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この物語は、ファンタジスタまゆみさんのアトリエに悩める3人が訪れたことで始まる人生が変化する物語です。
あなたの人生の一歩が歩めますように。本日は私、ゆかが第1章を朗読いたします。
第1章 ちゃんとしなきゃという病
1週間後、ちはるは重い足取りで再びあの螺旋階段を上がっていた。
手には1週間悩みに悩んで作った作品が入った紙袋。
中身を思い出すだけで胃がキュッと締め付けられる。
今の自分を表現する。その宿題にちはるは本当に苦しんだ。
最初は写真にしようと思った。でも何を撮ればいいかわからない。
次に文章を書こうとした。でも言葉が出てこない。
料理?絵?音楽?何をやってもこれじゃないという感覚ばかりが募った。
結局締め切り前日の深夜、ちはるは自暴自棄になってある物を作った。
それが今、紙袋の中で彼女を責めているような気がした。
アトリエの扉を開けるとすでにしおんとことねが来ていた。
あ、ちはるさん。しおんが緊張した面持ちで挨拶した。
実は私もかなり悩みました。
私は逆に悩まなすぎて悩んだ。ことねが苦笑いを浮かべた。
まゆみは窓辺で何やらスケッチをしていた。
三人が揃ったのを見て微笑みながら振り返る。
みんな、ちゃんと持ってきたのね。えらいわ。
ちゃんと?
ちはるがその言葉を繰り返した瞬間、まゆみの目がきらりと光った。
あら、ちはる。ちゃんとって言葉好きなの?
え、いえ、別に。
じゃあ何で今顔が曇ったの?
ちはるはドキッとした。
自分でも気づいていなかった表情の変化をまゆみは見逃さなかった。
さて、じゃあ一人ずつ発表してもらいましょうか。
まゆみは円卓についた。
誰から行く?
沈黙が流れた。
三人とも自分の作品を見せることに抵抗があるようだった。
じゃあ私から。
意外にもちはるが口を開いた。
もうどうにでもなれという気持ちだった。
紙袋から取り出したのはA4サイズの紙の束。
そこにはびっしりとトゥードゥーリストが書かれていた。
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しかも色分けされ、優先順位が付けられ、締め切りまで記入されている。
これが今の私です。
ちはるは自重気味に言った。
毎日のタスク、今日の目標、今年の計画、5年後のビジョンまで全部、ちゃんと書いてあります。
まゆみは無言でそのリストを眺めた。
一枚、また一枚とめくっていく。
すごいわね、まゆみがつぶやいた。
これ全部実行してるの?
はい、ほとんど。
ほとんど?
ちはるは唇を噛んだ。
8割ぐらいは。
でも、完璧にはできなくて。
そう、まゆみはリストを置いた。
で、これをやってちはるは幸せ?
その質問にちはるは答えられなかった。
幸せ?そんなこと考えたこともなかった。
私、子供の頃から優等生で。
ちはるは絞り出すように話し始めた。
何でも卒なくこなせて、親も先生も褒めてくれて、
でも最近、
最近?これって本当に私がやりたいことなのかなって。
ちはるはうつむいた。
全部、誰かの期待に応えるためのリストみたいで。
まゆみは立ち上がると、
壁に貼られた一枚の絵の前に立った。
それは無数の線が複雑に絡み合った抽象画だった。
これ、何に見える?
三人は絵を見つめた。
迷路?
しおんが答えた。
雲の巣?
ことねも続いた。
私には?
ちはるは息を呑んだ。
私の頭の中みたい。
まゆみは振り返って微笑んだ。
正解、これは思考の檻という作品。
私も昔ちはるみたいだったから。
まゆみさんが?
そう、全部完璧にこなさなきゃって。
でもある日気づいたの。
ちゃんとって誰が決めた基準なんだろうって。
まゆみはちはるの前に座り直した。
ちはる、質問するわ。
そのリストの中で心からやりたいって思うことは何個ある?
ちはるはもう一度リストを見返した。
仕事のタスク、勉強会への参加、ネットワーキングイベント、スキルアップのための読書。
わかりません。
わからない?
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全部必要なことだと思ってやってきたから。
でも、やりたいかどうかなんて。
まゆみは優しくうなずいた。
それが、ちゃんとしなきゃ病なのよ。
必要だと思い込んでることと、本当にやりたいことの区別がつかなくなる。
でも、ちはるは反論しようとした。
社会人として責任があるし。
責任ね。
まゆみは絵の具を手に取った。
じゃあ聞くけど、一番大切な責任って何?
ちはるは答えられなかった。
自分の人生に対する責任よ。
まゆみは静かに言った。
他人の期待に応え続けて、自分を見失うことが責任?
それとも、自分の声に耳を傾けることが責任?
その言葉がちはるの胸に深く突き刺さった。
しおんが恐る恐る口を開いた。
でも、自分の声ってどうやって聞くんですか?
いい質問ね。
まゆみは筆を取ると、新しいキャンバスに向かった。
実はシンプルなの。
まず、ちゃんとを手放すこと。
筆が踊り始めた。
最初は秩序だった線。
それが次第に崩れ、自由な曲線へと変わっていく。
人間ってね、枠があると安心するの。
でも、その枠が窮屈になっていることに気づかない。
絵は次第に生き生きとした抽象画へと変化していった。
規則正しい線から、開放された色彩がキャンバスの上で呼吸をしているようだった。
ちはる?まゆみは筆を置いた。
来週までの宿題。
そのリストから三つだけ選んで、やらなきゃじゃなくてやってみたいと少しでも思えるものを。
三つだけ?
ちはるは驚いた。
でも、他のことは?
世界は終わらないわ。
まゆみは笑った。
むしろ新しい世界が始まるかも。
ちはるは不安そうにリストを見つめた。
三つだけ、それ以外はやらない。
そんなことができるのだろうか。
あともう一つ。
まゆみが付け加えた。
その三つをやるとき、自分の感情を観察して。
義務感?わくわく?不安?
何でもいいから正直に感じて。
感じる。
そう、ちゃんとやろうとすると感じることを忘れるから。
琴音が興味深そうに聞いていた。
ちはるさんってすごく頑張り屋さんなんだね。
私なんてリストすら作れない。
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それはそれで別の問題ね。
まゆみが琴音を見た。
でも今日はちはるの番。
琴音の番はまた今度。
しおんも真剣な表情で聞いていた。
彼女もまた違う形でのちゃんとにとらわれているようだった。
セッションの後半、まゆみは三人に簡単なワークを貸した。
目を閉じて。
そして子供の頃の自分を思い出して。
何かに夢中になって時間を忘れていた瞬間。
ちはるは目を閉じた。
記憶の底から一つの場面が浮かび上がってきた。
小学校の図書室。
一人で本を読んでいた時間。
あの頃は誰の期待も気にせず、ただ物語の世界に没頭していた。
思い出した?まゆみの声が聞こえた。
その時自分は何色だった?
ちはるは目を開けた。
オレンジかな?
夕暮れの図書室でオレンジ色の光の中で本を読んでいて。
素敵ね、まゆみは微笑んだ。
それがちはるの原点の色かもしれない。
でも今は、今はグレー。
でもね、グレーの中にもかすかにオレンジが混ざっている。
ただ他の色を混ぜすぎて見えなくなっているだけ。
まゆみはちはるの手を取った。
暖かい手だった。
色は変えられる。
でも無理に変えようとしなくていい。
まずは今の色を認めることから。
セッションが終わる頃、ちはるの表情は少し柔らいでいた。
あのー、ちはるが帰り際に言った。
リストを三つに絞るの正直怖いです。
怖くて当然、まゆみはうなずいた。
でも恐怖の先に何があるか見てみたくない?
ちはるは小さくうなずいた。
アトリエを出て階段を降りながら、ちはるは不思議な感覚に包まれていた。
胸の奥で何かが溶け始めているような、
それは長年凍りついていたちゃんとという氷が少しずつ溶けていく音だった。
私も発表したかったな、しおんがつぶやいた。
来週を楽しみにしてて、ちはるは微笑んだ。
きっとしおんさんの晩も、怖いけど大切な時間になると思う。
三人は夕暮れの街を歩きながら、それぞれの宿題について話し始めた。
ちはるは思った。
三つだけ選ぶ、それは捨てることじゃない、
本当に大切なものを見つけることなのかもしれない。
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空を見上げると今日もオレンジ色の夕焼けが広がっていた。
子供の頃、自分が愛した色、
その色が少しずつちはるの中で息を吹き返し始めていた。
来週までに。
三つか。
ちはるは深呼吸をした。
怖い、でもどこかワクワクしている自分もいる。
これが変化の始まりなのかもしれない。
ちゃんとという檻から一歩踏み出す勇気、
それは思っていたよりも小さな一歩でいいのかもしれない。
ちはるは手の中のリストを見つめた。
そして初めてこのリストが重荷のように感じられた。
でも同時に手放せる喜びも感じ始めていた。
オレンジ色の私、かあ、つぶやきながらちはるは家路に着いた。
来週どんな自分でアトリエの扉を開けるのか、
それはまだわからない。
でも一つだけ確かなことがあった。
もう前と同じようには生きられない。
その予感が恐怖と期待の入り混じった感情となって、
ちはるの胸に宿っていた。
この物語は私はファンタジスタ真由美さんの普段の活動が
そのまま物語になっているなと思いながら読ませていただきました。
自分らしさを探して前に進めなくなっている人が
小さな一歩を歩むきっかけになりますように。
次の第2章はルミナデザインのあやこちゃんねるあやこさんが読み進めます。
お楽しみに。