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2024-03-27 12:11

北九州のPCB処理が3月で終了

日経BP総合研究所主任研究員 山根小雪
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毎週水曜日のこの時間は、山根小雪のBrush Upです。
山根さん、今日のテーマはどんなことでしょうか。
今日はですね、北九州で20年間にわたって進められてきたPCBの処理が、いよいよ3月末で終わるよというニュースを解説したいと思います。
田畑さん、PCBって知ってます?
ポリエンカビフェニール。
正解です!素晴らしい!
ありがとうございます。ドキッとしました。
非常に複雑な化学式を持った物質なんですけれども、ダイオキシンの仲間は非常に高い毒性を持った物質です。
PCBっていうのは、戦後復興期の1954年に製造が始まって、とにかく燃えにくい、絶縁性が高い、酸化しにくいということでですね、
有名の油なんて言われて、いろんな変圧器だったり、照明器具の安定器だったりとか、いろんな電気製品に使われてきたんですね。
このPCBが一躍有名になったのは、金実章事件なんですよ。
金実章といえば、北部九州の方々はいろいろな思いがある方が多いんじゃないかなと思うんですけれども、
北九州に本社を置く金実倉庫が製造した食用の米ぬか油による、戦後最大の食中毒事件ですね。
1968年に西日本一帯で原因不明の皮膚障害が多発して、全身の倦怠感とか痺れとかいろんな症状が出てですね、
これは金実倉庫が当時米ぬか油を製造する過程でPCBを購入させたことが原因だったんですよね。
患者さんは1万3000人、生まれてくる赤ちゃんが真っ黒で生まれてくることなんかもあってですね、非常に毒性の強い影響の大きな食中毒でしたね。
今なお、未成の方も含めてこの症状に苦しんでいる方がいらっしゃるというのが金実章事件です。
金実章事件が表に出てきて、国はPCBを事実上製造禁止にしました。
1973年のことなんですね。金実章の食中毒が明らかになってから5年後。
生産済みだったPCBやPCBを含む製品は回収して保管するということをこの時定めたんです。科学物質審査規制法という法律で。
ただ製造中止を決めたし、管理しておいてねということにしたんだけども、処理体制を作ることが全くできなかったんですよ。
放置されたままだった。
放置された。まさに事実上の放置ですね。30年間これが続きます。
当時70年代に通産省が各地の自治体に働きかけたんですけれども、処理施設作らせてくれということですね。
39選39敗というふうに当時の記事には書いてあります。
全くやっぱり金無償事件が起きた後ですからPCBは非常に怖い物質だということが、皆さんの記憶の中にもかなりまざまざとある時期ですよね。
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だからもう住民の方々みんな大反対。処理ができないまま、ただ非常に危ない物質だってわかってるので、使わないで新しく作るのも禁止。
とにかく保管しておいてくださいっていうことをやったわけなんですよね。
でも保管できないじゃないですか。例えばビル壊した時に、その時にあった変圧器がどこに行くなんてわからないから、その間に3分の1が行方不明になったというふうに言われています。
仕様が変わるのは実は2001年なんですよ。2001年にストックホルム条約っていうのができます。
これポップス条約っていうふうに言われるんですけれども、PCBの他ですね、DDT、枯葉剤とか入ってるやつですね、ダイオキシン。
こういった残留性が非常に高い有機汚染物質の環境汚染を防止しようということでこの国際条約が採択されます。
当時はPCBとかダイオキシンっていうのは非常に分解されにくい。体の中で1回取ってしまうとずっと分解されずに残るんですよね。
海の中に流れてもそのまま壊れないままプカプカと流れていきます。
なので北極圏のシロクマだったりとか南極のペンギンとかの体内からPCBが出てくるというようなこともあって、この環境戦はやばいぞっていう国際機運が高まったんですよ。
日本はこのストックホルム条約の2ヶ月後の2001年7月にPCB特別措置法という法律を成立させるんですね。
これでようやくPCBの処理を国がちゃんとやりますっていうことが法律で決まるんですよ。
この法律結構特殊な部分があって、2027年までに全てのPCB廃棄物の処理を完了させるっていうことを書いてるんですよ。
期限を切ってここまでに完了させるって書いてるのすごく珍しい法律なんですよね。
ただストックホルム条約が2028年までにPCB製品を適切に処分するっていうことを書いてるので、これにのっとってですね、ここで国はやるということを決めたわけなんですよ。
何をやったかっていうと、もう一つ環境事業団法っていう新しい法律を作って、国が100%出資のJESCOっていう会社を作りました。
JESCOっていうので社名とは思えないような名前なんですけど、中間貯蔵環境安全事業株式会社っていう名前でですね。
もうまさにこれはPCBを処理するためだけの国が出資した会社を作って、この会社が全国5カ所に処理施設を作ってPCBの処理をやりますといったわけです。
じゃあどうなったかっていうと、さっき1970年代当時通算省が自治体に話しかけたけど、39勝39敗です。
39戦は39敗。
39戦は39敗。そこから約25年、もっとですね30年弱がたってもう1回国は自治体に要請するわけですよ。PCB処理施設作ってくれと。
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なかなか簡単じゃないですよね。この過程の中では宮城県大里町という町がですね、住民の反対運動で施設作れなかったりとかいうこともありました。
そんな中で実は全国で一番最初に受け入れを決めたのは北九州市なんですよ。
実はこのPCBは私が大学と大学院で所属していた環境工学の研究室で研究をしていたテーマだったので、
すごく私にとっては、この環境とかエネルギーでジャーナリズムをやろうって思ったきっかけにもなったテーマなんですけど、
当時まだ私が2000年って学生なんですよね。
北九州が受け入れ決めたのはちょうど2001年5月ですね。市が受け入れ表明したのは。
もうねめちゃくちゃびっくりしましたよ。
だってPCBですよ。むちゃくちゃ毒性あるってわかってる。
カネミウショウ事件の原因になった。
それを処理する施設、当然住民はめちゃめちゃ反対するのが当たり前と思うじゃないですか。
一体どこが受け入れるんだろうと思うわけですよ、学生ながらに。
それを北九州市が受け入れたんですね。
すごくびっくりしたし、北九州ってすごいとこだなっていうことをこの時初めて知りました。
この時北九州市は何をやったかっていうと、住民説明会140回やったんですよ。
3000人が参加して。
ただ国が受け入れの要請をしてから、受け入れ表明するまでそんなに長くないですね、時間がね。
もう1年足らずの間に彼らは判断をしました。
そして若松の北九州エコタウンで2004年に創業を開始して、
そして20年がたって北九州市のこの施設はついに処理しなきゃいけない。
九州・中国・四国の17県で出てきたPCBの処理をついに終えるということなんですよ。
私は非常に思い出深かったし、ついにこの処理が終わるのかということもあってですね。
当時北九州の委員会の座長をしていた、住民に対して説明をしたりとかですね、
安全性について検討していた委員会の座長だった福岡大学の浅野直人名誉教授にですね、
ちょっとだけお話を伺ったんですね。
どうだったんですかって、あの当時すごくびっくりした記憶がありますっていうふうに聞いたらですね、
まあとにかく北九州市民が非常にクールに受け入れたんだよねと。
これはやっぱり北九州市民が長いことかけて培ってきた環境への力があったからこそ実現できたことだったというふうに思ったというふうにですね、浅野先生おっしゃってました。
北九州って言えばね、公害の街ですよね、かつて。
繁栄はたせん鉄場から始まって、四大工業地帯と言われて高度経済成長期の時、
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まあ東海岸はなんかもう七色に光るような本当に深刻な公害のあった街だったと思います。
この公害を克服するべく最初に立ち上げたのは、立ち上がったのはですね、当時のお母さんたちだったと、婦人会だったというふうに記録が残ってますね。
青空が欲しいっていうスローガンを掲げて、これすごい市民活動としてすごかったのは、自発的に待機要請の状況を調査して、
この調査結果をもとに企業や行政に公害の改善を求めたと。
こういう歴史的な経験があったから、北九州市民の環境への意識は非常に高いというふうに今も言われてますね。
北九州って言えば、日本有数のリサイクル施設の収積エリアのエコタウンがあるとか、
いろんな環境都市と言われるような、環境未来都市とか環境なんとか都市みたいなものは何ものきなみ取っていて、
とにかく環境力の高い都市って言われてますけれども、
そういうものはですね、やっぱり冷静な判断によって、こうやってずっと動かなかったPCBの処理を受け入れて、
日本での処理をスタートさせる、唇を切ったっていうですね。
これはやっぱりすごいことだったなというふうに、20年経って改めて思ったので、今日は解説させてもらいました。
はい。
しみじみ。
そういう過去の負の歴史をプラスに変えていって、今やそういう先進都市になっていってるわけです。環境という分野でね、北九州もね。
本当にそうですね。
ここまで日経BP総合研究所主任研究員の山根紗友希さんでした。山根さんありがとうございました。
ありがとうございました。
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