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2026/07/20 湧き水のほとり #125 徳永直 「こんにゃく売り」2
2026-07-25 14:30

2026/07/20 湧き水のほとり #125 徳永直 「こんにゃく売り」2

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サマリー

この放送では、徳永直の随筆「こんにゃく売り」の第2回が紹介されます。語り手は小学校時代、家計を助けるためにこんにゃく売りをしていました。ある日、裕福な家の庭で犬に襲われ、野菜を傷つけてしまい、主人に叱責されます。しかし、同級生の林繁が代わりに謝罪し、語り手は救われた気持ちになります。物語は来週に続きます。

番組紹介と「こんにゃく売り」の導入
湧き水のほとり エフエム八ヶ岳をお聞きのみなさん、各種インターネットからお聞きのみなさん、ごきげんいかがですか。開運小天です。
ここからの15分間は、聞く読書の番組、湧き水のほとりの時間です。
児童文学や昔懐かしい物語、さまざまな文豪の短編などを少しずつ読ませていただきます。
おいしいお水を召し上がりながら、ひと息ついてくださいね。
先週から3回に分けて、労働環境改善のための執筆活動を生涯続けていた、徳永須直が幼少期の体験を書いた随筆、「こんにゃく売り」を読んでいます。本日はその2回目です。
執筆当時42歳だった徳永須直は、小学校5年生ごろから、放課後や学校を休んで、こんにゃく売りをして生計を助けていました。
肩に食い込む天秤棒を担ぎ、こんにゃくと水の入った重い桶を前後につるして、町はずれや住宅地など大声でふれ歩きました。
一番恥ずかしくつらかったのは、往来で同級生に出会うことだったそうです。恥ずかしいやら、とても怖く、同級生はてんでに早し立てるので、見つかると足がすくみ、急いで逃げ出す日々でした。
それでは続きをどうぞ。
裕福な家での出来事:犬との遭遇
ところがあるときこんなことがあった。もうすぐ夏になるころの天気のいい日曜日だった。
私は朝からこんにゃく桶を担いで、いつものように屋敷の多い住宅地を打って歩いていたが、あるお屋敷で大変なしくじりをやってしまった。
そのお屋敷は石垣の上にある高台の家で、十ばかりの石段を登らねばならぬ。石段を登ると大きな黒い門があって、砂利を敷いた道が玄関へ続いている。
左のほうは広い芝生続きの庭が見え、右のほうは茄子とかきゅうりを植えた菜園に沿って小さい道がお勝手口へ続いている。
もちろん私はお勝手口のほうへその小さい菜園の茄子やきゅうりにこんにゃく桶をぶつけぬように注意しながら行ったのであるが、気がつくとお勝手口の入口へ大きな犬が寝ているのであった。
黒白まだらの小馬ほどもあるのが地べたへ投げ出した二本の前足に大きな頭をのっつけ、長い舌を出したまま眠っている。
「こんにちは。こんにゃく屋でございます。」
私はそう言いたいのだが、うまく声が出ない。こいつが目をさましたらどうしよう。
しかし黙っていては女中さんは出てこぬし、こんにゃくは売れない。
私は勇気を出して犬の顔ばっかり見ながらふるえる声で、
「こんにちは。」と言った。
すると果して大きな犬はすぐ目をさました。
ブルドックだかトサケンだか耳が小さくほっぺたもひろがったその犬は、
最初ものうそうに目をひらいたがみるみるうちに鼻じわをよせて熱いくちびるをまくれあがらせた。
「こんにゃく屋でございます。」
もうそのときは叫ぶように犬にむかっていった。
あやしいもんではないということを知ってもらいたいために叫んだ。
しかし犬にはわからなかった。
とうなりながら起きあがると毛をさかだてて背中をふくらませて近寄ってきた。
わたしがひとあしさがるとふたあしよってくる。
ふたあしさがるとみあしよってくる。
わたしはもう声がでない。
おもいおきょうになっているからじゆうもきかない。
わたしが半分なき声になって叫ぶと、
とたんに犬はきもをつぶすようなほえ声をあげてもうぜんととびかかってきた。
わたしはきものにかみつかれたままうしろのさいえんのなかにこんにゃくをおきごとひっくりかえった。
野菜の損害と主人からの叱責
「おおくさま、おおくさま、たいへんですよ。」
そのときになってかってぐちからとびだしてきたじゅちゅうさんが
くもなく犬のくびわをつかんでひきはなしながらおくのほうへむかってさけんでいるのであった。
「こんにゃくやがおさいえんをめちゃめちゃにしてしまいましたわ。」
わたしもそれできがついた。
さいわいこんにゃくおけはみずがこぼれただけだったが、
わたしのしりもちついたところやおけのぶっつかったところは
ちょうどむらさきいろのはなをつけたばかりのなすが
たおれたりちぎれたりしているのであった。
「なにさ。」
「おやおや。」
げんかんのこうしどがけたたましくあいて
おくさんらしいおんなのひとがいそいででてきた。
「まあたいへんなことをしてくれたねえ。
こんにゃくやさん、これはうちのだんなさまがたんせいしていらっしゃるおさいえんだよ。
ほんとにまあ。」
おくさんはわたしのあしもとからちぎれたなすのえだをひろいあげると
いたましそうにそのむらさきいろのはなをながめている。
わたしもほんとにもうしわけないことをしたと思った。
わたしもこどもだけれどひゃくしょうのこだから
なすがこんなにはなをつけるまで
どんなにてすうがかかるかをしていた。
「どうもすみません。」
おじぎをしながらわたしはいぬのほうをみた。
しかしいぬはもうけろりとして
じょちゅうさんのあしもとにあしをなげだして
ものおさそうにそうぽむいているのであった。
同級生による救済
「いぬがこわかったもんですから。」
そういうとじょちゅうさんが
「おまえがにげるからだよ。
にげなきゃとびつきなんかしやしない。
ねえくま、そうでしょ。」
いぬのあたまをなでながらそういったので
いつかこれもさうにをききつけて
にわのほうからまわってきていた
しごにんのこどもたちのうちから
くすくすわらうこえがきこえた。
おとこのこもおんなのこもいるようだったが
わたしはますますはずかしくなって
かおをあげられない。
さんぼん、ごほんと。
ああ、これもおれてる。
おくさんはさいえんのなかを
こごんでおれてしまったなすをかぞえてあるきながら
ほんとにきゅうほんもおちまったじゃないか。
せっかくだんなさまがたんせいなすってるのに。
わたしはなんどもすみませんとおじにしたが
それよりほかにことばもめっからないので
しまいにはだまってあたまをさげていた。
なきだしたくなるのをがまんして
すむもすまんもありゃしないよ。
こんにゃくなんかいらないんだから
さっさとおかえり。
わたしはきものについたどろつちをはらって
もういちどおじにした。
するとそのときおくさんやじょちゅうさんのうしろで
ならんでみたいたこどものうちから
だれかがでてきて
おい、とくながくん
とみみもとでいった。
おどろいてわたしがかおをあげると
それがどうきゅうせいのはやししげるだった。
かれはだまってわたしのおけやてんびんぼうをなおしてくれ。
それからくるりとおくさんのほうへむきなおると
おばさん、すみませんといっておじにした。
はやしはくちかずのすくないこだから
それだけしかいわなかったが
それはあきらかに
わたしのためにわびてくれているのだということが
だれにもわかった。
それでこんどはいくらかおどろいたような
おくさんのこえがきいた。
おや、このこしげるさんのおともだち?
わたしははやしがなんとこたえてくれるだろうと思った。
またいぬのあたまをなでているちょちゅうさんも
うしろにたってみているこどもたちも
いっしょにはやしのかおをみていた。
ええ。
するとはやしはそれだけだが
ひじょうにはっきりとかおをあげていったのだった。
わたしはそのしゅんかん
いっぺんにからだがあつくなってきて
くーん、くーんとそらへのぼっていくきがした。
番組の締めくくり
本日はとくながすなおのずいしつ
こんにゃくうりをとちゅうまでよんできました。
つづきはまたらいしゅうです。
おたのしみに。
ありがとうございました。
おおくりしましたのはかいうんしょうてんでした。
このあともえふえむやつがたけでおたのしみください。
本日もいいあんばいにすごせますように。
またおあいしましょう。
14:30

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