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人生は確率ゲーじゃないか説(仮)
2026-08-31 12:56

人生は確率ゲーじゃないか説(仮)

夫の言葉からふと思い立ったこと。

#目標達成 #ゴール #コーチング #自己実現 #気づき
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はい、みなさんこんにちは、きなこです。 今日はですね、人生は確率ゲーかもしれないと思ったら、結構面白かったという話で、お話をしていこうと思います。
私は3歳の双子のおかんをしながら、体育コーチとしてゆるく生きているものです。 このラジオでは、私の日々の思考のしゃべり散らかしということで、日々感じたことを喋っております。
よろしくお願いします。 久々にオープニング喋ってみた。
昨日ね、すごい面白いことがあって、 早速喋っていこうと思うんですけど、
昨日のね、お昼ご飯の時の話です。 うち3歳の双子がいてて、男の子、ハヤちゃんがね、ご飯をこぼしちゃったんですよ。
で、その時に、ラーメンやったと思うんやけど、ラーメンをボロッとこぼして、 あーちゃーみたいな、汁もこぼれるし、麺もぶわーって散らかるし、っていうので、あちゃーってなったんですね。
で、その時に夫がハヤちゃんにかけた言葉が面白くて、 ハヤちゃんがね、まずやってしまったってことはわかるから、お父さんごめんなさいって言って謝ったんですよ。
で、私はその時ご飯を作ってたから、夫がね、そばで見てたんですね。 で、夫がハヤちゃんに言ったのが、
そうやねって、こぼしたのはあかんなって、でももう過ぎてしまったことはしょうがないから、 こぼさないようにするのにはどうしたらいいのか考えようって言って、
どうやって座ったらこぼさへん確率が上がるのか考えようって言ったんですね。 で、当然3歳児なんで、確率って話をされても、
ぽかーんってすると思うんですけど、 ただ、自分自身を責めるというよりも、自分のしたことを改善すればいいんだってことはね、
たぶん雰囲気から伝わったんですね。 で、それでハヤちゃんは、じゃあこうやってしたらいいのかなぁとか言って、ちょっとね、斜めって食べてたんですね、その時。
なんか斜めって食べる癖があって、毎回ね、まっすぐ向こうねーとは言うんですけど、 で、うちの夫がそうそうって、まっすぐ向いたらそもそもこぼすことがないやろーっていう話をしてたんですよ。
で、その時に、あのハヤちゃんは自分自身の別に人格というか、そのこぼした自分を否定されたわけじゃなくて、
その自分の行動を次につなげるためにどうしたらいいんだろうっていうふうに考えてたので、 あーなんかその自傷自体をただ現象として受け止める、そこに人格がどうとかは関係なくって、
ただ自傷として受け止めて、 で、自分が望む方向へ向かう確率が上がるのはどういう
行動を選べば確率が上がるだろうっていうふうに考えるのが、まさになんかうちの旦那さんらしいというか、プログラマーなんですけど、まさにプログラマーらしいなぁと思って、すごく勉強になったんですね。
で、私が昔よく何かをやらかした時、失敗した時っていうのは、 その時の時代背景もあると思うんですけど、その行動そのものも注意されるんだけど、
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プラスアルファ、私自身に対する叱り方っていうのが結構多かったと思います。 だから、なんかあんたはダメだ、みたいな、あんたのそういうとこがダメだ、みたいな。
もちろんあってるんですよ、そういう行動をするのはダメ、 だからこうしようねっていう話なんですけど、私はその時、私はダメだっていう受け取り方をしてたから、
結構、なんかやらかす度に自分自身を責めていた記憶はあります。 で、割とこれ大人になっても割と引きずってまして、
なんか、そんなことをしてしまう私ってダメだなぁっていう、なんかその行動がいかんだけなのに、その行動をする結論、絶対決が私ってダメだなぁだったんですよね。
うん。 だから、自分がそもそも至らないから、私自身がダメだからそうなるんだ、みたいな。
そう、なので、その本当は自分の方法とか行動を見直すべきなのに、自分そのものがダメだから、もう否定して終わり、みたいな感じだったんですね。
これ多分私だけじゃなくって、なんか真面目な方ほど、私結構不真面目だったんですけど、私ですらもそうだったので、結構真面目な方ほど、
反省ではなく、自己否定、自分を責めちゃうっていう方に生きやすいと思うんですね。
一つの失敗から、私はちゃんとできない、私ってなんでダメな人間なんだろうまで広げちゃうというかね。
そう、その痛みをなんか、本当はその失敗を改善するためのただの自傷なのに、なんか自分自身を傷つける痛みを伴う出来事にしちゃうみたいなね。
だけど、なんか私自身もね、なんかいろいろやってきて、もちろん自分自身の自己管理とか、自分自身のセルフコーチング、私自身がコーチングを受けてきた経験、そして今はカウンセリングとしてね、クライアントさんと伴奏させてもらってるっていう経験、いろんな経験で思うんだけど、
結局、習慣を変える、考え方を変えるっていうのが大事で、その中で結局、どこまでいっても確率論なんかなっていうのは最近本当に思ってて。
で、ほら、いろんな自己管理とか習慣術をおっしゃる方、皆さんそうおっしゃるんですよね。
自分自身がダメとかではなくて、科学的な方法とかね、いろんなエビデンスをもとにどうすればうまくいく確率が上がるのかっていう考え方をするって、本当にこれに尽きるなーって思うんです。
偶然ね、うまくいくこともあるし、成果そのものっていうのは100%自分でコントロールはできひんものもありますよね。外敵要因もある。子育てしてたらさ、当然予定クラッシャーの子供がいるからさ。
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そんなのある中でも、でも自分が少なくともコントロールできる範疇で、自分がこうすればこうなる確率が上がるっていうところはコントロールできると思うんですね。
だからそこにエネルギーを入れたらいいわけで、で、うまくいかなかったからって言って、それは自分自身を自己否定する材料にする必要はなくて、自分自身に自己否定の刃をさ、毎回セルフ切腹をする必要はなくてですね。
ただ、ただうまくいく時もあるし、うまくいかん時もある。で、そのやり方ではうまくいかん確率の方が高いんではなかろうかと。ただそれだけのことっていう感じなんですよね。
だから結局これって、まあ習慣術一つにしてもそうやけど、結局あらゆるおそらくゴールとか成果って、その人の習慣、その人が過ごしてきた毎日の積み重ねの結果生まれるものだから、
結局自分が目指したいゴール、まあ大げさに言ったらもう人生のそのもので、割と確率ゲーなんじゃねって最近は思うようになったんですね。
3歳児のハヤちゃんからしたら、いかにラーメンをこぼさずに食べる確率をね、上げる姿勢を変えるとかね、座り方の姿勢を変えるとかね。
そうそう、だからその人格自身の在り方っていうのももちろん大事なんだけど、その、あの行動することにおいては、条件をいろいろパズルのピースのように組み替えていく。
もうさあこれだけでいいんじゃないかなーなんて思うようになりました。そうすると自分をなんか責める必要ってないんですよね。
なんかそこに感情を持ってくる必要もないから、逆にこれって自分にとても優しいのではなかろうかと。
自分自身の人格に対する尊厳は守ったまま、行動だけを変えていけばいいから、そうこれってものすごくこう、お豆腐メンタルにも優しい習慣術なんじゃないかなって思うようになったんですね。
ゲームで考えてもすごくわかりやすい話で、何かこうダンジョンとかがあって、そこに向かうためにこういうやり方、このアイテムとこのアイテムをゲットするんだけど、
途中でボスを倒さないといけないわけで、とかってなった時に、多分その一つのやり方でやってあかんかった時に、
じゃあこの武器の組み合わせやったらあかんのかとか、この戦い方やったらあかんのかとか、このアイテムやと効果がないんかっていう、それって自己否定じゃなくてただの情報っていうか、ただの結果みたいなものに過ぎひんから、
じゃあここのやり方を変えたらここのボスクリアできるんじゃね?とか、じゃあここのダンジョンがちょっとややこしいんだったらちょっと迂回していった方が自分にはいいんじゃね?とか、
そのやり方をただパズルのピースのように変えるだけでいいんじゃないかなって。
そこでね、なんか俺はなんて情けない勇者なんだみたいな感じにはならないんですよね。ゲームで考えたらそうなんだよね。
目的達成のためにはいかにこの確率論を、確率を上げるためにどの選択をするかってのをただ淡々とね、粛々とやるだけなのに、
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しかもそれが楽しいっていうね。それ自体が楽しいことなのに、こと目標達成とかになると、ついつい真面目な人ほどさ、
ただ上手くいかない確率のほうのカードが出ただけなのに、その度にセルフ説服しちゃうみたいな。
あるよね。私もあるのですごくわかるんです。
で、真面目だし、その度に失敗する度に人格に関わるきつい失績を受けてきたほど、そこのセンサーとかトリガーがでかいと思ってて、
そこが強制起動しちゃうと思うんですね。
でも、それは過去の話であって、今のあなたがダメなのかって言われたら、絶対過去もダメじゃないんだけど、そういうわけではないです。
なので、トリガーが相変わらずワンワンワンワンサイレンうるさいと思うけど、
でも、ただ単にこれは上手くいかなかった方の確率の方が出ただけって思えれば、自分自身の、あなた自身の尊厳は守られるのかなーなんて思います。
失敗には当然痛みも伴うと思うんですね。内容にもよるけどさ。
だけど、その、やってしまったことが別にね、それを正当化するわけでもないけれども、
ただ、その全てはやっぱり、そのやってしまった失敗もしくはその過去が、その未来のゴールにどうやって都合よく使うかっていうことだと思うので、
やっぱりこれからの捉え方っていうのはいくらでも変えられるわけやから、
だから、なんかこれは上手くいかなかった、じゃあ次上手くいくためにはどうすればいいだろうとか、
未来のゴールの自分の在り方につなげるためにはどうすればいいだろうっていう風に、
ただただ、勇者の勇者とかさ、なんかドラクエとかパーティーの武器を買えるみたいな感覚で、
その確率が上がるやり方を、チョイスを変えていけばいいっていうのがいいんじゃないかなーって思います。
まだこれは自分の中でも仮説なんですけどね。
なので、まあ自分でもこれからも、もともとゲームは好きなんだけど、
自分の挑戦に対して、全ては確率のなんじゃねー説を自分でも試してみたいなーなんて思います。
どうですかね、なんかこれを聞いてくださっている方も、
なんか上手くいかなかった時さ、
なんか、私ってダメやな、俺ってホンマアカンなーって思うことないですかね。
結構メンタル弱ってたりする時に限って弱り身にたたみ目とかでさ、
切腹の度合いもさ、メンタルとか睡眠不足度合いとかでも変わってきますよね。
気欠消耗するとね、中医学でいうとさ、気欠消耗すると自分攻め度が上がるんでね、
刃が鋭くなってくるんだよね。研ぎ始めるんですよね、刃はね。
だけど、自身はもうただでさえ素晴らしいってことには絶対変わりなくて、これは断言できる。
絶対素晴らしいんですよね。
だけど、やった行動の結果、上手くいかなかった方のカードがたまたま出ただけ、みたいな感じだと思うんですよ。
だから、次上手く確率を上げるには、どこを変えようかなっていうところだけ考えてみたら、
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きっとね、見えてくるものも変わると思うので、ぜひトライしてみてください。
はい、ということで今日は、
人生はすべて確率ゲーなんじゃないか説、括弧仮、っていうのでお話しさせてもらいました。
ここまで聞いてもらってありがとうございます。
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励みになります。
いつも聞いてくださっている方も本当にありがとうございます。
もし聞いてなんか質問があるよとか、私はこういうのがなんか最近自分攻めちゃったなとか、そういうのがあったらぜひコメントとかレターで送ってもらえると嬉しいです。
あとご質問とかリクエストもバンバン受け付けてますので、レターがコメントから随時お待ちしております。
ではまた次の放送でお会いしましょう。ほな、またねー。
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