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2026-02-28 14:30

2026/02/24 湧き水のほとり #104 「立春の卵」3

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湧き水のほとり
エフエム八ヶ岳をお聞きのみなさん、各種インターネットからお聞きのみなさん、ごきげんいかがですか。
開運商店です。
ここからの15分間は、菊読書の番組、湧き水のほとりの時間です。
児童文学や、昔懐かしい物語、さまざまな文豪の短編などを、少しずつ読ませていただきます。
おいしいお水を召し上がりながら、ひと息ついてくださいね。
はい、今月読んでいるのは、世界で初めて人工雪を作ることに成功した物理学者、中谷浮一郎が、昭和22年に書いた、立春の卵という作品です。
本日は、その3回目、最終回です。
当時、世間一般に、立春の日には卵が立つという情報があり、それを実験したニュースが各新聞に取り上げられました。
しかし、その報道に一石を投じたのが、中谷浮一郎でした。
それでは、続きをどうぞ。
Qと平面との接触面積は、Qの半径と目方と物質の断成とによって決まる。
Qと平面とが同じ物質で、両方とも完全に気化学的な形をしている場合には、その接触面積は理論的に計算できる。
それには、ヘルツの式というのがあって、すぐ計算ができる。
カシの卓の上に立てるとすると、カシのヤング率は1.3×10の11乗くらいである。
大体の検討を見るのであるから、卵殻の硬さもカシと同程度と見ておく。
卵の目方を50g、底部をQと見なし、その半径を2センチ半として接触面積を出してみる。
簡単な計算ですぐわかることであるが、円の直径は2.2×10の-3乗センチと出る。
すなわち直径100分の2ミリくらいの円形部分が歪んで、その面積で卵を支えていることになる。
それで卵の重心から下した垂直線が、その面積内を通れば卵は立つわけである。
問題は、そういうふうにうまく中心を取る技術だけにかかることになる。
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要するに、根気よく静かに少しずつ動かして、中心が取れたときに、さっと手を離せばよいのであるが、
1ミリの100分の1とか2とかいう精密な調整は、とても人間の手ではできそうもない。
そして次に考えてみるべきことは、卵の表面の性質である。
卵の表面は、完全な球面または楕円面でなく、表面がザラザラしていることは誰でも知っているとおりである。
100分の1ミリ程度を論ずる場合には、もちろんこのザラザラが問題になる。
表面に小凹凸があると、その凸部の3点あるいは4点で台に接し、それがちょうど如くの足のような役目をして卵を支えるはずである。
そうすると卵の底面積は、iとなる凸部の3点または4点の占める面積になる。
理論的には三角形の頂点の3点でよいはずであるが、実際は四角形の四隅の点あるいはもう少し多い点になるであろう。
いずれにしてもこの方は前日の100分の2ミリなどという値よりもずっと大きくなりそうである。
教室の昼飯のときに、この話を文字出してみたら、Hくんが、「ひとつ顕微鏡で見てみましょう。」と言うことになった。
Hくんは人工雪の名手である。
顕微鏡のもとで雪の結晶を採掘するのに慣れているので、卵の凹凸くらいはものの数でない。
さっそく台の上に墨を塗って、その上に卵を立て、卵の尻に黒いマークの点をつけた。
そしてそのマークのところで殻を縦に切り、その切り口を顕微鏡で覗いてみた。
まず驚いたことは、卵の表面の凹凸はきわめてなめらかな波形をしている点であった。
ザラザラの原因であるところの大分ととつ分との高さの差、すなわち波の高さは100分の3ミリ程度に過ぎず、
それに比してとつ分間の距離、すなわち波長はこの卵では10分の8ミリくらいもあった。
これで問題は非常にはっきりしたのである。
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ごとくの3本足、あるいは4本足の間隔は約10分の8ミリであるから、半ミリ程度の精度で中心をうまくとれば卵は立派に立つわけである。
それくらいの精度でよければ、人間の手でも落ち着いて少し根気よくやれば調整ができるはずである。
100分の2ミリではちょっと困るが、この程度ならば大丈夫である。
ところで前に言った、急面と平面とが弾性的、弾む弾性的歪みによって接触することは、このとつ分と板との接触について当てはまる。
もっとも板の表面の凹凸を考えにいれれば、もう少し難しくなるが、そこまで立ち入らなくても話の筋はわかる。
すなわち卵の表面のとつ分と板とが直径100分の1ないし2ミリくらいの円で接し、そういう接点が10分の8ミリくらいの距離で3点あるいは4点あって卵を支えているのである。
そうすると卵がどれくらい傾いたら、重心線が底の3点の占める面積を外れるのか。
すなわち卵が倒れるかという計算ができる。
重心の高さを2センチ半として、それが横に半ミリずれるときの傾きは約1度である。
それで一旦立った卵は、1度くらい傾くまでは安定であって、それ以上傾くと倒れるはずである。
事実、机の上に卵を立ててごく静かに机をゆすぶってみると、卵は目に見える程度に揺れることが認められるが、それでもなかなか倒れない。
もっとも少しひどくゆすぶれば倒れることはもちろんである。
目に認められるくらい揺れるというのがだいたい1度くらいであろう。
これで卵の立つ力学はおしまいである。
こういうふうに説明してみると、卵は立つのが当たり前ということになる。
少なくもコロンブス以前の時代から今日まで、世界中の人間が間違って卵は立たないものと思っていただけのことである。
前にこれは新聞全史をつぶしてもいい大事件といったのはこのことである。
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世界中の人間が何百年という長い間、すぐ目の前にある現象を見逃していたということがわかったのは、それこそ大発見である。
しかしそれにしても、あまりに事柄が妙である。
どうして世界中の人間がそういう誤解に陥っていたか、その点は大いに吟味してみる必要がある。
問題はうまく中心を取ればというが、角度にして一度以内というのは恐ろしく小さい角度であって、
そういう範囲内で卵を垂直に立てることが非常に困難なのである。
その程度の精度で卵の傾きを調整するには十分の一ミリくらいの微細調整が必要である。
それを人間の手でやるにはよほど繊細な神経がいることになる。
実は学校へ卵を持って行ってみんなの前で立てて一つ試験をしてみようと思った時は、なかなかうまくいかなかった。
夜落ち着いて机に向かっていて少し退屈した時などにやれば割に簡単に立つのである。
卵を立てるには静かなところで振動などのない台を選び、ゆっくり落ち着いて5分や10分くらいはもちろんかけるつもりで、
静かに何遍も調整を繰り返す必要がある。
そういうことは卵は立たないものという想定の下ではほとんど不可能であり、
事実やってみた人もなかったのであろう。
そういう意味では立春に卵が立つという中国の古書の記事には案外深い意味があることになる。
私も新聞に出ていた写真を見なかったら立てることはできなかったであろう。
何百年の間世界中で卵が立たなかったのはみんなが立たないと思っていたからである。
人間の目に盲点があることは誰でも知っている。
しかし人類にも盲点があることはあまり人は知らないようである。
卵が立たないと思うくらいの盲点はたいしたことではない。
しかしこれと同じようなことがいろいろな方面にありそうである。
そして人間の歴史がそういう些細な盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。
立春の卵の話は人類の盲点の存在を示す一例と考えるとなかなか味のある話である。
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これくらいうまい例というものはそうざらにあるものではない。
ニューヨーク、上海、東京間を2、3日通信する電報料くらいは使う値打ちのある話である。
昭和22年4月1日
中谷浮一郎作 立春の卵
さて、FM八ヶ岳でお聞きのリスナーの皆様にお知らせがあります。
FM八ヶ岳のホームページのアーカイブには約2ヶ月分の放送が保管してありますので、
スマホやパソコンからFM八ヶ岳のホームページを検索していただきまして、
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何時でも何回でもお聞きいただけます。
お聞きいただきありがとうございました。
番組では皆様からのリクエストや感想をお待ちしております。
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お送りしましたのは、開運商店でした。
この後もFM八ヶ岳でお楽しみください。
本日もいい塩梅に過ごせますように。
またお会いしましょう。
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