番組紹介とアナトール・フランスについて
湧き水のほとり
FM八ヶ岳をお聞きの皆さん、各種インターネットからお聞きの皆さん、ご機嫌いかがですか。開運小天です。
ここからの15分間は、聞く読書の番組、湧き水のほとりの時間です。
児童文学や、昔懐かしい物語、様々な文豪の短編などを、少しずつ読ませていただきます。
美味しいお水を召し上がりながら、一息ついてくださいね。
本日は、ノーベル文学賞の受賞経験もあるフランスの作家、
ジャック・アナトール・フランソワ・ティボー、通称アナトール・フランスが、
母親の話してくれた、自作の物語について書いた5つの作品の中から、
「大きいものの過ち」という作品を読んでいきます。
それでは、早速読み始めましょう。
どうぞ。
「母の話」と「大きいものの過ち」の紹介
アナトール・フランス作
岸田邦夫
母の話
前書き
私にはどうも想像力っていうものがなくってね。
と母はよく言ったものだ。
想像力がないと彼女が言ったのは、
それは想像力といえば小説を作るというようなことだけを言うものと思っていたからで、
その実、母は自分では知らずにいるのだけれど、
およそ文章では書き表せないような、
誠に愛すべき一種特別な想像力を持っていたのだ。
母は家庭向きの奥さんという立ちの人で、
家の中の用事にかかりっきりだった。
しかし彼女のものの考え方には、
どことなく面白いところがあったので、
家の中のつまらない仕事もそのために活気づき、
潤いが生じた。
母はストーブや鍋や、
ナイフやフォークや布巾やアイロンや、
そういうものに命を吹き込み、話をさせる術を心得ていた。
つまり彼女はたくまないおとぎ話の作者だった。
母はいろいろなお話をして、
僕を楽しませてくれたが、
自分では何にも考え出せないと思っていたものだから、
僕の持っていた絵本の絵を土台にして、
お話をしてくれたものだ。
これからその母の話というのを一つ二つ紹介するが、
僕はできるだけ彼女の話っぷりをそのまま伝えることにしよう。
これがまた素敵なのである。
大きいもののあやまち。
物語「大きいものの過ち」
道というものは川によく似ています。
それは川というものがもともと道だからです。
つまり川というのは自然にできた道で、
人はしちりひとっ飛びの靴を履いてそこを歩きまわるのです。
しちりひとっ飛びの靴というのは船のことです。
だって船のことをいうのにこれよりいい名前がありますか。
ですから道というのは人間が人間のためにこしらえた川のようなものです。
道は川の表面のように平らできれいで、
車の輪や靴の底をしっかりと、しかし気持ちよく支えてくれます。
これは私たちのおじいさま方が作ってくださったものの中でも一番立派なものです。
このおじいさま方はお亡くなりになったあとにお名前が残っていません。
私たちはただそのおじいさま方がいろいろいいことをしてくださったということを知っているだけです。
本当にありがたいものですよ、道というものは。
そうでしょう、道があるおかげで方々の土地にできる品物がどんどん私たちのところへ運ばれてきますし、
お友達同士も楽に行ったり来たりすることができます。
それで今日もお友達のところへ行こうと思ってそのお友達はジャンと言うのですが、
ロジェとマルセルとベルナールとジャックとエチエンヌとは国道へ差し掛かりました。
国道は日に照らされて黄色いきれいなリボンのように、
牧場や畑に沿って先へと伸び、町や村を通り抜け、人の話では船の見える海まで続いているということです。
五人の仲間はそんな遠くまでは行きません。けれどもお友達のジャンの家へ行くのには、
たっぷり一キロは歩かなければならないのです。
そこで五人は出かけました。
お母さんにちゃんとお約束をしたので、五人だけで行ってもいいというお許しが出たのです。
ふざけないで歩くこと。
決して脇道をしないこと。
馬や車をよけること。
五人のうちで一番小さいエチエンヌのそばを決して離れないこと。
そういうお約束をしてきたのです。
そして五人は出かけました。
一列になって規則正しく進んでいきます。
これくらいきちんとして出かければ申し分はありません。
しかしそれほど立派で一時乱れない中に一つだけいけないところがあります。
エチエンヌが小さすぎるのです。
エチエンヌは非常な勇気をふるい起こします。
一生懸命足を早めます。
短い足を精一杯に広げます。
まだその上に腕を振ります。
しかし何と言っても小さすぎます。
どうしても仲間についていけません。
遅れてしまいます。
これはわかりきったことです。
哲学者と言われる人たちは同じ原因があればいつでも同じ結果になるということを知っています。
しかしジャックにしてもベルナールにしてもマルセルにしてもまたロジェンにしても哲学者ではありません。
四人は自分の足に応じた歩き方をします。
かわいそうなエチエンヌもやっぱり自分の足相応に歩いているのです。
調子が揃うはずがありません。
エチエンヌは走ります。
息を切らします。
声を出します。
それでも遅れてしまいます。
大きい人たちはつまりお兄さんたちなんですから待ってやればいいのに、
エチエンヌの足に合わせて歩いてやればいいのにと思うでしょう。
ところがそれはだめなのです。
そんな心がけはこの子たちにはそもそも注文するだけ無理なのです。
そういうところはこの子たちも大人も同じです。
進めと世間の強い人たちは言います。
そうして弱い人たちを置いてきぼりにします。
ですがこのお話がどうなるかおしまいまで聞いていらっしゃい。
ところでこの四人の大きい人たち、強い人たち、元気な人たちは急に立ち止まります。
地面に一匹の生き物が飛んでいるのを見つけたのです。
なるほど飛ぶはずです。
その生き物というのはカエルで道端の草原まで行こうと思っているのです。
その草原はカエルさんのお国です。
カエルさんには大切なお国です。
そこの小川のそばに自分のお屋敷があるのですから。
そこでカエルさんは飛んで行きます。
カエルというものは天然自然の生き物としてこれは大したものです。
このカエルは緑色です。
まるで青い木の葉のような格好をしています。
そうしてそういう格好をしているのでなんだかすばらしく見えます。
ベルナールとロジェとジャックとマルセルはそれを追いかけ始めます。
エチエンヌのことも真っ黄色なきれいな道のことも忘れてしまいます。
お母さんとのお約束も忘れてしまいます。
もう四人は草原の中へ入っています。
しばらくすると草が深く茂っている柔らかい地面に足がめり込んで行くのがわかります。
もう少し行くと膝のところまで泥の中にはまり込みます。
草で見えなかったのですがそこは沼になっていたのです。
四人はやっと濃さでそこから足を引き抜きました。
靴も靴下もふくらはぎも真っ黒です。
緑の草原のせいが言いつけを守らない四人のものにこんな泥のゲートルを履かせたのです。
エチエンヌはすっかり息を切らして四人に追いつきます。
四人がそんなゲートルを履かされているのを見ると喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないような気持ちです。
そこで大きい人や強い人には大変な災難が降りかかってくるということを無邪気な頭の中でいろいろと考えてみます。
ゲートルを履かされた四人の方はしおしおとひっかえします。
だってそんな格好をしてお友達のジャンのところへ行けるはずがないでしょう。
四人がお家へ帰ったらみんなのお母さんはその足をごらんになって四人が悪いことをしたということがちゃんとおわかりになるでしょう。
反対に小さなエチエンヌの正常無垢なことはその薔薇色のふくらはぎに悟空のように現れているでしょう。
番組エンディング
冊子絵は大野隆、アナトールフランス作、岸田邦夫、母の話でした。
お聞きいただきありがとうございました。
番組では皆様からのリクエストや感想をお待ちしております。
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お送りしましたのは開運商店でした。この後もFM八ヶ岳でお楽しみください。
本日もいい塩梅に過ごせますように。またお会いしましょう。