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  2. 価値観の変化と恐れ
2025-11-24 05:57

価値観の変化と恐れ

サマリー

ふじこひろの日記では、日常の出来事やエンターテインメント小説に関する感想を通じて、自らの考えや感じ方の変化が語られています。

日常の出来事
ふじこひろです。12時49分、今日の声日記です。
今日は、6時半近くに目を覚ました。
その後は、ご飯と納豆と味噌汁を食べました。
それから、洗濯をして過ごしていました。
洗濯物を少し溜めてしまって、いつもより洗濯の時間が長かったです。
その後は、今日は少しだけ作業をしたり、荷物を出しに行ったりしていました。
荷物を出しに行っている時、山の方を見たら、もう白くなってまして、寒くなったなぁというのを改めて感じます。
最近の出来事としては、とあるエンタメ小説みたいなのを読んでいたんですが、
とても楽しみにしていたんですが、読んでみたら、合わなくなってきていることに気づいてしまって、ショックを受けていました。
その元々、昔々に読んでいたシリーズだったんですけれども、
その当時から(その作品内で)好きな描写と嫌いな描写がはっきりしていまして、
嫌いは言い過ぎかもしれないけど、受け入れがたいなぁという描写はあって、
そこはでも読み飛ばしたり、そしてそれを読み飛ばすぐらい、その好きな部分の描写がいいなぁと思って読んでいました。
それからだいぶ間は空いたんですけども、きっかけがあって、また読み返してみたら、今でも面白いなぁと思って読んでたんですが、
だんだんちょっとシリーズが進むにつれて、これはどうなんだと引っかかってしまうことが出てきて、
何とも言えず寂しいような自分が歳を取ったのかなぁとか、そんなことを思っていました。
時代の変化というのも確かに影響していて、その当時、その作品が発表された頃の価値観だったら受け入れられていただろうし、
自分もそこに違和感を抱いてなかったというのがあったんですが、
読み手の環境も変化したし、時代も変わったし、どうなんだろうこれはというのが出てきてしまいました。
もちろんいいところがあるから、今でも読んでみようと思ったわけなんですけども、
そのいいところがそがれてしまうぐらいに、そっちのどうなんだろうという方で引っかかってしまって、
この感覚は何だろうというのを考え込んでいるこの頃です。
自分の内面との対話
なんでそういうことにちょっと反応したかというと、
ここ最近していた作業の中で、もしかしたら自分がやっていることは何らかの差別とか無意識にある偏見が出てきてしまっているかもしれないという恐れを抱いていて、
これで本当にいいんだろうか、他の人の確認も得てはいるけど、本当にいいんだろうかという危うさを抱えながらやっていて、
それが終わったタイミングでその作品を読んだというのもあって、
余計に自分がちょっと気がかりなところをついてくるようなものが目に入ってしまったので、反応してしまってるのかなという気もしています。
そして一人で過ごしている時間が多い分、何が怖いかというと、そういうのを補正する機会が少ないということです。
画面を通して他の人の考えだとか反応を見聞きすることはできても、肌で感じるのとはまたちょっと違うので、
思い込みがどんどん進んでないかなという、もともと思い込みが強くなりやすいところがあって危なっかしさを感じています。
頭を使って体を動かしているような感じなので、本当は体が動いて、その体の反応を信じて生きていけたらこんなことにはなっていないのに、
頭だけで全部手足も何もかも動かそうとしているので、いろいろなんかちぐはぐなというか、なんか信じられないものになってるなという、
まあそれとかあとは、やめとこうかな。
まとまりのない日の声日記でした。
それでは。
05:57

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