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2026/08/24 湧き水のほとり #130 永井荷風 「夏の町」3
2026-08-29 14:30

2026/08/24 湧き水のほとり #130 永井荷風 「夏の町」3

感想

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サマリー

この放送では、永井荷風の随筆「夏の町」の第2章が取り上げられています。章の前半では、モーパッサンの一節を引用し、旅行中の不快な体験について、筆者の体験談を交えながらリアルに描写しています。特に、西洋と日本の旅館の不潔さや不便さを対比させ、旅よりも自宅で過ごすことの風流さを説いています。後半では、夏の東京の風情や、日本の夏の風物詩、そして夏の夕べに見られる女性の魅力について語られています。

番組紹介と永井荷風「夏の町」第2章への導入
湧き水のほとり
FM八ヶ岳をお聞きの皆さん。
各種インターネットからお聞きの皆さん。
ご機嫌いかがですか?
開運小天です。
ここからの15分間は、聞く読書の番組
湧き水のほとりの時間です。
児童文学や、昔懐かしい物語、
さまざまな文言の短編などを
少しずつ読ませていただきます。
おいしいお水を召し上がりながら、
ひと息ついてくださいね。
今月は4回に分けて、明治時代の文言を
長居嘉風の随筆、夏の街を読んでいます。
本日はその3回目、第2章に入ります。
第1章では、学生時代から夏も秘書地へ赴かず、
もっぱら東京の自宅にいて、
いわば文言ごっこをして遊んだり、
泳ぎを覚えると仲間と一緒に川遊びに明け暮れるなど、
自分自身が体験した夏の思い出とともに、
フランス留学で学んだパリの人の行動や芸術から、
パリの人と江戸の人を比較しながら、
長居嘉風の考えを述べていました。
起承転結でいえば天にあたる、
本日読んでいく第2章の前半は、
フランスの小説家であるモーパスさんの文章を
そのまま引用して、旅をする時に不愉快に思うことについて、
長居嘉風の体験も付け加えて、
誰もが覚えのあるとても不愉快な体験をリアルに再現しています。
まるで旅に出るより、
東京の自宅で過ごすのがいかに風流で楽しいかを説いているようです。
では、読んでいきましょう。
旅行の不快な体験(モーパッサンと永井荷風の体験)
モーパスさんの短編小説、
ロンドリ姉妹の始めに、
旅行の不愉快なことが書いてある。
天地ほど無益なものはない。
記者で明かすよといえば、
動揺する睡眠に体も頭もさんざんな目に遭う。
動いていく箱の中で腰の痛さに目が覚める。
皮膚が赤だらけになったような気がする。
いろいろなゴミが髪と目の中へ飛び込む。
すーすー風の入ってくる食堂車でまずい食事をする。
それらは私に言わせると旅行と称する娯楽の剣をすべきジョビラキである。
まず、この急行列車のジョビラキがあった後にはホテルの寂しさ。
人がいっぱいいながらいかにもがらんとした広い旅館。
身も知らぬ気味悪い部屋。
怪しげな寝床の寂しさが続いてくる。
私には何がさておき自分の寝床ほど大切なものはない。
寝床は人生の神聖なる伝道である。
人は生活をセキララにして羽布団の温かさと色布の真白気が中に疲れたる肉をかき漬け、また安息させねばならぬ。
恋愛と睡眠の時間。
我々が生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。
寝床は神聖だ。
地上の最も楽しく最も良いものとして敬い、たっ飛び、愛さねばならぬものだ。
それゆえ私は旅館の寝床の毛布を引きまくるときにはいつも剣をの上に身を震わす。
ここで昨夜は誰が何をした。
そんな不潔な忌まわしい奴がこのマトラの上に寝たであろう。
私は人がよく後ろ指さしていやがる醜い背むしやひっかきやその手の真っ黒なことから足や体中はさぞかしと推量されるように
あらゆる汚い人間または面と向かうとニラや汗の鼻持ちならぬ悪臭を吹きかける人たちのことを想像するし
ふぐしゃや伝染病や病人の寝汗や人間の体の汚いという汚いもの
醜いという醜いものを想像する。
自分が寝ようとする寝床にはそういう醜いものが寝たかもしれぬと思うと
私はそこへ片足を踏み入れるのが何とも異常のないほど嫌である。
これは無論西洋の旅館の話だ。
日本の旅館にはそれにまさるともあえて踊らぬ同じ布団の気味悪さに便所とそれから毎朝顔を洗う長芝の不潔が景物として付け加えられてある。
便所のことは言うまい。
もしこれが自分の家であったら見知らぬ人に寝起きのままの乱れた髪や汚れた顔を見せずとも済むものを。
宿屋に泊まる是非なさはシワだらけになった寝巻きに細いしごきをしめたままでコソコソと郷土の顔洗い場へ行かねばならない。
洗い場の流しは乾く間のない水のために青んごけが生えて触ったらぬらぬらしそうに光っている。
そしてそこには使い捨てた草用紙の折れたのに青いのやネズミ色のたんつばが流れ切らずにひっかかっている。
腐りかけた板ばめの上にはなめくじの張った跡がついている。
どこからともなく便所の臭気がみなぎる。
衛生をおもんずるためできる限りかかる不潔を避けようためには県知事さまでもお泊りになるべき、
その土地最上等のホテルへあがって大いに茶台を奮発せねばならぬ。
たんに茶台の奮発だけで済むことならたいした苦痛ではないがひとたび奮発するとそのお礼としてはいざ汽車へ乗って帰ろうという間際なぞに
きまって入りもせぬみかけばかり大きな土産物をばまさか見る前で捨てられもせず帰りの道中のにやっかいにとしょいこませられる。
夏の東京の風情と日本の夏の魅力
日本の旅館の深いなることは毎朝毎晩、
番頭や内着のあいさつ、
散歩のたびたびに女中の草芸、
旅のさびしさを愛する者にとってはこれ以上の反類はあるまい。
どこへ行こうかと秘書の行き先を思案しているうち土曜半ばには早くも秋風がたちそめる。
かやりの煙になおさらうすぐらく思われる有明の穂陰に内水の乾かぬ小庭をながめ
隣の二階の三味線をすだれ越しに聞く心持ち。
東京という町の生活を最も美しくさせるものは夏であろう。
一体に熱帯風な日本の生活が最も生き生きとして心持ちよく、
決して他人種の生活に見られぬ特徴を示すのは夏の夕べだと自分は信じている。
むしかご、えうちわ、かや、あおすだれ、ふうりん、よしず、どうろう、
ぼんけいのようなしゃしゃたる器物や装飾品がどこの国に見られよう。
ヘースはあまりに淡白で色彩の乏しきに苦しむ白木造りの家屋や居室全体も、
かえってそのために一種有明らざる明るい軽い快感を起こさせる。
この周囲と一致して日本の女の最も刺激的に見える瞬間もやはり夏の夕。
伊達巻の細帯に洗い浴衣の縦膝して湯上がりの薄化粧する夏の夕べを覗いて、
他にはあるまい町中のほりわりに沿って夏の夕を歩むとき自分は木編みをのかいた
島千鳥月の白波に借り金に結びしかやもきのお経と清本の出語りがある
めかけたくの馬を見るようなシャミセン的情緒に酔うことがしばしばある。
鑑長郎の先生もかつてそめちがえと題する短編小説に細角のような文章で
浴衣と柳橋の女の恋を書かれたことがあった。
それをば正直正太夫という当時の批評家が得意のダジャレを用いて
先生のそめちがえはそめちがえなりと罵ったことをも
私は明治小説史上の逸話として面白く記憶している。
番組の締めと次回予告
というところでお時間となりました。
本日は長居佳風の随筆、夏の町を途中まで読んできました。
続きはまた来週です。お楽しみに。
お聞きいただきありがとうございました。
番組では皆様からのリクエストや感想をお待ちしております。
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レディモのメッセージ欄からお寄せいただけます。
お送りしましたのは開運商店でした。
この後もFM八ヶ岳でお楽しみください。
本日もいい塩梅に過ごせますように。
またお会いしましょう。
14:30

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