1. タートルのべしゃりのネルチャン
  2. その712、死生観みたいな
2024-09-29 23:12

その712、死生観みたいな

#死生観 #おっさん #毎日配信 #関西弁 #ありがとう
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6314af028b069b4d0f05a037
00:05
2024年9月29日、日曜日毎度大きにタートルでございます。よろしくお願い致します。
今日はね、ちょっと長くなるかもしれませんが、思っていることをダラダラとお話をしますので、決して面白い話かどうかは、ちょっとどんな話になるか分かりませんけれども、思っていることを、ここ2日間であった話をします。
まずね、人と集まるって、やっぱり何よりの楽しさがありますよね。
スタイフなんかやってる方とかね、WEB3で知り合った方っていうのは、基本的にオンラインなわけですから、
オフ会言ってね、リアルであって、楽しいなぁと。それで時が経って1年後集まって再会、これがまた楽しいなという楽しみがありますよね。
人と人がたくさん集まると活気づいて面白いですよね。新たな交流が生まれたりとかして。
これが実生活においては、たくさんの人で集まるって言ったら、同窓会なんかがそれに当たるかなと。
10年ぶりやなぁとか20年ぶりやなぁとか。すぐにね、あの頃に戻って思い出話から。
ほんで今何やってんのとか言ってね、そっから新しい交流が生まれたりとかもするわけで。
でまた会おうなーってね、このやっぱり楽しかったなーっていう人の集まりがあるわけです。 親戚の集まりっていうのもありますよね、家族の。
これね2つあるんですよね、集まる理由っていうものが。 一つは結婚式ですね。
親族集まっておめでとう言って、あんなにちっちゃかったのになって、おじさんはお前の生まれた時から知ってるぞみたいな関係性ですよね。
大きくなったな、これから頑張れよみたいな。 おめでとうっていう楽しい集まりと。
もう一つは、お察しの通り、
お葬式ですよね。 亡くなる方がいたら親戚一同集まってお悔やみをすると。
決して楽しくはないかもしれないけど、 みんながみんなね、会った瞬間から泣いてるわけじゃないんでね。
あー久しぶりおばあちゃんとかね。 あー久しぶり誰々さんとかね、なんかそういうことになるわけですよね。
悲しい感傷的になる時間帯もあり、 結局雑談してたらやっぱ楽しかったりするんですよね。
お察しの通りなんですけど、ここの2日間ね、 ちょっとその葬儀に出ておりまして、
土日ですね、お通夜と告別式がありました。 僕のね、おじさんが亡くなったんですよ。
おじさんからしたら僕は老いっ子ですよね。 そんな関係の方が亡くなられたので、ちょっと参加してきました。
03:05
このおじさんっていうのはね、 自分の親の兄弟なわけですから、
血のつながりはあるとはいえ、 あんまり深い交流はなかったんですよ。
おじさんに最後に会ったのはね、7年前。 7年前に何があったかって言ったら、
おばあちゃんのお葬式。 そのおじさんのお母さんであり、
僕からしたらおばあちゃんの葬式があって、 そのおじさんを母主となって取引いらはったんですね。
そのおじさんがおばあちゃんの葬式の7年後に亡くなったということで、 親が亡くなって7年後に自分が亡くなるっていうね、
これはちょっとスパン身近ないですかって思うんですよ。 人の生きる人生っていう年数が同じであれば、
自分が生まれた時の親の年齢、それぐらい離れててもおかしくないわけですよ。 おばあちゃんが7歳の時に子供を産んだとは考えづらいんで。
仮におばあちゃんが20歳の時にそのおじさんを産んでたとしたら、 20歳の差があっていいのに、7年しか差がなかったということです。
それを計算してね、だいたい20歳でじゃあおばあちゃんが子供を産んだとしたら、 亡くなった時が7年差。
間13年あったわけですよね。残りね。 だったらおじさんはあと13年
生きててもおかしくはなかったっていうことなんですけど、人それぞれね、いろいろありますよね。 人生の長さっていうのは違うもんで。
おじさんが亡くなったのは77歳。
足す13年としたらおばあちゃんは90歳以上で亡くなっているんで、大幼女だったということですね。 亡くなった
お年は忘れてました。 そんなことが言いたいわけじゃなくて
そこに たくさんの人が集まってお話ししたことは
葬儀の場であっても楽しい一時ではあったなと。 ちょっと不謹慎かもしれないけど、実際の感想がそれなんで。
それとね、あんまり参加することないですよね。お葬式とかって。
お仕事関係の人は別ですよ。葬儀屋さんは毎日そういう場に出くわしてはるわけですから、 そういうのはなしとして
あんまり非日常を経験すると
これって何なんかなっていう疑問が湧くわけです。
お同志様という言われる方が来てね、お経を唱えていらっしゃるんです。 まあ言うたら、お嬢さんとかお坊さんとかね
おっさんとか言うんですよね。おっさんじゃなくておっさんっていう呼ばれ方を、 関西の言い方なのかちょっとわかりませんけど
06:09
そのおっさんもおっさんでしたけれども、 活腹のいいおっさんでしたけどね。
お経はね、すごく迫力がある声のボリュームでした。 活腹がいいからすごい良い声がさはるなぁと思ってて
南蛮ダブ南蛮ダブから始まって、長いお経がそこから始まるわけなんですけれども
普段聞くことないから、聞いてても別に嫌じゃないというか、 むしろ不謹慎ですけどちょっとそういう場を楽しむっていうか
せっかくのこの場を 無駄にしたくないなぁということで
おっさんのお経っていうのは
いろんな人がされると思うんですけど、今回のお通し様は本当に活腹が良くて、 発声の迫力もあるし、そしてね
抑揚がむちゃくちゃ上手いんですよね。 みんながそうかどうかわかりません
途中でね、これ歌歌ってんちゃうかなっていうようなリズミカルになったりするんですよ 音域の肯定さもあるし
なんかリズムもあるし、ビブラートみたいなのがめちゃくちゃ上手いし、この人歌わせたら めちゃくちゃ上手いんやろうなぁとかいうことも考えました
それで後からわかったんですけど、お通し様カエラ張ってからわかったんですけど 前にねマイク置いてあったから
すごい迫力っていうよりかはマイクでこの館内に響いてたんやっていうこと マイクかいって思いました
それをじーっと聞いていて、お経であったりとか あんまりこう
なんていうんです?
見渡しても景色は変わらないじゃないですか 家があって祭壇があって
お花が送られていて 家の顔はね
若い時のおじいさんの顔でね生き生きしたはったんですよ 綺麗な肌艶して
いつの写真やろうって思いながら考えたりとかして
そこでまた変なことを思い出したのが 昔ダウンタウンのごっつい感じで
館桶からパーンって個人が顔を出して
お経を唱えているおじさんに対して 物を投げたり水かけたりとかしているコントがあったんですよね
これならへんかなってちょっと考えたりしましたけどね あー不謹慎不謹慎極まりない
でもそんなことを思い出させるあのコントはね 今じゃないでしょうね
コンプラみたいなものがなかった時代ですか? あったけど許されてたんですかね
09:01
わかる時代の世代の人はね あれのことだなってわかると思うんですけど
ほんであと見渡したらその個人のね 遺品みたいな思い出の品みたいなものも展示したったりとかして
あれ後から見ようと思ってね考えたりして でまぁまぁ自分の番が回ってきたらお正行してっていう感じで
一例終わったんですけれども
でそうそう後から館桶開けてね亡くなったおじさんの顔を見たんです
そしたらまあ糖病もあってかゲッソリと痩せ細った おじさんがそこにいました
お化粧してもってね 綺麗なお顔でした
目も口も開かんように何かうまいこと閉じてありました これで思い出すのはあの
何でしたっけあれもっくんが映画やってましたよねもっくんって 本木さんが広瀬さんが
あの 何でしたケワイシやったかな
ちょっとなんか忘れましたけどなんか素敵なお仕事があんねんなーっていう
その そう早々儀礼か
その早々儀礼略して葬儀だそうです その葬儀一式の中でねその亡くなった個人に対してお化粧をするというね
そのケワイシかやっぱりっていうお仕事があるみたいですね そういう方にやってもらったようなおじさんはて
でその他を見ながらやっぱりありがとうという言葉が浮かんできたんです 今
どういう状況になったはんやろうなぁと その肉体というところからは魂が抜け出て
この辺に漂っているのかなぁとか 人が亡くなるって
どういうことなんやろう 自分が亡くなった時にそれを感じることはできるんかなぁとか
考え方によっちゃねそのこの現世で生きている今がまるで夢の中で
まあ長い一生とはいえど実際には一瞬の夢なのかもしれなくて この世で命途絶えたらパッと目が覚めてまるで夢を見ていたかのような
現実が始まるのかもしれないし 分かりませんよねそういうのって考えてもでもちょっといろいろ考えましたね今回ね
で一式が終わりまして後 親戚が集まってねお食事をしたりするんです
まあその時はやっぱりワイワイ楽しいですよ あの
あんまり個人の話するというよりかは集まった親戚同士で 最近どうしてんのみたいな話とかね
12:01
忙しいのにありがとうみたいなこと言われたりとかお互い様ですよとそういう話をするんです けれども
さっき言った個人のね遺品が展示してある中でおじさんめちゃめちゃ絵描く人やったん やなってわかったんですよ
めっちゃ絵の展示があってポストカードも100枚じゃあ くだらん以上にファイリングしたって
毎日どっかに出かけては行った先で絵を描いてポストカードサイズにね 絵を描いて色鉛筆で全部色塗って
それがね日付が書いてあるんですけどほぼ毎日ぐらいどっか出かけて絵描いてあった 人だったんですよ
いやすげーなと ほんで
そのおじさんの娘ですよね僕からしたらいとこいとこに おじさんめちゃめちゃ絵描いてたよなぁ
でそのいとこに その絵描けるあなたもって聞いたら
私美大やでって言われて美大やったん ごめん知らんかったって言ってもういとこのことなんか知らんかったわと思って
おじさんとも交流なかったけどいとこも交流なかったわと思ってそう思って あそうな芸術
肌の家庭やったんやということがわかりまして でもねそのおじさんめちゃめちゃ多趣味でその絵は書くわ
で 開発の仕事をして貼ったから何かしらを発明して表彰された
その症状を持った写真もあってねあそう表彰されるようなおじさんやったなぁとか だのモトクロスって言われるようなオフロードバイクで山駆け上がるみたいな
悪路行くみたいな そういうことも趣味でして貼ったんですよね
でもう何十年前の古いおそらくフィルム時代の写真 なのにそのバイクと一人用のテントが張ってあって
ソロキャンプみたいなしたったんですよもう流行る今最近の流行りのもう何十年も前の話 ですよ
先駆けとったなおっちゃんと そんなねめちゃくちゃ多趣味なおじさん
ってわかったのがなくなってからなんですね これね
なくなる前にこれ知ってたらもっと話したかったわと
別にこのおいっ子がその話聞きに行ってもおかしくないじゃないですか どこの誰が話を聞きに来てくるんじゃなくって
おいっ子なんだったら話しようぜってこともあるかもしれんし
なくなってから気づくってこういうこともあるなぁと思って 本でねまあ僕がそのあんまりこう
交流の深くなかったおじいとういなわけですから まあ悲しくはあるけれどもそんなに
もう 泣き崩れるっていうことでもなかったんです
15:04
でその奥さんや僕のいとこ もう
そんな涙する瞬間はなかったんですね それはもう今今もう現実を受け入れたということなんでしょうけど当然
なくなったその瞬間というのは 涙して
悲しんだと思います でも次の瞬間はこうやって今楽しく話をしているという瞬間があったんですよね
投票してたっていうのもあってまあいずれなくなると余命宣告も受けてました なのでいつかなくなるっていうことは
まあ想像できていたというか まあ予想していたというか
そういうことやったんですよね
でこの人の死っていうのは本当にその悲しいことであるし 関係ない人からしたら関係ないことかもしれないけど
ことしかし人間からするととても悲しいですよね できれば直面したくないですよね
分からないっていうのは だけど僕は日頃からちょっとこういうふうに思うんですけれども
まあ想定できることは起こり得ることだと思っているし 突然の事故で亡くなったニュースとか
お病気とか ってあるじゃないですか
事故で亡くならはったとか病気で亡くならはったとか 若くして亡くならはったとか
でそういう人がいるっていうことは 自分の近くでそういう人がいてもおかしくないと思うし
僕自身がそれになってもおかしくないっていうふうに思ってるんです
なのであんまりなってほしくはないけど いきなり人が亡くなるっていうことも
ちょっと想像できるというか想定できるというか その時の感情までは分からないけどそういうことが起こる事実っていうのは
ないとも言い切れへんなっていうふうに思うんです そうすると
まあ どういうんでしょうパニックにならないというか
まあそういうこともあるよねって思える時間が早くなるんじゃないかなって思ってます 人生において僕の人生において
まあ人が亡くなる別れっていうのは 最大限に悲しいことって思っています
あの どこでしたっけあのミノワさんミノワコウスケさんの
18:00
あれはどこどこでした まあどこでもいいかどこの会社でもいいんですけど出版社にお勤めでしょ
そのミノワさんが書かれた本に死ぬこと以外かすり傷っていう 本がありまして
僕これなかなかあの 面白いタイトルやなぁと思って
人生ねこう生きていたら 何があっても死ぬことに比べたらかすり傷ぐらいのもんやなぁと思う
思えたら 強強やなって思ってるんです
なんか失敗したとか恥ずかしい目にあったとか とんでもないミスを犯したとか
でも生きていればリカバリー効くし 亡くなってしまうことを思ったらまだやり直し効くなぁと思うんで
死ぬこと以外かすり傷っていうのは まともに受け止めているわけじゃないけどちょっとそういうマインドってあるなぁと思って
ちなみに書かれたミノワさんは死ぬこと以外かすり傷っていう本出しながら 不倫騒動かなんかで大ダメージを受け張ってかすり傷でも痛かったっていう
後から本出して貼ったんじゃないかな 本出して貼ったかそういうメッセージを出されたか忘れましたけど
かすり傷でも相当痛いことは痛いと思います
だけど なんとなく
これを分かっていただける方がいたら嬉しいし いやそれおかしいでしょっていうことももしかしたらあるかもしれないけど
何があっても死ぬことに比べたら
あるでしょうねって思える 平常心で痛いなっていう
気持ちをもう一回改めて 思った出来事やったなぁと思いました
まあ事故や病気でなければだいたい寿命っていうのは年数のことでしょうから 都市が上の人から順に亡くなっていくことを思えば
僕より先に親 親より先に親の親
こういう順番で 亡くなっていくと思えば
まだまだ僕は
僕を悲しませる出来事というのが 僕の人生の中では
起こる なと思っていますでも
それが絶対にそうなるっていう
その覚悟みたいなものを先に持っておけば ある程度受け止める
21:06
時間が 短く
それに取り乱さず冷静でいられるっていう 意識を持てるんじゃないかなっていうふうに今は思っています
実際にはわかりませんその時になったら どうなるかわかりませんけれども
人の死に直面して また改めて考える
ことができたなと そして
自分の人生においてこれから先生きていく上で どういうことを大切にしていかないといけないか
どういうことを大切にしたいか どういう人生を送りたいか
考えたいなと 今のこの感情っていうのが時とともに
薄れていくのは当然のことかと思います 明日むちゃくちゃ楽しいことがあったらこの感情ちょっと薄れると思います
明日以降ね なので考えられる間に考えようと思って今思いつくままに喋ってみました
そんな感じです
ご冥福をお祈りいたしますおじさんありがとう ってことで今日の配信終わります
またお話ししますので 聞いてくださいよろしくお願いします
ほなら失礼します大きいでございます失礼いたします
23:12

コメント

スクロール