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7日金曜日、今村ゆかです。今、ちょっとBGMが後からやってきたような気がするんですけれども、おはようございます。
るーさんと今日お届けするスピリチュアルフライデーになります。 るーさん、おはようございます。
おはようございます。 おはようございます。よろしくお願いします。
お願いします。
ちょっと電波が悪いですよね。
あれ、聞こえます?
聞こえてます。
聞こえてますか、今?聞こえてない?
はい、聞こえてます。
聞こえてます。よろしくお願いします。
なんかね、電波が途切れ途切れな気がするな。なんだろうな。
あ、すいません。また切れたらその時、聞こえなかったら言ってください。
はい。
はい。ということで、今日はちょっと直前にテーマを私が変更してはどうかというご提案をしたんですけど、
リトリートをテーマにお話をしていこうと思います。
はい。
というのもですね、るーさんが昨日までご実家の方にリトリートでの旅に出かけられてたということで、
ちょっとその話も伺いたいなっていうのと、今結構みんな疲れてると思うので、この辺の話いいんじゃないかなと思いまして。
はい。だださんおはようございます。よろしくお願いします。
はい。
どうでした?結構2泊3日ですかね。
はい。今回2泊3日で私の実家に一緒に行く方もいらっしゃって、せっかくなのでプランニングをしてリトリートっていう形でツアーをさせていただいたんですよね。
あ、お一人で帰ったんじゃなくて、あれですか、いつも住んでらっしゃるところからそのご実家があるところに何人かの方と一緒に行かれたって感じじゃないですか。
そうなんです。
そうなんですね。
うちの実家はですね、震災後家を建てて、民泊とかも結構受け負ったりするようなことをしていて。
そうなんですか、はいはい。
私はね、実家に帰るたびに本当に解放された気持ちになったり、実家って何でしょうね、実家に帰ると皆さんホッとすると思うんですけど、たぶん私以外の人もホッとする場所なんですよね。
なるほど、実家に帰るとホッとするかどうかは意外と人によると思いますよ。実家が息苦しい方もいらっしゃると思います、きっと。
そうですよね。
ってことはたぶんやっぱり場所自体、ご実家を守ってらっしゃる方も含めてすごくいい気が流れてるんだろうなっていうのはなんとなく想像しております。
03:02
そうですね、もう高台に、やっぱり津波の後家が流されて、高台に家を建てているので、もう海がすごい見えるんですよ、実家から。
まずそこだけでも本当に癒されるんですけど、とにかく自然が大自然だし時間の流れが全く違うので、私だけが感じるのではなくて、たぶん来た人がみんな持ち帰るものがたくさんある場所なんですよね。
なるほどね。お写真とかストーリーズとかに上がってるのを見たら、すごい理想的な場所だなと思って、海が見えるけど高台って私すごい憧れがあるんですよ。
本当そうですね、ちょっと行けば高台、山みたいな感じで、ちょっと下がっていくと海っていう。
理想的な憧れのロケーションがそれなんですよね。
海の真横はちょっと怖いんですよ、自分自身がなんか。
いや、怖い怖い。
だから緊張するのであんまりリラックスできなくて、かといって山の中に閉鎖されちゃうと結構閉塞感があって嫌で、前方が海で抜けてるっていうのがすごい理想なんですよね、なんか。
本当にそうですね。
あとはやっぱり津波の記念感っていうか、燃焼感っていうところが本当に、それを見てどう思うかっていうのもシェアしながら。
そういうのを見ると自分がどう生きたいかとか、自分は何を大事にして生きていこうかなって。
普段考えないこともすごく考えるので、私自身もその燃焼感をゆっくりゆっくり見たことがなくてですね。
意外と地元だとそうだったりしますよね、ああいうのって。
資料の細かいところからしっかり見るっていう時間を取れなかったんですけど、今回はその一緒に行く方とゆっくりゆっくり、たくさんそういう資料も見ながら、本当に心の中をちゃんと見ていくっていうリトリートだったので、めちゃめちゃ深い時間でした。
そんでだったんですね。
そもそもやっぱりリトリートってよく最近使う言葉ですけれども、自分の心を自然なところで、自然豊かなところで心とか体とかを休ませて自分自身と向き合うことっていうので一応定義があるけど、それがまさに体現されたってことですよね。
そうですね。
06:00
とみちゃんおはようございます。たださん陸高、懐かしい。陸高でお仕事されてたって言われてましたよね。
ありがとうございます。
今回やっぱり私も、津波ですごく壊滅的な被害を受けた場所なので、悲しい場所とか悲惨さを、これ一緒に来てくださった方がシェアしてくださったんですけど、悲惨だったところとかそういう視点が多い見方が。
けれども資料館の中、この想定外の時に誰がどういうことを考え、どのように迅速に行動したかっていうのがすごく資料として残ってたんですよ。
そうなんですね。
やっぱりいろんな決まりがあってその決まりを手続きを踏まないと、例えば自衛隊にしても交通整理にしても何かその行政を超えて何か承認を受けないとやっちゃいけないとかいろんな規制のある中で、
まずはこれが第一優先だと、どういうことになるかわからないけれどもやらなければいけないって決意して動いた人たちの声とか道筋みたいなのをすごくその資料館で見てですね。
AIに頼ってちゃいけないぞと。
考えて動物的な勘で動いてくださった方がいらっしゃるってことですよね。
そうですそうです。
その時に。
なのでやっぱり自分のその直感。先生も昨日ですかね、なんかラジオでお話しされてた。
何話しました?
なんかのAIじゃなくて自分の直感にしっかり信じてみたいな話を何日か前か。
明日かもしれない。
まさに自分自身が何を大事にしてどういう生き方をしているかっていうのをわかった方がいいって思ってるんですよ。
本当に分かってないとそういう極限に追い込まれれば追い込まれた時ほどその直感のスピードっていうのが際立つじゃないですか、多分。
何を自分がそこで選択して第一優先にするかっていうのがやっぱり人間追い込まれた時、本当に命の危険が迫った時って多分そこが大きく分かれるとこだと思うんですよね。
今の最近の生活、AIに頼り切っちゃってる、思考を放棄したような生活をしちゃってると多分そこの動物的な感だったり自分自身の何かこう本当に無意識の行動とかっていうのが何が起こるか逆に分かんなくなりますよね。
09:12
どうしていいか分かんないというか。今ちょっと怖いなと思いました。想像したら。
思考停止になっちゃいます。
なると思います。日頃からそこら辺を研ぎ澄まして生きていたら、本当に無意識になった時にそういう人って強いと思うんですよ、多分。
本当そう思うんですよ。
なので、そういうのを見てまた自然を見に行った時に、たまたま今回すごい波が荒かったんですね。
海の波がすごく、岩にすごい打ち付ける波が大しぶきだとか、荒々しくて、この自然にコントロールできないもの、やっぱ自然ってすごい威力なので、
自然の法則じゃないですけど、いかにこの自然から学びながら自分をきちんと持って生きていくかっていうリトリートになったんですね。
まさに本当そうですよね。私たち自身が本来自然の一員であるっていうことを、人間って忘れがちだなって常々思うんですね。
だからこのリトリートをする意識的に自分をその自然に返して自分を見つめ直す時間っていうのは、自分は自然に存在しているいろんなものと何ら変わりがないんだっていうことを再認識する作業なんじゃないかなって私は思っていて、
そうすると大きな力には、ちっぽけな自分なんてどう頑張ったって抗えないじゃないですか。
なんかない知恵を絞り出したところでたかだか知れてるというか。
あ、つながってますかね。なんか今日ちょっとつながりが悪いですよね。
ちょっと途切れ途切れに聞こえておりますね。
そうですよね。
なんでだろうな。
Wi-Fiを切ってみようかな。
あ、ネットワークが不安定なためって今ちょっとつながり良くなりましたかね。
なんとなくちょっとタイムラグがあるというか。
あ、今Wi-Fiを切ってみましょう。
今Wi-Fiが悪いのかもしれない。
あ、そうそう。自然の中に帰る感じなのかなって。
あ、途切れちゃいましたね。大丈夫かな。
聞こえてます。
聞こえてます?
はい。
すみません。
そうそうそうそう。
だからそれをやっぱりどうしても日常生活の中で本当に自分が自然の一員なんだなって感じる。
12:05
感じると思えばたくさんそういうチャンスもあるしやることってあると思うんですけど、
やっぱり日常のいろんなタスクに追われちゃうとそれが途切れ途切れになって、
意識が集中できなくなったりするからやっぱりちょっと日常と離れるっていうのがいいんだろうなと思いますよね。
いや、ほんとそうですね。
海、あと大地っていうことで洞窟にも行ったんですよ。
小入土とか。
はいはい。
水がちょっと大雨の後だったので。
ちょっと大変です。怖いですね。
大きな長い滝があるんですけど地下の中にね洞窟の中にその迫力がすごかったんですね。
そうでしょうね。
なんかその地下にもこんなにエネルギーとか水が流れてるっていうのとかね、
もう本当に私たちちっぽけ、ほんとちっぽけ。
ほんとちっぽけなんですよ。だからいかになんか自分がちっちゃいかっていうことを知ると、
よく言うじゃないですか悩みとかもこの自分の世界の中での自分の小ささを感じたらそのさらに心の、
心だから広いと言えば広いんだけど、自分の悩みなんて小さな悩みなんだなって覚えてくるっていうのがまさにそういうことですよね。
悩みだけじゃなくて、それこそ志ですらなんかやっぱり小さな小さなものじゃないですか。
でもそれがいっぱい集まってから大きなことができたりとか、そこに希望が生まれたりとか夢が生まれたりとかするんでしょうけど、
でもなんかそう自然に逆らうっていうことはやっぱり不自然、不自然ってそういうことじゃないですか、不自然。
不自然なんです本当にね。
自然に逆らうと不自然になるって本当に当たり前の文字ですけど、
本当ですよね。
そうそう、自然っていうのはまさにね、出来事のことだけではなくて本当にこの宇宙で起こっている存在しているすべてのことわりに反することをすると不自然なことが起きてきて、
それがおかしなことになっていくっていうことですよね。
本当本当。
そしてその大自然の後は今度平泉のほうに中村寺っていう。
いいな、もっと行きたいところの一つです。
そうですか。
行ったことないんですよまだ。
すごいですよ。世界遺産と言われていて、本当に金色堂とかそういうのも何回か行ってるんですけど、ゆっくりこう文章を細かく読んでっていうところまであんまりなくてですね。
そうなんですね。
今回一緒に行動している方がやっぱりそういうの好きで、結構な時間ゆっくり資料を見ながら光りながら行ったので、
15:02
この祈りの深さとか、立ててから900年とか経っていて、それがずっと続いていることもすごいし、模様の一つ一つも見ていくと本当に意識が形になってきてるっていうのとか。
そうですね、寺院はだいたいその思想がそのまま形になってますよね。
今回10年に一度の秘仏の御開帳があったりとか。
それはラッキーでしたね。
ラッキーだったりして。
寄せられていった感じですね。
そうですね。
自然と祈りとか、私たちの意識の強さみたいなのを本当に考えるいいリトリートになってですね。
中村寺はね、本当に行きたいところのベスト3ぐらいにずっと入っているところで、まだ行ったことがないんですよ。
ぜひぜひご案内いたします。
そうですね。
昔それこそ出張でよくあの辺の新幹線に乗ってた時に、平泉で降りるんですかね、新幹線。
それからちょっとまた在来線に乗り換えてみたいなのだったと思うんですけど、いつもあそこでうわー降りたいと思いながら通り過ぎた。
本当あの辺すごくて、私もゆっくり自分で誰かに連れて行かれるって言うとちょっと記憶に残らないじゃないですか。
でも自分がツアーガイドみたいな形として行ったから、なんかすごく印象に残るというか。
そういえば電柱とかもこの辺少ないなとか。
そうなんですね。
多分警官条例がなんかあって。
もう全部地中化されてるとか。
そうですね。
セブンイレブンとかもあの茶色の看板だったりとか。
最近だいたいそうですよね、ああいうところはね、古い海のところは。
近くにあとはこう、何だっけな。
もう通じ。
聞いたことないですね。
結構あれですか、寺院が多い場所なんですか、あの辺って。
そうですそうです。
中村寺だけでもすごいいろんな小さな建物がたくさん建ってますし、
そのちょっと進んだ時にももう通じというとこがあって、
浄土庭園って言って、もう本当に美しい庭園があるんですよね。
天国に行ったみたい、本当に。
なるほど、なんかその表現素晴らしいですね。
天国に行ったみたいなところってたまーにありますよね。
ここは天国ですかみたいな。
そうです。
18:00
いかにその昔の方々も、いかにその自然を敬って、
自然の美しさを大事にして崇めてきてると。
もう天とやっぱり一緒じゃないと生きていけないっていう思想がやっぱ強いですもんね、昔の方がね。
そうですね。
ちゃんと米が取れるかなとか。
そうですね、本当にそうですよね。
天に任せるっていうところとか。
そういうのを思い出させてもらえたことがやっぱり大きいリトリートになりましたよね、本当に。
お寺とかって私も自分から意識して行くようになったのって、
本当ここ最近で、それまでは誰かに連れて行かれたとかね。
一番最初はたぶん修学旅行とかだと思うんですけど、
全然見る視点も違うじゃないですか。
私なんかね、自分の美容師さんが寺巡りが趣味の方で、
すごい全国のお寺の情報、すごいマニアックなお寺の情報が来るんですよね。
それでなんか去年それこそ、
私が奈良の鬼虎古墳っていうところに行きたくて、鬼虎古墳に行った時に、
全然ちょっと方向は遠いんですけど、
京都のすごく奥にある比叡山と向かい側にある山なんですけど、
クラマ寺っていうお寺があって、
クラマ天狗のクラマの発祥というか、お話のお寺なんですけど、
クラマ寺にだいぶ前に聞いたことがあって、
行ってみようかなと思ってフラッと行ったんですけど、
フラッと行くっていうぐらい近くもないんですけど、
わざわざ電車に乗って奥地まで行ったんですけど、
そこがまさに自然信仰なんですよね。
山全体が神の山になっていて、
今まで行ったところの中で、
最も私が持っている世界観に近くて、
すごい場所だったんですよ、それが。
もう一回、去年のことなので、
それからまだ一回も行ってないんですけれども、
まさに自然信仰、自然の中の一員なんだよっていうことが、
すごく優しく大きく書いてある、表現してあるお寺で、
たぶん結構なパワースポットなんじゃないかなって思います。
だからまた行きたいんですけどね、
なかなか遠いのでしょっちゅうは行けないですけれども。
すごい歴史と文化、触れるってすごく大事ですよね。
お寺とかは本当、若い頃はそこまで癒されなかったけど、
21:00
今は心を真っ白にしてくれる、
自分自身と向き合うっていうのは、
すごく力を貸してくれるパワースポットだなと思うので、
だから昔から、信仰って昔からあるじゃないですか。
古代、太古の昔から信仰がない時期っていうのはきっとないわけで、
食べるとか寝るとかっていうことと同じだけの歴史があるのは信仰じゃないですか。
良い悪いは別にして、教えというか考え方が良い悪いは別として、
常に人の心には信仰っていうのがあるっていうのは、
そういうことなんだろうなとは思いますよね。
本当そうですね。祈りがもう生活の一部。
祈りというかもう感謝ですよね、本当にね。
結局なんかまあね、だからそれが自然と繋がるっていうことが、
目に見えない神と繋がるっていうこと、宇宙と繋がるっていうことっていうことを、
昔の人こそそれこそいろんなノイズが少なかった分、
みんなわかってたんでしょうね、きっと。
本当そうですよね。一緒に歩いた方が言ってたんですけど、
こうやって人といたり、旅行に行くとやっぱりスマホ見なくなるので、
すごいデジタルデトックスになるし、
いらないのに、スマホとかもういらないって思える。
すべてここにあるっていう感覚になるんだけど、
だらだら一人でいるとずっとスマホばっかり見ちゃうっていう。
そうですよね、本当にそうですよね。
そう、だと思います。
電話としての機能とか連絡の機能としては、
すごくやっぱり携帯電話を一台持つようになった。
すごく便利だし、いいことだったなと思うけど、
それがなんか発達しすぎて本当に一人が、
常にモバイルPCを持ってる状態じゃないですか、スマホって。
なんかちょっと行き過ぎちゃったのかもしれないですね。
本当、私も本当そう思います。
私たちはそれこそ若い頃スマホどころか、
携帯電話すらない時期を過ごしたことがある世代じゃないですか。
確かにそうか、揃ってる人たちの方が多いわけですよね。
そうですよ、もう私たちよりちょっとでも下の人は
割ともう学生時代からPHSとかが出始めたとか、
みんな少なくともポケベルぐらい持ってたっていうぐらいの
世代の方なんじゃないかなと思うけど、
私は大学時代まであれはなかったんですよね。
PHSもなくて、
社会人になった何年目ぐらいかに
ピッチが無料でバーって配られてすごい普及して、
みたいな感じだったんですよね。
24:02
大学の時も友達でポケベル持ってる人とかもあんまりいなくて、
どうやってみんなで約束して会ってたんだろうなって今思うと。
今よりも多分会話も多かっただろうし、
そうですよね、話さないことにはね。
そうなんですよね。
顔を見てちゃんと話すっていう文化が、
今画面見て話すってなってるので。
そうですよね。
どうやってたんだろうなと思って。
でも例えば、
授業に遅れるから代弁しといてとか、
どうやって伝えてたのかなみたいなね。
どうやってたんでしょうね。
そうやって私たちの才能とか資質が流れてますよね。
そうですね。
もうシステムと。
昔で生きてたことができなくなってるわけですからね。
そうです。携帯番号さえ覚えれなくなってますので。
めっちゃ覚えてましたよね、昔。
めっちゃ覚えてた。
人の電話番号とか。
そう。
ね。
やっぱ生命線っていうか、これは覚えておかないと何かあった時困るっていう危機感とか、
やっぱ持ちながら生きてたなって。
自然もやっぱ怖いじゃないですか。
いつ牙をむくか分からない。
でもありがたいんだけども、そういう危険も察知できることも教えてくれてるんですよね、自然って。
そうですね。
研ぎ澄まされて生きるっていう、研ぎ澄ますっていうのがもう本当に欠落してる、今。
そうですね。意識しててもどんどんどんどん欠落して、なんかもうぬめーっとした感じになっちゃいますよね。
すげー。
存在が。
いや、ほんとそうですよね。
りょうさん、おはようございます。ありがとうございます。
おはようございます。
それこそあれですよ、うちの息子ってずっと寮生活だったんですけど、スマホが禁止だったんですよ。
素晴らしいですね。
そうなんですよ。だからでもね、親としてはやっぱり中学から、高校3年生だけガラ系ならOKっていうわけの分からない、本当に連絡手段としてのガラ系。
あの、りょう出ないといけなくて下宿になるっていうことで、多分連絡手段がないからそれがOKになるんですけど。
だから6年間、要は家から出てるんだけど、直でつながる連絡手段がないっていう生活をしちゃうんですよね。
すごいな。
その間にやっぱ熊本地震とかもあったりして、やっぱなかなかね、携帯がないって不安なこともたくさんあるっていうのを感じたし、
27:02
連絡取りたい時にすぐ連絡取れないわけですよ。
それは怖い。
そうなんですよね。だからね、今のこのみんなが持ってる中でそのないっていうのをね。
待ち合わせとかも本当に昭和式でやってましたよね。帰ってくる時に何時のバスに乗って何時にここに向かい行くからねっていうのを前の日にちゃんと確認してみたいな。
そういうアナログな感じのことをね。
でも大事でしょうね。結局携帯とか持ってたとしても大震災の時とかは全く通じないわけですよね。
そういう中でどうやって人を早く救うために動けるかっていう、もう知恵のひねり合いみたいに。
そうですよね。動物的な感がやっぱりそれを直でその行動っていう肉体を使うところにまでつなげられるだけの
本当に動物的なエネルギーがある人っていうのがこれから絶対必要ですよね。
必要だなと思いました。本当に。
自分って置き換えてみたら全く持って自信がないところが本当情けないなって今なんか思いました。
なんかこう全然ダメだなって思いました。
人間である以上肉体を持ってるわけだから
考えたことをちゃんとそのまま行動にできるだけの肉体を整えておくっていうのも
あれですよね。神への感謝の一つですよねきっと。
本当です。だからあの
仙人みたいな方々って年をとっても動けるなんていうの体?
昨日も神社に忠孝寺の中でこうすれ違って白ひげのおじいさんとかがいたんですけど
そんな方がいらっしゃるんですか?
ただすれ違っただけなんですけども異様にオーラが違くって
でも顔とか頭は白髪のおじいさんなんですけど体はもう20代みたいな感じの
昔の中国映画みたいですね。ジャッキー・チェーンとかに出てきた師匠みたいな
そうですそうです。なんか私その時に
私これからあれ目指すっていう
肉体をやっぱり鍛えなければならないっていうことにやっぱちょっと火がつきましたね。
やっぱり入れ物としての体をちゃんと自分で敬ってケアするっていうことは
全く今なんか自分ができてないことに妄想していると同時にすごい大事なことだなって思いますよね。
精神的に自分の中に神がいるとかそういう発信もしてますけども
30:02
本当に神がいると思って信仰っていうか信じているならば
やっぱり肉体に対してもきちんと磨き上げなければならないっていう
本当そうですよね。本当にそう思いました。
それこそなんか私が好きな風くんとかが藤風くんとかがよく
なんかそんなダイレクトな言葉では言わないと思いますけど
結局ああやって才能を与えられている人っていうのはその才能ってあるだけでは
表現できないわけでそれを表現するための多分物理的な技術っていうのを
そのいただいた才能をちゃんと開花させるために
常に努力をし続けて生きるための努力をする
自分の使命を果たすための努力をし続けましょうみたいなことを言われてて
まさにそれがその自分自身才能がどれだけっていうのは人それぞれ違うと思いますけど
自分の体っていうのをちゃんと思い通りに動かせて
いざという時にちゃんと人様のために貢献できたりもするように
死ぬか死ぬまでちゃんと動くようにケアしとくってすごい大事なことですよね
本当そう思います
やっぱり今回リトリートの中で
本当に自分のことって分かりづらいじゃないですか
自分はどこに向かってて自分は何者になってるんだろうとか
私は何がしたいのかわからなくなるっていう方多いと思うんですよね
でもリトリートの中でいろいろいろいろ対話していくと
もうあなたっていう形が分かるよって
自分以外の人からは自分の形っていうのを
ルーさんはこういう人今村先生はこういう人
こういうのを大事にしてる人っていうのが周りからはすごく一目瞭然なのに
自分だけが分かってないんだねっていうのが
今回すごく分かって
それは教えてくれるのはやっぱり自然だけじゃなくて
人とも接しないと分かんないわけなんですよね
人も結局あれですもんね表現をする自然ですからね
なるほど
人はアウトプットができるから言葉というツールを使いこなせるから
自然は何も言葉にはしてくれない感じなければいけないけど
だからじゃないですか
そうなんですよ
私結構ワンネス意識が自分で強いって自覚してますし
オープンハートなタイプなんですけど
一緒にいた方がそのオープンの大きさが桁違いだって言ってくれたりして
裏表がない一緒に長くいるとよりそれが分かるって言って
33:01
私の資質はこれでこれをやっぱり広げていくんだなみたいなのとかも
私自身もすごく分かったり
あと私の両親に会った方が
ルーさんのルーツってやっぱここなんだなっていうのを客観視して
言語化して私に伝えてくれた時に
なるほど私のすべきことはやっぱこれなんだっていうこととか
親からこんなにたくさん譲りを受けていたんだとか
いろんな気づきがやっぱりありました
だからそこに意識を向けてらっしゃる方と行くと
余計にそれが短時間とか短い2泊3日ぐらいの時間でも
たくさんの気づきがいつもよりもたくさんの気づきがあるっていうことですよね
あります
その方も自分ではこう
自分は何をしたらいいかって思ってるけど
話を聞いていくともうやってるよねって
もうあなたが進むべき道を歩んでるよねっていう再確認が
やっぱリトリートっていうのはできるわけなんですよね
忘れてたけどちゃんと歩んでるじゃんみたいなところに行き着く
そうですね逆にそこですごい違和感がある人は
多分半端ない違和感を感じるんだと思うんですよ
要は確認ちょっと待ってみたいな
私の人生どうなってるみたいな
きっとそうなんじゃないかなと思いますね
やっぱほんと良くも悪くも
でも思ったようにしか人生って進んでないじゃないですか
だから今私は割と怠惰な毎日を過ごしてるなと自覚があるんですけど
それも自分が願ってる通りにしかなってないんですよね
いやほんとそうですよ
そうなんですよ悪セクしたくないなって
私の最後に行き着きたいところは
今日の晩ご飯何をしようって
何食べようっていうことだけに集中できる毎日っていうのが
私の理想の毎日で
素敵
今日美味しいご飯が食べれて良かったねっていうことだけを
毎日感じて生きていくっていうのが
最後に目指す場所なんですけど
でも今そうじゃんって
なんかあるっけみたいな
分かります分かります
だいぶ近づいてんじゃんっていうのをたまに思いますね
そうは言いながらまだまだ雑念っていうか
いっぱいあるから悩みもあったりとか
すっきりしない日もあるんでしょうけど
でも年をとって生きていく時間が短くなればなるほど
残された時間が短ければ短くなるほど
なんかその後に
未練みたいなものがだいぶ減っていくことを望んでいるので
そうなるのかなって思ったりしますね
36:00
今はまだ何だかんだ言って
あと2,30年生きないといけないんだったら
こんなことしてる前にもっとすべきことがあるんじゃないかな
みたいなのに襲われるんですよ
分かります分かります
まだまだまだ若いんだし
もっとやるべきこととか
自分でできることってあるんじゃないかな
みたいなことがあるけど
私先生と全く同じような感覚でいて
私も平らな生活をしてるって自分が
自分で理解してて
ちょっと自分を責めてる節もあったんですけど
でも今回リトリーといってですね
技術とかテクニカルなところから離れた
もっと直感的な部分をもっともっと研ぎ澄ますために
平らに
平らって見方をすれば平らなんですけど
変わってる
自分を本当にそういういろんなものから1回引き離して
自分の感覚をもっと研ぎ澄ますための
この休憩時間に私はいるんだなって
思えたんですよ
承認です
いいですね
ロングバケーションな感じですね
そうです
いろんなものはやっぱり
デジタルとかそういったものも1回
話したり
ガチャガチャした環境の中から
ポンとやっぱり離れないと
本当にやるべきこととか研ぎ澄まして
追求していくものがやっぱり見えなくなってるから
だからやっぱりこう何もしない時間
ボケとする時間っていうのも本当に必要なんだなって
いうのがすごく分かったので
態度じゃなくて
いや必要だったんだっていう
そうですよ
まさにあれですよ
それこそ産命学とかね
いろいろ市中睡眠とか何でもそうですけど
例えば転注札とか
転注札と何だっけ
大作会とか空房とか
全部同じ時期なんですけど
救世規格みたいなものから出てくるからですね
結局12年に2年間は必ず
自分をリセットするための時間なんですよね
2年間の転注札の時間っていうのは
だからちゃんと自然のサイクルの中に
それを取り込まれてるのに
私たちはその
天が与えてくれた休みにすら何かを
自分の欲とか義務のために
頑張ろうとするから
ろくなことがないっていう
そうですよね
自然に逆らうから
ろくなことがないっていう
ことなんだと思うんですよね
だからそれを本当に小さな単位で見ていくと
休まないといけない時も当然あるしっていう
そうなんですよね
ことですよね
真逆のことをしたりだとか
ある意味それが
抗い続けてしまうとやっぱり
強制的に
39:00
うつっぽくなってしまったりとか
本当になるのも
仕方ないんだなって
そうですよね
体がアラート出してくれてるってことですからね
そんなに頑張らないでいいよみたいなね
ダメだよダメだよみたいなね
まさに自然
自然体で生きる
究極の自然体で生きるっていう
でも最も難しいことかもしれないですよね
生じっかちょっと考える能力があるっていう
なんか人間の
ある意味便利なとこであり
天が人間に与えた一つの
試練というか
考えるから悩みも出るわけじゃないですか
何なんだろうなって思いますよね
それこそなんか全然ちょっと話飛ぶかもしれないですけど
最後にすごいスピリチュアルな話じゃないですけど
私なんかどれくらい前かな
1ヶ月くらい前だと思うんですけど
起きてる時なんですけど
めちゃくちゃ自分の体から
魂が抜けたような体験をしたんですよ
優待離脱ですか?
じゃないですね優待離脱とは違うんですよ
別に自分の体を客観視してるとかそういうことではなく
私頭がおかしくなったのかなと思って
すっごい焦って
死ぬのかなとか思って
全然起きてる真っ昼間なんですよ
一人でいる時だったんですけど
なんか自分の体と自分の精神っていうものが
すごく完全に分離した感覚って言って
人生でその時1回だけなんですけど
でえっと思った
その時になんかすごい恐怖だったんですよね
戻れなくなったらどうしようっていう恐怖と
一瞬でそれいろんな感情が来るんですけど
戻れなくなったらどうしようっていう恐怖と
肉体って本当に借り物なのかもしれないなっていう感覚
だって完全に離れてる感覚だったので
これ誰?みたいな感じだったんですよ
でもそうは言っても動かせるんですよ自分の意思で
手とか動かせるんだけど
なんで私はこの今目の前にある手を動かせるんだろう
っていうことの理解ができない
みたいな状況になっちゃって
でなんか多分時間としては
そんな数秒だったと思うんですけどきっと
でもその数秒の間にすごいいろんなことを感じて考えて
すごいすごい
すごいなんかでも怖かったんですよね
体なんて本当に脆いものというか
本当借り物なんだなっていうのをね
その時にすごい感じて
やっぱ意識が乗ってこその体なんだなっていう
42:00
そうですね
ここがありますしね
ちょっと離れた感じになると
なんか人ごとっていうか
でも精神的な病ってやっぱりそういう風になるじゃないですか
病っていうか
自分の意思がコントロールできなくなる
要は乖離していくってことですもんね
そうかそうか
じゃあやばいですかね
本当怖かったんですよね
でもそれは多分サインですよね
自然も穏やかなだけじゃなくって
すっごい厳しい世界じゃないですか
厳しいですよね
生きるか死ぬかって
なんかそういうのをやっぱり忘れがちになると
インスピレーションも降りてこないというか
そうですねそうだと思います
そういうのが忘れんなよみたいなのが
たまにありますよね
そういうことか
忘れんなよっていうちょっと鋭い警告ってことか
そうそう
なんかそうでしたみたいな
一瞬怖いんだけど
そうでしたみたいな
めっちゃ怖かったです
多分数秒なんですよねきっと
そんな長い時間じゃないと思うけど
すごくなんか体感としては長くも感じたし
すごい怖かったし
えっ大丈夫みたいな
でも見えない側とか
本来の神様側、スピリット側っていうのは
時間の概念がやっぱないので
そうですよね
それをやっぱり体現させてもらえるわけですよね
一瞬なのにいろんなことを考える
その元のようになるとか
その時間軸をね
なんか概念をぶち壊しに来てるんだなって
私は思うんですよね
なるほどそういうことか
霊的成長するために
こういう体験させられるんだみたいに
そうかもしれないですね
ね
時間の感覚はもう本当に
時間とかないですよね
変わりますから
目覚めてくると
本当
自然と向き合う
本当になんていうかね
そんなにスピリチュアルではなく
自然ってなんか自分の中では
割と身近なものかなと思うので
そこに向き合って感じたこととかを
自分を成長させていくっていうのは
それこそだから
リトリートに行った時に
自分の生き方っていうところに
フィットしてるかなっていうのは
私もなんかそのたまに行く
リトリートの旅とかでは
それは間違ってないんだなって
先ほど言われてたね
自分を確認するっていうのは
そうかもしれないですね
ね
楽しかったです本当
45:02
ありがとうございます
すごいいいお話を
いっぱい聞かせていただいて
感覚でしか喋れなくて
いつも先生が言語化をしてくださって
私はとっても役に立ってるんですが
ありがとうございます
私は多分言語化が
自分の使命の一つなんだろうな
なんとなく感じてるんですよね
上手じゃないんですけど
上手じゃないけど
努力するべき箇所は
ここかもしれないなっていう
すごいです
ありがとうございました
すいません長くなったのに
聞いてくださってる方
本当にありがとうございました
富井さんありがとうございます
ご飯つく
晩御飯に到達は
そうですよ
晩御飯のことしか
みんな晩御飯のこと考えるの
今多分すごいストレスだと思うんですけど
ストレスです
ですよね
だけど晩御飯のことしか
考えなくていいんですよ
だってめっちゃ良くないですか
今日何食べようかって
なんかすごい幸せじゃないですか
確かにね
今日はなんか
美味しいこれがあったから
今日はこれ
茹でて食べようかみたいな
なんて天国なんだろうって思います
余白がいっぱいあって
本当に楽しみだけを
見ているみたいな
そうですね
本当
本当そうです
癒されますよそれはね
ご飯もそして美味しいそれは
美味しいですよね絶対
作られたご飯は
本当そうだと思います
なんかね
すいません長くなっちゃったけど
うちの割と近い
山口県にある宿で
その感じをね
すごい体験させてくれる
お宿があって
1回しか行ったことないんですけど
それなりにちょっとね
お値段もいいところなので
そんなに頻繁にはいけないんですけど
まさに自分が
目指すものが
全てそこにあるみたいなところがあって
本当に素晴らしかったですね
なんか本当に島なので
採れるものも少ないんですよね
その物資がそんなに
豊かではないところで
その日に採れたものを
一番美味しい形で
食べる
何もない
当然テレビもないですし
水も少ないから
っていう感じなんですよ
だからねそういう
理想だなっていうね
全てのこう
自然の営みに感謝ができる
この生活がしたいみたいな
本当です
便利になりすぎると
先生が
昨日言ってたのあれですね
わざと不便にノートを付けるっていう
そうですね
わざと不便にノートを付けるの
すごい違うのが働き出して
びっくりしました
昔は当たり前にやってたのに
それは本当に私もそう思っていて
皆さんもノートに絵を描いたりとか
割と手書き型な感じですよね
それこそダダさんもそうですしね
やっぱ手を動かして書くってすごい
すごいですよね
脳にいいと思います
48:00
あえて不便を選ぶ時代
本当に
そうしないとだって
人間がすることなくなりますよね
そうなんです
そこに価値があると思います
本当に
そこででも大きく分かれていきますよね
きっとね
それ以外どっぷりの方なのか
あえてもうそっちから離れていく方なのか
なんか原始的に私は戻っていく派で
そうですね
私どっちも派かなどっちかというと
どっちかというと
行きたいそっちに行きたい
でもなんかちょっとテクノロジーにも
ちょっと心がなびいてる
一番ちょっととんでもないやつ
私もそうです
でもそっちに行きたいですね
そうです
面白かったです
ありがとうございます
定期的にこうやって話すこと自体も
やっぱりトリートになることだと思うので
ありがとうございました
今日も
ありがとうございます
それでは
富さんありがとうございます
ノート手放せません
過去や未来をGV
なるほどね
その紙の上では結局
それこそ時間の時空を超えてじゃないけど
時間という概念がなくなるというね
そういうのもありますよね
素敵な表現ですねこれ
うん素敵
ほんとほんと
いいですね
ありがとうございます
あと今日ね立州なんですよね
今日秋
今日から暦の上では秋なので
暑いですけど
秋の気配を感じながら
一日過ごしてまいりましょう
はい
ありがとうございました
ありがとうございました
では皆さんも良い週末をお過ごしください
失礼します
失礼します