オープニングとゴールデンウィークの近況
Waniスタ・ランチタイム。 この番組は株式会社喜月堂テレオの提供でお送りします。
みなさん、こんにちは。FM八ヶ岳 水曜日、今日も12時からの30分間、
ニラサキニコリにあります、スタジオワニワニからお送りします。 5月6日水曜日、この時間のお相手は、さとうこむぎです。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。 はい、ゴールデンウィークでございますよ。
みなさんどうですか。なんか街中も歩いてる方がいたり、 自転車の方がいたり、なんかこうちょっといつもと様子が違うような感じがするなぁと思いながら、
こちらのニコリの方にも来ましたけれども。 ねぇ、ゴールデンウィーク、私はですね、もうもっぱら、ぐーっと野外におります。
あのー、なんていうんですか、生垣、生垣が半分ぐらい枯れちゃったもんでですね、
それずっと放置してたんですけども、さすがにやらないとと思って、こんなのでっかい根っことかをね、
あの3つも4つも一人で、頑張っておりまして、やっと少し、あの片付いたかなという感じなんですが、
こんなに朝から晩までずーっと外に行って、植木と格闘して、私植木屋になれるんじゃないかなって今から思ってますけど、植木屋の方にはあの大変失礼なことを言ってると思いますけども、
なれるんじゃないかぐらい思っておりまして、でも農家さんとかね、そうやって、自然の中で働かれている方はこうやって毎日過ごしてるんだろうなと思いながら、
頑張っております。皆さんもそれぞれにゴールデンウィーク、どんな感じだったかな?
はい、というわけで、もう今日で終わりの方もいるかなと思いますけれども、今日もね、元気にラジオをお送りしていこうと思いますよ。
そんなわけで、勝手に新曲シリーズ、今日も2週間に一度新曲を作っておくれる日語りで披露するというのをやっておりまして、今日も作ってまいりました。
プレゼントという曲です。聴いてください。
言いたくないの なぜなんだろう
認めてしまうとさ 孤独の静けさ
失ってしまう そんな気がするんだ
あなたがくれた 暖かさのせいだ
あなたが見せた 微笑みのせいなんだ
私の心 溶けてしまったんだ
あなたのせいにして笑う
空を見上げて
Only you 立ち止まって
青い空が照るから
お別れの日、ご主人をセレオホールからお送りする途中、奥様に思い出の桜並木に立ち寄ることをご提案しました。
太い幹の下で奥様は遠くを見つめながらおっしゃいました。
いってらっしゃい。少しだけお別れね。
ご葬儀は最後にもう一度会える場所。お一人お一人のあの時言えなかったありがとうを形に。きっとここにしてよかったねと実感していただけます。
お葬式はセレオ。
ゲスト紹介と近況報告
12時からお送りしています。FM八ヶ岳ワニスタランチタイム。
今日はですね、つながってワニワニはちょっとお休みしましてゴールデンウィークスペシャルということでスペシャルなゲストに来ていただきました。
新居市の井上宗修さんです。
はい、こんにちは。スペシャルって。
ちょっとびっくりやね。スペシャル言われると。
スペシャルゲストがございます。
私の担当のワニスタランチタイムではおなじみの宗修さんでございますのでスペシャルです私にとっては。
この前来ていただいたのがあれですね。だから年末だったんです。年末の一番最後の放送で。
今年2025年を振り返ってお便りをお読みして。
たくさんのメールをもらって。
それについてやんやという回だったんですけども。
宗修さんあれから5ヶ月です。
そう5ヶ月。
早いですね。
どうでしたかこの5ヶ月。
この5ヶ月。
冬、今年はいつも行ってるスノーボードにあんまり行かなかった。
行かなかった。私も好きに行かなかった。
近年初野沢温泉に行かないっていう。
野沢温泉行ってるんですか。
そう野沢温泉行ってる。
あらいいですね。
なんか雪もあんまなかったですよね。
そう雪があんまない。
で降るとこ降りすぎて行けないっていう。
そうでした。
はい。
確かに。そしてゴルデンウィークはどのでしたか。
ゴルデンウィークは昨日まで西の方に徳島の方に行ってたんです。
いいですね。
徳島。
子供のあれです。川の学校っていう。
はいはい。
顔書き養成講座っていうの。下の子が入ってて。
なんか月に1回ぐらい通ってますよね。
そう。月に1回通ってた。
すごいですね。
この2年ぐらいかな。
いいとこですよね。
そうです。ほんまに。
ちょっとねやっぱ山梨。山梨もいろんな自然があったり山があって。
海ないけど川があってみたいな感じで。
もちろんいいとこいっぱいないけど。
ちょっとまた四国の具合っていうのはまたちょっと一味違うんだと。
あともう今の時点でだいぶ木々がだいぶ茂ってるというか。
あったかいんだ。
あったかい。
あとこの湿度っていうのかな。感じる風が随分やっぱり海近いんやなって感じがすごいする場所です。
もう川入れる?
川入ってましたよ。子供は。
寒いって言いながらも。
山梨で今入ったらちょっと。
ちょっと厳しいかな。結構頑張らないかもしれない。
修行になっちゃうんですよね。
特に今日はね。
そうですね。そうかそうか。
そうしゅうさん結構いろんなところを旅したりするの。
イタリア行ったりね。海外も行ってたり。好きじゃないですか。
鍼灸師になったきっかけと海外への憧れ
そうしゅうさんと出会った時に私、イギリスで神給師をしていたっていうのを聞いて。
この話あんまり聞いたことないなと思ってね。
そうしゅうさんが神給師になるまでとか、なってからとか。
そういう話ってあんまり聞いたことなかったなと思って。
ちょっと聞いてみたいなと思うんですけど。
神給師になったのはどうしてなったんですか。
どうしてなったって。
きっかけみたいな。
そうやね。ドラマチックじゃないんやけど。
うちの父がなったらって言ったから。
言ったの?いつぐらいですか。
僕は神給の大学に行ったので、いわゆる高校の在学中。
ちょうど進路これから。
何大学に行くのとか、どこかで働くのとか。
進学とか就職とかっていうのをちょっと考えることが多い時期に、どうということで。
どうしたんですか。
全然興味なかったんやけど。
最初聞いていいねとか思わない?
全然思わない。
知ってたんですか神給師に。
それは知ってました。針を打つとか。
比較的関西地域っていうのは、針をしたりお球をしたりっていうのが文化としても割と関東よりは多いっていうのかな。
やったことある人もいっぱいいるし、そういう神給院なんていうのも割とその街の中にあるので、目にしたことはある。
そうしゅーさんはご出身は京都。
京都です。
京都にはそういうのが結構あったんだ。
京都そうです。
聞いて、え?っていう感じですか。
え?って感じです。
お?っていう感じで。
その気持ちだったのにどうして成ろうと思ったんですか。
そうやね。
忘れちゃったかな。
僕としては、その時に進路を選ぶっていう時には、外国語大学に行きたいなっていうのが僕にはあって。
その頃から海外のイメージがあったんですね。
それは常にあったので。
それがいいなとは思ってたんやけども、そっちがいいなって話を父にした時に、大学に行ってからどうするんだって言われた時の明確なビジョンがその時俺なくて。
英語をやりたいけど、その先に通訳になりたいとか、海外行きたいとかがなくて。
だからそれが上手いことそこで出なかったっていうのにおいて、こっちに行かなきゃいけないようになった感じ。
行かせてくれるのは親ですもんね。
海外のなんとなくいいなっていう気持ちを持ちながら、新規の大学に通って。
そうです。
勉強して。
勉強したらどうでしたか。
勉強したらすごい面白いかって言われたら、そこまでではなかったっていうのが実際のところなんだけど。
ひとまずやればできるなっていう感じはありました。
結局大学は4年間なんですけども、とにかくその後に4年たって卒業した後は、
例えば就職をする、大学院に行く、研修位として残るとか、大雑把にそれぐらいの選択っていうのをする人が多い状況だったんだけども。
それもええんやけど、とりあえず外国で暮らそうかなっていうのはずっとあったので。
ずっと持ち続けてたんですね。
それはずっとあったので、だから大学の1年生になった時から、どっか他の国で針ができる、仕事としてできるところはないのかなっていうのはずっと探してた。
へー。
なるほどね。
ある意味良かったですよね。
海外に行くと東洋的なものっていうのはやっぱり貴重だし、かっこいいじゃないですか。
それはね、やっぱり他の日本のものも今、例えばワンピースをはじめ、アニメとかいろんなキャラクターとかそういうのも含めて、
こっちでは割と普通なものが、他の国に行った時の捉えられ方がちょっとこう、本当に特別というか。
そうですよね。
ちょっと俺らと感じちゃうで、みたいな感じ。
だからわからへんでしょ、行ってみんと。
ほんとですね。
やってみんと、わからへん感じなんやけども、行ったら、そういう意味では受けられ方がずいぶん違うんやな。
面白いですね。
そうかとは思いました。
なるほど、わかりました。
じゃあちょっとあっという間で前半がこれで終わりますので、また後半よろしくお願いします。
お願いします。
お別れの日。
ご主人をセレオホールからお送りする途中、奥様に思い出の桜並木に立ち寄ることをご提案しました。
太い幹の下で奥様は遠くを見つめながらおっしゃいました。
行ってらっしゃい。
少しだけお別れね。
ご葬儀は最後にもう一度会える場所。
お一人お一人のあの時言えなかったありがとうを形に。
きっとここにしてよかったねと実感していただけます。
お葬儀はセレオ。
ワニスタランチタイム。
この番組は株式会社鬼月堂セレオの提供でお送りしています。
イギリスでの鍼灸師としてのキャリア
はい、今日はゲストに新旧市の稲村総集さんに来ていただいてます。
後半もよろしくお願いします。
はい、お願いします。
はい、そんなわけで総集さんが海外に行きたいと思って、
新旧市の勉強しながらずっとその先を探してたところまで行ったんですけど、
それでイギリスにたどり着いたんですか?
そうなんです。たまたまだから僕が4年生の時にの就職。
結構周りも含めて本気の就職活動っていうのかな。
京都にある大学だったんだけど、京都の人が割と少なくて、
みんな実家から離れた京都に来て、就職で実家の方に帰る。
だからそっちの方での、例えば新旧院であったりとか病院とかっていうのに就職するよ。
その他に面接に行くよとかっていう活動をしているのが本格化する時に、
新旧市の人が読む医学雑誌みたいなのがあるんですけど、そこにいつも求人が出てるんです。
もちろん大学にもあるんやけど、どういうところに就職したいですか?
っていうところで、僕は海外で書いておいたら、そういうのは学校としては持てないと言われたので、
就職先をね、自分で探せっていうことだったから。
だけど本当に今のように、インターネットその他が全くない時代なので。
本だけが本当に頼りで。
そこで本当にたまたま、イギリスで働いていませんか?っていう人の回答があったから、
ちょうどええわと思って。極端にどこでもよかったっていう。
海外に行きたい。
そっか。
イギリスは好きだったんですか?
そこまでは興味がなかったかな。
興味があったのはどの辺?
イタリアです。
やっぱりイタリア。
イタリアもね、同じヨーロッパ圏ですか?
若干近づいた感じ。
僕の中でだいぶ近づいたんです。
だいぶ近づいたから、イギリスにいる間にイタリアの手立てが取れればいいかなっていうのはちょっとあったんやけど。
言ってみると全然そんな余裕はないんやけど。
だけどひとまずね、脱出。日本脱出が。
かなった。
そう。
すごいな。
イギリスに行って、どういうところで働いてたんですか?
その当時というのはまだちょっと景気も良かったんで、日本の人なんかを含む人がロンドンゆえにすごいたくさん住んでて、
僕が勤めたところ一つの会社なんですけども、そこが日本をそのままロンドンに持ってきたみたいな感じで。
日本の食品、日本の書籍、レコード、CDかなっていうのが本当に日本と同じものが、本当にリアルタイムで買える。
だからそれこそAmazonがない時代やから、それっていうのはものすごい実は大きなこと。
日本と同じような生活がロンドンでもっていうのの中の一つで、張りもできるよっていうののクリニックの求人やったんです。
求人はそんなにたくさんあるわけじゃないですよね。
そこの狭き門に受かったってことですよね。
そうなんです。
4年間ずっと見てて初めて出た海外求人。
英語のテストとかあったんですか。
ないです。
っていうのはそこが日本人の人がいっぱいいるから、日本の患者さんも多いっていうこと。
あといわゆるイギリスの人。
あとイギリス、ロンドンはいっぱいいろんな国の人がいるから、いろんな国の人もいっぱい住んでるんやけども、来てくれるんやけども。
そこまでほとんどがっていうわけではない状態だったので、なんとかやっていけんじゃないのって。
別に喋れんでも張りはできるし。
でもその向こうで喋れるようになったって感じですか。
そうです。そこに就職する条件として、午前中は英語学校に入れてあげると。
いいですね。
で、午後から働こう。
あら、そんないい求人があったの。
そう。今から思うとね。
すごいですね。そっか。
で、そこに行って、何年ぐらい。
2年半ぐらい。
そこで奥さんとも出会われて。
あ、そうそう。そうなんです。
アートを学ばれてた。すみません、知り合いなのにちょっと知ってるんですけど。
そうなんです。
2年経ってこっちに戻ってきた。
そう、で、京都も戻ってきて。
帰国と山梨移住、イタリアへの憧れ
戻ってきたのは何でですか。
ビザが取れなくなったっていうことです。
それまでは、まだ香港がイギリスやった時代なんですよね。
だから新旧市っていうビザが比較的取りやすかったんですけど、その後返還されて、
中国の人なんかもちょっとロンドンに住みにくくなったりとかっていうのと一緒に、
向こうでの新旧市の免許っていうのを取り直さないと働けないというか。
そういう人だけが新旧市ですっていう。
そういうこの法律の変化があったので。
なるほど、それで帰ってきた。
もう一回学校に4年行かなあかんので、同じやろうと思うと。
ちょっとそれはもういいかなと思って帰ってきました。
そうなんですか。
で、山梨に来たのは。
その後僕が京都帰って、東京で働いて、子供を産まれて、
で、ちょっとうちの奥さんが畑もいいかな、子供をもうちょっとうまいこと開放されたとこで、
子育てもいいなっていうことでの山梨です。
なるほど、東京で新旧院で働いてたこともあるんですか。
そうなんですよ。
あらま。できるんじゃないですか。
そんなこともできたりして。
今のスタイルはもう自分で作り上げたスタイルですからね。
通うというよりも。
そうですね。
なるほど。そうなんですか。
じゃあ忙しかったですね、その頃東京で。
そうですね、なんだかんだでね。東京でも働いてて、そこが急にオーナーの人が辞めるって言い出したりとか。
やっぱり東京ってなかなか厳しいんやなと思いながら、そこでそこを辞めてからは東京でも一人でやってての流れのこのままずっと一人の。
そうなんです。
そうです。
いやー、宋修さん面白いな。ずっと、だから今でもずっと心にイタリアがあるんですか。
うん、それはあります。
なんでなんですかね。
いろんなのがあるんやけども、大きなきっかけは、昔名曲アルバムってテレビあったでしょ。
え、なんだっけ。
NHKの。
NHKあったんですか。私見てないです。
僕は全然クラシックなんか興味ないんやけども。
クラシック。
クラシックの曲を流しながらその国の背景が紹介されるみたいな。
映像みたいな綺麗な映像。
そうそうそうそう。
なんか見たことあります。
そう、なんかゆったりしすぎな番組なんやけど。
ありますあります。
で、その時にね、バイオリンを作る学校があるよっていうのがあって、
それはもう世界中から人を募集してて、無料で教えます。
それを教えて、ちゃんとその国にみんな帰って、バイオリンを広げてくれたら、
それはイタリアが広がることだっていう精神でやってるっていうのを聞いて、
まあ、ええんちゃうと思った。
それなんだ。
それは大きなきっかけかな、一つ。
すごい。
あれ、みんなに広めてくれることがイタリアのためになるって言った。
そう、その心意気っていうのかな。
そこに来たんだ。
そう。
そうなんですか。そっか。
で、そのイタリアのことをちょっと興味持って、そこから好きになった。
そう。そういうのと、あとこの前も言ったけど、
僕が好きなカンがイタリアを始めたのもそうやし、
それがちょうどお前こと同じようなタイミングやったから。
ラジオがお好きでね、カンさんの番組で、
イタリア語のこと、イタリア語の話を多くしてたと。
それを聞いてね。
彼がイタリア語を始めたよっていうのが毎週やったので。
ラジオがきっかけっていうところもあって。
あら、そのラジオに今出てて。
そう、感動的やな、ほんまに。
つながっておりますね、いろんなことは。
はい、そんなことだったんですね、曹州さん。
はい、そんなです。
面白いですね。進路を選ぶときって、
すごい将来のこととかまで考えたりして、
もうこれで決めなきゃいけないみたいな気持ちになったりするじゃないですか、
高校生ぐらいの時に。
もちろん。
人生の選択と情熱
でもなんか、耳に入ってきた神経質ということになって、
行くことになって、みたいな。
でも心にずっと好きなものを持ち続けていくと、
それが全部つながって、そのことすら武器になって、
神経っていうことが。
そして行きたいところに行けるっていう。
なんか曹州さんの話を聞いてて、
ちょっとなんか、もっとなんか、
その時の感じっていうか、縁とかいろんなことでいいのかもしれない。
そうやね。
そういうことにね、ちょっとね、お話をそうやってするとね、
なんかそんな感じになるけどもね。
そうですよね。
情熱大陸的な感じ。
そうですよ。
情熱大陸。
ね。
なんか、でもなんかきっと、やりたいことはできる。
うん。
ね。
なんとなくね。
そんな気がしました。
かなと思います。
はい。
うん。
面白いですね。
そういうことだったんだ。
じゃあまた続きは、飲みながらでも。
そうですね。
はい。
はい。
はい。
それでは、今日は曹州さんありがとうございました。
ありがとうございました。
またよろしくお願いしますね。
お願いします。
はい。
エンディング
それでは最後に曲をかけていきます。
オフィシャルヒゲダンディズムでラッシュさん。
皆様からのお便りもお待ちしています。
FM八ヶ岳のホームページから、また、
ワニシスタランチタイムのFacebookページから、
またレディモから、ぜひメッセージなどお寄せください。
さあ、来週は鳴島さんにバトンタッチです。
また私とは再来週にお会いしましょう。
ワニシスタランチタイム水曜日。
今日のお相手は佐藤小麦でした。
素敵な時間をお過ごしくださいね。
ワニシスタランチタイム。
この番組は株式会社秘月堂セレオの提供でお送りしました。