1. 平日回帰φ瑠
  2. ささきるの水曜回帰φ瑠 [2024...
2024-01-24 15:22

ささきるの水曜回帰φ瑠 [2024.01.24]

spotify

サマリー

2024年1月24日の水曜回帰ファイルでは、クダン・リエさんがアクター合唱を受賞した作品が話題です。この作品は生成AIを使用しており、多くの人々の間で注目を集めています。また、生成AIに対するネガティブな意見やプリンテッドメディアの古臭さに関する議論も行われています。この小説は東京を舞台にした異世界で、複数の主人公が登場し、言語と現代性を探求しています。

00:04
おはようございます。2024年1月24日、水曜日、ささきるです。水曜回帰ファイル、始めていきたいと思います。
アクター合唱を受賞したクダン・リエさんの作品
今日は取り上げたくてウズウズしていた話題があったので、早速それを取り上げてみたいと思います。何かと言いますと、先日アクター合唱を受賞された
クダン・リエ氏、クダン・リエさんによる東京都同情党という作品があるんですけれども、これが生成AIを使っていると、文章の量で言うと全体の5%ぐらいということなんですけれども、それがアクター合唱を受賞したことが大きなニュースになっています。
各新聞社が取り上げたというのはもちろんなんですけれども、SNSとか、あるいはヤフーニュースのコメント欄という悪名の高いメディアがありますけれども、そこで大きく話題になっています。どんなふうに話題になっているかというと、賛成・反対、ポジティブ・ネガティブ、2つの立場があります。
ポジティブな立場としてはですね、生成AIのような新しい技術がこういうクリエイションの現場で活用されるということを喜んでいる、いわゆる技術とかそういうものに明るい人たち、ないしは進歩的な立場を取る人たち、そういう人たちの間で評判が良いというのがありますよね。
ワープロとかパソコンとか、そういう機械が文章作成の現場に入ってきた、何十年かの歴史があるわけですけれども、そういうのと変わらないんだ、みたいなふうに考える人たち。これは分かりやすいですよね。
あともう一つ反対派の立場としては、まずそもそも生成AI自体にネガティブな印象を持っていると、学習された元に関して本当に自分の名前をつけた作品として売れるようなオリジナリティ、ないしはそれが当作でないというふうに言えるのかどうかまだはっきり分からないということ、それに保留の立場を取っている人たち。
そういった人たちからすると、5%も使ってこういったアクター側賞のような最も権利ある賞を受賞したことはいかがなものかと思うような人たちがいるということですね。
生成AIというと文書だけじゃなくてイラストの話、映像の話、特にそっちだとどこから学習したのか、学習して出力されたものが何かに似ていないかというのがよく問題になるわけですけど、
日本の法律だと学習自体には特別な条件なくて権利は保障されているんですけど、それが分かってもなお出力されるものが何かに似ていないという証明って難しいので、
そういう立場、態度、保留の立場、あるいは反対の立場を取っている人たちがいるので、たくさんネガティブな意見も出ているということです。
このネガティブな意見に対しても非常に分かりやすいものなので、おそらくそういう反応は来ているだろうなと思って、
Yahoo!ニュースのコメント欄に行っていただければ予想通りのコメントが並んでますので、それをわざわざ取り上げることはないんですけども、
面白いのはここから先でして、私がエキサイトワクワクしたのは、ITジャーナリストの佐々木敏直さんがこんなようなことを呟いていたんですよね。
古職僧然とした業界にも、こういった生成屋のようなテクノロジーを取り上げて作品が作られているのかと。
それで興味を持ちました。読んでみようかな、みたいな。確かそんなXに対するポストがあったんですけども、
興味を持ったので読んでみようかなというのはいいとして、古職僧然としたという表現に、ん?ってカチンと来た人がいまして、
それが誰かというと書評家の豊崎由美さんですね。豊崎さん、たびたび話題を振りまかれる有名書評家というかですけれども、
ん?古職僧然って言った気持ち、僕よくわかるんですね。
プリンテッドメディアの古臭さへの議論
ここから先は豊崎由美さんの投稿したことに対して、それを読み上げるということではなくて、私の意見なんですけども、
おそらく、戸志直さんが言っているのはですね、この小説に対してとか、アクター合唱に対してっていうよりかは、
本とか雑誌とか、いわゆるプリンテッドメディアのワークフローとかビジネスの収集感とか、
なんかそういうもの全体を、なんか時代遅れで古臭いものだっていうふうに基本的には捉えている。
まあ、そんなこと言うとね、一個一個反例を挙げて、いや、そんなことないですよって例外を取り上げることいくらもできると思うんですけれども、
基本的には、まあ、戸志直さんは元新聞業界にいましたけれども、プリンテッドメディアの業界というのは古臭くて時代遅れで、
なんかイケてないもんなんだっていう、そういうパラダイムで見ているのが滲み出ているんだと思うんですね。
古臭く当然というのは、良い意味にも悪い意味にもなりますけれども、この使い方、あるいはそれを見た人の受け止め方としては、
なんとなくこう、信奉的な立場、自分はそういう道具を使いこなしてますよっていう立場から、なんか古臭いなっていうふうな表現が出ちゃったんだと思うんです。
私もそれを感じるわけなんですけれども、まあ、それ一部当たっているところはあるわけですよね。
そういうプリンテッド業界の古いやり方みたいなのは。それはそれでいいと思うんですけれども、僕が戸志直さんに共感するというかね、
僕自身もうんと思うのは、特に文学の、特に純文学に近いような作品というのは、古色嵩然どころか、
どの作品もどの作品も、1から言語と、0からというのかな、言語と格闘して、
常に新しいことをやっていると思っているんですよ。
誰もやっていないことに、誰もやっていない言語の使い方を開拓するというか、発明するというか、格闘するというかね。
寛容句でついつい使っちゃうんですけれども、そういう手垢のついた表現の、なんかもっと前のところで、なんか言語と格闘してるんですよね。
僕からすると、なんか古色嵩然という言葉と、かなり遠い印象を持っているんですね。
すごく生々しくて、常に新しいと、なんかそういう感覚を持っているんです。
これ、まあ僕のようなちっぽけな小説家ですらそうなんで、本格的に長いことそれに懸賛積んでる方とか、
あるいは、こうやって評価されるような作品、書かれている方の作品だと、なおのことで、ものすごいこう、新しいというかね、生々しいことをしてるんです。
まあそういうのは、読めばわかるので、古色嵩然とかね、なんかそういう表現使わないと思うんですけども、
まあ読んでみようかなって、まあこれからの話なんで、まあ読んでない時点で言ってるんですけども、
で、さらにね、ここから先が面白いところなんですけども、この小説の作品の中にね、こういう表現が出てくるんです。
どんなことにも、なんか一言言わないと気が済まないイ
自分が知らないことに対しても
なんか一丁噛みのコメントをして
知ったふりをしなきゃいけない
ついついしてしまう
そういったものは
習いになってしまっている
そういうインフルエンサーとか
なんていうのかな
ネット上で活躍する人たち
っていうのが出てくるんですよ
それってまさに
ここで佐々木俊直さんが
読んでないけど
知ったふうに言っちゃったこと
っていうのが
まさにその
それそのものになってる
っていうところがね
面白いんですよね
またこの面白さっていうのは
この作品を読まずに
やれAIを使ってるから良くないとか
なんだかんだって言ってる人たち
全員に対しても
言われてることなんですよね
この作品が
生成AI使って書かれた文章が
5%ぐらいあります
っていうことが
切り取られて報道されて
こんなふうにネガティブな評判を
呼び集めるっていうことまで
予測していたわけでは
ないと思うんですけども
結果的にそういう切り口で
評判になったことで
そういう人たちを全員
ブスッて刺すね
ややする言葉が
あらかじめこの小説の中に
埋め込まれてるっていうのがね
すごく面白いですね
例えばね
この読まないって言いましたけど
Discussion on AI-generated novel and its themes
もうね上から順番にね
私は読んでないんですが
私は読んでないんですが
っていうね
人たち
しかもエキスパートマークの
ついた人たちがね
いっぱい書いてるんですけども
こんなね短い小説
アクター合唱って中編って言って
長編よりも短いもの
規定になってますから
だいたい1時間あれば
読めるんですけどもね
そういうのを読まずにね
こういうことを書いてしまう
人たちっていうのは
だいたい信用ならんですよな
っていうのが
分かりますね
典型的なの読むと
ついにAIがアクター合唱にまで
進出してきましたか
この一言でその後
なんて言うのかもっと分かりますよね
ちなみにですね
これ平野圭一郎さんとかも
言ってますけども
中身を読めば分かりますが
作品の中に生成AIが出てくるんですよね
その生成AIが出てくる
その生成AI自体の発言として
ChatGPT等
何のアプリケーション使ったか
書いてないんですけど
そういった個別の製品使って
そこに書かせたということなんで
それが使われる必然性も
十分にあるような内容で
何の問題もないというか
平野さんは
その辺が問題になって
何の議論にもなりませんでした
みたいなこと書いてますけども
この後読む人も増えるでしょうから
読めば
これ何の議論してるんだみたいな
誰も読まずに
そういった人たちが
言ってるみたいなことが
分かられると思うので
一週間もしないうちに
Review and interpretation of the novel
トーンダウンすると思うんですけども
僕どちらかというと
小説書く方なんで
こういうね
古食蒼然とかね
読まずに
こういうことを言う人たちに
この著者と同じように
うんって思う人なんで
ちょっと取り上げてみました
ちなみに小説そのものは
すごいね面白いです
とっても芥川賞らしい作品で
こういうのが芥川賞だよなって
思いました
なんだっけな
審査員の好評で
ケチをつけるとこはないというか
欠点がないみたいなことを
言ってた人いたと思うんですけども
本当に芥川賞らしい作品で
芥川賞らしいっていうのは
どういうことかっていうと
文学に取り組む
言語と格闘してるっていうね
そういう生々しさがありつつ
現代性というか
同時代性がある
ここがねすごく面白かったです
同時代性ってこの作品の意味って
どういう意味かっていうと
ザハンがデザインした国立競技場が
もし本当に実現していた世界っていう
ちょっとパラレルワードみたいな
東京舞台にしてね
作品なんですけど
そこでいろんな主人公が
思念思案なんていうか
問いかけていくんですけどね
面白いんですよ
アマゾンだったか読書メーターか
どっちかの感想で
主人公の独り言みたいな
繰り返されるだけで
なんだか読んでいて面白くなかった
みたいなことを書いてる人がいましたけど
文学作品ってそういうもんだと思うんですよね
だからおそらくこの方は
すごく話題になって読んでみたんだけど
あまり合わなかったってことだと思います
なのでこの作品が合わなかったんじゃなくて
文学作品そのものが
合わなかったってことだと思うんでね
そういう例を除いては
大体面白いんじゃないかな
もしこれ読んで合わない
この作品面白がらないっていうことであれば
こういう作品は手に取らない方がいいと思いますね
東野圭吾とかを読んで
選ぶのが無難かなと思いますけども
まあいいか
あまり個別の作家名出してて
怒ってことはないんですが
僕こういうことに関して口が汚いんで
あまりこれ以上見られます
誰にも会いたくない
切羽詰まって
午後の資料も準備不足
教わったばかりの
名前も忘れる
今夜すぐに布団に潜ろう
夢も見たくない
カレイドの底に沈む夜
僕らは誰の言葉も
思い出さない
くたびれたフラクター
歌うボソボソと
というわけで今週も
なんか知りませんが
エンディングテーマ流してみました
なんだろうねこれ
流してなんだってことないんですけど
本当はね
毎週録音してどんどん練習して
上手くなっていこうと思ったんですけども
今日水曜日朝
歌える時間がないっていうか
朝一発目歌える感じにないんで
また取り組みたいと思います
というわけで引き続き
これらをお待ちしております
それではまた来週
良い一日を
15:22

コメント

スクロール