始まりました。余白のエクリチュール、訳して余白ちゅる。 この番組は、異なる時間や場所を生きてきた2人が、お互いをよく知らないところから始めた
ポッドキャストです。 違いや分かり合いなさを楽しみながら、分かったと思った先に生まれる問いを、新たな出発点として対応を深めていきます。
よろしくお願いしまーす。 はい、お願いしまーす。
はい、お願いしまーす。 今回のテーマは、人は会話をするときにどういう思い込みを前提にしているのかについて話そうです。
はい、お願いします。 これはですね、この前TBSポッドキャストラジオであった
文化系トークラジオライフの対話について話す回があったんですけど、それを聞いて着想を得たテーマになります。
これは私が持ってきました。 これ何で持ってきたかっていうと、この文化系トークラジオライフを聞いたときに、いろんな方からお便りが寄せられてたんですけど、
みんなその何かしらの思い込みを持っているっていうことを感じました。 そのなんか多分私も多分それの思い込みを持っているはずで、それを知りたいなっていう気持ちになったんですよね。
なのでちょっとこのポッドキャストで話してみたいなって思いました。 例えばそのライフではパーソナリティの方がいっぱいいらっしゃるんですけど、
なんか一人の人はその自分はなんか全ての人から嫌われてるんじゃないか、みたいな話をしていたり、でも一方で他の人は自分は世界に浮き入れられているような全能感がある、
みたいな話をしてて、なんかその思い込みとか自分の中での規範があることで、それが何かしらの会話に何かしら影響を与えてるんだなって思って、それについて考える機会ってなかなかないなって思ったんですね。
なので私の思い込みにもたどり着きたいし、そのしょうごさんが持っている思い込みっていうのも何なのかっていうのを聞いてみたいなって思いました。
なるほど。まず思って、僕は別にそんなに文化系とグラジオライフの会を聞いて、そんなみんな思い込み側みたいなことをあんまり考えてなかったんですけど、ポムさんはそんなことを考えたんですよね。
そうですね、なんかその会話に暗黙のルールがあるんじゃないかなっていうのを考え、思ったんですよね。なんかそれによってその人がその会話をなんかそのしづらくなっているとか、逆になんかその思い込みによって人が会話を自分の中でその円滑にできているという意識を持っているんだなというふうに私は感じました。
まあそういうちょっと考え方。
それは、ここの会を聞いて思ったってことなんですか?
うーん、この会を聞いてまず思ったっていうのもあるし、それを聞かれてみるとたぶん日常でももしかしたらそれを感じているかもしれない。
自分が思い込みを持っているんじゃなかろうか、でもその思い込みが何なのかわからないけどっていうの。
たぶんなんか、でも基本的に会話に限らず、人は何かしらの思い込みを無意識のうちに持っていて、それが何らかの人の行動に繋がっているんじゃないかなっていうことは感じますね。
これは会話に限らず。
うん。
だからたぶんそういう意識があったのか。
しょうごさんはそんなことは感じなかったですか?
うーん、ちょっとどう話そうかですけど、別にこの会で何かそこに対して何かすごい思ったことがあるかというとそうでもないというか、何回か話していると思いますけど、やっぱり非会話とか人それぞれのバイアスみたいなのってかなりあると思うので、
あらためてこの場で何を感じたのかなみたいなのもちょっと気になったっていう感じですけど、まあいいです。とりあえず進んでみましょう。
うん、オッケーです。
じゃあ、私の、例えば私の当たり前をちょっと洗い出してみたので、それをちょっと聞きたい、話したいなって思うんですけど、
なんか、例えばですね、私が感じたのはいくつかあるんですけど、どうしようかな、基本的に何だろうな、思い込みって言って感じるのは、
私は何かその会話は共感をした上で差異を生み出すものだ、みたいなことを考えているんですよね。で、ちょっとこれは私は3つぐらい考えてきたんですけど、1つはちょっと軽い、軽い話で、
その中で、この前渡辺幸太郎さんがワイヤードに出てた2024年か2025年ぐらいの回を聞いたんですけど、その中で渡辺さんが、本についてビブリオトークをするときに、相手の方に対して否定的な意見があるときに、
私とそのあなたの間では、お仲がいいという前提があるから反駁をしていいですかっていう枕言葉を置いていて、それって私の中で渡辺幸太郎さんは、結構何に対しても自由に自分の意見を言うってことが自発的に当たり前のようにできているのかなっていう認識を持ってたんですけど、
実はそうじゃなく、その中で、仲がいいという前提だからこそそれができるみたいなことがあるのかなって思っていて、そこでちょっとハッと感じたんですね。
それが自分が思っていたこの認識を改めて、自分もそういうところあるよなとか、やっぱり人って普通に反対意見を言っている人でも、そういう前提意識があるのかなみたいなことを感じたんですよね。
なるほど。今の話は、最初に言ってもらったその会話の前提として、共感した上で差異を感じるみたいなのの話の繋がりですか?
自分の中では繋がっていると思って出したんですけど、
自分の中では繋がっているんですよね。
まだ僕を繋がっている感が分からない。
コンサロさんの話すれば、そうでしょうね。僕は結構あの人やっぱり、その場のトンマダみたいなのを結構意識して、
意識しているから、すごく意識しているからあえてそこの場のちょっと空気を乱すようなことを意図的にやっているケースがありそうな気がしている。
そうですね。だから、その場でちゃんとその何というか前提というか、
今私はこういう感じでいますよみたいなのを結構ちゃんと合わせた上でそこをずらすみたいなことを何か意図的にやっている感じはしますね、個人的に。
しますね、そうなんですよね。
その中、この前のヨハチュルで分かると言われた時とそれ違うじゃないって言われた時どっちが燃えるみたいなテーマで以前話したんですけど、
なんかその中でも、私は共感をした上で、分かるというのが気づかれた上でだと、その分からないが初めて相手に対して肯定されるみたいなことを思ったんですよね。
で、その時に私が思ったのは、しょうごさんはもしかしたらそうではない、分からない、違うんじゃないと言われた時の方が良いと言っていたので、そこは私とまたちょっと違う考え方を持っているのかなみたいなことを感じました。
そこはそうなんじゃないかな。
まずのって、その会話は共感した上で左右を云々みたいのがあんまピンときてないから、多分違うんだろうなって思ってるって感じかな。
そうなんですね。
会話は共感って時点でも、なんかそうなんだって感じなんだ。
そうですよね。なんかそれって多分めちゃくちゃなんかジェンダー差があるのかもって思ってて、結構その女性のコミュニティだとその共感でも話が進んでいくんですよね。
それがなんかこの共感をした上じゃないと、相手に対してこれ違うよっていうのができないみたいな、というかそれをやる人はほぼいない、私の周りはいないっていうのがあって、なんかそういう女性独自のルールみたいなのが形成されているのかなっていうのはすごい感じます。
うーん、なるほど。
それがなんか違うのかな、ないのかな、そのしょうごさんの周りというか見てきた感じが。
共感ってことを普段あんま考えないんだよな。
うーん。
共感ってどういうのですか。
えっと、あなたの、私の理解だとあなたの言っていることはわかる、否定はしないって感じですね。
共感はわかるも言いますけど、なんかより根本的にはあなたの言っていることを否定はしないよっていう立場を取るって感じかな。
何ともいっても、それは否定はしない、普通なんだろうな、それはわかるっていうか、否定はしない、わざわざ否定はしないよねとは思うけど、僕の中ではそれイコール共感にあんまりなんないなって感じかな。
うーん、もしかしたら世の中で言われている共感はあなたの言うことはわかるよっていう、あなたの、それはなんかどうなんだろうな、あなたの立場に立て、自分は理解はできますよっていうことと否定はしませんよってことはほぼイコールだとは思うんですよね。
それイコールなのかな、なんかわかんないけど、今聞いてたら、僕結構多分相手の話をちゃんと聞いてないこと普通にあるなって思ってて、なんかそれって別に否定はしてないけど、相手のことを理解してるとも言えないなって今思った。
あー、なるほど。
だからみんなそんなちゃんと相手の言ってること聞いてるのかな、なんかそこが思い込みになってるよね。
えっとね、それは私が一個思い込みとして話そうってしちゃったとこで、私は相手の話をちゃんと聞かねばって思ってるんですよ。
それは相手の言っている言葉がどういう意味で使われていて、相手はその言葉を、言葉というかそのセンテンスを話すときに、相手がどういう文脈を持っていて、
どういう価値観があるから、このようなセンテンスを出すに至ったのだっていうことを理解しなければいけないっていう風に思ってるなっていう、それが私の一つの思い込みかなって思ってて。
なんか具体例だと思う、今の話って。
具体例、例えばこの本を読んで、ここが良かったとか、ここが嫌だなって思ったときに、嫌だなって思ったことが分かりやすいかもしれない、そっちの方が分かりやすいかもしれないんですけど、
あるシーンに対して嫌だなって思ったときに、じゃあこの人はこういう人生でこういう経験をしてきたから、それが重なって嫌なのだなという風に推測をするんですよね。
で、その時に、だからじゃあこの人とこの会話ではそういうことに触れないようにしようとか、そういう風なことを考えるって感じかな。
なるほど。
なんか僕のイメージしてるのとちょっとあれだったんで一応確認したいんですけど、なんか今の本を読んでみたいのは結構特殊な会話例な気がしていて、それこそ結構前提とかが整え、
ポムさんは違うのかもしれないけど、前提とかがある程度整えられたところで発生する会話な気がしており、
なんか僕が今イメージしながら話してたのは、もうちょっと普段の普通の雑談とか、なんかそういうもののイメージで考えていたんですが、
なるほど。
普段の雑談とかでも今のようなポムさんのこと、言ってるようなことは考えているつもりであるって感じ?
考えてるつもりですね。
普段の雑談っていうのを、普段の雑談っていうのがもはや何なのか分かんないんですけど。
もっと言っちゃえば、だから普段の雑談までそこまで考えて話してるのとすると、それ結構普通に大変じゃないかなと思ったんだけど。
まあそうですね、でもそうしなければならないっていう自分の中でのルールを決めてるかもしれないですね、私は。
そうでありたいっていう。
もうちょっと聞くと、でもそれで話しづらくなるとかあんまないんですか?
相手のこといろいろ考えなきゃいけないから、言葉が出なくなるとか。
めちゃくちゃあります。
あるんだ、やっぱそれは。
普通にあります。それがもう私のデフォルトですね、たぶん。
だからなんか私が結構自分とタイプが違うなっていう人と会社とかで話すようにしてて、
そういう時にすごく羨ましいなって思うのは、本当にこの人って自分が話したいから話してるんだなって。
それで場が円滑に回ったり、私が引き出せないような他者のある一面をその人はいとも簡単に引き出しているみたいなところを感じて、
すごくいいなって思ったりしますね。
ただ私はでも、それができないのが私だから、それはそれで自分の自己として認めているみたいな。
なるほどね。
それは結構ずっともう昔からなのかわかんないけど、相手的的にそうだっていう感じなんですかね。
そうですね。
へー。
もうずっとそうですね。
なんかそういうのはあまりないって感じですか。
逆に聖子さんは普段の雑談に限って言えば、別にそういうことは考えず、てか何だろうなって感じなんですかね。
うーん、何だろうね。
そのこれってたぶん。
普段の雑談ではそこまで考えてないと思うな。
うーん、これってそのなんか会話をキャッチボールと捉えるか玉入りと捉えるかみたいなって話、前はタイタン氏と渡辺幸太郎さんで言ってましたけど、そういうところにもたぶん繋がってくるんだろうなって思ってて。
なんかその、そういうふうに私が思うようなことを考えない人にとっては結構会話がその、何だろうな、玉入りに近いというか、その会話を、なんか双方が、なんかある箱があって、その箱がたぶんその相手の箱に何かその情報を入れるとか、
相手の箱から引き出すんじゃなくて、たぶんその共有地として自分と相手の間に何か箱を持っていて、そこに対してあの会話をなんか生成させるみたいなイメージを持っているのかなって。
ずっと思ってて、たぶんそれが私にはないのかなって。
今の話、おとむさんは会話をキャッチボールと捉えているが、みんなは玉入れ的に捉えてるんじゃないですか。
大雑把に言うと、そういうことかな。
どうなんだろうな、どうなんだろうな。
なんか今話を聞いていて、僕が思ったのは、僕が会話の時に、さっきの雑談的な会話の時に意識していることがあるとすると、たぶん会話を噛み合わせるということをただ一点だと思います。
相手が言っていることに対してちゃんと答えるとか、その場の流れに合わせるとか、それぐらいしか考えてないかもしれず。
それは今の言うキャッチボールと玉入れどっちなんだろうな、みたいなのを聞いていて考えてました。
それはなんか私の認識だと、玉入れに近いのかなって思ってて。
別にその時って、会話とその相手を切り離して考えるっていうことに、そう言えるのかなって、私の認識では解釈したんですけど。
私は常にその会話そのものとその人っていうのを切り離さないんですよね。
同一のものだと思っている。
けどたぶん、しょうごさんが雑談でやっていることっていうのは、その会話とその人間を切り離し、その会話が会話として成立すればいいっていう考えなのかなって解釈した。
どうだろうな、あんまピンとこないけど、なんかそこまで考えてないかも。
切り離すとか切り離さないとかっていうことを考えてない気がするな。
もっとふんわりととらえてる気がするな。
へー、なるほど、そうなんだ。
今の言ってる会話は、ある意味対面的な、ネットで今ここで言ってるリモート、顔なし、歯形なし収録とはまた全然違った、ノンバーバルなやり取りとかも含んだ意味での会話って今ちょっとイメージしちゃってるから。
そこにおいては、自然と相手自身のことも意識はされるけど、別にそんなに深くそこまで相手の背景があるとかっていうことまでは考えないみたいなイメージで話してました。
なるほど、確かにそう、非言語的なところはありますね。
そこに、そっか、そこにちょっとまた非言語という軸を持ち込むとまたちょっと色々変わってくるのかもしれないが、えーっと、どうしようかな、なんか、それは。
じゃあなんか、もう1回1個話してもいいですか。話に繋がるか全然わかんないけど。
いや、全然いいですよ。
この話を聞いて思い出した話があって、協調の原理って知ってます?
協調の原理?知らないです。
で、ぐるっと多分色々出てくるんですけど、僕はこれを今ちょっとだけ読み始めてる、言語学ラジオの水野さんが書いた会話の0.2秒を言語学するっていう本で知ったんですけど、
ポール・グライスっていう人が話した話らしくて、
えー。
会話、ちょっとなんか微妙な言葉の使い方がその本とかwikipediaとかでちょっと違ったりはするんですけど、多分それは役の話で、
会話っていうのは協調の原理っていうもの。
協調の原理は量、質、関係、様式の4つの会話の確率というものに分かれる。
これら4つの確率はコミュニケーションを行う中で通常に人が意識している具体的な原理である、みたいなことが書いてあります。
で、なんかこれにもしかしたら今日話そうとしていることは近いかもなと思っていて、なんか細かく話すと長くなっちゃうんでざっとだけ言っとくと、
なんかその4つの確率というのがあって、1個目が量の確率。話し手は求めているだけの情報を提供しなければならない。
まあなんか確かに言われてみればみたいな。
2個目、質の確率。質の確率は話の内容がいかに話し手にとって正しいと思われるものであるか、
らしい。まあ確かに、なんかまあそうかも。
3つ目、関連性の確率。関連性の確率は提供する情報がその時点での会話に関連するものであるかどうか。
だから関連してた方がいいよねっていう話。
4つ目、様式の確率。様式の確率とは提供する情報がいかに明確に話されているか。
これは何をどのように言うかに関わるものである。
まあちょっと今これ言っただけじゃピンとこないかもしれないけど、
まあでもこういうものが原理的には守られていないような会話であっても、
本質的には含まれていることが多いみたいなことを言っており、
まあなんか会話っていうものは結構こういう確率、ここで言ってる確率、
これ協調の原理っていうもので出来上がってるんだみたいな話をしてるんですよね。
でももしかしたらその一般的な人とかっていうのはこういうものを意識しているのかもしれない。
なんかこの中で私はちょっと気になったものがあるんですけど、
松本さんの中でまずこの中で気になるものとかありますか。
興味本位に聞くんですけど。
気になるものっていうか、まあ言われてみればそうかもと思いつつ、
まあさっきの話だとどこまで本当にこれを意識して話してるんだろうねみたいのはあるかな。
なんか量の確率みたいな、話しては求めてるだけの情報を提供しなければならないみたいな。
これ、分かんない。
だからなんかね、仕事みたいなところとか、さっき言った保温に対してのみたいな、
結構ちゃんとした会話だったらあり得るんだけど、雑談とかまで含むと、果たしてこれってどうなんだろうねってことは思ったりする。
雑談で考えてる人、あんまいないかもね。
とはいえ、でも実際にそこまで考えてなくても、でもやりとりとしてはこういうもので成り立ってるということなのかもしれない。
と言われると、まあそうかもという気もする。
でも確かにこの4つは確かにそうだよなって感じだから、逆になんかこの4つ以外のものが何かあるのかっていうのを気になるな。
自分の中で実験的に見てみたいっていう気持ちかな。
これ以外で誰か違反としているものがあるのか。
でも別に僕もこれは本当なのかみたいな感じはあるんだけど、
特に質の確率みたいなのが、いかに話し手にとって正しいと思われるものであるか。
本当にそんなことを考えてるかな。
いかに話し手にとって正しいと、それはなんかどういうことなんだろう。
でも正しさは自分にも自分にとっても相手にとっても違うものだから。
話す内容が真実でなければならないって書いてある。
話す内容が真実でないといけない。
それは、自分自身で間違ってるところの内容を話さない。根拠が不十分な内容を話さない。
根拠が不十分な内容なんか話してることいくらでもある気がするんだけどな。
いくらでもあると思いますね。
しかもその会話を盛り上げるためっていう意味でも話す人もいるだろうし。
それはなんか分かんないなよく。
ちょっとどういう意味でこの人がこれを書いているのか。
でも多分ここら辺を深掘っていくと、この話はもう少し先がある気がします。
そうですね。
私が一個気になったのは関連性の原理で、会話の流れに沿った関係のある内容を話さないといけないっていうことなんですけど、
これ私一個気になってるところで、自分が今回ポッドキャストで持ってこよってしたとこを還言するんですけど、
でも私は脱線ができないんです。
できないというか、脱線をすることを自分に許容したいみたいなところがもしかしたらあるのかなって思ってて。
これは関連性で、会話の流れに沿ったその会話に関係のあることを話さないといけないっていう風に。
多分私自身思ってて、私が人と話す時にみんな脱線が上手いなって思うんですよね。
それをずっと無意識で思ってたんですけど、それはみんなが脱線が上手いっていう理由。
私が自分に脱線をすることを許容してないだけなのかなとか思ったりして、
それは今の回の一番最初に話した、私が人の話をちゃんと聞かなければいけないのだっていう自分の中の決まりごとに縛られて脱線をできなくなっている
みたいなことがあるのかもって思ってて、そこのしょうごさん的な脱線についての話を聞いてみたいなって思いました。
もうちょっと具体のイメージをしたいな。脱線、どういう脱線がいいとか悪いとかあります?
なんかね、どういう脱線がいいのかっていうのは、なんかそれはわかんないっていうか、
脱線そのものがどういう風にその会話の中で起こるのかっていうのがめっちゃ気になるって感じ。
なんかその、どの脱線がいい、この脱線が悪いとかじゃなくて。
そういうのとちょっと質問変えると、みんな脱線が上手いなみたいなことをさっき言ってたと思うんですけど、
それは例えばどういう脱線があった時にそう思ったんですか?
えっと、私がなんか聞いた、その時も本の話してたんですけど、なんか聞いた時に、ちょっと具体思い出せないな。
なんかね、なんだったかな、こういう風な経験ってありますか?みたいなことを聞いてた時に、
その、例えば本の中で、その時世界99の話してたかな?
で、なんかこういう風な気持ちになったことありますか?っていう。
それは、で、えっと、その時に私はその主人公とにそのなんか似た気持ちになったことあるかっていう意図で聞いたんですけど、
なんかその時はまたちょっと別の視点から答えてくれた。
ちょっと待って、私もいい例が出せればよかったんだけどな。
でもなんかそういうことが無数にあるんですよね。
脱線なのかなって、そもそも。そもそもポンさんが言おうとしていることが脱線なのかっていうところからな気がする。
それもね、気になりますよね。
脱線?脱線ね。
脱線がね、脱線とは何なんだろうな。
それはただ単に私の伝え方が悪いとを伝えきれなかったのか、
相手が私の言葉を間違う、相手の辞書で解釈しちゃったとかもあると思うんですよね。
それが脱線だと私は認定、判定しているのかもしれない。
なんか今のは結構なんか違和感があるコメントだったな。
なるほどね。
なんか今のポムさんが言った言葉ちょっとうまくきれいに言い合わせないけど、
なんか聞いていてパッと思ったのは、
やっぱりポムさんはポムさんが100伝えたら相手はその100を基本的には受け取って会話をしているっていう話に聞こえたんだが、
そういうことではない気もするな。
それは不可能ではないかっていう立場なんですけど、
でもそういう風に聞こえたとしたら何なんだろうね。
ポムさんが言ったことを、なんて言った言葉で今話したかな?
ちょっと分からなくなっちゃったけど、なんかそういう風に聞こえたんだよな。
自分の意図って話かな。
自分の意図を伝えきれなかった、もしくは伝わりきらなかった、
もしくは相手が別の解釈をしたみたいな風に言ったような気がしたんだけど、
それが普通ではって思ったから、なんかそうなんだろうね。
なんかそれが普通だし、多分それによって会話は進んでると思うんですよね。
はい。
でもそれは普通なんだけど、私の気持ちとして私の意図を正確に伝えたい。
なんか別にそこから何か別のものが立ち上がるのは全然良くて、
それを私は肯定してるし、それが会話の楽しみだなって思うけど、
私の境地として私が思った意図を正確に伝えたいし、
それが伝わらなければ嫌だなって思ってるかも。
やっぱりそうなんじゃないですかね。
そうですね。
でもその境地と雑戦が関係あるのかあんまりわかんない。
えっと、なんか私の中には完全に繋がっているんですけど、
どう伝えればいいんだろう。
仮に繋がっているのはポンさんの中で繋がっているんだろうと思うんだけど、
僕が言ってるのは、やっぱりそういう話じゃないんじゃないかなってずっと思ってるっていう感じ。
そういう話じゃないっていうのはどういうことだろう。
なんて言えばいいかな。
だからこの話を、今ポンさんの境地、そういう境地があるからポンさんは雑戦がうまくできないんだ。
他の人はうまくできる人がいて、何が差異なんだろうみたいな風に考えていくと、
なんかドツボにはまりそうな気が直感的にしている。
なんかもうちょっと違う切り口で話さないとダメな気がするんだよな。
そっか。
なんだろうな。
なんか基本的に私は人の一等を汲み取りたいと思ってるけど、
それは双方の何かしらのミスでできない、それは不可能なので、
それが別に、なんだろうな、それはもうできないものであり、
別にそれでもいいのだっていう立場に100%立ち返った上で会話をやっていくってことが、
ちょっと今からそれをやってみると面白いのかも。
なんかしょうごさん的にはどうですか?
自分の一等を伝えたいとか、それが伝わらなくても良いのだっていう気持ち?
そういう話を聞きたいな。
全然そこはそう思ってますね。
全然伝わってないかなと思うから、いつも話してても。
別にあんまり伝えたいこと伝わらなくてもいいやって。
だから今話そうと思ったのは、例が本の話とかっていうのだからそこに引っ張られてるかもしれないけど、
そういう場で必要っていうか、仮に僕だったら考えることは、
そこの場では会話を噛み合わせるみたいなことも、もちろん考えはするんだけど、
それよりも多分上位にその場を盛り上げるまではいかないけど、
その場が少しは良い方向に行くみたいなことを多分僕は考える気がするんですよね。
興味深い。
そうすると結局だから、別に噛み合わせるとかっていうよりかは、
今どういう話をしたらこの話はもう少し面白くなるだろうとか、
自分が持てる手札の中でみんなが興味ありそうな話は何だろうとか、
そういうことを考えるから脱線なのかわかんないけど、
そういう方向で噛み合わせるというよりかは、
別の話をするっていうことは普通にありそうだなって思った。
面白いですね。
それはちょっと聞いてみたいのは、
そこで盛り上げるっていうのはどういうことなんだろうっていうのを聞いてみたいかも。
盛り上げるっていうのはどうぞ。
私は別に噛み合わせようという意識でやってないっていうのは一つある。
私が会話において大事にしてるのは、
別に盛り上げるってことじゃなくて、相手の考えを聞くっていうことだから、
そこは違うのかもって思って、
だから盛り上げるというか、それってどういうことなんだろうっていうのが気になった。
相手の考えを聞く会話なんだ。
そうなんだ、なるほど。
私が、多分それですね。
それも思い込みじゃないけど、それも私の会話感の一つですね。
人の話を聞く。
僕の中では人の話を聞くのは、もちろん多分基本僕もそうだったんだけど、
やっぱそれよりも上位に、
なんとなく楽しんで話すとかいうことの方が置かれてる気がする。
それは自分がそうできてるかどうかを置いておくとして、
なんとなくやっぱその会話をするっていうことは、
お互い気持ちよく楽しく、もちろんそういうじゃないケースもあると思うけど、
話せるっていうことの方がいいんだろうなーって感じはしていて。
ちょっと待って、うまく整理できてないな。
聞くってよりかは、
例えば今の聞くを前提にすると、
お互い聞いちゃって、うまく話が出てこないみたいなことよりかは、
お互い好きなことを喋って、別に会話がかみ合ってなかろうが、
話してすっきりできたねみたいなことの方が良いような気がしていて。
そうなんだ。
お互いが自分が話したいこと、
僕はあんまり話したいことないけど、話したいことある人って世の中いっぱいいる気がするから、
話したいことを話せるような状態にする。
それは別に自分が聞くっていうことだけじゃないと思うんですよ。
こっちが話すことによって相手が話せるってことだってあると思うし、
とかっていうことは考えるかな。
それはなんかわかるんですよね。
相手が話せるようにするために自分が話すっていうのはわかるし、
でも私が思ってた、今までしょうごさんに対して思った、
しょうごさんが楽しいっていうことに軸を組んだっていうのは、
今までのしょうごさんの話ではないことだから、
そうなんだって今思いました。
僕自身がめっちゃ意識してるかっていうと微妙ですけど、
でも多分みんなそうなんじゃないかなっていう感じもしてるし。
どうなんだろうな。
どういう感じかな。
私あんまりそれがピンとこないから、
私と話してる人がその私のトンパナに合わせてくれてるだけっていう、
なんか説もあるかもしれないけど、
会社の人と話すときも会社以外の人と話すときも、
あんまりなんか盛り上がる方向には行ってない気がする。
めっちゃその人がすごい要のエネルギーを持ってる人だと、
すごいその人のテンションにずられて会話が盛り上がるってことはあるけど、
なんかあんまりそのイメージが私ないから、
あ、そうなんだって。
たぶん今話してて盛り上がるの定義も違いそうだったんで、
たぶんちょっともう少しちゃんと話されてあるかも。
それはちょっと気になるな。
別に要の盛り上がるをイメージしてる感じでもなかったから。
それは、ちょっと待って、
それは私がちょっと待って今誤解を生んでしまったかもしれないんですけど。
いやいや全然大丈夫だけど、
だからやっぱりそこら辺をもうちょっとちゃんと多分、
そういうのがあるんだろうなって感じ。
やっぱり人それぞれそこの感じ方が違うなって感じがあるから。
なんかそこは難しい気がするな。
私の盛り上がりっていうのはその要の盛り上がりじゃないですよ。
それって伝わってるかしら。
その会社のある人がすごい要のエネルギーを持ってるんですけど、
それは私が思ってる盛り上がりではない別のタイプの盛り上がりで、
私が良いなって思う盛り上がりはまた違うところにあるんですよね。
だけどその人と話すときは、
その人が持ってる個別のその人のエネルギーみたいなのが出て、
それも面白いなっていう例で出した。
そこ伝わってたかしら。
ちょっとわかんないけど、
盛り上がりにもいろんなパターンがあると思うから、
まあまあそうっすねって感じだな。