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こんにちは、まりです。今日は、私の昔の思い出話をしたいと思います。 私ですね、母親が
クリスチャンになって、家族は全員違うんですけれども、全員ではないんですが、 母親はクリスチャンなんですね。私が中学生ぐらいの頃になったんじゃないかと思います。
うろ覚えなんですけれども。なので、大学を卒業して家を出るまでの間、毎週日曜日ですね、教会に行ってたんですね。母親にくっついて。
礼拝っていうんですかね。それを日曜日の朝10時過ぎぐらいからやってて、それに参加してることが大体8割ぐらい。
用事がないときは行ってましたね。 それ以外にも母親は週にあと1、2回どっか行ってたんですけれども、
日曜日は毎週朝、礼拝に行くっていうのが、ほぼ習慣化されていたような家だったんですけれども。
それで、プロテスタントなんですけれども、教会でお祈りとか、お歌を歌ったりとかをして、偉い人、
牧師さんっていうんですかね。お話を聞いたりする機会も多かったんですけれども、 牧師さんの言ってることで、これは
いいこと言ってるなっていうふうに思った言葉があって、今でもたまに思い出すんですね。 その思い出話を語りたいと思います。
その牧師さんがですね、アメリカからわざわざ来てくださって、お話ししてくださってたっていう
お手だったんですが、 言ってることとやってることが同じであればあるほど幸せになれますって
言ってはったんですね。 それは学生の私にもピンときて、きっとこれは本当なんだろうなと思って、
言ってることとやってること、自分が発した言葉と自分の行動が同じであればあるほど自己一致感が増してあなたは
幸せになれますよって言うんです。
今だから言えるんですけど、私結構現実主義だと思うんですね。
あんまり神様、イエスキリストとかは、ちょっとよくわからない部分もあるし、
母親はお祈りとかしてるんですけれども、私はあんまりそういうことはしなかったんですね。 ただ来てくれたらいいからっていうので、
生かしてもらってたっていう方が濃厚かなとは思うんです。
言ってることとやっていることが同じであればあるほど幸せっていうのは本当にその通りだなと思って、
大幅にはしゃるんですが、その言葉があって教会に行くのをやめました。
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っていうのはですね、その翌々週ぐらいですかね、
これまた母親に紹介された彼氏みたいな友達みたいな男の子と一緒にお昼ご飯を食べてて、ラーメン食べたいって言うので、
ラーメン屋さんに入ったんですよ。
ラーメンは私も大好きなんで、ラーメンを食べたい。
でもそのラーメンが運ばれてきた時にお祈りするんですよね。
私のモットーとして、温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに、
美味しいものを美味しい状態で食べるっていうのが結構大事にしてて、
なので温かい飲み物とかすぐ飲みます。
コーヒーとか冷めたら味落ちると思ってるんで。
なんですけれども、そこでずっとお祈りしてるわけですよ。
めちゃめちゃ長く感じちゃって。
普通にお祈りしてる時間よりも長く感じた。
もうイライラしてさっき食べちゃったんですよね。
食べながら思ったんです。やっぱり私クリスチャンにはなられへんわって。
ということで、やっぱり自己一致感が同じじゃないと。
えらい牧師さんが言ってくれたことと、ラーメンでイライラした話っていうのをいつもセットで思い出してて。
男の子?半分彼氏みたいになった。
その子とも別れちゃったし、教会にも行かなくなったし。
だけど自己一致感は同じだから、失った感っていうのはないです。
ただ思い出といい言葉を教えてもらったな。
それをいい言葉だから自分の胸にして生きていこうって思っております。
っていう学生時代の思い出話でした。
聞いてくださってありがとうございます。
ではまた。