あり方の探求
こんにちは、ゆきえです。私は看護師だけど看護師だけの生き方には戻れない。キャリアも育児も心もどこにも収まりきらない。そんな思いを配信しています。
今日は、あり方についてお話ししたいと思います。
あり方って聞いたら、かしこまった感じだったり、潜在意識とか、いろんな難しいこと思いつくと思うんですけれども、
そういうのじゃなくて、自分がどうしたいかということになります。
身になるお話かどうかわかんないけれど、自分の今の思いとしてとっておきたいなと思って配信しようかなと思います。
去年、昨年、いろいろやってきたんですよね。福祉施設作ろうとしたり、いろいろなビジネスとか、いろんなことを学んできましたね、お金もかけて。
すべてが素晴らしかったんですよね。やっぱり講座を受けたこととしては。
講座を受けたこととしてはすごく素晴らしくて、それって方法やり方っていうことなんですよね。
その中に大切なマインドがあったりはするんですけれども、そういう素晴らしいものをたくさん学んだんですけれども、私はどうもうまく進まないんですよね。
何かしようと思ったら、こう転んでしまう。何か壁に当たってしまう。
誰かに相談してもうまく前にも進まないし、相談したところで何か揉めることはないんですけれども、あんまり思ったほど手が借りられないとかね、そういうことがありました。
それは多分、私がその道に進もうとしているのに真剣味が足りないとか、何か聞いてる方も何かきっと引っかかるものがあったんじゃないかなっていうふうに思います。
情報の多さと迷い
本当に起業してみたいなと思ってからは、ノウハウとか方法とかたくさん学んできたんですけれども、
情報が多すぎてしまって、ブレブレの自分になってしまったのも事実だし、やってみたいので始めたのでね、軸がないというか、あり方がないというか、
情報が多すぎて、あっちもこっちもどうなんだろうっていうふうに迷いまくってしまったっていうのも事実ありますね。
福祉施設の方も8割方まで作り上げた施設とかもね、書類とかも全部作り上げたっていうこともあり、あれは結構本気を出してやってたんですけれども、
どうも上手く最後までいかなかったのは、やっぱり自分のあり方に問題があるんだろうなっていうふうにちょっと思いました。
すごい考えた結果、情報も多いし、自分も上手くいかないしね。
自分は何を目的に、何をどのようにしたいのかとか、そういうのが全く分かんなくなってしまって、それが今の状態なんですけれども、
本当に自分が何をしたいのか、どこに目標を立てて何をしたくて動き出したのかも全く分かんなくなって、
何なら自分が人間だっていう以外、何も分かんなくなってしまったんですね。
だから、何をするってしても、何をしていいかも分かんなくなってしまったから、私が元々できること、福祉施設も退職してしまったから、
その後、ただ家にいるのも良くないかなって思って働こうと思って、
でもかといって看護師として正社員にがっつり戻るっていうのも、なんかちょっと違う感じがして、そこまで心も動かなくて、
疲れてるのもあると思うんですよね。やっぱり結構いろんなことが起きたので、心も疲れていたので、
でもかといって疲れてなかったからといって看護師を正職員で戻ったかっていうと、多分心が変化しすぎてしまって、
多分それを選ばなかっただろうなと思うんですけど、結局どうしたかっていうと、看護師はしているんだけれど、夜勤のお仕事をしています。
月に6回から多くて7、8回くらいの仕事ですね。
だから日付換算すれば、12日とか16日ぐらい働いているって形になります。夜ね、トータルすると。
それ以外は休みなんですよ。夜勤明けて帰ってきたら、眠らなければその時間の昼間は空いてるっていう形にはなりますね。
変化と受け入れ
だから前はね、月曜日から土曜日まで働いていて、夜の6時まで働いてたので全然時間なかったんだけれど、
今はね月の半分ぐらいしか働いていないので、しかも夜勤だけなので、結構時間がね増えたんですよね。
そこはすごくいいなって思っていて、で私一番本当貴重なのが時間だと思ってるんですよね。
時間がなければ何もできないって思っているというか、時間ほどありがたくて素晴らしいものはないって私は思っているので、
ありがたく休憩してみたり、買い物に行ってみたりとかね。
あとは前は月同で働いてたので、子供と過ごすっていうこともあまりなかったんですけど、
今4歳のね、個性大爆発している息子がいるんですけれども、その子を保育園休ませてちょっと外出してみたり、
この間も一緒にプラネタリウムを見てみたり。
今札幌に住んでるんですけど、やっぱり星空ちょっと少ないんですよね。
で、なんで星が見えないの?って息子が言い出したので、
だったら星空見に行ってみようということで、プラネタリウムを見に行ってすごい喜んでたりしてたんですけどね。
そういうふうな時間に使ったりとかして、ありがたく時間は使わせてもらっているんですけれども、
かといってね、そこはいいところ。
でも自分が何をしたいかって、自分がどうありたいかってなった時に、やっぱりさっぱりわかんないわけなんですよね。
いろいろあんなに動き回ってやってたのに、それが一瞬で止まってどうしてかわかんなくなってしまって、
だからもう配信しようと思っても、今日もすごい久々の配信になるんですけど、
何を話していいのかわかんないし、発信したらいいのかもわかんないし、
目標も立ち位置も決まってないので、どうすればいいのかみたいな状態になってますね。
本当に何が正しいのかもわかんない状態です。
本当にね、自分の看護師自体、本当全力で働いてて看護師楽しい、看護師としてももっとできるようになりたいと思ってた時は、
本当疑いなくその仕事が大好きで前向きだったので、たくさん本読んで研修に行って、
もう患者さんとの関わりの中で看護とは何かっていうのをずっとね探求してました。
でもそれが本当に楽しかったし、本当に何の迷いもなく次から次でやりたいこととか、
今後に必要な資格とかが思いついて、それを看護っていうものを探求してましたね。
やっぱりあり方とか自分の目標が完璧に決まっていると、何の迷いもなくスルスルと進んでいくんだなっていう風に振り返ったら思います。
出産してからは同じ生き方までできなくなってしまったし、価値観も変わってしまったし。
でも価値観が変わったのに、やっぱり変化ってみんな嫌いだと思うんですよね。
私もちょっと苦手だったと思うんですよ。今も苦手だし。
やっぱり元々の自分の探求してた看護の世界っていうのを知っているから、そこにやっぱり執着しちゃうんですよね。
でもやっぱりその傍ら子どもと生きていくっていう人生を描くと、そっちの看護の世界じゃないんですよね。
探求するっていうことをしなければ、看護師として生きていくことはもちろん可能です。
普通に子どもと旦那と看護師という自分の生き方っていうのは全然みんな知っているし、
看護師、子どもいながらもどんどんスキルアップしていっている看護師さんもいるんだけど、
もちろんできなくもないんだけど、なんか多分自分の価値観が変わってしまったんでしょうね。
そこの受け入れがうまく私できてなかったなって思います。
やっぱり看護師だった頃の自分をしてきれなかったりとか。
でも実際そのまま生きていくと、死ぬ時に突き詰めたんですよ。
自分って何したいのかなって。
死ぬ時にずっと看護師だけをしてきた人生って、最後死ぬ時に楽しかった、満足って思うんだろうかってなった時に、
いや、思わないなって。
そう思った時に、やっぱり自分が何が足りないのかなとか思うと、
在り方っていうか、自分が何をしたいのかどうしたいのか、周りに振り回される情報が多いじゃないですか。
SNSとか、いろんな商品、いろんな目標を持った人、たくさんいて、全部素晴らしいんですよ。
だからそれをたくさん見てしまった結果、チューブラリンの自分ができてしまって、
自分の在り方を見直す
ノウハウだったり、耳どしまじゃないんだけれど、そういう状態になってるってことに気がついて、
実際の自分はどこにいたいのか、どこで立ちたいのかっていうのがわからなくなってしまっているっていうところに気がついて、
去年の暮れ、全く動けなくなったんですけれども、
今年からはね、自分の在り方をちゃんと見える年にしたいなって。
もちろんそれが在り方が見えるっていう風になると、多分やりたいことっていうか、見つかると思うし、
在り方がちゃんとわかると、進む方向性がわかると、楽しいと思うんですよね。
ビジネスしてようが、普通に生活してようが。
月が舞い込んでくる状態にある人って、絶対に在り方がちゃんとしていて、
自分の生き方のやっていることの解像度が高いというか、
自分のことがわかっている、本当に在り方がわかっているっていう状態なんだなっていう風に、
改めて気づかされたことがたくさんある去年だったんですよね。
なのでね、かといって急に在り方は何かって自分に問いたところで、私わからないのでね、
今年はね、ちょっとね、在り方含めて、自分がどう人生とか仕事とかを進めていく中で、
自分だけではやっぱりアップアップしてしまったので、人の力を借りるしかないなと思って、
ちょっとね、在り方じゃないんだけれども、そういうメンターをつけることにしました。
それでね、自分がどう在り方変わっていくのかなっていうのはちょっと思うんですけれども、
そういうふうにね、つけることによって変わっていく自分とかもね、
普段ね、結局こういうふうに子供と旦那と生活しているので、
そういうことも踏まえながら、ちょっと配信していけたらいいなって思います。
で、なんかこう自分のね、進んでいく人生の記録として残ってきたらいいなと思うので、
ちょっとね、気になるなとか、ちょっと付き合ってやろうかなみたいな人はね、聞いてくれると嬉しいなって思います。
私も46で今年7になるんですけれども、それでね、何かするって、
もう大丈夫なんだろうか、自分こんな年になってしまった、時間だけ過ぎてしまった結構何年もとかね、思ってたんですけど、
まあ昨日ね、美容室行って髪を切りながら、年がずっと近いと思っていた、
いつも切ってくれてるのも20年ぐらい通ってるところの美容室で同じ人で男性だったんですけど、
年が近いと思ったら9個ぐらい上だったんですよ。
まだまだひよっこだとできるっていう話にもなり、そうだよねっていうふうにちょっと前向きになってね、
これからまだ人生続くし、子供だってまだ4歳だし、
まだまだ元気にね、健康に、子供と一緒に、旦那と一緒に楽しく生きていきたいなって、
友達とも一緒にね、こう過ごしていきたいなって思ってるので、やっぱりそれを叶えるためにもね、
やっぱりこう自分の在り方っていうのをね、必ず見返す時が来たんだなと。
これね、結構在り方ってね、私好きじゃなかったんですよ、ぶっちゃけると。
必要あんのかないのかあったら、必要ないんじゃないって思ってたの。
何なの在り方ってって、こう仕事をする上で、
こう知識とか方法とか、またマインド、心構えっていうのは必要だったと思うんですけれども、
この在り方とか、よく言う潜在意識みたいなやつとか、
言ってる人たちって、何のためなのか全然わかんなかったんですけれどもね、
ここまでこう最終的に追い詰められたというかね、
こう自分で突っ走りまくって、最終地点たどり着いて、
自分に足りなかったものは何かって言ったら、在り方だったんですよね。
今後の展望
だから一番最初から、在り方がわかってる人って、
まあいるのかいないのかちょっとわかんないんですけれどもね、
これって在り方がわかっている人っていうのは本当に強いなっていうふうに思った次第ですね、去年のくれね。
今年はね、ちょっとそこもちゃんと自分で自分のことを見れるようになったりとか、
観察する能力とかね、こう自分がどうしたいのかとかね、
考えていけるような自分になれたらいいなって思っていますね。
世の中情報多すぎるからね、ブレブレになってしまってる人とかは、
本当にその状態でね、大丈夫かなって、私このまま大丈夫かなって思いましたし、
一回ちょっと立ち止まって、死ぬときこれでいいのかって考えてみるのも手かなって私思いました、今回。
もう考えました、本当に。
なのでね、今後もね、ちょっとずつ配信していきたいなって思いますので、聞いてくれると嬉しいです。
またねー、ばいばい。