才能への無自覚とコーチングの役割
皆さんこんにちは、きなこです。さて今日はですね、クライアントさんとのセッションを通じて、ちょっと私なりの所感というか思ったことをお話ししていこうかなと思うんですけれども、テーマは
才能っていうのは自分が意外と認識してないかもしれない説というお話ですね。 昨日のセッションでクライアントさんといろんなね、やりたいこととかゴールのお話とか
それを叶えていく上で自分の中で乗り越えたい課題とかね、そういうものをいろいろお話ししてたんですけれども、そうして思ったのが意外とこのクライアントさんだけじゃなくて、人ってやっぱり自分の
才能に意外と気づいてないっていうところがあるんじゃないかなと思うんですね。 前にコーチングの面白いところって、その人が自分自身でも見えていない部分、後頭部みたいな
背中とかね、見えないじゃないですか、自分から。そこをね、発掘するところが面白いんだよねーみたいな話をね、させてもらったんですけれども、まさにその一つがこの
見えざる才能みたいな部分かなと思ってて。 過去にね、何かトラウマがあったりとか、分からない親とか先生とか
何か辛い思いをされた方とか、それ以外でもね、何かしらの思い込みみたいなものが時としては原因になることもあるんじゃないかなと思うんですけど
全員に対して言えることじゃないけどね、自分の能力やスキル、もともと持ってるね、才能みたいなものがあるんやけど、何かしらが原因で、なんかそれを抑圧しちゃってる自分っていうのが、出してしまうのが怖いみたいな感じですよね。
他、何かそもそも才能って思ってないから、こんなもの世に出したって別に誰のためにもなんないよね、みたいなものって結構あるんじゃないかなと思ってて。
クライアントの才能の具体例
で、その実際の例で言うと、私がセッションをさせていただいたクライアントさんは、情報をキャッチする能力がすごく高い方で、情報の感度がすごく高いんですね。
それに加えて、言葉選び、言葉遣いっていうのがとてもお上手、また手先も本当に器用で、ないなら作ればいいっていう、本当にかっこいいですよね。ないなら作ればいい精神がある方なので、こんなものあったらいいのにって思ったら、それこそリアルだったら例えばぬいぐるみとかね、何でも作っちゃうんですよ。
それをさらっとおっしゃるわけです。作っちゃったんですって。すごくない?それって。思いません?聞いてて。私なんか本当手先めちゃくちゃ不器用で、昔からね。
で、私は全ての器用の能力を神に奪われたと思っているので、私からしたら、本当にどれだけ逆立ちしたとしてもできないというか、どれだけ自分のマックスの能力を高めても、たぶんそんな作っちゃいましたって言えないなっていうぐらいの才能の持ち主なんですけど、
なんかそれって自分が、自分自身がいられる、安心していられる場っていうところで、それを出し切ることによって、その出した、無意識にね、作っちゃいました、やっちゃいました、こんなことしたんですって、一回そのボールを投げてるじゃないですか。
で、その投げたボールをキャッチした方がコーチですよね。が、「えっ、それって才能じゃない?」っていう、その場においてその人らしさが全体の状態でね、投げて初めて気づくものってあると思うんですね。で、これで、「いや、それ才能じゃね?」って言われて初めて、「えっ、そうなんですか?」って気づくわけなんですね。
なので、なんか私はこの間、ちっちゃい時に、こんなものをやって何になるんやろうって思ってた趣味みたいなものが、今の自分の人生を加速させてるっていう話ね。ピアノとか絵会話とかお絵かきとかね、そういう話をさせていただいたんですけれども、かつてはあれも、漫画とかもそうかな、ラジオでもお話ししましたが、誰かの役に立つなんて思ってもなかったし、
趣味と才能の再評価
なんなら、ちょっとギルティー感はあったんですよ。そう、親にね、そういうのをやるたびに、まあ成績にはつながらないですよね、直接の。お絵かきを一生懸命頑張ったところで、算数の成績は上がんないじゃないですか。だから、そんなことしても、何の役に立つねんと、またそんなしょうもないことしてって、よー言われてたんですけど、だからそういうふうに言われると、自分の中でそれはしょうもないことであるっていうね、それは誰の役にも立たないことである。
つまり、価値のないものであるっていう、自分は情熱を注げるんだけど、価値がないものであるっていう、ここがイコールの方程式で、自分の中でね、方程式を作ってしまうんですね。それは、その時の母から見た解釈であって、それが全世界のルールにそれが適用されるかと言われたら、別にそうではないじゃないですか。
法律違反でもないしね、漫画描いたからって捕まるわけじゃないでしょ。なんとでもできるんですよね。で、自分がただね、冷静に考えたらよくわかることだと思うんですけど、いやいややることよりも、自分が情熱を持って、これめっちゃ好きやねんって打ち込んで、誰から止められようとも、いや私はこれがやりたいねん、俺はこれ極めたいねんって言って、何かに打ち込んだやつの方が絶対に上達するし、
それが引いては誰かの役に立つなら、絶対そっちの方が価値としては上がるじゃないですか。で、ウィンウィンじゃないですか。提供された方も幸せやし、提供してる方も好きでやってるわけやから、めちゃくちゃ幸せなわけじゃないですか。そう、だけどこれが何かしらのね、傷が原因かもしれないし、そこはね、お一人お一人話し聞いてみないとわかんないけれども、そう、このクライアントさんがね、傷を負ったかどうかっていうのはまた違うんですけれども、
そう、私の場合は、過去にそういうふうに、そういえば親から昔こういうこと言われたなーっていうのが、あのずーっとね、それをこじらしてたんですね。で、まあ断っとくと親が悪いっていうふうに思ってるんじゃなくてね、ただ自分がそういうふうに思い込みをずっとこじらせたまま大人になってしまったっていうことなんですけれども、そう、だけど同じようなことを表張る方多いんちゃうかなーって、昨日セッション終わったと思ったんですよね。子供を迎えに行く、さあ車運転しながら。
AI時代における人間の才能の価値
思ったんですよ。なんか自分的には、それこそクライアントさんも、なんか、え、こんなものが役に立つんですか?とかおっしゃるんですけど、もうね、このクライアントさんの紡ぐ文章っていうのがもう本当に天才的だし、まあ詳しいことをね、言うとちょっと個人情報に触れちゃうからあれだけど、あのそういう作品展みたいなものとかで賞を取ったりとかさ、あのたくさんここでファンができたりとかさ、やっぱり人の心を震わせる文章とか言葉を作れるっていうのはね、
すごいじゃないですか。特にこのAI時代においてなんかめちゃくちゃ価値のあることだと思うんですよね。文字を通して人を震わすことができるって、そこに人の心がわかるからこそその文章が紡げるわけで、やっぱりその文章とか言葉に対する語彙って言ったらいいのかな、に対するこだわりとかをすごいお持ちな方なんですね。
だからよくお話聞いていったら、読む小説の傾向とか、作家の傾向とかにおいても、あのやっぱりこういう自分はこういうところが好きで、こういう表現のこういうところが好きでっていう言語化能力がもう恐ろしいんですよね。だからすごいめちゃくちゃ才能にあふれてる、で他もイラストとかもお上手ですし、自分を表現するっていうことがとてもとてもお上手な方なんですよね。
ただその一方でそれが、じゃあやったとして果たしてそれが役に立つのかいなっていうところになると、やっぱり大抵の方って止まっちゃうと思うんですよ。ただこれってなんか一周回ってそれが誰かの役に立つ時代が、これは勝手な私の解釈ですけどAI時代だからこそこういうのが人間みらしさじゃないですか、こういうところに価値を見出すような時代になってくるんじゃないかなと私は思ってて、
なぜなら正しい情報とか学者っぽいお役立ち情報とかはね、AIさんがいらっしゃいますから私たちがしなくてもAIさんがしてくださるので、しなくていいんですよね。だけどなんか自分はここが好きやね、でこれをこう解釈するのが好きやねっていうその人間らしさそのものが、この人の作品好き、プロダクト好き、でそれによってその人の人生がまた受け取った方の人生が彩られていくってなったらめちゃくちゃ幸せだと思うんですよ。
だから、意外とこのクライアントさんともね、そういう話をさせてもらって、じゃあ自分はまだまだね、すぐにねやっぱり才能あるって言われてもすぐにはこう、人間ってやっぱ潜在意識がありますから抵抗が働くのは当然で、そこもこれを聞いているリスナーの皆さんも別にね、今すぐあそっか私は才能があると思い込まないといけないんだとかまでね
才能発見へのアプローチ
あの強く思う必要はなくて、なんか夢中でやってしまったこととか、それはいいことなんですよ。夢中でいろいろやっちゃったこととか、もうこれめっちゃ情熱注いでんねみたいな何の役に立つかわからへんけど好きやねみたいなものがあったとしたらそれを1回ちょっと自分の中で落とし込んでほしいんですよね。
で、それを人から止められてもやりたいかどうかっていうのも、なんかちょっとね自分に問うてみてほしいですね。もうやめときーなそれって言われても、いやでもやりたいねなーとかついやっちゃうよなーつい考えちゃうよなーみたいなことってないですかね。
そういうところをやってみて、もしかしたらその先にそれがパーフェクトにね、それは完璧って意味ではなくて自分の心の状態がねめちゃくちゃテンション上がった状態でそれを極めた時にどういう未来が待ってるかっていうのもちょっと妄想してみてほしいんですよね。
で、そうすると意外となんかあれこれ誰かのもしかしたらおもろいプロダクトになってるんじゃない?誰かにとってのおもろいプロダクトになるんじゃない?っていうのはね、おおおとしてあると思うんですよ。そうそう。で、なんかそれすらもまだできらへんねん、わからへんねんって人もいると思うんですよ。
いやとはいえと。いやとはいえきなこよと。それはわかっとるがなと。それ出せるならいいよ。私の趣味はこれです。俺の趣味はこれですって言われるならええけどって。それがないから困ってんだやんっていう人もいてあると思うんですよ。そういう時は本当にあのどんなことからでもいいから始めてみるっていうねちょっとなんかそれっぽいことしか言えなくて恐縮なんですけどねあの1対1の個別とかやったらねもうちょっとこうまとえたこととかは言えるんやけれども何かしらあるんですよ。
何かしらがあって、自分の中の思い込みがそれを抑圧してなかったことになってるのか、ほんまに見つけきれてないだけか、まだ出会ってないだけか、どっちかの可能性はあると思います。だけど誰しもやっぱり人間って夢中になれるものってあるはずなんですね。私は少なくともそれを信じているので。
元からついやっちゃうこととかできちゃうことみたいなものっていうのもあると思います。生まれつきのギフトっていうやつですね。そういうのもあると思うのでそこを自分の中で掘っていってみるっていうのもめちゃくちゃ面白いんじゃないかなと思います。
興味関心の芽を育てる
あとはそうやな、自分がyoutubeの動画とか見て、これいいなとかそういうのに完璧にできるとかじゃなくても、そこにちょっと興味を持つとかだけでもすごく大事かなって思ってて、それは自分じゃない誰かになろうとして無理するとかじゃなくてね。
あとはね、「興味関心の目」みたいな感じかな。ちょっとポッと隣のトトロでさ、ポッとあるやん。庭で。夜中にさ、さつきとめいちゃんがさ、なんかトトロの気配を感じで出たらさ、トトロたちがさ、庭でダンス踊ってて。
タケノコニョッキッキみたいなポーズをさして、ポポポポって目が出るじゃないですか。あんな感じのちょっと興味関心の目っていうのがあったら、それをぜひつぶさずに、目をつまずに、ちょっとあ、私もしかしたらこれに興味あるかもしらん。やってみてほしいんですよね。
それでやってみて、ちゃうかったらちゃうかったらいいと思うんです。ちゃうっていうことが実験の結果わかるしね。なので、ない人はそういうところから始めてほしいなと思います。ただの趣味とかね、人の役にこんなもの立たへんって決めつけるのはね、まだまだ早いと思うんですよ。
なので、私もそうだし、クライアントさんもそうだし、自分たちがワクワクするもので、その生きざむ何よりもね、やっぱりその夢中になるものに打ち込んで、目に光を宿しながらキラキラしてる姿自体が、やっぱり誰かを勇気づけるものなんじゃないかなと私は思うんですよね。
最近これめっちゃ思うんですよ。私自身も去年よりも、2年前よりも1年前、1年前よりも今年が一番、今が一番楽しい。今が一番楽しいし、来年は多分もっと楽しくなってるんやろうなっていう気持ちがあるし、とにかく今をすごく楽しそうに生きてると、
機嫌の良さと他者への影響
なんかね、それだけで本当にお仕事だけではなくてプライベートの関わりでもすごく元気になるって言われるんですよ。これは多分私がすごいからとかそういうことじゃなくて、多分その人自身がやっぱり機嫌がいいっていう状態っていうのが相手にとってもポジティブな影響を与えるんだと思うんですよね。
いい意味で余白もあるから、やっぱりお困りになってたら、なんかよくしてあげたいなとか、相手が迷惑でなければね、お話聞こうかなとかそういう、ちょっとこう何ていうのかな、リタみたいな、リタの精神みたいなの自然と働くし、そのリタをすることで自分に返ってくるの分かってますからね。
だからやっぱりその自分自身の器をいっぱいに満たしてあげる、それが別に最初はお金を稼ぐとかだけじゃなくてもいいと思うんですよ。
だからそこの自分のギフト、自分だけのギフトと出会う旅みたいな、見つける旅の旅っていうので、別に手段を目的にしてしまってもいいと思うんですよね。
その上でそれを出会ったってなったらまた道が開けると思うので、自分だけのギフトっていうものを、ぜひね、この2026年、もうすぐ6月ですか。
もう終わるよ今年、早いわ。なのでそういうのをやってみてもらえたらなと思います。
今後の活動とイベント告知
で、こういったお話っていうのも、セッションも含めてですけど、いろんなところでしていきたいなーって思うんですよね。
公式LINEの読者さんともね、何人か仲良く文通させてもらってるんですよ。あれも地味に楽しい。
そういうのとかも、ちょっとプチ企画みたいなも立ててやりたいし、あとは9月か、9月にシドニーでね、ミモザちゃんと一緒に現地でイベントもやりますので、そこでもね、フライのワークショップみたいなものも開けたらなぁと。
そりゃやるんやけど、そこでね、自分が夢中になれる何かを見つける最初のね、とっかかりの話とかね、そういうのもできたら面白いんちゃうかなぁとか思ってます。
もうね、せっかくなのでね、この9月のイベントも盛り上げていきたいなぁと思っているので、ラジオでもね、私のこの9月のイベントの妄想をいろいろ喋ると思います。
妄想はね、どんどん形になっていきますのでね、そのためにも皆さんの心が踊る最初のギフトっていうものをね、出会うたびにぜひ出かけてみてください。
なんか趣味ありますか?いやぁ、趣味なんてないんですって思わはる方はね、どんなものでもいいので、動画を見るところからでもいいのでね、ゼロ円で始まるところからいいのでやってみてほしいし、
なんかやってたけど、なんかこんな役に立つんですかね?みたいなものがあったら、実はそれ思い込み説っていうのがね、ありますので、いろんな方、リスナーさん聞いてはると思うので、
それぞれのステージにあったこのラジオを捉えて、もぐもぐ咀嚼してもらえたら嬉しいです。
はい、ということで今日はこの辺で終わりにしたいと思います。皆様素敵な1日をお過ごしください。ほな、またねー。