最近、昔のドラマの再放送を見ていて、ふと思ったことありませんか? 24時間戦えますか?みたいなキャッチコピーがもてはやされていた時代。
あの頃の大人たちって、いつも汗をかいて、眉間にシワを寄せて、 ライバルと競い合って、それがかっこいいとされていたんですよね。
私たち40代は、ちょうどその頑張るのが正義、人より抜きんでることが素晴らしい、という価値観の中で教育を受けて育ってきました。
学生時代はテストの点数や偏差値で順位をつけられ、社会に出れば売上目標やノルマに追われ、常に誰かと比較される人生を歩んできたんですよね。
だからこそ、大人になった今でも、無意識のうちにもっと頑張らなきゃ、誰かに負けちゃいけないって自分に強く無知を打ってしまう。
でも、体力的にも気力的にも、若い頃と同じような働き方を続けるのは、ちょっとしんどくなってきていませんか?
ふと鏡を見た時に、私なんだかいつも疲れた顔してるなぁ、なんて苦笑いしてしまうこと、あるんじゃないでしょうか。
休むことすら罪悪感を感じてしまって、常に何かに追われているような感覚。
そんな毎日の中で、心からリラックスできる時間って本当に少なくなってしまいますよね。
もっと賢く、もっと心穏やかに生きていきたいと願うのは、決して甘えではないはずです。
こんにちは、ゆる読カフェへようこそ。
この音声を聞き終わる頃には、自分を縛り付けていた、頑張らなきゃという呪縛から解放されて、
もっと肩の力を抜いて生きてもいいんだ、という新しい視点が手に入っているはずです。
今日ご紹介するのは、「人に優しく、自分に甘く」という本です。
頑張りすぎて心がすり減っている私たちに、ふっと心が軽くなるような優しいヒントをくれる一冊です。
さて、今日の本題ですが、まずは一つ目のポイントからお話しさせてください。
夜、ベッドに寝転がりながら何気なくSNSを開いた時、同級生が起業して大成功していたり、
同僚が家族で豪華な海外旅行に行っている写真が目に飛び込んでくる、
あるいは綺麗に盛り付けられた手料理やピカピカの新車の写真を見て、すごいなぁと思うと同時に、
なんだか自分の毎日がひどくちっぽけに思えてきて、謎の焦りや背目感に襲われること、ありませんか?
私たちって、どうしても常に相対評価の中で自分の位置を確かめようとしてしまいますよね。
でも、この本ではズバリこう言っているんです。
競わない、比べない、争わないで生きなさい、と。
キクアの思想と呼んでいるそうですが、そもそも宇宙という大きな視点で見れば、
成功も失敗も、勝ちも負けも存在しないんだそうです。
いや、これには私もハッと考えさせられました。
常に誰かと競って比較するのって、なんだか昔の柄系の機能競争に似ていると思いませんか?
あの頃って、カメラの画素数が少し高いとか、着メロの和音が多いとか、
アンテナが光るとかで他人の携帯と自分の携帯を必死に比べて一騎一遊していましたよね。
でも、スマホの時代になった今、あの時の画素数や和音の勝ち負けなんて誰も気にしていないし、全く意味がありません。
私たちが今、職場の同期と比べて焦っている出世のスピードや、ちょっとした売り上げの差、
乗っている車のグレードなんかも、長い人生のスケールで見たら、
あの柄系の和音の数くらい、本当はどうでもいいことなのかもしれません。
他人のスペックと自分を比べるから息苦しくなるんですよね。
だから、今日の帰り道で電車に揺られながら、あるいは車を運転しながら、心の中で一回だけこうつぶやいてみてください。
私は私のペースで楽しくやればいいんだ、と。
誰かの上に立つことよりも、自分が楽しいと思えるペースを守ること。
それだけで、明日からの景色がずっと明るく変わるはずです。
これに関連して、人間関係についてもすごく面白い視点があって、次のお話に進みたいと思います。
なんであの人は何度言っても同じミスを繰り返すんだろう。
どうして家族は私がこんなに疲れて帰ってきているのに、脱いだ靴下をそのままにして平気な顔をしているんだろう。
そんなふうに他人の行動に対して、もっとこうすべきだ、正しいことをしているのになぜ分かってくれないんだと、正論を振りかざしてイライラしてしまうこと、日常茶飯事ですよね。
これ私も本当によくやってしまうんです。
相手のためを思って正論で指導しているのになぜか相手の顔はどんどん暗くなり、姉妹には反発されて雰囲気が最悪になってしまう。
正しいことをしているはずなのに誰も幸せになっていない。これってすごく不思議だと思いませんか。
でもこの本ははっきりと教えてくれます。相手を変える必要はない。相手の存在を丸ごと受け入れて自分が気にならない人になりなさいと。
なぜなら相手を変えようとしている間は自分の悩みや苦悩が永遠に続いてしまうからです。
相手をコントロールしようとするのをやめて受け入れる、これを究極の尊徳感情と呼んでいます。
人間関係に尊徳感情を持ち込むなんて最初は驚きました。でもこれって使っていないサブスクの料金を毎月払い続けているのと同じなんですよね。
他人の行動にイライラしてあの人をどうにかして正してやろうと怒りのエネルギーを燃やしている状態って
自分の大切な時間や心の余裕という貴重なコストを毎月自動引き落としでドブにつせているようなものなんです。
相手はちっとも変わらないのに自分だけが勝手に精神をすり減らして大温存している。これほどバカバカしいことはありません。
それなら世の中にはこういう人もいるよねとニコニコ受け入れて、その無駄なイライラというサブスクを今すぐ解約してしまった方が
自分にとって圧倒的にお得だと思いませんか。 ですので次に職場で誰かのちょっとしたルーズな行動を見た時に
眉間にシワを寄せる代わりに心の中でこう唱えてみてください。 おっと無駄なサブスクが更新されそうになったぞ解約解約と
正しさよりも楽しさを優先して相手を受け入れてしまう それが自分の心を守る一番の防衛策なんです
そして最後にこの本の中で私が一番驚いたとっておてのお話をご紹介させてください 感謝の気持ちを伝えるありがとうという言葉
これが人間関係を円滑にする上でとても大事なことくらい私たちは100も承知ですよね でも仕事で理不尽な要求をされて頭を下げ続けた日や
クタクタに疲れて帰ってきた夜に心を込めて感謝しましょうなんて言われても そんな気力どこにも残ってないよというのが本音じゃないでしょうか
感謝の言葉は心を込めなければ相手にも伝わらないし意味がない 私たちはそう思い込んでいます
しかしこの本では私たちのそんな常識をあっさりと覆してくれます なんと心を込めなくてもいいからありがとうを数多く言いなさいと進めているんです
心を込めずにただ機械的に言葉にするだけで 宇宙の構造を変えるような不思議なパワーが発揮され
状況が好転したりトラブルが早く解決したりするのだとか まさかそんな見方があったとは思いもしませんでした
でもよくよく考えてみるとこれってスマホの os アップデートにすごく似ているなぁと思ったんです
私たちが寝ている間やスマホを充電ケーブルにつないで放置している時間に システムが裏側で勝手に動いてバックグラウンドでスマホの動作をスムーズに最適化してくれますよね
その時私たちはどうかスマホが良くなりますようになんて一切心を込めて祈ったりしていません ただプログラムが自動で走っているだけです
ありがとうという言葉もまさに自分自身の心の os を最適化するための自動プログラムなんです 感情が全く伴っていなくてもただ音声として発信し続けるだけで見えないところで
心のデフラグが行われて蓄積されたストレスやイライラという不要なデータが勝手に 消去されていく
そう考えるとすごく理にかなっていると思いませんか だから週末お気に入りのコーヒーを飲みながらほっと一息つくタイミングでぜひ声に出して
ただブツブツとありがとうと何度かつぶやいてみてください もちろん心なんて一切込めなくて大丈夫です
ただの作業として口を動かすだけそれだけで不思議と心がスッと枯れくなって 新しい1週間に向けての心のos が最新版にアップデートされるのを感じる
はずです 騙されたと思ってぜひ試してみてくださいね
さて今日のお話を簡単に振り返ってみましょう 競わない比べない争わないで自分のペースを守ること相手を変えようとするのではなく