1. 余白のエクリチュール
  2. 100円の豆苗から1000万円のシ..
100円の豆苗から1000万円のシステムまで——期待をめぐる値付けの話
2026-07-24 45:22

100円の豆苗から1000万円のシステムまで——期待をめぐる値付けの話

#63 / どうやって物を買っている?物を買う時に何を意識して何にお金を払っている? / 最近サブウェイのリサーチをしている? / 「なぜ30年前から100円のまま?」に社長が回答…「豆苗」トップ企業が値上ラッシュに乗らない"納得の理由" / 拡張のダイソーと、100円を磨くセリア──「制約」はクリエイティビティの武器になる / 「残存者戦略」 / “安心”を売っている? /”需要”ってなんだろう? / 身の回りの買い物の話 / 「自分の生活にあってほしい店の存続に寄与できたら」 / 物の値段への執着がない? / 一物一価 / ブランドとコモディティ / 「期待に対してお金を払っている」 / 地元に対する意識の有無? / “自分が好きなお店”とは / 好きな駄菓子屋さんがなくなった体験の影響 / 街を機能的に考えている? / 都心と地方の”街”に対する感覚が全然違う? / 『移動と階級』 / フェスのチケットは高くなっている / “値付け”の話 / 値段は合理的には決められない / 値切り / 物事はルールに沿ってちゃんと動いていると思っていた / “大人”は正しい敬語を喋っていると思っていた / 漂白された情報ばかりに触れていた / システム開発の”値付け” / 見積もりのブレが大きい / 大企業における仕入れ / 広告と信頼 / 次回→文化系トークラジオLife「インフレカルチャー?~値上がり時代の欲望と不安」 2026年6月28日放送分 - YouTube / 物を買う時の価格の意識や気持ちが街やコミュニティとどう関わっている?


参考リンクはこちら→⁠https://app.notion.com/p/2026-07-24_-63-3a61d2f9389a8060a293e88d8ceae66b?source=copy_link


▼Discordコミュニティ「よはちゅるーむ」

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://discord.gg/W92Jc3EQBd⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠


▼X

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/yohachuru⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

#よはちゅる で感想いただけると、とても嬉しいです!


▼お便り(Google フォーム)

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://forms.gle/Tb4ByffXZugB4kpV6⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠


▼「余白のエクリチュール」(通称:よはちゅる)とは?

異なる時間や場所を生きてきた2人が、まだお互いをよく知らないところから始めたPodcast。

発信が溢れる時代だからこそ、“聴くこと”に価値を置く。様々なテーマの感想や解釈を起点に、埋まりきらない“分かり合えなさ”さえも楽しむ余白をあなたも。


▼クレジット

やぎしょーご Shogo Yagi @sho5_midday ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/sho5_midday⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

𝑃𝑜𝑚𝑃𝑜𝑚 🍮@pompomreading ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/pompomreading⁠⁠⁠

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回の「余白のエクリチュール」では、「100円の豆苗から1000万円のシステムまで——期待をめぐる値付けの話」と題し、私たちが物を買う際に何を意識し、何にお金を払っているのかについて深く掘り下げました。番組では、30年間価格が変わらない豆苗の事例や、ダイソーとセリアの「100円」戦略に見る「残存者戦略」や「安心感の提供」といった興味深いビジネスモデルが紹介されました。 パーソナリティの二人は、自身の購買行動についても語り、一方は「自分の生活にあってほしい店」への貢献という意識で地元の店から購入する一方、もう一方は物の値段に執着せず、合理性よりも「一物一価」という感覚で価格を受け入れていると述べました。この違いは、都市部と地方での「街」に対する感覚や、幼少期の体験、さらには「移動」の自由度といった要因が影響している可能性が示唆されました。 さらに、システム開発における値付けの不透明さや、大企業間の交渉における大幅な値引き、そして「記事広告」としての役割など、価格設定の裏側にある主観や意思決定、交渉の世界についても考察しました。最終的に、価格とは単なる合理的な数字ではなく、期待、信頼、そして時には広告戦略といった様々な要素が絡み合った複雑なものであることが浮き彫りになりました。

00:00
はい、始まりました。余白のエクリチュール、略してよはちゅる。この番組は、異なる時間や場所を生きてきた2人が、お互いをよく知らないところから始めたポッドキャストです。
違いや分かり合いなさを楽しみながら、分かったと思った先に生まれる問いを、新たな出発点として、対話を深めていきます。よろしくお願いします。
はい、お願いします。
豆苗の値上げしない理由と百均戦略に見る「残存者戦略」
はい、今日はですね、今日のテーマは、どうやって物を買ってる?物を買うときに何を意識して、何にお金を払ってる感覚がある?みたいなことを話したいと思います。
はい。
はい、これはですね、むずいけど、これはね、なんでこのテーマを持ってきたかというと、ちょっと私たち最近、サブウェイのサーチをしてるんですよね。
僕はできてないですけど、したいなという気持ちだけはあります。
私はやってるわけですよ、サブウェイのサーチをね、ちょこちょこやってて、サブウェイ行ったり記事を読んだりしてるんですけど、その中でサブウェイの記事、いろいろ最近出てるんですよ。
出てるっぽいね。
そうそうそうそう。探してたら、関連記事か何かで出てきたんですよ。
それがですよ。
なぜ30年前から100円のままに社長が買うと東名トップ企業が値上げラッシュに乗らない納得の理由ってやつがありました。
で、これ、東名が1パック100円前後で、この価格が、この国内シェアトップの村上農園ってとこがあるらしくて。
はい。
で、この価格が発売以来30年変わってないらしいんです。
すごいね。
で、めっちゃ値上げされてるって言われてるのに、東名変わってないのすごいなっていうのを思ってて。
で、これ見たら、売れない野菜を始めた方がいいみたいな、この社長の話があって、それがすごいなって思って。
逆張りも逆張りね。
で、これちょっと納得したのが、この人全職がリクルートで、リクルートもともとマーケットのないところを開拓していくのが強い。
それを、その何か多分学んだことをここに何かめちゃくちゃ投入してるんだなみたいなことを思ったんですね。
すごい面白いなって思って。
なるほど。
これが、そうなんですよ。
この記事がね、なんかすごい面白いなって思ったから、ちょっと身の回りのニュース系の話とか、どういうふうに意識して物を買ってるみたいな話をしてみたいなって思って、今回持ってきました。
なるほど。
なんかこの話は面白いですねっていうのと、
この投票の話は全然知らなかったんだけど、思い出したのは、最近の小麦粉資本主義を博士論の会で、百均の会、7月6日ぐらいのやつ、百均の会があって、
これ百均で僕も百均のことそんな詳しくなかったんで、へーって思いながら聞いてたんですけど、
ここではダイソーとセリア、日本だとダイソーとセリアがフィーチャーされて語られてると思うんですけど、
確かにダイソーっていうのは、いつからか百均ではなくなっており、なんかすげー500円とか300円とか、なんかいろんなものがあるなーって思ってたら、セリアっていうのは百均のものしかない、100円のものしかないらしいと。
100円の、ちゃんと100円規律をほぼ貫いている、その理由は、やっぱりみんな100円以外の、100円以上のものを売り出している中で、このうちだけは100円っていうものをちゃんと守っていけば、
残存者利益って言葉を使ってるらしいですけど、純粋に100円で安心して買い物がしたいっていう客をセリアが独り占めできるから、みたいな、一応そういう戦略でやってるらしいので、
ちょっと文明が違う気がするけど、さっきの東名の話と、結構近いかなーみたいなことは思いましたね。
残存者戦略。確かに、そうですね、そっか、その、なんだろうな、100円であるこの安さで買ってもらうっていうのもあるけど、なんか、なんだろう、その安心を売ってるっていうのもあるかもしれないですね、今の話は。
そうそうそうそうそう、この企業は絶対に値上げをしない、安心感で、なんだろうな、そのお客さんのことを考えて開発をしてるみたいなところを、なんかもしかしたらお客さんは汲み取るのかもしれない、そこにですね。
そう取ることもできるだろうし、あんまりそういうふうに取らなくても、なんか合理的に考えても、これは別に必ずしもそれが当たるとも限らないと思うんだけど、その100円で買いたい層を独り占めできるっていう、かなり資本主義的なロジックで考えても、これは、なんだろうな、ちゃんと実現し得る戦略の一つなんだろうなーみたいなことを、なんか改めて思ったって感じですね。
いやー、そうですね。普通にいけば、なんかもっといいものっていうか、そのもう100円に収まりきれないものを消費者が求めていて、それに対応するためには値上げをせざるを得ないけど、そこであえて100円に収まる、えっと、なんだっけ、玄関でものを作り、それを売るっていうのは、すごいいい戦略だなって思いましたね。
いい戦略だな。
面白い、面白い。
面白いですね。
多分でも、こういうことをやろうとして失敗してる事例もいっぱいありそうな気がするから、何が違うんだろうなーっていう感じはするけど、まあでも面白いなーって感じはするな。
あー、面白いですね。なんだろうな、ここで売れない野菜を作るって言ってたんですけど、需要を、その需要っていうものを商品によって、この商品によって作るのだみたいな、これがないから、っていうところかな、なのかな、もしかしたら。
なんか、見上げ、ちょっとここに何か留まり続けていいのか分かんないけど。
先に進めばいいけど。
先に進めばいい。
分かんない、それ分かんない、需要って何なんだろうねって話だけです。
需要って、何か作り出すものな気もするし、何か必ずしも、それはマーケットイン、プロダクトアウトみたいな話もそうだと思うんですけど、何か別に需要って世の中にあるものにヒットさせるという方向性の他に、多分作り出していくみたいな考え方もあるはずだから、まあ、両面あるんだろうねーという気がするので、先に行きましょうかね。
そうですね、行きましょう、はい。
個人の購買行動:地域への貢献意識と価格への無関心
えっとですね、私が、ちょっとで今回ですよ、いろんな生活の身の回りのことを今回はね、話したいんですけど、どうですかね、どういうふうに商品を選んでるかっていうのは、
あとは何か、先にじゃあ私の話をすると、私はその、何か野菜とか、何だろうな、その食料品と、あと何かその商品によってちょっと考え方違うんですよね。
食料品を買うときの考え方とか、何か何だろうな、コスメを買うときの考え方とか、本を買うときの考え方ってちょっと何か違ってるなみたいなことを思ってるんですよね。
何かその、何だろうな、私は基本的にその食料品を買うときって、自分のその住んでる町のお店で買うんですよ。
その八百屋さんとか、うどん屋さんとかで買うんですけど、
八百屋さんでちゃんと買うんだ。
八百屋さんで買うんですよ。
で、何かそれがその、そうそう、何かいろいろその、もう野菜の値段高くなってるよみたいなことをいろいろ聞きます、聞くんですけど、
私はあえてその高いものっていうか、生産者の顔が見えたり、そうオーガニック的なやつを買おうっていうのは、
さすが丁寧な暮らし番じゃん。
丁寧な暮らしなんですけど、そうそう。
それはうどん屋さんでも、本屋さんでも同じなんですけど、
自分の生活にあってほしい店を存続させることに気をできたらみたいな、
そういう気持ちで私は買ってるっていうのがすごいあるなって思ってます。
で、コスメとかだともっと何か自分の興味で、何かかわいい色だとか、何かかわいいなみたいなことで買うんですけど、
何かちょっとそこらへんが私の中で違いがあるなっていうのをちょっと今回考えてみましたね。
なるほど。
どっから行こう。
どっから行けばいいかな。
そんなこと考えてるんだ。
そうそう、何かそうなんですよ、何かいろいろ何だろうな、これはあれですよ、
他の、これをやるにあたって、同僚とかにもいろいろ聞いてみたんですけど。
へー。
どうしよっかな。
ストレートに答えると、自分が今物を買うときに何を意識して何にお金を払ってる覚悟がある?
ない、ない、ない。
ないんですか?
何も意識してないし、何にお金を払ってる覚悟かも、別にあんまないな。
え、そうなんですか?
そういうことって別にあんま考えてない、たぶん。
いや、私はなんかちょっと予想外れちゃったよ。
私なんかしょうもさんの物を買うときの考えとかを聞こうかなって思って、ちょっと来たんだけど。
ない、ない、ほとんどない気がするな。
まず、さっきポムさんの話になぞらえると、食料品みたいなやつは別に正直どこで買ってもいいと思ってるから、
さすがにコンビニではあんまり買わないけど、別にスーパーだったらどこでもいいかなーっていうので買います。
八百屋さんっていうのは、まず八百屋さんっていう物はなかなか存在しないっていう現実はあるけれど、
確信なさそう。
別にあったらじゃあ行きたいかって言われたら別に、むしろスーパーの方が楽かもって思っちゃうから、そこはあんまりないし、
値段あんまり見ないんだよね。わかんない、正直。
特に食料品は。
自分があんまり料理しないからっていうのもあると思うんですけど、
正直野菜とかも、ほんと正直ここ数年ぐらいですよ。
値段を一応見るようになったのもここ数年ぐらい。
一人暮らしを始めて、一人暮らし始めても野菜なんか買わなかったから。
最近ちょっと買うようになって、サニーレタスを一時期結構食ってて、
サニーレタスってこんなに上下するんだな、値段みたいなことを。
そうなんだ、ちょっとそれ知らなかったんだけど。
わかんないけど、200円ぐらいになってすげえ高いなって思うときもあれば、最近だと98円ぐらいになってる気もするし、
内容量も、あれこれ前より少なくなってねみたいなときもあれば、
上手いねみたいになってるから、わかんないんだよね。
これが本当に高くなってんのか安くなってんのかよくわからんなって思っちゃってるっていうのはあって、
あんまり物の値段っていうもので執着がないかもしれない。
これはちょっと後で話すかもしれないんだけど、
多分それは昔からそうかも。
物の値段は一物一貨で決まってるみたいな、そういう感覚を多分結構内面化していて、
あんまり安い高いとかっていう感情よりかは、
これはこういう値段なんだって、無批判に受け入れてる感じがある、自分の中で多分。
なんか私も近いかもしれないですけど、それって何かいつからそう思うようになったんですか?
記憶の限り昔からそうなんだよ。
へー、そうなんだ。もうこの値段はこれなのだって、了解してるって感覚なんですかね。
そうそうそう、そういうことだし、
同じような物を他のとこで買っても同じ値段なんだろうって思っちゃってる。
それって何なんだろうな。
私興味深いけど、それって全ての物に対してそうなのかな?
私なんかその本を買うときとかは、もうこの値段ねって高くなってるって言われてるけど、
この値段ね、でもなんか面白いし好きだから買うみたいな感じなんですよ。
でもなんかなんだろうな、コスメとかだと不当に高いなみたいな、
ブランド化しとかめっちゃ上乗せされてるじゃんみたいな文化に対してすごい思っちゃうんですけど、
そういうことはないんですか?
そういう意味だと、だからちょっと次の回で話そうと思った話に若干踏み込んじゃうかもしれないけど、
なんていうか多分僕の世代は、ぽんさんの世代もそうかもしれないけど、
要はレフレインの時代を常にずっと生きてきた時代で、
いうのも一個多分あると思うんだけど、個人的な話として、
ブランドみたいなことに対する興味が本当にないんですよ、僕自身が。
つまりなんていうか、コスメ、今例に挙げてもらったコスメ的なものが、
俺の購買対象としてほぼ存在しない気がする。
コスメ的なものがね。
本とか、今はもう全く買わないけど、前はCDとかをちょっと買ったりもしたけど、
それってちょっと違うじゃないですか、そのコスメ的なものとか。
ブランド価値みたいなのが付加され得るものがあんまりなくて、
ちょっと語弊があるかもしれないけど、いわゆるコモディティ的なものばっかりを消費してた気がするし、
それは消費財でも多分そうで、外食みたいなのでもほとんどチェーン店みたいなことが多かったから、
それって別にそれに対してのブランド価値みたいなので、プラスのほうにはあんまり働かないと思う。
なるほどね、そこは全然違うなって今思いましたね。
外食のところにしても、私は多分そこのブランドっていうか、そこの人の、なんだろうな、
私が払ってるのって、そのものに対しての価値だけじゃないなっていうのをめちゃくちゃ思ってるんですよね。
その本を買うにしても、Amazonとかで買うことってほぼないんですよ。
素晴らしい。
いや、私は本を買うときはいつも町にある本屋さんで買ってるんですよね。
えらいね。
それは、もう本当にその町の本屋さんが大好きで、そこに町にこの本屋さんがあることがすごくありがたくて、
それを私はその町に残ってほしいし、自分のそのコミュニティの居場所としてもそれがあり続けたいから、
それに対して、その期待に対してお金を払ってるっていうのがめちゃくちゃあるんですよ。
なんかそういうのって、なんだろうな、昔からそうなのかもしれないなって思ったりしてます。
都市部と地方の「街」への感覚の違い
昔からその町にあるご飯屋さんでご飯を食べみたいな。
なるほどな。
なんかね、今の話で、期待に対してお金を払ってるって話は、ちょっと多分次回ぐらいにもう少ししたいなと思ってたちょうどキーワードで、
だからちょっとここではあんまり話さなくていいかなと思ってるんだけど、
でもその、なんというか、全社の残ってほしいみたいな話は、まあまあ理解はもちろんできるっていうか、
僕は先に言っておくと、ほぼ全ての本を電子書籍で買ってる以上、全てはAmazonに慣れており、
お得情報を言っておくと、Amazonっていうのはですね、たまにまとめ買いキャンペーンっていうのをやってくれてまして、
電子書籍12冊買うと、12%ポイント還元みたいなのがあるから、その時にまとめて買うっていうライフハックで、
僕は生き延びてるんですけど。
ツイッターで言ってますもんね、まとめて。
そうそう、とりあえずまとめ買いの時にまとめて買うっていうふうにすると、
なんかまあ、本も定期的に買えていいかなと思っているわけですが、
まあでもなんていうか、なんだろうな、別にその、なんだろうね、地元に対する意識なのかな。
そうなんだよな、なんかそれ、たぶんめっちゃ都市部と地方ってすっごいあると思うんですよね。
なんか都市部って、なんだろうな、もう私のイメージでしかないけど、
なんだろう、自分が別にそこにお金を払わなくても、その街って存続していくっていう、
そういう意識が、たぶんうっすら、たぶん意識せずあるんだろうなっていうのをすっごい思ってて、
なんかその、違うんですよね、その地方だと。
地方だと、なんか私はその商店街結構好きなんですけど、
その店がつぶれていくっていうのをめっちゃ体験してきたんですよ。
自分の好きな店がなくなっていくっていうのが。
それがもう悲しいっていうのがめっちゃあって、
その意識があるから、なんかこの自分のこの行動っていうか、
ここにお金を落とすことで、何かをその、なんか寄与できるんじゃなかろうかっていう、
その期待がめっちゃあるんですよね。
なんかさ、そもそものところになるかもしれないけどさ、
自分が好きなお店っていうのは、いつからそういう、いつから何に対してそういう感覚を持ってるんですか?
どうだろうな、自分が好きなお店っていうのは、
なんかね、私はお店っていうか、なんか街単位で好きになるっていうのが結構あって、
で、その、なんか街、私街作りを大学でやってたから、
それの意識がすごいあるんですよ。
なんかその、街を構成するのは、で、一つすごく大きいのお店だなって思って、
そのお店があることで、人の循環が生まれるし、
そこに集まる人っていうのが、なんかそのお店の持ってる雰囲気みたいなところに吸い寄せられて、
そのなんかコミュニティっていうのも、なんかその街ごとにちょっと変わって、変わってくるみたいなっていうのがあって、
なんかその街に対しての、なんかその、街の中にあるお店に対しての、
なんかすごい私大きくって、
それがね、なんか実際その、私が今住んでる街は、この、この街に住みたいと思って住んでるんですけど、
商店街があって、そうそうそう。
で、そこでなんかすっごい昔ながらの喫茶店とかがすごいあるんですよね、いろいろあって、
で、えっと、そこで、えっと、ううやさんとか、えっと、やうやさんとかあって、
なんかそこでね、私はその買う、買うっていうのもそうなんですけど、そこで生まれるちょっとした会話みたいなのがすごい好きで、
そういうのが、なんか生活にあることが、自分の安らぎなんですよね。
それが、なんだろう、それはなんか大学生ぐらいの時かな、やっぱり。
その街づくりっていうのを意識するようになった時に、生まれたかもな、なんか自分の。
やっぱりそのくらいの世代ってことか。
なるほどな。
まあなんか、それだったらわからんでもないか。
でも逆にわかんないな。逆になんで、それはどっちが先なんだろう。
大学で街づくりを勉強しようと思ったからそっちに興味が出たのか、やっぱりその前から街みたいなものにうっすらと興味があったのかっていうと。
でもさっきの街が衰退していくみたいなのを見てきたのは、あれなんですか、もうちょっと小さい頃なんですか。
それももうちょっとちっちゃい頃かな。
めっちゃ好きな駄菓子屋さんがあって、家の近くに。
それがなくなったっていうのが一番最初の体験かもしれない。
中学生、小学生の時によく行ってて、中学生の時になくなったのかな。
なんかそういうところがすごい大きい気がするな。
駄菓子屋か。確かに駄菓子屋はあったけど潰れたね。
そうですね。
別に好きでもなかったから、たいした関心もなかったな。
そうなんだ。なんかそれがその駄菓子屋って最近は、もう元から街にあるやつじゃなくて、なんだろうな、その大きい商業施設の中に駄菓子屋さんですみたいな、再現した駄菓子屋があるんですよ。
そういうの見た時もなんか寂しいなみたいな。それなんか違うんだよなみたいなことを思ったんですよ。
なんかなんだろうな、そのシグネチャーだけを別に再現されても、別にそこで何も感じないよみたいな。
やっぱりなんかその街にあることが大事なんだ。そのなんか風景とともに、その駄菓子屋さんのちょっとなんか錆びれた、そのなんだろう看板とかが溶け込んでることがいいんだみたいなところが、銀帯金としてすごいあったのかもって思いますね。
やっぱりポム、聞いてる感じでポムさんはそういうのに対する感性がかなり小さい時からあるんでしょうねって感じだな。
たぶん俺にはそれが本当にない、たぶん。全然ないな。
それとさ、でもさ、なんだろう、その育まれそうな予感とかないんですか?それが今から。
今から?今からはないと思うよ。
ないのかな?
今からはないよね、ないと思うね。
ないか、ないか、そっか。
あるとしたら強制移住みたいのをしたら、もしかしたら起こるかもしれないけど、今の延長線上からは、都心みたいなところはそこからかなりかけ離れてるからね。
もし今そういうことをやろうとすると、それはさっき言ったブランド価値みたいな、そういう方向になんか寄ってく気がするから、やっぱり文明が変わっちゃうと思うんだよ。
なるほどね。
普通にその街とかではなく、その一つの会社に対しての。
なんかね、そういう感じの、昔ながらのみたいな、なんかそういうふうに押し出してくる感じになる気がするから。
だから今住んでるところに、なんていうのかな、そういう貴族意識って言うとちょっと言い過ぎかもしれないけど、なんかその街に対する、なんて言ったらいいかな、執着心まで言うとちょっとあれだけど、街に対する興味関心というもの自体があんまりないっていうか。
やっぱり非常に機能的に考えてるんだと思う、俺は。
街というもの?
あらゆる街というもの。
あらゆるものを?
あらゆるものもそうだね、基本そう、たぶんあらゆるものもそうで、で、その中でも街っていうものもそういうふうにたぶん捉えてるんだと思うね。
最低限なんかありゃよくないって思っちゃってるかも。
最低限あるっていうのは、なんなんだろう、生活のためにって話かな。
そうそうそう、生活のために。スーパーがなかったらさすがにやばいけど、スーパーあればいいし、本屋も本当に一個もなかったらやばいけど、別にちょっと動けばあるよねっていうのは、最低限をクリアしている気がする。
機能的か、その街がなんだろうな、別にあれか、移動とかも普通にできるから、別に自分が住んでる街が全てを担ってなくてもいいみたいな感覚なのかな、都市部だと。
それはあるかもね、そこの都市と郊外のあれがあんまり分かんないけど、少なくとも東京都内にいたら、1時間ちょっとずれば都心まで絶対出れるし。
それ強いよな。
そう考えると、そういう意味だと街っていうものに対する感覚が全然違うのかもね。
そうなんですよね。めっちゃそう思ってて。
タイタン市も最近、街づくりに興味があるみたいなことをすごい思ってるんですけど、タイタン市が生きてきたところの中で、どういうふうにそれが発生したのかっていうのが、地方から見てる自分からするとすっごい謎っていうか、
それってどうやって、どういうふうな生活をしてたら、その街に興味があるってことが出てくるんだろうみたいな。
私も都市部は結構、さっき言ったように機能的で、街自身が、いろんな特色が街ごとに分かれていて、私からすると、もうすべてが揃っているだろうみたいなこと思っちゃうんですけど、
嘘でも何かがないんだろうな、何かが。
街ごとの特色みたいなの絶対あるんだよ。あるし、たぶんそれをすごく感じて生きてきた人もたぶんいっぱいいるんだろうなぁとは思うし、自分の地元なんかもたぶんそうなんだけど、
移動っていうのは気になるかもしれないな。移動できちゃうと、たぶんあんまりそういうものを考えないくて良くなっちゃうっていう話かも。移動の階級だっけみたいな方もあったと思うけど、
移動できるかできないかっていうことによる価値観の形成のされ方と違いみたいなのってたぶんある。
だから僕自身も高校までは本当に国としては一つの市の中でほとんどずっと生きてきたから、もう本当にそれだけが全てみたいな、新宿とかよくわからんみたいな、全然知らないみたいな感じだったけど、
大学からこっちに来て、それ以降は都心の方に主に生息してると、やっぱもう全然価値観違うもんね、ずっと地元にいる人とは。
だからそれこそ高校までとか、都心で生きてきた人っていうのは、まるで接している情報が違うだろうなって思うから、やっぱもう違うよねって思っちゃうね。
値付けの不合理性と交渉の世界:システム開発と広告
そうですね、もう、どうしよう、どうしようっていうのは、この話を、同価格の話に戻そうっていうのは今考えてるけど。
強引に戻してもらって。お金、お金で何にお金を払ってる感覚が。だから本とかは値段見ないですよ、基本見ないし、意識してないから、ほとんどですね、考えないんですよね。
だから別にどの値段が上がってるか、さすがにコンビニ最近行くと、おにぎり1つ160円とかになってて、さすがに高いなって思ったりはするけど、逆に言うとそれ以外の場面ではそんなに感じないっていうか、でもあれか、フェスとかは感じるけどね。
フェスね、フェスはやっぱ高くなってるのか。配信とかも、値段はどう決まってるんだよっていうのは結構気になってるな。
そうそう、寝づけの話をしようと思ってた。ごめん、忘れてた。寝づけっていうのに関しては、すごいずっと興味があって、よくわかんない。よくわかんないっていうか。
それでどういうところで感じるんですか?何の値段ですか?すべて。
ちょっと待ってね、どう話そうかな。まず、さっきもちょっと言った通り、多分、これは本当に今改めて考えるとってだけだけど、多分幼い頃から自分自身は一物一家みたいな感覚を常に持って生きてきました。
これはもしかしたらデフレ的なムードを内面化してるのかもしれないけど、こういうものだったらこういう値段であるっていうものが、世の中一般的に好意形成が取られてるっていうふうに思って生きてました。
それは多分社会人になってからもそんなに変わってなくて、社会人になってから結構システム開発、それもちょっと違うな。一番直接的に寝づけについて、へーって思ったのは、前の会社がSaaSの会社で、SaaSの会社だったんですけど、
それのトップの人が、何かの新サービスじゃなかったと思うけど、何かのプライシングをするときに、ちょっと完全にちゃんとした言葉をすっかり忘れたんだけど、ニュアンス的には、値段なんか適当に決めるしかないからみたいな、そういうことを言ってたんですよ。
そうなんだって思って。でも確かに今振り返って考えてみると、やっぱり物の値段ってそんなに合理的に決められるかっていうと、システム開発さっきの例よくなかったんだけど、人の稼働量に対して値段をつけるだったら一定できると思うんだけど、
それ以外のものに対しての値段の寝づけの仕方って、ほとんど主観というか、意思というか、それでしかないなっていうふうに改めて思っていて、
2、3年前にもたまたま話した人が楽天かなんかの人で、元楽天かなんかの人で、楽天の通信系の、何だったかな、具体完全に忘れちゃったんだけど、通信のドコモとかそういうのとかの系の話で、
その時ちょっともうプライシングみたいなのしてたけど、一応なんかそのやっぱ、一応他社とかも調べて、結局プライシングとか考えるんだけど、でも最終的にはもうあんまりそんな関係ないからみたいなことをなんか言ってた記憶があって、結局もうなんかどう考えても、あんまり合理的な数字っていうのは出せないっていうか、
だから結局は自分たちがいくらで売りたいのかっていう意思でしかないみたいなふうに考えると、寝づけっていうのは本当によくわからんっていうか、別にだから一つのものを無料、同じものを無料で出す、無料でも提供しちゃうケースもあれば、それに対して1000円って寝づけをするケースもあるわけで、
もう、ちょっとごめんなさい、あんまりまとまってないかもしれない。意思でしかないなって思って、そういうのを学び、やっと学んだのが結構30歳ぐらいだった。世の中って一物一家じゃないんだなって本当に思った。
それはだから、僕自身が多分、さっきの話で本当に寝切りみたいなことをほとんどしたことがなくて、そういうのともしかしたら関係してるかもしれない。
寝切りはやったことないな。寝切りって何?そんなするものなの?
いや、わかんない。でも寝切りをすると、やっぱり物の値段って意外と簡単に下がるんだなみたいなことを思う、実感として思うのかもしれなくて。
家電とかだと非常に物によるけど、たとえばうち今の会社で売ってる商材とかって定価とかってあってないようなものだって聞いてるから、ほとんど意味を出してないって聞いてる。
お客さんの予算とかに合わせて、もうかなり頑張ることもあるみたいな、そういう風に世の中動いてるっていうことを結構最近まで自分は理解できてなかったんだなってすごく思っている。
理解できたと思う。
一物一家は何なの?それはどっから出てきたの?逆にそれ。
いや、わかんない。本当にわかんない。だからね、もともと世の中は結構ルールでちゃんと動いてるんだっていう風に、多分、幼い頃から結構思ってたと思う。
緊張しにくいっぽい、それは。
そうでしょ。前にも話したと思うけど、なんかこうやるべきことはやらなければいけないのであるみたいな規範っていうものは、世の中の大人っていうものはみんなちゃんと守ってるのだ。
なんか言ったっけ?言ったかわかんないかもしれないけど、だから大人ってすごいちゃんと敬語喋ってるんだって結構中学生とか高校ぐらいまでずっと思ってて、
だから俺、社会人になったら敬語なんか喋れないから、敬語のことちゃんと勉強しないとめっちゃ怒られるんだろうなみたいな、なんかそういうありもしない想像を描いてた。
面白い。
だから社会人っていうのはすごいちゃんとした言葉で仕事をしているのである。ため口みたいなことは使わないのであるみたいな、なんかそんな勝手な思い込みを結構してた。
なるほどね。そういうルールが。でも会社に入ったら違ったみたいな。
みんな何これ?何これ?みたいな大人とは?みたいな。
面白いな。
たぶん本当に世間知らずだったんだろうなと思っていて、なんていうか社会とか仕事っていうのはどういうふうに回ってるのかみたいなのがあんまりわかってなかったんだと思うんだよね。
でも世の中の例えば新聞とかに流れるテキスト情報みたいなのってすごく整形された綺麗な言葉しか載ってないわけじゃないですか。
だから多分そういうふうに社会は回ってるんだってどんどん思い込んでたんだと思う。
へー、なるほどね。テキスト情報で。
テキストだけじゃないかもしれない。マスメディアでも悪いかもしれないけど、少なくとも漂白された情報ばっかりに触れてたから、それで世界は回ってるんだろうなって勝手に思ってたっていう感じはしてたんだよね。
あと他の大人と触れる機会が少なかったっていうのも多分あると思う。親以外の大人と触れる機会がほとんどなかったかもしれない。
確かにね、先生とかしかないもんな。
そうそうそうそう。
基本的だとあれだもんね。
先生みたいなサラリーマンっていうのもちょっと違うじゃないですか。
そうですよね。先生って会社で働いたことない人が多いから、なんかちょっと意識がすごい違うんだろうなっていうのはめっちゃありますね。
そうだし、こっちとしても教員みたいな話と、いわゆる会社の中での仕事みたいなのってだいぶ違うだろうなって、うまく言語化できてなかったと思うけど、感覚的にはたぶん捉えてたと思うから。
そうですね。
また話が反れてったけど大丈夫。
全然いい。面白い。反れたほうがいいですよ。
根付けについてボムさん思うことはなんかあるんですか?
根付けは、システム開発の話だとなんか1個思ったことがあって、システム開発って開発ってなんだろうな、工事とかの根付けに比べるとどんぶり勘定って言われてはいるけど、
一応SE単価があって、それに対して見積もり枠を出すって、それは自分がどれくらいかかるかっていうのを予想してやるみたいな。
なので、そこでは決まった値段があるんだろうなって思うけども、
私が1年前に開発したやつで、お客さんがもともと大手の会社に頼んでいて、それが値段が高すぎて予算がつかなくなっちゃって、
今これだけの予算があるから開発してくださいって言われたんですよ。
で、それが大手は1000万ぐらいで見積もりを出していて、設計ぐらいまで終わってたのかなって、開発をやってないみたいな感じ。
で、だからあとは、今何百万の予算があるので、それで開発できませんか?みたいなのを言われて開発した事例があって、
その時に、その大手が1000万で見積もりを出したものを私たちが何百万で開発するってなった時に、
その値段ってどうやって決まってるんだろうなってめちゃくちゃ思いました。
すごい、そこが私は社会人になって一番最初に感じたところかな、根付きに対して。
大手はどれぐらいの価値的なもの、どうやって見積もりを出してるのかとか、何に対して。
ちょっと整理しながら喋ると、システム開発、SIみたいなシステムインテグレーションって呼ばれる業界のもののっていうか、
売り根の付け方って基本的には労働時間ベースというか、労働に対して、だからさっきポンさんが言ってくれた通り、
自分たちは例えばこのシステムを作り上げるために100時間使えばおそらくできるだろうってすると、
その100時間にさっき言ったSE単価みたいなのをかけて、多分それにあらりみたいなのを乗っけて見積もりを出すっていうことが多分多い。
多いんだけれど、結局多分ブレるんですよ、その時間の見積もりが。
会社ごとに、会社ごとにつって言ったらダメだな。人ごとに。会社の中でも人が見積もることによって全く違う見積もりが出てくるから、
本当に、だからこっちは僕は比較的発注側だから、今の話はそれはそうだよねって思っちゃうんだけど、
多分あんまり大企業とか中小とか関係なくて、もうどこに出してもマジでブレるんだよね。
それで正直そこもかなり意思が入ってると思っていて、別にこの案件取るつもりないからこの値段で出しちゃおうって思ってる会社もあれば、
この案件は取りたいから、かなりうちの予算を意識したものをやってくるとか、普通にあるよね。
基本的には今回の案件多分この値段なんですけど、御社にはこんくらい値引きしますみたいな話とかめっちゃあるんだよね。
ちょっと今の思い出したけど、結構これも最近衝撃っていうか、僕は社会ってそう回ってるんだと思ったのは、
やっぱ大企業の中でのそういう仕入れみたいな、例えばマイクロソフトのオフィスみたいな話とかも含めて、
ああいうのってとにかく大企業系はめちゃくちゃライセンスを買うから、それでめちゃくちゃ値下げをしてもらってるんだよね。
めちゃくちゃ値下げされてるから、めちゃくちゃされてるし、逆に言うとそれをすることが仕事になってる。
それをしないと上の決済が通らないって感じ。だからベンダーのいいねで契約なんて絶対できなくて、
値下げをするということが常に求められる。それはその一つの手段がコンペみたいなことをして値段を下げさせるみたいなのもそうだし、
ライセンスをとりあえずたくさん買うから値下げをしろっていうそういう要求を通すみたいなのもあって、
インターネット上に出てる定価みたいなのが本当に当てなんなくて、全然違う金額の世界の中で生きているっていう、
結構衝撃的な値下げ幅だったりもするから、それあり得るんだみたいな。
それってもう本当に交渉の世界でしかないから、あんま合理的な多分ないと思うんだよね。
向こうがよっぽど赤だと多分ありえないけど、でも今の時代、赤かどうか判断も結構難しくなっているような気もするから、
サブスクみたいな話だと特にね。さっきのSIみたいなのとちょっと違うかもしれないけど、だから本当によくわかんないっていうか、値付けって難しいなって本当に思う。
面白い、それね。
本当に決済者がここまでだったら値下げしてもしょうがないかとか、この会社とは付き合いたいから、これだってやったら。
こういうふうに回ってるんだって思ったのは、よくサービスとかで、この会社でこういう導入をしましたみたいな記事上がってたりするじゃないですか。
インタビュー、選めの人がインタビュー受けてて、すごい一生懸命やってくれましたみたいな。
あれも交渉材料の1個、多分俺が見てる感じだと交渉材料の1個だって、こういう記事に載ってくれるんだったら、いくらまで下げますよみたいな、そういう話なんだというのに結構最近気づいた。
へー、そうなんだ。それが広告になってるんだもん。
広告費、広告費的なものとして出てくれるんだったら値下げしますよとか、このサービス付けてあげますよとか、多分ほとんどがそういうふうに動いてるんじゃないかなって思ってる。
そうなんですね。
だから僕は、みんな知ってんのかな、わかんないけど、僕は本当に素朴にああいう記事を読むと、この会社は結構いい会社なんだなとか、いいサービスなんだなって素朴に思ってたけど、
ただの広告だから正直別に本当かどうかは全然わかんないっていうか、
それは広告だからいいこと言うしかないから、そうなるよねみたいな、いいところだけがフィーチャーされるよねってなるよなって思って見てます、最近。
それはこの前話した信頼にも通じるな。
それが結局は広告とか信頼をその記事が担保してるって思うけど、実はそれは広告だったみたいなこともあり。
うんうん、ほんとそうだと思う。
ね。
そうか。
次回予告と番組の振り返り
ごめんなさい、話が取れちゃったけど。
あれ、もう話したい話は大丈夫ですか?
話したい話はできたかな。
大丈夫。
うんうん、OK。ちょっと次の話とも密接に関わってくるから、まだ全然。
そうなんだ、はい。
じゃあ、この回はちょっとごめんなさい、なんか僕が引っ掛けました気がするけど。
いろんなこと言ったけど、まあいいや。
実感的な価格とか値付けとかみたいな話をしたとして、
次は、最近6月28日やってた文化系ドグラジオライフのインフレカルチャーの話が結構面白くて、
もともとちょっとまずこれもやりたいなみたいな話があって、さっきの話も出してうまくつなげてもらったんですけど、
もう少しマクロで社会を見たときに、物の値段とかインフレとか、インフレカルチャーの話の中で出てきたものもちょっと触れながら少し話をしてみたいなと思うので、
じゃあ次回ちょっとそんな感じでいきますか。
はい、いきましょう。
はい、じゃあということで今回はここまでです。
よはちゅるではディスコードにて2人の放送後の感想を書いていたり、エピソードの中に出てきた参考リンクを載せていたりするので、ぜひお気軽に覗いてみてください。
お好きな場所であなたの感想も聞けると嬉しいです。
Xでハッシュタグはひらがなよはちゅる、Googleフォームでもお便りを募集しています。
ディスコードとも合わせて概要欄にURLを記載していますので、ぜひお待ちしています。
スポーツファンの方はコメント欄でももちろんお待ちしています。
どんな感想がいいですか?
ちょっと今回ね、しょうがさんがいろいろ暴走したんだけど、ちょっと最初の方ね、ちょっと純粋なその価格のところでちょっと聞きたいかなっていうのは思いますね。
特にその価格の、買うときの気持ちっていうのが、自分の街に対しての気持ちとか、コミュニティに対しての気持ちとどう関わってるみたいなところは結構聞いてみたいかも、自分の興味関心として。
はい、じゃあそんな感じでお願いします。
はい、じゃあここまでお聞きいただきありがとうございました。次回もぜひお会いしましょう。さようなら。
ありがとうございます。
45:22

コメント

スクロール