はい、始まりました。余白のエクリチュール、略して、余白のエクリチュール。 今回のテーマは、インフレカルチャーについて語ろうです。よろしくお願いします。
はい、お願いします。
はい、これは文化系トークラジオライフで、インフレカルチャーの回があって、それをもって話そうっていう回ですね。
そうですね、はい。
それが、前回では、身の回りの価格ってどう決まってるかとか、いろんなものを買うときにどういうふうなことを意識してるってことを話したんですけど、
ちょっとそれの延長線上で、もうちょっと拡大して、枕のところで、どういうふうな、今、物の値段の動きがあり、消費者はどういう感じになってるのかみたいなところを
語っていきたいなって思います。
そうですね。一応、インフレカルチャーとは何ぞやみたいなのに触れとくと、Googleで調べると、AIオーバービューはインフレカルチャーとは、
長きにわたるデフレ時代の安くて良いものを求める価値観から、物価上昇を前提として、同じお金でどのような体験や和格感を得られるかを重視する消費やライフスタイルの変化を指す言葉ですと。
確かに、こんな話をすごいしていたと思っているので、ここら辺に触れつつ、他の話にも触れつつ、進められればいいのかなと思いますって感じですかね。
ですね。はい。なんか、このインフレカルチャー界では、いろんな角度から、このインフレ時代、どういうところに現れてきてるみたいな話をしてたんですけど、
なんかね、面白かったのは音楽の話とか、あと制作側の話とか、あとは何だろうな、その中でもインフレに対して、めっちゃインフレ大好きみたいな山本茂さんみたいな人がいれば、
もうなんかね、メールだとこういう風な困ってるよみたいな、いろいろ言ったり、ギャルの話とかもあったり、
なんかね、いろいろ、そうそう、人によって全然捉え方が違うんだなみたいなことを考えてたんです、思ってたんですけど、
なんか、私がこの話を通して、一番面白いなってか、興味深いなって思ったのは、このインフレ界の本編じゃなくて、その前半回で、
工藤文子さんと山本ポテトさんが話してたってやつなんですけど、なんかその中で工藤さんが、その物価が上がったら、
消費者の欲望とか倫理とか、その文化への参加の仕方、どう変わっていくのかみたいなことを言って、
っていう問いを投げてて、それが私は一番興味深いなって思ったんですよ。
なんかそれが私の意識とどう関わってるかは、ちょっと深掘りはできてないんですけど、なんかその、基本的にその時代っていうか何かが出てきたときに、
その、それを消費者はどう受け取ってるかみたいなことを、結構見るの好きで、ツイッターとかでも、なんかそういうの見るの好きなんですよね。
なんか、なんだっけ、あのなんだっけ、シール、最近シールとかめっちゃ流行ってるじゃないですか。
ポンポン、ドロップシール?
そうそうそうそう。
ポンドロ、ポンドロ?
そうそうそうそう。ガチャガチャとかね。
ガチャガチャとかね。
そうそうそうそう。
同僚とかにも結構そういうの好きな人いるから、そういうのってなんかどういうふうなもの求めて取って、それを誰か消費してるんだろうみたいな、気になってるから、この工藤さんの問いはすごい興味深いなって思ったんですね。
はいはいはい。
はいはい。
なるほどね。
そうなんですよね。
なんかね、その中で、なんだろうな、いろいろやっぱり変わることってあると思うんですよ。
で、これがちょっと一回ちょっと復帰しておきたいのは、インフルエンカルチャーっていうのは、ちょっとこの番組でもライブでも先取りをしているって言ってて、
多分その、このインフルっていうの流れがカルチャーとして何かその人の生活に目指していくとか、人の思想が変わっていくっていうのは多分先のことだとは思うんですよね。
なのでちょっとそれは、まだまだなんかちょっとまだ今は早いよみたいなところは、ちょっと中期しておきたいんですけど、
はいはい。
なんかその、はいはい。
私はそのインフレになると、その人の何か時間感覚が変わるのではないかとか、その何か価値観を明確にすることが求められる、本当に求められるのだろうかみたいなところとか、
なんかね、なんだろうな、なんか選んでいるインフレによって物を買うときに、なんかその選べる自由が減るのもあるし、
なんかその中で選べる自由が減るというよりは、何を切り捨てないといけないかを考えないといけないっていう変化も起こるのかなとか、なんかね、そういうところ、あとはなんかいいものにちゃんとお金をかけたいとかっていうところの倫理観的なのが強くなるのではだろうか、ないだろうかみたいなところも、
ちょっと興味深いなみたいな、そういうところがあるんじゃないかみたいなのを考えてみたんですよね。
で、今ちょっとざっくりしたところではあるんですけども、何だろう、導入間違っちゃったかな、ちょっと。
いいね、いいね、どこまで話すかなと思って聞いてるんだけど。
そこかな、そこが気になったんだけど、そういうところが気になっていて、で、なんか実際どうなんだろうなっていうところは、えっと、なんだろうな。
どう話そうかな。
どう話せばいいかな、誰に話したほうがいいかしらね。
あれ多分、ぽむさんが今気に入った、なんかでも今話してもらったのは結構、このライフの回でも触れていたようなことを話してるような気がしていて、ちょっと難しいな。
だから現実とか、今に対する意識が強まってるよねみたいな話は、やっぱそうなんだろうなと思うし、それがインフレとどこまで関わってるのかって話あるかもしれないけれど、
でもそこが繋げてここの中でも関わられてたと思うし、とかね、そうね。
なんかもうちょっと論点を絞ったような気もするが。
私もね、ちょっといろいろ考えてきたんだけど、なんか、なんて言えばいい?
こういうふうなことが起こってるんじゃなかろうかみたいなことは考えたんだけど、それがいろいろあるから、それをどういうふうに論点を絞ればいいか、ちょっとわかんなくなっちゃった。
わかんなくなっちゃいましたか?
わかんなくなっちゃった。どうしたらいいかな、これって。
まずはこの倫理の話をちゃんとしましょうよ。
とりあえず僕がジェミニにSpotifyだとパート5のやつをとりあえず予約させたやつを読みながら喋るんですけど、
本編でも工藤文子さんからメールが来ていて、そこで倫理観の違いについて触れられてましたと。
レフレカルチャーの倫理っていうのは安くて気軽に誰もがアクセスできる、受け手の公平性が重視されていた。
しかしその裏では作り手のやりがい作詞みたいのが本性になりやすいみたいな、そういうことがあったんじゃないかっていう見立て。
一方でレフレカルチャーの倫理っていうのは質の高いものは高くあるべきで、コストを価格に転化し、作り手が正当な報酬を得る、作り手のフェアネスが重視される。
レフレカルチャーは受け手の公平性、レフレカルチャーは作り手のフェアネスが重視されるんじゃないかと。
今はこれが過渡期にあるんじゃないかみたいなことを言っているっていうのが、僕の記憶としても確かそんなことを話していて。
レフレカルチャーは受け手の公平性、レフレカルチャーは作り手のフェアネスっていうところが1個のキーワードとしてここでは提出されているのかなって思うけど、
これに対してポムさんはどう思ってるんでしょう?そう思うなのか、そうじゃないのか、どんな感じですか?
なんかそうなんだけど、それによって作り手のフェアネスを担保できるようになるのかもしれないけど、私が気になるのは、それによってそこから疎外される人が出てくるみたいな話で、
そうなった時に、物の価値が上がると作り手がそれに対して払ってきたコストが還元されはするけど、
なんかそれによってそのものに対して価格を払えない人が出てきて、そうなった時に払える人と払えない人の逆化が出てきてしまい、その時に払えない人はどういう風なところにお金を払うようになるのかとか、
そういう風なところで、無料文化っていうのがそこにまた広がっていくのだろうかみたいなところは気になる。
言ってることはなんとなくわかったな。でももう少し具体で話した方がいい気がするな。例えばどういう話なんだろうそれは。
例えば?
もう少し具体でイメージできることあります?
具体的にイメージできること?
疎外っていうのがどういうことなのかなみたいな、もう少しちゃんとイメージをしといた方がいい気がするんだけど。
なんだろうな。
例えばさ、前回のエピソードで例に出した百均みたいなのも、今の話の文脈で捉えられるような気はするんですよね。
もともとは多分デフレカルチャーの流れとしては、受け手の公平性みたいなので、これ全部百均です、百円ですっていうのがまず多分前面に出てきて、多分大衆に浸透したんだと思いますと。
ただやっぱり、まあこれはいろんな文脈あるだろうけど、100円以上のものが使わずとも場に供給されるようになって、そのコストも価格に転嫁されるみたいなことが起きているのがダイソーみたいな話かもしれないと捉えたときに。
今のさっきの話をそのまま自分が解釈すると、まあ確かに言ってる阻害みたいなことは起きるのかもしれないけど、一方でさっき言ったセリアみたいな、だからこそ安くするっていうことに特化して生き残ろうとする企業もあるだろうし、
逆にもっと値段を上げてやるっていう、3コインとかもしかしたらそういう話にできるのかもしれないけど、みたいな風に考えると、
ポムさんが言ってくれた、その阻害っていうものがどういうことなのかなっていうのは、なんかもう少し深掘ってもいいかなと思ったんですけどね。
確かにね。
待って、なんかちょっと、えーどうしよう。なんか考えすぎて本当に何もわからんってことになっちゃった。
やばい、どうしよう。私本当にいろいろ考えてたんですよ、今回やるにあたって。
はいはいはい。
じゃあなんか流れぶって切ってとりあえずしたい話をしてもらっていいですか。
えー、どうしよう。えーどうしようかな。
ポムさんは非常に迷子になってしまったんですけど、なんかどうしようかなって感じで、いやだからこの回は多分こういう、そういう回な気がしてるんですよね。
僕自身もこの回を聞いた時に思ったのが、いや面白かったんだけど、何の話してるのかよくわかんなくなっちゃったんですよね、これ聞いてて。
で、確かにインフレカルチャーっていうワーディングとか、何ていうかな、課題定義っていうかテーマの提出っていうのはものすごく軽眼だなと思ったというか、
なんかすごい面白い論点だなと思ったんだけど、なんかこの話の中で本当にインフレカルチャーの話をしてたのかどうか、なんか僕もあんまりよくわかんなくなってきちゃってて、
なんかそのデフレカルチャーの話とも噛み合ってるようで噛み合ってない気がするし、なんかさっきポムさんが言ってくれた音楽の話とかもデフレ時代のヒット曲とかインフレ時代のヒット曲みたいので、
しばさん、しばともねさんとか出てて、そういう話をしてた。で、なんか一定の何とか区間はあるものの、本当にそうかみたいな感じはすごくしちゃって、なんか強引にデフレカルチャーとインフレカルチャーっていうのを分けて語っていたようにも聞こえてしまったから、
やっぱなんかポムさんがなんかすごく混乱してしまったのも、結局ここで何が話されてたのかよくわかんない、雰囲気はわかるけど、なんかすごく真剣に考えると、なんかよくわかんないなーっていう感じになったのがこの回なのかな、それが本編の中でも対立みたいな言い方がされてたかもしれないけど、やっぱ人によってちょっと見方が違ったりだとか、
あまりにもいろんな論点が出されすぎて、あんまりこう収集ついた感じにはならなくなった感じがしたのが、やっぱなんかあえて言えばそれこそが今のインフレカルチャーなのかもみたいな感じで、今話してても思っちゃったんだよな。
なるほどね、いや確かにそうなんだよ、なんかこの人によって当たり前にその、なんだろうな、違う、なんかその物の購買意欲とかその消費行動とか違うのに、それをなんか一つのインフレカルチャーっていうことにまとめていることが、やっぱちょっとなんかね不自然というか、あそこちょっとなんか無理があるというか、なんかね。
そりゃそうだと思うよ。
いやそうなんだよな、だからなんかね私もね、わかんなくなっちゃったっていうのはめっちゃそうなんですよね、そうなんだよね、そうそうそうそう。
いろいろなんかそのね、そうこういうなんだろうな、なんて言えばいろんなその物、世の中の流れはあるんだけども、なんかね、それをなんかもうちょっとやっぱちょっと論点絞らないとなぁ。
だからなんかもうちょっと後で話そうと思ってて、僕が考えてたの、だから僕もなんかそこがあんまりピンとこなくて、だから結局これは何の話をしてたんだろうなーみたいなことをずっと考えてたんだけど、でもインフレが起きてるのは多分事実だろうと思うんですよね。
インフレっていうものの定義っていうのもあるけれど、経済学的なインフレの定義を今調べると、インフレとは、インフレーションとは、物やサービスの価格、物価が全体として継続的に上昇し、相対的にお金の価値が下がる現象のことです。
例えば、今まで100円で買えたものが200円になるなど、同じお金で買えるものの量が減るため現金の購買力が低下しますと書かれてまして、それは多分実際に起きてる話。
僕が前回のエピソードで出した、コンビニのおにぎりみたいなのが、マジかみたいな100円のイメージだったんだが、ツナマヨ買おうと思ったら160円するし、なんかこの間見たら海苔もなくなってた気がするんだけどみたいな、気のせいかもしれないけど。
確かに、なくなってた。
なんか、それはどうしたみたいな、そんな感じがして。インフレが起きてることは多分事実なんだけど、なんか僕が疑問に思ってるのは、それをカルチャーとどこまで結びつけられるのかっていうのは、ボムさんが最初言ってもらった通り、
今はまだあんまり起きてないけど、今後起きるっていう話なのか、本当にそういうふうに結びつけたっていいのかっていうのは、なんかあんまわかんないなーって感じはするかな。
そうそうそう、今思い出したんだけど、なんかこのインフレカルチャーってさ、私さ、インフレを初めて聞いたのが、モーニング娘。'11のラブワンシーンだったんですよ。
はいはい、言ってましたね。
そうそう、なんだっけ、どんなに不景気だって声はインフレーションっていうのを初めて知って、中学生ぐらいのとき。
そのときのインフレのイメージとして、めっちゃインフレっていいものだと思ってたの。
まあね、はいはい。
どんなに不景気だって逆説に結ばれてるから、なんかいいって思ってたけど、なんか今のインフレの時代って別になんか全然良くなくないと思って、
なんかね、その今のインフレっていうのも結構特殊なのかなって思ってて、今ってもうただただ中等情勢が悪化し、なんかAIも投資開発が進んで、
それで結果的にそのコストが、コストがそのいろんな商品を上乗せされちゃって、結果なんかインフレになっちゃってるみたいなのが、
なんかその二大巨頭みたいなのがなんか原因でインフレになっちゃってるっていうのがあって、なんかそれかなんだろうな、
なんかそれによってさ、今さ、なんだろう、消費がいっぱい活発になり、給料も上がりで、投資もなんかめっちゃ進むみたいな、
なんかその、なんだろう、私が考えてた、考えてたっていうか、中学生の時にぼんやりイメージしてたインフレとなんか全く違うから、
なんかそこの、なんだろうな、なんかギャップっていうか、なんか追いつけてないんですよね、そこに、なんかまだ。
でもそれはそうなんじゃない?やっぱそれはすごく、メールとかに出てきたムートは多分そういう話な気がするなって、ライフの中でのメールで出てきたんだし、
いやだからなんか僕も分かんないのは、一応経済学部を出てる身ではあるものの、やっぱり本当にさっきぼんさんが言ってくれたようなインフレっていうのは、
なんか本当に存在するのかは、少なくとも僕が人生生きてきては知らないし、だからなんかありもしないインフレ像を描いてる可能性は十分にあるんじゃないかなって感じはするんだよな。
本当にそうなんですよね。なんかずっと不景気って言われてたし、私もなんかずっと生まれてからずっとデフレだったし、
でなんかね、このライフの中で、なんかあ、そうなんだって思ったのが、この辺水さんが言ってたか分かんないけど、デフレにあった時もなんかそのデフレの感覚が染み付くまでになんかすごい時間かかったって言ってて。
あー言ってたっけ、へー。
そうなんだよな。だから別になんか、今ね、なんかそんな、それがなんかじゃあいつ変わるのかとかどういうときっかけで変わっていくのかっていうのは興味はあるんだけども、なんか今はなんかまだ、
なんだろう、その実感とその、なんだろう、その大きなインフレとかインフレカルチャーっていう大きなものとへの、なんか生活の接続ができてない感はあるなっていうのが、
これが、これを最初に話せばよかったな。これがすごく、これ奇跡の率直な感想。
まあまあでもそうなんじゃないっていうか、なんかさっきの話聞いててちょっと話それちゃうかもしれないけど思ったのは、まだ確かに中等情勢とかAIみたいなのが、
多分、ちゃんと考えた時の原因としては挙げられるんだと思うけど、
俺の感覚、もう完全な感覚ね、個人の主観は、要はそれを言い訳にした寝上げとか価格を上げるみたいなことも多分相当起きてる気がしていて、
やっぱりインフレっていうのはそういうことなんじゃないかなって感じがするんだよなって思っちゃってるんだよな。
それをなんか、免罪符がないけど。
あともう一個は人口減少とかね。
人口減少とか、働き手の不足みたいなのをして、やっぱこう、今まではやっぱなんかそういう寝上げをすることに、
結局さ、前回の話も言った話だけど、寝づけみたいのって、もうあんまり合理的じゃなくて、やっぱ人によって高いと思えば安いと思う人もいるし、
だからね、たぶんそれって意思でしかない、意思とか何らかの決めでしかないと思って。
めっちゃお問い合わせ。
した時に結局、寝上げをするか寝上げをできるかどうかって、それを寝上げをする理由とか背景が、なんかその会社の中でちゃんと作れるかでしかないと思っていて、
今まではやっぱ社会情勢というか、世の中の流れ的に、いや今寝上げしてもそれユーザーというか消費者に受け入れられるわけないでしょっていうのが、
多分デフレカルチャーの流れだと思うけど、インフレの時代、コロナも含めてそこから、あと俺、ニーサーとかも結構デカいと思ってるんだけど、
なんかそういうのの流れの中で、やっぱ値段を上げていく。
インフレ会社の倫理っていう、それこそ工藤さんが言ってくることと近いと思うけれど、そのコストに転換していくんだっていう、世の中の流れができてきてることによって、やっぱりこのインフレっていうものが起きている気がする。
インフレっていうのは結局そういうことなんじゃないかなっていう気がする。
僕とか工藤さんが描いてた綺麗なインフレって、労働者の給料が上がって、それによってたくさん物が買って、売上げが上がってみたいな、そういうことを考えてた気がするけど、
多分そうじゃない、そういうものは起こり得ないんじゃないかなって感じがしちゃう。
そうなんですよ。教科書的なインフレで経済の回り方って、企業が市場に介入し、そこに銀行が調節してるみたいな金額の上げ下げみたいな、そういうことを私はずっとそういうふうに回ってるんだろうなっていうのを、教科書で勉強して思ってたけど、実は違うんだろうなみたいな。
もっと人間的な会社同士の信頼の話だったり、メンツの話だったり、そういうのがすっごい密接に関わってるんだろうなっていうのを、確かにね、ちょっとこれはギャップだよな、社会に出たときの。
そうだと思うんだよね。教科書的な話では全くもって理解できない状況になってると思うんだよな。
いやー、そうですね、そうなんだよな。
教科書ではそういうところを教えないといけない、ちゃんと。
ぽんさんは兄さんみたいな流れとかはどういう距離感なんですか?兄さんとかで株価はめっちゃ上がってるみたいな話とか。
株は私もわかんないんですけど、いずこはやってて、兄さんはすごくやろうかって思ってるって感じかな。
それはただただ、そういうのを追ってると多分自分が消耗しちゃうし、別に私データにそこまで興味がないから、そのあげさげとかは本当に興味がないんですよ。
だからやってないって感じかな。ただただ井出子はやっていた方が絶対に自分の将来に対していいからやってるって感じかな。
貯金とかに対する意識はどうなんですか?貯金は。
貯金はめっちゃやりますね。
あ、貯金はちゃんとするんだ。じゃあ貯金はめっちゃあるけど、投資とかにそんなに回してないっていう感じってこと?
そうそうそう、けどなんかその貯金で眠らせてるお金めっちゃあるから、もうちょっと回そうかなって思ってます。
井出子だけじゃなくて兄さんもやろうみたいな。
そんな感じかな。
それがなんか結構世の中で悲惨な気がしている。
俺もね、なんかね、めっちゃ人によっては嫌われる話をするかもしれないけど、やっぱりだから、
なんかすごいちょっとあえて遠回りした話をすると、やっぱりそもそも大学に行ってる人って多分半分ぐらいしかいないじゃないですか、全人口で。
50%とかって気がするんですけど。
で、たぶんそのうち、いわゆる有名大学に行ってる人どのくらいみたいなの考えると、まあまあ少ないみたいなことも考えたりするんですけど、
やっぱりなんというか、結局、結局じゃないな。
あともう一個言いたいのは、やっぱ大企業とかって給料上がってるんですよ、普通に。
ここ2年ぐらい。
普通に春党みたいなのは、それなりの万学会とかもらってて、5%とか普通に上がってるはずで、
やっぱ給料全然上がってるんですよね。
だから金持ってるんですよ、結構。
もちろん持ってない人もいるけれど、やっぱそれなりに持ってる人はいるし、
僕自体の未練にあるみたいなので、この言い方したらめちゃくちゃ反感があるかもしれないけど、
なんか普通に大学出て、なんかそれなりの企業に就職してたら、
たぶん今結構給料、東京にいたら、今結構給料もらえてると思う、普通に。
で、それはたぶん結構金は、ちょっと子どもとかそういう話はちょっと言った方が良いとかすると、
普通に生活するには絶対困らないし、それこそ投資とかに全然金が回せるぐらい余っちゃってる人もいると思うんですよね、みたいなのと、
やっぱこのインフルエンスカルチャーの話っていうのは、やっぱ考え方がすごく難しいなって聞いていて、改めて思っちゃったんだよね。
難しいって何?人によって違うんでしょ?
やっぱり人によって違う。選択的貧困みたいなワードもすごく引っかかったというか、そうだよねって思ったんだけど、
そういうことをしなきゃいけない人におけるインフレっていうのと、ある程度普通に会社の給料も上がってて、
ある程度安泰な生活をしているっていう人のインフレっていうのは、もう全然ちょっと世界が違うっていうか。
そうなんだよな、何ていうかさ、ここで何か語るっていうのも難しさがあるよね、みたいな、そういうところで言うと何だろうな。
そうなんだよな、一つのインフレっていうところに対して切り取れる角度っていうのが限定されるから、それに難しいなっていうのはあるんだけど。
それはそうだろうね。
ぽんぽんさん、話したい話は話せそうなんですか?特に実態を誘う。
私はちょっと待って、今回のこの流れだと難しそう。確かに観点とか論点が多すぎて、私はこれに対していろんなこうじゃないかみたいな仮説を考えてきたんだけど、
なんか考えたことが多すぎて全てがブレているみたいな、今感じになっちゃってる。
なるほどね。
はい、これはちょっと今までの話はちょっとなかった感じだから、戸惑っているけど、なんかそうなるんだって思った、今。
おもろい、おもろい。
そうなんだよな、何か。
別にとりあえず適当にでも考えてきた話を話してもらってもいいし、難しかったらそしたら僕の方でちょっと僕が考えてきたでかい話を一歩しようかなと思って。
それをしよう、そっちをしよう。
ぽんぽんさん、ギブアップしたので。
すみません。
なんか今の話と完全に逆行する話をするけど、やっぱりインフルエンタルジャーってどういう話なんだっけっていうのをめちゃくちゃでかく捉えると、どういう話なんだろうなっていうのをいろいろ考えていましたと。
気になるめちゃくちゃ。
ここから先まじでちゃんとうまく説明できるか本当に自信ないけど、とりあえず話しておくと。
これは本当にこういうのって直感が先行すると思っていて、どういうことが背景にあるのかみたいなのって。
僕はこの話を聞くときに直感的に、これは僕の趣味思考がすごく影響してるんだけど、やっぱりこの2010年代から20年代にかけての情報爆発みたいな話、テクノロジーの発展みたいな話。
やっぱりこういうのとここで言ってるインフルエンタルジャーみたいなのは、かなりの相関性があるんじゃなかろうかっていうのを僕。
全然イメージできない。
うん、考え直感的にね。
だからそこに対してのロジックがなかったから、なんかいろいろ考えてましたと。
で、ちょっといろいろエピソードも流れながら、結論に至ってるから結論を。
面白いよね。
面白いのは、こういう話を考えてると意外とこれに関連する記事みたいなのがたまたま目に入る。
すごい面白いなと思うんだけど。
最近出た記事で、7月14日にデレック・トンプソンっていうアメリカのジャーナリストがいます。
僕がこの人をちゃんと明確に認識したのは、去年から日本でも出たアバンダンスっていう、
アメリカのリベラル系の行き詰まりの中で、少し出されている一つのリベラルのあり方としてのアバンダンス、なんて言ったらいいんだっけな。
もう少しちょっとかつあい。
とりあえずアバンダンスって話になって。
エリク・トンプソンっていう人が出した考え方が、
出した考え方というか、改めて打ち出した考え方がありますと。
この人も未来にある世代で、結構同世代くらいで、
この人がニュースレターやってて、それを日本語訳したものが、
世界がなぜこんなにも奇妙に感じられるのかを説明する、ある哲学者のたった一言の理論っていう記事があって、
これがまじでこの話と結構直接関係するなと思いました。
どういうことだろう。
一個余談を挟むと。
これはさっきした話で、
エリク・トンプソンって人が前に、なんで調べたんだっけな。
エリク・トンプソンのことを調べてたら、
ヒットの設計図っていう本をこの人は2018年だったかなに出してました。
ヒットの設計図?
ヒット、ヒット。
ヒット。
ヒットの設計図。ポケモンGOとかそういうのとかのヒットがどうして起こったのかみたいなのを書いていて、
それの解説を書いてたのが柴さんだった。
あ、そうなんだ。
まさかのそこで繋がったんだけど。
何か余談。
エリク・トンプソンってもう少し固めのイメージがあったから、
そういうこともやってるんだなみたいな話。
ヒットっていうものはどういうふうに生まれるのかみたいなことを書いてる本なんだけど、
それとは今からする話はちょっと関連してる気がするなって話で、
ただこの記事を一言で予約するのがものすごく難しいんだけれど、
アグネス・カラードっていうシカゴ大学の教授の理論を話している回で、
それがユニコンテキストっていう考え方の話している。
ユニコンテキスト。
日本語にすると単一コンテキストっていうので、
日本語訳すると単一コンテキストって言葉とユニコンテキストって言葉が多分入り混じるんだけど、
これは何なのかっていう話は、
ユニコンテキストとはあらゆる状況において取るべき行動様式が同じになるシナリオのことですと。
状況に関係なく常に従うべき規範はただ一つだけ存在しますっていうことを言ってます。
これは何言ってるかっていうと、だからじゃないな。
そもそもコンテキストって言葉、コンテクストとコンテキストって言葉は、
いろんな文脈が人にはありますよねみたいな。
普通に人生生きてたら、家族みたいなコンテキストもあれば、
学校みたいなコンテキストもあれば、サードプレイスみたいな、
教会とかバーみたいな、そういうコンテキストっていうのがあったはずですと。
なんだけれど、やっぱりテクノロジーとか、
SNS的な、そういう話にしちゃっていいと思うんだけれど、
みんなが、ラジオだとかテレビだとかスマートフォンみたいな、
そういうテクノロジーによって、
違うわ、ごめんごめん。
やっぱりそもそも人々は、今言ったマスメディア的なものとかが、
そもそもなんで受け入れられるようになったかっていうと、
人々は単一の文脈の中で生きようとする衝動がある。
たぶん真理を求めるみたいな、そういう話の文脈でもいいかもしれないんだけど、
正解を求めるみたいな、そういう話にしてもいいと思うんだけど、
何かのこの一つの文脈を求めようとする、
生きようとするっていう衝動があるとおっしゃっておりますと。
だからやっぱり、それが結局SNS的なもので、
そういうのがかなり現代化してるっていうことだと思ってて。
やっぱり説明むずいわ。ちょっと待って、むずい。
迷いながら話そう。
むずいわ。
この記事も綺麗に予約が入らないんだよ。
これもジェミニーに頼ろう、ジェミニーに頼ると。
ジェミニー天才だわ。
ユニコーンテキストの背景にある要因は、
過去150年の電気通信技術、テレビ、ラジオ、DVD、スマートフォンなどの進化が、
地域に根差していた個人をあらゆる場所に同時に存在するグローバルな存在へと変貌させました。
SNSとかそういうので、常に世界と繋がれるみたいな。
やっぱりそういうことで、個々のローカルの文脈みたいなものよりも、
アイデンティポリティクスみたいな話もそうだけど、
そういう正しさみたいなものに回収されていきましたみたいな話をしております。
話を戻すと、
DVDみたいな話をすごいいろいろしてるので、
これ以外にもいろんな話をしてて、かなり面白いんだけれど、話を戻すと、
情報爆発みたいな話は、
全てのものとかサービスを単一の文脈に乗っけるから、
全部評価可能、比較可能なものにしてしまったと。
この中では野球の例を挙げられてたんだけど、
少なくとも僕が野球を見てた学生時代とかって、
今ほど、ぽんさんは野球わかんないかもしれないけど、
データみたいな話してなかったはずだった。
打率とかではしてたけど、
今ってマジで全てをデータ化してる。
謎の指標みたいなのがくずほど出てるんだけど、
全てもデータ化をして比較可能にするような動きに、
良くも悪くもなりました。
そういったデータ化できるものに関しては、
社会的な価値の合意というか、
そういったことができるようになって、
ある種コモディティ的なことになっていった、
そういうデータ化できるものに関しては、
どんどん激しい核競争が起きたりして。
やばいわ、全然説明できてない。
でも、これはある種、
デフレ的最適化ってジェミニは使ってるんだけど、
生存に必要なコモディティ的な話は、
どんどんデフレ化してるんだと思う。
インフレカルチャーっていうふうな括りをしたとしても、
全てがインフレしてるわけじゃなくて、
全てがインフレしてるわけじゃなくて、
どんどんデータ化とかコモディティ化していくものに関しては、
それはインフレしてるわけじゃない。
もちろん厳密な意味でインフレしてるかもしれないんだけど、
多分ここで言ってるインフレカルチャーとは、
ちょっと違うものの動きをしている気がする。
そこはよくわかんないな。
どこがわかんない?
インフレになってない?
厳密に言えばインフレになってるけど、
それがなってないってどういうこと?
何かと相対的に…
コモディティ的なものは、やっぱ価格競争だ。
全てが比較可能になるから、
どんどん価格競争は起こります。
だから、値上げを上げていくという圧力は、
原材料高騰みたいな話はあるかもしれないんだけど、
それがあくまでも経済的な話は一旦置いておくとして、
もう少し消費者心理的には、
より安いものを求めていく傾向は、
どんどん強まっていくんだろうなと思います。
っていうのに通じる?
OK、OK。OKです。
やっぱり、それで機能的なもの、
今言ったデータとか、そういう機能みたいな、
コモディティを生かしていくと、
そこに価値って見出しづらくなってくると思うんですよね。
消費者っていうのは。
別にみんな持ってるものを持ってても、
別にそれが価値あるものとは多分ならないはずで。
ちょっと待って、分かんないかもそこ。
データになったら、それが…
私が分かんないのが、データになれば、
それが何かしらの指標になると、
何かお金に、それが価値に転化されるのでは?
みたいなところが。
価値に転化されるか、一時的には転化されるかもしれないけど、
要はデータになってるから、コモディティ化していくと思うんだよ。
コモディティ化すれば価格競争が起きてって、
どんどん値段は下がると思う。
なるほどね。
データになってるから。
なるほどね。
なんか、データ、それはデータに…
ちょっと待って、ここで立ち止まっていいのかしら?
いいよ、だめなんだけど。
だめなんだけど、私が言ってるのは、これはさ、
それはあれか、データにそもそも何かできるもの。
例えば、それ私が言ってるのは、
人の感情とか、急に具合が悪くなるの、それこそキア的なものとか、
今までデータとか、価格として商品としてなってなかったものが、
それをもし、人の優しさを数値で判断できるようになります。
ってなると、そこに価値が付随してしまうのではないかみたいな、
ちょっと私はその危惧を今感じてしまったんだけど、
そういう話ではない。
また別の話になる気がする。
ちょっと文明が違う。
でも今の話を相手に繋ぐと、
それでもし優しさみたいなものをデータ化したら、
多分それに値段がつくと思うんだよね。
だけど、それをデータ化にできるんだったら、
多分AIが処理できるはずで、
そうすると多分どんどんそれはコモディティ化していって、
どんどん値段は下がっていくっていうことになるんじゃなかろうと。
なるほどね。
1回値がついて、それが下がっていくっていう2段階があるっていう。
そうそう。
しょうもさんはその2、3回目から話してたから、
私は分かんなくなっちゃった。
OK、理解。
もう少し話を進めると、
とはいえ、やっぱり我々は自分なりの価値を見出したいわけです、
物事にやっぱり。
そうしないと多分生きる意味が見出せない。
多分本当に生存に必要なものだけとか、
そういうコモディティなものだけでは、
おそらく満足できないんだと思います。
したときに多分起きてるのが今のお仕方みたいな話で、
やっぱり意味をみんな求める。
これは意味っていうのはやっぱり人にそれぞれよって多分本当に多様であって、
誰が何に意味を思い出すかは本当にいろいろなお仕方みたいなのが、
本当にいろんな無数のお仕方が存在していますと。
だからそこにおける、
それは体験価値と言って言い換えてもいいかもしれないんだけど、
その体験価値みたいなのが、
いくらが体験価値として適正かみたいなのは、
客観的にその価値の合意するってことは構造的に不可能だと思います。
ここは通じる?
体験価値はいくらなのか、
それを数値に変換することが難しいって話?
数値には変換するんだと思うけれど、
それがその数値が妥当であるみたいな、
市場論理的なものには回収されづらいんだと思うんですよね。
例えば何かガチャガチャでもいいんだけど、
ガチャガチャにもしかしたら1000万払うっていう人も全然いるのかもしれないけど、
これからしたらそれには1円もしかし払いたくないみたいな、
そういうことが今までも起きてたと思うんだけど、
そういうものがよりいろんなところで、
いろんなバリエーションで起きている気がする。
っていうのが今の時代だと思っている。
いい?さっき言ったらさっき進んで。
OK、進もう。
ここからがやっとインフレの話です。
つまり、体験価値みたいなものって、
本当に自由に値段が付けられると思うんだよね。
根付けの話と戻ってくるんだけど、
機能とかデータの話だとすると、
ある程度客観的に、
これはいくらですっていうことを、
なんとなくいろんな方面から説明する圧力がかかってくると思うんだけど、
体験価値っていう、
主観としてこの人がいくら払うかって話になってきちゃうから、
あんまり値段がいくらであるかっていうのは関係なくて、
どんどん供給側からすれば高くして、
お金を支払わせてよっていう、
そういう圧力になってくるんだと思います。
消費者側も、さっき選択的銀行みたいな話につながるけれど、
本当に自分がどうでもいいこと、
戦争に最低限のものだけはもちろんお金を払うけれど、
それ以外のものをできるだけどんどん自分が意味があるものだけに、
消費をしていこうってなってくると、
そういったいくら高くてもそこにお金を払おうとする。
で、なるとやっぱりそういう体験価値みたいなものは、
どんどんどんどんインフレしていく。
っていうのは俺の話を受けた見方で、
だからジェミニのまとめとしては、
やっぱり合意、今の状態というのは、
合意可能な機能的価値のデフレ化っていうのが起きている側面と、
合意不可能な意味的価値のある種のバブルみたいなものが起きているっていう、
この両面が起きていて、
これをインフレカルチャラっていうふうにまとめちゃってるから、
なんかもう訳がわかんなくなっちゃってるのかなって思っているっていうのが、
全然うまく説明できた気がしないけれど、
このインフレカルチャラの話を聞いたのと、
さっきのディレクトンプソンの記事、これめっちゃ面白いからマジで読んでもいいと思うんだけど、
これを読んで、あとジェミニにめちゃくちゃ聞いて、
ジェミニにまとめてもらった結果、
これは俺としては納得感がある。
ずっと興味があるのは、
価値の合意っていうのはやっぱりどんどんできたくなってるよなっていうふうに思っていて、
それが何でなのかなっていうふうなのが、
自分の中での興味なんだけど、
やっぱり体験価値みたいなのって、
もう合意できないんだと思うんだよね。
価値がわかんないから。
価値が定量的に表されるものじゃないと思うから。
価値がわかんないし、
消費者の欲望っていうのが、
一つの生産者から、
推し活で言うと、
公式から出されるグッズによってしか、
消費者の欲望がいろいろあったとして、
結局、消費したいという欲望を発散させる先が、
今グッズとか、
公式から供給されるものしかなくて、
消費者もわかんなくなってるっていうか、
体験価値っていうのを、
これが買うことで自分は満足しているけど、
それによって、
なんて言えばいい?
体験…
ちょっと待って、
わかんなくなっちゃったよ。
すみませんね。
何を言いたかったかわからなかったけど、
でも雰囲気はわかるっていうか、
なんていうか、
俺も何言おうとしたっけ?
ちゃんと言葉にしよう。
だから、それはそうで、
だからすごく話をもう一気に最初に戻すと、
やっぱり人は結局何にお金を払うのかっていう話で、
ちょっと今の逆とうまくつなげられるからだけど、
人は期待にお金を払うんだみたいな話を、
ちょっとポムさんも前回してくれたと思うんだけど、
なんかそこに戻ってくるような気がするんだよなって思ってはいますと、
コモディティ化してるものは、
もう期待度がないから、
コモディティだから、
もう別にこういうもんだと、
我々知りすぎている。
だからそこに対してはお金はあんまり払いたくなくなると、
ただ何に期待できるのかというと、
おそらく期待できるものが本当にどんどんなくなってきてしまっている。
マクロで見るとね。
やっぱり期待できるとしたら、
本当に今ここにある体験だけはまだ期待ができる。
自分が好きなものだけは体験ができるから、
そこに対してはお金を継ぎ込むっていうことは、
何か起きてるのかもなっていう気がする。
そこでいう体験価値ってさ、
押し勝つとさ、
今押し勝つ話で考えてるけどさ、
ライブとかっていう話なんだけど、
だと思うんだけど、
なんか不思議なのは、
押し勝つになると不思議なのは、
体験、自分が体験したいっていう、
自分の中だけで完結する欲望を満たすためにお金を払ってるんじゃなくて、
そこに押しが、
押しがいいご飯を食べれますよねとかさ、
よく言うじゃないですか。
そういうところで、
そういうところに健康に暮らしてほしいみたいな欲望が、
お金に添加されてしまい、
それを、
その先がグッズしかないっていうのが、
グッズしかなくって、
消費者がそれを、
だからこそグッズの量が増えていくみたいなさ、
そういうのって何なんだろうな。
その何だろう、
その欲望と、
その欲望を満たすための払う先っていうのが、
アンバランスな感じがして、
それが、
それを何か解消。
話しちゃった。
いやそうだと思うよ。
それが押し勝つの金なんだと思う。
押し勝つっていうのがあまりにも確立化されすぎてるっていうのは、
多分そんな感じはしていて、
グッズに解消されていくのは、
グッズ作るのが安いからだと思うよ。
単純に。
供給者側からしたら、
グッズ多分だってあんなの、
本当に多分、
原価はいくらなの?みたいな感じがすごいするし、
でもみんな作れば、
ある程度それこそコモディティ化してるから、
そこに対して、
あるいはブランドと一緒でしょ、
供給ラグジャリと一緒だと思ってて、
このバンドなり何とかのグッズですって言えば、
値がつくんだから、
それは作る側からしたらそうするよねっていうのは、
多分そう。
で、俺が思ったのは、
ちょっとポムさんが言いたかったこと違うかもしれないけど、
だからそういう、
推しの健康を願うとか、
推しが健康であることを期待するとか、
そういうものも含めたのが、
全て体験として消費されてる感じが、
すごいするんだよね。
ライブっていう個別具体の体験だけじゃなくて、
そういうのも含めて、
体験という括りで考えた方がいい気がするって聞いていて思った。
そうね。
なんか私みたいな人間はさ、
それがさ、おかしいからさ、
それをどうしたらいいのかみたいなこと考えちゃうんだよね。
おかしいかどうかわかんないんじゃない?
おかしいかどうかわかんなくて、
さっきのユニコンテキストの話も、
これっていい、
デレック・トムソン何回も、
これはいいことなんですかね?っていう問いかけをしてるんだけど、
教授の方は、
それはわかりませんって2、3回言ってるんだよ。
だから別にこれが悪いかどうかはちょっとわかんなくてやっぱり、
それは今の話も、
本当に悪いかどうかはちょっと判断むずいなって思うんだよね。
もちろん悪い側面もあると思うよ。
悪い側面も絶対にあるけれど、
もしかしたらさっき言ってくれたような、
全部グッズに回収されちゃう構造が悪いだけで、
もしかしたらもっと健全な押し返す構造が悪いのかもしれないしとか、
そうなんだよな。
もうちょっと引いてみれば、
宗教的なものとの違いは何なんだっけっていうのは、
たぶん柳澤民さんとかが話してる話だと思うんだけど、
みたいなことは思うかな。
ぽむさんが言いたいことはめっちゃわかるけどね。
だからはいはいって言ってるんだけど。
うんうんうん。
難しいね。
人の幸せとは何なのかっていう話になってくるしな、これは。
人とは何なのかが合意できてないんだと思うよ。
もう一個だけ、ユニコンテキストの中でも面白かったのは、
これは2、3回前にやった朱さんの本でも似たようなことを言ってたと思うけど、
人は善に関しては合意ができない。
善は一人ずつの善があるから。
だけど悪。
悪の方は合意ができる。
みたいな話をしてるね。
だからSNS的なものは、
炎上みたいな、どっちかというと、
良くない方のものはみんなが合意できるから、
そっちにばっかり注目が集まるっていうようなことを、
レイク・トムソンのこの記事でも言っていて、
どうしてもそういう構造はあるんだろうねと思うから、
そういう構造を直視した上でどうあり得るのかっていうのを、
何の話をしたかったのか忘れちゃったけど、
そこをもう少しちゃんと考えなきゃいけないんだろうなって、
この記事を読んでも改めて思った。
悪は、そこはちょっと私気になるところが、
悪が合意できるもので、
善が。
悪って言い方じゃないかもしれない。
悪って言い方じゃないかもしれないけど、
何を良しとするかは多分合意ができないけれど、
何を悪い、こういうのはやめましょうとか、
こういうのはザックって言葉を使ってるのか、
死は良くないですよねみたいな話とか、
それは最低限合意できるよね。
あれ、宇宙サウンド本だと何て言ってたんだっけな、
残酷とかって言ってた言葉を使ってたっけな、
ちょっと忘れちゃったけど、
残酷さとかそういうものに対しては、
少なくとも善よりは合意ができるっていうことだと思うんだよね。
死、苦痛、病気、暴力。
こういうものはみんなできればだけ避けたいよねっていうのは、
それは比較的合意形成が可能。
なんかその善が合意できないことと、
価格がどう決まってるかっていうところを、
私はちょっと今興味出てきましたね。
善が合意できないから、いろんな、
やっぱ違うんだよな。
善が合意できないからいろんな商品が生まれるっていうのも、
なんか違うな。
言いたいことは分かったけど、
そこはもう少しロジックありそうな感じですよね、その間に。
そこなんかありそうなんだよな。
そこちょっと気になるな。
だけどそれが商品になるためには、
ある程度売れる予測がつくとかが必要で、
だけどそれがやっぱり善が合意できないから、
それがバラバラだから、
結局商品になっていくのは、
ある程度の確証がないといけないから。
今のポンさんが言ってたのは、
ちょっとあまりピンときたい部分もあるけど、
なんていうか、確証がないと商品にならないっていうのは、
多分ちょっと前代的なマーケット理論なんだろうなって直感的には思っちゃったけど、
今はもう出さないと分かんない、出さないと分かんないだと。
確かにな。
そうだよな。
ポポポは出した結果大爆死したわけで、
分かってたみたいな話もあるけど。
そうか。
そうだな。
出さないと分かんないっていうのは、
それはあれか、
それはなんかあれか、
企業が持つその余裕がどうかっていう話でもあるから、
まあそうかもね。
彷徨いますね。
どこ行きたいのか分かんなかったけど。
いいですか、じゃあこんな感じで大爆笑しちゃったけど、
何か言っておきたいことある?
結局この回は何だったんですか、この回は。
この回は何だったのかな、それは、
この回は何だったんでしょうね、難しいな、なんか。
ぽもさん的にはどんな回だったんですか、この回は。
この回はどんな回だったか、
なんだろうな、世の中は複雑すぎる。
いいんじゃないですか。
それをなんか切り取るには自分の資産は足りなさすぎて、
それを探っていきたいって思う。
いいんじゃないですか。
でもそうだと思うよ、なんかね、
世の中はやっぱり複雑すぎて、
なんていうか、これは本当にもともともない話だけど、
こうやって切り取って与えることに、
果たしてどれだけの意味があるのかは、すごく難しいと思うし、
あえて言えば、だからこうやって切り取って、
いろいろいろんな人が言ったものが、
結果として実現してきたのが、
マスメディアの時代なんだと思うから、
マスメディアがこういったものを、
マスメディアの主観で、これが例えば流行ってるって切り取って、
それマスメディアが流したことによって流行るんだと思うから、
流行ってたんだと思うから。
そうだね。
それがいいのか悪いのかって話は全然別として、
そういうふうに一定はできてる気がするんだよねっていう感じは、
改めて今のポムさんの話を聞いて思いました。
ごめん、言っちゃったけど。
いや、いいですけど、なんかあれですね、
それを私たちは複雑すぎる世界に対して、
一方向からそれを照らして、
それを重ねていくことでしか、
世界を理解は多分できないと思うんですけど、
ちょっと触れることでしかすっかり触れることはできないから、
それをやっぱり、それを着実に積み上げていきたいですね。
このポツポツキャストを通して。
そうだと思いますよ。
だから僕がこれ話をしちゃったからあれかもしれないけど、
だから基本はおのれはどう思うのかとか、
おのれの周りはどう思ってるのかを語ることしかできないと思うので、
そういう話を特にポムさんはしたほうがいいんだと思いますね。
うん、ですね、はい。そう思います。
ポムさんは大きい話をしようとすると、たぶんすごく理性が働いて。
そうなんですよ。それがね、さっき起こってたことなの。
なんか最初のほうが。そうなんですよ。
だから話せなくなっちゃうから、ほんとに。
うん。
なんか自分の、ある意味で視野を狭めて話さないと、
私は話せないから。
そうだね。
はい、ちょっとそういうふうにいきますね。
だからそれがもしかしたらインフレカルチャーの一つなのかもしれないっていう、
強引な繋ぎをしておりますので。
はい、そうしましょう。
ということで今回はここまでです。
ヨハチュルではディスコードにて2人の放送分の感想を書いていたり、
エピソードの中でできた参考リンクを載せていたりするので、
ぜひお気軽に覗いてみてください。
お付き合いの場所であなたの感想を聞けるとうれしいです。
Xではハッシュタグはひらがなヨハチュルグーグルフォームでもお便りを募集しています。
ディスコードとも合わせて概要欄にURLを記載していますので、
ぜひお待ちしています。
スポーツファイル使いの方はコメント欄でももちろんお待ちしています。
まあちょっとだいぶ瞑想したんでこの回はダメだと思うんですけど、
まあ、もしなんか興味深いことがありましたらコメントをいただけますと。
インフレカルチャーっていうものを皆さんがどう捉えたのか、
まあライフの話でいいと思うんですけど、
もしあれば聞ければなと思いました。
はい、ということでここまでお聞きいただきありがとうございました。
次回もぜひお会いしましょう。さようなら。
はい、ありがとうございます。