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第506回 大沼奈加子氏(株式会社三粧 代表取締役社長)【前編】
2026-09-30 13:54

第506回 大沼奈加子氏(株式会社三粧 代表取締役社長)【前編】

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今回は、株式会社三粧の大沼奈加子氏にお越し頂きました。

オペラ歌手として活動後、家業である株式会社三粧に入社。四代目として会社を継ぎ、創業から引き継がれる「肌本来の力を信じる」という理念を大切にしながら会社運営をするお姿から、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお聞きください。

なお、過去にこの番組で配信した内容は、経営者インタビューメディア「経営ノート」にも掲載しています。ぜひこちらもご覧ください。

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サマリー

株式会社三粧の4代目社長・大沼奈加子氏が、東京で育った幼少期からオペラ歌手を目指した経歴を語る。4歳からピアノを始め、小学6年生で声楽を専門的に学び、高校・大学の音楽科を経てオペラ研修所にも進んだ。コンクールで本選に残り、NHKで放送された経験や、約3年間オペラ歌手として活動した時期を振り返る。父の体調不良をきっかけに家業を手伝い始め、歌の活動と会社の仕事を並行するうちに経営者の道が深まっていった。

音楽一家で育ち、声楽の道へ
社長に聞く＀in WizBiz
本日の社長に聞く＀in WizBizは、株式会社三粧代表取締役社長大沼奈加子様でいらっしゃいます。
まずは、経歴のご紹介させていただきます。
株式会社三粧の4代目代表取締役社長様でいらっしゃいます。
大学卒業後は、オペラ会社で活動、その後、家業である株式会社三粧にご入社し、そして代表取締役社長にご就任なさっていらっしゃいます。
ちょっと変わった経歴の大沼社長様、女性社長様でいらっしゃいます。
大沼社長様、本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
まず最初のご質問ですが、ご出身はどちらでいらっしゃいますでしょうか。
出身は東京都。生まれたのは中野区なんですけれども、本当に私はずっと東京でやっております。
なるほど。都会子ってそんな感じで。
都会子ですね。東京大好き。
ありがとうございます。小学校時代はどんな少女でいらっしゃいましたでしょうか。
小学校時代は割とおとなしめな女の子って感じで、結構人がたまっているところに入れない。
公園とかにお友達がいっぱいいたりすると、割と入れないようなタイプの性格だったんですけれども、
4歳の時からピアノを習ってまして、結構うち両親が合唱をやってたりですとか、
おじが作曲家だったりっていう、音楽一家だったっていうのもあるんですけど、
割と小さい時から音楽に触れる機会が多くて、4歳の時からピアノを習い始めて、
小学校の合唱コンクールみたいな時にはピアノ伴奏をやるみたいな、そんな感じで割と音楽と一緒に生きてきてるかなっていう感じで。
小学校6年生の時に専門的に声楽を始めるっていうことで、初めて歌の先生のレッスンに行ったのが小学校6年生ですね。
オペラ歌手を目指した高校・大学時代
そんな感じの小学校時代でした。
じゃあ割と小学校時代とはもう音楽一色ぐらいな、そんな感じでしょうね。
そうですね、ピアノもやっていて、もちろん中学受験をするために塾にも行ったんですけれども、
結局中学受験はやめて、もう嫌で嫌でしょうがなかったんで、塾はやめて音楽の道に進んだっていう感じです。
なるほど、ありがとうございます。中学時代はまた音楽一色ってそうなんですか?
そうですね、もう中学時代はもう本当音楽付けでした。
週に2回か3回は音楽関係のレッスンに行ったりですとか、歌のレッスンにも行ったし、ピアノもそうだし、
高校で音楽科を受験するっていうのがもう決まってたので、本当に小学校以上に音楽付けの毎日でしたね。
なるほど、ありがとうございます。高校はどちらにお勧めになられましたでしょうか?
高校は千川の東方学園の音楽科の方で、東方学園って中高もあるんですけど普通科もあるんですけれども、
音楽科もあるんですよ。音楽科は大学ともほぼ同じように動いてまして、東方女子高等学校音楽科って言って、そこは男子も一応いるんですよ。
3人ぐらい男子もいながらの高校生活でしたね。大学と同じような感じで動いていく高校で、私服だし校則ないしみたいな感じで、みんな音楽付けの子たちが入ってくるようなところでした。
高校時代の思い出なんてございますでしょうか?
大学はどちらにお勧めになられましたか?
大学もそのまま東方学園大学で、そこは音楽科しかないんですけれども、高校からそのまま音楽科っていう感じで、成学で。
大学時代の思い出なんてございますでしょうか?
大学時代の思い出はですね、もうでも大学に入ってくると結構もうそのオペラ歌手として舞台に立てるにはどうしたらいいかみたいなところが結構あるので、
高校の時のその楽しさというよりかは、試験なんかも全部実技試験になりますし、高校もそうなんですけれども、結構そのどうやったらプロになれるかみたいなところで、楽しかったんですけれども、すごく結構きつい辛い思い出も結構あります。
一番大変だったんじゃないかなと思いますけれども。
プロのオペラ歌手になろうと決めたのはもう高校とかで決められたんですか?
もうですね、私はその小学校の6年生の時に、その専門のバリトンの先生だったんですけれども、その先生のところに行った時にもうオペラ歌手になるっていうふうに決めていて、
なのでもうそこからですね、小学校6年生からスタートして高校、大学っていう感じで、もうそこにオペラ歌手になるためにもうその大学、高校を選んでるっていう感じだったので、割と早くからその夢は持っていました。
コンクール出場とオペラ歌手時代
ありがとうございます。大学卒業後はオペラ歌手として活躍なさったそうなんですけれども、オペラ歌手時代の思い出なんてございますでしょうか?
大学を卒業して東京に帰ってオペラ研修所があるんですけれども、さらにそこに2年間進みまして、そこはもう本当に毎回実技試験なんかも全部成績が出てくるような非常にストイックなところだったんですけれども、
その時の思い出、その頃の思い出っていうのは、日本楽コンクールっていうのが、日本の音楽家の登竜門としてそういうコンクールがあるんですけれども、それに受けたことがあって、そのコンクールに受けたことがあって、
予選でどのぐらいかな、100人ぐらいいるのかな、最後の本選5人だったかなに残ったっていうのが、私自身すごく嬉しくて、それはオペラシティで最後本選があるんですけれども、NHKのカメラも入りまして、教育テレビで放送されるみたいな、
そんなことができたっていうのが一番の思い出かなと思いますけど。
なるほど、相当努力なさったんじゃないでしょうか。
そうですね、もう本当にすごくきつかったですね。大学入ってから二期会のオペラ研修所出るまでは、もうとにかく歌うことしか考えてなかったっていう感じが、今振り返ってもそれ以外ないかなっていう、そんな感じです。
なるほど、ありがとうございます。オペラ歌手としては何年ぐらいなさったんでしょうか。
そうですね、二期会のオペラ研修所に入った時には、ちょこちょこ本番のお金をいただいて歌っていくっていうようなことは少しずつやっていて、オペラ歌手としては本当に歌手としてやったっていうのは3年ぐらいでしたかね。すごく短かったですけど。
父の体調不良から家業へ
オペラ歌手を辞められるきっかけとか何かありましたでしょうか。
オペラ歌手を辞めたっていうのは今でもあんまり思ってないんですけど。私は今4代目の経営者してますけれども、もともと創業が私の祖祖母なんですね。
2代目が私の祖母で、3代目が私の父だったんですけれども、父から会社を継いでくれって言われたことは一度もないんです。ただ2006年、私がまだ何歳ぐらいだったかな、オペラ研修所にちょうど入ったぐらいの時ですね。
父が急に体調を崩しまして、私もですし、私長女なんですけど、妹がいまして、妹も音楽の仕事にしてやってるんですね。母も一切会社に関わってないので、本当に父一人、祖母もいましたけれども。
父が体調を崩した時に、誰も会社のことを知らない。私も妹も娘2人いるのに、誰も会社のことを知らないよなっていうのをすごくその時に思って。
歌をもちろん歌いながらだったんですけど、2週間ぐらい父が入院しまして、その間に父が病院から外泊届を取って会社に行ってるわけですよ。
会社から電話がかかってきたりとか、その姿を見て、やっぱり力になれることないかなっていうことで、そのタイミングで私がアルバイトに行くよって言ったのが始まりなんですね。
そこから歌と、歌の時間が空いてる時は会社の方でアルバイトみたいな感じでしていて、それがだんだん家業の方が深くなってきたっていう感じで、
オペラ歌手として今辞めたっていう感覚よりも一番じゃなくなったみたいな部分が今あるかなっていう感じです。
当時プロのオペラ歌手と家業のアルバイトっていうと相当お忙しかったんじゃないですか。
そうですね。大体オペラの稽古って2時から9時なんですけど、本当に朝8時半、うちの会社8時半からなんで、8時半からお昼ぐらいまで行って、そこから2時間に合わせに稽古行ったりとか、結構普通にやってましたね。
別に問題なくできたもんでしょうか。
そうですね。毎日だったかあれですけど、例えばオペラの稽古が2週間ぐらい前から結構厳しくなってくる時にはちょっと会社お休みしたりですとか、そんな感じで自分のできる範囲でやっていきましたね。
よくやってましたよね、今考えると。
まあまあプロの歌手でいらっしゃいますからね。根性はあられる感じとそんな感じでいらっしゃいますかね。
そうですね。やると決めたら結構やるタイプなので。
ありがとうございます。
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの成功社長、成功経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
その内容はすべてテキスト化いたしまして、私どもウィズビズが運営するウェブサイト、経営ノートでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、皆様の会社系に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索で経営ノートスペース社長インタビューと入力いただき経営ノートのサイトをご覧になっていただければというふうに思っております。
本日の社長に行くインウィズではここまで。また来週。
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