにその方は
私が帰国して3年か4年後ぐらいに
亡くなったっていう
連絡を受けたので
なんとなくその時に
医者になるって決めて
今実際に医者になってるって報告できたら
喜ぶのかなと思ったんだけど
なるほどなかなかの衝撃っていうかあれですね
転換期ですね
そうですね
そこで自分の今後が
見据えたというか決めたっていうか
ってことですもんね
それぐらい怖かったってことですよねきっと
そうですよ
だってまだ15歳とか6歳ぐらいですからね
台湾での中医師資格取得と生活
そうねたかんな時に
でもなんかそういう出来事ってやっぱ
記憶に残るんですよねきっとね
危険だとか危ないとか怖いとかっていうことって
余計楽しいことよりも残るみたいですもんね
なるほどそれでじゃあ
大学教授やってたが
台湾に行くとで学校に行って
無事国家資格を取られるまでは何年ぐらいだったんですか
5年です
その入った大学の周囲の
日本で言えば学士入学の学部なんですけど
全員が一旦どこか別の大学を卒業してから
っていうのが入学条件で
そうなので
いわゆる日本の基礎教養学なんかは全部すっ飛ばして
いきなり中医の授業とか始めて
座学が3年でその後1年間
西洋医の病院の病院実習があって
その最後の学年は中医の病院での病院実習っていう風な感じで
トータル5年です
いきなり言語の壁はどうやって越えたんですか
日本の大学から派遣されてた3年の間に
そこそこ生きてるんですね
その時にゼロだったんですけど
なんとか日常会話ぐらいは
持っていったみたいなので
なんかホームシックとかなかったですか
失敗なくほど悔しかったことみたいなのは聞いてるんですけど
もしあれば
あんまりないですね
ホームシックはないんですけど
むしろ台湾に来ることに決まって
本格的にじゃあ帰りのチケットをなしで
飛行機に乗った時に
片道切符で
本当に大丈夫みたいな不安感はありました
だって一人なんですよ
こっちの大学でいわゆる世話とか
いろいろアドバイスしてくれる
相談になってくれる人とか
日本語通じる人でいるんですけど
でも最初の1週間ぐらいは
いろいろお世話はしてくれるんですけど
それからずっと付き添ってくれるわけじゃないですか
ないじゃないですか
そりゃそうですよね
だし当時まだ30ぐらいかなので
今私台湾行っちゃって
結婚とかどうするのみたいな不安があったり
いろいろ不安になりますよね
そりゃね
周りの人たちはね
結婚してくる人も
負担が増えてくる時期だろうし
しかも台湾の台北だと
まだ観光客の方とか日本の方とか多くて
日本語だったり英語だったりでも
そんなに生活不自由しなさそうなんですけど
私が来た当初で台中だったんですよ
台中って結構台湾の
西側の中部のあたりで
台北はご存知ですよね
高尾はご存知です
あのあれ
東円じゃなくて
東円の方は行きましたけど
それよりもさらに南部です
新幹線の
もっと下なのか
でも1時間半かかんないかな
それ遠いな
だいぶ遠いですね
そうなんですよ
感覚的にいつも説明するのは
東京と大阪の間に名古屋がある
っていうのと同じ感覚で
台北と高尾があってその真ん中というか
中間点にあるのが台中
っていうふうに説明してるんですけど
実際そんな感じで結構
堂々がひどいとか
そんな名古屋と結構イメージ近いんですけど
大都市よりかちょっとランクが下がる都市ってことですね
そうですね大都市
その台北ほどのゴミゴミした感じではないけれども
デパートがあったり
一通りいろんなショッピングモールがあったり
生活はすごい充実して不便なく過ごせるけれども
やっぱりちょっと田舎気質がある感じのところで
より日本人も少ないだろうしね
そうそうそうそうなんですよ
日本語とか英語なんか通じませんし
来る前に大学の先生方から言われてたのは
台湾日本語通じるから大丈夫だよ
みたいな感じだったんですけど
でも先生方がいらっしゃった時って
コーディネートしてる通訳の方とか
みんなチヤホヤして
ずっと誰かがつき添っているので
日本語でも通じるじゃないですか当然
その方々は不便なく過ごしたんでしょうけど
私はまだペーペーの新米の教師の教員の身で
ポーンと一人追いやられているので
本当にその寂しさというか
家も決まってない状態に来ましたので
そりゃ不安だ
来てから探した感じですね
でも台湾結構引っ越しとかは便利で
家具がついてる家が多いのですぐに
契約さえ決まればすぐにでも入居できる
っていうふうでした
そっかそっか
でもその時は何つうんだろう
大学卒業して中医師になって
台湾で働くぞって思ってたんですか
それとも日本帰るとは思ってないってことですよね
日本帰ろうと思ってましたね
そうなんだ
でも日本で国家資格は使えないわけでしょ
そうなんですよね
だからどうしようかなっていうのを探り探りなんですけど
台湾で中医師を取ってから
入学する前からいろいろそれなりに
いろいろ考えは巡らせるんですけど
私少なくとも薬剤師の免許はあるので
日本でいわゆる官邦薬局みたいなものを開いて
中医師資格を持ってる官邦医として
そんな感じで
行く道もあったってことですか
ただ日本で中医師持ってるっていうふうには名乗れないので
薬事法じゃないけど
医薬なんとか法みたいなのに引っかかると思うので
広告のなんかで
下手に名乗れないんですけど
でも
これなんか難しいな
そうなんですよ
でもそんな感じのも一つ考えておりました
あとは結構またどっか大学のポジションを探して
もう一回教員になって
自信を持って教えられるなとかっていう目論みもありましたし
うん
けど
結果的には台湾に就職した
それは何が決めてというか
卒業してすぐに日本に戻ってしまっては
やっぱり臨床経験がないっていうのは同じなので
少なくとも3年ぐらいは
どっかで働いて
ちょっと経験積もうかなとは思ってました
そのうちにコロナになったんですよ
そうだ
コロナ禍があって
そろそろかな日本に帰ってもいいかな
みたいに思い始めた頃にちょうど
コロナのパンデミックがあって
日本に帰るっていうのもなかなか難しくなったじゃないですか
帰ったとしてもね
県を移動できないから就職活動もできないし
とかなっちゃうと
台湾に残ってたほうが
まだとりあえず安定してるかなと思って
そのまま台湾に残っているうちに
永住県というか
永住居留証というのが取れるのが5年なんですけど
働いてるから
その5年が経ったんですよ
なんだろう?
どういうことか
取っとこうと思って
とりあえず永住居留証を申請して取りました
何が一番のメリットかっていうと
普通の期限がある居留証だと
労働許可書を取っていないと
就職先がきちんとしてないと
居留証を取れないんですけど
永住居留証だと
労働許可書はいらないんですよ
なので
スポンサーがいなくても住んでていいよってことですね
住んでていいっていう風なので
転職がしやすいんですよね
そういうことね
スポンサーだからどこでも行けるよってことですね
そうそうそう
とか本当に
次が決まらなくて一旦やめて
ブランクが空いてもいいっていう風な感じになるので
永住居留証が取れたのと
あとパンデミックがちょっと落ち着いてきたのをきっかけに
それまでずっと学校卒業してから
台中というところにずっといたんですが
日本人も少ないし
ちょっと私のやりたいことが限られるなと思って
台北に引っ越そうと思って
台北のクリニックに転職しようと思って
その時に来たっていう感じです
なるほどですね
そっかそっか
で今のクリニックに所属してらっしゃると
分かりました
これってでも開業される目論みみたいなのはあるんですか
ご自身のクリニックを
そこがちょっと外国人のつらいところで
外国人はできないんですよ
難しいんだ
病院の責任者
開業というか病院の責任者っていう名目なんですけど
そこに外国人はなれないっていうのがあって
なるほど
多分開業自体お金出せばスポンサーにはなれます
けど病院の責任者にはなれないっていう感じです
アジアの国ってそうなのかな
台湾がちょっとその辺厳しい
こないだフィリピンもそんな話聞いたけど
そうなんですかね
そうなんですね
中国も厳しそうだけどそうですか
なるほどですね
まあじゃあちょっとね今仕事を今のね
仕事への姿勢と過去の経験
ポジションに至るまでの話を聞いてきたんですけど
ちょっと今から仕事意思としてのね
仕事に対する姿勢みたいなものを
ちょっと深掘っていきたいと思います
これまでのお話をいろいろ伺いましたが
なんか自分の大学時代学生時代とは
もう全く異なる学生時代を過ごしてらっしゃるな
っていうのが
そうなの春さんの大学時代はどんなだったんですか
いや研究なんてなんかこう
学生だけどプレッシャーというか責任感を持って
こうやってらっしゃるみたいな
感じたことなかったですもん
責任感なんか
基本ずっと何
余裕余裕だったということですか
追われるってことがあんまりないですよね
結果出さなきゃとか
論文に力を研究に力を入れてるっていう
大学だったっておっしゃってましたけど
そんな追われるというか
絶対に結果を出してやるぞみたいな
心意気も私はなかったなと思って
すごい反省しました
論文自体は書いたの
卒業論文は書きました
それはテーマは何だった
私は
私は嵐が好きだったので
学部が社会学部だったんで結構自由だったので
嵐のブランディングと企業のブランディングをリンクさせた
嵐のブランディングから
企業がどうブランディングしてたら
企業ファンっていうのは増えるのかみたいな
論文を書いたんですけど
でもなんか海外アメリカの
大学は入るのよりも出るのが大変っていう話もあるし
あるべき姿なのかなとは思いますよね
俺は大学に行ってないんでよくわからないんですけど
なんとなく遊んで終わっちゃってるイメージがあるので
日本の大学って
もったいないっちゃもったいない気もする
本当にもったいない
もっとこれをやってきたんだっていうよりも
やっとけばよかったなってインタビューを聞きながら
反省してました
どっかでそんな話したかもしれないけど
本が好きだったっていうこともあって
好奇心旺盛なんだろうなと思うよね普通にね
だからプレッシャーの話とは違うかもしれないけど
何かしら知りたいとか明かす
研究して証明したいみたいな
気持ちは普通にあったんじゃないかなと思うけど
確かに図書カード毎日埋めてるってすごい
本当に好奇心っていうか
それが私だったら苦に感じてしまいそうですけど
それが楽しいというか
これも全く本なんて嫌いだったから
本当に読まなかったもんね
私も小学校いかに文字が
図書の時間とかあるじゃないですか授業で
いかに文字数が少ない本を借りるかとか
夏休みじゃなくて宿題があったよね
一冊読んで感想文を書いてくださいみたいな
あれもめちゃくちゃ適当に
あと書きだけ読んでなんかやってたもんね
あと書きだけ見て書けるのもすごいですけどね
全く覚えてないや
昔から好きだったってところが
今につながってるのがすごい納得するというか
そういう話だったなっていう
医者か弁護士が夢だったって言ってたからね
実際にあと小説家も考えたみたいな話もあったけど
かっけえそうというか面白そうですよね
綾野さんが書かれる小説
振動と呼ばれる存在だったというのは
なかなかの
まあいたよなそういう人を
クラスに
信じられないぐらい勉強してる人
何が楽しいんだろうって思いながら
見てたけど
世界が違う
なんか考えてることが全く違ってたんだろうな
とは思いますが
全然違うと思います
あと俺思い出したのが
マウスで実験をしてたという話があってさ
写真はちょっと載せれるかわかんないけど
写真もね
マウス触ってる写真とかもあるんですけど
俺前職の社長さんが
まだ学校行ってる時に
俺その社長と仕事してて
彼が学校の実験でマウスを使ってたんですよ
バイオロジー
脳みそ、脳神経の
その人の家に僕は仕事しに行ってたんですけど当時
その人の家の冷蔵庫には
マウスがいっぱいしまってあるんですよ
嫌だとか言っちゃいけないんですけど
ひもいんですよ
マジで
それをなんでおうちでやる必要って何なんですか
おうちでもなんか
おうちでも実験かなんかしてたんですよね
だから俺が弁当とかしまいたいんだけどさ
ちょっとなって
ちょっと厳しいかもしれない
なってたことを今思い出しちゃった
マウスのお写真ありましたね今見た
でもこういう人たちにとっては
全く何にも嫌なものではなくて
かわいいものだと思うんですけどね
普通に触ってますもんね
触って何か実験をして
ネズミ触るところからちょっと厳しい
割とかわいいらしいね
白いちっちゃいマウスなんですけどね
実験用のやつっていうのが
あと何を喋ってたかな
一人で日本語も英語も通じないし
スマホもないときに
家も決まってないところで台湾に旅立ったっていう
そうね
スマホなしで一人で海外
もう怖くて絶対無理ですもん
今はそれが当たり前です
それを知っちゃってるからだけど
その当時は知らないっていうか
そんなもんないと思ってるから
俺も来た当時はでもそうだったもんね
そうかスマホないですよね
ないしカーナビとかもないしから
紙の地図見てたもんね
車運転するときに
すごい
いやでも昔のような話に聞こえるが
25年くらい前の話だけど
でもすごい変化だなそう思うと
もう考えらんないですもん
考えらんないね俺も
でもよく道を覚えたんだよね
その当時は紙で見るんだけど
やっぱ頭の中入れとかないと
毎回めんどくせえから
よく周りを見たし
ここはこっちにつながってるんだって
結構頭に入ってたもんね
子供ながらお父さんとかも
そういうのできるじゃないですか
これはこっち行ったら早いとか
どうなってるんだろうって
ずっと思ってましたもん
そういうことですよね
地図見るより早い
そういうとこから始まってるよね
バカになるって
AI使いすぎてバカになってるみたいな話
多いけどさ
そういう時点から
バカになってんだよねきっと
でも地図読みながら
車運転なんか絶対できないですもん
まあねちょっと俺のメモには
自分を磨くためにリスクを取った
というふうに書いてありますけど
そういうことですよね
それができちゃうのはすごい
まあでももう一個その
片道切符でいざ飛ぶ時に
ちょっと不安になったっていう話も
してましたけど
なんかこれもすごいさ
わかるっていうか
自分で決めたからやるんだって
このマリッジブルーとかも
それに近いかもしれないんだけど
ふと直前になって
やたら不安になる気持ちあるよね
なんか
ありますね
私は札幌に卒業して
中1年入学するってなった時
すんごい不安でしたもん
寮生活が始まるってことね
家から離れて
家にいる時にいろんな準備をするんですけど
全部に名前を書いたり
洗濯物干すやつに名前も書いたりとか
いろんな準備が進めば進むほど
怖くなるみたいな
あれってなんかあるよな
ただ実際に飛び込んじゃえば
大丈夫だったってなるんだけどね
大概のことは
どうにかするんですよね
まあそうだな
それが
それをすることが
体に刻まれる気はするんだよな
そういう気持ちになることで
なんて言えばいいのかよくわからんけど
そういう決断大事だなと思うよね
不安になる状況を
自分で選ぶってことですけど
なんかかっこいいよな
ひょうひょうと話はするんだが
すげえかっこいい人だなと思う
なんか当たり前かのように
いろいろ喋ってくださってるけど
全部の決断がすごい決断だなと思う
そしてなんか自分の中できっと
譲れないものがある人なんだろうなと思う
守ってるものがあるっていうか
なんとなくそういうのは感じましたけど
そんな感じで
俺たちから聞いてきましたけど
来週がなので
仕事に対しての掘り下げですね
仕事哲学、ルーツ、モチベーション
なんかを聞いちゃっております
それでは次回も楽しみにしております
リアルアメリカ情報:カレッジフットボール
リアルアメリカ情報
このコーナーでは最新のビジネス生活情報を
アメリカからお届けしていきます
今回はカレッジフットボールを
紹介したいなと思うんですけども
紹介しとくと言いながら
私は試合を見たことが一度もないんですけど
なるほど
そもそもアメリカではNFLと言われる
プロのアメフトだけではなくて
大学のアメフトもすごく盛んで
9月の初めからですかね
初めぐらいから本格的なシーズンが開幕し
毎週末熱い試合が行われるということなんですけれども
私は去年の11月にジョージアに来て
2025年ね
はい、2025年11月にジョージアに来て
なんかめっちゃ街中で
Gって書いた赤いロゴとか
赤い服を着たブルドックみたいなグッズを
百貨店とかお土産屋さん雑貨屋さんとかで見て
私はてっきりジョージアの人気の
プロスポーツチームだと思ってたんですよ
でもしばらくしてから
それがジョージア大学のアメフトチームの
グッズだったっていうことを知って
なんかこう普通って言ったら
そういうのは卒業生とか在校生とかが
着るイメージがあったんですけど
それがジョージアでは
普通のお父さんたちがTシャツだったり
キャップっていうのを
日常の中で使ってるっていうのが
日本にはない文化だなっていう風に
思ったんですけど
カリバラニアも大学アメフトってどうなんですか
結構盛んなんですか
いやもう花形スポーツだと思いますよそれは
でチアリーダーがいて
そのチアチアの
いわゆる一群女子一群男子じゃない
一番モテる奴らみたいな
そうですよね
大学がアメフト日本一ぐらいの強いところで
私の大学もアメフトとチアは
やっぱ一群のイメージです
試合とか私は見たことがないんですけど
俺もないけどね
ないですか
せっかくこっちに来たからには
1回見てみたいなっていう風に
でもね俺家の前が高校で
高校のアメフトもめちゃくちゃ盛り上がってて
それは応援してくれって来るんだよね
シーズンになると
クーポン買ってって
学生たちが来るんだよね家に
試合のチケット手売りしてるってことですか
チケットプラスクーポンがついてる
近所のレストランとかの何%オフみたいな
それを一緒に買ってくれって言って
別に見に行かないけど買うわって買うんだけど
優しい
それはでも20ドルとかそんな寄付みたいなもんなんですけど
すごい一生懸命やってますよ
応援の練習チアの練習とかも
もちろん吹奏楽部とかさ
毎朝7時になると
太鼓の音が7時きっかり鳴り出してさ
アサレンってことですか
アサレンやってるんだよね
アメリカってアサレンあるんだ
高校生だっけねそれは
すごい
始まったなーって起きるんだけど
いい目覚ましですね
楽しそうですよね
さっきのキャラクターの話に戻すと
そのUCLAとか
USCとかカリフォルニアの大学の
キャラクターはベアーズって熊だったりするんだけどUCLAはね
そういうののTシャツ着てる人もめっちゃいるし
日本でもそのUCLAとかさ
どっかの大学の服着てる人結構いるよね
イエールとかそっち
観光っぽいところ着てる人たまにいますよね
だからかっこいいと思って着てるのか何なのかよくわからないけど
ちゃんとキャラクターがいて
そのブランディングがちゃんとできてるなとは思いますけどね
そういうのがやっぱいろんなところで売られてるし
オンラインショップもあるし
日本人はそこに憧れますよ
大学のキャラクターなり洋服っていうのは憧れがありますよ
日本にはキャラクター的なものはないんでしたっけ大学に
私の大学はなかったですね
部活生とか着てるジャージとかはありますけどキャラクターはいたのかな
いたかもしれないですけど私には知らないぐらいの親しまでなさ
なんかね作ったら面白そうだよね
チームね
ちなみに俺今思い出したけど
俺の小学校の少年野球チームは大林ヤンキースでしたね
ニューヨークヤンキースからそのヤンキースをもらってきてるんですけど
ジャイアンツ
あれはでもキャラクターもいるもんな
野球チームはいるか
野球チームはいますね
ブランディングうまいんですよやっぱアメリカは何しろ
何の話だったっけこれ
フットボールか
大学アメフト
スポーツもそうやって大学のレベルでもそうやってブランディングだったり
カルチャーが地域に密着してるっていうのが驚きでした
以上リアルアメリカ情報でした
質問コーナーです
質問コーナー:図書館の思い出
質問どっちから
みずさんお願いします
子供の頃に読んだ本を聞こうと思ったが
さっきなんかちょろっと話した気もするんで
図書館の思い出っていうのを話聞いてみたいなと思って
ちょっと今俺2つ思い出しちゃったんだよな
なんかありますか
私は図書館小学校って言うとピーターラビットってわかりますか
あーなんかなんだっけうさぎの
なんかわかるなんかわかるよ
イギリスからの絵本がちっちゃいのがあって
そのピーターラビットのシリーズがいっぱいあって
それを私は毎週借りてお母さんに読んでもらうっていうのが
なんか私の学校の図書館の思い出です
自分で読まない
あーそうそれな小学校
もう低学年ですかね
小1小2とかを読んでもらってましたね
なんかすごいほのぼのした幸せな家族のエピソード
自分で本読むほど集中力がなかったなと思います当時は
そうなんだ
いや俺でも図書館小学校の時はほぼ記憶がないんですけど
中学校の時は
中学校もないな
高校の図書館だな
二つ思い出したことがありまして
一つは皆さん受験勉強になってくると
図書館で勉強したり自習したりする機会が増えてきて
一つ目は当時付き合ってた彼女と
週末に彼女は図書館で勉強する
俺は別に勉強するつもりはなかったんですけど
一緒に行くって言って図書館まで歩いて
電車で行くんですけど
3駅?4駅?ちょっと忘れたけど
近いです
そこに行っては
終始喋って邪魔をして終わる
そして電車に乗らないで
あえて歩いて帰ってくるっていうのが好きだったんだよね
1時間とか2時間くらいかかるんだけど
田んぼの果て道とかも途中にあるんですけど
遠いなって言いながらなべって歩くのが楽しかったなっていうのが
一つと
あとこのしょうもない話
男子、俺ダンクラっていう理系のクラスで男子しかいないクラスで
自習の時間とかで図書館に1時間いろとか言われると
みんな静かーに勉強してる中
自作で作ったスゴロクを
友達3、4人で
静かーな中やる
自作のスゴロクのコマが止まったら
すね毛を3本抜くとかね
ここに止まったら脇毛を2本抜く
全部毛を抜くパッツになってて
静かな中でやるのが超面白くてさ
楽しそう
静かな中で楽しいんですよね
下の毛を抜くのももちろんあるんですけど
それが楽しすぎて最高に楽しかったな
毛をみんなで集めるのも楽しかったんですけど
集めるんですか
図書館の思い出
全然本じゃないじゃないですか
あのスゴロクは本当に楽しかったな
笑いをこらえ
だから笑ってはいけないっていう状態になったわけよまさに
そうですね
はいすいません
以上です
楽しそう
エンディング
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じゃあね
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