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安岡信一の遠くへ行ったぜぃと。
しんちゃんが語るコーナーです。
はい、えーと、本日はちょっと割とね、さえちゃんの声が不調なんで、僕が多く喋っているような感じでございますけども、
ご迷惑おかけしております。
いえいえ、あのー、ね、グダグダで申し訳ないなと。
すみませんね。低音は出るんだけど高音が出にくいという。
いやー、ちょっと頑張りますんでね。3時の来ましたね、僕のコーナー。
今日は、えー、実はですね、今年4月から新しく糸島、糸島にですね、特別支援学校、小東部、中東部、高東部まで一貫化の特別支援学校ができまして、
そこの効果を、実は我々おたえびとはね、えー、2人でね、効果を作らせていただきました。
はーい。
そうなんです。あのー、契約、最初にこのなんて言うんですか、仕事をいただいたとき、もう1年以上前で、
はい。
で、あのー、なかなかその、発表というか、えー、4月の27日が開校式典で、
うん。
えー、そこの式典が終わるまでは、あのー、なかなかこう発表、そして、あの曲も、あのー、流せずにいたんですけども、
うんうん。
あの、それが終わりまして、無事開校式典終わりまして、そして、僕この間行ってきました、開校式典にお呼ばれして、
あのー、午前中は、えーと、小学生と中学生の生徒の人たちが、児童と生徒が、あのー、僕らの効果を、えー、練習、しっかり練習してくれて、
へー。
そして、ものすごい大きな声で、精一杯歌ってくださり、
うん。
そしてサビはね、なんと、そのー、手話まで、
へー。
生徒一人一人、先生たちも手話を入れて、
うん。
あのー、歌ってくれてね、もう午前中の分は、もうまたこれ、ググッと涙をこらえるのが精一杯な感じでしたね。
で、昼からは、えーと、高等部と来賓の方々がまたさらにたくさん来られて、あのー、大人の雰囲気が式典だったんですけども、
あのー、お昼の分から、えー、午前の分からお昼の分の間は、えーと、学校見学。
うーん。
学校見学をさせてもらって、でー、もう、あのー、午前中式典に出てた児童とか生徒の人たちはもう通常、授業もやってて、
うーん。
あのー、いろんなそのー、新しいやっぱ校舎のね、まあ新しい匂いだったりとか、
いろんな、もうー、考えられないですね、今こういう説明まであるんだっていうような、もうしっかりとした学校でしたよ。
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私もニュースで拝見しましたけれども、すっごく明るい。あの光がいっぱい差し込んでくる校舎でしたよね。
ほんとねー、ほんとにいいなーと思って、あのー、そしてまたなんていうか、生徒たちがやっぱり僕らが作ってくれた効果をね、やっぱ流したりとかして歌ってくれたりとか、その教育でも、
そうそうそう、好きですーっつって、すごいね、そしてなんかね、あのー、何年ぶり?何年ぶりの久しぶりにね、もうみんな握手してくださーいってこうやってくるのよ。
えー嬉しかったでしょー。
あーもうどうもありがとうございます!つって頭を下げて。
へー、いやーこの校舎、これから何十年、いや百年越えて、ずーっと歌い継がれていくものですからね。
あのー、僕らの時の校舎ってほら、なんだろう、校舎、校舎、校舎っていう感じがもうすぐわかるじゃないですか。
うーん。
で、そういったものがいいのかなーって初めその、校舎っぽいというか。
はい。
あのー、思ってたんですよね、僕らもそうだった最初。でもなんか依頼された時に、いやそういう校舎じゃないんですよ。
うーん。
そういう感じじゃない方がいいのか今は。
と思って一年前から、制作期間だからここ一年かけたんですけど。
へー。
だからこれがね、本当、なんだろう、パッとね、やっぱりこう、わーっと書いていく感じっていうか、一年こう時間があると、見直したりとか、聞き直したりとかできちゃうから、結構時間にやっぱ一、二年余裕があるんで、一曲を一年でやるんでね。
じっくりじっくり向き合いますよね。
そうそう。だから本当にこれでいいのかな、どうなのかなっていうのを何回か立ち止まって振り返る、この一年間だったんですけど。
校舎の場合って、ルールはあるんですか?
ないです。
ない、もう全然。
ないの?
うん。
例えばほら、時間、歌のこう尺はどのぐらいだとか。
いろいろと最初ほら、何ていうの、向こうからの、こういう感じでこうやっていろいろ言われたんですけど、とはいえ、それを僕の音楽をやっているプロ魂として、向こうから言われている条件をクリアして出すっていうのは、渡せるっていうのは、僕まだまだだと思ってて。
違うなってことですね。
リンターの中ではね。
だよね。やっぱりその、それ以上のものをやっぱ。
越えていかないとね、って思いますよね。
いかないといけないなっていう風に。
その一年作業して、それ以後にみんな生徒たちが聴いて100年歌ってくる、歌いますみたいな感じでこう、なんかね、言われるとやっぱもう胸は熱くなりましたよ。
今回は哲郎さんとしんちゃんで作詞作曲ですけれども、大事にしたこととか、こういうことをコンセプトにしていこうみたいなのは、最初から決めて作っていたんですか?
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あのー、ほんとね、あのね。
糸島にまずできる。糸島のイメージソングも僕ら書かせていただいてるんですけど。
やっぱり糸島のイメージソングを聴いてくださった教育委員会の方が、ぜひお願いしたいっていうことだったので。
で、糸島にできるんで。やっぱりその、糸島のね、浜棒っていう花、黄色い花があるんですけど。
そういう浜棒とか、そういった糸島にこう、何かこう、通ずるものを、やっぱ歌詞の中に織り込んでいってほしいと、いうこともこういただいてたので。
なんかだからずっとこう、どういう歌詞にしよう、テーマ、コンセプトどういう風にやっていこうとかって考えたときに。
あのー、もう福岡ではほら、糸島って行き慣れてる場所だったりとかするし。
やっぱり白糸の滝とかね、白糸の滝とかこう見たりとかすぐイメージができるようになってきてるので、海だったりとか。
コンセプトはだから糸島なんだろうなと思って。
で、やっぱ子供たちのことを考えて、複雑な歌詞というよりもシンプルに、何だろう、生徒たちが届くように。
その辺を考えて、作っていったかな。
メロディは?
メロディも、卒業式とかで高歌を歌うときに、みんなが歌った後に感動できる歌がいいなと言っていて。
で、高歌、清唱って絶対あるじゃないですか。
ありますね。
日本の卒業式、入学式でもあるし。
節目、節目で歌いますね。
その時に、自分たちの高歌で泣ける高歌って、俺はすごく素敵なんじゃないかなと思って。
イメージとしては、頭の中では、春をイメージして作ろうと思ったしね。
自分たちの高歌がすごく大好きって言えるのは、素晴らしいことだし、素敵なことだし、誇らしいですよね。
ちょっと歌詞がね、ちょっと読みますね。
銀色に輝く海と蒼天にこう描く鷹。
透き通った眼差しに映る、咲き誇る黄色い花っていうのがAメロなんですよ。
この黄色い花っていうのが僕は、
あ、ハマボウだ。
そうだ。
ハマボウをイメージしてて。
Bメロが、君を見つめたその景色と寄り添い歩んで行く。
ここね、実は最初書いたのが、君が見つめたその景色。
もう一つは、君と見つめたその景色。
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結局最後、君を見つめたをにしたんですけど。
この、おと、がと、と。
この三択ですごく悩んだ。
どれがいいんだろう。
目線が変わるよね。
変わるじゃないですか。
どの目線でどういう風に、
この言葉をここに一文字置く方がいいんだろうかなっていうことで、
君が見つめたその景色と寄り添い歩んで行く。
なのか、君と見つめたその景色と寄り添い歩んで行く。
なのか、君を見つめたその景色と寄り添い歩んで行く。
君をにして、景色側から君を見ている。
僕らが見たっていう目線よりも、景色側があなたを見ているんだよっていうように。
ここでちょっとね、僕ね、そっちの方がいいんじゃないかな。
そういう解釈か。
そうなんですよ。
なるほど。
私、君を見つめたその景色との君をは、
大事な人、友人だったり仲間を見たっていう意識かなと思った。
そういうふうにも解釈とれるんですよ。
両方とれますよね。
とれるんですけど、
僕はAメロで銀色に輝く海と蒼天に光を描く鷹。
透き通った眼差しに映る咲き誇る黄色い花。
その景色があなたを見ていますよっていう
意味合いを実は込めてて。
そういう美しいその場にしかない景色に包まれて
そういうことなんですよね。
歩んでいったっていうことですね。
そっちの方が僕は何か、
愛島っていう自然豊かで育っていく子どもたち。
そこにある学び屋ですもんね。
それがよく伝わるんじゃないかなと思ってそこを考えて
君を見つめた景色と寄り添い歩んでいくっていう歌詞をここに置いたんですよね。
翼を広げて大空を見上げて震える心を勇気に変えて
言葉の先のあふれる想いを乗せ今羽ばたき始めるっていう
サビにしたんですけど。
この言葉の先のあふれる想いって何だろうなって
多分聞いたりとか歌ってる人なんか考えたりとかすると思うんですけど
これ言葉だけじゃ伝わらない思いみたいなものがあって
言葉で表現できない思いみたいなものって
親御さんにもあると思うんですよ。
もちろん他観な子どもたちにもそういう気持ちがあって
やっぱりうちの母が
僕って割と高校サッカーをやったりとか
16歳で一人で1年ブラジル行っちゃったりとか
親の気持ちになってみると
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とんでもない息子だったわけですよ
自分が大人になったからこそ分かる気持ちかもしれませんね
今考えるとよく俺も16歳の時に一人でブラジルに行ったなとか
16歳で一人でブラジルに行くってすごいことよ
勇気あるし
それも1年よ
確かに親からしたら心配
だけど夢を叶えさせたい
本人の希望も組んであげたいって言ったから
送り出す勇気もすごかったと思う
俺も当時は何も考えてない
何も考えずに行ったんだけど
きっとだから行けたっていうのもあったと思う
今考えるとゾッとする
ドキドキするよね
いろんなこと考えるよね
そしてブラジルについて
当時30年前は空港からサンポロの街まで
結構あると盗賊が出ちゃったりするから
時代が違うもん
グーグルマップで調べて行ける時代じゃない
ちょっと車の後ろでしゃがんでて
怖っ
って言われるようなところ
今考えると
俺本当にこういったなって思うわけ
今は行けないよね
こういったなーだし
ご両親もよく応援してくれたなですよね
その時に母親が
あなたを育てるのは
逃げ場のない思いでね
いっぱいだったって言われたことがあって
20歳を超えてから
もう逃げ場がないね
どうしていいかわからなかったし
もうあなたを育てるのは
本当に大変だったって言われたことがあって
それを俺未だにグサッと聞いて
心に突き刺さってる言葉なんだけど
でも子育てって多分そうなんだろうなと思って
親だって
子供を授かった時に初めて親になるわけじゃないですか
だからいきなり何でもわかるわけでもないし
しかも子供によって性格は全然違うわけだから
正解がないし
教科書通りの育児なんてできないし
そうなんだよね
だからやっぱり
親は親で言葉にできない思いみたいな
逃げ場のない思いに
悩んだり苦しんだりして
育てていってるんだろうなと
特別親学校なんで
やっぱり耳が不自由な
子供とかもいたりとかして
どうしてもそこに感情を伝えたいとか
伝わらなかったりとか
そういった子育ての仕方も
すごく健常者の子供に比べて
もっともっと大変だったりとか
そして帰ってくるものももっともっと大きかったりとか
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そういうのを僕
きっとあるなと思って
学校を作る時に
学校を見学させてほしいということで
僕はお願いして
太宰府の特別支援学校に
哲郎と一緒に見学しに行った時とか
やっぱりね
言葉じゃない
何かこの子は訴えてるんだろうなとか
人間って
喜怒哀楽っていう感情を4つ持ってるじゃないですか
その感情って
それぞれ単体として僕らは考えてるんだけど
この4つが
同時に存在している感情もあるんですよ
喜怒哀楽を
いきなり全部持っちゃってるっていう
お子さんもいて
単体で一個で怒ってるのかな悲しんでるのかな
っていう風に考えてるっていうよりも
両方楽しんでるし悲しい気持ちも同時に
進行してるしっていう
だから僕らからすると分かりづらい部分が結構あったりとかするの
でもやっぱりそれを
向こうは分かってほしいっていう気持ちもあるし
こっちも分かりたいっていう気持ちがあって
そこには言葉じゃ表せられない
思いみたいなものがあって
言葉があるからこそ伝えられる気持ちもあるけれども
言葉が万能ではないし
言葉が全てを正しく伝えてるわけでもないよね
本当にそれを見学させてもらった時に
あの
すごく感じたな
僕が生徒と連れ違う時に
ものすごく僕に興味があるんだけど
近づいてくるんだけど触れられたくないっていう
思いもあるね同時に存在しているから
距離感はこっちは難しいよね
そうね
これまた個人によってもそれは
正解が違うからね
そこで
職員さんみたいに毎日接しているわけではないから
そうですね
どこまで
この子に寄り添っていいんだろうか
寄り添う言葉をかけた方がいいのかななんて
いろいろ考えてるけど
考えてること自体がまた違ったりするし
すごく人との付き合い方みたいなものを
また新たにこの年になって考えさせられたしね
すごいこの効果
書かせていただいたことにものすごい感謝
めちゃくちゃ書かせていただいて
子どもたちが喜んで歌っている姿を見た時に
本当に良かったな
良い仕事できたなっていう
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久しぶりに自分の仕事に
自信が持てた
瞬間でしたね
最後ちょっと今日
愛知県特別支援学校の効果を
僕たち歌い人が作りましたので
今日は流して終わりたいなと思います
愛知県特別支援学校の効果
翼です
このお気に入りの声にきっと出会えるはず
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