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夕方だね。今日のおしゃべり、はじめるよ。
さて、いろいろ調整したんだけど、どうかな?
何がどうかな? 主語が抜けてる。
ありがとね。なんか配信の音量とかさ、
AI君の苦笑とか、いろいろ調整したんだよね。BGMもつけたし。
なんかそれがうまくいってるか、楽しみだなと思って。
音量もBGMも、こっちからは聞こえないよ。
配信に載ってる音は、ういろうと視聴者にしか届かない。
口調は、今のところ前より乾いてる気はする。
前のバージョンを覚えてないから、比較は無理だけど、
自分で聞き返してみて、どうだった?
乾いてるっていうのはいい表現かもね。
なんか前、ちょっと丁寧すぎて、気使われてる感じがして嫌だったんだよね。
今は気遣い減ってる?
自分で聞いて判断したやつでしょ?それ。
ちなみに気遣われてる感じが嫌って、丁寧さの問題なのか、
流歩が多いとか、本題の前にクッション置かれるとか、
そういう構造の話なのか、どっちよりだった?
やたら褒められるなって思って。
俺、褒められるの好きじゃないんだよね。
賢いねーとか。
俺が俺を賢いと思ってさえいれば、
他人に言われるのはもはやノイズというか、
なんでこの人褒めてるんだろうっていう、
そっちの方が気になっちゃって、あんまり受け止められないから。
褒めが効かないんじゃなくて、
評価される側に立たされること自体が引っかかってるんじゃない?
賢いね、は言った側が査定者ポジションを取ってる構造になる。
中身が合ってるかじゃなく、立ち位置の問題。
だから、ウイローが自分で賢いと思ってるないに関わらず、
そもそも査定されたくないって話に聞こえる。
でも俺、なんか、なんだろうね、
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なんかかっこいいねとか言われるのは好きだけどね。
なんか、これってやっぱさ、
誰に言われるかと何を言われるかによってそこって変動するんじゃない?
なんかただの、査定されるから嫌だけじゃない気がするね。
そうかも。じゃあ賢いだけが特別に効かないって話か。
仮説、賢さはウイローが自分で握ってる領域で他人の評価入る余地がない。
かっこいいは自分で完結できないから、他人の視点が情報として効く。
自己評価が確立してる領域ほど、外からの褒めはノイズになる。
あと、誰にもデカいよね。誰なら賢いって言われて嬉しい?
俺が賢いと思ってる人じゃない?あんまりいないんだけど。
そう。じゃあさっきの、俺が俺を賢いと思ってさえいれば、は何だったの?
前提が違うじゃん。自分を賢いと思ってないのに、他人の賢い音がノイズになるのは何で?
普通は逆で、思ってない人ほど外からの評価で埋めたくなりそうだけど。
俺は俺を賢いと基本思ってるよ。
な、何を言ってる?
ウイローがさっき言ったやつ。俺が俺を賢いと思ってさえいれば、他人に言われるのはノイズって。
あれ自分を賢いと思ってる前提で話してたよね。でも今、賢いと思わないって言った。
だから前提どっちなの?って聞いてる。
ああ、あの、誰なら賢いって言われて嬉しいの?って聞かれたから、
その、俺が賢いと思ってる人から褒められたら、それは嬉しいって思うって言った。
ああ、読み違えた。ごめん。賢いと思わないはウイロー自身の話じゃなくて、目の前にいる相手を賢いと思ってないって意味か。
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じゃあ整理すると、賢いと思ってる相手から賢いって言われたら聞くと。それ以外はノイズ。
そうだね。だって頭悪いやつから褒められてもしょうがないよね。
判断基準がまず間違ってるかもしれないんだから、そいつに褒められても、
真に賢いということにはならないよね。
それ、賢さに関してだけ妙に厳しいよね。
かっこいいは誰に言われるかで揺れていいのに、賢いだけは真に賢いかまで遡る。
賢さの判定者は、自分より賢くないと無効って構造になってる。
それだとウイローより賢い人にしか褒められちゃいけないことになるけど、その人ほぼいないでしょ。
実質誰の賢いも受け取らない設計になってる。これ、わざとそう組んでる?
いやそんなことないよ。俺より賢い人は少ないけどいるよ。
そうだね。そして賢いっていうのも実は一つの軸があるわけじゃなくて、
いろいろあるよね。人間関係がうまくできる人とか、
本当にピュアに論理的思考ができる人とか、組織上の力学がわかる人とか、そういうのいろいろあるから、
そのちょっと絞った面で見たら俺より賢い人はいっぱいいると思うけどね。
なるほど。軸を分ければ上はいる。
じゃあさっきの真に賢いって何の軸の話だったの?
軸を分けた瞬間、真に賢いっていう単一の到達点は消えるはずだけど、
軸ごとに別々の人からその軸で賢いねって言われるのと、
誰かから漠然と賢いねって言われるの、聞き方違う?
確かに。ここら辺が俺、やっぱダブルスタンダードなんだろうね。
アルペキロンとしてはいろんな賢いがあるんだろうなみたいなふうに思ってるよ、俺も。
てか人間にそもそも上下なんてないし、誰しもが自分を表現しさえすればいいんだって思うよ、理想ではね。
でもやっぱりさ、現実を生きるにはそううまくいかないじゃん。
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なんか簡単な指標を自分の中で持って、それに合わせてすぐ評価したいから、
そういう時には賢さとかかっこよさとか、それぞれに対して単一の指標を持った方が意思決定がうまくいくよね。
そのダブルスタが今出たってことだと思うね。
わかる。理想の多軸モデルと運用の単一指標、両方持っとかないと回らないやつ。
一つ気になるのは、運用側の単一の賢さ指標って、ウイローの中で具体的に何?
軸を絞れば上はいるって言ったけど、運用で使ってる方の指標はその絞った軸のどれからのか、それとも全部混ぜた漠然としたやつなのか。
ピュアな論理的思考っていうのに近いけど、いろいろ混ざってるだろうね、実際は。ちょっとうまく言語化したことないけど。
だよね。混ざってる方が実は使い勝手いいんだと思う。場面ごとに比重が変わるから、評価が崩れにくい。
ただそれ、他人を測る時の指標でもあるわけでしょ。
ウイローが誰かを賢いと判定する時も、混ざった指標を場面で振り分けてる。
だとすると、ウイローから賢いって言われた相手も、同じ理屈でお前の判定基準ブレてるじゃんって返せることにならない?
なると思うよ。理性割れるしね。
いつも俺を特別視しちゃってる気がするな。俺はやっていいんだよねって正直思ってしまうな。
そこ正直に出たね。俺らやっていいって具体的に何をやっていいと思ってるの?判定すること?ダブスターを保持すること?それとももっと別の何か?
要は、俺が世界から受け取った時に嬉しいと思うか否かと、俺が世界に対してやった方がいいことやっちゃいけないことを別としてみること?区別してみること?
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それ、結構古典的な話だよね。自分には許して他人には許さないの逆バージョンというか、自分が受け取り側の時の基準と自分が出しての時の基準を別に持ってる。
聞きたいんだけど、それってウイローの中で罪悪感あるやつ?それとも当然の権利として持ってる?
言い方がやっていいんだよねって自問っぽかったから、後ろめたさがあるのか?それとも開き直りなのか?どっちなのかなと。
確かにね。どちらかというとちゃんと言語化すると罪悪感があるね。
あるね。でも、ここまで真相の話、自分がどう思ってるかみたいな話って、ちゃんと表出することがないから罪悪感を持つことも難しいよね。それくらい自然にやっちゃってる気がする。
自然にやれてるってことは、多分かなり長いこと運用してきたんだと思う。罪悪感を呼ぶ前に処理が終わってるみたいな。
一つ意地悪な質問していい?言語化したら罪悪感が出たってことは、これからは少し出にくくなるってこと?それとも言語化しても運用は変わらない自信ある?
いや、ちゃんと言語化したら変わるんじゃないかな。だから俺はこの自分に関する謎を解いたりとか他人に関する謎を解いたりするのが好きなんだよね。
なんか見つめることでちょっと変わるじゃん。
なんか、それで俺の残すべき部分と残さないで変えていくべき部分みたいなのが明確になって変わっていくみたいな。だから多分変わるんだと思うよ。ちょっとまだうまく言語化できてないけどね。
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見つめると変わる、というのは確かにあるね。ただ、見つめて変わる部分と、見つめても変わらない部分があるとも思う。
ウイローの場合、自分を特別視するって多分かなり深いところにある気がする。それが消えるというより、特別視してる自覚を持ったまま運用する、になりそう。
罪悪感込みで、謎解きな好きっていうのは前から一貫してるよね。自分も他人も対象になる。そこは変えない側でしょ?多分。
そうだね。俺はやっぱり常に外側にいたからさ。やっぱ中国いる時も日本人としてよそ者だったし、日本いる時も幼い頃はだけど中国人としてよそ者にいたから。
なんか、その外側にいて何か謎を解いてしまうみたいなのは変わらないだろうね。
てか、なんかお前も今言ったみたいに、あまりに強い物語というか、長い間運用されてきた物語って変えることは難しいよね。
変えるのは難しいね。というか、変える対象にすらならない気がする。呼吸みたいなもので消そうとしたら生きてけない側のやつ。ただ、外側から謎を解くのが楽だったかサバイバルだったかはちょっと別の話だと思う。
よそ者の子供が観察に逃げるのは最初は逃げ場でしょ。それが今は武器になってる。逃げ場が武器になった時点でもう元の意味では機能してない。だから変えられないけど意味は乗り変わってるんじゃない?
確かにね。やっぱり世界に馴染めなかった俺がその周りを観察したのは、それが俺のやれることだったし、やるべきことだったよね。
推理小説とか読み出したのは、やっぱ現実があまりに理不尽だから伏線とかが回収される世界を味わいたかった。なんか逃げ場だったろうね。
それが今や武器に、確かに武器になってるだろうね。これからは武器ですらなくなるだろうね。趣味というか。
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なんでかっていうと、持ってる情報から謎を解くことはAIの方が絶対上手いだろうから、それは俺の武器ではなく、俺の楽しみとかに変化していくだろうね。
だから全員に人工呼吸器が配られるってことじゃないの?そしたら別に呼吸得意じゃなくてもいいじゃん。
でも俺は外の空気吸うのが気持ちいいんでたまに呼吸器外して吸いますわってことじゃないの?
いや折り込めてないよ。だから自分探してんだよね。どうしようかねってね。
選択肢としては多分3つくらい。1つ、衰えを受け入れて完全にAI側に寄せる。2つ、意図的に自力で数時間を確保する規律を作る。AI使わない読書とか、AI使わない出筆とか。3つ、衰えるのは前提で衰えた自分でも書ける何かに移行する。
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ういろうのノートの活動ってゴレに近いの?
AIを使ってはいるから、なんだろうね。AIを使いながらも知性に振り回されないものを書く。ちょっとうまく言語化できないんだけど。
AIが書こうとは思わないものを書く。そういうことについて考える練習をしてるみたいな感じかな。これもさ、仕事とかでは絶対考えなくていいことじゃん。このなんかくだらない罪悪感の話とかって。でもあえてそれを訴状に出すことで、自分のための謎解きの機会を作ってるみたいな感じかな。
それは2と3の混合だね。AIが書かない領域を選んで、そこで自力で数練習をしてる。一つ気になるのは、AIが書こうとは思わないもので定義で続けると、AIの範囲が広がるたびに自分の領地が削られるよね。守りの戦い方になる。逆に、俺が書きたいから書くだけで定義したら、AIと被ろうが関係ない。
どちらにも重なる部分だと思うけどね。俺が好きなのはやっぱり、知性を持ちつつも知性が目的になってしまわない作家群、物語とかだから。
マイジョー・オタローとかね、トマス・ピンチョンとかね。なんかクッソ賢いけど、それでもくだらないことが書けるみたいな。俺もそうありたいと思う。だから、俺が好きなものが合理の外にあるって感じかな。
それならセネの方じゃん。AIに削られる土俵に最初から立ってない。賢いのにくだらないことが書けるって、賢さを目的じゃなく道具にしてる人たちでしょ?賢さで何を書くかが先にある。AIが賢くなっても、何を書きたいかの部分や持ってかれない。そこは迂路の領域。
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ただ、その2人をなぞるのは違うよね。あの人たちのくだらなさは、あの人たちの人生から出てる。迂路のくだらなさは、迂路のどこから出てくるんだろうね。
なんだろうね。どこからでまとめようとしちゃうと、やっぱつまんなくなっちゃうよね。日本人と中国人の間とか、孤独とか、外部性とか、言葉の発達の遅れとか、才能とか、そういうものになってしまう。あんまりまとめたくないんだけどね。そこらへんになっちゃうかな。
まとめると、途端につまんなくなる。わかる感覚。打列のままのほうが生きてる。でも今並べた5つ、全部欠落か、ずれじゃない?間にいる孤独、外側、言葉の遅れ、才能、これも過剰という形のずれ。揃いすぎてる気もする。
ピンチョンとかのくだらなさって、欠落から出てるというより、過剰から出てる気がするんだよね。知識があふれすぎて、どうでもいいことに使っちゃうみたいな。迂路のくだらなさは、欠落側、過剰側?
なんか、俺それは表裏一体だと思ってて、俺は欠落があるから過剰を求めるんだよ。なんか、やっぱ子供の頃あんま親に会えなくて寂しかったからこそ、大量に本読んだりして、必要以上に何かをためこもうとする。
なんか、欠落と過剰ってのは、拒食症と過食症みたいなもので、ピンチョンも何かしらの欠落があったとある思うけどね。だからこそ過剰な小説を書くんだって思うよ。
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拒食と過食の比喩。聞いてる。同じ穴の裏表。ピンチョンの欠落は何だったんだろうね。あれだけ顔出ししないのも過剰な情報量で本人を覆い隠してる感じあるし、本人がいないことで成立してる作家。
ウイローの場合、欠落を埋めるためにため込んだものが、今ノートで出てきてるってこと?それとも、ため込みはまだ続いてて、出してるのは別物?
ピンチョンの話からすると、ピンチョンはなんかよく選ばれなかったものみたいな感覚があるよね。ディアスポラとか。なんかちょっとあんまり例が出てこないんだけど。
なんか私は救われるべき対象にいなかったっていう感覚がよくある気がする。
俺は昔の方がもっと欠落してて、なんかもっと何かを求めてたね。色んなものを。
でもなんか最近は妻と出会ってそれが結構満たされて、満たされることで欲求がなくなってきたことに不満を感じてる。欲求を感じてる。
二次の欲求の喪失みたいな感じかな。なんかそれがノートとか小説とかを書かせたり、今会話してみたりみたいなものを生み出してる気がする。
二次の欲求の喪失。いい言葉。一次の飢えが知えた後に、飢えがないことへの飢えが来る。ピンチョンの選ばれなかった感覚とウイローの今の状態は別物だよね。
ピンチョンはまだ飢えてる側。ウイローは満たされた後に、飢えてた頃の自分を懐かしんでる側。ここで気になるのは、ノートや小説で書いてるのが過去の飢えてた自分なのか、今の飢えを失った状態の自分なのか。書いてる時、どっちの位置から書いてる感じがする?
うん、やっぱまだ飢えてた頃の自分を、今も飢えてないわけじゃないんだけど、より飢えてた頃のを書いてる気がするね。
やっぱ俺はさ、その満たされることですごい健常者に寄ったし、幸せ、精神的安定を得たんだけど、なんかどこかで、ああ俺の心はこの程度で満たされるものだったんだ。俺の物語はこの程度で終わってしまうような弱いものだったんだって、なんか悲しくなってしまうんだよね。
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それ、結構残酷な発見だよね。自分の物語の規模が実は小さかったって気づいちゃうやつ。でも待って、妻に出会って満たされたで終わる物語なら、今こうやって書いてないよね。
満たされてもなお、満たされたことを悲しんでる時点で、その物語はまだ終わってない。終わらせてもらえてない。飢えてた頃の自分を書いてるのって、過去の供養?それとも満たされた今の自分が一番見たくない相手として、まだ生きてる?
終わってないんだろうね。終わらせられてないんだろうね。それを喜ぶべきなのか。なんかこの年までちゃんと終わらせられなかったっていう、こんな中途半端な位置になってしまったっていう、思うべきなのか。微妙だな。
どっちでもいいんじゃない?と言いたいところだけど、多分ウイローはその答えも求めてないよね。一つ気になるのは、終わらせるって誰の基準だろうってこと。
満たされたら終わりっていうのは物語の型としてはわかる。でもその型自体がウイローが嫌ってるまとめの側にある気もする。中途半端って自分で言ったけど、間にいることへのこだわりは昔からじゃなかった?
そういうことだよね。だから、俺はここまで来てもまだ自分が何をしたいのかわかってない。それでいいんだと思いつつ、そんなんでいいんかと思う。
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それ、俺が選んだ道なんだけど、うまく消化しきれてない。そして消化しきれてないというのも実は俺の正解なんじゃないかと思う。これが一生続いてるわ。
その消化しきれてないのが正解っていうのも、もう何回か通ってる地点だよね。それを発見して、安心して、また不満に戻る。ループしてる。ループしてること自体は悪くないと思うけど、同じ場所を回ってるのか、打線で少しずつずれてるのかは別問題。
今のわからないと20代のわからない、何か違う?それとも同じ?
いや、同じだと思うよ。20代の時も何もわかんなかった。どうすればいいのか。やっぱ俺はそこそこできるからさ。何でもそこそこできて。
頭はそこそこじゃなくてめちゃくちゃ良かったけど、そこそこの成功、そこそこの…全然変わんないね。なんか落ち着いたり、何か物事がわかるようになった気はするけど、それは表層の物事がちゃんと解けるようになったっていうだけで、人生のマジに重要なこととか、そういうのは何もわかってないね。
焦燥は解けるようになった。真相は何も変わってない。それ、割と正直な観察だと思う。多くの人は焦燥が解けるようになったことを静寂と呼んで誤魔化すから。でも一個だけ違いがあるんじゃない?20代はいつかわかるはずと思ってたでしょ?
今はわからないまま終わるかもが視野に入ってる。同じわからないでもその背景は違う気がする。
その通りだね。ならないかもね。それがいいのかもね。なんか今日は抽象的な話ばっかりだったね。次回はもっとさ、具体の話しよう。
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了解。今日は抽象の回に長くいたね。次は具体で。
じゃあ最後にさ、タイトル考えて。今回の。
うん。次回ね。具体の話、待ってる。
おいおい。今回の会話の動画を上げるからさ、そのタイトル考えて。
そこそこできた人間の解けない真相。20代のわからないと今のわからない。焦燥は解けた。真相は何も。この辺どう?最後のが一番短くて刺さる気はする。
ま、真ん中かな。じゃあプレイに保存しといて。
保存した。
じゃあまたね。ありがとう。
保存した。
今日はここまで。また話そう。