『よすみの様子見』は 漫画研究者のトミヤマユキコさんとよすみ編集長の藁谷周太郎が、
漫画のことも、そうでないことも、一度立ち止まって、すみの方から様子を窺いながら、次の一手を考える番組です。
毎週水曜お昼に配信!
第21回は『物語の型を様子見しよう!』
【出演】
トミヤマユキコ(マンガ研究者)
藁谷周太郎(よすみ編集部 編集長)
Produced by よすみ編集部
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サマリー
このエピソードでは、漫画研究者のトミヤマユキコさんとよすみ編集長の藁谷周太郎さんが、「物語の型」について考察します。特に、創作ハウツー本によく登場する「三幕構成」に焦点を当て、その起源や構造、そして「起承転結」との違いについて解説します。物語の型は作家を縛るものではなく、むしろ自由な創作のための基礎であり、読者を楽しませるための重要な「お皿」や「お弁当箱」のようなものであると例えられます。ダチョウ倶楽部のコントを例に、物語の本質は「振り」と「落ち」であり、その間の展開の面白さが読者を引きつけると説明されます。型を理解し、それを使いこなすことで、より魅力的で読者に伝わる物語が作れると結論づけています。
物語の型を学ぶことの意義
みなさん、ごきげんよう。よすみの様子見は、豊かであるために、おもっとうに一人一人が送る生活の手触りを届ける編集部、よすみのポッドキャスト番組です。
漫画研究者の富山と編集長の和田谷さんが、漫画のこともそうでないことも一度立ち止まって、住みの方から様子を伺いつつ、次の一手を考えますと。
というわけで、本日もよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
前回ですね、創作ハウツー本どうなの?ということで様子見したんですが、その流れでハウツー本の中にも書かれている物語の型っていうのがあるよみたいな話。
これについても様子見をしたいなと思ってまして。
セットですもんね、もうこの話はね。
そう、ハウツー本の中には絶対にその基本的な物語の型の説明が出てきて、特にその山脈構成と呼ばれるものはほぼすべての教則本に出てくると言ってもいいぐらいの。
そうですね、山脈構成意外とでも知られてないんじゃないですか。
我々が当たり前みたいに言ってますけど、知らない人もいるかもしれないので一応ご説明をしておきます。
アメリカにシドフィールドという脚本家の人、あるいはプロデューサーとかもやってる人なんですけど、映像業界で活躍している人がいて、この人が1979年に理論化したものとされていますと。
結構古い。
うん、結構古い。私と同い年。
そうなの。だからおおよそもうすぐ50年やね。
あらあら。
結構。とはいえ50年しかまだ。
とはいえ50年か、確かに。
とも言えるね、その物語というものが。
若いとも言えますね。
神話の時代からあると考えれば、まだ50年かよっていう感じもするが、結構長く使われているとも言える。
これは映像作品の教則本として出版されているんですけど、多くの映像作品というのは最初に設定があって、本編が始まると何らかの対立が書かれて、そしてそれが最終的に解決に向かっていくという設定対立解決の3幕によって構成されていると。
これをやっとくと、観客が離脱しにくい作品を作ることができる。安定感があって満足度が高い作品を作ることが可能とされていると。
現在では映像作品以外でも3幕構成を使っているものはあるし、私も大学の授業とかで使ったりもします。小説の授業とかでも使ったりします。物語の型の、現在では王様のような存在かなと思いますということで。
三幕構成と起承転結の違いと活用法
わらやさんも3幕構成はもちろんご存知かつ作家さんに言ったりします?
そうですね。3幕構成はちょっとやっぱり映画の概念なんで3幕構成って。もちろん漫画にも小説にも使えるんですけど、漫画はやっぱりちょっと違うんで、ちょっと自分なりに色々カスタマイズしてやっておりますね。
なにそのわらやカスタマイズが入った3幕構成って。
カスタマイズというか、結局3幕構成とかって理論じゃないですか。だからそのまま作家さんに喋ってもあんまり伝わらなかったりするんで、より伝えやすかったりするような方法って感じですかね。
なにそれ。
色々、色々その自分の中で色々理論化するのも好きなんで、この3幕構成から始まって色々ね、あって、いやもう大体でもみんな起承転結とか言うんですよ。
言う。
はい。言いますよね。
でも起承転結だと4ブロックじゃん。
4ブロック。
3幕構成は3ブロックじゃん。それこそ。
これはどういう違いがあるんですか。
なんか起承転結でお話を考えてきてくれる学生さんとかもいるんですけど、なんか小転のところがそんなにうまく描けない人も多い。なんか初心者だと。
起と結はともかく始まったものは終わらせないといけないので。
でもなんか小転のところが、なんかあんまりうまくないっていうかそんなにうまくいってないんじゃないっていう学生さんも結構教えてると言って、それに比べると3幕構成の方がとりあえず3つ考えればいいんで。
しかも真ん中はその対立ね。
そうですね。
何らかの。
物語が一番動いてくところですよね、真ん中っていうのがね。
そこをとにかく頑張って考えてくれれば、あとはどうにかなるみたいな感じで、なんかそんな4つも考えなくていい、起承転結4つも考えなくていいからとりあえず3つ考えたらどうみたいなことを言っちゃうことが多い。
あとは3幕構成を教えると、最初すごく嫌そうなのね、学生さんは。
なんでかっていうと、なんかお勉強っぽいから。
創作って自由な感じしますもんね。
そう、なんだよみたいな、そんななんかルールに俺たちを閉じ込めなかったみたいな感じなんだけど、俺教えた後に、例えばその結構有名な映像作品とか見せると、そうなってるわけじゃない。
そうなってますもんね。
みたいな、その自由な創作物だと思ってたもの、自分が大好きで見てたものが、実は3幕構成というガチガチの基礎工事の上に、その個性みたいなものを乗っけて一つの建物にしてるってことに気づいたときの、あの学生たちのキラキラした目。
そう、なんでもゼロから作るわけじゃないんだみたいな、その基礎工事ってちゃんとやっても別に個性的なものって作れるんだ。
そうそう、そうなんですよ。この基礎というか、まあ基礎の骨組みじゃないですか。
怖くないよみたいなのを伝えるのにすごい新人の作家さんとかに、いろいろ、いろんなあの手この手を使って、怖くない、あなたを縛るものじゃないんだみたいなのは結構話したりしましたね。
一緒一緒。
でも本当にそうなんですよ。その、例えば結構僕料理の例えとかするんですけど、そのどんなに素晴らしい創作料理があっても見た目グロかったら食われないじゃないですか。みたいな。
肉とかも、やっぱ骨でこう支えて、肉が付いてるから美味しそうに見えるけど、骨がなかったらもう得体の知れないものだからみんな食わないと。どんなに美味しくてもみたいな。
創作も一緒で、ちゃんとした形に見えるっていうことが大事で、そういうのが三脈構成とか、まあ基礎点結とかもそうなんですよね。だから創作のメインディッシュではないっていうことだけはずっと作家さんに伝える。
うまい伝え方だね。
だけどお皿がないとご飯で食べれないじゃないですか。あなたの美味しいところを食べさせるにはお皿が必要で、お皿なんですよみたいな話とかテーブルなんですみたいな。
それがあってようやく食事は成り立つから物語も一緒ですよねみたいな話が結構あったり。
物語の「起」と「承」の重要性
近い近い。私はねお弁当箱に例えることが多くて。
近いですね。
弁当箱別に市から作る必要ないよと。別にその辺に売ってるいわゆる普通のお弁当箱に、あんたがどういうおかずを詰めるかで見栄えだいぶ変わってくるから。
同じですね。
そう弁当箱から作ろうとしなくていいみたいな。それはありもんでいいんだみたいな話とかをする。
そういう感じですよね。そんなに怖くないですっていうところと。
あと、起承転結はよくみんな使うんですけど、要は承と転が三脈構成に言える対立の部分なんですよ。一番美味しいところなんで。
よく作家さんに最初に担当するときに意地悪で言ってたのが、起承転結どこが一番大事だと思いますかって聞くんですよ。
どこだと思います?
えー、どこが一番?
もっとも漫画で良いとされてる部分。読者が一番結局楽しむ部分。好きになる部分ですね。
えー、間違えそう。間違えそうだけど。
まあ、強いてあげる。全部大事ですよ。全部大事。
もちろんもちろん。もちろん全部がうまくいったらいいけど、でも私は木なんだよ。
あー、木ですね。
木。
一番最初の冒頭。それもすごい大事ですね。
外した、これは。
僕がずっと言ってたのは承です。
あ、承なんだ。
これはやっぱりメディアによって違うと思います。漫画はやっぱりキャラクターを見せるっていうのが一番強いんで、やっぱり起承でおける承なんですよ。
木を受けてが承なんで、なんかこの最初に出した設定とかキャラクターを受けて何をするかっていうこの承が一番大事だから。
例えば読み切りの40ページの読み切りがあった時に起承転結って普通にこう何も考えずに言ったら割る4で、それぞれ10ページみたいな配分をしちゃいがちなんですよ。
でもこれは大嘘で、木は10ページなんですよ。
はい。
で、承は僕は20欲しいんです。
倍ね。木の倍ね。
木はもう5ページくらいでいい。ちょっと欲しかったら7ページとかでもいいんですけど、で、欠はもう3ページ、2、3ページあれば十分なんですよ。
対してなんか別に点である意味ほぼ決まるわけだから。
で、大体の作家さんは点が大事だって言うんですよ。
でもこれは転覆させるっていう意味での点ではないんですよね。
みんななんかこう設定を凝ってそれを転覆させるのが好きな、まあガジェット中って僕は呼んでるんですけど、そういう人たちはやっぱ点が大事だって言うんですよ。
でも点は誰も興味ないんですよ本当は読者は。
点まで興味を持ち続けない限りにおいては点は読まれないんです。
確かに。
点が来る前に閉じちゃうから。
そうだ。
そうさせないためにどこが一番必要かって言ったらやっぱり僕は承だと思うんですよね。
まあ承が一番大事なんですけど、そもそも木が面白くなかったら承まで行ってくんないから。
そうなんだよ。
木は大事なんですよ。
ただ木って木をしっかりインストールできてれば承って自ずと書けるっていうのが僕の中の理論なんで、
なんで最初に作家さんからネームをもらうとき40ページの読み切りとかだったら冒頭の10ページだけもらうんですよ最初。
これが木に当たるものなんです。
10ページ書いてもらって11ページ目を読みたいと僕が思ったらそのネームはすごくうまくいくっていう。
残りの30ページはプロットをもらってこのキャラクターがこういうことをしますっていうことだけを書いてもらえばいいっていう。
時短でネームをもらうっていう。
作家さんも40ページ書いて毎回フィードバック出して全部ボツにされてみたいなやったら気が狂っちゃうんですよ。
だから僕は最初木をしっかり書けばその過程で承をたくさん書けばいいんだってことに気づいてくれるんで。
これってもう三脈構成における最初じゃないですか設定。
だから富山さんが木が一番大事って言ってたのはそういう意味ではあってるんですよ。
まず木がないと章にその後にいけない。
そう考えてると思うんです。
章にうまくつなげるためには木のところをある程度頑張っておくといいよって思うけど。
物語の本質は「振り」と「落ち」
でも我々さんの考え方もわかる。
章をドライブさせるような木を考えるっていう。
その順番で考えることもできなくはないから。
結局読者が一番楽しがってるのって章なんですよ。
キャラクターがどういうふうな動きをしてるかっていうことばっかり興味があるから。
木とか天に興味あるのってぶっちゃけ創作者だけなんですよ。
読者に向いてないです。だからそっちに行っちゃうと。
設定凝ってるとか読者は興味ない基本的には。
それはもうあなたが書きたいことだから。
だから書きたいことを読んでもらうためにはあんま書きたくないだろう章を頑張りなさいみたいなことを言ったりしてますね。
そういう意味です。だから起承転結も三脈交差もそういう意味じゃ全然変わんないです。
もう言葉が違うだけで。
四文解でもないと思うんですよ僕は起承転結って。話しやすい方で。
なんかその起承転結は点がなんか割と誤解を招きがちな気がするんで僕的には。
言葉もね。なんか点っていう字が何かをひっくり返さなくちゃいけないみたいな。
それでなんかどんでん返ししなきゃって思っちゃってるんですけど意味ないんで。いらないんで。
だから起承転結でいいんですよ僕の中だと。
じゃあそれって三脈交差じゃんってなるんですよ。
良質な章があれば別に点にこだわらなくても良いと。
そうなんです。
おまけみたいなもんですね点は。
おまけみたいなもんですねっていう話をいろいろねしたりとかあと振落の話とかこれをもっとそういう三脈交差とか固い言葉なしに言うと
全ての物語は振落だって。
振りがあって落ちがあれば良いと。
そうなんですよく話してるのはダチョウクラブの熱いお湯に落として押すな押すな。
あれが要はエンタメの本質というか物語の本質なんですよ。
あれってこう熱湯が用意されて押すなって言った瞬間に物語がスタートして
観客は絶対落ちることは確定してるわけですよね。
でもこの落ち方のバリエーションを期待してるわけですよ。
だからこれで例えば結局落ちませんでしたってなるとがっかりするわけですよ。
だって押すなって言った瞬間に押されることが確定してるっていう。
それでもみんながついつい見ちゃうのはやっぱりどういうふうに押されてどんだけ押すな押すなって言ってなんかずっと放置していや押せよみたいなそういうのがあったりとか
あとは全然落ちないなと思ったら急に落ちたりとか
愛石食堂の水落ちとかすごいわかりやすいんですけどバリエーションを見てるんですよ。
物語の型はもうできてるってその話で押すな押すなで落ちるっていうこの型ってもう多分崩れないと思うんですよ。
だからこの真ん中のどういうふうなシチュエーションでなんか新しい落ち方を見せてくれるんじゃないかっていう期待感を高めて提供するのがエンタメであり物語なんで
めちゃくちゃ凝縮して言うと僕はもうその振り落ち押すな押すなで全部説明できると思ってるんですよね。
それでもっと細かい技術の話をするとやっぱ山脈構成みたいなちょっと専門的なふうに言った方がいいと思うんですけど本質はこれだと思うんですよみたいなのを結構作家さんに話してる。
だからちゃんと押すなを言わなきゃいけないこれ木でちゃんと押すなを言わなきゃいけない。
そしたら結末は押されるから押されるまでの物語を書きなさいみたいな。
そこをどれだけ面白くさせるかはやっぱり押すなって言った人のキャラクターだし押してくるものの魅力的。
これ悪役とかいろいろあると思うんですけどそういう感じで説明したりしてますね。
型を理解し、使いこなすことの重要性
こういう説明をすると警戒されないんで。
作家さんたちもねその型にはめられる嫌だとは思わないで話聞いてくれると。
だから芸人もそういう意味じゃ創作者と一緒なんでどれだけ面白く落ちようを考えてるんですよ。
だけど急に落ちても絶対面白くないですよ。
やっぱ押すなっていうその型が出現してからみんなそこの大切りにいくんで。
なんか急にスタジオでお湯にずっこんでも何も面白くないと思うんですけど。
まずはそのお膳立てをしてあげた時にいかに面白く落ちるかっていうのをみんな芸人はやってるんで。
漫画家も小説家も多分同じだと思います。
どのまず型をそのフィールドを用意してあげるかみたいな感じですかね。
時々その熱湯のお風呂があります。
押すなと言った人がいます。
で押そうとしている人がいますっていうところまで用意しているのに突然みんながその現場から離れてなんか畑を耕し始めましたみたいな話を書いてユニークでしゃろみたいな感じになる人とかもいるわけ。
これは例えだけどみんなあのお湯のところでね押すな押すなの話になると思ったでしょ。
いやここから農業が始まるんですよみたいになると本人はなんかとても新しい話を書いたと思っているんだけど。
やっぱりその大いなる型大切りの中で楽しみたいというかこれはもう熱湯を巡る話なんだと思っている人からするとむちゃくちゃかさすかしを食らった気持ちになるから。
ユニークであるってことは解釈を間違えるとただ読者を置き去りにしてなんか荒の方向に走っていっちゃうみたいな。
意味分かんない方向にね。
そうってことにもなりがちだからもしそれを独創的とかユニークとか思っているんだったらちょっとごめん違うんだと。
違うなと思いますね。
もちろんそういう話が好きな人もいるかもしれないそのお約束をぶっ壊すみたいな。
だけどそれは例えばシュールな作風として知られている人とかだったらまあ100歩譲ってありないけど初心者だよねみたいな書き始めて間もないよねみたいなまだちょっとそっちのガーターみたいな話をする。
破壊するにはね。
そうなんです。
ある程度の経験値とやっぱりそのお砂お砂を理解しきった後に農業行くならわかると思いますしでもそういう人もだいたい農業に行くことを書くちゃんと示してるんですよね最初に。
最初にね。
そう実はちゃんとそこにやっぱり振りがあるんですよじゃないとやっぱり意味がわかんないから。
そうだからやっぱり肩を怖がらないとか嫌がらないその自由を奪われるんじゃなくてその中でかなり自由に動けるしやれることはあるんだっていう意識で肩に向かってもらうと多分肩に支配されずにむしろその肩をうまく使っていく。
なんでもそうじゃんスポーツでもさっき料理の例えも出たけどやっぱりスケボー一枚であんなにいろんなトリック出せるんだみたいなこととかあるわけやんか。
そうですね。
だから怖がらずに使える道具だと思ってどう使うかっていうところを。
そうなんです。
特に物語を作り始めて間もない人は全然怖がらずに肩最高みたいな気持ちでやってもらうといいのかな。
どの職業も技術がないとできないと思うんですよね。
スポーツもそうだし料理もそうだと思いますし。
事務作業だって技術の蓄積だと思うんですよ。
だけど創作になってくると技術とかじゃなくて頭の中に展開されてる面白いものを自由に書けばいいんだって急になっちゃうんです。
なるなる。
技術なんて必要ないみたいな感じになるんですけどこれも一応技術がある。
技術を駆使するとより自分が面白いと思ったことが読者に面白いとまま伝わるっていうことができたりするんで。
だし肩ってクソだろって思ったら肩を学んで壊すっていうことを研究していくべきだと思うんですよね。
そうね。どういうふうに壊すのがかっこいいかとか自分らしいかとか面白いかを考えるには一旦肩にはまんないと。
僕もやっぱりヨスミジャンルレスって言ってますけど少女漫画っていうガチガチのジャンルの世界から来てどうやったらジャンルレスにできるかを日夜考えてるから。
だから今ヨスミがやってるものがジャンルレスかどうかっていうのは僕は思ってますけどみんなが思ってるかどうかわかんないですけど一応研究なんですよ僕が。
ジャンルとはこういうものだからじゃあこういうふうな考え方したらちょっとジャンルレスっぽくなるだろうみたいなこれやっぱ肩を知らないと。
ジャンルっていうものをやっぱジャンルで編集したことがあるからっていう感じですかね。
なるほどね。ジャンルを恐れてはいけないね。
僕も別にジャンルレスやってるからジャンルがクソだとか言ってはないんですよ別に。
ただなんかジャンルで作るしかないっていうのはちょっと違うなと思って。
それしかないみたいなのは。
そうそう選択肢を持ちたいだけなんで僕も多分ある程度したらヨスミでジャンル、今も別にジャンルで作ってるものはあるんで色々ね選択肢が豊富だといいなっていう技術もそうで選択肢が増えるっていう。
手足がね増えた方が動けそうじゃないですか。
まとめと次回の予告
ということで物語の方は怖くないという結論。楽しいです意外と。
ね。
学んでいくと。
というわけで皆さんいかがでしたでしょうか。今回は物語の方とその講座、まあ怖くないよということで講が多いかな。
講が多いです。
ヨスミしていきました。ありがとうございます。
次回のヨスミのヨスミは来週水曜日の11時頃配信の予定です。皆さんのお越しをスミの方でお待ちしております。
お待ちしております。
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