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2026/09/07 山とともに生きる #6
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2026/09/07 山とともに生きる #6

 8月の近況、冬のローツェ南壁に挑む、北杜山守隊ワークショップ告知

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サマリー

花谷康裕がパーソナリティを務める「山とともに生きる」の放送回。冒頭では、阪神淡路大震災の被災経験から熊本地震に触れ、自然災害への備えの重要性を説く。自身の近況として50歳の誕生日を迎えたこと、そして今後の社会貢献への決意を語る。後半では、大学卒業後の登山経験として、富士山でのガイド経験や、ネパール・チベットでのローツェ南壁登攀への挑戦、そしてそこで得た世界レベルの登山家との出会いから学んだことについて詳細に語る。最後に、北杜山守隊の活動報告と、10月に開催されるユネスコエコパーク連携イベントの告知を行う。

近況報告と自然災害への思い
FM八ヶ岳 デインライフ 山とともに生きる 花谷康裕が担当します。
この番組では、北都市の山々を中心に、私と山との関わりについてお話をします。
はい、皆さんこんにちは。花谷です。
いやー、お盆が過ぎて、ようやく暑さが和らいだとはいえ、皆様残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続いておりますが、実はですね、前回の収録が、7月の27日に収録したものが、8月に放送されてますけども、
その収録の翌日にですね、熊本で大きな地震があったのを皆様覚えているかと思います。
まず、この地震で被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
なぜ私がこんな地震の話をしたかと言いますと、私は平成7年の阪神淡路大震災をですね、神戸で被災してます。
で、おそらくですね、その当時初めて震度7という数字が出た、その地震だったと思うんですけども、今回熊本の地震も最大震度7という地震でした。
震度7の揺れをですね、実際に体感して覚えている人間としてはですね、その当時、熊本にいらっしゃった方々はみんなすごく怖い思いをしたんじゃないかなというふうに思います。
その時、僕は神戸で受けた時はですね、まだ早朝の時間帯でまだ寝てました。
で、最初はですね、揺れというよりも音で目が覚めたという感じでしたね。
あのとんでもない音が鳴って、最初なんか雷が落ちたのか爆弾が爆発したのかよくわかんないですけど、とにかく爆発的な音で目が覚めて、その後揺れていることに気づいたというような、そんなイメージでした。
まあとにかく直下型の地震だったので縦揺れもすごくてですね。
幸いうち住んでいる場所はですね、あの家の倒壊とかはなかったんですけども、まあ当然家の中はですね、まあいろんなものがあっちこっちにすっとんでいくっていうような感じでした。
その後、電気はすぐに、比較的すぐにですね、復旧はしたんですけども、水とガスですね、は2、3ヶ月は復旧しなかったと思います。
で、その間ですね、水に関してはですね、あの自衛隊の救水車が出てきてですね、まあやってもらったりだとか、まあそんなこともしました。
地震が起きてすぐはですね、まあ本当に神戸だけインフラが止まってですね、電車から何から何も動かない状態だったので、電車が動く一番大阪に近いところまでですね。
自転車漕いで行ってですね、でそこで体験したこともないようなパンパンの満員電車に乗って大阪に行って、でその大阪で1週間ぶりに風呂に入って買い出しをして、またとんでもない満員電車に乗って神戸に戻ったっていうのをよく覚えてるんですけども。
まあこういった地震はですね、まあ日本に住んでる以上はいろんなところでも起こりますし、つい最近もですね、夜に緊急地震速報とかがなって、北斗でも市内で放送もなってましたよね。
まあそんなのもあったと思いますし、また8月のお盆ちょうどど真ん中の頃ですね、13日から14日にかけては千葉で豪雨があってですね、こっち側に関してはですね、一緒に活動している北斗山盛り隊の仲間がですね、千葉と北斗の異拠点で住んでいるものがおりまして、
その人の家がですね、床下の浸水と、あと家のすぐそばにですね、山の斜面というか、お川のようなところがあるんですけども、そこが土砂崩れを起こしてですね、まあその土砂が家の中に入り込んで、まあ今その復旧の作業をしてるんですけども、
本当に暑い中、一生懸命復旧の作業をされているみたいで、やっぱりこういった災害があるたびにですね、しかも今回2ヶ月、この1ヶ月の間に2回もですね、ある意味災害死に名を残すような、ちゃんと名前が残るような災害が起こってですね、
改めてやっぱ、この最近の夕立の降り方もそうですけども、やっぱりいろいろその気象が変わっているなというのは必死と感じたりはしています。
はい、で、まあそんな中でですね、ようやくお盆が過ぎてですね、だいぶん過ごしやすくなってきたなとは思うんですけども、まずご報告がありまして、8月ついにですね、50歳になりました。
はい、なんか自分で言うのも何なんですけど、50年も生きたのかと思うと、なかなか考え深いものがあるんですけども、聞いてくださっている方々の中には、もちろん僕の親世代の人たちもいるんで、まだまだOKじゃないかって怒られるかもしれないんですけども、そんな節目の今月でした。
で、8月では何してたかというと、別に50になったからとか、誕生日だからといって、別に何をしてるかっていつも通りではあるんですけども、一応ですね、50になって、これからどうやって過ごそうかなと思う中で、やっぱりこれからの10年は馬車馬のように働こうというふうに決めました。
今までの50年間はもう本当にひたすら山ばっかり登ってですね、人様にも迷惑をかけて、社会に何も貢献もせずに、濃々と山ばっかり登って生きてきましたので、ここからはせめて積み滅ぼしということで、少しでも社会に役に立てる人間になれればいいかなと思っております。
はい、あのディレクターさんが横で大笑いをしている感じですけども、はい。
はい、で、この8月ですね、相変わらず前回の収録から、今ですね、また8月の最終週の収録25日の収録をしておりますけども、この1ヶ月間もですね、月の半分ぐらいは山小屋に関わるっていうような生活をしていました。
山小屋に関わると言ってもですね、もう最近はですね、僕自身が小屋に上がって小屋番をするっていう時間は年々短くはなってきてるんですけども、山小屋の仕事というのはですね、小屋の現場だけではないんですね。
やっぱりそのバックオフィスと言いますか、裏側っていうところがもう結構重要な役割で。
で、そんな中で僕がいつもこの夏の間ですね、何度も何度もやっているのが、ヘリコプターによる荷上げの準備ですね。
それをやってます。で、前回の放送、前々回の放送などでもですね、ヘリが無事に飛んだっていう話をさせてもらったりとか、ヘリが予定よりも遅れてたんで大荷物を担いで小屋まで上がったとか、そんな話をさせてもらいましたけども。
今回はですね、長野県の稲城の方でやらせてもらっている、馬乃瀬ヒュッテという小屋の方のヘリの対応が8月にありました。
今回はですね、もう初っ端からですね、ヘリのスケジュールが遅れるというようなアナウンスもあったので、遅れるのかと思いながら準備をしてたんですけども。
やはりお盆にかけてですね、人が増えるお客様がたくさん登ってこられるので、本当はお盆の前にヘリが飛べばありがたかったんですけども、また前回の市場と同じようにですね、ちょっと物資が足りないということで、ヘリが飛ぶ予定だった日に急遽、またぼっかをしてですね、小屋まで荷物を届けて、それからまた荷物の準備をするというような感じでした。
今回ね、準備は順調に進んでいったんですけども、とにかくヘリが飛ばなかったというのがありまして、何日も何日も熱い麓で待機をしてですね、最終的にヘリが飛んだのはですね、もう本当にこのお盆の直前というか、もう思いっきり休みの中だったんですけども、8月の10日ですね。
そんな連休の最中にヘリが飛んでくれてですね、何とか事なきを得たんですけども、困ったのはね、ゴミの処理とかがお盆に入ると処理場が閉まってしまったりするので、とりあえずヘリポートに痛まないゴミは置いておいて、お盆明けにそれを整理して、何とか終わったというような感じでした。
そんな感じで8月も過ぎていくんですけども、山の上ですね、いつも感じることは8月、お盆を過ぎるとですね、もうだんだん寒くなってきます。
今7時を超えはもう朝の気温がだいたい10度、下手すれば10度下回る一桁の時も出てきます。確実にですね、山の上は秋に近づいてきつつあるというふうに言えると思います。
この先ですね、また登山をされる方ですね、検討されている方も多いと思うんですけども、やはりこれから9月10月にかけては、日中との寒暖差があるということですね、一番気をつけなきゃいけないのは、日が短くなるということが一番大きなポイントだと思います。
夕方になってくるとですね、突然暗くなってくる、そんな季節でもありますので、時間に余裕をもって登山を楽しんでいただきたいなというふうに思います。
はい、ということで、近況のご報告でした。では、最初の曲をお願いしたいと思います。福山雅治さんでフィーチャリング稲葉孝司さん、P'zの稲葉孝司さんが歌ってます木星です。どうぞ。
登山履歴:大学卒業後からローツェ南壁への挑戦
はい、では次はですね、毎年毎回恒例のですね、私の登山履歴というところでお話をしたいと思います。前回まではですね、大学生の時の登山の話をしました。
ヒマラヤの話、国内登山の話もしました。いろいろと思い出しながら話をしてまして、ぜひですね、アーカイブでも収録されてますので、聞いていただきたいなと思ってますし、あと最近はですね、このアーカイブの内容に関して私のノートがありまして、そのノートでもですね、発信をしてます。
言い忘れたことであったりだとか思い出したこととかですね、そういったこともそのノートの中で書いておりますので、ぜひアーカイブとともにですね、ノートも読んでいただいて、そこに質問とかがあったら気軽に書き込んでもらったら、この放送の中でも取り上げさせてもらいたいなというふうに思ってます。
今回はですね、大学を卒業してからの話となります。
前もちょっと話しましたが、教育学部でですね、周りは教員になったりとかそういう人が多かったんですけれども、僕は就職すること、それから教員になることを一切拒みました。
拒んでですね、何をしたいかというと山登りをとにかく極めようということで、山登り中心の生活になりました。
とはいえですね、やっぱり生活をしていかなきゃいけないので、その間何をしてたかと言いますと、夏の間ですね、先輩に紹介していただいて、富士山のツアーガイドをやっておりました。
7月、8月限定のお仕事ではあるんですけれども、当時はですね、ガイド一人で、天井員さんも一緒に来るんですけれども、ガイド一人でバス1台分、およそ40名の、最大40名ぐらいの方をですね、一人でご案内すると。
今でこそですね、富士山って入山規制みたいなものをできているんですけれども、当時は吉田のルートで1日1万人とか登る日があってですね、そんな大渋滞の中をですね、40名の方々をお連れしてですね、大混乱の山頂で御来光を見て、無事に下って下山をすると。
そういう、よくできたなと思うんですけれども、そんなことをやりながらお金を貯めていってですね、卒業した年の秋から冬にかけておよそ4ヶ月間ですね、ネパール、それから越境して中国のチベットの方ですね、そっちの方に4ヶ月間の遠征に出かけました。
この遠征の母体はですね、日本山岳界の東海支部というところが母体になっていまして、一番の目標はですね、世界第4位の高峰であるエベレストのすぐ隣にあるローツェという山があるんですけれども、このローツェの南壁、南側の壁ですね、ローツェの南壁、標高差にして3000メートルぐらいある世界最大級の岩壁の一つなんですけれども、
この岩壁に冬に登ると、冬の初登山をするという非常に意欲的な登山計画がありまして、そこに参加をさせていただきました。
8月の後半頃からですね、日本を出まして、そのローツェが8500メートルぐらいある山なんですけれども、高所に登るときって高所巡納をしなければいけない、つまりは薄い空気あるいは気圧が低いその状況に身体を慣らしていかなきゃいけないんですけれども、
その高所巡納の登山に出かけた山がですね、それもまた8000メートルの山に高所巡納しに行くと、登った山が8201メートルの世界第6位の蝶遊という山なんですけれども、その蝶遊という山に秋のシーズンに登って高所巡納をするという感じでございました。
8月の末に出発をしたんですけれども、このときですね、ネパールにまず入国をして、ネパールで準備をした後、ネパールと中国の国境をネパールから抜けてですね、チベットに入り、そこから蝶遊に登るというものだったんですけれども、
ちょうどですね、このときが忘れもしない911のテロ、覚えてますかね、ニューヨークに飛行機が突っ込んだテロがあったんですけれども、あのテロをですね、実はチベットに入った2日目に知りました。
ちょうど本当にチベットの小さな村にいてですね、でもそんな中でもテレビでビルに飛行機が突っ込む映像が流れてるんですけれども、中国語がよくわからないので何が起こったのか、最初事故か何かかなと思いながらいたんですよね。
ところがですね、もうどうも状況がおかしいぞというところで、実はそのとき、本当に時期を同じくしてですね、元F1レーサーの片山悟郷さん、ご存知の方多いと思うんですけど、片山悟郷さんたちもですね、同じ蝶遊に登りに来てまして、ほぼ同じ工程で動いてたんですよね。
で、そのニュースを見たときに悟郷さんがですね、横にいてかっこよくね、さっとそこで衛星携帯電話を取り出してですね、日本に電話して、何かあったのとか聞いてくれて、テロかみたいな感じでテロらしいよみたいな感じで教えてもらったっていうのを覚えてます。
で、実はそのときですね、911のテロ以降、中国は実は国境線を封鎖してしまったんですよね。で、僕らもどうなるかなと思ったんですけども、入国済みの人間に関してはそのまま旅行を続けて良いということになりまして、僕らも事なきを得てですね、そのまま山に登ることができました。
で、実際僕は学生時代7000メートルの山とか登ってたんですけども、8000メートルの山は初めての挑戦でですね、それこそベースキャンプでも5000メートル超えるような場所ですので、本当に体も消耗はするんですけども、そのときですね、何が原因かよくわからないんですけども、ベースキャンプで過呼吸なのか抗酸病なのか、体調が非常に悪くなってですね、動けなくなったんです。
本当に立ち上がることも歩くこともできなくなって、まあこれはまずいということで、でもまあなんとか標高を下げること以外に打つではないので、かといって歩けないということで、温孔そうなヤク、ヤクってわかりますか皆さん、いわゆる毛長牛ですよ、あのでっかい牛。
あのヤクの背中にくくりつけられて、とにかく降りろということで、ヤクの背中にくくりつけられて、4000メートルぐらいのところまで降ろされたっていうのをなんとなく覚えています。
で、そのときにですね、片山うきおさんの取材の方がいらっしゃってて、たぶんその方にバッチリ写真を撮られていると思うんですよね。その写真どっかにあると思うんですけども、そんな情けない8000メートルのデビューでした。
まあそんなこともありましたが、無事にですね、その長釉という山は登ることができました。で、その長釉の山を登ってからですね、しばらくカトマンズでかなり長い時間、2週間ぐらい時間ありましたかね、のんびりと過ごしてからローゼに行くという感じでした。
で、このローゼの南北っていうのはですね、僕が今までそのいろいろ山に登っている中でも、いくつか印象に残っている山っていうのがあるんですけども、その中の一つと言っても過言ではありません。
印象に残っている山というのは大概登れなかった山なので、そんな中の一つで、ネタバレさせてしまうと結局その山はですね、8500メートルの山の7600メートルぐらいのところで退却した登山ではあるんですけども、個人的にはその登山ですね、大変思い出の深いものでした。
まず何があったかというとですね、標高差3000メートルの壁ですね、非常に大きな壁で、途中当然雪とかもたくさんあるので基本的には雪があるところをつなぎながら行くんですけども、
ローゼ自体はですね、それほど丈夫な山というか頑丈な山でもなくてですね、落石とかが頻繁に起こります。
その落石がですね、上空自分たちの上、1000メートルぐらい上から落ちてくるわけですね。
どこからともなくですね、ふーんと音がするんですよ。ふーんと音がして落石が来たなと思ったら、結構離れたところでわーってピューンとか言って落ちていく。爆弾のようにドガーンと落ちていく。
中には当然人のサイズよりも大きい落石ですね。ルート上も大きな落石の跡、クレーターのようなのがあって、そこにルートが伸びていっているわけですね。
当然まあそういう状況なので、いつ死んでもおかしくないような場所だったんですけども、その時はですね、ネパールのすごく強いシェルパーさんのチームと一緒に登ってたんですけども、
僕がずっと組んで登ってた人はですね、おそらく当時そのシェルパー界でも最強の人間の一人で、間違いなくですね、今の時代にいたとしてももうエース級だったというような人なんです。とにかくものすごく強い人ですね。
その人は本当に体力だけではなくて技術的にも高い技術を持っている方ですね。結構戦闘に立って登ったりもする方なんですけども、もうそんな落石がバンバン来る世界ですよね。
これはまずいなと思っていたら、僕は当時25歳で、シェルパーさん達ってめちゃくちゃご飯いっぱい食べるんですけども、僕もシェルパーさんに負けないくらい飯を食ってたんで、シェルパー頭の人からパサンドルジェシェルパーという名前をいただいたんですけども、
パサンドルジェって日本語で言うとですね、彼はこう言ったんです。死ぬ時は死ぬぞと。死ぬ時は死ぬと。神様しか知らないから考えても仕方がないと。とにかく恐れるなと。恐れた人間に石は当たるというようなことを言ってですね、彼はもうぶっ飛んでるなと思いながら一緒に登ってたんですけども。
そうやって本当に強いシェルパーと悟されながら登って行ったりもするんですけども、現実問題として、いつ死んでもおかしくないので、あの時はですね、衣装を描きました。
もういつ死んでもおかしくないなという感じなので、衣装を描いてキャンプの中に置いておくとか、そんなことをしました。
結果ですね、標高7600メートルのところで登山を断念したという結果にはなるんですけども、この時ですね、僕は20代、結構早い段階からいろんなご縁があって、ひまわりに行ったり海外に行ったり、
同世代の中では確実にそういった登山経験を積んでですね、もしかしてこう山で俺はやれるんじゃないかみたいな、何とも言えないこの自信というか過信というか、若いからそういうもんだと思うんですけども、そんな気持ちがあったんですけども、
この時ですね、本当の意味で世界クラスの本物の登山家と一緒に登ってですね、もしこれがですね、世界の第一線であるならば、自分は到底この第一線には立てる資格はないなというのをその時に悟りました。
それまではですね、本当に山の世界でプロとしてブイブイ言わせてやろうみたいな野心的な思いは非常にあったんですけども、彼との出会いでですね、それが完全に打ち砕かれてですね、という思い出の登山でした。
今思うと本当にダーツエリンとの出会いというのは非常にありがたかったなと思いますし、その後自分の登り方をですね、考える見つめ直すきっかけにもなった、そんな登山でもありました。
本当に天狗の鼻をへし折られるというのはもうまさにこういうことだと思うんですけども、そういった経験をですね、20代の早いうちにできたのは後々になってすごく良かったなと思いますし、その後ダーツエリンとは何度かカトマズの空港で会ったりとかしてて、
登山の一線を退いてからは旅行会社を営んでいて、ビジネスマンになったなと思ったら、最近話を聞いたらあいつは政治家になったよと地方議員をしているみたいで、今どんな姿になっているのかすごく楽しみなんですけど、またいつかネパールで会いたいなというふうに思っております。
はい、私の登山履歴というところで今回は丸大津南北の時の話をさせていただきました。続いての曲はですね、米津剣士さんで地球儀です。どうぞ。はい、米津剣士さんで君たちはどう生きるかという映画、ご覧になった方もいるかもしれませんけども、その時に流れた地球儀でした。
北杜山守隊の活動とイベント告知
はい、ではですね、番組も今回も最後の方になってきたんですけども、この8月もですね、北斗山盛り隊の活動の中で、いろんなところで活動をしております。
僕がですね、今の時期は特にちょっと山小屋に関わることも多いので、あんまりその現場に出て作業することもなかったんですけども、前回の収録の時にちょっとお話はできなかったんですけども、7月はですね、水垣山、今年からですね、水垣山でも活動を始めまして、水垣山で大きなガリーといってですね、深くえぐれた場所があるんですけども、
その場所をですね、修復する作業というものを7月から行って、8月も続けて行って、かなり長い区間の大きなガリーだったんですけども、いい形でですね、修復をすることができました。
また、カイコマガタケの黒戸尾根ですけども、こちらはですね、標高差2200メートルある尾根のですね、今主に私たちが手をかけている場所というのは、登山口からですね、だいたい標高差にして900メートルぐらい登ったあたりが現場になっています。
そうなるとですね、日帰りだとね、なかなか作業ができないんですよね。行って、荷物を持って行って、ちょっと作業して帰らなきゃいけないというような感じになるので、それではもったいないので、いろいろ山梨県であったりだとか、いろんなところにですね、許可を取って、
登山道の途中にですね、テントを張ってですね、そこをベースにして整備をするという作業をやっています。それがついこの前ですね、2泊3日で、北海道山梨大の作業チームと、それこそ各地から駆けつけてきてくれた会員の皆様と一緒にですね、そんな作業をやりました。
今日はですね、この後ですね、9月もワークショップもあるんですけども、10月にですね、開催するイベントについてちょっと皆さんに紹介をさせてもらいたいなと思っています。
私ですね、北都市南アルプスユネスコエコパーク地域連絡会と言いまして、前にもちょっと話しましたけども、北都市には南アルプスと、あと水垣山を含んだ小節エリアですね、この2つのエリアがユネスコのエコパークに認定を受けているエリアではあるんですけども、僕はその中の南アルプスのユネスコエコパークに関わっています。
以前からですね、この北都山森谷のワークショップをですね、エコパークのイベントとして開催をしていたんですけども、今年の1月にですね、トークイベントということで、サントリーさんの白州工場ですね、サントリープロダクツ株式会社様と連携してですね、この森の中での取り組みであったりだとか、
そんなことをですね、トークベースでお話をしたんですけども、今回これをですね、フィールドで実際に体感してもらうというようなイベントを考えました。
2日間のイベントになるんですけども、初日にですね、まずサントリーさんの白州工場に行ってもらって、天然水の森のセミナーと白州の森を体験するというようなところで、
まずそこで半日間、森づくりの話を聞いていただいて、その後2日目にですね、北都山森帯の登山道法税のワークショップを受けていただくというこの2日間のイベントになります。
これすごいのはですね、参加費がこの時ですね、北都市内に住んでいる北都在住の方はですね、5000円で参加していただきます。2日間のプログラム。市外の方は通常料金の16,500円ということで、今回ですね、北都市民の皆様には非常に参加していただきやすい価格で提供していきたいというふうに思っています。
1回目がですね、10月の23日、24日の金土ですね。2回目はですね、10月の29日、30日の2日間です。これで2日間参加することがマストとなりますので、市内で参加する方はですね、十分通える範囲なので、ご自宅から通っていただきたいと思いますし、
市外あるいは県外から来られる方はですね、近くにお宿とかもたくさんありますので、そういったところと宿泊を絡めながらですね、この体験学習にぜひ参加をしてもらいたいというふうに思っております。
こちらですね、北都山盛り隊のホームページであったりだとか、インスタグラムでも紹介しておりますので、ぜひご覧になっていただきたいと思います。毎年これはかなり人気のイベントなので、早めに埋まると思いますので、ぜひご参加いただきたいなと思います。
もう一点ですね、これもエコパークの活動としてですね、今、貝クマ畑であったりとか日向山であったりだとか、そういった南アルプスエリアのですね、昔の写真を実は募集しております。
前にも話したかもしれませんけども、登山道の問題だけではなくて、今南アルプスではかなりこの鹿の食害というものが大きな問題になっておりまして、いろんな植物がなくなっていったりしております。
それが昔と比べて今どういう状況なのかというのを可視化していきたいということがありまして、ぜひですね、皆様の家にですね、そういった昔の古い写真があったらですね、ぜひご提供いただきたいというふうに思っております。
これにつきましてもですね、北天守り隊のホームページだったりだとか、あるいはインスタグラムでですね、呼びかけをしておりますので、ぜひ皆様にもご協力をいただいてですね、昔の姿どうだったかというのをしっかりと可視化をしていきたいなというふうに思っておりますので、よろしくお願いします。
はい、このような感じで10月もイベント目白押しですので、ぜひ皆様ご注目ください。では今日3曲目の曲ですね、Mr.ChildrenのTomorrow Never Knowsです。どうぞ。
はい、皆様今回の放送いかがでしたでしょうか。
まあ、だいぶですね、暑さも和らいできてはいるんですけども、まだまだ暑い日が続きますので、皆さん気をつけてお過ごしいただきたいなと思います。
はい、本日もありがとうございました。FM八ヶ岳、Day in Life、山と共に生きる、花谷康裕がお送りしました。また来月お会いしましょう。ありがとうございました。
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